多摩川防衛戦～赤き鎧の兵を討て

■リプレイ

●500を超える光
「改めてみると……なんつーか、壮観だな」
　久堂・悠月（悠久の光を背負うもの・e19633）は、多摩川の付近に陣取る無数のケルベロス達を見て感心したような、どこか呆けたような息をついた。時刻は昼を過ぎ、寒さも和らいでくる時間帯。曇天の空の下、川を背に向かい合うケルベロスと人馬宮ガイセリウムの間にぴりぴりとした緊張が生まれている。
「……そろそろ、頃合いでしょうか？」
「だろうな。そろそろあのデカブツに挨拶してやろうぜ。中の連中も誘い出すんだからな」
「当然。血のバレンタインは好みじゃないんだ。無粋な輩には相応の仕打ちが必要だと思わないかい？」　
　スコープでガイセリウムの動きを観察する空月・陽子（絡繰仕掛けの聖女・e16959）の声に応じ、狗上・士浪（天狼・e01564）は名前通りの獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべ、指の骨を鳴らす。クリスティア・マーレイ（ぺったんこの妖精・e05505）の言葉と共に、世界が静まり返る。他の区画のケルベロス達も同じだ。一瞬の静寂。
「全力で行きます！」
　ラリー・グリッター（古霊アルビオンの騎士・e05288）の気勢の声。ほとんど同じタイミングで、総勢500を超えるケルベロス達のグラビティが色鮮やかな閃光となって、次々と命中。一つ一つこそ大きくは無いが、やがて巨大な城を呑み込むには十分すぎるほどの攻撃。轟音と共に爆炎が巻き起こる。煙が上がる。ケルベロス達が息を呑んだ。
　煙が晴れ、現れたのは先ほどと変わらぬ、あまりに場違いな様相を晒すガイセリウムの姿。しかし、そこまではケルベロス達の想像通りだ。
「本番はここから！　来るよ！」
　イリヤ・ファエル（欠翼独理のエクシア・e03858）はこれから来るであろう死闘に備え、自らの周囲に光の盾を具現化させる。ガイセリウムのあちこちから、鮮血の如き赤をした甲冑に身を纏う兵士が次々と現れ、そのうちの一人は迷うことなく飛んでくる。
「牽制になれば……エクレール！」
　サクラ・チェリーフィールド（四季天の春・e04412）の声に呼応して、ボクスドラゴンのエクレールが雷の球体を吐き出す。自身もまた、突き出した手のひらから火球を放つ。
「手伝います！　……あのデカブツ、叩き落としてやる！」
　八千沢・こはる（ローリングわんこ・e01105）もまた、刀を振るい、氷の刃を飛ばす。外見こそ小型の犬や狸を思わせる彼女だが、獰猛なケルベロスには違いない。次々と赤いエインヘリアルに着弾。けれども、弾丸のような速度で接近する勢いが殺されることは無かった。
「さて、歓迎の用意はいいかい？」
　クリスティアが緊張を欠片滲ませながらも、普段の飄々とした言葉のまま、紙の兵士を前に立つケルベロス達へ振り撒く。
「いつでも……！」
　緊張で僅かにこわばる声。最初は粒ほどだった赤がほとんど頭上まであった。喚声と共に降下するエインヘリアル。狙いは最初に攻撃を撃ちこんだ少女だった。

●獣の眼みたいにギラギラして
　振り下ろされた、斬ると言うよりは叩き潰すとでも言い換えるべき刃。サクラが避けきれないと踏んで地面に踏ん張る。そこに男にしては小さな影が割り込んだ。まるで紙細工のように吹き飛ばされながらも、イリヤは転がって体勢を立て直して起き上がる。
「可愛い女の子に手を上げるだなんて、男としてカッコ悪いんじゃない？　それともか弱い女の子しか相手にできないのかな？」
「自分の意志で戦場に立ったヤツに女も子供もあるものかよ！」
　口許を流れる血を拭いながらの挑発に、赤いエインヘリアルは獰猛な笑みと共に答える。鎧のあちこちに傷が走っているが、牽制とあってダメージはそれほどでもないようだった。
「勝負です！あなたをここから進ませはしません！」
　小柄な体躯を活かして、ラリーがエインヘリアルの懐へと潜る。騎士剣を振り上げ、柄を、刀身を、峰を用いた変則的な攻撃を叩き込む。
「ガキに女に犬っころか……噂通り見た目じゃ判別出来ねぇか」
「お前らみたいに、デカい牙を見せびらかすほど悪趣味じゃねぇんだ」
　一瞬たたらを踏んだエインヘリアル。その背後に士浪は飛び込んだ。跳躍し、後ろ回し蹴りを一閃。確実に後頭部へ入るタイミング。それを、エインヘリアルは辛うじてではあるが受け止める。
「……やるみたい」
「回復、これでも足りないかもしれません……」
　たった一撃でも、ダメージは重い。即座に陽子はイリヤへと手当てをする。こはるは彼の傍に幾重もの分身を作る。敵の注意を逸らすためだ。全快には程遠い。もう一撃を受け止め、立てるかどうかは難しいラインだ。
「斧使い相手か……どこまでやれるか、試すには良い機会だぜ！」
　悠月は胸元のペンダントに手をかざす。淡い光と共に現れる巨大な斧。それを振り上げ、一気に間合いを詰めて跳躍。勢いを乗せて力強く振り下ろす。エインヘリアルもまた、斧を振り上げるように受け止める。激しい火花が散る。
　振るい飛ばされる直前、悠月はエインヘリアルと眼があった。ヘルム越しに見えるその眼は、まるで肉食獣の眼のようにギラギラとしている。
「動きを封じます！」
　サクラが口許に僅か微笑を浮かべ、鋭いフックを繰り出す。分厚い鎧に阻まれるが、それと共に繰り出される網状の霊力がエインヘリアルへと絡みつく。
「今っ！」
　主の声に呼応し、エクレールが渾身のタックルを放つ。身動きを封じた、絶好のタイミング。
「悪くは無い。狙いもなかなか……だが、甘っちょろい！」
　足を小さくさばき、エインヘリアルが最小限の動きでタックルを避ける。冷たい刃に割かれた傷も意に介さず、すかさずエクレールへと斧を振るう。サクラが眼を見開く。フォローは間に合わない。そう見えた。
　割って入ったのは、イリヤだった。生成し、時には受けた光の盾。それを幾重にも重ねて斧を受け止める。一瞬の拮抗。押し負けたのは、ケルベロス。まるで紙細工のように盾が割れ、そのまま斧に潰される。それでも、彼は流れる血を拭いながら立ちあがった。
「だから……言ったよね……やらせないって！」

●駆ける。跳ねる。叩き斬る
「一人で不十分と言うのなら……こうするっ！」
　クリスティアが再度拳を振るう。分厚い斧を潜り抜け、先程よりもより太く、強靭な網の霊力を浴びせる。
「勝ち誇るには、まだ遠い！　脳天から、腑の奥まで……痺れろッ！」
　クリスティアの放った網に気を取られている様子を見て、こはるが刀を切っ先をエインヘリアルに向け、ウェアライダー特有のばねを活かした踏み込みと共に突きを繰り出す。分厚い鎧ではなく、こはるの狙いは関節部位だった。防ぎようのない隙間へと薄い刃を滑り込ませる。
「参ります！　これ以上好きにさせませんっ！」
　ラリーはジグザグに地面を駆け、攻撃で怯んだエインヘリアルの鎧を駆け上る。摩擦で炎を巻き起こしながら、宙返りと共にその顎を蹴り付ける。たたらを踏んで一瞬エインヘリアルの動きが止まる。
「動いて翻弄。これが勝利の近道です！」
　エインヘリアルの動きは基本的に大振りだった。それに気づきラリーはケルベロスへと声をかける。自身の屈強さに物を言わせ、やられる前に叩き潰す。強力なことに違いは無いが、スタンドプレーゆえに、フォローが利かない。
「選手交代だ。大したガッツじゃねぇの」
　士浪はフラフラと歩くイリヤとすれ違うように前に出た。一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、士浪は軽く手を掲げる。その意図を察し、イリヤはすれ違いざまに軽くハイタッチをした。ぱんっと軽い音が弾ける。
「……徹底的に、潰してあげる」
　救護対象は前線から離れる事が出来た。ならばやることは一つだ。陽子という明るげな名前とは正反対の、底冷えするようなな言葉。両手にナイフを携えて肉薄。懐に飛び込んで、機械的にナイフを振るう。味方への正確な回復支援、陽子はそれとは正反対の残酷さと冷淡さを以て攻撃を続ける。砕けた鎧の欠片が頬を鋭く裂いても、気にしなかった。
「やっぱり……こっちの方が、向いている」
「まだまだ行くぜ！」
　今度は悠月が間合いに飛び込む。真新しい装甲の傷。それを更に押し広げるようにして斧を叩き付ける。ガキン。重たい一撃の音が響いて装甲が割れ、その下が見える。鎖を編み込んだ帷子が見える。
「くそったれ！　人間ってのはいつも、ちょこまかと動き回りやがるぜ」
「来るぜ、備えろ！」
　エインヘリアルが二本の斧を振りかざした。先程までは一本を力任せに振り回していたが、今度は違う。大きな攻撃の予兆を感じ取り、士浪が叫ぶ。
「任せてください！」
　今度はこはるが地面に踏ん張り、ブラックスライムを展開する。二方向からバツ印を描くように飛ぶ、エインヘリアルの大斧。倍以上の体格差のあるエインヘリアルを相手にこはるは一瞬耐える。押し潰されるより早く身体を後ろに倒し、わざと吹き飛ばされることでダメージを殺した。一瞬の判断。これが遅れていれば、血煙となっていた。
「痛っ、た……くなんか、ないです！」
　恐怖と痛み。それを押し殺し、小さなケルベロスは吠える。

●
「なるほど。こいつがケルベロス！　楽しいじゃねえか！」
　エインヘリアルは笑う。アグリム軍団の一兵士を相手に、ケルベロス達は少なくない損害を受けている。けれども、闘志が消えることは無い。サクラはエインヘリアルを睨む。彼女を、相棒のためにボロボロになった少年に応えねばならない。
「確かに、貴方は強い……ですが、私たちは一人で戦っているわけではありません」
　一気に跳躍。そのまま鋭い蹴りを放つ。エインヘリアルは斧で受け止める。けれども。サクラは口許を歪める。身を沈める。
「互いに足りないとこ補って、より強くなれる、だろ！？」
　少女の背後にいた悠月が、巨大な斧を振りかざしている。回避不能の距離だ。掲げる斧が一層輝きを増した。
「逃がしはしねぇぞ。ブラストグロウっ！」
　動力炉によって加速した、悠月の繰り出す斧の一撃。それがヘルムにぶちあたる。斬り飛ばせなくても、大質量でぶん殴られて怯まない者は居ない。
「叩き込むなら、今だ！」
　クリスティアは再度回復と支援のための紙兵を振りまきながら叫ぶ。少しでも戦線を維持するために。多少離れたところから戦況を見極める、クリスティアのような妨害者の存在は、なくてはならないものだ。
「言われなくても……鎧がそれじゃ、世話ねぇなぁ。かき回してやる、荒れ狂え！」
　掛け声に応えるように士浪が吠えた。神速の移動を見せ、鎧の砕けた部位目がけ、練り上げたグラビティの気と共に掌底を叩き込む。爆発的に増幅する気がエインヘリアルの体内で暴れまわる。
「道は開きます、フォワードは任せました」
　陽子が跳躍と共に鋭い蹴りを放つ。エインヘリアルはそれを斧の腹で軽く受け止め、振り払う。少女の華奢な身体が宙を舞う。けれども、それは十分すぎる時間を作った。金髪がなびき、エインヘリアルの下で踊る。
「わたしの全部……この一撃に込めます！！」
　砕けた部位へと、ラリーは力強く剣を突き出した。その痛みと驚愕に、エインヘリアルは眼を見開いた。突き刺された剣が発光する。
「そこのちびすけ。名前を教えろ」
「イングランドの古霊アルビオンの騎士、ラリー・グリッター！」
　それだけを聞いて、エインヘリアルはわずかに口許を歪める。それは満足げな笑みにも、敗北の屈辱に口を噛んでいるようにも見えた。
　剣の放つ光が頂点へと達し、爆発が巻き起こる。炎が収まった先に、すでにエインヘリアルの姿は無かった。
　突き刺したままの姿勢から、ラリーはガイセリウムへと剣をかざす。まるで宣戦布告であるかのように。
「負けません。わたし達は絶対に」
　陽子はナイフを収め、ダメージを負ったイリヤとこはるへと近づく。軽く身を屈めて二人を見る。
「……怪我、大丈夫？」
「ああ……なんとか」
「私も、平気です……」
「そう」
「でも！　貰えるのであればお願いできる！？」
　二人のつよがりの言葉を真に受けて、すっくと立ちあがる陽子。それを見て慌ててイリヤは言い直し、痛みに顔をしかめた。陽子は軽く首を傾げながら、手当てを始めた。
「さて、後は突入組の仕事だな。俺たちは撤収だ」
「ああ。しかし、お前らがああならなくて良かった」
「バカ言え。それはこっちの台詞だ」
　ケルベロス達は撤収を試みる。生死を潜り抜けた後の途方もない疲労感を感じながら、悠月と士浪はとりとめのない話をする。冗談めかして言ってはいるが、数分前はそれが起こり得る世界にいたのだ。
　サクラも、ガイセリウムを眺めるクリスティアの背に呼びかける。
「さて、私たちも戻りましょう」
「そうだね。殴り込む連中が上手い事やってくれるのを祈ろう……まあ、何というか。良かった。誰も死ななくて」
　静かに呟いた言葉。飄々とした、道化を気取る青年の背中に、自分と同じ意思を感じ取って、小さな秘密を共有した気分になる。いたずらっぽく微笑む少女を見て、エクレールはどこか悲しげに鳴いた、
「ええ。みんなに、感謝しないといけません」
　サクラはケルベロス達と共に、多摩川を越える。少し後ろを歩いて、同じ色の髪をした勇敢な少年の後ろ姿を眺めていた。

作者：文月遼	重傷：イリヤ・ファエル（イカロスの翼・e03858）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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