多摩川防衛戦~赤鬼襲来

作者:一条もえる

 けたたましいクラクションが辺り一帯に鳴り響いている。
 あちこちに止まっている警察、消防、あるいは自治体の車両が繰り返して自制を促しているが、効果ははなはだ心許ない。
 それほどに人々は、必死の形相で逃げ惑っていた。
 彼らは何度も何度も後ろを振り返る。
 なんという、巨大な城! 全高は30メートルにも及ぶであろうか。
 しかも、それに4本の脚が生えているのだから、実際の高さはそれ以上だ。
 人馬宮ガイセリウム。
 東京八王子に出現したエインヘリアルの移動要塞は、真っ直ぐに都心部を目指して進んでいた。その周囲をヴァルキュリアたちが飛び回っている。
「がははははははは! 見たかケルベロスども! この偉容! この勇姿!」
 顔面のすべてが赤い髭で覆われているような巨躯の戦士が、呵々大笑して眼下の光景を望んでいる。逃げ惑う人間の姿など、這い回る蟻にも等しい。
 男が狙うはただ、ケルベロスの命。
「見ておれ、ケルベロスども。真っ二つにしてくれるわ」
 男は酔眼で、眼下をねめつけた。

 人馬宮ガイセリウム出現の報は、すぐにケルベロスたちにも伝えられた。
「私たちがシャイターン襲撃を阻止したことで、要塞を動かすために必要な十分なグラビティ・チェインが手に入らなかったのでしょう」
 と、セリカ・リュミエールは頷いた。要塞はまだ、万全の状態ではないのだ、と。
 その『補給』を、途上の都市で行おうというのだ。
「あの要塞を動かしているのは、エインヘリアルの第五王子・イグニスです。
 グラビティ・チェインの奪取が当面の目的とすれば、次の狙いは『ザイフリート王子の殺害』と、『私たちケルベロスへの報復』に他なりません」
 セリカは、
「さて、そこで」
 と、いったん言葉を切って一同を見渡した。
「今回の作戦、……『多摩川防衛戦』と呼称しましょう。
 住民の避難が間に合わないため、敵に多摩川を『渡河』させるわけにはいきません。なんとしても、この線で敵を食い止める必要があります」
 と、セリカは地図を指し示す。
「迎撃と言っても、ヴァルキュリアが警戒しているため要塞に不用意に近づくことは出来ません。
 そこでまず、要塞を足止めすることを試みます。
 この作戦に参加するケルベロス数百人で、目標の要塞に対して一斉砲撃を行います。
 ……残念ながら、この攻撃で要塞を破壊することは出来ないでしょう。ただ、その防御のために少なからぬグラビティ・チェインが消費されるはずです。
 グラビティ・チェインの不足は要塞を動かすことさえ困難にしますから、敵方も放置するわけにはいかず、『アグリム軍団』を出撃させてくるでしょう。
 これを撃退出来れば、要塞に突入する隙が必ず生まれるはずです!」
 と、セリカは拳を握りしめた。
「皆さんの前に立ちはだかるのは、アグリム軍団の一員であるエインヘリアル・エドヴァルド。
 軍団長の性格が軍団の性質も定めるのでしょうか。
 エドヴァルドも勇猛果敢な戦士ですが、傲岸不遜。目の前の戦いのためならば命に背くことも厭わないという、猪突猛進の猛将です。
 エドヴァルドは顔の全体が赤髭で覆われているような風貌で、その肌も酒に焼けて真っ赤になっています。軍団員に共通する深紅の甲冑を身に纏っていますから、遠目にもまるで赤鬼のように見えるでしょう。
 巨大なルーンアックスを持った様は、遠目にもよく目立つのではないかと思います。
 この敵と戦うにあたっては、避難の完了した市街地を利用するのが良いと思います。
 見通しのきかない場所での戦いは、相手を苛立たせるのに十分でしょう。頭に血が上るほど、冷静な判断が出来なくなるに違いありません」

「もし敵の進軍を防げず多摩川を渡られれば、多くの犠牲者がでることは確実です。
 強敵を相手にした困難な闘いですが……よろしくお願いします」


参加者
コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)
毒島・漆(鬼畜・e01815)
メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
リディア・リズリーン(新たなる旋律・e11588)
南條・夢姫(獄鎌と鏖鋸のザババ・e11831)
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)
宮古城・涼(猫耳蛇目レプリカント・e17649)

■リプレイ

●エインヘリアル・エドヴァルド
「来やがったぜ」
 毒島・漆(鬼畜・e01815)は徐々に姿を大きくしていく人馬宮ガイセリウムを遠望すると、右目をつむった。
 疼きやがる、と紫煙を吐き出しながら独りごちた漆は、懐から携帯灰皿をとりだして煙草を押しつけた。
「熱くなるなという方が難しいですね、これは」
 久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)はその偉容を見上げ、苦笑いを浮かべた。
 意識せず、マインドリングを手でさする。
「絶対に、この防衛戦は突破させないです……!」
 南條・夢姫(獄鎌と鏖鋸のザババ・e11831)が要塞に向け、振りかぶった『毒手裏剣』を放つ。
 それに前後して、防衛戦の各所からグラビティが次々と放たれた。遅れてはならじと、曇天の下で待機するリディア・リズリーン(新たなる旋律・e11588)たちも一斉に遠距離砲撃を開始する。
 目も眩む閃光と轟音、炎と刃。数百にも及ぶケルベロスのグラビティが宙を駆け、エインヘリアルの要塞を襲う。
「さて……どうかな」
 年端も行かぬ少年ではあるが、淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)の目つきはすでに戦うケルベロスのそれ。鋭い眼光で、もうもうと立ちこめる爆炎の向こうにある要塞の姿を伺う。
 しかし、だ。人馬宮ガイセリウムは先ほどまでとまったく変わらず、そこに存在していた。傷ひとつない。
 それでもケルベロスたちのもくろみは成功している。激しい攻撃に晒された敵の要塞はグラビティ・チェインを消耗したか、足を止めたのである。
「やったね。さて、そうなると敵の出方は……」
 宮古城・涼(猫耳蛇目レプリカント・e17649)が目を細めて遠望する。
「皆様、あれを!」
 コッペリア・オートマタ(アンティークドール・e00616)が、細く白い指を彼方へと伸ばす。
「小賢しい真似をする! ケルベロスどもがぁッ!」
 建物のガラスを振るわせる大音声で怒声を放ちつつ、深紅の甲冑に身を包んだ巨躯の男が突進してくるではないか。
 見間違えようもない。顔中が髭で覆われたような、赤ら顔の男。
 エインヘリアル・エドヴァルド!

●それこそが我らが使命
 あの風貌、まるで鬼だ。かつて自分が破れた相手を思い出させる風貌だ。
「戦闘モード機動……赤鬼退治ですか。不思議と、どこか懐かしい心地がします」
 メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100)は緊張をみなぎらせつつも、『ヒールドローン』を展開して敵に備える。
「手強そうですけど。先手必勝でぃすよぉッ!」
 まだ、敵とは距離がある。リディアはブラックスライムを鋭く伸ばし、その巨体を串刺しにせんとした。
 ところがエドヴァルドはその巨体からは思いも寄らぬ速さで跳躍し、その鋭鋒をやすやすと避ける。
「うそッ!」
「くッ……!」
 突進を止めようと、コッペリアは炎弾を放つ。しかしそれも、すんでのところで避けられ、わずかに甲冑を焦がすだけで終わる。
「なんて速さだ」
 全身に禍々しい呪紋を浮かび上がらせて集中を高めていた死狼が、慌てて得物を構える。
「食い止めます!」
 メイカは急ぎガトリングガンを構え直し、銃弾を放つ。無数の弾丸がエドヴァルドに命中した。
「この程度で、どうにか出来るとでも思ったかッ!」
 しかしエドヴァルドはその手傷などものともせず、大斧を高々と天に掲げたかと思うと自身も跳躍した。
「避けて!」
 征夫は叫びつつ前に飛び出し、立ちはだかる。
「誰が出てきたところで、同じことよ!」
 大上段から振り下ろされた大斧は征夫の頭蓋をまっぷたつに……するかと思われたが、かろうじてマインドリングを構えて受け止め、半身をそらし、致命傷は避ける。
 それでも肩口を深々と切り裂かれ、おびただしい血が流れ落ちた。『ヒールドローン』の効果があってさえ、これだ。
 膝をついた征夫は戦意の衰えぬ目で敵を見上げるが、言いしれぬ圧力を覚える。
「しっかり!」
 そう叫びつつリディアが放った桃色の霧が、征夫の傷と、言いしれぬプレッシャーを取り払う。
「真正面からじゃ、分が悪いでぃす! ここは!」
「そうね」
 涼はなにを思ったかチェーンソー剣から手を離すと、手にした何かを敵の顔面めがけて投擲した。
 だが、エドヴァルドはいとも簡単にそれ……カラーボールを大斧で受け止める。飛散した蛍光色の塗料がいくらか顔にまで飛び散り、赤髭を染める。
「あはははは、蛍光髭だ!」
 涼はわざとらしく嘲笑してみせるが、
「汗も、泥も、クズどもの流す涙も、なにがつこうがかまわぬのが戦場よ!
 すべて返り血で染めれば良いだけのことだからな! それが我らの誇りというものだ!」
 それでもエドヴァルドは怒りを満たして突進し、大斧を振り下ろした。
 涼も反応し致命傷こそ防ぎはしたが、服が裂け、鈍い音とともに骨が砕ける。
「果たして、それができますでしょうか?」
「なにぃ?」
 エドヴァルドが振り返った先で燃え上がる、地獄の業火。
 コッペリアが地獄化した手足を燃え上がらせ、仁王立ちしている。
「この炎は、貴方様を死へと誘う灯。たとえ自らの躰を焼き尽くすことになろうとも、私は魂を業火にくべ続ける。
 ……デウスエクスの死、それこそが我らが使命であるがゆえに」
「ほざいたな!」
 振り下ろされた大斧を、コッペリアは受け止める。
「死の覚悟無き殺戮に、なんの誇りがありましょうか! この上なく醜きものでしょう!
 魂でさえ凍てつく氷棺の中で己の罪を知り、己が罪を悔い、己が罪を詫び、己が罪を償えッ!」
 『大紅蓮地獄『摩訶鉢特摩』』!
 地獄の業火がエドヴァルドを襲ったが、その炎は逆に熱を奪い、敵の体を凍てつかせる。凍てついた体はあちこちが裂け、血が吹き出した。
「これが、どうしたッ!」
 怒声とともに振り下ろされた大斧をくらったコッペリアは吹き飛ばされ、ベージュに塗られた住宅の外壁を突き破った。
 身を案じるケルベロスたちではあるが、ここはかねてからの打ち合わせ通りに散開する。
「ケルベロスども! 逃げたところで無駄だ!」
 振るった大斧は堅牢な造りの住宅さえ紙箱のようにたやすくへし曲げる。もうもうと立ちこめる埃の中で、エドヴァルドはケルベロスを追った。
「誰が逃げるって?」
 背後から忍び寄った漆が、流星の煌めきを宿して跳び蹴りした。大した手傷を負わせることはできなかったが、不意をついたためかエドヴァルドはたたらを踏む。
「久遠さんの言うとおり。わたしたちは逃げませんよ!」
 夢姫が、相手の体制が崩れたところを狙って向こう脛を『旋刃脚』で蹴りつける。
 ここが好機か、とも思われたが、漆も夢姫も慎重に距離をとった。
 案の定、エドヴァルドはすぐに立ち上がると、腹立ち紛れに大斧を振り回す。それを喰らった傍らの自家用車は大きく弧を描いて宙を飛び、通り向こうの住宅の屋根に命中したかと思うと、炎をあげて爆発した。類焼した住宅が、赤々と燃え上がる。
 そんなことはお構いなしに、エドヴァルドは漆らを追う。
「これだからデウスエクスって奴らは」
 絶対に、ここを通してたまるか。苦い顔をした死狼は精神を集中させ、エドヴァルドの手甲を爆発させた。武器を取り落とした敵は憎々しげに死狼を睨み、目標をこちらに変えてきた。
「勘弁しろよ!」
「こっちへ!」
 逃げる死狼を、メイカが誘う。
 再びガトリングガンを構えると、またしても大量の弾丸をまき散らす。
 もとより命中などさほど期待してはいない。弾をばらまきつつ、より入り組んだ路地の方へと駆け込んでいく。
「エインヘリアル・エドヴァルド! 果たしてあなたに、私たちが倒せますか?」
 征夫がリフォームされたばかりとおぼしき、3階建ての住宅の屋上で腕組みし、敵を見下ろした。
 エドヴァルドは返事代わりに獣じみた咆哮を上げ、大斧を横薙ぎにする。
 哀れ、住宅の柱は一撃で粉砕され、崩れた建物が路地を塞ぐ。征夫は慌てて翼を広げ、空へと舞い上がった。

●生きろ生きろ生きろッ!
 これは、狩りだ。相手を屈服させる、狩りだ。
「……もちろん、狩られるのはあなただけど」
 涼の笑みが視界に入ったのか。エドヴァルドは、
「何がおかしいッ!」
 と、目の前の信号を藪でも払うかのように斬り飛ばして追ってくる。
 涼が角を曲がる。
「どこだ、ケルベロスッ!」
 それを追ったエドヴァルドの前には……ぬいぐるみが。
 言葉もなくそれを踏みつぶした、その前に。再びぬいぐるみが現れる。
 いや、これはナノナノだ。
 涼は相棒とともにエドヴァルドを取り囲み、ナノナノ『だるまくん』はハート光線を放ち、涼はチェーンソー剣で敵の甲冑を切り裂いた。
「刀を極めし者は自らも刀と化す……無刀ッ!」
 空に退避していた征夫が翼を広げつつ敵に突進する。ルーンアックスの刃に手で触れなぞりつつ、翼を叩きつけた。
 見事、相手の武器を封じつつ放つ一撃『久遠・極の太刀(仮)「無刀」』が決まる。
 高揚感に包まれた征夫は、わずかに口元をほころばせた。
「ふふ、戦いはこうでないと、ですね」
 メイカも続く。
「……不明なアタックパターンをトレース」
 メイカの脳裏に、謎の情報が浮かび上がる。それに従い、メイカはワイヤーを振るう。ブースターで加速されたワイヤーは縦横無尽に跳ね回った。
「きさまぁ……!」
 返り血のついたワイヤーを掴み、エドヴァルドが迫る。
 メイカは牽制に『ブレイジングバースト』を放ったが、当たらない。それどころか、跳躍したエドヴァルドは大斧を大上段に振り下ろしてきた。
「損傷は……軽微。自慢の……斧は……、この程度ですか?」
 気丈にも睨み返して笑うメイカだったが、傷が深いことは足もとに瞬く間に血の池ができることでもよくわかる。
「木偶が! 強がったところで、貴様の装甲など紙切れ同然よ!」
 エドヴァルドは歯をむき出し、獰猛な笑みを浮かべた。
「おっと、こっちの相手もしてくれ」
 漆が手にした日本刀が、緩やかに弧を描いて襲いかかった。
 死狼もそれに呼応して、ケルベロスチェインを振り回して、その巨体を押さえ込む。
「そうだぜ。ケルベロスが何人来てるのか、ちゃんと数えられてるのか、酔っ払い?」
 仲間たちが抑えているあいだに、リディアはメイカに駆け寄った。
「もう、大丈夫だよ……♪」
 彼女だけが持つ特別な霧。『ハートフルミスト』が、傷を癒やしていく。
「ちょろちょろしおって、雑魚どもがッ!」
 だが一方で、エドヴァルドはケルベロスたちの幾度にも及ぶ攻撃にも怯むことなく、それどころか烈火のごとき反撃を見せ、こちらを苦しめている。
「手傷を負わせてはいるけれど……なんてタフなヤツ」
 リディアは飛び込み、そして離れる仲間たちの動きを注視し、負傷した者の治療に忙しい。
「きゃあッ!」
 そこに、砕け散ったアスファルトの欠片を浴びつつ、夢姫が悲鳴を上げて吹き飛ばされてきた。
「夢姫! ……ナノ!」
 リディアはサーヴァントに指図し、治療させる。
「ありがと、リディア」
 立ち上がった夢姫は額の汗と泥とをぬぐい、今はコッペリアと対峙する敵を遠望した。
 彼女は傷つけた敵の生命力を奪いつつ立ちはだかっているが、徐々に旗色が悪くなっている。
「……まずいかもしれませんね」
 奥歯を噛み締め、小さく呟く。
「駄目よ」
 その意図を察したリディアが、肩を押さえた。
「まだ、やれる。仲間のために死ぬのは簡単。でも、死んだら悲しむ人がいるんだよ」
「そこに?」
「もちろん!」
 フッと笑みを浮かべて自分を指さす夢姫に、リディアは微笑みを返す。
 自分のエネルギーのすべてを振り絞ってでも! 絶対に誰も死なせない! だから、生きろ生きろ生きろッ!
 その気持ちを受け取ったなら、たやすく暴走などできはしない。
「すべてを灼き払いましょう!」
 『蒼き獄炎の不死鳥・朱雀』。不死鳥の姿となった蒼き獄炎が、膝をついた征夫に襲いかかろうとしていたエドヴァルドに襲いかかった!
「ぐおぉッ!」
「助かります!」
 征夫は一声叫んで己を鼓舞し、『マインドソード』で敵の脇腹を払いつつ飛び下がる。
「ブンブンと、うるさい蠅どもめッ!」
 焼け焦げた顔面を押さえ、大ぶりした大斧の威力は片手にもかかわらず、うち捨てられていた宅配のトラックでさえ紙箱のように叩き潰してしまう。
 しかし、ケルベロスたちの攻撃が徐々に重しになってきたか、狙いは正確ではなかった。
「デカいだけなら、ウドの大木の方がまだ使い道があらぁな! 光合成するしな!」
 憎々しげに睨むエドヴァルドの眼光は恐ろしいが、死狼は、
「ありったけの『黒い水』、喰らいやがれッ!」
 と、『海魔の顎』を放った。言葉通り、デウスエクスの残滓は黒い液体となり、また大蛇の姿をとって襲いかかる。
 東京には、地下に隠れてしまった川や下水道があちこちにある。
 どうやら激しい戦いで、そのひとつが傷つけられてしまったらしい。
 グラビティの衝撃で地面は崩れ、手傷で動きの鈍ったエドヴァルドは足を踏み外し、転落する。
 無論、その巨体にしてみればたいした物でもなく、すぐに立ち上がるのだが。
「汚水まみれになって。無様ねぇ!
 そのまま、地の底まで落ちていけッ!」
 涼の嘲りに、エドヴァルドの顔がどす黒く変わった。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 おそらくは、なにかしら言葉を発したのであろう。しかし、もはや猛獣の叫びとしか聞き取れない。
 その態勢からでも敵は大斧を振り回し、それは一気に距離を詰めようとしていた涼の、胸板を深々と抉った。噴き出す、大量の血液。
「どうにでもなぁれえええええええッ!」
 涼はそれにも怯まず大斧を掴み、おびただしい血を口からも吐きながら、チェーンソー剣を突き出した。驚異的な回転力が、エドヴァルドの肉を抉る。
 力尽き、地に伏した涼の手元に、敵の大斧が残った。
 そのとき、大きく目を見開いた漆が、敵の懐に飛び込んだ。
「錆鉈……『赤蝕之腐刃』」
「ぐおおおおおおぅッ!」
 かすかに浮かべた笑みとともに繰り出された刃が、エドヴァルドの喉元を深々と刺し貫いた。

 「こちらが狩る側だということを、あなた様が気が付いた時にはもう手遅れ。……敗北を受け入れなさい」
 全身を刺し貫かれてもなお抵抗を続けていたエドヴァルドが、ついに動きを止めた。コッペリアはその屍体を見下ろす。
「やはり……本気のエインヘリアルは強かった、ですね……」
 荒い息の治まらない征夫だったが、視線を転じて人馬宮ガイセリウムを見据えた。
 他のケルベロスたちもアグリム軍団との戦いを終え、ある者たちは敵を屠り、ある者たちは撃退し……多摩川を越え、退き始めていた。
 敗れたのではない。時間を稼ぎ、そして目を引きつけた。ケルベロスたちの『本気』を、イグニス王子に信じ込ませるには十分に。
 侵入部隊の成功を祈りつつ、彼らもまた多摩川を越える。

作者:一条もえる 重傷:宮古城・涼(総てを棄て総てを求める・e17649) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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