多摩川防衛戦~射よ、彷徨える楼閣を

作者:月夜野サクラ

「ねえ、ママ」
 あれはなぁに?
 そう言って、幼い少女は不思議そうに連なる屋根の向こう側を指差した。
 直径にして凡そ三百メートル、異形の四本脚を伸ばした千夜一夜の大宮殿。有翼の戦乙女達に護られた巨大な城は、荒れ果てた焦土を越え、立ち並ぶ家々を踏み潰して、遥かな都心のビル群を望む。彷徨うその脚が走る河を超えたその時、悪夢は幕を開けるだろう。
 ねえ、としつこく尋ねる娘の手を引いて、母は駆け出した。生き延びるため、ただそのためだけに、人も車も消え果てた道を一心不乱に駆けてゆく。

●ケンタウルスの嘶き
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
 深呼吸を一つ間に挟んだのは、彼自身も少なからず緊張しているからだろう。俄かに慌ただしさを増したヘリポートの一角で、レーヴィス・アイゼナッハ(オラトリオのヘリオライダー・en0060)は切り出した。
「八王子の『東京焦土地帯』に、人馬宮ガイセリウムが出現したよ」
 エインヘリアルの第一王子、ザイフリートの情報によってその存在が明らかとなった、人馬宮ガイセリウム。アラビアの王宮を彷彿とさせる四本脚の巨大な移動要塞は、既に東京都心に向けて進撃を開始しているという。その進路上にいる一般人については現在避難誘導を行っている最中だが、都心に接近した後ガイセリウムがどのような進路、行動を取るかは不明のため、現時点で避難を完了しているのは多摩川より外側の地域のみとなっている。仮にこの状態のままガイセリウムが都心に侵入すれば、大惨事は免れないだろう。
「事は一刻を争う。だけどガイセリウムの周りにはヴァルキュリア達が飛び回ってて、こっちの動きを警戒してるんだ。不用意に近づけばすぐに見つかって、『アグリム軍団』に出撃令が下ることになる」
「『アグリム軍団』?」
 聞き慣れない名前に一人のケルベロスが首を傾げると、少年は本のページを繰り、走り書きの記述を指でなぞった。
「軍団長アグリムを中心にした、強力なエインヘリアルの軍団さ。彼らが出てくるとなれば、こっちも迂闊に近づくことは出来なくなる。かといって――黙って見てるワケには行かないでしょ?」
 人馬宮ガイセリウムを動かした第五王子イグニスの目的は、ケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害とシャイターン襲撃を阻んだケルベロス達への報復、そして更には、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの獲得だ。ケルベロスとして、この暴挙はなんとしても阻止せねばならない。
「ガイセリウムは強大だけど、その状態は万全じゃない。何しろあの大きさだからね――動かすだけでも相当量のグラビティ・チェインが必要なはずさ。でもこの前のシャイターン達の襲撃作戦が失敗したことで、補給は失敗に終わった」
 故に第五王子イグニスは現在、進路上にある都市を壊滅させることでグラビティ・チェインを補給しながら、進撃を強行しようとしてる。これに対して、ケルベロス達の作戦はこうだ。
「まずは多摩川を背に布陣して、ガイセリウムに向けてグラビティを斉射する。それでもガイセリウム本体に傷をつけることは出来ないだろうけど、グラビティ・チェインを消費させることは出来るはずさ。こっちのグラビティを中和しなきゃならないからね」
 いわばグラビティ・チェインの兵糧攻め、というわけだ。残存量が少ないガイセリウムに取っては、有効な攻撃となるだろう。次に、と人差し指を立てて、レーヴィスは続けた。
「グラビティの斉射が済んだら、ここからが正念場。今度はガイセリウムから出撃した『アグリム軍団』と交戦することになる」
 アグリム軍団によって多摩川の防衛ラインが突破されれば、人馬宮ガイセリウムは川を渡り、その向こう側にある市街地と一般人を蹂躙することで、グラビティ・チェインを奪取するだろう。そうなれば後に残るのは、最早惨禍でしかない。しかし逆に『アグリム軍団』を撃退する事ができれば、ケルベロス達はガイセリウムに突入する好機を得ることになるだろう。
 四百年前の戦いでも姿を現した、エインヘリアル・アグリムとその配下――第五王子イグニスの切り札。真紅の甲冑で身を固めた残虐で傍若無人な戦士達は、同族のエインヘリアルからも嫌悪される存在であるという。個々の武を誇り、連携を嫌うアウトローの集まりだが、それだけに彼等の戦闘能力は本物だ。強敵であることに疑いの余地はない。
「ガイセリウムが多摩川を超えれば、何の罪もない人達が犠牲になる。それを防ぐことが出来るのは……君達、ケルベロスだけだから」
 くれぐれも気を付けて――ぎゅっと本の表紙を掻いて、レーヴィスは奥歯を噛んだ。首都東京の明日を懸け、ケルベロス達の敗けられない戦いが始まらんとしている。


参加者
小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(儚い約束よりも確かな響・e02234)
ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)
狗衣宮・鈴狐(桜華爛舞・e03030)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
星野・穹(スターリィスカイ・e06872)
花露・梅(はなすい・e11172)

■リプレイ

●虚空の城郭
 滔々と流れ行く河の辺は、異様な空気に包まれていた。
 一月某日、時刻は午後三時を回ろうかという所。重苦しい曇天の下、多摩川の河畔では数百名のケルベロス達が臨戦態勢を整えていた。
「年が明けて早々、仕事をくれるとはご苦労な事だ」
「全くだな」
 金の結髪を覆う被衣の下。花色の瞳に対岸を映して、小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)は言った。その傍らで煙草を吹かしながら、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)が同意する。
「ま、やるからにゃきっちり仕事させてもらおうじゃねぇか」
 多摩川の対岸に姿を現した、人馬宮ガイセリウム。ケルベロス達はその進撃を食い止める為のみならず、敵の中枢へと潜り込むべく移動要塞を迎え撃つ。即ち攻撃は最大の防御、と言う訳だ。
 一歩、また一歩。緩慢な足取りで街を踏み躙りながら、城は河辺へと迫り来る。その影は的と呼ぶには余りに巨大であったが、それだけに射ち損じるべくもない。
 深呼吸一つ、逸る心を鎮めて、星野・穹(スターリィスカイ・e06872)は弓を掲げた。番えた矢の先端を真っ直ぐにアラビア様式の宮殿へ向け、ゆっくりと引き絞ってゆく――ここから先へは、行かせない。
「いざ、参りますよ!」
 きりりと眉を吊り上げて、花露・梅(はなすい・e11172)が身構える。そして次の瞬間、誰かが高らかに叫ぶ声がした。
「放て!」
 ドン、という衝撃と共に、大地が揺らいだ。狙い澄ました穹の一矢が、凛の放つ雷撃が、アッシュの繰り出す氷雪の渦が――五百人を裕に超えるケルベロス達のグラビティが、蠢く宮殿に降り注ぐ。朦々と舞い上がる土煙に乱反射する光線で辺り一面は白く煙り、狗衣宮・鈴狐(桜華爛舞・e03030)は熱を帯びた両手を胸に重ねた。
「やった……でしょうか?」
 次第に晴れゆく靄の向こう側に望むガイセリウムは、一見するとダメージを被ったようには見えなかった。実際、その外装には傷一つついていないのだろう。しかし一方でその事実は、歩く城が何らかの手段でケルベロス達の攻撃を無効化したことを示している。そして何らかの手段とは即ち、集積したグラビティ・チェインの消費に他ならない。つまりガイセリウムは今、進撃の為に蓄えた動力を著しく損なった状態なのである。
「さあて……どう出るかな?」
 ギターの弦をひと掻き鳴らして、ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)は好戦的な笑みを浮かべた。一転して歩みを止めた――止めざるを得なくなった、というのが正確な所であるが――ガイセリウムを河岸に望み、一同は固唾を飲んで事態の推移を注視する。ヘリオライダーの予測に狂いがなければ、進撃の中断を余儀なくされたガイセリウムの内部からは、エインヘリアル『アグリム』とその一派がケルベロス達を始末すべく現れる筈だ。そして程無く、その予測は現実となった。
「……来たぞ!」
 腕に纏わせる草の葉を撫でて、リーズレット・ヴィッセンシャフト(儚い約束よりも確かな響・e02234) が告げる。遥かガイセリウムの中核から点々と飛び出した真紅の人影は、鉛色の空によく映えた。緊張を和らげるように小さく吐息して、ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)は両手に長短の刃を構える。
「それなりに強いって聞いてるけど、どうなるやら」
「さあ、でも今日はホワイトちゃんが一緒だから心強いぞ!」
 頑張ろうなと笑い掛けて、リーズレットは迫り来る敵影に向き直る。一筋縄で行く相手ではないだろう――だが何としても、討ち取らねばならない。守るべき物を背に負った彼等に、敗北は決して許されないのだ。

●緋、一片
「行くぞっ!」
 ガキン、と重たげな金属音と共に、砲身に備えられた安全装置が外れる。反動に備えて重心を低く身構えると、リーズレットは力一杯、巨大なライフルの引き金を引いた。銃口に収束した白い光の弾丸は瞬く間に宙を裂き、曇天を突き上げる――が、しかし。
「こらー! 避けるな!」
 憤慨したように唇を尖らせて、リーズレットは腕を振り上げた。エインヘリアル『アグリム』とその一派は迎え撃つケルベロス達の射撃を器用に掻い潜り、悠々と川面を渡って来る。まあ避けるでしょ、と、醒めた眼差しを送って、ホワイトは太刀の刃を返した。
「避けさせなきゃいい話よ」
 力強く地を蹴って、飛び込んだ灰色の河川敷。中空から振り下ろされる星の剣が銀色の刀身とぶつかり合い、激しい火花を散らした。齧り付いた刃越しに覗くのは、真紅の鎧に身を包んだエインヘリアルが一体。ギィンと撃音を鳴らして少女の身体を弾き飛ばし、男は高らかに名乗りを上げる。
「我が名はヨルグ! エインヘリアルに仇成すケルベロスどもよ、その命貰い受ける!」
「これ以上、先には行かせませんっ!」
 平素は淑やかげな眉を今日ばかりは凛と吊り上げて、鈴狐は紅い短刀を抜き放つ。何としても人馬宮ガイセリウムの侵攻を阻止し、そして次の一手に繋げる為の橋となるのだ。
 ヨルグと名乗った男は、典型的なエインヘリアルそのものだった。人間離れした巨体はただでさえ見る者を圧倒するが、軍団長アグリムに倣った真紅の星霊甲冑は殊更に危険な印象を与える。やや高く柔らかい声は思いの外に若く響いたが、頭全体を覆う兜の為に表情を窺うことは出来なかった。色彩絢爛にして無骨なその佇まいを眺めて、ミズーリは面白くなさそうに唇を歪める。
「戦い以外にやるコトなさそうな連中だなあ。楽しまなくっちゃ損だぞ、損!」
 そして人生を謳歌するに当たって、彼等が障壁となるのであれば致し方ない――成すべきことは、ただ一つだ。すうっと大きく息を吸い込んで、天使はアンバランスな翼を伸ばした。そして次の瞬間、力強い叫びが河辺の大気を奮わせる。反射的に兜の耳元を抑えたヨルグの元へ、アッシュが切り込んだ。
「余所見してんなよ」
 敵は、一人ではないのだから。
 左右に広げた腕の先で、二振りのナイフがくるると弧を描いた。咄嗟に身体を後ろへ引いたヨルグであったが、それでも甲冑の胸には十字の瑕が残る。
「……たかが人間風情が」
 ぎりと奥歯を噛み締めたのは屈辱からか、それとも生まれて初めて触れた死の片鱗がそうさせたのか。鎧と同じ禍々しい赤の輝きを帯びたゾディアックソードを握り締め、エインヘリアルは低い声を洩らす。鮮烈な殺気に、冬の空気がざわめいた。そして身を退いてかわすには、敵のリーチが余りにも長かった。
「調子に乗るな!!」
 振り抜いた長い腕と剣が、赤光を放った。そのまま力任せに薙ぎ払えば、周囲を囲むケルベロス達が軽々と放射状に吹き飛ばされる。構えた杖を支えにどうにかその場に踏み止まりながらも、凛は敵の力に舌を巻いた。
「新年早々、敗戦なんて笑えないな」
 油断は即、敗北に直結する――それだけの力が、目の前のエインヘリアルにはあった。癒し手達がすかさず動き出すのを横目に、ヨルグは再び星の剣を振り上げる。しかしその時、どっという鈍い衝撃と共に、鮮烈な痛みが掲げた腕を貫いた。
「そうそう同じ手は食わないよ」
 甲冑の間隙を見事射抜いたのは、穹であった。残心を怠らず真っ直ぐに見据えれば、白く凍る息の代りに地獄の焔がはらりと燃える。その傍らでは賑やかなビジョンを流しながら、テレビウムのスピカが仲間達を鼓舞するべく跳ね回る。その姿に僅かに頬を緩めた梅であったが、すぐさまきりりと表情を引き締めた。
「わたくし達は、負けません!」
 進むべき道を、背にした人々の明日を切り拓くために、今でき得る全てのことを。
 蹴り上げる爪先が、空を焦がして火を纏う。遥かガイセリウムの外殻では、ヴァルキュリア達が忙しなく動き始めていた。

●明日をこの手に
 一対八――数の上では圧倒的な優位に立ちながら、エインヘリアルとケルベロス達の戦いは接戦を極めた。敵は手数でこそ劣るものの、その苛烈な一撃は前線に立つケルベロス達の体力を刻一刻と奪って行く。
 長引く戦いに血を流し過ぎたのか、眩暈にも似た感覚に襲われてアッシュは頭に手を当てた。そして生まれた一瞬の隙に狙いを定め、ヨルグは剣を振り上げる。
「死ね!」 
 崩れた体勢から防ぎ切るには、星隕の一撃は重過ぎた。腹を裂く斬撃にくぐもった声を洩らして、アッシュはその場に膝をつく。注意しなければと思っていたのに、間に合わなかった――鈴を飾る手が悔恨に震えて、鈴狐は思わず息を飲む。
「大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄ろうとするリーズレットを制して、男は薄らと笑みを浮かべた。無用だと暗に告げたのは、既に限界が近いことを知っていたからだ。
「無駄撃ちは止めとけ。俺なら心配ない」
 それよりも、癒すべき相手は他にいる。戸惑い顔の娘に他の仲間達を視線で示して、草むらに音もなく膝をついた。しかしこの傷の痛みを、悟られてはならない。不安と焦りは士気の低下を招く――だからこそ、余裕の表情でいなければならないのだ。最低でも、せめてこの戦いに決着がつくまでは。
「皆様、頑張って参りましょう!」
 精一杯に声を張り、梅は焔の渦を放つ。みな浅からぬ手傷を負っているが、今この時が正念場――畳み掛けるならこの期をおいて他にはない。進む道しかないのなら、弱音も愚痴も全て飲み込んで前を向くだけだ。
「別に一般人がどうなろうと、知ったことじゃーないんだけどね」
 口元についた血を無造作に拭って、ホワイトは再び地を蹴った。何度その身を弾かれようと、振り切られようと怯まない。諦めない。甘んじて負けを択ぶ屈辱に比べたら、身体の痛みなど安いものだ。
「絶対に、潰す」
 敵意を露に口元を歪めて、振り上げた刀に紫電が奔る。瞬速の突きは真紅のエインヘリアルの胸を真っ直ぐに捉え、その甲冑ごと突き刺した。ぐお、と苦しげな呻き声が上がり、よろけた巨躯が二歩、三歩と後退りする。
 しかしまだ、終わってはいない。
「貴、様らぁ……!」
 鉄仮面の下は恐らく、憤怒に燃えているのだろう。激昂したエインヘリアルは剣の切っ先で円を描くと、星光の中で乱れた呼吸を整える。しかし如何に正義の味方とても、敵の回復を待ってやるほどケルベロス達もお人よしではない。
「そんな身体でどうにかなると思ってるんなら、流石にあたしら舐め過ぎじゃないか?」
 にたりと不敵な笑みを浮かべて、ミズーリはギターの弦に指を掛ける。戦況は既に佳境。この決戦のフィナーレを飾るなら、とっておきの凱歌こそが相応しい。
「最後まで、張り切って行こう!」
 血塗られた生の罪深さを、敢えて赦そう――戦場においては貪欲に生にしがみつくことを、誰も咎めはしない。勇壮の調に背中を押されて、ケルベロス達は奮起する。半ば自暴自棄に振り抜いた敵の剣は赤い蠍の幻影を生んだが、その尾は狙いに届くよりも早く、凛と白雪、一人と一匹のコンビネーションによって止められた。
「後は、頼むよ」
 微かに笑んだ白い頬を、一筋の汗が滑り落ちる。仲間のダメージを肩代わりし続けた青年にも、限界が訪れようとしていた。だが案ずるまでもない――終わりは既に、手の届く所まで迫っている。焔混じりの吐息と共に諾と応じて、穹は右手を掲げた。
「これで終わりにしよう」
 無心に射るべき的だけを見据えて、放つ焔は地獄の弾丸。度重なる攻撃に疲弊した甲冑に、その熱を耐え切ることは最早出来ない。迸る轟音と閃光に断末魔の叫びを残して、緋色のエインヘリアルは黒き灰燼に帰したのであった。

●漸進
 苦悶の声は次第に細り、やがて完全に聞こえなくなった。凄絶な最期を遂げたエインヘリアルの成れの果てを見詰めて、鈴狐は静かにナイフを下ろす。何か一つでも今後に繋がる手掛かりがあればと考えていたが、黒炭と化した亡骸から解る物は何もなかった。
 共に防衛線を張る他のチームでも、そろそろ決着がつく頃なのだろう。会話もままならない程の喧騒に包まれていた河川敷は、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。必要ならば他班の援護に向かうことも辞さない所存の穹であったが、視認する限りこの防衛戦はケルベロス側の大勝に終わったようだ。これ以上の戦いは、必要ない――溜息に混じる焔を最後に、少年はそっと口を噤んだ。
「まずは一勝、だね」
 悲鳴を上げる四肢に鞭打って、凛は傷ついた白雪を抱き、やれやれといった様子で立ち上がる。安堵の呟きに応えるように、腕の中の猫がにゃあ、と鳴いた。広がる河辺は変わらず荒涼としていたが、それ故周囲の被害を気にする必要もなさそうだ。目を回したボクスドラゴンを頭の上に載せてやり、リーズレットはてててとホワイトの傍らに駆けつける。
「ホワイトちゃん、大丈夫だったか? 怪我してないか?」
「大丈夫よ」
 包み隠さない好意が照れ臭くて、ホワイトはぷいと顔を背けた。どうも彼女と共に居ると調子が狂う――さりとてそれは決して、不快なわけではないのだけれど。
「で? こっからどうすればいいんだっけ?」
「えーっと……」
 立てた人差し指を唇に当てて、ミズーリが小さく首を捻る。どうするんだっけ、と二人揃って振り返ると、地面に胡坐をかいたアッシュと目が合った。
「どうするもこうするも」
 信じて待つしかねえだろう――新しい煙草に火をつけて、男は立ち昇る紫煙の先を見やる。移動要塞ガイセリウムは、依然として多摩川の対岸に聳えていた。しかしアグリムの軍勢を退けた今ならば、その内部へ侵入することも可能だ。別働隊の仲間達は既に、ガイセリウム侵入を目指して動き出していることだろう。そうですね、と微笑を浮かべて、梅は遥かな城郭を仰いだ。
「あの中に何があるのか、何が待っているのか、わたくしには想像もつきませんけれど」
 どうか、ご無事で。
 祈るように紡げば、淡い翠のお下げ髪を川風が揺らして吹き抜ける。戦場に身を投じる仲間達を見送ることしか出来ないのは心苦しいが、今は傷ついた身体を休め、次なる戦いに備えることが先決だ。急かずとも近々に、彼女達の力が必要になる時は必ずやって来るだろう。
 歩みを止めた楼閣で、五人目の王子は何を思う。更なる波乱の予感に胸をざわめかせながら、ケルベロス達は戦場を後にするのであった。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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