ドラゴンセイバイズ!

作者:舎里八

 ドラゴンは歩みを止め、翼を震わせてみた。やはり、まだ飛び立つことはできない。背後には既に瓦礫の山が築かれているが、グラビティ・チェインの枯渇はまだ補われていないのだ。
 足りない、まだ足りない――。
 ドラゴンは眼前の町並みを睨み、咆哮した。それは、徹底的な破壊と殺戮の宣誓の如きものであった。
 頭部の一本角は不気味な明滅を繰り返しており、口元からは頻繁に火花が散っている。
 足元の自動車を造作もなく蹴転がし、ドラゴンは再び進みはじめた。この町を蹂躙し尽すことにより己の力を取り戻し、もう一度空へ飛び立つために――。
 
「皆さん、大変っす!」
 息せき切って駆け込んできたのは、オラトリオのヘリオライダーである黒瀬・ダンテであった。
 デウスエクス案件であると察した室内のケルベロス達は、速やかに話を聞く体勢になる。
 ダンテの話によると、先の大戦末期にオラトリオにより封印されたドラゴンが復活して暴れだすのだという。
 復活の地は山口県下関市。
 甦ったばかりのドラゴンは飛ぶことができず、町並みを破壊しながらより多くの人間がいる場所へ移動し、殺戮を繰り返すのだという。
「たくさんの人間を殺してグラビティ・チェインをゲットすることによって、力を取り戻すことが目的に違いないっす!」
 力を取り戻して飛行可能になったドラゴンは、廃墟と化した町を後に飛び去ってしまうらしい。
「そうなる前に、皆さんにドラゴンを退治してもらいたいんっす」
 続けて、ドラゴンと戦場についての詳細が語られる。
 復活したドラゴンの数は1体。超硬化した爪や太い尻尾による薙ぎ払い、そして口から吐き出される雷のブレスによる攻撃が予想される。周辺にはビル等の建造物が密集しており、それらを上手く用いれば高低差を利用した戦法を取ることも可能だろう。
「弱体化しているとはいえ、ドラゴンは強いっすよ。くれぐれも油断は禁物っす!」
 なお、周辺の市民には避難勧告が出されるとのことであり、町が破壊されてもヒールで治せるので、その点は気にする必要がないとのことだ。あくまでドラゴンの撃破に専念することが求められている。
「たとえどんな困難があろうとも、皆さんならきっとやり遂げてくれるって、自分信じてるっすから!」
 キラキラした眼差しをケルベロス達に向けながら、ダンテは話を締めくくるのだった。
「もちのろんデース!」
 説明を聞き終えたケルベロス達の中、威勢よく声を上げたのは、地球人の螺旋忍者である村雨・ビアンカだ。
「デウスエクス何するモノゾ! さぁ皆さん、ドラゴン退治にレッツラゴー!」
 はやる心を抑えきれず、ビアンカは今にも飛び出していきそうな勢いでケルベロス達に呼びかけるのだった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)
千島・累(砂の薔薇・e02065)
エレノア・クリスティン(オラトリオの鹵獲術士・e03227)
野一色・アイラ(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03731)
アレーティア・クレイス(万年腹ペコあーぱー竜娘・e03934)
ロマリオ・ベゴーニャ(水葬鮫・e04457)

■リプレイ


 遠くのビルの隙間から覗いたドラゴンの凶暴そうな面構えを見るや、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は思わず息を呑んだ。嫌な汗が背筋を伝う。風もないのに白い体毛が揺れているのは、武者震いのせいではなかった。
 爛々と光る目、火花の散る口元、不気味な明滅を繰り返す一本角、遠目にも見て取れる巨体──。
(「うう……デカくて強そう……怖い……」)
「……おいでなさったな」
 隣に佇む千島・累(砂の薔薇・e02065)はそんなレオナルドを無表情のままチラリと一瞥し、そのまま周囲に鋭い視線を巡らせる。
「あそこでどうかな?」
 とある見晴らしの良さそうなビルを差し示し、仲間達に問いかける。
「んー、いいと思うよ」
 応えたのはアレーティア・クレイス(万年腹ペコあーぱー竜娘・e03934)。チョコスティックをかじりながらコクコクと頷く。彼女はヘリオンからの降下以後、片時もお菓子を手放さず貪り続けているのだった。
「いやぁ、腕が鳴りますねぇ」
 こちらに近づいてくるドラゴンを見ながら楽し気な声を上げたのはロマリオ・ベゴーニャ(水葬鮫・e04457)。ライトニングロッドを手先で器用に弄んでいる。
「それでは皆、張り切って行くデスヨー!」
 シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)がバイオレンスギターを短くかき鳴らすと、村雨・ビアンカ(地球人の螺旋忍者・en0020)も、
「行くデース!」
 と、螺旋手裏剣をギターに見立てて弾き真似をするのだった。口調が似通っているせいもあってか、二人はお互いに親近感を覚えているようであった。
 事前に打ち合わせた手筈を再度確認した後、ケルベロス達は二手に分かれた。累を先頭に奇襲地点のビルへ向かうチームと、ドラゴンをビルの密集地帯へ誘導するチームだ。
 別れ際、睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)が浮かぬ顔のレオナルドに声をかけた。
「……とりあえず、ドラゴンを殴ってから考えましょうか!」
 それは、自分自身への言葉でもあった。文香もまた、初陣に緊張しているのだ。
「そ、そうですね……」
 レオナルドは強張った笑顔で返す。手足の震えはまだおさまらなかった。


 エレノア・クリスティン(オラトリオの鹵獲術士・e03227)は人気のない道路を駆けながら、思わず耳を塞ぎそうになった。地響きを立てて追ってくるドラゴンが咆哮する度に、周囲の建物のガラス窓がビリビリ震えている。
 汗で額に張り付く前髪を払いながら、並走する野一色・アイラ(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03731)に呼びかける。
「私達……上手くやれているでしょうか?」
 背後で何かが壊れる音がしたが、振り返っている余裕はない。
「うん、大丈夫。今のところ、作戦どおりだよ」
 尻尾を軽やかに振りながらアイラが言うと、
「ミュー」
 淡い金色の毛並のボクスドラゴンが相槌を打つように一声鳴いた。アイラのサーヴァントで、名はミュミュといった。
「さて、エレノア、ミュミュ。そろそろバトンタッチだよ」
 前方の曲がり角にギターを手にした文香とシィカの姿を確認すると、二人は道路脇のビルの陰に滑り込み、身を縮めてドラゴンが通り過ぎるのを見送った。
「ここからはボクたちのステージ、デスヨー! イェイ!!」
 役割を引き継いだシィカがドラゴンに対して高らかに宣言した。ゆっくりとギターを奏で始めた彼女に続いて、文香もギターをかき鳴らした。ややあって、メロディの盛り上がりと共に二人の喉から歌声が響き始めた。それは、時折挟まれる不協和音めいたドラゴンの咆哮にも負けない力強いものであった。文香は、次第に緊張が解けて力が漲ってくるのを感じていた。
(「これがセッションの力……?」)
 一方、地上の状況を一望できるビルの屋上にはドラゴンが誘導されてくるのを待ち受けているケルベロス達の姿があった。空を飛んで周囲を確認してきたディルティーノの話によれば、逃げ遅れた人もいない。思う存分戦える。
「そろそろ……デスネ!」
 聴こえてくるギターサウンドに身を揺らしていたビアンカが仲間達に声をかけると、一同はビルの縁に足を掛け、地上のドラゴンを見下ろした。
「思いもよらぬところからの攻撃……どれくらい驚いてくれるのか楽しみですねぇ! では、いきましょうか!」
 ロマリオが電撃杖を一振りすると、その先端から雷が放たれた。雷がドラゴンに直撃するや、ケルベロス達はビルの縁を蹴って次々に飛び降りる。
「グオオオオオッ!」
 頭上からの攻撃を受けたドラゴンは頭を上げ、ビルの上層を睨みつけた。だが、そこには既に誰もいない。
 と、ドラゴンの側頭に、飛び降りざまのアレーティアの電光石火の蹴りが突き刺ささった。
「余所見してると痛い目みるわよ?」
 素早く身を離して街灯の上に着地したアレーティアが懐から新たなチョコスティックを取り出してひとかじりすると、傍らの道路にレオナルドがふわりと降り立った。
 ロマリオはもう一撃を与えようとしばらくドラゴンの死角を探ってみたが、果たせず仲間達に合流するのだった。
 これによって勢揃いしたケルベロス達はドラゴンを取り囲むように散開し、本格的な戦闘へと突入することとなった。
「さぁ、戦争を始めよう」
 言い放ちつつ、影の弾丸を撃ち出す累。駆けながらの攻撃であったが弾丸は見事にドラゴンの脚に命中し、その巨体をぐらつかせる。
 地獄で補った心臓が、早鐘の様に打つ。なんとか恐怖を抑え込もうとするレオナルドの耳に、力強い歌声が届いた。それは文香の歌だった。彼女が奏でるのは立ち止まらず戦い続ける者達の歌だ。シィカも負けじと竜姫謳う生命讃美を奏で、二人のギターと歌声は、ドラゴンと対峙する仲間達を大いに鼓舞するのだった。
 落ち着きを取り戻したレオナルドは鉄塊剣を強く握り、ドラゴンに斬りかかった。首筋を浅く十字に斬り裂いて傷口を地獄化すると、続けざまにアイラが超硬化した竜爪をその傷口に突き立てた。
「グガアアアアアッ!」
 苦悶の唸り声を上げるドラゴン。
「いい調子です。このまま押していきま……」
 禁断の断章の詠唱により次々と前衛の仲間達に脳細胞強化を施していたエレノアは、眼前の光景に思わず魔導書を取り落としそうになった。アイラがドラゴンの爪に貫かれてしまったのだ。
「大丈夫……ですか?」
 エレノアの呼びかけに振り返ることなく、無言で尻尾を振って応えるアイラ。だが、その尻尾には心なしか力が無い。足元には鮮血が散っていた。
「流石はドラゴン……これは、厳しい戦いになるかもしれないな」
 小さく呟き、リボルバーを握り直した累はドラゴンの足元の瓦礫を狙って射撃した。弾丸は跳ね返り、死角からドラゴンの翼を傷つけた。


「エエイッ!」
 ビアンカは螺旋掌を打ち込むべく一気に間合いを詰め、ドラゴンに触れようとした。しかしその瞬間ドラゴンが大口を開け、そこから閃光が迸った。それは雷のブレスであった。吐き出されたブレスは三人のケルベロスを直撃し、
「くっ……フカク!」
 がくりと膝をつき、大きく肩で息をするビアンカ。忍装束がところどころ焼け焦げていた。
 アレーティアは被ったダメージこそ少ないものの、
「……ッキーがぁ! まだ半分も食べてないのにぃ!」
 と、お菓子を失ったことに対する怒りを抑えきれなかった。
「私の食事を邪魔するなんて……万死に値するわ! 絶対許さないんだから!!」
 怒りを込めた降魔の一撃を放とうとしたが、
「あ……あれ?」
 体が痺れて動けない。それは、ドラゴンのブレスのパラライズによるものだった。
 文香もまた同様に体が痺れ、思うように動きが取れない。
「お前の相手はこっちだ!」
 仲間の窮地に、累がドラゴンの注意を引き付けようと挑発的な射撃を繰り返す。ヴォントも石化の魔法の光線を放って牽制し、アイラはミュミュと巧みに連携を取りながら攻撃を仕掛ける。
 その隙にシィカが傷の深い仲間から順に癒していこうとするが、果たさぬうちにドラゴンの猛々しい尻尾が唸りをあげてケルベロス達を襲った。
 丸太で一撃されたかのような衝撃。ケルベロス達は吹き飛ばされ、ビルの外壁に叩きつけられた。文香は一瞬意識が遠のいた。それでも、よろめきながらも歌う事を止めはしないのだった。
 薬液の雨が頭上から降り注ぐ。シィカによるものだ。文香とアレーティアはようやく動きづらさから解放されることとなったが、ドラゴンはすぐさまブレスを放ち、今度はエレノアがパラライズを受けてしまった。
「これは……キリがないかもデス」
 シィカの言葉どおり、戦況は明らかに芳しくなかった。ドラゴンにダメージは蓄積されているはずだが、こちらの被害も看過できない域に達しつつある。攻撃を集中すべきタイミングに思うように動けず、機を逸してしまうことが幾度もあった。おそらくあと三度、いや二度強力な打撃を受ければこちらの戦列は崩壊するだろう。そうなる前になんとしてもケリをつけねばならない。
 そんな中、またもやドラゴンの尻尾が容赦なくケルベロス達を薙ぎ払う。
「ぐぅっ……」
 またも吹き飛ばされたレオナルドは、背中から地面に叩きつけられた。痛みが全身に走り、口中に血の味が広がる。
 すぐ隣には文香が仰向けに倒れていた。仲間達を励ます彼女の歌声はもう聴こえない。
(「ここまで、か……」)
 痛みに屈し、気を失って楽になりたかった。だが、その時──。
 仲間を失った辛い、忌まわしい記憶が、朦朧とする脳裏を過ぎった。もう二度とあのようなことは御免だ。だから──。
「ウオオオオオオッ!!」
 白き獅子の咆哮。最後の力を振り絞ってレオナルドは立ち上がった。体の痺れはもう感じなかった。
 その姿に感じ入った仲間達も果敢にドラゴンに立ち向かってゆき、累の放つ治療の魔弾とシィカのウィッチオペレーションが傷ついた者達を癒してゆくのだった。
 戦いの最中、ドラゴンの頭の一本角の明滅が激しくなったのにアイラが気づいた。
「たしか、さっきも……」
 この直後にブレスが吐き出されていたように思う。恐らく、これがブレスの徴候なのだ。
「ブレスが来るよ! 気を付けて!」
 アイラの声に、仲間達は咄嗟に身構えた。おかげで、今回の被害は最小限に留めることができた。幸いにもパラライズを受けた者もいない。 
「流石にドラゴンにも疲れが見えてきましたね……」
 魔導書を繰る手を止めずにエレノアが言うと、
「ならば……一気に畳み掛けましょう!」
 ロマリオの言葉に仲間達は頷き、一気呵成に攻め立てる。
「貴方の魂美味しそうね~。お腹も減ったし、少しは足しになるかしら?」
 先程の恨みを込めたアレーティアの降魔の一撃が、ドラゴンの顎をとらえた。続けて、のけぞったドラゴンの鼻先に文香の青く光り輝く拳が叩き込まれる。
「いやぁ、いつ見ても惚れ惚れしますねぇ!」
 己の周りを漂う白鮫の幻影に目を細めながら、ロマリオが声を上げる。
「さあさ、ぜぇんぶ食らいつくしてあげると良いですよぉ!」
 ロマリオが命じると白鮫はドラゴンに襲いかかり、その首筋に鋭い牙を突き立てる。ドラゴンは弱々しく唸り、ケルベロス達の輪から抜け出そうと試みる。だが。
「風の精霊よ……刃となりて敵を切り裂け!」
 エレノアの放った無数の風の刃が、息も絶え絶えなドラゴンの体を容赦なく切り刻む。
「グゥ……オオオ……」
 致命傷を与えられたドラゴンは、重力の鎖を心臓に打ち込まれ、断末魔の咆哮を上げつつ天を仰ぐ。最期に翼を羽ばたかせようとするも、叶わずどうと横倒しになり、そのまま動かなくなった。
 こうしてケルベロス達とドラゴンの戦いは終結した。殺戮は食い止められたのだ。ケルベロス達はようやく一息つき、シィカとビアンカは手を取り合って勝利の味を噛み締めるのだった。
「ミッションコンプリート! イェイ!」
 

 いつの間にやら、日が落ちようとしていた。ドラゴンの亡骸を前にして、ケルベロス達はしばし感慨に浸っていた。
 空腹度が上昇して不機嫌極まりないアレーティアは、もう一発ほどドラゴンに蹴りをいれてやりたくてうずうずしていたが、流石にそこはぐっと堪えるのだった。
「不死なるデウスエクスを殺す、これがケルベロスの力……私が背負ったもの」
 文香の視線の先のドラゴンの目は、受け入れ難い死に驚愕するかのように見開かれたままだ。
「……と、浸っていても仕方ありませんね」
 シィカと並んで、背後の街並みを振り返る。思ったよりも破壊された建物は少ない。それでも、何かできることをしたかった。
「街の修復など、お手伝いできれば良いのですが……」
「小生も同感だね」
 二人の会話を聞き止めた累が口を挟み、三人は連れ立って歩き出す。ヒールグラビティを用いて破壊された建物を修復するのだ。その姿をぼんやりと眺めるレオナルド。ドラゴンとの戦いを思い返してみるとゾッとした。どこからあんな勇気が湧いてきたのか、今となってはよくわからない。
「俺……まだまだですね」
 ため息をついたレオナルドの背中を、エレノアがポンと叩いて通り過ぎる。彼女は何も言わなかったが、励ましの意図が込められているのだろう。 
 ロマリオはしげしげとドラゴンの骸を眺めていたが、
「んー、やっぱり龍より鮫の方がかっこいいですね」
 と一人で納得しながらその場を離れるのだった。
「……」
 仲間達が帰り支度を始める中、最後までドラゴンの骸の傍らに在ったのはアイラであった。ちぎれかけたドラゴンの翼を見つめていると、尻尾が無意識に垂れ下がってしまう。再び空を飛ぶことなく滅ばされたドラゴン──。
「君はこんなに大きくて強いのに、それだけじゃ満足できなかったんだね……」
「ミュー……」
 悼むようにミュミュが鳴いた。
 アイラはそっとドラゴンの頭を撫で、おやすみなさい、と呟いてその場を後にするのだった。それは、感傷的な行為であったかもしれない。しかし、その感傷こそがデウスエクスと彼等を分かつものであるのかもしれなかった。

作者:舎里八 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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