多摩川防衛戦~アグリム軍団迎撃戦

作者:のずみりん

 東京都、八王子の焦土地帯にそれは現れた。
 アラビアの建築にも似た巨大な城……横には300メートル、建物部分だけで高さ30メートルはある巨大な要塞、人馬宮ガイセリウム。
 エインヘリアルの第一王子、ザイフリードが語った要塞には『脚』があった。何のため? 攻め込むためだ。
「なんだ、あれは!?」
「こっちに近づいてくるぞ! ヴァルキュリアもいる!?」
 その巨大で奇怪な姿を目にした人々が避難を開始する。
 出現した人馬宮ガイセリウムは身を守らせるように、周囲にヴァルキュリアたちを飛び回らせながら、その脚で東京都心部へと侵攻を開始した。
 
「人馬宮ガイセリウムが遂に動き出した。」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに、東京焦土地帯での事件を報告する。
 人馬宮ガイセリウムは先日救出したザイフリード……エインヘリアルの第一王子の情報にもあった、エインヘリアルの所有する足つきの移動要塞だ。
 その中には過去にエインヘリアルが滅ぼしたアスガルド神の一員『女神ヴァナディース』も幽閉されているという。
 ガイセリウムの周囲はヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしており、見つからずに近づくことは困難である。不用意な接近はすぐに発見され、中から勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくるだろう。
「敵は八王子の焦土地帯に出現し、東京都心部に向けて進軍を開始している。進路上の一般人の避難は行っているが、都心部に近づいた後の進路が不明なため、完了しているのは多摩川までだ。なんとか、ここで食い止めるしかない」
 人馬宮ガイセリウムを動かしたエインヘリアルの第五王子イグニスの目的は、暗殺に失敗したザイフリート王子の殺害、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。更には一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取までが含まれると思われる。
「このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムに蹂躙されてしまうだろう。エインヘリアルの暴挙を阻止するため、力を貸してほしい。ケルベロス」
 
 リリエが話すには人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞だが、万全の状態ではないという。
「人馬宮ガイセリウムを動かす為には多量のグラビティ・チェインが必要とのことなのだが……先にお前たちが阻止したシャイターンたちの襲撃、これが失敗したおかげでグラビティ・チェインは十分ではないようだ」
 つまり敵はかなり無理をしている。八王子から東京都心を目指すのも、侵攻途上にある周辺都市で人々を虐殺し、グラビティ・チェインを現地調達しようという意図なのだろう。
「おかげでわずかながら時間ができたわけだ……作戦を説明する。私たちは多摩川を背にして布陣、まずはアグリム軍団の撃破を狙いたい」
 まずは人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスによるグラビティの一斉砲撃。これは直接のダメージにはならないだろうが、攻撃の中和に少なくないグラビティ・チェインを消費させるのが目的だ。
「攻撃を受けたガイセリウムはケルベロスを排除すべく、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』を出撃させてくるだろう。そこを狙い、叩く」
 アグリム軍団を撃退できれば、そこを起点にガイセリウムへ攻撃を仕掛けることも可能になるだろう。
 逆に防衛線が突破されればガイセリウムは多摩川を渡河、グラビティ・チェインを補給するために避難が完了していない市街地へと一般人の虐殺に向かってしまう。それだけは何としても阻止しなければ。
「このアグリム軍団は、第五王子イグニスが地球侵攻の為にそろえた切り札の一枚なのだろう。四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているエインヘリアル『アグリム』と配下の軍団だ」
 軍団長であるアグリムの性格により個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持ちますが、その戦闘能力は本物。油断はできない。
 アグリム軍団は員が深紅の甲冑で全身を固め、バトルオーラやルーンアックスを武器としてくるという。
 
「アグリム軍団のエインヘリアルは勇猛だが、お前たちなら必ず勝てると信じている。ケルベロス……第五王子イグニスの野望を止めてくれ」
 無理矢理従わされているヴァルキュリアたちを助けるためにも……と、最後にリリエは小さく呟いた。


参加者
ルヴァリア・エンロード(雷破の銀騎・e00735)
君山・雪姫(白き翼の氷結天使・e00738)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
角慧・れいん(匣底のアラディア・e02166)
エレノア・クリスティン(オラトリオの鹵獲術士・e03227)
柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)
ユヴィ・ミランジェ(気まぐれ風歌・e04661)
クリスタ・アイヒベルガー(森の餓狼・e09427)

■リプレイ

●開幕の砲撃
 多摩川を背に、迫りくる人馬宮ガイセリウムの前へとケルベロスたちが集う三時過ぎ。まだ日が傾くには早い頃合いだが、空は人々の不安を象徴するように薄曇りがかっていた。
「多摩川防衛線……文字通り背水の陣でござるな」
「気合を入れないといけないかな。私たちが抜かれたら、多くの人びとの命が失われるんだから」
 殺界が形成し、背を見たクリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)の言葉に君山・雪姫(白き翼の氷結天使・e00738)も身を引き締める。彼女らの思いは多くの仲間たちの共通するところだろう。
「周辺に障害物なし、避難ルート確認……心置きなくやれそうなのです」
「十分ですね。このあたりで布陣しましょう」
 地形を調べてきたクリスタ・アイヒベルガー(森の餓狼・e09427)とエレノア・クリスティン(オラトリオの鹵獲術士・e03227)は仲間たちに合図する。
 クリスタは配置を確認し、土色に枯草を混ぜた迷彩柄をまとった。
「ここなら釣り野伏せできるであります?」
「ばっちりよ。きっちり仕事して、帰りに美味しいもの食べて帰りましょ?」
 角慧・れいん(匣底のアラディア・e02166)へ親指を立てたルヴァリア・エンロード(雷破の銀騎・e00735)は、彼女の荷物へ意味ありげに視線を投げる。
 そのそば、同じく気づいたユヴィ・ミランジェ(気まぐれ風歌・e04661)がにっこり笑った。
「誰も傷ついてほしくない…だからユヴィ…がんばるよ」
 配置の完了から作戦の開始まで、さほど間はなかった。合図を受け、柊・おるすてっど(地球人のガンスリンガー・e03260)が手を挙げる。
「はじまった。いくぞー!」
 かわいらしい気合と共に『茨姫の誘い』魔法陣が出現する。勢いよく顕れた茨がガイセリウムへと伸びあがった。
「凍気の神髄よ、いまひと時我に力をさずけたまえ」
 追いかけるように放たれる雪姫の冷凍砲『Absorute ZERO』、追い抜き、凍り付いたガイセリウムの外壁へ茨がへばりつき、ダメ押しとクリスタの回転する矢が穿孔する。
 八人だけではない、七十以上のチームから放たれたグラビティの数は五百に達する。叩きつける凄まじい火力とエフェクトがガイセリウムを覆うほどの規模で花開いた。
「やったか!?」
「その台詞は……あ、でも想定通りなのかな?」
 おるすてっどの本気かつかぬ快哉へ、雪姫は返そうとして思い直す。元々やれるつもりなどないのだし、実際に無傷なガイセリウムが姿を現すのも予想通りだ。
 大事なのは敵の脚を止めた事、そして……。
「来たのです、散開して接近中!」
 脚を止めたガイセリウムから出現するエインヘリアル『アグリム軍団』を双眼鏡に捕らえ、クリスタが合図する。
 戦いはここからが本番だ。エレノアは距離を確認し、光の聖霊へと呼びかけを開始した。

●アグリム軍団、猛攻
 赤い鎧の軍勢は散開し、大きく散った。
「この数なら複数相手となる事はなさそうですね」
「了解。サーチ&デストロイなのです」
 クリスタの報告にエレノアが分析。ケルベロスたちは自分たちへと接近した一体のエインヘリアルへと狙いを絞った。双方が十分に間合いを詰めたところで、攻撃は開始される。
「ヌ、んッ!」
 漆黒のコンパウンドボウが滑車を鳴らし、矢を放つ。更に絡みつく雷の如きケルベロスチェイン……ニンジャの掟曰く、奇襲は一度までなら許されるとか。
「れいんちゃんのお歌聴くがいいのよー♪」
「戯言を!」
 れいんの『ヘリオライト』の歌声のところで、エインヘリアルが反応した。クリュティアの『ヤクトブリッツ』を弾き、鎧越しにもわかる筋肉がみなぎるオーラに膨れ上がる。
「成功とはいいがたいぞ、ちくしょーめ!」
 簒奪者の鎌をかざしたおるすてっどが悪態をつく。突き出された拳から放たれた食らいつく気弾が連続して彼女を打つ。
 個人の武を重んじるという精鋭、アグリム軍団。連携せずとも生き残れるだけの強襲、感知能力は十分ということか。
「ドーモ。初めまして。アグリム軍団=サン。クリュティア・ドロウエントにござる」
「フン……面妖だが悪い気分ではないわ」
 ゆさりと双丘の揺れるクリュティアの挨拶に、傲慢さを隠さずアグリム軍団は返す。兜の奥から小さく舌なめずりの音が聞こえた気がした。
「武勲はなさそうだが、いたぶり甲斐はありそうだわ!」
 包囲をしく八人は奇しくも全員女性。それに対する反応は、この敵の性癖がよく表れていた。
「出来る限り、皆守るわ……でも、早く倒していきたいものねっ」
 嫌悪を隠さずルヴァリアは言う。再びの『気咬弾』を彼女はその身で弾いて止めた。
「ほゥッ……!」
 思わぬ抵抗にエインヘリアルが声を上げる。予想以上に頑強な防御……その理由はルヴァリアたちの引いた星辰の結界、そしてエレノアの『シャイニングシールド』にある。
「私たちが退けば数多の悲劇がこの街を覆う。退く訳には行きません!」
 家に代々伝わる、家名を冠した魔導書をめくる彼女から光の聖霊が舞い踊る。もたらされる加護と祝福は仲間たちに癒しと頑強な守護を与えていた。
「あなどるな。ここから先の通行料はお主等の命でござる」
 一文字の銘が刻まれた刀を構え、クリュティアは宣言する。赤い鎧のエインヘリアルは望むところと腕を掲げた。
「上等よ、貴様らの命で払ってくれる」
 振り上げたままに突進。
「つっこんで……!? 蒼華の癒しよ、我が仲間にその力を振り分け給え」
「あぶないの!」
 雪姫がオラトリオの癒しを飛ばし、ユヴィが御業の鎧をおるすてっどに渡す。その守りをぶち破り、超音速の拳がおるすてっどに突き刺さった。
「おーのー!?」
 吹っ飛びながらも投げた鎌が相討ちに刺さる。だが鎧の一部を裂いても、エインヘリアルの勢いは止まりはしない。
「お、雄っぱい! おぉ……」
「可愛い顔だってのに、もったいねぇ」
 更にもう一発。挑発する彼女へ一気にダウンを取りに来る拳が止められたのは三発目の前。エレノアから放たれた光線に目ざとく気づき、エインヘリアルは振り上げた勢いを利用して身をよけた。
 開いた間合いへ、れいんの引き起こした『毛球雪崩』……雪崩のように降り注ぐ毛玉型の妖精が押し寄せ、追撃を阻む。
「だいじょーぶ……?」
 大丈夫だ、問題ないと仕草を示すおるすてっど。戦いはまだ始まったばかりである。

●盾と拳
 エインヘリアルの輝く拳がケルベロスたちを連打する。
「どうしたぁっ、ハァ!」
「いってくれるじゃない……このぉ!」
 殺しきれない衝撃にのけぞりながらも突き出したルヴァリアのファミリアロッドが火を噴く。さながらクロスカウンターのように炸裂した火球が双方を吹っ飛ばした。
「アタシが盾役だって、油断したかしら? ……こういうこともできるのよ!」
 声と共にこぼれた口内の血が、張りのある胸元に点々と模様を作る。
「ルヴァリアちゃん、無茶しちゃ危ないのー……」
 言いながら、れいんは何度目かのヒールドローンを飛ばした。
 アグリム軍団の拳はグラビティの強化をいとも簡単に打ち破ってくるが、少なくとも一撃は持ちこたえてくれる。それが支えだ。
「流石精鋭と言った所でござるな……しかし、負けられぬのでござるよ」
「背水の陣だからな! いつでも泳げるぞ」
 それじゃダメだろと、おるすてっどに突っ込みを入れて、クリュティアは再びエインヘリアルに駆けだす。撤退の選択肢はない。下がるのを許してくれる相手ではなく、自分たちが負ければ危険にさらされるのは罪なき東京の市民なのだ。
「がんばって、みんな!」
 花弁が舞う様にドレスを翻して歌うユヴィの『ブラッドスター』が活力を与えてくれる。緩やかな弧を描く『緋桜一文字』が牙を剥く気弾を撃ち落とした。
「見せてあげるわ、我が凍気の真骨頂」
 エインヘリアルが次へと移る隙を与えず、雪姫の白き翼が羽ばたいた。オーラから放たれるのは冷気のような時間停止の弾丸。赤く荒れ狂う気弾と対照的なオーラは続けざまに、絶対零度の冷凍砲へと規模を変える。
「小癪なオラトリオが……!」
 凍結の効果は短い。忌々しげなエインヘリアルの気合の声と共に凍結した部位が跳ね飛んでいく。だが、それを静観するケルベロスたちではなかった。
「ゴァっ!?」
「一発お見舞い、なのですよ」
 滑車の風鳴りと共にクリスタの矢が飛ぶ。凍り付いた赤い鎧の肩口を、エネルギーの矢じりが心ごと打ち砕いた。

●獲物は釣り上げられた
 よろめきながらも赤い鎧が突進する。
「ぶっとばしちゃうのよー!」
 れいんのから放たれたミサイルがエインヘリアルの巨体を打ち、爆炎を上げさせるが勢いは止めきれない。
「傷を……!」
「いえ、それには及ばずですよ……」
 ユヴィを手で制し、彼女は立ち上がる。ここまでの負荷でになるとヒールでの立て直しは難しい。だが、相手もそれは同じはずだ。
「盾の仕事、果たさせてもらうわよ?」
「覚悟致すでござる」
 ルヴァリアとクリュティアがそれぞれ構える和洋の刃に、エインヘリアルは荒げた声で笑う。
「スカしてくれんじゃァねぇかよ……あぁっ!」
 気弾の連射をかわすクリュティアの身体が分かれた。二つが四つ、更にもう一度で八つ。
「分身殺法 斬影刃!!」
「つかめねぇ陰に用はねぇよ!」
 襲い掛かる同時多重斬をエインヘリアルの拳が迎え撃つ。先にうち、太刀を掴み、砕き……その限界を超えた数が遂に鎧を捕らえ、切り裂いていく。
「おぉぉぉぉッ!」
 だがしかし、この闘志こそがエインヘリアルの証か。なおも強引に突っ込んでくるアグリム軍団に、ルヴァリアは覚悟を決めて立ちふさがる。
「黄道を超え至高の天へ、無限の星、無間の宙、されど命に限り在りて……」
 口早な詠唱と共にゾディアックソードが銀色の輝きを放つ。音速の拳が突き刺さる瞬間、彼女は出力限界を超えた剣の力を横凪に放った。
「……星剣、咆雷!」
 閃光が刹那、戦場を覆った。跳ね飛ばされたルヴァリアの身体をれいんが『毛球雪崩』を起こして優しく受け止めた。
「……まずは作戦成功、ね」
 雪姫は地に叩きつけられたアグリム軍団の鎧に呟く。個人の武を誇るエインヘリアルの身体を受け止める仲間は戦場におらず、叩きつけられた身体が起き上がることもなかった。

 趨勢の決まった戦闘にケルベロスたちは仲間たちの無事を祈り、多摩川向こうへと後退する。
「無事に戦闘終了ー♪ 戦勝を祈ってー……あら?」
 撤退のなか、戦勝記念にと用意した『お楽しみ』を見せようとしたれいんは首をかしげる。下がってきたケルベロスたちで、遅れいているものが一人。
「クリスタは後方を見てくれてますよ。ガイセリウムも偵察しておきたいと」
「頑張るわね……それじゃ、これはちょっとお預けかしら」
 エレノアの答えに、れいんに傷ついた身を庇われるルヴァリアは菓子包みに手をやって笑う。できれば自分もいきたかったのだが、と。

「……流れが変わったのです」
 一行の殿、残敵を警戒していたクリスタは双眼鏡を下して呟いた。周辺を警戒していたヴァルキュリア太刀の姿がガイセリウムに戻り、しばし間をおいて現れたのはシャイターン。
 警備の交代が何を意味するのか? 追撃がないことを確認しながら。クリスタは仲間たちの元へと足を速めていった。

作者:のずみりん 重傷:ルヴァリア・エンロード(雷破の銀騎・e00735) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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