多摩川防衛戦~巨城の兵

作者:雨音瑛

「なんだ、あれ?」
 誰かが呟き見上げるのは、八王子市の上空。そこに出現したのは、直径300m、全高30mの巨大な城――から、4本の脚が生えたもの。
 エインヘリアル第五王子イグニスの居城にして移動要塞、人馬宮ガイセリウムだ。
 アラビア風の外観をした城周辺には、警戒のためなのだろうか、ヴァルキュリアたちが飛行している。
 人々が不安そうに見つめる中、ガイセリウムは移動を開始した。どうやら東京都心部を目指しているらしい。その移動に巻き込まれたらひととまりもないのは確かだ。ガイセリウムの進路上にある都市、そこに住まう人々は、すぐさま避難を始めた。
 
●緊急連絡
 大変です、とヘリオンの前で慌てるのは笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)。
「ザイフリート王子の言っていた『人馬宮ガイセリウム』がついに動き出しました!」
 人馬宮ガイセリウムは巨大な城に4本の脚がついた移動要塞で、八王子市から東京都心部に向けて進軍を開始しているという。
「このガイセリウムの周囲では、ヴァルキュリアたちが警戒活動をしています! もし不用意に近づけば、すぐに発見されてしまうのは確実です。しかもその後、ガイセリウムからエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』も出撃してくるようなんです。これじゃあ、うかつに近付けないです!」
 また、現在ガイセリウム進路上の一般人を避難させているそうだ。だが、都心部に近づいた後の進路が不明であることから、避難が完了しているのは多摩川までの地域であるという。このまま放置すれば、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうだろう。
「今回攻め込んできたイグニス王子の目的は3つほどあると推測しているのですが……」
 1つ目は、暗殺に失敗し、ケルベロスに捕縛されているザイフリートの殺害。
 2つ目は、シャイターンの襲撃を阻止したケルベロスへの報復。
 3つ目は、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。
「イグニス王子の暴挙を止めるため、ケルベロスのみんなの力を貸してほしいんです!」
 
 人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞ではあるが、万全の状態ではないかもしれない、とねむが耳をぴこぴこと動かす。
「人馬宮ガイセリウムを動かすためには、大量のグラビティ・チェインが必要です! でも、現時点では十分なグラビティ・チェインを確保できていないようなんです」
 それはおそらく、ケルベロスがシャイターン襲撃を阻止したためだろう。
「イグニス王子は、侵攻途中にある都市を壊滅させて多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら都心部へ向かうつもりだと思うんです!」
 それに対してケルベロスが取る行動は、とねむが東京の地図を取り出す。
「多摩川を背にしての、布陣です! そこからの作戦は、こうです!」
 まずは人馬宮ガイセリウムに対して、数百人のケルベロスがグラビティで一斉砲撃を行う。この攻撃でガイセリウムにダメージを与えることはできない。だが、グラビティによる攻撃を中和するため、ガイセリウムは決して少なくない量のグラビティ・チェインを消費せざるを得ない。残存するグラビティが少ないガイセリウムに対して、有効な攻撃となる、というわけだ。
「一斉砲撃を受けたガイセリウムは、ケルベロスを排除すべく『アグリム軍団』を出撃させることが予測されます! このアグリム軍団が多摩川の防衛戦を突破してしまうことがあれば、彼らは多摩川を渡って避難が完了していない市街地を襲い、一般人を虐殺してグラビティ・チェインの奪取を行ってしまいます!」
 でも、逆に撃退することができれば、とねむが拳を握りしめる。
「こちらからガイセリウムに突入するチャンス、到来です!」
 
 今回戦うことになる相手は、アグリム軍団に属するエインヘリアル1体。だが、油断はならないと資料を片手にねむが話す。
「このアグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れまわっているんです。その残虐さから、同族であるエインヘリアルからも嫌われているエインヘリアル・アグリムと、その配下から成る軍団だと言われてるみたいです」
 おそらく、地球侵攻のためにイグニス王子がそろえた切り札の一枚ではないでしょうか、とねむは口元に手を遣った。
「アグリム軍団は、軍団長アグリムの性格により『個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視する』という自分勝手っぷりなのです。でも、その戦闘能力は間違いなく本物です! くれぐれも注意してください!」
 また、特徴として全員が深紅の甲冑で全身を固めているみたいです、とねむが資料を閉じた。
「シャイターン襲撃のときもそうでしたけど、無理やり従わされてるヴァルキュリアさんたち、かわいそうです! 彼女たちのためにも、イグニス王子の野望を阻止するためにも、絶対に絶対にアグリム軍団のエインヘリアルを倒してください!」
 よろしくおねがいします、とねむが頭を下げた。


参加者
クリス・クレール(盾・e01180)
燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)
レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)
四条・玲斗(町の小さな薬剤師さん・e19273)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)

■リプレイ

●開戦
 曇天の空の下、ケルベロスによる一斉砲撃が開始される。
「魔弾魔狼の異名は伊達じゃねぇ!」
 レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)の撃ち出した高密度のエネルギーが、途中で誘導する5つのエネルギー弾へと分裂する。ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)の放ったオーラの弾丸も、ガイセリウム目掛けて飛んで行く。多摩川を背に布陣したケルベロスたちは、その数、数百名。放たれたグラビティは、遠方のガイセリウムへと次々に命中していった。
 やがて砲撃の音が止むと、傷一つ無い状態でガイセリウムが姿を現した。
「おぅ、ガイセリウムの動きが止まったみたいだぜ」
 戦場を油断なく見ていた燦射院・亞狼(日輪の魔壊機士・e02184)が、ガイセリウムを見据えて呟く。外観こそ無傷に見えるが、防御のためにグラビティ・チェインを消費してしまったため、停止せざるを得なかったのだろう。
 ケルベロスたちによる一斉放射は、見事に成功した。だが、これからが正念場だ。
「ヴァルキュリア達を解放する為にも、ここで負けるわけにはいかねぇな」
 かつて共闘したヴァルキュリアを思い出しながら、レイがガイセリウムを見上げる。予知のとおりならば、この後エインヘリアルたちが出撃してくるだろう。そう、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持つアグリム軍団に所属するエインヘリアルたちが。
「俺らだって似たよーなもんさ、自分勝手が集まってるだけさ。ただまぁ数組む分、こっちのがちったぁ賢ぇかもな」
 亞狼は腕組みをし、ガイセリウムを、次いで仲間を見た。

 ガイセリウムが停止して、数分が経過しただろうか。深紅の甲冑で固めたエインヘリアルの一人が、こちらへと向かってくる。そこへ進み出て不快そうな表情を見せるのは、愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)だ。
「多摩川の周辺の人たちを虐殺するなんてなに考えてんのよ! そこにいる人達は今回のあたしの戦いと歌とルックスをみて、きいてファンになる人たちなのよ! 絶対にやらせないんだから覚悟しなさいね!」
 今にも殴りかかりそうな勢いで、瑠璃はエインヘリアルを睨んだ。
「ふん、ケルベロス風情が。一網打尽にしてくれよう!」
 エインヘリアルはケルベロスたちの戦列に向けてオーラの弾丸を撃ち放った。その攻撃を受けたのはジェミ。ダメージこそ大きいものの、これくらいで引くわけにはいかない。
「後ろに人々がいるものね。……ここは通さないから!」
「よぅこっちも付き合えよ」
 亞狼は己の背に強烈な黒い日輪を浮かべ、熱波を放った。続くのはクリス・クレール(盾・e01180)。重厚無比の一撃をエインヘリアルに叩きつける。
「いくぜっ! 相棒!」
 レイはライドキャリバーのファントムに声をかけつつ、素早く弾丸を打ち込んで敵の体力を削っていく。続くファントムも内蔵ガトリング砲を浴びせた。
 だが、敵は400年前の古強者。まだこれくらいではびくともしないのか、その動作には余裕が見える。その武を学びたいと思うのは職業柄からだろうか。
「軍艦鳥・レオナール! いざ!」
 ほんの一瞬だけ思案顔をしたレオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)が、構えた大鎌から物質の時間を凍結する弾丸を精製して撃ち込んだ。それを紙一重で回避したエインヘリアルは、目を細めてレオナールを見やった。
「なかなかやるようだが……まだまだ、だな」
「余裕ぶったところで、最後に笑うのはあたしたちよ?」
 先ほど大打撃を受けたジェミを癒やしながら、瑠璃は不敵に笑う。ジェミは瑠璃に礼を言いつつ、エインヘリアルをびしりと指差した。
「覚悟してよ? エインヘリアル!」
 そして次の瞬間、ジェミは痛烈な一撃をエインヘリアルにお見舞いする。瑠璃のウイングキャット「プロデューサーさん」は、尾のリングを飛ばして火力をそぐ攻撃に出る。
「拙者達の所で食い止めねば大惨事になるでござる……何があろうとも此処より先には進ませないでござるよ!」
 惨殺ナイフを両手に構え、朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)がエインヘリアルへと肉薄する。そのまま横を通り過ぎると同時に凍気を宿した刃で斬りつけた。それでも身じろぎひとつしないエインヘリアルをちらりと見て、四条・玲斗(町の小さな薬剤師さん・e19273)は味方の後衛へと光の術式を展開する。
「光以て、現れよ」
 玲斗は、目では見えない『何か』を感じる力を後衛へ与えた。強大な相手に長丁場は必至。であれば、援護も重要な意味を持つだろう、と。

●会戦
 エインヘリアルは、魔力を籠めた咆哮を怒りのままに放った。
「貴様、何をした?」
 亞狼は無言で攻撃を受け止め、ケルベロスチェインをエインヘリアルへとぶん投げた。痛みを感じる時間すら勿体無いとばかりに。
「おぅヤローども、殺っちまえ」
 亞狼が鎖でエインヘリアルを締め上げながら攻撃を促すと、好機とばかりにレイはエアシューズで接近し蹴りあげ、炎を浴びせた。ファントムも激しいスピンでエインヘリアルの足を轢いていく。
「個人の武では、足元にも及ばないけれど……」
 仲間と一緒なら、と。レオナールは大鎌の刃に「虚」の力を纏って大きく振りかぶる。凄まじい斬撃を受け、エインヘリアルが数歩引く。その隙に瑠璃が浮遊する光の盾を具現化し、亞狼を癒やした。
「追いつけばいいのだけど……出来る限り耐えてよね!」
 敵の攻撃はどれも強力だ。メディックが二人いるとはいえ、何度も攻撃を受ければ戦闘不能は必至。クリスは己に強烈な自己暗示をかけて、肉体を硬化する。防御力を高めておくのは良手だろう。
 そして、最初にジェミが受けたダメージも大きい。玲斗に癒やされたジェミは大きくうなずいて、声を張り上げた。
「行くわよばるどぅーる!」
 ジェミはオーラの弾丸を叩きつける。連れのボクスドラゴンも、回り込んでブレスを浴びせた。ケルベロスたちの攻撃はとどまることを知らない。プロデューサーさんは瑠璃の肩に飛び乗ってから羽ばたき、エインヘリアルを引っ掻いていく。翼を利用した戦闘となれば、武流にとっても十八番。飛翔した後はエインヘリアルのすぐそばに着地し、エアシューズで滑走、そのまま手にした惨殺ナイフを構え、すれ違いざまにエインヘリアルを斬り裂いた。
「小賢しい手を使いおって……ふんッ!」
「ぁ? 勝ちゃなんでもいんだよ」
 いくつかの状態異常を吹き飛ばしたエインヘリアルを、亞狼は鼻で笑う。続けて己の背後に黒い日輪を浮かべ、熱波を浴びせていく。
 瑠璃が亞狼を急ぎ癒やすが、回復しきれない部分も大きい。
「流石にダメージが大きいけど……こんなところで倒れられたらあたしのファンが減っちゃうんだから、もっと頑張ってよね!」
「勿論だ。一般人は絶対に護る、と決めている」
 クリスは地獄の炎の弾丸を放ち、エインヘリアルの鎧ごしにその肉体を穿つ。
 レイが愛銃から弾丸を放てば、ファントムもガトリングで鎧へとダメージを与えていく。弾丸の洗礼は止まない。次に放たれるべく現れるのは、時空を凍結させる弾丸だ。
「今度は当てる……ッ!」
 レオナールの放った弾丸は、エインヘリアルの鎧と身体を貫通する。苛烈な戦いを見せる空の騎士の気迫は『軍艦鳥』の二つ名に恥じない、相当なものだ。
 勢いづいたところで、武流は凍気をまとった刃を振り下ろす。が、エインヘリアルは刃を受け止め、力任せに放った。翼を使って体勢を立て直した武流は、エアシューズで滑走しつつ距離を取った。
「まだ余裕があるようでござるな。みんな、気をつけるでござるよ!」
「あったりまえよ! ここで負けるわけにはいかないんだから!」
 ジェミがエインヘリアルの懐に飛び込み、ナイフを逆手に持って斬り裂く。
 プロデューサーさんが尻尾の輪を飛ばしたところで、守りに移る。玲斗とばるどぅーるは、まだダメージの残るジェミを癒やした。
「いつまで持つかしら。相手も、私たちも」
 玲斗は歯噛みをして、仲間の消耗具合を確認した。

●応戦
 エインヘリアルは亞狼へとオーラの弾丸を放った。真正面から直撃したそれを受け、亞狼はどうにか踏みとどまる。そのままアームドフォートの主砲を展開し、一斉発射した。
 こちらの攻撃が通ってはいるものの、このまま一人が狙われてはたまったものではない。
「目標単体、欺け」
 クリスが自身のオーラ「殺気」に告げると、エインヘリアルはオーラで包まれる。攻撃対象を分散するのが狙いだ。
「全てを撃ち抜け! ブリューナクッッ!!!」
 続けてレイの銃口から発射されたのは高密度のエネルギー。最終的に5つに分裂したエネルギー弾は、エインヘリアルを追尾して撃ち、貫いた。砲撃に使用した「光葬魔弾・ブリューナク」だ。ファントムもタイヤを唸らせ、スピンを喰らわせていく。そこへ攻撃を重ねるのは、レオナール。エインヘリアルの状態をつぶさに観察しつつ、適切な攻撃を見極める。
「風よ、風よ、我が手に集え! ……大気の鉄槌を其の身に受けろ!」
 レオナールが風圧の爆弾「風鎚」を叩きつけると、エインヘリアルの鎧に走る亀裂が一段と大きくなった。
「そろそろ倒れなさい!」
 続けて敵の急所を突くのは、ジェミ。ばるどぅーるも箱ごと体当たりして攻撃を重ねる。武流がエアシューズを唸らせ、エインヘリアルに飛び蹴りを喰らわせて仰け反らせる。プロデューサーさんもエインヘリアルへと飛びかかるが、鋭く伸ばした爪は直前で回避された。
「どうやらあたしたちは回復に専念することになりそうね」
「ええ。腕の見せどころね」
 瑠璃と玲斗は視線を交わし、それぞれ亞狼とジェミを癒やした。

 エインヘリアルはオーラを纏い、クリスを睨む。
「この怒りの源は貴様か……」
 オーラをまとった拳は、音速を超える。その打撃を受ければ、たとえ体力が全快していても耐えられるかどうか。
「おっと、そっちじゃねーぜ」
 暴走すら意識したクリスの前に、ごく自然に割り込んだ男がひとり。近距離の凄まじい一撃を受けた亞狼は派手に吹っ飛んでいく。地面に背を打ち付けて意識を失いつつある亞狼をジェミが抱え、建物の陰へと避難させる。
 その途中、亞狼は腕を上げてガイセリウムを指差した。先程まで飛び回っていたはずのヴァルキュリアがガイセリウム内へと戻ってゆく。代わりに現れたのはシャイターンだ。あとは仲間に任せることにした亞狼は、そこで意識を放棄した。最後に味方側が一人でも立ってれば勝ちは勝ちなのだから、と。
 一人が戦闘不能となったものの、まだ撤退するわけにはいかない。クリスは体を高速回転させながらエインヘリアルへと突撃した。レイは愛銃を素早く捌き、またひとつ弾丸を喰らわせていく。ファントムもガトリングから弾丸を放つが、惜しくも全てかわされる。
 それでも、立ち止まるわけにはいかない。何故なら――。
「此方にだって背負っている物があるんだ! 退けるかよ!」
 レオナールは大鎌に手をかざして弾丸を精製する。直後に放たれた弾丸は、エインヘリアルの胴体を貫通した。
「それじゃ、そろそろあたしも攻めに転じようか! いくよ、プロデューサーさん!」
 瑠璃はバスターライフルの砲口をエインヘリアルへと向け、グラビティを中和するエネルギー光弾を発射した。プロデューサーさんも尾の輪を飛ばして、少しでもダメージを重ねていこうとする。
 武流が獄氷刃を、ばるどぅーるがブレスを見舞ったところで、ジェミが帰還した。玲斗はジェミへと回復の電撃を飛ばす。
 ジェミがガイセリウム周辺の変化を仲間へと伝えると、玲斗は思案顔でガイセリウムを一瞥した。
「戦況が変化しているようね……詳しいことは不明だけれど、いっそう気を引き締めていかないと」
 小さな変化も見逃すまい、と。あらためて戦場を見渡した。

●義戦
 エインヘリアルの放ったオーラの弾丸は、瑠璃へと飛んで行く。
「ちょ、ちょっと! 冗談じゃないわよ!」
 直撃の寸前、小柄なシルエットが瑠璃の目の前に割り込んでダメージを肩代わりした。だが、攻撃の勢いは峻烈。クリスごと道路が陥没する。
「……間に合って良かった」
 くすぶる体表をそのままに、クリスは地獄の炎弾をエインヘリアルへと叩きつけた。レイも光葬魔弾・ブリューナクを放ち、確実に体力を削っていく。ファントムのガトリングは苦しくもかわされるが、その隙をついてレオナールがエインヘリアルの急所に強大な一打を撃ち込んだ。
「ぐッ……! だが、退かぬッ!」
 エインヘリアルは己の拳をぶつけ合い、痛みに耐えている。撃破は時間の問題だろう。
 そんなエインヘリアルの前に進み出るのは、不退転の決意を秘めた武流だ。両手に惨殺ナイフを握りしめ、正確にエインヘリアルを切り裂いた。まるで舞うような動きに合わせ、エインヘリアルの鎧が砕け、その身体へと凄まじいダメージを叩き込まれてゆく。
「『武』も極まれば『舞』と遜色無し……冥土への土産に焼き付けると良いでござる」
 エインヘリアルは、ごく小さく「無念」と呟いて倒れ伏した。強靭な鎧は砕け、肉体はやがて光の粒となって消えていった。
 ケルベロスたちは、アグリム軍団の一人を倒すことに成功した。
 瑠璃は安堵の息を漏らし、殊勝な表情を浮かべる。
「あたしの潜在的ファンが減らなくてよかったわ。もしかしたらこのへんでゲリラライブをするかもしれないし、ヒールは必須よね」
 こほんと咳払いをし、瑠璃は「ブラッドスター」を歌う。ヒールを施された道路はみるみる間に形を取り戻し、その縁に花を咲かせた。
 ジェミは武器を手に油断なく周囲を観察している。剣戟や銃撃を始め、戦場の音がなおも市街地に響き渡っている。
「まだ戦っているところもあるわね」
 けれど、と玲斗が首を振る。
「無理をするわけにはいかないわ。先に戦闘が終わった班は……多摩川を越えて撤退している?」
 とたん、玲斗はその意図に気付く。
「行きましょう、多摩川の向こう側へ! 侵入部隊を援護するためにも!」
 多くのケルベロスが多摩川を越えて撤退することで、イグニス王子に『ケルベロスたちの作戦は失敗した』と印象付けられる。結果、ガイセリウム侵入部隊が有利に行動できる可能性が高くなる。
 意識を取り戻しつつある亞狼を抱え、ケルベロスたちは撤退の準備を始めた。
 去り際に、エインヘリアルが消え去った場所をレオナールが一瞥した。
(「アグリム軍団のエインヘリアル――確かに強敵だったよ」)
 次いでレオナールはガイセリウムを見上げ、侵入部隊の成功を祈った。
 戦いはまだ終わっていない。だが、これから先は別働隊の仕事だ。ケルベロスたちは仲間を信じ、多摩川を越えて行った。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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