多摩川防衛戦~緋色流し

作者:あき缶

●四脚要塞ガイセリウム
 巨大な城が八王子に現れる。
 四本の脚を巧みに動かし、都心を目指して進軍してくる。
 城の周囲には死天使が舞っている。まるで裁きの時を告げる地獄がやってくるようだ。
 城に押しつぶされまいと人々は悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。
 彼らは知らない。その城は、人馬宮ガイセリウムという名であることを。
●焦土地帯に
 ザイフリートが教えたエインヘリアルの情報の一つ、人馬宮ガイセリウム。
 巨大な城に四本の脚を持つ移動要塞であるそれが、東京焦土地帯に出現した……と、香久山・いかる(ウェアライダーのヘリオライダー・en0042)は、ケルベロス達に告げた。
「ガイセリウムは今も、東京都心部に向けて移動中や」
 いかるの声は緊迫している。
 城の周囲はヴァルキュリアが警戒活動をしていて、容易には近づけない。
「見つかったらガイセリウムからエインヘリアル軍団が出てくるさかいなぁ」
 進路上の一般人は退避を開始しているが、都心部に到達した後のガイセリウムの進路が分からないため、多摩川までの人々しか退避出来ていない。
「このままやと、東京はガイセリウムで滅茶苦茶にされてしまうわ」
 首都を破壊されては困る。
 人馬宮ガイセリウムの主はエインヘリアル第五王子イグニスである。
「イグニスの目的は、ザイフリート王子を殺すこと、あとシャイターンの邪魔した君ら……ケルベロスへの報復。あとは、一般人を虐殺してグラビティ・チェインを奪うことやと思う」
 どれも成し遂げさせる訳にはいかない。ケルベロスはガイセリウムを止めるべく、出撃することにした。
 人馬宮ガイセリウムは強大だが、綻びがあるとヘリオライダーは予測していた。
「万全の状態やないねん。グラビティ・チェインが足りんのやな。簡単に言うと、ガス欠ってことや」
 先日のシャイターン襲撃がケルベロスの手によって阻止されたことが原因だろう。
「イグニス的には、ガイセリウムを動かしながら、一般人虐殺をして、グラビティ・チェイン補給しつつ進軍……ってつもりらしいわ」
 対するケルベロス側の作戦は。
「皆はまず、多摩川を背にして布陣。数百人単位でのケルベロスからのグラビティ一斉砲撃!」
 どかーん! と笑顔で拳を突き上げた後、いかるは真顔に戻る。
「……まぁ、この一斉砲撃でガイセリウムには一切ダメージ通らんのやけどね」
 しかし、グラビティ中和のため大量のグラビティ・チェインが消費される。ガイセリウムの燃料を枯渇させるには十分だろう。
「そしたら、人馬宮を守れーっとばかりに、アグリム軍団が出てくるっちゅーわけで、皆はそのアグリム軍団を倒すーって流れやね」
 勇敢なエインヘリアル軍団である『アグリム軍団』。彼らに、ケルベロスの多摩川防衛線を突破されてしまうと、ガイセリウムは川を超えてしまう。そして避難完了していない市街地で虐殺を繰り広げ、グラビティ・チェインが大量に奪取されてしまう。そうすれば、折角枯渇させたガイセリウムの燃料も満タンとなり、あとはイグニスの思うがままになってしまうだろう。
「逆にや。アグリム軍団をやっつけてしまえば、こっちからガイセリウムに突入も可能やろうな」
 アグリム軍団とは、深紅の甲冑をまとうエインヘリアルの軍団であり、エインヘリアル・アグリムとその配下達で構成されている。
 彼らは、四百年前の戦いでも地球で蹂躙の限りを尽くし、同族のエインヘリアルからも嫌悪されるほどの残虐性を誇るという。
「軍団長アグリムの性格からか、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さがあって……軍団っていえるんかな、これ。とにかく、バラッバラなんやけど、めっちゃ強い! 強さは本物やで!」
 その強さ、イグニスの地球侵攻のための切り札とされているに違いない。
「イグニスをなんとかして止めんとあかんな。……洗脳されてるヴァルキュリアのためにも、な」
 いかるはそう言って、ケルベロス達を多摩川へと送り出した。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
榊・凛那(神刀一閃・e00303)
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
エレ・ニーレンベルギア(漸う夢の如く・e01027)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
ペテス・アイティオ(ぺてぺて茶・e01194)
シナト・ワール(ストーム・e04079)
アップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)

■リプレイ

●一気呵成
 昼下がりの多摩川河川敷から色とりどりのグラビティが、曇天を突っ切って人馬宮ガイセリウムに飛んで行く。
 バトルオーラを飛ばすアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)と榊・凛那(神刀一閃・e00303)、御業による火炎を放つ星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)とエレ・ニーレンベルギア(漸う夢の如く・e01027)。シナト・ワール(ストーム・e04079)は礫を高速で投擲し、アップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)はハート型の光線を投げキッスで飛ばす。橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)はケルベロスチェインを長く長く伸ばし、彼女のテレビウム九十九は、画面からまばゆい光を投射した。
 六百人近いケルベロス達の一斉攻撃を受けてなお、人馬宮ガイセリウムは無傷であった。
「あんなもんで突っ込んで来るなんて随分と派手に喧嘩売ってくれるじゃない!」
 芍薬がにやと笑う。相手にとって不足はない。
「……あれが、人馬宮ガイセリウム……」
 エレはその鉄壁加減に舌を巻く。
 だが隣で凛那が首を横に振った。
「でも、止まった。動けなければただの城塞、繰り出された軍勢さえ退けられれば勝ち目はある……!」
 そう、ガイセリウムはその進行を止めた。
 一部始終を、ペテス・アイティオ(ぺてぺて茶・e01194)は電柱の上から見ていた。ペテスには遠距離を攻撃する手がなく、一斉攻撃には加わらなかったのだ。
「地球で狼藉はさせないです!」
 と決意を新たにガイセリウムを注視していたペテスは、何やら軍勢らしき点がこちらに向かってきていることに気づいた。まだ地上に居るケルベロスには見えていないが、あれこそアグリム軍団であろう。
「戦う術を持たない人たちを襲わんとする卑劣なたくらみ、たとえ太陽が見逃そうともこのペテスが……お、あわ、あわあー!?」
 ぐっと拳を握った瞬間、バランスを崩したペテスはずべしと頭から落ちた。が、ケルベロスなのでノーダメージである。
 ペテスが仲間のもとに戻ると、一同は移動を開始する。とはいえ、戦闘向きの場所はすぐそこだから、そこまでの移動は必要なかった。
「文字通り背水の陣だな」
 ちょうどいい場所にたどり着くなり、シナトが振り仰ぐ。
 視認できなかったアグリム軍団も、今ならその赤を見ることが出来る。
 と、思った途端、オーラがシナトに食いついた。
「お出ましね。まさか撃ちながら近づいてくるとはね!」
 眉をひそめ、芍薬は攻撃してきた緋色へとケルベロスチェインを伸ばす。
「あうう、わたし打つ手なしですぅ!」
 遠方の者を攻撃する術がないペテスが慌てる。
「煌めく星の加護を、此処に。降り注ぎ、満ちろ!」
 エレが前衛に星の輝きを降らせ、加護を与える。
 続けてアップルは、戦い続けろと「紅瞳覚醒」をかき鳴らし、鼓舞する。
「我が魔力、汝、合戦の申し子たる御身に捧げ、其の騎馬を以て、我等が軍と、戦場の定石を覆さん!」
 ユルが武将の英霊体を召喚し、後衛に勝利へ突き進む力を与えた。
「榊凛那……神刀にかけて、行くよ!」
 凛那はそう覚悟を口にすると、気を練り、自分を高めた。
 応戦しようとアリスが同じようにオーラを撃ち返す。
 その間に、シナトは己の感覚を増幅、損傷を最小限に抑える。

●接近蹂躙
「ふん……これが緋色のハリファの相手となる雑兵共か」
 ようやくケルベロスの前に立った緋色のハリファは、値踏みするようにケルベロスを眺め回し、鼻で笑った。
「さっさと捻り潰すとしよう」
 誘導が必要かと挑発の言葉をいつでも投げられるように身構えていたユル達は少し気抜けする。想像以上に好戦的だ。
「ぬぅんっ!」
 衝撃のほうが音より先にきた。
 シナトが血反吐と共に錐揉み回転しながら吹っ飛んだ。
「流石の威力ねっ」
 芍薬がシナトに光の盾を形成する。九十九の応援動画もシナトを励ます。
「一人ずつ潰していく戦法みたいですっ」
 エレは、シナトを執拗に攻撃するハリファの意図を悟り、鋭く仲間に告げた。
 ハリファの攻撃は単体を相手にすることしかできない。ならば各個撃破を努めるのは当然であった。
 霊力の網を伴う縛霊手でエレがハリファを殴りつける。
「よーやく出番です! なんとしてでもこいつを先には進ませませんですよっ!」
 巨大なスマホでペテスがエインヘリアルを殴りつける。
「Let's Dance!」
 アップルの手がドリル状に回転し、緋色の鎧を削る。
 ユルの御業がハリファに浴びせる焔の奔流に、挟みこむようにアリスの飛び蹴りがハリファの背に伸びたが、ハリファは難なくどちらもそれをいなした。
「当たらないなんて……」
 ユルが歯噛みし、一つの可能性に思い至った。
「こいつ、キャスター……」
 こちらの攻撃は当たりにくく、相手の攻撃は当たりやすい。ハリファの攻撃は狙いすました結果、威力がいや増しているのだ。
(「剥き出しの暴力が、こうも強いなんてね」)
 くるりと蜻蛉切って着地したアリスはシナトが喰らった一撃を見て思う。――今日は特に骨が折れそう。文字通りの意味でも。
「あたしの武器は刀だけじゃない……こっちも!」
 魂を食らう拳を振りぬき、凛那が叫ぶ。
 しかし、それをがっしとハリファは掴んだ。
「!?」
「雑兵共が。蟻がどれだけ集ろうと、我の敵ではないわ!」
 ハリファはぶんと凛那を投げ飛ばす。
「力があるなら護るために振るうべきだろ。守るものがあるヤツの力ってやつを教えてやるよ」
 げほと血混じりの咳をして、シナトが立ち上がる。
 ルーンアックスに空の霊力をまとわせ、シナトはハリファに斬りかかる……も、ぬるりと受け流される。
「ハハハ、ほざけ。どうした? お前の力とやら、我には欠片も通用せんようだな。そらっ、暴虐の力を受けてみよ」
 再び、ハリファの音速の拳がシナトにめり込んだ。
「がっ」
 地面にたたきつけられるように、シナトが沈み、背がへしゃげる。彼はヒクリとも動かなくなった。
 凛那の顔色が変わる。
(「相手の攻撃は範囲じゃない、ヒールを集中すれば間に合うはず! って思ってたのに……!」)
 九十九が芍薬の指示を受け、ちょろちょろとシナトに近づき、彼を川に流す。とどめを刺されないように、戦闘不能者は川に流すことに事前の打ち合わせでなっている。
「口ほどにもないのう! さあ、次はどいつだ? どいつから潰されたいのだ!?」
 芍薬のケルベロスチェイン、続くエレの業炎、ユルの縛霊の拳をひょいひょいと避けながら、高笑いするハリファを、無数の無人ジェット機の雨が襲う。
「ななめ45度あたーっく! ふふふ、これなら避けられないです。別に倒してしまっても構わないのだろう? です!」
 ペテスのPluvia ruinamだ。ペテスはドヤ顔でハリファを見る。
「……挑発のつもりか、小娘」
 ハリファは鎧の奥の目を眇めた。
「そうだよ~蛮族ッ」
 ジェット機が止んだ瞬間、アップルが落下してきてハリファを蹴りつけた。
 凛那の斬霊刀が雷を帯びながら、ハリファの鎧の隙間に突き立つ。
 アリスは冷静に自分のカードを考える。そしてハリファに当てられる可能性が最も高いグラビティ、つまり気咬弾を放つ。
「獲物を食い散らかすなんて野良犬以下ね。……ましてや、死をばら撒き、穢す存在……その蛮行を許す訳にはいかないの」

●蟻の意地
 ハリファの行動は、弱いものから順々に潰していく。というものだった。
 次に狙われたのは凛那。
 エレがディフェンダーとして、凛那を庇うも、毎度かばえるものではない。ディフェンダーはもうエレしかいないのだ。
 芍薬と九十九、そしてエレやユルもヒールをかけていくが、ヒールに手番が取られて、ハリファを攻撃する者が少なくなる。
 そしてヒールをどれだけ重ねても、癒やしきれないダメージは蓄積していく。
「これじゃジリ貧だね」
 ユルが呟いた。
 ハリファは楽しげに凛那をまたオーラで焼いた。
 ヒールが間に合わず、凛那は倒れる。
 ハリファは笑いの混じった声音で言う。
「ただでさえ雑兵、守りに入った時点でこの緋色のハリファに勝てるわけがなかったと悟りながら……臆病者は死に怯えながら、虚しく死に逝くがよい」
「どっちが臆病者なんだか……足癖悪くてゴメンね~っ」
 アップルの脚がハリファに突き刺さる。
 だが、続くアリスの一撃必殺のグラビティは、ハリファに難なく防がれた。守りが堅い場所を狙う一撃だから、ハリファに防がれるのは必至であったともいえよう。
「でも……向こうは随分前のめりね。余裕のあらわれかもしれないけれど」
 アリスはハリファを見て思った。バトルオーラはヒールも出来る。しかしハリファはヒールをする様子がない。手番が少ないとはいえ、長引く戦闘のなかのハリファの損傷は軽微ではないはずだ。
「蟻がもがくのを見るのは愉快なものだの」
「か弱い乙女を狙うなんてとんだクソ野郎ね」
 芍薬が吐き捨てるように言い、そして周囲に目を配る。
(「次に狙われるとしたら、アリスかアップルね」)
 暴走の可能性も考えつつ、芍薬は前衛にケルベロスチェインで守護魔法陣を描いて、少しでも被害が軽微になるよう努める。九十九が所持しているアーミーナイフ状の凶器でハリファに殴りかかるも、児戯と言わんばかりに避けられた。
 ユルが振りぬいた縛霊手がなんとかハリファの鎧をかすめる。
 エレが星屑の光を後衛に降らせる。
「ここで引いたら戦う力のない人たちが危ないです!」
 ペテスの虚ろの刃を持つ鎌がハリファを薙ぐ。
「ぐ、う」
 エレの星の光に後押しされた狙いすました一撃、ハリファをようやく唸らせた。
「魂までも焦がし尽くす愛の炎を貴方に」
 アップルの投げキッスから放たれた愛のエネルギー光線がハリファに刺さる。
「無駄なあがきを!」
 ハリファの拳がアップルの胴にめり込む。吐血してよろめくアップルだが、芍薬と九十九のヒールがアップルをなんとか立たせていた。
「来たれ、降りそそげ、滅びの雨よ!」
 スマホをいじり、ペテスが叫ぶ。大量の無人飛行機がハリファを空襲し、鎧を凹ませていく。
 ケルベロスが重ねてきたグラビティの効果が、じわじわとハリファを縛ってきていた。
 エレは駄目押しのように再び星屑を光らせる。ユルも波乱判官を喚ぶ。
「アリス君! 今だよ!」
「……わかったわ」
 狙いすました一撃を確実に当てるための力。そしてその力を増幅させる加護。それらを得たアリスは、ジェット機の雨にもがくハリファに飛びつくなり、鎧の隙間に刃を埋めた。
「……多分、ここ」
 勘で探り当てたハリファの急所を、アリスは力を込めて抉る。
「ぐが、あっ!?」
 ビクンと電流で撃たれたように体を跳ねさせ、ハリファはグルンと目を剥いて、倒れた。
 コギトエルゴスムに戻ることもなく、失うはずのない命を無くしたハリファを見下ろし、アリスは言う。
「死は安寧、尊くあるべきもの……だから、私は今を以ってお前を赦す。お前がどう思おうと」
 ――安らかに眠りなさい。
 アリスは緋色の暴虐の安寧を祈った。

●擬似敗走
「そろそろ侵入部隊がガイセリウムに入っている頃、かな」
 アップルは微動だにしない人馬宮を振り仰ぎ、呟いた。
「ガイセリウムのことは任せて、撤退するわよ」
 九十九を肩に乗せ、芍薬が多摩川を渡りだす。
 ひらりと白衣と青い髪をたなびかせ、ユルは無表情でガイセリウムに背を向ける。
「これで、イグニスも油断してくれるといいんですけど」
 ざぶざぶと川に入りながら、エレが言う。
 ケルベロス達がガイセリウム突入を諦めて、多摩川を敗走していく、とイグニスに思わせれば、侵入部隊は気づかれないだろうからだ。
 アリスは川に落としたものの、さほど流れていなかった凛那とシナトを回収した。ユルが運ぶのを手伝う。浮力を利用すれば、二人を運ぶのも容易だ。
「第五王子イグニス……こんな真似をした報いは、絶対に受けさせるです」
 と呟きながらペテスも後に続いた。
 ケルベロス達は、ガイセリウム侵入作戦の成功を祈りつつも、今は多摩川を後にするのであった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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