多摩川防衛戦～河畔、血に染めて

■リプレイ

●戦いが始まる
　地響きとともに迫ってくる。
　滑稽で、シュールで、不格好で、それでいて、見る者の心に恐怖を呼び起こす代物が。
　四本の巨大な脚を備えた城塞――人馬宮ガイセリウムが。
　それを待ち受けるのは五百人を超えるケルベロスたち。多摩川を背にして布陣しているが、皆の後方にあるのは川だけではない。
「私たちの後ろには、多くの人々の夢が、笑顔が、未来があるの。だから――」
　五百数十人のうちの一人である火明・ミライ（地球人の鎧装騎兵・e00456）がアームドフォートの主砲をガイセリウムに向けた。
「――絶対にこの先へは行かせない！」
「止まれぇぇぇ！」
　ミライとほぼ同時に叫んだのは、特撮ヒーローのようなコスチュームに身を包んだ天空・勇人（正義のヒーロー見習い・e00573）。
　両者の声は本人たちにも聞こえなかった。五百を超えるグラビティの一斉砲撃の轟音にかき消されたのだ。もちろん、ミライと勇人もグラビティを放っている。ミライはフォートレスキャノン、勇人はサイコフォース。
　やがて、集中砲火は止み、それらによって生じた爆炎や硝煙や閃光も消え、ガイセリウムが再び姿を現した。
　傷一つ付いていない姿を。
　しかし――、
「――止めることはできたな」
　死天剣戟陣を浴びせた神崎・修一郎（漆黒の刀剣士・e01225）が視線を巡らせた。戦場となる、この河原の地形や状況を改めて確認しているのだ。
　その間にガイセリウムの城門が開かれ、深紅の人影が次々と降下した（脚を有した城なので、城門も高い位置にあるのだ）。アグリム軍団が出撃したのだろう。遠距離グラビティが届く距離ではあるが、エインヘリアルたちはガイセリウムほど巨大ではないので、降下後は視認することができず、よって攻撃することもできない。
　いまだ見えぬ敵に向かって、オルトロスのリキが唸り声を上げる。
　その背を撫でながら、月宮・朔耶（天狼の黒魔女・e00132）が呟いた。
「……ここからが本番」
　数分後、深紅に彩られた禍々しい姿の戦士たちが土煙をあげて、皆の視界に入ってきた。

●八匹の虫ケラと一人の勇者
　七十余名のアグリム軍団と五百数十名のケルベロス。遠距離射程のグラビティを乱射しながら、前者は突き進み、後者は迎え撃つ。互いに大きな損害を与えられぬまま、距離は急速に縮まり、接近戦に移行した。
　八人前後のチームで一人のエインヘリアルに立ち向かうケルベロス。その八対一のフォーメーションを崩すため、同胞たちと連携して事に当たる――などという発想はアグリム軍団にはない。目の前にいる敵が八十人だったとしても、自分の力だけで斬り伏せようとするだろう。
　そんな勇敢なるも愚かな軍団の中から、修一郎は一人の敵に目をつけた。ゾディアックソードを携えた勇者。甲冑の両肩から角が生えているが、片側のそれは半ばから折れている。
「ここから先へは行かせん！」
　修一郎は勇者の懐に飛び込み、愛刀『村正』を深紅の甲冑に突き立てた。
　その攻撃――雷刃突に合わせるようにして簒奪者の鎌と銃弾が飛んだ。ヴォルフ・フェアレーター（闇狼・e00354）と姫百合・ロビネッタ（自給自足型トラブルメーカー・e01974）によるクイックドロウだ。
　着弾の音が響くと同時に修一郎は離脱し、彼に代わって、炎が勇者に襲いかかる。
「ええい！」
　と、炎を正面から受けた勇者が初めて声を発した。苛立ちと戸惑いが入り交じった声を。
「いったい、なんなのだ？」
　勇者の目が朔耶に向けられる。今の炎は彼女の御業が放った熾炎業炎砲だった。
「貴様はまだガキだろう。定命者ならば、外見と年齢にさして差はないはずだからな。それに貴様も！」
　と、リボルバー銃を構えたロビネッタに指を突きつける。ロビネッタは十歳、朔耶は十二歳。そんな少女たちが自分に挑んでくるという事態が信じられないのだろう。ケルベロスの力は年齢や性別に左右されるわけではないということを知らないらしい（あるいは知っているのだが、納得できないのかもしれない）。
「地球の連中はふざけているのか？　栄誉の折れ角を持つ、この暴勇バスゥーリに小便臭いガキどもをあてがうとは……」
　そう言いながらも、勇者は地面にスターサンクチュアリを描き、己の傷を癒して異常耐性を付与した。
「初手にスターサンクチュアリ？　『暴勇』なんて二つ名のくせして、意外と堅実じゃないか」
　と、ロビネッタが感心半分からかい半分の語調で言った。
「でも、そんなに堅実なら、判るはずだけどね。ゾディアックソードのグラビティは集団戦闘で真価を発揮するってことが。ワンマンプレイに走るのはもったいないよ。まあ、あたしたちにとっては好都合だけど」
「なんだとぉ？」
　ロビネッタの忠告めいた挑発に対して、勇者は反駁しかけたが、その前に――、
「エインヘリアルの勇者よ！」
　――と、壬育・伸太郎（鋭刺颯槍・e00314）が叫ぶように問いかけた。
「甲冑の傷すら誉とする誇り高き闘士が何故このような非道に加担するか！」
「非道？　笑わせるな！」
　勇者もまた叫ぶように答えた。
「我らと同じ高さで世界を見ている者ならば、非道だの外道だのと謗ることも許されよう。しかし、貴様らは地を這う無力な虫ケラに過ぎぬ。そんな輩が我らに脆い牙を突き立てんと企むことこそ、道理に反していると知れ！」
「それが答えか。ならば、壬育流交活法、壬育伸太郎――」
　伸太郎はゆっくりと勇者に近付いたかと思うと、斬霊刀の間合いに入ったところで一気に踏み込んだ。
「――推して参る！」
　そして、勇者が言うように『脆い牙を突き立て』た。『森羅の理・崩（シンラノコトワリ・クズシ）』という名の牙を。その牙は勇者の巨躯に大量のグラビティ・チェインを注入し、内部でオーバーフローを発生させて、付与されたばかりの異常耐性をブレイクした。
　間髪を容れず、勇人が旋刃脚を打ち込む。
「勇気の戦士、仮面ブレイバー推参！」
　だが、勇者は素早くステップバックして、蹴りを躱した。
「『推して参る』だの『推参』だのと……推参しているという自覚があるなら、態度を改めろ！　礼儀知らずの虫ケラどもが！」
「はぁー？　今、礼儀とか言ったか、おい？」
　と、嘲るような調子で訊いたのは、皆の後方に控えていたサーティー・ピーシーズ（十三人目・e21959）だ。その横では、彼の言葉に苦笑を漏らしつつ、ミライがヒールドローンで仲間たちの防御力を上昇させている。
「勇者とかいってエバってるけどよぉ。殺して奪うなんざぁ、盗賊のするこったろ。そんな盗賊風情が人様に礼儀を求めるなっつうの」
　サーティーは縛霊手を突き出した。大きな掌から無数の紙兵が舞い上がり、前衛陣に異常耐性を与えていく。
「……ほざいたな、虫ケラ」
　と、勇者が言った。意外にも静かな声音で。しかし、兜の面頬から覗く双眸は血走っている。怒りが激しすぎて、怒鳴ることもできないのだろう。
「その言葉、高くつくぞ」
「ああ、そうかい。でも、どんなに高値がついたって、おまえさんは代金を受け取れねえぞ。だって――」
　サーティーがせせら笑う。
「――ここで死んじまうんだからなぁ」
　次の瞬間、雷鳴にも似た叫びが轟いた。
　勇者の面頬の奥から。
　ようやく、また怒声を発することができようになったらしい。

●戦いは続く
　勇者の心が激憤に支配されている時間はさして長くなかった。怒りが完全に消え去ったわけではない。しかし、ケルベロスたちと斬り結び、あるいは撃ち合ううちに、その眼差しや言動に別の感情が滲み始めた。
　感嘆だ。
「この暴勇バスゥーリを相手にして、ここまで健闘するとはな。虫ケラにしては、やるではないか」
　何度目かの攻撃をしかけてくる修一郎を勇者は見据えた。
　その視線に射竦められることもなく、修一郎は斬霊斬を放った。
「健闘だけで終わらせるつもりはない！」
　勇ましい言葉を裏切るかのように刃が虚しく空を切る。紙一重で避けられたのだ。
　だが、それは修一郎のフェイントだった。彼のアイコンタクトを受けていたヴォルフが別の方向から簒奪者の鎌を叩き込んだ。
　ほぼ同時に銃弾も勇者に命中していた。ロビネッタのクイックドロウ。彼女はずっと他の者たちの攻撃に紛れるようにしてクイックドロウを使い、勇者の攻撃力を削っていた。
「虫ケラにしては、やるではないか」
　刃こぼれした剣を指先で撫でながら、勇者は先程の言葉を繰り返した。
「褒めてやるぞ」
「賞賛はいらない」
　と、ヴォルフが冷ややかな言葉を返した。
「俺が欲しいのはおまえの命だけだからな」
「ふん。勇者たる我を倒して、名を上げたいというわけか」
「思い上がるな。俺にとって、おまえは殺すべき対象。それ以上でも以下でもない」
「思い上がっているのは貴様のほうだ。我が『それ以上』であることを思い知れ！」
　勇者は剣を振り下ろし、ゾディアックミラージュを発動させた。星辰の氷撃が前衛陣めがけて飛び、爆発する。
　だが、前衛の全員がダメージを被ったわけではない。
　身を挺して、仲間たちを庇ったからだ。リキが。勇人のライドキャリバーが。そして、伸太郎が。
「この身は盾！　そう決めて、生きてきた！」
　魔人降臨で自分の体力を回復させつつ、決意と信念を叫びに変える伸太郎。彼だけでなく、他の者たちもこの戦いで勇者の強力な攻撃を何度か食らっている。
　それでも、立っていられるのは――、
「――あの衛生兵気取りの腰抜けどものせいか」
　忌々しげに呟きながら、勇者は皆の後方を睨みつけた。
　そこにいるのはミライとサーティーだ。戦闘の間、二人は仲間の傷をずっと癒し続けてきた。目についた者を機械的に癒しているわけではない。サーティーは戦況を見据え、慎重に吟味した上で癒すべき相手を選んでいたし、ミライはそんなサーティーと常に声をかけあい、連携を図っていた。
「あらあら。腰抜け呼ばわりされてしまいました」
　ミライはヒールドローンたちを前衛のもとに送った。またもや苦笑を口元に浮かべながら。彼女自身も手傷を負っており、笑っていられるような状況ではないのだが、それでも笑みを絶やすことはなかった。仲間たちに安心感を与えるためだ。

●八人の勇者と一匹の虫ケラ
　八人（と二体）のうちの二人が回復役に徹するとなれば、攻撃の手数は減り、長期戦となることは避けられない。
　しかし、回復役に徹する者が二人もいるからこそ、長期戦を耐え抜くこともできる。いや、今はもう三人だ。朔耶も戦いの流れを見極め、回復に重点を置くようになったのである。
　義兄であるヴォルフにステルスリーフをかけながら、彼女は勇者に言い放った。
「どうやら、おまえの負けのようだな」
　確かに勇者の劣勢は明らかだった。攻撃の手を休め、スターサンクチュアリで傷を癒すこともあったが、それは時間稼ぎにもなっていないし、仮に時間を稼げたとしても、それで事態が好転するわけではない。
「まだまだ、これからだぁー！」
　虚しい叫びを発して（案外、当人はまだ勝ち目があると本気で思っているのかもしれないが）、勇者はゾディアックブレイクを放った。
　その直撃を受け、ライドキャリバーが消滅した（リキは既に消滅していた）。激戦による疲弊を感じさせない強力な一撃であり、勝利を予感している者の心を挫くのに充分な一撃だ。
　しかし――、
「――気持ちで負けてちゃ、勝てないんだ！　やらいでかーっ！」
　ロビネッタがファニングでリボルバー銃を連射した。今回はクイックドロウではない。見切られることがないように『名探偵ロビィ、参上！（イニシャルシュート）』を用いている。
　十数発の弾丸が勇者の甲冑に二つの文字を刻みつけた。もっとも、かなり不格好な文字なので、読み解くのは難しい。
「ＡとＫ……なんの略だ？」
　首をかしげながら、ヴォルフが勇者に鎌を投げつけた。デスサイズシュート。回転して半透明の円盤と化したそれは狙い過たず命中した。攻撃を受けて脆くなった場所――ロビネッタが刻みつけた文字の上に。
「ちがーう！　ＡＫじゃなくて、ＲＨ！　あたしのイニシャル！」
　両腕を振り回して訂正するロビネッタ。
　その頭上を影が飛んだ。
　勇人だ。
「いくぞ！　必殺、ブレイバァァァーキィィィック！」
　今度の蹴りは勇者にも躱せなかった。
「ぐぉ！？」
　呻き声を発し、もんどりうつ。
　その『地を這う虫ケラ』を思わせる無様な姿に向かって、ロビネッタが指を突きつけた。
「驕兵必敗！　貴方は負けたの！　『小便臭いガキども』と嗤った相手にね！」
「なにを言うか！　我はまだ負けておらん！」
　剣を杖にして、勇者は立ち上がった。甲冑のあちこちに亀裂が走り、深紅の破片が足下に落ちていく。
「調子に乗り過ぎたな、虫ケラどもよ！　貴様たちは俺に本気を出さ……」
　言葉は途切れた。凄まじい勢いで飛んできたなにかが勇者にぶつかったのだ。
　その『なにか』は、数瞬前まで後方にいたミライだった。アームドフォートの全砲門を背後に向けて撃ち放って突進するグラビティ『火明流刀舞術　奥義ノ壱【射貫】（ホアカリリュウトウブジュツオウギノイチイヌキ）』を使ったのである。
「侮りましたわね。『衛生兵気取りの腰抜け』の力を」
　ミライは手の中の日本刀を捻った。その刃は勇者の胸板に突き刺さっている。
　もちろん、もう一人の『衛生兵気取りの腰抜け』であるサーティーも黙っていなかった。回復役に徹することで溜まったフラストレーションを発散すべく、妖精弓を引き絞り、『神妙の刃・開眼』を発動させる。
「もっかい死んで――」
　矢が赤い光に変じて放たれ、勇者に突き刺さった。
「――ヴァルハラ行っとけや！」
　勇者の体が業火に包まれる。
　それに巻き込まれないようにミライは後退した。
　代わって、修一郎が前進した。ゆっくりと。
　勇者の両膝が地に落ち、心臓の位置も人間のそれに近いところまで下がった。
「わ、我は、ぼう……」
　炎の中で勇者がなにか言いかけたが、修一郎の声がそれを遮った。
「一ノ太刀……紅葉！」
　村正が一閃した。
　その白刃が鞘に戻された瞬間、勇者の体は無数の光の粒子へと変わり、四方に飛び散った。深紅の甲冑もろとも。
　後には彼の体を焼いていた炎だけが残った。

　ケルベロスたちは勝った。
　サーヴァントを除いて、戦闘不能になった者は一人もいない。連携と回復を重視したのが功を奏したのだろう。だが、辛勝だ。一手でも誤れば、敗北を喫していたかもしれない。
「強かった……」
　吐息を漏らすような調子で勇人が呟き、ガイセリウムを睨んだ。
「こんな強敵がまだゴロゴロいるのかな」
「さあな」
　と、サーティーが肩をすくめた。
「そんなことより、さっさと引き上げようぜ。長居は無用だ」
　彼の言葉に従い、皆は撤退した。
　ガイセリウムへ侵入した四つの部隊の無事を祈りながら。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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