多摩川防衛戦~力こそ正義

作者:八幡

●人馬宮ガイセリウム
  遠くで雷の落ちたような轟音が響き、地面が微かに揺れる。
 その音の方へ視線を向ければ、どこかの漫画で見たようなアラビア風の城が見える……ただ、普通の城と違うのは、その城が徐々に大きくなっていることだろう。
 大きくなっているとは語弊があるだろうか、正確には、その城は徐々に此方へ近づいて来ていたのだ。
 徐々に大きくなる地響きを聞くたびに背中に冷たいものが走るが、その圧巻の見た目から目が離せない……そして注意深く城を見れば、城の周りを飛び回る無数の鳥のようなものが見えた。
 あれはヴァルキュリアと呼ばれるデウスエクスだろうか? ヴァルキュリアは人と同じくらいの大きさのデウスエクスであるはずだ、そこから想像できるあの城の大きさは可也もののように思えた。
「指示に従って、落ち着いて避難してください!」
 男が移動してくる城を呆然と見つめていると、警察官らしき男に腕を捕まれた。
 その声に我に返り、改めて周囲を見回せば、付近に住む人々が粛々と指示に従って移動している……その中には見慣れた顔もいくつかあるが、あれが此処まで来てしまったらどうなるのかと、不安と恐怖の色が見て取れた。
 それも当然のことだろう……男は大きく息を吐くと、自身も人々の流れに乗って移動を始めた。

●アグリム軍団
「エインヘリアルの第一王子から得た情報にあった、人馬宮ガイセリウムが遂に動き出したようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちの前に立つと話を始める。
「人馬宮ガイセリウムは、巨大な城に四本の脚がついた移動要塞で、出現地点から東京都心部に向けて進軍を開始しているようです。ガイセリウムの周囲は、ヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしており、不用意に近づけば、すぐに発見され、ガイセリウムから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくるため迂闊に近づくことは出来ません」
 空からの警戒と内部に強力な軍勢を備えているのならば、忍び寄って足を止めさせると言った作戦は取れないと言うことだろう。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路上の一般人の避難を行っていますが、都心部に近づいた後の進路が不明である為、避難が完了しているのは、多摩川までの地域となっています。このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうでしょう」
 せめて進路が解っていれば、もっと大勢の人間を避難させることも可能かもしれないが、相手がどう動くかも解らない状態で適当に避難させるにはあまりにも対象の人数が多すぎるのだ。
「人馬宮ガイセリウムを動かした、エインヘリアルの第五王子イグニスの目的は、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害、そして、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。更には、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取と思われます。この暴挙を止めるため、皆さんの力を貸してください」
 なるほど、巨大で移動可能な城塞そのものを利用し、蹂躙を行う……何とも効率的な話だ。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞ですが、万全の状態ではない事が予測されています」
 迂闊に手を出せず、避難も完全には出来ない……それならば一体どうすれば良いのかと、顔を見合わせるケルベロスたちへセリカが続ける。
「人馬宮ガイセリウムを動かす為には、多量のグラビティ・チェインが必要ですが、充分なグラビティ・チェインを確保できていないようなのです。先のシャイターン襲撃が、ケルベロスによって阻止された事で、充分なグラビティ・チェインを確保できなかったのが原因でしょう。イグニス王子の作戦意図は、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へと向かうものと思われます」
 なるほど先の作戦の結果が活きているようだ。そして、活きているからこそイグニス王子は報復と実利を兼ねた今回の行動を起こしたのだろう。
「これに対して、ケルベロス側は、多摩川を背にして布陣。まずは、人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行います」
 エインヘリアルの状況に頷くケルベロスたちへ、セリカはさらに続ける。
「この攻撃で、ガイセリウムにダメージを与える事はできませんが、グラビティ攻撃の中和の為に少なくないグラビティ・チェインが消費される為、残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには、有効な攻撃となります」
 グラビティ・チェインにより動作しているものが、その動力であるグラビティ・チェインを消費すれば、否応なしにその足を止めざるを得ないだろう。
「この攻撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべく、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる事が予測されます。このアグリム軍団の攻撃により、多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河して、避難が完了していない市街地を蹂躙、一般人を虐殺して、グラビティ・チェインの奪取を行うことでしょう」
 いずれにしても強力な敵であるアグリム軍団との戦いは避けて通れないようだが、少なくとも、人馬宮ガイセリウムの足も止められない状態で戦闘するよりは遥かに良いだろう。
「逆に『アグリム軍団』を撃退する事ができれば、こちらから、ガイセリウムに突入する機会を得ることが出来るでしょう」
 それに、アグリム軍団を撃破出来たならば、人馬宮ガイセリウムの守りも薄くなる。

 どうやって潜入するのかと頭を悩ませるよりも、向かってくる敵を撃破する方が解りやすい。
「アグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団と言われています」
 希望が見えてきた様子のケルベロスたちへ、セリカは撃破するべきアグリム軍団について話し始める。
「アグリム軍団は、第五王子イグニスが、地球侵攻の為にそろえた切り札の一枚なのでしょう。アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持ちますが、その戦闘能力は本物です。また、全員が深紅の甲冑で全身を固めているのがが特徴となっています」
 圧倒的な個の力さえあれば、大抵の雑音は打ち消せるものだ。
 アグリム軍団とはそう言う者たちの集まりなのだろう……だが、個の武勇にのみ傾倒しているからこそ、そこへ付け入る隙があるはずだ。
 一通りの説明を終えたセリカは、ケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「人馬宮ガイセリウムが多摩川を超えれば、多くの一般人が虐殺されてしまいます……それ防げるのは、皆さんだけです。どうか、力を貸してください」
 願うように胸の前で両手を重ねた。


参加者
ジャミラ・ロサ(癒し系ソルジャーメイド・e00725)
風森・茉依(欠百合・e01776)
月浪・光太郎(潰えぬ燈火・e02318)
海野・元隆(海刀・e04312)
深山・遼(風と往く・e05007)
霞・澄香(桜色の鎧装騎兵・e12264)
ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)
如月・恭二(黄金の暗殺者・e18716)

■リプレイ

●一斉砲火
 曇天の空の下、悠然と進んでくるアラビア風の城……人馬宮ガイセリウムの姿が見える。
 人馬宮ガイセリウムが移動するたびに足元から振動が伝わり、人馬宮ガイセリウムの巨大さと質量を否応なしにも痛感させられる。
「移動要塞か、馬鹿げてるが、そういうセンスは嫌いじゃないぜ……敵じゃないならな」
 その巨大さにもかかわらず、城の下に付いた足などと言うふざけた手段で移動してくる姿を見た、海野・元隆(海刀・e04312)が肩をすくめる。移動と守りとは大概相性の悪いものであるのだが……それを可能にしている辺り、デウスエクスの非常識っぷりが窺い知れる。
「悪趣味だな」
 元隆の言うように、ある種の浪漫である移動城だが、風森・茉依(欠百合・e01776)はガイセリウムの姿に眉をひそめた。それもそうだろう、何処か昆虫を思わせる姿もさることながら、一歩ごとに人々の営みをその足で踏み付けようと言うのだ、気分の良い物ではない。
「こんなデカブツを相手にしなければならないのですね……」
 茉依の言葉に、まぁなと息を吐いた元隆がもう一度ガイセリウムへ視線を向けようとすると、霞・澄香(桜色の鎧装騎兵・e12264)の呟きが聞こえた……先ほどよりも近くに見えるガイセリウムはちょっとした山のような建造物で……こんな物に自分たちの力が通じるのだろうかと、不安にもなる。
「困難の中に、機会がある。であります」
 そんな澄香の呟きを聞いた、ジャミラ・ロサ(癒し系ソルジャーメイド・e00725)は澄香の背中を押すようにそっと触れた。触れられた感触に澄香は後ろを振り返る……ジャミラは相変わらず無表情だったが、その赤い瞳を見た澄香は小さく頷き、
「最初の一撃、ド派手に行きましょう」
 大きく息を吸い込み前へ向き直ると、ガイセリウムへ向けてアームドフォートを構えた。
 何時の間にかガイセリウムの周辺を飛び回るヴァルキュリアの姿もはっきりと見えるくらいに近づいて来ていた……そろそろ一斉攻撃が開始されるだろう。
「敵は強大だが、なに、小さい者が勝てん道理は無い」
 ジャミラたちのやり取りに大きく頷き、月浪・光太郎(潰えぬ燈火・e02318)もまた得物を持つ手に力を篭め、
「止めなければいけませんね……人々の血は一滴も流せません」
 ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)がガイセリウムを掴むように左手を差し出す。
「――止めねばな。夜影行くぞ」
 そして、深山・遼(風と往く・e05007)が自身のライドキャリバーへ呼びかけると同時に、オーラの弾丸をガイセリウムへ向けて放つと、ヒューリーはガイセリウムの姿を握り締めるように左手を閉じた。
 極限まで集中させた精神によりガイセリウムの表面に爆発が起こり、爆発おさまらぬ中、光太郎の地獄の炎弾と元隆の凍結光線が放たれる。
「対象を認識……全兵装のリミッターを解除……照準を固定……鎮圧、開始。無限の硝煙と弾幕の流れの中で溺れてください」
 続けて、ジャミラが携行する銃器と内蔵された火器すべてのリミッターを解除し、氾濫した川の如き弾幕を打ち込み、澄香がアームドフォートの一斉射撃をそれに併せ、如月・恭二(黄金の暗殺者・e18716)が目にも止まらぬ速さで弾丸を放つ。
「咲け、鬼籍の百合」
 嵐のように恭二たちの弾丸が飛んでゆく先へ、茉依が鬼百合を模った炎を咲かせると、炎がガイセリウムの表面を侵食していく。

 自分たちだけでは無い、多くのケルベロスたちが各々の位置から一斉にグラビティを放ち、ガイセリウムの姿は爆発や炎などに包まれている。その上更に光線や衝撃波が容赦なく次々と突き刺さって行く。
 暫くの間ケルベロスたちによる一方的な攻撃が続き、ガイセリウムの姿がグラビティの輝きに埋もれていった。
 そして、漸くケルベロスたちの攻撃が止んだ後に、再び姿を見せたガイセリウムの姿は……攻撃開始前と何一つ変わらないものだった。

●深紅の鎧
 数百にも及ぶケルベロスの一斉射撃を受けて、無傷のガイセリウムだったが、その歩みは止まった。
 外見の無傷さに、効果が無かったのかと一瞬肌が粟立つ思いだったが、確実に成果は上がったようだ。
「来るか……いいだろう……貴様は私、否、俺達の糧となれ。――勝つのは俺達だ!」
 小さく息を吐く茉依の横で、ガイセリウムから飛び出してきた深紅の鎧を纏った集団を見つけた恭二がリボルバー銃を構える。
 作戦の第一段階は成功、だが問題は此処からだ……強いと言うこと以外、ほとんど何も判らない相手に勝たねばならないのだ。茉依はタカを掴む手に力を篭めると、こちらへ走り来る一体の深紅の鎧のエインヘリアルへ視線を向けた。

 真っ直ぐこちらへ突っ込んで来る深紅の鎧を前に、光太郎が魔法の木の葉を作り出すとそれをジャミラへ纏わせる。木の葉を纏ったジャミラはバスターライフルを深紅の鎧へ向けると、凍結光線を発射した。
 凍結光線は違わず深紅の鎧に直撃し、その表面を凍らせる……だが、深紅の鎧はその一撃など気にした様子も無く、更に距離を詰めてくる。
 見た目通りの堅さのようだが、馬鹿正直に真っ直ぐに突撃してくるのならば良い的だ。
 元隆はアームドフォートの主砲を一斉発射し、澄香が凍結光線を放つ。元隆と澄香が放つ無数のグラビティの弾が深紅の鎧へ突き刺さる中、茉依が放った白いミミズクが鎧の顔面へ体当たりを噛ますが、それでも鎧の速度が落ちることは無いようだ。
 最早強敵であることは疑う余地もない、遼とヒューリーはほぼ同時に地面にケルベロスチェインを展開する。
「孤塁を穿つ……!」
 光太郎たちの下へ魔法陣が描かれて行く中、恭二は鎧が無意識にガードしている部分……首の付け根辺りへ銃撃を放つと、その銃撃を思わず防いだ鎧の体が始めて仰け反った。

 鎧の上体が起きたと思った次の瞬間、その姿が視界から消える。
「上!」
 後方に居た茉依ですら、上に向かって影が跳んだ程度にしか認識出来ていなかったが、相手の得物からそれが何を意味しているのかは理解できた。
 茉依の声に反応した光太郎は、ほぼ眼前に迫っていたルーンアックスを身を捻って避ける。真横を硬質な物が通り過ぎ、先ほどまで光太郎が居た場所が真っ二つに割られた。
「はは、効かんな! チマチマした攻撃では、蟻も潰せんようだぞ!」
 ルーンアックスを振り下ろした姿勢のまま自分を見下ろす鎧へ、光太郎は挑発めいた言葉を投げかける……が、実際のところ何とか直撃を避けたに過ぎず半身を肩から裂かれた光太郎の傷は深い。
 よろけるように横へ移動する光太郎を追う様に、視線を向けてルーンアックスを持つ手に力を篭める鎧だが、鎧が動き出すよりも速くその足元へ駆け込んだジャミラと元隆が流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
 連続で右足を打たれた鎧の体が揺らめいたところへ、光太郎が惨殺ナイフを鎧の隙間へ突き立てると、吹き出した血が光太郎のものと混じり合いその傷を多少癒す。
 鎧の足を蹴った反動を利用してそのまま後ろへ下がった、ジャミラと元隆と入れ替わるように、夜影が炎を纏いながら鎧へ突撃し、その間に遼は再びケルベロスチェインで地面に魔法陣を描く。
 そして茉依が光太郎へちらつく分身の幻影を纏わせると、流れ落ちる血はかなり抑えられた。
 突撃した夜影を鎧は片手で受け止めるが、その真横に回りこんだ澄香が高速演算で鎧の構造的弱点を見抜き、痛烈な一撃を叩き込む。
「ほらほら、どんどん傷が深くなりますよっ……と!」
 そして澄香とほぼ同時に、逆側からヒューリーが空の霊力を帯びた無境ノ鞘:黒玄浪叉識真を振るい鎧の傷を的確に広げていった。

●個の力
 恭二は深紅の鎧を見つめながら、己の感覚を増幅する。
 恭二が見つめる中、鎧は夜影を蹴り飛ばすと同時に、ルーンアックスに光り輝く呪力を宿らせ……真横に居た、澄香へ向けて振り下ろす。
 咄嗟にバスターライフルを掲げその一撃を防いだ澄香だが、振り下ろされたルーンアックスの威力は凄まじく、弾かれるように澄香の体が後方へ吹き飛ばされた。
 ジャミラは、トラックに跳ねられたダミー人形のように吹き飛んで来た澄香を受け止め、魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術で澄香の傷を癒し、澄香を追撃しようと地を蹴ろうとする鎧の前に、光太郎と遼が立ち塞がった。
 否応無く足を止められた鎧を前に、光太郎は恭二へ魔法の木の葉を纏わせ、遼は三度自分たちの足元へ魔法陣を描く。
 鎧の一撃はどれも強烈だ。それこそ何も対策をしていなければ一撃で肉塊にされかねないほどに……だが、得物を考慮した徹底的な負荷分散により遼たちはこれを凌いでいる。
 単純な力比べであれば遼たちは、この鎧の足元にも及ばないだろう。しかし、戦いはそんなに単純なものでは無い。戦闘に加わる人数が多ければ多いほど、複雑さは増して行くのだ。
「そら、狩られるという恐怖を教えてやろう」
 こちとら弱い相手とばかり戦って生きてきたわけじゃないんだと、元隆は凍結光線を放って鎧を挑発し、茉依が澄香へ分身の幻影を纏わせると、澄香もまた凍結光線を鎧へ向けて放つ。
 頭部へ飛来した二つの凍結光線をルーンアックスで防いだ鎧だが、防いだルーンアックスへ向けて恭二が銃撃を加えると鎧は踏鞴を踏み、
「斬れ斬れ緋花……血を吸え赤花……咲け咲け朱花……散れ散れ紅花……」
 がら空きとなった腹部へ飛び込んだヒューリーが、斬霊刀に血に見立てたアカイ霊力を纏わせて斬りつける。斬り付けられた場所から咲いたアカイ花は鎧のチカラを奪い、その体を蝕んで行く。
 アカイ花に蝕まれる鎧は、一歩二歩と後ろへ下がるが……次の瞬間、再び高く飛び上がると、今度は遼へ向けてルーンアックスを振り下ろす。
 警戒はしていた……だが、警戒しても防ぎようの無い一撃と言う物がある。このエインヘリアルたちの攻撃はそういう類の物だろう。
 遼は自分の脳天に向かって振り下ろされるルーンアックスをただ見つめて――その一撃によって頭蓋が砕かれる直前、真横から衝撃を受けて遼の体が弾き飛ばされた。
 二度ほど地面を転がった後に慌てて跳ね起きた遼が見たものは、自分の代わりにルーンアックスの一撃を受けて真っ二つに割られた、夜影の姿。
 徐々に消滅していくその姿に奥歯を噛み締めると、遼は鎧へと向き直って螺旋手裏剣を構えた。
「敵を仕留められて満足か? だけどな……今度は、お前の番だ」
 遼の言葉どおり、今こそこの忌まわしい鎧を全力で屠る時。ルーンアックスを振り下ろしたままの鎧が体制を整える前に、ジャミラが全てのリミッターを解除した一斉射撃を打ち込み、
「そら、お迎えだ」
 元隆が中指を立てるように空を示すと、何処からとも無く現れた巨大な幽霊船が鎧の上に圧し掛かる。幽霊船に圧し掛かられた鎧からは生木を折るような音とジャミラの射撃をまともに受ける金属同士がぶつかる音が聞こえ続ける。
 それもほんの一瞬の間、幽霊船が消えた後にはルーンアックスを手に、片足を付いた鎧の姿が残される。
 片足を付いてもなお、衰えることの無い闘争を示すように鎧は、元隆を見据えるが……その目の前に踏み込んだ、澄香が鎧の付け根へ目掛けて拳を叩き込むと深紅の胸部装甲が砕けた。
 砕けて露になったエインヘリアルの生身へヒューリーが極限まで意識を集中させて爆発を起こし、恭二が目にも止まらぬ速さで弾丸を撃ち込む。
 そして、遼が氷結の螺旋を放つと――エインヘリアルの体は氷に覆われ、そのまま動かなくなったのだった。

●勝利を得たもの
「全く酷いモノだ、全員汚れと傷だらけ」
 動かなくなったエインヘリアルの前に、光太郎は立つと仲間たちを振り返る。傷だらけなのは主に盾役を買って出たものたちだが、仲間を護った末の傷であるなら名誉の部類だろうか。
「だが、護りきった。だから勝利だ。非の打ち所なく紛れもない、我々の勝利だ!」
 そして光太郎の言うように、少なくとも一体のエインヘリアルを倒し、人々の命を護ったのだ。
「個の強さより仲間との相乗効果の方が伸びしろがあったのだ!」
 拳を突き上げて勝利を宣言する光太郎に、同意するように茉依は力強く頷いた。盾となり剣となり、癒しとなる。各々が自分の役割をこなせれば、それは強力な個体を打ち破る力となりえるだろう。
「皆さん無事で何よりです」
 何時に無く興奮気味の茉依から、仲間たちへ視線を向けてヒューリーが何時もの笑顔を見せ、
「チョベリバにならなくて良かったであります」
 ジャミラもその言葉に頷いた。人々を守るデッドラインでの戦いだったのだ、それに今後の戦局をも左右しかねない、失敗はナンセンス。それは古人曰く『チョベリバ』なのだとジャミラは考えていたようだ。
「深紅の鎧のゲス野郎ども……ごほん。強敵、でありましたね。でも、いつぞやのドラゴンよりは楽……だったと思います」
 そんなジャミラの無表情ながらも満足そうな顔に澄香は微笑んだ。状況も相手の能力も、何も想定出来るはずの無いあのドラゴン戦よりは楽だったろう。

「さて、後はあのでかいのか」
 それぞれに勝利を噛み締めている仲間たちから、未だに動きを止めたままのガイセリウムへ視線を向け、元隆は呟く。
 元隆たちがエインヘリアルを倒そうと、あのガイセリウムがある限り何時また同じような侵攻があるかもしれないのだ……それを阻止するべく何人かのケルベロスたちが突入したようだが、彼らは無事だろうか?
「……今は戻ろう」
 とは言え、このまま無策に突っ込む訳にも行かない、一行は遼の言葉に頷くと、ガイセリウムへ背を向け駆け出したのだった。


作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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