多摩川防衛戦~迎え撃て、人馬宮

作者:真魚

●出現、移動要塞
 上がる悲鳴、逃げ惑う人々。
 混乱につつまれた八王子市を、巨大な城が進んでいく。
 直径三百メートル、全高三十メートル。アラビア風の煌びやかな装飾が施されたその城は、自分の足で進んでいた。
 ずしん、ずしん。四本の脚が歩を進める度に地が鳴り震え、その要塞の存在を誇示する。
 そんな城の周辺を、飛び回るはヴァルキュリア達。周囲を警戒しているのか、城から一定以上は離れず様子を見守っている彼女達を伴って、移動要塞は進んでいく。
 その進路の先には、悠然と流れる多摩川と、さらにその奥には住宅街が広がっていた。
 
●人馬宮を迎え撃て
「八王子市の『東京焦土地帯』に、人馬宮ガイセリウムが出現した」
 いつになく、真剣な声音を響かせて。高比良・怜也(サキュバスのヘリオライダー・en0116)は集まったケルベロス達にそう切り出した。
 エインヘリアル第一王子、ザイフリートから得た情報にあった、移動要塞。巨大な城に四本の脚がついたそれは、出現地点から東京都心部に向けて進軍を開始している。
 そのガイセリウムの周辺は、ヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしている。不用意に近付けばすぐに発見され、ガイセリウムから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくるため、迂闊に近付くことはできない状態だ。
「ガイセリウムの進路上の一般人には、現在避難をさせている。だが、都心部に近付いた後の進路がわからないんでな……避難が完了しているのは、多摩川までの地域だ」
 進路はわからないが、目的は推測できる。人馬宮ガイセリウムを動かしたエインヘリアルの第五王子イグニスの目的は、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害、そしてシャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。更には、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの強奪と思われる。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞なんだが、万全の状態ではないみたいなんだな。この要塞を動かすには多量のグラビティ・チェインが必要なんだが、やつらは十分なグラビティ・チェインを確保できていないと見える」
 その原因は恐らく、先のシャイターン襲撃がケルベロスによって阻止されたため。あの時十分なグラビティ・チェインを確保させなかったことが、今回の動きに繋がっているのだと語れば、怜也はケルベロス達へ小さく笑みを向ける。
「で、イグニス王子の作戦としては、侵攻途上にある周辺都市を壊滅させて多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へ向かうものと思われるんだが……もちろん、こんなの黙って見てられないよな。そこでお前達の出番だ」
 言葉紡ぎ、彼が広げたのは今回の戦場となるエリアの地図。その上を走るように描かれた多摩川を示して、怜也は続ける。
「まず、ケルベロス側は多摩川を背にして布陣する。んで、まずは人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行う。この攻撃でガイセリウムにダメージは入らないと思うが、目的はそこじゃない」
 グラビティ攻撃を受けた要塞は、それを中和するために少なくないグラビティ・チェインを消費することになる。残存グラビティ・チェインが少ないガイセリウムが相手の今回は、有効な攻撃となることだろう。
「そうなったらむこうも黙ってられないだろうからな、攻撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロス達を排除すべく、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくることが予測される」
 そうなれば、後はこのエインヘリアルとの勝負だ。このアグリム軍団の攻撃により多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河し、避難が完了していない市街地を蹂躙し壊滅させるだろう。
 逆にアグリム軍団を撃退することができれば、こちらからガイセリウムに突入する機会を得ることができる。
 ピンチをチャンスに変えるための戦い。それが今回の作戦だと語った怜也は、一度口をつぐんでケルベロス達の様子を確認した。
「さてさて、後はお前達が戦うことにある敵の情報だな。エインヘリアルは強敵だ、お前達にはアグリム軍団のエインヘリアルのうち一体を相手してもらう」
 アグリム軍団は、四百年前の戦いでも地球で暴れまわり、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団と言われている。
 恐らくは、第五王子イグニスが地球侵攻のためにそろえた、切り札の一枚。
「アグリム軍団は、全員が深紅の甲冑で全身を固めている。軍団長アグリムの性格が影響してるのか、皆そろって個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視すると言う傍若無人さを持ってるんだが、その戦闘能力は本物だ」
 幸いなのは、敵が連携を嫌う点と、勇猛果敢に戦闘を継続する点。相手の性格をうまく利用できれば、ケルベロス達でも敵わぬ相手ではないだろう。
 敵の武器はルーンアックス。力に任せた戦い方をしてくる。戦闘場所は多摩川の河原となるが、周辺は開けており障害になるものは何もない。周囲は気にせず、敵を倒すことに専念してほしいとはっきり告げた彼は、そこで小さくため息を吐きだした。
「ガイセリウムが多摩川を越えれば、その先にあるのは一般人の大量虐殺だ。そして、それを防ぐことができるのはお前達ケルベロスしかいない」
 大量虐殺。怜也は語りながら、わずかに表情を曇らせる。彼が『視た』要塞が動く姿は、それだけで多くの災いをまき散らすようだった。あんなものに東京を襲わせてはならない。だから、イグニスの野望を止めてほしい。
 そこまで語り、言葉を切って。ケルベロス達の表情を一人一人確かめた後、彼はひとつうなずいて――へらり、信頼篭めた笑みを浮かべてみせる。
「いってらっしゃい、頑張ってこいよ」
 なに、アグリム軍団が勇猛と言ったって、お前らほどじゃないだろう――そんな言葉を、軽い調子で紡いで。心配と期待を全て彼らに託すように、怜也は深く、一礼した。


参加者
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
ゼノ・アーヴァンス(戯ける白狼・e00592)
ルーナ・バウムフラウセン(レプリカントの鎧装騎兵・e00623)
筒路・茜(赤から黒へ・e00679)
超宗我部・雪兎丸(五線譜の檻からの解放者・e01012)
レナード・アスコート(狂愛エレジィ・e02206)
黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)
椿木・旭矢(ドラゴニアンのミュージックファイター・e22146)

■リプレイ


 ずしんずしんと地を揺らし、巨大な城塞が街を進む。その進軍を阻止せんと、多摩川前に位置取ったケルベロス達は一斉にグラビティを撃ちだした。
 響く爆発音、周囲を照らす閃光。苛烈な攻撃の中、合わせるようにノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)もファミリアロッドを小動物の姿に戻し、その魔力を射出した。戦場となる河原からでは、人馬宮まで距離がある。攻撃を届かせるために、選んだのは遠距離のグラビティだ。
 治癒阻害するウイルスカプセルを投げながら、ルーナ・バウムフラウセン(レプリカントの鎧装騎兵・e00623)は金色の瞳でガイセリウムを見上げる。相手が何であれ、ここを通すわけにはいかない。固い決意を胸に、グラビティに包まれる敵から目を離さない。
(「ケルベロスの意地と矜持見せてあげるわ」)
 この戦いに集まった多くのケルベロスが見つめる先、グラビティのエフェクトが収まった後に見えたのは、傷一つない状態の人馬宮ガイセリウムだった。
 ダメージは与えられていないのか――ケルベロス達に緊張が走る中、城塞はその足を止め、侵攻を停止した。こちらの狙い通り、グラビティ・チェインを消費して動きが止まったのだろうか。
 次の敵の動きも、こちらの予測通りだった。ガイセリウムの中から飛び出してきたのは、何十もの赤い身体。そうしてその内の一体は、狙い定めてこちらへとつっこんでくる。
 ぐんぐんと距離を詰めてくる敵のその進路へ、黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)が槍を模した黒きスライムを放ち応戦する。
「ブラックスライム先輩、オナシャス!」
 鋭いその槍は、直撃だった。しかし巨体はひるむことなくこちらへ駆ける。筋肉に覆われた足で大地を踏みしめ、大きく跳躍。ケルベロス達の目前へ着地すれば、衝撃に地面が大きく揺れた。
 じろり、こちらをねめつけるアグリム軍団の戦士――その強敵を前にしても、笑み浮かべ口開くのはゼノ・アーヴァンス(戯ける白狼・e00592)だ。
「団体さんの時は予約ないと困りますよお客さんー」
 口は軽いが、その金の瞳に油断はない。腰の斬霊刀を握り低い姿勢を取った姿は、敵が動けばすぐにでも抜刀してやるという気迫に満ちていて。
 戦士を取り囲む、八人のケルベロス。彼らを睨んだ深紅のエインヘリアルは、小さく舌打ちをした。
「邪魔をしおって……。貴様らは、ここで我が蹴散らしてくれるわ!」
 気合いの言葉と共に、ぶんと風切り構えるは巨大なルーンアックス。その動きに合わせてゼノは地を蹴り敵へと駆けた。
(「ま、人を殺されんのは目覚め悪ィんでな。お帰り願うぜ」)
 心で呟き、生み出すのは光の剣。刃は戦士の腕を斬りつけるが、屈強な敵に動揺はない。
 それに続けと戦いの構えを取ったのは、レナード・アスコート(狂愛エレジィ・e02206)だった。手の中に呼び寄せた赤い目の黒い小鳥。口づけと共によろしくなと声かければ、それは主に応えてたちまち杖へと変化する。
「強い敵ってワクワクしない? 自分がどこまでいけるのか、ってさァ」
 語る彼女の桃の瞳はどこまでも楽しげに笑みを浮かべて。そう、レナードにとっては、命削るような戦闘こそ極上の快楽。だからこの時を、楽しもうと。
 杖より放たれた魔法の矢は、深紅の戦士を撃ち抜こうとその身を襲う。
 攻撃を受け止めようと、腰を落として猛るエインヘリアル。
 多摩川防衛の戦いは、こうして始まったのだった。


 攻撃の機会を伺う仲間達を支援しようと、超宗我部・雪兎丸(五線譜の檻からの解放者・e01012)は爆破装置のスイッチを押す。
「住宅街にあんなデケェ建築物とか影で洗濯物乾かねぇじゃねーかよ。主婦に謝って路駐どけろや」
 語る言葉と共に、前衛の仲間達の背中へ士気高める爆発を起こして。その爆風に押されるように、筒路・茜(赤から黒へ・e00679)は深紅の戦士の懐へ飛び込んだ。
「次から次へとめんどくさいのが来るんだね。――、いいよ。あんなありがちな鼓舞でもやる気は十分に溜まったしね!」
 告げる声に被るように、じゃっ、と地を滑る音立てるエアシューズ。桃色の髪を翻して、彼女は流星の蹴りを叩き込む。
 そのまま跳躍し距離置けば、隣でノアが小悪魔の笑みを浮かべた。
「アグリム軍団、か。ふふ、随分と強そうな相手だねぇ……。――張り切って撃退させて貰おうか?」
 手にしたスイッチが起こすのは、雪兎丸と同じく仲間を支援する爆発。その狙いは後列に、攻撃手の火力補強となっていく。
 そうしてケルベロス達が戦闘態勢を整えていく中、エインヘリアルも動き出す。斧持つ手に力篭め、振り上げ跳んで、狙うのは茜。三メートルの巨体による体重乗せた一撃は、少女の頭目掛けて真っ直ぐに振り下ろされる。その衝撃に、茜は思わずよろめいた。
「茜!」
 ノアの呼び声に、少女はなんとか踏みとどまる。体力の三分の一を削り取る攻撃に、ケルベロス達に緊張が走る。
 強い。その脅威を感じ取りながら、椿木・旭矢(ドラゴニアンのミュージックファイター・e22146)は前衛の地面へ鎖を広げる。癒し手が焦っても、いいことは何もない。前に出て皆を守るのがディフェンダーなら、後方で皆を守るのがメディックだ。誰一人落とさせはしないと、彼の決意が力となり、魔法陣を展開していく。
 グラビティによる守護。これで、守り手の二人が仲間を庇い続けたとしても、そう簡単には倒れないだろう。さらに大半のケルベロスは、敵の攻撃に応じた防具を用意してきている。一番守りの薄い茜が初めに狙われ、そのダメージ量を把握できたのは、幸運だった。
 通常の攻撃は、何度か耐えられる。しかし会心の一撃を受ければ、それだけで形勢は不利となるだろう。
 この戦いに重要なのは、守りと回復。敵も守り手、どちらが耐えるかの勝負となる。
 耐え負ければその時、こちらの戦線は崩れるだろう。
「絶対にここから先へは通さない」
 そんな結末は決して迎えないと。守り手の決意固めて、旭矢が言葉漏らす。
 するとその声拾いうなずいた物九郎が、地を蹴り敵目掛け疾走した。
「モノクロ流自宅警備術極意、とくと味わわせてやりますでよ。即ち攻撃は最大の防御!」
 叫びと共に走る足は、中空を駆けるように。
「俺めは一羽の鷹ですでよ!」
 言葉紡いで加速すればまるで放たれた矢のように、物九郎はスピードを乗せた一撃をエインヘリアルへ叩き込んだ。
 攻撃を胸で受け止めて、深紅の戦士は不快げに眉を跳ね上げる。
「我が一撃を受けても引かぬとは、愚かな。貴様らに砕けるほど、我が体は脆くないぞ!」
 ルーンアックスを地に突き立てて、真っ直ぐに立つその姿は盾のように。
 しかしルーナはひるむことなく敵前へと回り込み、その鋼鉄の手足に重力乗せて飛び上がる。その美しき軌道は、流星のように。
 血にまみれた軍団など、お呼びではない。金髪を風にたなびかせた彼女の真摯な瞳を見てもなお、エインヘリアルは余裕の笑みを浮かべた。
 守りを崩しあう戦い。いくつものグラビティが飛び交う中、戦闘は長期化していった。
 強敵を相手にケルベロス達がとった作戦は、状態異常を重ねがけし、敵の動きを阻害すること。全員がグラビティを効率よく使い分けていたこともあり、敵への攻撃はほぼ彼らの想定通りのものとなっていた。ただ一つ、敵に弱点らしい弱点が見つけられなかったことが残念ではあったのだが、それすらも不利に働いてはいない。
 対するアグリム軍団の戦士は、標的を頻繁に変え、無作為に襲ってくるように感じられた。しかしその攻撃は後衛以外をあらかた狙った後で、目的を持った物へと変化していく。
 力に任せた攻撃をする敵であると、ヘリオライダーは語っていた。しかしそれは闇雲に武器を揮うと言うことではない。彼は、己が揮った力の経験を蓄積させて戦うのだ。
 すなわち、一番ダメージを与えやすい者に、一番ダメージを与える攻撃を畳み掛ける。
 ケルベロス達の用意してきた防具がばらばらならば、敵も考慮に入れなかっただろう。しかしほとんどの者が深紅の戦士に対する防具を装備している中では、そうでない者が際立ってしまう。
 まず狙われたのは、ゼノのオルトロスであるロキ。大斧に身を砕かれてもロキは仲間を庇い健闘したが、やがて耐え切れずに消滅する。
 次に狙われたのは茜であったが、ゼノとルーナと雪兎丸のミミックであるウーハー君が懸命に庇い、雪兎丸と旭矢が回復を重ねたことにより、持ちこたえることができていた。
 結局、エインヘリアルはケルベロスを一人も倒せず――庇った時のダメージが積み重なったウーハー君を消し飛ばしてから、戦いは膠着状態となっていた。強大な力を持つ敵相手にここまで持ちこたえられたのは、ケルベロス達のそれぞれが役割をしっかり務め、仲間を支え合ったからこそだ。


 それでも、戦いが長引けばダメージの蓄積は避けられない。狙われ続けた茜はもちろん、守り手の二人も疲弊が目に見えるようになる。
 するとその時、深紅の戦士はより残忍な笑みを浮かべて。大地揺らして踏み込み、ルーナ目がけて呪力に輝く大斧を振り下ろした。
「っ……」
 衝撃に、胸が詰まる。会心の一撃にルーナは力なく倒れるが――限界を訴える肉体を凌駕して、彼女はよろよろと立ち上がった。
「ほう……今の一撃を耐えたか。貴様らどうやら、ただの虫けらではないようだな」
 感嘆と共に投げかけられた言葉は、戦士なりの称賛だっただろう。しかし、そんな話をおとなしく聞いていられる状況ではない。
「ルーナ、交代しろ! ここはゼノさん任せとけ!」
 力強く発する声と同時、ゼノが敵とルーナの間に割って入る。一度納めた斬霊刀を、腰落として構えた後に一息で振り抜く――牙狼絶刀流・壱ノ型【飛電迅雷】。防具を破壊し、敵に牙立てる抜刀術。
 その苛烈な攻撃に、深紅のエインヘリアルは思わず後退した。そんな敵に向かい、口の端を上げたゼノは怒り滲ませた軽口を叩く。
「お家に帰ってママにでも甘えてな!」
「――抜かすな、ケルベロス」
 二人が対峙している間に、ルーナは物九郎へ声かけポジションを後退していく。入れ替わりで守り手を担う物九郎は、先ほど行動したばかり。前へ出るのには、まだ時間がかかる。
 空いた前衛の穴を埋めようと、ケルベロス達はグラビティ降らせ戦士を攻撃する。しかしそれをも恐れずに、エインヘリアルは再び斧を揮い――横殴りに叩きつける一撃に、たまらずゼノの身体が吹き飛んだ。
「ゼノ!」
 レナードが駆け寄り、無事を確かめる。最早戦える状態ではないが、ここで隔離できれば戦闘後に回復できる。彼女は防具の力でゼノを持ち上げ、そのまま力任せに味方後衛のさらに後ろまで投げ飛ばした。
 殺されるよりはましなはず。着地を確かめる時間を惜しんで、彼女は赤のショート髪を風に躍らせ敵へと疾駆する。こんな時なのに、悦ばしくて仕方ない。
 そうしてレナードが敵の注意を惹きつけている間に、物九郎の移動も完了した。
 ――此度の戦いにおいて、後衛が敵の攻撃の届かない安全圏であることは、明らかだった。一般的に戦闘中のポジション移動は不利に働く場合が多いが、今回はうまく利用できる可能性も大いにあったのだ。
 しかし、一般的に不利と言われるのには、相応の理由がある。ポジションの交代は同時に行えるものではないこと、攻撃に使えたはずの手番を消費してまで行うものであることが、それである。
 そのデメリットを覆す工夫がなされていれば、よかったのだが。今回は、ルーナが後退する後に物九郎が前進する形となってしまい一時的に配置が偏ってしまったのと、二人の交代に気を配ろうとしていた仲間が、ゼノだけだったのが敗因となった。
 しかし、まだ諦めるには早すぎる。
「……今、癒す。癒し切る」
 旭矢は全身のグラビティをかき集め、癒しの力へ変換してルーナに送り込む。包帯のように絡みつくそのヒールに、金髪の彼女の足取りがしっかりとしたものになる。
 仲間に支えられ復帰したその身で、ルーナは敵へと狙いを定める。視点が変わると、こんなにも冷静に敵を見つめることができる。
「ここは貴方にとっても死地と知りなさい」
 声と共に、投擲したのは癒しを阻害するウイルス。さらに続けてノアがエアシューズを滑らせ炎の蹴りを放つ。その一撃は敵の胸へ吸い込まれるように飛んでいき――ばきり、大きな音と共に、今まで傷つけられなかった深紅の鎧が、大きくひび割れ砕かれた。
「なに、ばかな、我が誇りの鎧が穿たれるなどと……!」
 その言葉は、戦士の初めて見せた動揺だった。
 敵の体力も残りわずかなのだ。まだ、決着はわからない。
 守り手へ配置を変えようと考えていた茜も、敵の様子を見て動きを変えた。どちらが先に倒れるか。そんな土壇場のこの状況で、攻撃の手を減らすわけにはいかない。
 踏み出す足は、敵へ接近するために。手にした惨殺ナイフを素早く揮えば、その一撃は装甲の破れた奥にあるエインヘリアルの肉体に傷を刻んでいく。
「おお、おのれ……!」
 響く戦士の咆哮。焦る敵を前に、雪兎丸は仲間を鼓舞しようと深く息を吸い込む。
「テメェらの攻撃、星の向こうだろうが届けてやる」
 そして喉を震わせ響かせた音は、大気を揺さぶる低音と、大気を貫く高音。それは耳をつんざく不協和音で、しかし不思議と戦いへの集中力を増してくれる。
 士気高めるケルベロス達を前に、深紅の戦士は再び斧を揮う。大振りの攻撃はレナードを狙い――しかしその腕は、振り下ろされる前にぴたりと止まった。ゼノがかけ続けたプレッシャーが、この局面に来て敵の動きを止めたのだ。
「な、に……!」
 動揺する隙に、物九郎は懐へ飛び込み、足を振り上げる。
「ブチのめしてやりまさァ、ブチネコだけに!」
 気合いの言葉、振るわれるは流星の飛び蹴り。たまらずよろけ、足がもつれる戦士の背後、死角から現れたのはレナードだ。
「腹減ってんだ。粗食だろうが全部食っちまおうか」
 ――あいしてやるから、目を逸らすなよ。
 紡ぐ声まで蠱惑的に、彼女は誘う動きで戦士を絡め取り、そのまま心を穿ち、命を奪う。
「ぐ、あ、我が、貴様らごときに……」
 最期の時まで、戦士は敗北の意味を理解できぬまま。
 貫かれた胸を庇うように、そのままどさりを倒れ込んだ。


 戦いは、終わった。全員無事とはいかなかったが、たった一人の負傷だけでこの強敵を打ち倒せたのは、素晴らしい戦果であろう。
 ゼノの身体はルーナが抱え、ケルベロス達は多摩川を渡り撤退していく。その姿は、イグニス王子からすれば傷を負い敗走するように見えるだろう。
 彼らの務めはここまで、後はガイセリウムに侵入する仲間達を信じればいい。
 背後にそびえる人馬宮。その姿をちらり見て、彼らは戦場を後にしたのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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