多摩川防衛戦~死守せよ絶対防衛ライン

作者:さわま

●東京都 多摩川近辺
「市民の皆さん、落ち着いて移動をお願いします!」
 年若い警官が避難を続ける人々の列に向かい声を張り上げる。突然の出来事にとりあえずの手荷物だけを持ち、急遽かき集められたバスに乗り込んでいく人々の顔には不安と戸惑いが広がっている。
 警官が街の方を見る。
 そこには巨大な『歩く城』がゆっくりと移動しながら見慣れた街並みをなぎ払っていく異様な光景があった。
 『歩く城』の周囲にキラキラときらめく光。目を凝らして見れば光の翼を持つ乙女たちが『歩く城』の周りを飛び交う光だ。
「おまわりさん。ミカたちこのバスでどこにいくの?」
 警官がかけられた声の方を向くと、ぬいぐるみをぎゅっと握りしめた小さな女の子がすぐそばに。
「あの大きなお城が来ない安全な場所に避難するんだよ」
 警官が女の子にいう。
「明日ね、幼稚園でお歌の発表会があるの。ミカねいっぱい練習したの。でも……」
 女の子が警官の後ろ、まだ遠くに見える『歩く城』を見て言葉を詰まらせる。
「大丈夫だよ。明日には帰ってこられるさ」
 そんな保証はどこにも無い。それでも男は笑顔で少女にいう。
「ケルベロスの皆さんがきっと守ってくれるからね。この街を、みんなをさ」
 我々の希望。ケルベロスを信じて。
 
●緊急連絡
「急な要請で済まない。貴殿らの力が必要な事態が発生した」
 山田・ゴロウ(ドワーフのヘリオライダー・en0072)からの緊急連絡。
「投降したエインヘリアルのザイフリート王子の情報にあった、第五王子イグニスの持つ『人馬宮ガイセリウム』が東京都八王子市の東京焦土地帯に出現し、東京都心部に向けての進軍を開始した」
「その目的は第一王子であるザイフリート王子の暗殺、シャイターン襲撃を阻止した貴殿らケルベロスへの報復、そして多数の人間の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取だろう」
「また『ガイセリウム』の周囲では多数のヴァルキュリアが警戒にあたっており、不用意に接近すれば『ガイセリウム』内に駐屯する勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる為に近づく事すら困難な状況だ」
「一般人の避難は多摩川までの区域に関しては完了している。しかし、このまま『ガイセリウム』の進軍を許せば都心部の壊滅は免れない。そこで多摩川を防衛ラインとし大規模な迎撃作戦を行う事になった。数百万人の人々の生活と生命を守る為に貴殿らにも協力をお願いしたい」
 

 要請を受け集ったケルベロスにゴロウが作戦の説明を始める。
「強力な移動要塞である『ガイセリウム』だが、稼働の為のグラビティ・チェインが不足していると予測されている。これは先日のシャイターンによる襲撃事件を貴殿らが阻止した事が大きいだろう」
 言ってケルベロスたちを誇らしげな目でゴロウは見る。
「よってイグニスは、『ガイセリウム』により侵攻途上の都市を壊滅させ人々を虐殺しグラビティ・チェインを補給しつつ東京都心部へ向かうと思われる」
 ゴロウの説明と共に室内の大型ディスプレに『ガイセリウム』の予想進軍経路が表示されていく。
「そこでこちらは多摩川を背に布陣。まずはケルベロス数百人による『ガイセリウム』への一斉砲撃を行う。この攻撃で『ガイセリウム』にダメージを与える事は不可能だろうが防御にグラビティ・チェインを浪費させる事ができる為に、グラビティ・チェイン不足の敵にとっては有効な攻撃になる」
 ケルベロスの布陣箇所のマーカーが『ガイセリウム』の予想進軍経路上に出現し『ガイセリウム』への攻撃が表示される
「敵はこの攻撃に対して『ガイセリウム』内に駐屯する勇猛なエインヘリアル『アグリム軍団』をケルベロスの排除にあたらせる事だろう」
 ディスプレイの『ガイセリウム』から『アグリム軍団』のマーカーが出現、ケルベロスに向かい移動を開始する。
「この『アグリム軍団』との戦闘に敗北すれば、『ガイセリウム』が多摩川防衛ラインを突破し、避難の完了していない都心部で人々の虐殺を許す事になる。逆に戦闘に勝利する事が出来れば『ガイセリウム』内への突入のチャンスを得る事ができるだろう」
 
 ディスプレイの表示が切り替わり、深紅の甲冑を纏ったエインヘリアルらしき人物が映しだされる。
「貴殿らが戦う事になる『アグリム軍団』だが400年前にも地球で暴虐の限りを尽くし、その残虐さから同族のエインヘリアルにも嫌悪されたエインヘリアル・アグリムとその配下からなる軍団だ。第五王子イグニスが地球侵攻の為に用意した切り札の1つといった所だろう。その戦闘能力は貴殿ら8人よりも格上、かなり厳しい戦いになる事が予想される」
 幸い軍団長アグリムの性格からか軍団員は個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人な風潮があり、ピンチになっても互いに連携を取るような事は無い。
「貴殿らに迎撃して貰う軍団員だが妖精弓を用いて防御の弱い者から順に集中攻撃で屠っていく戦い方を好む。次々と倒れる仲間に敵が絶望する様を見るのが何よりの喜びという歪んだ性格をしているようだ」
 まさに外道といった相手だが、敵の思惑通りに1人ずつ戦闘不能になっていくような事態になれば戦線の崩壊と敗北は避けられ無い。そうならない為の仲間同士のフォローに加えて、敵の集中攻撃を許さないような方策が必要といえる。
「使用するグラビティは妖精弓のものと、自己回復のグラビティとなる。攻守のバランスが良く付け入る隙は少ない。正直……かなりの強敵だ」
 敵の強さから考えるとケルベロス側の勝算は高くない。全員が互いに連携しチームとしての最善を尽くさなければ勝利は難しいだろう。
 
「貴殿らの背中には都心の数百万人の人々の明日がかかっている。……どうか、よろしくお願いしますだよ」
 最後にゴロウがペコリと頭を下げた。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
マチルダ・ベッカー(普通の女子高生でありたい・e09332)
ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)
黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)
志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)
黒夜葬・鬼百合(クソニート君・e15222)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
シュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)

■リプレイ


 肩に白いネズミを乗せた狐耳の少年、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が流れる河の水面をじっと見る。 
「まさしく背水の陣ってやつだねぇ」
 背中からの声に振り向くと、菅笠を手にした素浪人の風体の黄檗・瓔珞(咎を背負いし元殺人鬼・e13568)と南瓜のマスクを被ったジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)の姿が。
「この河の対岸の街。私達が一歩退いたその距離だけ失われる……何とも癪な話です」
 ジャックの呟きに河の向こうの街並みに目を向けたヒノトの表情が硬くなる。そこに人派のドラゴニアン少女、シュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)の明るい声が。
「決戦の舞台は整ったな。一族の名に懸けて私は誇り高く戦い抜くぞ!」
 一族の伝承に謳われた勇者たちと自分を重ねその目をキラキラと輝かせる。その姿を眩しそうに見るヒノト。
「ヒノト、いつもより怖い顔してるのよ」
 嘘つき狼少女エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)の青い瞳がヒノトの戸惑い顔を映す。
「エルピスこそ……いつもの『うそうそ』を今日は一度も聞いてないぜ」
「それは……」
 エルピスの顔に苦笑いが浮かぶ。
「2人とも、緊張でもしてるのか?」
 そんな2人の様子にロングコートに長い白髪と白狼の耳が特徴的な志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)が怪訝な顔をみせる。
「今回の作戦は多くの人々の命がかかっていますから……不安なんですよ~」
 白い翼の女子高生、マチルダ・ベッカー(普通の女子高生でありたい・e09332)が「私もそうですから」とふわりと微笑む。
「確かに今回は負けたらシャレにならない、責任重大だ」
 表情を硬くするヒノトとエルピスに瓔珞が「でもさ」とつけ加え言葉を続ける。
「その責任はここにいる全員で背負うと思えばさ、気が楽にならないかい?」
 ハッと顔を見合わせる2人に周りの仲間も頷く。その2人の肩をポンと叩くキリッとした顔の黒夜葬・鬼百合(クソニート君・e15222)。
「そうだぜ。オレたちはひとりじゃ――」
 ――グゥウウー。
 鬼百合の腹が大きな音を立てそのセリフを遮る。
「……夜明けまでアニメ見ててグッスリと寝てた所に緊急連絡で呼び出されたんだから仕方ねぇだろうが! 飯なんて食ってるヒマ無かったんだョォオオッ!」
 仲間の視線に顔を真っ赤にして逆ギレする鬼百合。その様子にクスリと微笑むマチルダ。
「でしたら、後で皆さんでご飯でも食べに行きませんか~」
「そいつはナイスアイデア。と、言いてぇ所だが急いでいたからな。財布を忘れちまった」
 鬼百合がフッとニヒルに笑う。全く格好が付かない。
「でしたら食事くらいは奢りますよ」
「ジャックさん、アンタは仏かよ!? 先に言っておくがオレは奢りでも遠慮なく食うぜ」
 詰め寄る鬼百合にジャックが苦笑を浮かべて頷く。
「ふふふのふー。ワタシ、お肉が食べたいのよ」
「肉か、いいな!」
 狼のウェアライダーであるエルピスの提案に同族の空も嬉しそうな顔を見せる。
「えっ? えっ?」
 周囲の盛り上がりに戸惑うシュネカ。
「シュネカさんはお肉が苦手だったりするんですか~?」
「そ、そんな事はないぞ!」
「それは良かったです。楽しみですね~」
「あ、ああ」
 いってシュネカもみんなでの食事を思い浮かべ年相応にフフフと顔を綻ばせる。
「気分はどうだい?」
 瓔珞がヒノトの頭にポンと手を置く。
「ああ、もう大丈夫だ! みんなありがとうな!」
 明るくハキハキとしたヒノトの声に仲間たちが笑みをみせた。


「作戦開始の時間です」
 手の懐中時計から顔を上げたジャックが遠く人馬宮ガイセリウムを見上げる。すると胸元のランタン型のネックレスの炎が強く光を放つ。
「彷徨い続ける愚かな魂の火をお見せしましょう――『松明持ちのウィリアム(ウィル・オ・ウィスプ)』」
 ジャックの掌に揺らめく炎が発生。その手を振り抜くと炎塊が勢い良く空中に飛び出す。その炎は仲間のグラビティと共にガイセリウムへと空中を飛んでいく。
 さらに周辺から同じように放たれた無数のグラビティの軌跡が空中を鮮やかに彩る。そして次々とガイセリウムに着弾。その巨大なシルエットが無数の爆発と閃光にのみ込まれ、空が目も眩むような光に包まれる。
 ――ドォオオオオン!
 少し遅れて周囲に轟音が轟き、その振動が空の身体を通り抜ける。
「やったか!」
 キーンという残響が残る耳にヒノトの声が。閃光でチカチカする目で光の収束していくガイセリウムをじっと見る。
「……マジかよ」
 思わす出た鬼百合の呟き。目に映るガイセリウムは傷一つなく一斉砲撃前と全く変わらない威容を見せている。事前にダメージを与える事は出来ないと聞かされてはいた。しかし600人を超えるケルベロスの一斉砲撃を完全に無力化する規格外の能力を目の当たりにして戦慄を感じずにはいられない。
 無言のまま敵の出現を待つケルベロスたち。緊張が周囲に張り詰める
「来たぞ!」
 前方に深紅の鎧を纏ったエインヘリアルの姿を捉え、シュネカがエアシューズで弾けるように駆け出す。さらに鬼百合、ジャック、エルピスが続く。
「ここから先には行かせませんよ~……絶対に、絶対に止めてみせます!」
 マチルダが敵をキッと睨む。するとその手のシャーマンズカードが光を放ち周囲に展開。それらのカードが火球へと変化し敵に接近する4人の横を通り抜け次々と敵に迫る。
「お願いっ……当たって下さい」
 マチルダの呟きに応えるように敵に火球が命中。爆炎が巻き起こる。
 しかし、次の瞬間。
 ――キィン!
 爆炎の中心から強い光が煌き、飛び出した光の矢がマチルダの身体を貫く。
「……ッ!」
 遅れて訪れた激痛に膝をつくマチルダ。貫かれた箇所から滲む血で服が赤く染まる。
「良く耐えたなぁ小娘よ。だがこれでトドメだ、クハハッ!」
 構えた弓に新たな光の矢をつがえるエインヘリアル。その足元にジャックが滑り込み手にした剣で足元を薙ぎ払う。
「ちょこざいなッ!」
 足元への攻撃に面食らった敵がその場を飛び退く。するとその頭上、大きく跳躍したシュネカの踵がその肩口を撃ちつける。
「硬いッ……だがッ!」
 大岩に足を叩きつけたような感触にシュネカが顔をしかめるも、敵に撃ちつけた足を軸にクルリと身体を回転させて側頭部に追撃の回り蹴りを放つ。頭部への衝撃で敵がグラリと姿勢を崩した瞬間。四つん這いで駆けるエルピスが敵の後ろに素早く回り込み大きく息を吸い込む。そして敵の背中を鋭く睨み、大きく口を開けて一気に息を吐き出す。
「がうー、オオカミだぞ! ――『がうがう』!!」
 グラビティを込めたエルピスの大声量が空気を激しく震わし、その振動が周囲の景色を一瞬歪ませる。そして無防備な背中からその直撃を受けた敵がドシンと地面に倒れ込む。
 敵が倒れたその隙に空がマチルダに駆けつけヒールを施す。
「クソッ、全然回復が足りねえ……ヒノトも頼む!」
 先程の一撃でHPのおよそ3分の2を失ったマチルダの傷は深く、自分の回復だけでは次の攻撃に耐えきれないと判断。前衛陣に防護を施そうとしていたヒノトに声をかける。
「分かった!」
 急遽マチルダへのヒールに回るヒノト。
「2人とも、ありがとうございます」
 2人がかりのヒールでかなり痛みの和らいだマチルダが笑みをみせる。
(「十分な回復は貰った。それでも次の一撃が耐えられるかどうか……」)
 その不安を打ち消すように颯爽と立ち上がり。同じくこちらに向け弓を構える敵に鋭い視線を向ける。
「無駄だ小娘よ。次の矢でお前は倒れる運命だ」
 嘲笑うようにエインヘリアルが光の矢をつがえる。
「それは、どうかな?」
 瓔珞が長大な刀を鞘からスラリと抜くと透き通るような鋭い刃が姿を見せる。
「無音の空、深淵の谷、汝に許されしは一つの道。進むも戻るもまた地獄。襲え黒影、いざや参れ――」
 切っ先を敵に向けた刀身から音も無く黒い影が放たれる。
「……ここは!?」
 殺風景な峡谷の間にかけられた一本橋の上のインヘリアル。その橋の先に男がひとり。
「うぅ……死ね、死ね、死ねぇ!」
 衝動のままに放たれた光の矢が男を貫く。
「ハハハッ――ッ!?」
 気付けば一本橋が消え失せ、目の前には光の矢を受けた瓔珞の姿が。
「――『夢幻・深淵峡谷一本橋(ムゲン・シンエンキョウコクイッポンバシ)』。彼女に矢を撃つのは僕を殺してからにして貰えるかい?」
 瓔珞が身体を襲う激痛に顔をしかめながらもニヤリと不敵に笑った。


 戦闘から数分が経過。何度目かになる光の矢がマチルダに放たれる。
「そいつは通さねぇよ!」
 マチルダの前に鬼百合が立ちはだかりその身を盾にして光の矢を阻む。
「ありぇ~? 『次の矢でお前は倒れる運命だ』とドヤ顔でキメたのはどこのどなた様でしたっけwwwギャハハwww」
 これみよがしに敵を煽る鬼百合。途端に敵の顔が真っ赤になる。
 マチルダに対する敵の執拗な集中攻撃は盾役3人による【怒り】付与の効果と庇いにより初撃以降その全てが阻まれていた。
「大丈夫か!」
「サクッと回復するぜ!」
 すかさずヒノトと空が鬼百合の傷の回復に走る。
 強力なエインヘリアルの攻撃であるがそれが盾役に向かってのものであればメディック2人の手厚いヒールで即座に回復可能な最大値まで回復でき、他の仲間は敵の攻撃に怯む事なく攻撃に専念できていた。
「「ルナティックヒール」」
 ヒノトと空が満月のごとく光を放つ光球を同時に発生させ左右から鬼百合にかざす。
「こいつは漲るぜ……ウォオオッ!」
 ダメージが癒され、さらに狂おしい力が沸き起こり鬼百合の赤い瞳が大きく見開かれる。
「ヒャッハーッ!」
 目を血走らせチェーンソー剣を無闇やたらに振り回しながら敵に突撃する。
「クソッ!」
 その鬼百合の異様さに気圧された敵が一度後ろに下がり距離を取ろうとした瞬間。その足元で何かが炸裂する。
「なっ!?」
 一瞬、足元の『時間』が凍結し動き出しが遅れる。そこに鬼百合の回転刃が襲いかかる。
「やりました、今ですっ!」
 時空凍結弾を敵の足元に放った姿勢のままマチルダが鋭く叫ぶと、敵に向かい飛び出したシュネカの身体が淡いグラビティの光に包まれる。
「行くぞ! ――『ミラージュボディ』」
 敵に接敵したシュネカ。その身体とブレるように竜の姿の少女の幻影が出現する。鬼百合と連携し敵の周囲を舞うように飛び交いすれ違いざまに突きや蹴りを叩き込むと、その動きに重なるような幻影の突きや蹴りも敵を撃つ。
「私たちが今までの連中と同じだと思うなよ!」
 一気に敵の懐に潜り込んだシュネカがグッと右拳を握る。幻影の少女も同じく右拳を握りしめる。
「『私たち』の一撃、その身に刻め」
 2つの拳が胴体目掛けて撃ち込まれ、二重の衝撃に敵が大きく吹き飛んだ。


「こ、こんな事が……こんな馬鹿な事があってたまるかッ!」
 焦りの色を隠せないエインヘリアルが叫び声をあげる。その深紅の鎧はケルベロスたちの攻撃により大きくヒビ入り無惨な姿を晒している。
 そこに接敵したジャックが炎を放つとその身体が爆発に包まれ鎧が砕け散る。
「そろそろ決着の時が近づいて参りましたか」
 素肌の露出した敵を眺めジャックが新たな炎をその手に纏う。
「何故だッ、貴様らのような弱者がッ!」
 その叫びにジャックが静かに答える。
「確かに貴方はお強い。ですがこちらは8人、貴方は1人だ」
「それがどうしたッ! 弱者が幾ら群れようとも俺の敵ではなかった!」
 訳が分からず憤る敵に空が呆れた顔を向ける。
「それはアンタが今まで烏合の衆しか相手にして来なかっただけだろ? 安心して背中を任せられる仲間がこれだけいれば、アンタのようなヤツ……負ける気がしねぇよ」
「抜かすなッ、まだ戦いは終わっておらん!」
 再三の光の矢をマチルダに放つ。
「私たちは負けませんっ! この後ろに護らなければならないものがあるんです!」
 光の矢を真正面から見据えたマチルダの手のシャーマンズカードが光を放つ。
「私たちの想いを、決意を! カードよ示してっ!」
 カードが煌き、放たれたグラビティが光の矢を吹き飛ばす。
「……そ、そんな」
 毅然と立つマチルダの姿に呆然となるエインヘリアル。青ざめた顔に絶望の色が浮かぶ。
「行くぞヒノト!」
「空、任せろ!」
 回復の必要の無くなった空とヒノトがエインヘリアルに一気に近づく。
「我は牙、突き立て抉り、喰らい尽くす! 『空牙(クウガ)』」
 空の両腕に巨大なオーラの爪が出現。そして大きく跳躍し、その両手のオーラの爪を交差するように敵に振り降ろす。
「く、来るなぁ!」
 情け無い声をあげエインヘリアルが手の弓でその一撃を受け止める。
 ――バキ、バキバキッ!
 空の一撃で弓が大きくひしゃげ真っ二つに割れる。
「『エテルナライズ』!」
 ヒノトの両手に紫電を放つエネルギーの槍が生み出される。
「今の俺の全てを出し切る――出力全開!」
 叫びと共に構えた槍の先から莫大なエネルギーが噴出。巨大な閃光の刃となって敵の胸に突き刺さり背中から空に向かって閃光が突き抜ける。
「やった、ぜ……」
 光の槍が消滅。急激にエネルギーを失ったヒノトが崩れ落ちそうになるのを咄嗟に駆けつけたエルピスが支える。
「もう、無理は禁物なのよ」
 ヒノトの無事を確認してエルピスがホッと息をつく。
「まだだ……まだ俺はァッ!」
 致命傷を負ったはずのエインヘリアルだが、最後の力を振り絞りヒノトとエルピスに向かい歩み寄る。
「いいや、これで仕舞さ」
 いつの間にか鞘に刀を収めた瓔珞が居合抜きの構えをとる。
 ――シャッ!
 微かに鞘と刃の擦れる音が鳴る。
 ――ドシィン!
 次の瞬間。エインヘリアルの上半身が地面に落ち、続けて下半身が倒れる音が聞こえた。


「瓔珞さん、大丈夫ですか~?」
 準備しておいたボートの上。マチルダがくたびれた様子の瓔珞を心配そうに見る。
「おじさんは大丈夫さ。まぁあと少し戦いが長引いていたらタダでは済まなかったかもね」
 回復支援があったとはいえヒール出来ないダメージは盾役たちに相当の量が蓄積していた。攻守のバランスを違えていたら敵より先に彼らが倒れていたのだろう。
「私たちは勝ったんだよな。何で撤退なんだ?」
 シュネカが自分たちと同じように撤退していく多数のケルベロスを見て首を傾げる。
「陽動だ」
 鬼百合がガイセリウムに目を向け呟く。
「これからガイセリウムへの潜入作戦が行われます。私達の作戦が失敗したと敵が勘違いすれば潜入が有利に運べるでしょう」
 同じくジャックがガイセリウムに目を向けていう。
「上手くいくといいな」
 空が仲間を見ると、ヒノトもそれに頷く。
「きっと大丈夫。ワタシ、今日は嘘吐かないのよ。ふふふのふー」
 そう言った狼少女が屈託の無い笑顔を仲間に見せた。
 

作者:さわま 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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