多摩川防衛戦~迎撃、老兵マグヌス

作者:白石小梅

●人馬宮ガイセリウム、始動
 東京都八王子市。今は、東京焦土地帯と呼ばれる場所。
 そこに、突如として現れたのは、宮殿。
 球根状のドームに無数のアーチ、壁を覆う鮮やかな装飾は草木を模し、幾本もの尖塔が聳える。
 三十メートルの高さはあるだろう尖塔群。一辺三百メートルはあるだろうその敷地。
 イスラーム建築によく見られる様式を取り入れた、絢爛かつ豪奢な宮殿。
 ただ一つ、地球のそれと異なる点は。
 その宮殿全体を、四本の巨大な脚が支えていたこと。
 宮殿は立ち上がり、歩き出し、そして向かい始める。
 多摩川を越えたその先……日本の首都、東京へ向けて。

 遠く逃げ惑う人々を遠目に思い描きながら、老いた声が高らかに響く。
「さあさあ、逃げ散れ。雑魚どもなど、端女どもに任せれば十分! 我が名はマグヌス! 地獄の番犬どもの首こそ、我が望みよ! アグリム軍団の紅揃え、今こそ見せてくれようぞ!」
 
●緊急招集
「緊急の出動要請です」
 警報のように電話の音が鳴り響く、一室。望月・小夜(サキュバスのヘリオライダー・en0133)は、呼集に応じたケルベロスらに語り掛ける。
「エインヘリアルの侵攻です。第一王子ザイフリートの情報にあった『人馬宮ガイセリウム』……第五王子イグニスが、ついに始動させました。現在動くことのできるケルベロスを全て動員して、迎撃に当たる必要があります」
 ガイセリウムは巨大な宮殿に四本の脚がついた移動要塞であり、東京焦土地帯に出現。都心に向けて進軍を開始しているという。
「イグニスの目的は、ケルベロスによって捕縛された第一王子ザイフリートの殺害。及び、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。そして一般人を虐殺してのグラビティ・チェインの奪取と目されます。いずれの目的も、果たさせるわけには参りません」
 言いながら、小夜は周辺の地図とガイセリウムを遠景から映した写真を提示する。
「ガイセリウム周辺空域はヴァルキュリアの軍勢が哨戒しています。発見され次第、勇猛で知られるエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる手筈となっているようで、迂闊に近づくことはできません。
 現在、ガイセリウム進路上の一般人の避難を全力で進めております。何とか多摩川までの進路上の住民は全て避難を行えるでしょう。しかしその先は人口密集地帯が多く、とても対応しきれません。
 多摩川を超えた後のガイセリウムの進路も不明。よって多摩川が、首都東京の最終防衛線となります」
 この防衛作戦には、集められる限りの戦力が必要になる。
「皆さんの力が必要なのです」
 
●多摩川防衛戦
「ガイセリウムは強大な移動要塞ですが、燃料として大量のグラビティ・チェインを消費します。しかし、十全な量は確保出来てはいないはず。先のシャイターン襲撃による燃料確保に失敗したため、現在、燃料不足の状態にあると目されます。
 そのためイグニスは侵攻途上でグラビティ・チェインを補給しながらの騎行戦術を取ると予測されています」
 すなわち、侵攻途上の都市で虐殺、略奪を繰り返して必要物資を補給しながらの進軍……昔ながらの戦術だ。
「我々はこれに対し、多摩川を背にして布陣。最終防衛線を構築いたします。
 第一段階として、人馬宮ガイセリウムに対し、数百人のケルベロスによる一斉砲撃を行います。この攻撃によってガイセリウムを直接破壊することは不可能ですが、敵はグラビティ攻撃の中和のために残り少ないグラビティ・チェインを消費しなければなりません。一時的にでも、動きを止める効果はあるはずです」
 その後、ガイセリウムからは先ほど話にあった『アグリム軍団』がケルベロスを排除すべく出撃してくるという。
「今作戦のメインはこの第二段階……アグリム軍団迎撃にあります。アグリム軍団により防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河。その後は、一方的な虐殺が待っています。
 逆に。こちらがアグリム軍団を撃退し押し返すことが出来たなら、こちらからガイセリウムに突入する機会を得ることが出来るでしょう」
 
●アグリム軍団
「皆さんが闘うべき敵、アグリム軍団は四百年前の闘いにおいても地球で暴れまわり、あまりの残虐さから同族からも嫌悪されているエインヘリアル『アグリム』とその配下の軍団です。
 イグニスが地球侵攻に際しそろえた切り札の一枚、と目されます。
 アグリム軍団は軍団長アグリムの性格もあり、個人の武を誇り、連携を厭い、独断専行しがち、という平安や鎌倉時代の野武士のような連中です。荒くれどもですが、その戦闘能力は本物。ドラゴンにも匹敵する相手でしょう」
 軍団長アグリムに倣い、全員が真紅の甲冑で全身を固めた、紅揃えの軍団であるという。
 
「勇猛果敢にして残虐。粗野にして野蛮……反吐の出る連中ですが、止める力を持っているのは皆さんだけなのです。首都東京を蹂躙させるわけには、いきません」
 出撃準備を、お願い申し上げます。
 小夜はそういって、ブリーフィングを締めくくった。


参加者
アルダント・カフィエロ(マウェッタ・e00802)
ロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)
アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
アリス・リデル(天下無敵のアッパーガール・e09007)
リリー・リーゼンフェルト(艶刃カーマイン・e11348)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)

■リプレイ

●一斉砲撃
 その日、空は曇り。場所は多摩川、河川敷。
「見える限り布陣は完了よ。準備は大丈夫?」
 走り戻ってきてそう言うのは、デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)。
「遠距離グラビティの所持者は、全員、配置に着いたわ」
 応えたのは、リリー・リーゼンフェルト(艶刃カーマイン・e11348)。
 今、ここは、首都東京への最終防衛線。
「準備完了です。いつでも撃てますよ」
 そう言うのはロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)。
「よーやくボスのお出ましってカンジ? 街の平和のためだけじゃねぇ。あたしらを信じてくれた王子とヴァルキュリア達に応えるためにも! こっから先へは通さねぇぜ!」
 ギターを構えて、応えるのはアリス・リデル(天下無敵のアッパーガール・e09007)。サーヴァントのミミ君も、砲撃に加わる構えだ。
「ここで奴らを止めねえと何千何万もの笑顔が消えちまうんだ……止めるさ……絶対止めてやるッ!」
 ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)の手は、腰に掛かり。
「戦うの……イヤ……でも……人が死ぬのは……もっとイヤ」
 クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)は、ウサギのぬいぐるみを握り締める。
「……ところで、もしあれが止まらなかったら……私たち、フツーに踏まれますよね?」
 不安そうに確認を取るのは、アルダント・カフィエロ(マウェッタ・e00802)。
「考えても仕方ありません……! 三時まであと十秒! 行きます!」
 アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874)は不安を振り払うように。
 迫るは人馬宮ガイセリウム。
 午後三時。一斉砲撃、開始。
「さあ、ライブの始まりだ! もっと熱く、激しく! 盛り上がってこーぜぇえ!」
 溜めに溜めた気力は、激しく弦を弾いて、アリスが舞台の開幕を告げる。ランドルフの咆哮が銃弾と重なり、ロードライトの炎が吹き上がる。矢が、御業が、気が。虚空へと飛び上がる。多摩川を覆う布陣の全てから、様々な色、形、想いを帯びて、吹き上がる。輝ける帯となって弧を描き、その一瞬、要塞の巨体も見えぬほどに光り……。
 轟音の後、現れたのは、傷一つ付いていない大宮殿。それは一見、失敗に見えて……。
「へっ……止めてやったぜ。いい花火だったろ?」
 アリスの言葉も終わらぬうちに、ガイセリウムの動きは軋むように完全停止する。グラビティ攻撃の中和にグラビティ・チェインを消費したのだ。
「第一段階……成功。この後……敵……来る」
 クロエが言う。
「アグリム軍団、ね。ヴァルキュリア達にひどい事をした親玉の部下……絶対に引けない戦いだわ!」
 リリーの言葉通り。
 今頃、餓えた獣が、解き放たれているはずだ。

●開戦
 一斉砲撃より数分。
 周囲を警戒していたリリーが、ハッと顔をあげて。
「……来た! 敵一体、目視! 構えて!」
 リリーが距離を取ると、すぐさま巨大な影が現れる。集まったケルベロスらが堤防の上を見上げれば、そこにいるのは3メートルを超える巨漢。
「我はアグリム軍団先鋒、マグヌス! ケルベロスどもを討ち取りに参った! 名を名乗るがよい!」
 その言葉に、ちきりと銃を向けて応えるのは、ランドルフ。
「外道に名乗る名はねえ! ただのケルベロスさ! 覚悟してきな!」
 その後ろで、緊張と恐怖をかみ殺して、アルダントがグラビティを織り上げる。
「わ、私たちの神は……異端の神々にも、貴方達にも寛大であらせられる。さぁ、地球の人々を脅かす傍若無人な振る舞い、神の前で悔い改めなさい!」
 応! という叫びと共に、巨漢はアルダントの放った禁縄禁縛呪をその斧槍で弾き飛ばす。
「なるほど! 川を背に渡河を阻む布陣と見たり! ならば渡河先陣、いただきじゃあ!」
 己に破剣を付与する雄叫びを上げて、マグヌスが堤防を駆け下りる。
「背後には多くの欲望を秘めた貴重な人々。だから、貴方達に蹂躙させるわけにはいかないのよね……行くわよ、お爺ちゃん」
「怖い……けど……」
「続きます、デジルさん」
 クロエが。ロードライトが。先頭を切るデジルに続く。
「むっ、三人……同じ動きとな!」
 散るように跳躍し、放たれたのはスターゲイザー。三重の軌道を描いて敵を翻弄し、デジルの蹴りがその肩を弾く。巨漢の歩みが、僅かにもつれた。
「行くよ、アリスちゃん! 妖精術式……!」
「おう! アンコールだ! 聞いていきな! 喧嘩売ったこと、後悔させてやるっしょ!」
 リリーのマインドシールドを受けながら、アリスがギターをかき鳴らす。
 憤! という裂帛の叫びと共に、巨漢は斧槍を振り下ろす。アリスの爆炎を弾き飛ばし、にやりと笑みを浮かべた巨漢は改めて立ち上がる。
「あの態勢から……! かわした!」
 アニエスが、思わず呟く。
「飛んで逃げ腰になる者なし……か。これは面白そうじゃあ!」
 敵は流石に、エインヘリアル。
 後、老兵マグヌス迎撃戦と記述される一戦は、こうして幕を開けた。

●泥沼の闘い
 闘いが始まって数分。
 ロードライトは、視界の端にガイセリウムの動きを捉えた。戦乙女たちが巨城の中へと姿を消し、代わって哨戒に現れるのはタールの翼の群れ。敵本陣は前線に援軍を送る気はないようだ。
 その真意に疑問を覚えるものの、しかし、今は思案する余裕はない。
 目の前には、鉄塊剣に斧槍を押し込んでくる巨漢が一人いるのだ。
 微かな闘いの悦びが、その口の端に綻んで。斧槍を振り上げた巨漢の足元を、鉄塊剣が叩き割る。
「……ぬう!」
 地割れがその半身を飲み込んで、破剣の加護が割れて消える。
(「……うぅ、強い! でも……!」)
 地割れを抜け出ようとする巨漢に飛び込む、目にも留まらぬ影。
「エクセレス流の真髄、見せます!」
 煌めく閃光。アニエスのシャドウリッパーが、その巨体を切り裂いた。
 それにも構わず、巨漢は斧槍を横薙ぎに掃ってアニエスを狙う。庇ったのは、ミミ君。愚者の黄金をばら撒いていた宝箱は、砕けるように割れて散り、その姿をかき消してしまう。
「てめえ、ミミ君を……!」
 立ち上がったのはその主人、アリス。しかし、その腕から流れ落ちるのは、赤黒い、血。
「応、小娘。まだ生きておったか。先ほどの加護が効いていたのか? どうした? 来い。使い魔と同じように、砕いてやる」
 巨漢の口に、にやりと下卑た笑みが浮かんで。
「まだ、ヒール不能ダメージは、蓄積しきってねえ……! じゃあ、行くしかねえよな! このジジイ! 許さねえ!」
 リリーのウィッチオペレーションを受けながらも、怒りも露わにアリスがその巨体に向かう。アルダントが支援攻撃を重ねつつ、大小一対の影が、馳せあった。
「……っ! クソッ、タレ……!」
 瞬間、鮮血を散らしたのは、アリス。たたらを踏んで、崩れ落ちる。
「アリスちゃん! そんな、たった二発……!」
 リリーが、叫ぶ。
「良い当たりが出りゃあ、威力はクラッシャー並み……そういうことか。おい、次の相手は俺だぜ……真っすぐ進もうが、道を外れりゃ同じことだ。ド外道が」
 ランドルフが、注目を集めるように前に出る。
「ほう……交代戦術か。珍しいものが見れそうじゃな」
 デジルがアリスの体を背負いながら、全員に指示を飛ばして。
「リリーちゃん、一撃をもらった人には共鳴でヒールを……! もらった人も、全快するつもりで自己回復に努めるのよ。でないと、とても回復が間に合わない」
 その後、マグヌス迎撃戦は長い闘いとなる。

 しばらく、経った。
「もう……倒れて……」
 クロエの熾炎業炎砲。火炎が体を包み込みながらも、敵は構わず歩を進めてロードライトと刃を重ねる。
「相手を、しましょう」
 鉄塊剣でそこに立ちふさがり、その巨体を引き受けつつ。
「おぉ、粘るのう! では、強めに一発、行くぞ!」
「ならば、今から回復するとしましょう。この炎で」
 競り合っていた刃を弾き、その懐に火球を放って。巨漢の体が、二重の炎に呑まれ、生命力がロードライトへ流れ込む。
「……!」
 だが、火炎を振り払って突き出された斧槍が、ロードライトを弾き飛ばした。その肩口から、血が噴き出て。
「ドレインでは、間に合いませんか……これほど、とは」
 リリーに担がれるのを感じながら、ロードライトは微かに奥歯を噛み潰した。
「ロードライトさん! くっ……こっちです!」
 アニエスの月光斬が、巨漢の目を引こうと閃光を放つ。その身を庇うのは、ランドルフ。
「……交代ね。行くわ」
 そしてデジルが、前へ出る。

 さらにしばらく。
「これが俺の……俺たちの『牙』だァッ!」
 迫る巨漢の雄叫びと、ランドルフの咆哮が重なる。
 放たれた銃弾は、大男の兜を弾き飛ばした。初手から重ねてきた足止めが効き、良い当たりも出始める。
 だが、巨漢は顔を血に塗れさせながらも、止まらない。
「強制執刀魔術切開! 絶対に、守ってみせる……!」
 リリーのヒールが傷を癒した瞬間、巨漢の斧槍がランドルフの体を弾き飛ばした。かろうじてランドルフは受け身を取って、耐え抜いた。だが、もはや次手を耐える望みはない。
「神の戦士としては……ここで怯えて引き籠るわけに行かないですものね。交代です! 下がってください!」
「すまねえ、頼む……!」
 代わって出るのは、アルダント。
 しかしその間にも、巨漢は斧槍を振り回し、前線を切り裂いていく。
 手数が、足りなくなりつつある……。

 そして。
「十分に血も勝利も味わったでしょ、御爺ちゃん? もう、ゆっくりおやすみなさい」
 デジルの手に現れるのは回転する槍。ダモクレスのデータから作った槍に、螺旋の忍術を掛け合わせた、複合的な鹵獲術。
 放たれた槍は巨漢の鎧を貫いて、高速回転する。痛みに吼えながら、血塗れの巨漢はデジルに向けて突っ込んでくる。
「まだ、まだ……味わい足りぬ!」
「お盛んな、お爺ちゃんね。その欲望の、粘り勝ちかしら……」
 振り下ろされる斧槍。轟音の後に、肩口から血を流したデジルが膝をつく。
「痛いの……イヤ。でも……行く」
 前へ出られるのはもはや、クロエ一人。
 それは互いに決定打を欠く泥仕合。だが、闘う限り、いずれ勝利の天秤は大きく傾く。
「エクセレス流槍術……番外!」
 アニエスが、構えた。己の持ちうる、最大攻撃技。それしか、無い。彼女は、向かってくる巨漢の一撃を耐え抜く術はもう持っていない。クラッシャーでは、回復もダメージに追いつかない。
 しかし、追い詰められているのはマグヌスも同じ。ケルベロスのダメージ源は、アニエス。ここで彼女を仕留め損なえば、流れはケルベロスらに移るだろう。
「おお、勝負じゃ、小娘え!」
 アニエスの破城槍のごときアームドフォートが、ブーストして巨漢へと突っ込む。
「ヒュージ……スピアァァ!」
 馳せ合った、その瞬間。弾き飛ばされたのは……。
 アニエス。
「……!」
 アルダントとクロエは息を呑み、ランドルフとリリーは目を閉じる。
 アニエスの体が、土埃を上げて地面に落ちた。
 戦闘不能は、これで……四人。

 ランドルフが、ちらりとリリーを見る。彼女は、無言で首を振った。
 残り全員で最後まで消耗戦を挑んで、勝てる見込みは少ない。ランドルフがクラッシャーに入り、彼に集中するだろう攻撃を庇いきれれば、もしかしたら。
 だが、もし一度でも仕損じたら。作戦は崩壊する。
「敵の失敗に期待するのは……戦略じゃない。作戦通りに、しよう……撤退!」
 一瞬の間の後、事前に後ろに下げておいた戦闘不能者たちをランドルフとリリーが抱え、そのまま多摩川に放り投げ、そのまま飛び込む。
「追わせませんよ! すでに闘えぬ人を追い討つなど、神の道に反しますよ!」
 飛びついたのは、アルダント。その体に斧槍が振り下ろされる瞬間、割って入ったのは、クロエ。
「早く……逃げて……!」
 シャドウリッパーと気咬弾。狙いは巨漢、ではない。地面が土煙を上げて巨漢の注意を退いた瞬間、二人もまた、多摩川に向けて跳躍する。
「おのれ! 逃れるかぁ!」
 激怒の叫びが、河川敷にこだまする。

●勝敗
 マグヌスは、水柱を噴き上げて多摩川に突進していく。追撃するため、ではない。
 追えなかった。
 彼もまた、気付いているのだ。ケルベロスが最後の一人まで粘っていたら、ひょっとしたら。と。
 恐れたことを恥じるように頭を振りながらも、紅い鎧がついに多摩川を渡る。
「イグニス王子殿下、万歳! アグリム軍団に、栄光あれ!」

 その咆哮は、身を隠して草むらに這い出たケルベロスらにも届いている。
「……熱いジジイだぜ。耳に、痛え。クソ……どうすりゃ、勝てたんだ」
 呟くのは、アリス。
「……足止めも、交代戦術も、意味はあったわ。敵の攻撃力の大きさと狙いの正確さは見誤ったけど……それだけが敗因じゃない」
 自己回復をしながら、答えたのは、デジル。
「交代の間は、攻撃の手数が減ることになる。交代をもっと早く、そして減った手数を補う工夫が、必要でした……負けるとは、ふがいない限りです」
 ロードライトが言う。防具の特性が相手と合致していたおかげで、三人は、重傷ではない。だが、アニエスは……。
「すい、ません。私が……あの時、当ててさえ、いれば……」
 涙を滲ませて呻く。傷は、重い。リリーが必死に治療をしながら、首を振る。
「大丈夫、アニエスさんのせいじゃない……あともう一手、詰めていれば……違ったよ」
 勝者と敗者。その紙一重の差が、泥に塗れて逃れる身と、鬨の声をあげる身とを分かつ。
「負けた……もう、おしまい……?」
 不安がるクロエを、励ますようにランドルフがその頭を撫でる。
「仲間を、信じるしかねえ。ここで負けても……防衛線全体が崩壊してなけりゃ、俺たちの勝ちだ。アルダント、周囲はどうだ?」
 草むらに紛れて、身を翻してきたのは、アルダント。
「見えた感じでは、ケルベロス全部隊が後方に下がっているようでして……ただ、アグリム軍団が大量に渡河している様子も見えません。互いに、被害を図るために集結してるんじゃないでしょうか」
 もし戦線が崩壊していれば、アグリム軍団は怒涛の如く追撃を掛けてくるだろう。逆に押し返していたなら、アグリム軍団はその突進力を削り落とされ足を止める。
 これは、戦争だ。無数の勝利と敗北が積み重なって、勝敗が形作られる。敗北のない戦は存在しない。
 どちらにせよ、後方に下がって集結に加わる必要がある。やがてこの辺りには、アグリム軍団の残存戦力が集まってくるはずだ。
 闘いの時間は、終わったのだ。
 苦い、敗北の味と共に……。

 老兵マグヌス、迎撃戦。
 熾烈な消耗戦の末、ケルベロスらは撤退し、渡河を許した。
 しかし敵の消耗も激しく、追撃は不可能と判断し、その足を止める。

 後の報告書には、そう記載される……

作者:白石小梅 重傷:アニエス・エクセレス(エルフの女騎士・e01874) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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