多摩川防衛戦~生命を護る盾

作者:千々和なずな


 城が歩いてくる。
 信じがたいニュースだったが、八王子にはまさにそんな光景が現れていた。
 人馬宮ガイセリウム。直径300m全高30mの巨大なアラビア風の城は、下部に生えた4本の脚を使い、出現した八王子から東京中心部目指して移動を続けている。

 早く。
 親に促されるまでもなく、亮介は避難の人々の列から遅れまいと必死に足を動かした。
 もうすぐそこまで来ている。いや、まだまだ余裕がある。このままだと逆に避難所のほうが危ないんじゃないか。
 ざわめきとなって聞こえてくる周囲の人々の噂話は、どれも信憑性があるように感じられ、恐怖と焦燥が駆り立てられる。
 叫び出しそうになるのを唇を噛みしめて堪えながら、亮介はただただ足を動かすことだけに集中した。
 

「エインヘリアルの第一王子から得た情報にあった、人馬宮ガイセリウムが遂に動き出したようです」
 セリカ・リュミエールが新たなる事件の始まりを告げた。
 人馬宮ガイセリウム。それはエインヘリアルが過去アスガルド神より奪った、魔導神殿群ヴァルハラを構成するうちの1つだ。
「人馬宮ガイセリウムは、巨大な城に4本の脚がついた移動要塞で、出現地点から東京都心部に向けて進軍を開始しているようです。ガイセリウムの周囲ではヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしており、不用意に近づけば、すぐに発見されてしまうでしょう」
 もし見つかればガイセリウムから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃してくる。そのため迂闊に近づくことができないのだとセリカは説明した。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路上の一般人の避難を行っていますが、都心部に近づいた後の進路が不明である為、避難が完了しているのは、多摩川までの地域となっています。このままでは、東京都心部は人馬宮ガイセリウムによって壊滅してしまうでしょう」
 人馬宮ガイセリウムを動かしたのは、エインヘリアルの第五王子イグニスだ。その目的は恐らく、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害、そして、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。更には、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取と思われる。
「この暴挙を止めるため、どうか皆さんの力を貸して下さい」
 
 人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞だが、万全の状態ではない事が予測されている。
 人馬宮ガイセリウムを動かす為には、多量のグラビティ・チェインが必要となるが、現状では充分なグラビティ・チェインを確保できていないようなのだ。
「恐らく、先のシャイターン襲撃が、ケルベロスによって阻止された事で、充分なグラビティ・チェインを確保できなかったのが原因でしょう。そのため、イグニス王子は侵攻途上にある周辺都市を壊滅させ多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へと向かおうとしているものだと思われます」

 対して、ケルベロス側は多摩川を背にして布陣する作戦をとる。
「皆さんにはまず、人馬宮ガイセリウムに対してグラビティによる一斉砲撃を行っていただきます。この攻撃で、ガイセリウムにダメージを与える事はできませんが、数百人のケルベロスによるグラビティ攻撃の中和の為に少なくないグラビティ・チェインが消費されます。これは残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムには、有効な攻撃となるでしょう」
 この攻撃を受けたガイセリウムからは、ケルベロスを排除すべく、勇猛なエインヘリアルの『アグリム軍団』が出撃してくる事が予測される。
 このアグリム軍団の攻撃により、多摩川の防衛線が突破されれば、ガイセリウムは多摩川を渡河し、避難が完了していない市街地を蹂躙、一般人を虐殺して、グラビティ・チェインの奪取を行うことだろう。
 逆にアグリム軍団を撃退する事ができれば、こちらから、ガイセリウムに突入する機会を得ることが出来る。
 
「そのアグリム軍団ですが、400年前の戦いでも地球で暴れ周り、その残虐さから同属であるエインヘリアルからも嫌悪されているという、エインヘリアル・アグリムと、その配下の軍団で構成されています。アグリム軍団は、軍団長であるアグリムの性格により、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傍若無人さを持ちますが、その戦闘能力は本物です。また、全員が深紅の甲冑で全身を固めているのがが特徴となっています」
 アグリム軍団は、第五王子イグニスが、地球侵攻の為にそろえた切り札の1枚なのだろう。
「皆さんには軍団のエインヘリアルの1人、ダネルの撃破をお願いしたいのです」
 ダネルは暗褐色の髪、がっしりとした体躯でルーンアクスを使いこなす。
 倒しやすいと判断した敵を集中的に狙い、1人ずつとどめをさしてゆく戦い方を好む。攻撃力は高いが、物事を深く考えるタイプではなく、とにかく順番に倒していけばそのうちに全部倒れるだろうという、力に任せた戦法をとる。
 ダネルとの接触は多摩川手前の市街地となるが、避難は完了しているので戦うのに問題はないだろうとセリカは言い、改めてケルベロスたち1人1人を見た。
「人馬宮ガイセリウムが多摩川を超えれば、多くの一般人が虐殺されてしまいます。それを防ぎ人々の生命を護る盾となることができるのはケルベロスの皆さんだけ。ダネルを撃破することは決して簡単なことではありませんが、どうかよろしくお願いします」


参加者
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)
鮫洲・蓮華(ほんわかサキュバス・e09420)
パトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443)
クリスティーネ・コルネリウス(偉大な祖母の名を継ぐ者・e13416)
瑞澤・うずまき(纏風紅花・e20031)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)

■リプレイ


 薄雲に覆われた冬の空を背景にそびえ立つ城――人馬宮ガイセリウム。
 我が物顔に歩を進める城をケルベロスたちは幾重にも取り囲み、戦いの開始を待っていた。

「遂に王子が出てきたか」
 逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)の視線は、城を射抜いてその中を見通さんばかりにまっすぐ人馬宮へと向けられている。王子が武を誇るのは勝手だが、圧倒的な力をもって周囲を滅ぼそうとするのを許すわけにはいかない。
「お城もすごいけど、これだけケルベロスが集まってるのにもびっくりだよ」
 何人ぐらいいるのだろうかと、鮫洲・蓮華(ほんわかサキュバス・e09420)は背伸びをして見回した。どこもかもがケルベロスでいっぱいだ。
 多くの人が志を同じくしてここにいる。それは心強いことであると同時にこの作戦の難しさを表すようでもあり、瑞澤・うずまき(纏風紅花・e20031)は不安と緊張が隠せない。
 同じくクリスティーネ・コルネリウス(偉大な祖母の名を継ぐ者・e13416)も、今にも開始されようとしている作戦を前に、震える手を握りしめる。
「せ、責任重大な戦いですね」
 怖いけれど頑張らなければ。そうクリスティーネが自分に言い聞かせたとき。
 戦いの火蓋が切って落とされた。
 ケルベロスたちは、一斉にガイセリウムめがけてグラビティを放つ。
「風穴を開けて差し上げますわよ! ――ナイトオブホワイト・フルオープン!」
 その言葉とともに、ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)は全武装を開放し一斉攻撃を仕掛ける。
 ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)の鉄塊剣からは強烈な電撃が、他のケルベロスの攻撃とともにガイセリウムへと放たれた。
 グラビティのエフェクトが吹き荒れる戦場は息が詰まるほど。空気を振動させての一斉攻撃は壮観ではあったが、エフェクトが収まるとそこには、傷一つないガイセリウムが再び姿を現した。
 攻撃前と何も変わらぬ姿ではあったが、防御するために多くのグラビティ・チェインが消費されたことは間違いないだろう。城は侵攻を再開せずその場に停止した。
「さあさ、出てらっしゃい」
 パトリシア・シランス(紅恋地獄・e10443)の声が聞こえたかのように、ガイセリウムから赤鎧のエインヘリアルが次々と飛び降りてきた。アグリム軍団だ。
「さぁ、行こうか」
 ダネルと接触するために指定された地点へ向かおうとした藍染・夜(蒼風聲・e20064)は、ガイセリウムを見たまま固まっているうずまきの頭に手を載せる。
「大丈夫」
 そっと頭を撫でるとうずまきは弾かれたように頷いて、指定地点へと走り出した。


 彼らが陣取ったのは避難の完了した住宅街。川自体は見えないが、振り返れば緩やかにのぼる道が堤防へと続いている。
「川を背にとはまさに背水の陣だな」
 夜は苦笑混じりに呟いた。ここを通せば川の向こうの人々が虐殺される。
 必ずここで食い止める。それは作戦に参加したケルベロスすべての誓いであろう。
 ケルベロスが指定の場所に到着してから2分と経たないうちに、街路の向こうから赤い鎧のエインヘリアルがやってきた。
「あれがダネルでしょうか」
 まだ距離があるのに見て取れるその巨躯に、クリスティーネは囁くように呟いた。
「ルーンアックス持ってるし、きっとそうだよ! クリスちゃん、ミルフィちゃん、作戦通りにいこうね!」
 蓮華は大鉄挺ミュトスを一振りしてダネルを待ちかまえた。
 大股に歩き寄ってくる敵は威圧するかのような暗赤色の全身鎧姿。表情は窺い知れないが歩みは悠々たるもので、邪魔なものを退けにきた、というのが態度に表れている。
 だがパトリシアには、そんな圧は何ほどのこともない。それどころか、ぎりぎりの防衛戦という状況はパトリシアの心を躍らせ、口元に笑みさえ浮かばせた。
「待ってるのも退屈ね。――燃え上がれ、悲しみを焼き尽くせ!」
 敵が射程に入った瞬間にパトリシアは炎の魔力をこめた弾丸を命中させた。紅蓮地獄の焔が燃えさかる。そこにライドキャリバーもまた、炎をまとって突撃したがこちらはダネルにかわされた。
 まずは足止めしなくてはと、クリスティーネはエアシューズで地面を蹴った。星の光跡を引きながら跳び蹴りをくらわせる。
「オっさん、お願いします」
 クリスティーネの呼びかけに、オルトロスのオっさんは口に神器の剣をくわえ、ダネルに飛びかかる。
「雑魚共が」
 ダネルは鼻で笑うと、高々と跳び上がった。落下の勢いもあわせ、ルーンアックスをパトリシアのライドキャリバーへと叩きつける。
「お返しだよ!」
 蓮華も同じ技を使用し、鎧の奥から感じる視線にどうだとばかりに笑ってみせた。
「ガイセリウムからいぶりだされてきた猛犬。これでつなぎ止めますわ……!」
 ミルフィの手からスレイブラビットチェインが伸びたが、ダネルが身を捻って避けたため地面を叩いて戻る。ミルフィに向けられた視線を遮るように、ヴィは巨大な鉄塊剣を掲げた。
「さ、キアイ入れて行くぞ!」
 黒いコートをばさりと翻し、ヴィは単純にかつ重厚無比にダネルの胴部へと剣を叩き込む。
「無駄な抵抗は時間の無駄だと分からぬか」
 ダネルは煩わしそうに吐き捨てた。
「無駄かどうかは己の身に分からせる」
 すらりと刀を抜き放ち、龍之介は音もなく前に出た。アグリム軍団の姿は龍之介に、暴れ回る敵に滅ぼされた故郷を想い出させ、ふつふつと怒りが湧いてくる。本来なら怒りのままに先陣切って戦いたいところだが、それは己の役割と異なる。ただクラッシャーとして敵にダメージを与えることのみを考えて刀を振り下ろす。非物質化した斬霊刀は、ダネルの霊体のみを斬りつけ毒で汚染した。
 攻撃を受けてもダネルは意に介した様子もない。逆にダネルからの攻撃はかなり脅威だ。
 夜はその威力の軽減を狙い、ダネルに精神を集中させた。途端に巻き起こる爆発はダネルのルーンアックスを傷つけた。すぐに効果は見えなくとも、ついたバッドステータスはじわりじわりを敵の動きを阻害してゆくことだろう。
 こちらの動きは妨げられぬように、うずまきのウィングキャット、ねこさんが羽ばたきで前衛周辺の邪気を祓った。
 うずまきの指輪からは光の盾が生まれ、ライドキャリバーを護り癒す。皆が無事に帰れるように、との祈りを込めて。


 ダネルは当初ライドキャリバーを狙っていたが、怒りに邪魔されてついヴィを攻撃してしまう……と見ると、さっさと攻撃対象をヴィに切り替えた。怒りによって交互に攻撃するよりは、集中させたほうが倒しやすいと判断して相手を替えたのだろう。
 ダネルの攻撃は単純だ。ひたすらに武器を振るい、時折自身を回復させる。それだけだ。
「皆の盾となれるなら上等だっ」
 力任せに振るわれるルーンアックスでの攻撃は重く、ヴィの体力を容赦なく削っていった。
「その力……粗暴で粗削りなれど、確かにそれ自体は脅威ですわね」
 ただ力任せに振るわれるだけであっても、強い力があればそれだけで様々なものを粉砕できる。ミルフィは嘆息しつつ、黒色の魔力弾を撃ち出した。ダネルを悪夢へと誘うことはできなかったが、彼のトラウマとは何だろうとちらりと考える。
 うずまきとねこさんが回復をかけ、他の者も様子を見て補助をしているたため回復量は十分。だが積み重なる回復不能なダメージに、回復の上限がどんどん下がってゆくのは止められない。
 ダネルの斧が光の盾を粉砕し、ヴィに襲いかかる。ヴィは敵の生命力を喰らう地獄の炎弾で、攻撃とともに回復をもはかるが、それももう限界が近い。
 何としても敵の攻撃の威力を削がねばならない。パトリシアは目にも留まらぬ速さの弾丸を放った。命中した弾丸はルーンアックスをも傷つけ、その刃を鈍らせる。
 クリスティーネは炎と足止めを交互に仕掛け、バッドステータスを増やし続けている。ルーンアックスのグラビティを使用するダネルは、自分につけられた効果を解除することが出来ない。蓄積はいつか実を結ぶはずだ。それまでにケルベロスが倒れてしまわなければ、ではあるが。
「これで1匹終わりだ」
 ダネルはルーンの呪力をまとわせた斧をヴィへと振り下ろし、とどめをさす……いや、その直前に夜が飛び出し、我が身でヴィを庇った。
「なんと往生際の悪いことよ」
 ダネルはせせら笑った。
「その余裕もいつまで続くかな。得意のいっぱつやるよ!」
 蓮華はポーズを決めると、コスチュームをチェンジ。
「これであなたもわたしのト・リ・コ♪」
 褐色の肌に龍の角、薄紗をまとった可愛らしい少女の姿で、蓮華はダネルの周りで踊った。コスチュームプレイ・ドラグナーガール。
 ダネルの目を惹きつけると、蓮華の衣装は元の軍服ワンピースへと戻った。謎多きグラビティである。
 龍之介は攻撃に徹する。見切りを防ぐために織り交ぜるグラビティがあまり命中しないため、効果的にダネルの体力を削れているとはいえないのがクラッシャーとして苦しいところだ。
 そんなケルベロスの戦いに、ダネルは呆れたような視線を当てる。
「さっさと諦めて倒されれば良いものを。お前たちに刃向かうことの無駄を教えてやろう」
 ここでダネルは初めて2本のルーンアックスを高く掲げた。そしてこれ見よがしにヴィの両肩めがけ、全力をこめてクロスに斬りつける。ヴィを倒すのに必要なよりも明らかに大きなダメージを狙って。
「ぐ……っ……」
 耐えきれず倒れたヴィには目もくれず、ダネルは自らの力を誇り胸を反らした。


 次にダネルが狙いを定めたのはライドキャリバーだった。相も変わらず力押しで屠ると、手の届く範囲にいる中から誰を次の標的にしようかと眺め渡し。
 高く跳び上がったダネルの斧が襲いかかったのは、龍之介だった。
 だがダネルの斧は龍之介に回避された。
「随分身体が重そうじゃない?」
 パトリシアはトラウマボールの悪夢にダネルを捕らえ、ふふっと笑いながら紅い髪をかき上げた。
 少しずつ、ケルベロスの攻撃は当たりやすくなり、ダネルの動きはにぶくなっている。ヴィが一身に攻撃を引き受けている間に、皆で重ねてきたバッドステータスの影響だ。
 それを自覚しているのかいないのか、ダネルにはまだ余裕があった。
「束でかかったとて雑魚は雑魚。勝てるはずもないであろうに」
 傲岸な物言いに、ミルフィは反論する。
「束でかかれることを侮る貴方には理解できないでしょうね。仲間すら信用せぬ貴方たちに、負けるわけには参りませんわ」
「ほう。負けぬとな。我らが人馬宮に蹴散らされるだけの存在が大口を叩きよるわ」
 くく、とダネルは肩を揺らした。
「へえすごいね。あの人馬宮のどこに女神はいるのかな」
 夜はダネルの言葉に乗ったふりで尋ねてみたが、答えるはずもないだろうと一蹴された。
「くだらぬ存在はやはりくだらぬ問いかけをするわ」
 ダネルの迫力にひるみつつも、クリスティーネはくだらなくなんてありません、と口の中で呟く。大切な護りたい存在だから、こうして怖いのを我慢して戦い続けている。
「この無数の白百合が貴方への手向けとなります」
 クリスティーネの長い銀髪の至る所から白百合が舞い散る。舞い散った無数の白百合は炎と化し、ダネルを包み込んだ。
 まとわりつく炎や毒に焼かれ、ダネルは傷を回復させた。一度の発動で削られる分などダネルにとっては何ほどのこともない。けれどそれが継続されれば、ダメージはじりじりと生命力を食い荒してゆく。
「やれば出来るんだよ!」
 そう信じる蓮華の心は魔法へと変わり、将来性をのぞかせる一撃となる。
 もちろん、攻撃が通りやすくなったとはいえダネルが強敵であることには変わりがない。けれどその効果はケルベロスたちを励ました。
「貴様の蛮勇と俺の修練、どちらが上か勝負だ!」
 攻撃目標とされた龍之介は覚悟を決めると、日々の修練が作り上げた技をダネルにふるう。
「毎日打ちこみ続けたこの一撃、受けてみろ!」
 言うが否や、龍之介はダネルに一太刀浴びせている。神速級にまで極められた無位の剣閃はいつ構えたのかさえ見えないほどだ。
 その龍之介への攻撃を庇うように心がけつつ、夜は空の霊力を帯びた武器でダネルの傷跡めがけて斬りつけた。これまでつけられた傷を広げられ、ダネルは舌打ちする。思うように戦えぬ焦りからか、腹立たしげに足下の地面を蹴りつけた。
 情勢はバットステータス付与によってケルベロス有利。とはいえダネルのすべての攻撃を封じたのではないから、油断は出来ない。
 ねこさんには前列への清浄の風を継続させておいて、うずまきは自分の心も励ましながら皆に声をかける。
「頑張って! あと少しだからね。すまいるっぜろえんーっ」
 虹色の弾丸が龍之介を包み、弾けた温かな微笑みのような光が傷を癒す。ダネルは本当に倒せるのか。不安で泣きたいくらいでも、仲間を笑顔にするため、川の向こうの人々の笑顔を消さぬため、メディックのうずまきは回復で支え続ける。

 それでもダネルは強く、龍之介を戦闘不能へと追い込んだ。
 だがそれがダネルの限界でもあった。
「無駄な抵抗は諦めて地獄の業火に焼かれなさい」
 もう立場は逆転したのだと、パトリシアは紅蓮地獄でダネルを押し包む。
「小鳥さんお願いしますね」
 クリスティーネはカラミティザッパーを小鳥の姿に戻し、ダネルへと向かわせた。姿は可愛い小鳥でも、魔力をこめられたその嘴はダネルの傷を一層広げる鋭さを持っている。
 蓮華の掌からはドラゴンの幻影が生まれ、燃えさかるブレスでダネルを焼く。
 ダネルの足もとが崩れ、地に膝がついた。ルーンアックスを杖に立ち上がろうとするがもうその力さえ残ってはいない。
「戦いにもマナーがございますわ……味方とも連携せず、只、力で圧倒するばかりの戦いは、無粋の極みですわ……!」
 ミルフィが一斉発射したアームドフォートの主砲は、ダネルをその慢心ごと打ち砕いたのだった。

「終わっ、た……」
 安堵に座り込んだうずまきに、夜はよくやったねと笑顔を向けた。
「あそこに、ヴァナディースが囚われ……イグニスが布陣しておりますのね」
 ミルフィは人馬宮を振り返り、あらと首を傾げる。いつの間にかヴァルキュリアの姿は消え、代わりにシャイターンが警戒にあたっている。向こうでも何らかの動きがあったのだろう。
「さ、依頼の最後の仕上げといくわよ」
 パトリシアに促され、ケルベロスたちは重傷を負ったヴィを支えながら移動を開始した。
 ケルベロスの作戦は失敗した。そうイグニスに印象づけることがこの作戦の仕上げだ。
 ガイセリウムに潜入した舞台の成功をを祈りつつ、ケルベロスたちは多摩川を越えて撤退してゆくのだった。

作者:千々和なずな 重傷:ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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