多摩川防衛戦~禍色流星

作者:ヒサ

 八王子市に巨大な城が現れた。気付いた人々は初め、何だあれ、と訝しみ、やがてそれが動いている事に気付く。
 要塞の如く堅牢なその城は都心部を目指し移動していた。周囲を警護するよう飛び回るヴァルキュリア達の姿もあった。警察らも動き、辺りには避難を促す声が飛び交う。
「近付かれる前に逃げるんだ! でなきゃ俺達は殺される!」
 進路上の街並みを壊しながら進軍する要塞の脚部は、ただのヒトなどきっと一踏みで潰せてしまうことだろう。

「八王子の焦土地帯にガイセリウムが出現したのですって」
 エインヘリアルの第一王子が告げたヴァルハラ十二神殿のうちの一つ、人馬宮の名を篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は挙げた。それは四本の脚で移動する事が可能な、城の形をした要塞だという。また、その周囲ではヴァルキュリアの軍勢が警戒活動をしており、不用意に人馬宮へ近付くのは自殺行為だ。
「ガイセリウムは東京の都心部へ向かっているみたいで、今は進路上の市街に住んでいる人達の避難を進めているそうよ。けれど、多摩川までがせいぜいらしいわ」
 都心部へ向かう、までは良い。だが、それ以上の挙動は読めない。ゆえもあり、人馬宮が多摩川を越えて進む事を許してしまえば甚大な被害が出るだろう。
「このままでは大量のグラビティ・チェインが奪われる。……ガイセリウムを動かすのに必要なのでしょうね。それにエインヘリアル陣営はザイフリート王子を、始末したい、と考えているのではないかしら」
 人馬宮を動かした第五王子イグニスの目論見については推測の域を出ないが、何にせよ放置は出来ない、と彼女はケルベロス達に敵の動きを阻むよう依頼する。
「先日あなた達がシャイターン達を撃退してくれたから、ガイセリウムを動かすのに十分なグラビティ・チェインは、まだ足りていないようなの。だから沢山の人を殺そうとしているのだと思うけれど……、多摩川までで敵を食い止めれば、その思惑を潰せる筈よ」
 敵が万全で無い今が好機だと、彼女は此度の作戦を説明する。
「まず、あなた達には多摩川を背にした位置……詳細な位置取りは任せるけれど、適当なビルの上のような見通しの良い場所か、戦い易いように広い場所が良いかもしれない。そこで、他のチームの人達とも一緒に、一斉に『ガイセリウムへ』攻撃を仕掛けて欲しい。グラビティによる攻撃でも、ガイセリウムそのものを壊す事は出来ないでしょうけれど、それを中和するのにガイセリウムが保持しているグラビティ・チェインが消費されて、進軍が鈍る筈よ」
 そして敵軍を刺激する事で、ケルベロス達を障害と見なしてエインヘリアルの軍勢が出撃して来ると予測されていた。それを撃退し、多摩川の防衛戦を守り切れば、一般人の虐殺を防ぐ事が出来るばかりか、逆に人馬宮へ攻め込み敵へ更なる打撃を与える機会を得る事も不可能では無い。
 なお、出撃して来るであろうと予測されている軍勢を率いるエインヘリアルは、名をアグリムというらしい、と仁那は添えた。過去の戦いでも地球で暴れ回り、同族にすら嫌悪されるほどの残虐性を持つ深紅の甲冑を纏った戦士であるという。軍と呼称されはするものの、軍団長たる彼の気性によるものだろう、軍を構成する戦士達も、個人の武を誇り、連携を嫌い、時として命令無視さえ辞さぬ曲者揃いだそうだが、長と揃いの甲冑で身を固める彼らの実力は決して侮れるものでは無いとか。
「あなた達にはその一体を倒して欲しい。攻撃的で乱暴者……らしいけれど、あなた達ならばその気性を逆手に取って相手を追い込むことだって出来ると思う。楽な戦いでは無いでしょうけれど……どうか無事に、戻って来てちょうだい」
 仁那はそう、ケルベロス達を見渡した。


参加者
薬師丸・秋雨(一般人の成れの果て・e00654)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
天野・司(陽炎・e11511)
白石・明日香(サキュバスの鹵獲術士・e19516)

■リプレイ


 多摩川手前、ひらけた土手に彼らは居た。遠くに人馬宮が霞む。曇天の下、薬師丸・秋雨(一般人の成れの果て・e00654)が杖を掲げ術を行使していた。雷が爆ぜ、仲間達に活力を与えて行く。
「そろそろ時間になります」
 空から罪咎・憂女(捧げる者・e03355)の声が降って来る。一斉攻撃に参加しない彼女は伝令を務めていた。雷の加護はギリギリ切らさず済みそうだ。戦闘時同様の緊張状態を維持するのはひどく難しい。
「さぁて、派手に参りましょうか!」
 白石・明日香(サキュバスの鹵獲術士・e19516)が好戦的に笑う。瞠られた赤い瞳が映す要塞へ向け、細い手が炎竜を噴き出した。鮮やかな華の如く先陣を切るそれに続き皆がグラビティを放つ。
 負荷を強いる魔光と獲物を喰らう気弾が空を裂く。井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)の腕から伸びる樹蔓が牙を剥く。他部隊の射撃と共にそれらが空を染め、着弾に合わせ重ねた技が目標表層へ炸裂した。
「ガス欠狙いだし面で行った方がって思ったんだけど」
 二藤・樹(不動の仕事人・e03613)が目を凝らす。光や音が収まり人馬宮が再び姿を見せた。外観自体は攻撃前と変わりなく、効果のほどは判じ難い。
「お疲れ様でした」
 だが前進していた人馬宮は今完全に停止していると、報せる声が降る。その主は警戒の為に高度を上げて数分後、地に下り翼を畳み警戒の必要を告げた。
「あいつら働き過ぎじゃない? あたし達にだってもう少し休みがあって良いと思う……」
「ココを凌げば少しは、だと良いな」
 億劫そうに弓を取る六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)が息を吐く。キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が宥めるが、気休め程度と双方承知。潰せば休みをくれそうな敵将までは未だ遠く、繋ぐべき『次』がまだあると知っていた。
 耳を澄ませば遠く、戦闘音が聞こえる。より前方に居た部隊が、襲来した敵と接触したのだろう。
 そしてほどなく。
「──来たぞ!」
 空を睨み天野・司(陽炎・e11511)が警告を発する。籠手を構え彼は、手の届く範囲に居た仲間の体を背後へ押し遣った。


 星辰の術が飛来した。司が腕を交差させ攻撃を受け止める。憂女が同様に直刀で身を護る。異紡は纏う闘気を強めたが、それごと破らんばかりの威力に呻いた。庇われたキソラが礼を告げるが、その声には心配が滲む。
「下手に受けりゃ蹴散らされるってか。叶うならあのデカブツとも、と思ったが──」
「気をつけて。二刀使いだ」
 異紡が注意を促す。痛むが平気と笑んで見せた。
「──まずはあの赤鬼サンを叩き潰さなきゃなんねぇな」
 空に見えた敵の姿。剣二振りが力場を歪める様を見、彼らは動く。まず守りを固めるべきと司が紙兵を撒き、樹がドローンを操り、明日香が鎖の守護陣を敷いた。憂女の気迫が音ならぬ音を成し、大気が澄んで張り詰める。
「あなたに未来なんて無い。あたし達が潰すから」
 深々見の声が沈む。敵の周囲が煙り、鎧の赤が淀む。異紡が種子の弾を飛ばし、秋雨に依る爆発が敵を襲う。だが瞬いた剣に追撃を相殺されて秋雨は、へえ、と笑み交じりの声を低く落とした。屠るべきケルベロス達を認め敵が地に降りるのに合わせ、キソラが蹴りを放つ。ぶつかる音が軋んで、硬ぇ、と青年が零した。
 敵の剣が宙を薙ぐ。刃の先には仲間の回避行動を助けた異紡。空気が唸り、切っ先は重く彼を狙う。沈めた身を流し辛うじてかわした彼を見て敵は、ふむ、と感心したような、けれど未だ侮りを含む声を洩らした。
「避けたか。だが──」
 声に交じる嗜虐的な笑み。二刀を翳す敵の兜の奥から、殺意と関心が己に向けられている事を感じて異紡は身を退きつつも樹蔓を御し、牙剥く腕を差し伸べた。
 豪腕に牙を弾かれる。だがそれは囮に過ぎない。生じた隙と死角を狙い、明日香の援護を受けてキソラが放った気弾は、正確に敵へ炸裂した。
「悪ぃがこっちは一人じゃ無ぇんだ。痛い目見て貰うぜ」
 続き蹴り込みそのまま離脱を試みる深々見達を、敵が追う暇を潰すよう、声を発した司の指が炎を纏う。踏み込みそのまま、トンと揺らめきが触れる。肉の痛みを伴わぬそれはしかし、精神をこそ揺さぶる接触。身を運ぶ敵の足は微かに重く。だが止まりはせず贄を求め剣を振るう敵を更なる爆発が襲い、仕掛けた樹へ至る射線に憂女が割り込む。踏み込めば届いた報復、二剣に依る斬撃を彼女は、護りの名を冠した刀と剣で全て受けきり。
「私は名を罪咎という」
 視線の行く先を求めて巨躯を見上げた。
「そちらの名は、告げる気になった時にでも」
 格上の相手が有する、高みへ至る力。それ自体には敬意を寄せ彼女は応えを強いず。
「生憎、潰されるだけの羽虫を覚えては居られぬ」
 しかし侮蔑が返る。されど敵は隙を窺わせず、攻め込むには脅威に過ぎた。
 だが、見下すその視線だけでも届き触れ得るものがあるなら、掴んで引き摺り落とせば良い。仲間の援護が形を成しつつある今、捉えるには十分。微かに重く緩む敵の踏み込みは、一人では届かずとも皆と共にならば届くに足りる証そのもの。彼女は刀を翻し、翼で風を制し高速で斬りかかる。


 赤い翼の陰から跳ぶ姿が一つ。力で刀を押し返した流れで斬り払う敵の身へ淡く、杖を支えに舞った秋雨の影が落ちた。飛べない翼、かつて継いだ嘆きの形を背負い彼は昏く笑う。
「声は届かない。願いは叶わない。──だからアンタだって、もう飛べない」
 呪詛を紡ぐ声は棘の如く。墜ちるまま敵を打つと共に、光を象る偽翼が明滅する。秋雨の体は払われ地面を転げたが、彼は楽しげに笑んだまま。
「トべるのは自分だけと思ってた? 安心して、望まぬ戦いを強いられた彼女達の嘆きを、もっと教えてあげるから」
「貴様はあの雀共に肩入れするか」
 エインヘリアルが唸る。彼個人は使い捨てられたヴァルキュリア達に特段の思い入れは無くとも、秋雨の過熱の理由は解した。
「まあ割と壮絶だったしね」
「そっか、二藤達のとこは」
 うっかり敵の気を惹いたら困るので声は潜めた。思うところが無いと言えば嘘になる、と樹が息を吐くのを、あの時違う戦場に居た深々見が顧みる。彼女が相対したヴァルキュリア達は説き伏せられた。だが樹達はその真なる死を看取り、それを免れた一体とて。
(「今は、あそこに居るのかな」)
 樹は遠い人馬宮を想う。視線を遣る余裕は無かった。あの時再び心を殺された彼女が今も囚われの身ならば、この戦いが彼女達の為の正しい『終わり』の助けになれば良いと、彼は思う。秋雨ほど『トぶ』度胸は自分には無いけれど。
(「覚悟とかはやっぱまだ、そう簡単には決まらないし」)
 それでも出来る事があるならと、彼は再度爆破を仕込む。選べる道は大抵、多くはないがゼロでも無いから。
「──オレの場合は、理由だの何だのは知ったこっちゃねーけど」
 キソラが歯を食いしばる。盾役達が止めきれなかった刃を受け、痛みを堪えながらも彼は天へ手を翳す。仲間達の傷も気掛かりで、畳み掛けられるより先にと敵の気を散らしに掛かった。
「そーいうのが無い奴だって諸々背負ってンだ。だから一緒に往くってワケ」
「俺達は護る為に来たんだ、あんたらに奪わせやしない!」
 敵の追撃を仲間が抑える。その間隙を埋める如く、キソラの手から生じた光刃が宙を裂く。質量を有する如く唸り、鋭く敵の肩を抉った。紛う事なき有効打。纏う空気を変えた敵が彼を睨むのを、司が遮る。
 敵の行く道を阻んで、牽制を兼ね攻撃が爆ぜる。赤い巨躯を凌ぐ中でほんの少しだけ、敵の剣を軽く思えた気がした。
「皆、世界でたった一人の存在だ。たった一つの命だ」
 人々を守るのが自分達の使命と、司は敵の剣を押し返す。
「俺達だってそうだし、あんたらだって今は同じだろ!? やり直しなんてもう無いんだ、誇るんなら武力とか戦果とか、そんな傷付ける為のものじゃなくて……!」
 想いは胸にある。だが、眼前の戦闘種族に正しく伝える為にはどう言えば良いのだろう。相容れ得ぬ相手にそれでも彼は、手を伸べるに似た情を断ち切れない。けれど応えは冷たい刃のみで司は、哀しさを堪えるよう顔を歪めた。
「天野さんが心を痛める価値なんて、アレにはありません」
 明日香の声は敵を蔑む如く冷徹に響いた。
「後悔なさいな。アタシ達でアンタを、戻れない地獄の中に蹴落としてあげる」
 くすり、笑う彼女の声は普段の柔らかく繕ったそれとは違う。仲間達の為に鎖の加護を繰りながらも、敵を見るその目は喉に刃を突きつける如く。
 そして、捕捉されては厄介と彼女は敵がこちらへ踏み込んだ分退がり、敵の攻撃とそれによる被害を見て舌打ちした。
(「馬鹿力が!」)
 細やかに治癒を為そうとも、敵はそれ以上に傷を強いる。彼女一人では追いつかない。
「『寂しい』」
 なので異紡が詠唱を口にした。『だから世界よ光あれ』。
「光は影を産み私に寄り添うだろう──」
 光に依って影は深く。人の在り様は浮彫りに。尊き生に慈愛を。ゆえに、世界よ。
「──光あれ!」
 掲げられた異紡の剣が祈りと共にきらめいて、傍らの仲間の傷を癒した。
「大丈夫だよ。手は……届かせてみせる」
 幾重にも誓うよう、彼の瞳は強く輝く。
 足りないならば補い合えば良い。その為に、彼らは独りでは無いのだから。


 守りを固め、負傷を逐一回復する戦法は、どうしても手数に欠ける。だが彼らは声を掛け合い懸命に持ち堪えた。難点は敵の手番が増える事。伝え聞いたその気性ゆえもあるのか、力に任せた敵の攻撃が緩む事は稀で、より回復偏重を強いられた。
 敵の一歩は人のそれより大きくて、予測を外せば不意の動きに対応しきれない。そうして前衛の守りを摺り抜けた術が、その奥を圧すべく振るわれた。星に似て凍気が光を散らし、捉えた獲物達へ荷重を掛ける。
 秋雨は白衣に織り込まれた防護の為に、ダメージは軽めで済んだ。痛みすら楽しむよう彼は、壊れて魅せて、と歌う如く笑い反撃に向かう。
 樹は腹部や商売道具を庇った結果、堪えかねた肩の血管やら肌やらが爆ぜたのを知覚した。赤黒く染まるジャージを見、つい洗濯の事を心配して、その余裕があるなら平気だと痛みと出血から意識を引き剥がす。
「いっそ避けて欲しいわ、もう」
 荒れた口調で明日香が無茶を言う。心配ゆえと取れなくも無いが判別はし難い。毒づくような詠唱と共に傷が手当され、彼は短く礼を言った。
「潰し損ねたか」
 エインヘリアルが首を捻る。ケルベロス達の攻撃によって彼は既にその剣捌きすら万全とは言い難い。自覚に至るまでの効果をあげつつある呪詛群を打ち破るべく彼は術を為す。そして、それを強いた要たる二人を改めて仕留めるべく足を向けた。
「させるかよ!」
 その行く手を阻み司が拳を振るう。腕に宿す樹蔓を御して異紡が素早く続いた。敵の加護を砕き仰け反らせたその体に樹牙を突き立てる。更に深々見の狙撃が刺さり、厭わしいと敵は兜の奥からぎろり、標的を探した。
「俺らはただの羽虫なんでしょ? 個別に潰すなんてしないで真っ向から全部薙ぎ払えば良いんでない?」
 脆い後衛も、塞いだとはいえ傷を負った自分達も、狙われれば危険。ゆえに樹が口を開いた。前に立ってくれる盾役を頼みに捲し立て。
「それとも認める? 連携されたら敵わない、って」
 しくじれば被害は甚大。緊張を制して彼は、常以上に冷ました目を敵へと向けてみせた。
 相手の表情は読めねど、応えは高く鳴った刃音。軋みを憂女の刀が流しそのまま斬り上げる。
「ちょい待ち、オレの事お忘れでナイ?」
「図体ばかり大きくて、しぶといったら……!」
 敵の追撃はキソラが逸らす。光刃が重く音を立て、紛れるように明日香の詠唱が治癒を為す。斬るより潰すに似た敵の剣は、辛々避けた。
「小癪な」
 敵の長剣が瞬き、なお荒れる。ケルベロス達は支え合い耐え凌ぐ。策で埋めた力量差の、届かない『後少し』が積み重なり、徐々に削られて、
「ごめん、な」
「皆を……お願い」
 とうとう司が膝を折った。肉体の限界を押して気力で立っていたけれど、それももう、と気を失う。受け身ばかりでは保たないと適度に攻めを織り交ぜていた異紡もまた、立ち続けるには傷つき過ぎていた。
「──ほう」
 だが、ここまで誰も欠けずに戦い続けたその事は、敵を驚嘆させるには十分。
「されど未だ屈さぬと言うならば、侮りを詫びよう。……何とでも誹るが良い」
 悪辣な笑みに歪む声。薄くなった守りを摺り抜け、敵の術が後衛を襲う。治癒を詠唱していた明日香の体が、圧に耐えかねて折れる如く頽れた。耐えた深々見が警告を発する。
「っ……」
 苦鳴を殺し末節を吐き、明日香は術を発動する。盾役の者達で負担を分散するよう努めた為、憂女もまた限界が近かったが、援護を受け痛みを振り切る。
「負けたら、呪いますから!」
 いけ好かないあの敵を討てと託された。倒れるわけにはいかないと憂女は地を踏みしめ、エインヘリアルを見上げる。
「──私の相手をして頂こう」
 他に現を抜かしてくれるなと彼女は、敵を射殺さんばかりに瞳を燃やしこいねがう。


 戦線維持の要が落とされた。長くは保たないと危機感を抱く。
「けど、速攻掛ければ行けるかも」
「向こうも限界が近そうだしね」
 砕かれた守りを樹が強化し直す。雷術を操り秋雨がキソラの背を押した。防戦がちの中で、敵を蝕む毒を重ね続けた意味は既に成っていた。
「じゃ、さっさと済ませて帰ろ」
 深々見が敵を射抜く。足掻き振るわれた二星は憂女が止める。圧される彼女の背をキソラが支えた。
「サンキュな」
 位置を替え彼は前へ。敵を睨んだ深々見に依る、心を侵す煙に一旦紛れ。
 それを切り裂くように、雷に似て刃が眩く奔った。赤星が、燃え尽きる。
「──俺らの勝ち」
 キソラはやり遂げたという風、明るく笑った。

 だが『彼女達』を想う秋雨の衝動が収まったのは、その手で亡骸を塵と崩した後だった。
「……ごめん」
「良いケド」
 彼が我に返り眉を寄せるの見て漸くキソラは安堵して、案じ肩を掴んだ手を下ろす。
「まあ掃除完了って事で」
 樹の声は重さなど無いようにごく軽く。多分戦友達が背負い過ぎなのだ。
「薬師丸、ちょっと罪咎看てよ」
 自己嫌悪に頭を抱える青年を、昏倒寸前の憂女を介抱していた深々見が呼ぶ。体格の都合上、多少歩いて貰えないと撤収が難しい。
 意識を失った者達は男性陣で手分けして抱えた。追い込むで無く耐え抜いて、時間は掛かったけれど負傷自体は皆、暫く休めば、といった程度で済んだ。
「えーと、敗走っぽく装えって話だっけ」
 かの第五王子が、次の手を打つ必要は無いと思ってくれれば、人馬宮に潜入した者達の危険を少しでも減らせるだろうという事だった。
 どうか無事で。人馬宮に背を向け川を越える彼らの祈りが冬空に融けた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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