多摩川防衛戦~『鮮血剣』ロヴァル

作者:弓月可染

●人馬宮ガイセリウム
 街が震えた。
 決して比喩ではない。『震えた』のだ。八王子の大地を踏みしめる、巨大な城塞から突き出た四本の脚によって。
 今は人類側に身を寄せているエインへリアルのザイフリート王子がそれを目にしたならば、たちどころにその正体を言い当てたに違いない。
 多脚神殿・人馬宮ガイセリウム。
 四角い塔と丸いドームで攻勢される、地球で言えばアラビアの建築様式にも似た巨大なる城塞。その底部に四本の脚を備え、自走を可能とした魔導神殿群ヴァルハラの一。それが、東京焦土地帯を超えて都心部へと向かっているのだ。
 エインへリアルの、おそらくは新たなる司令官である第五王子イグニスの攻勢。ケルベロス達であれば、迷う事無くその結論に至るであろう。
「何も持たないで、落ち着いて避難して下さい!」
 だが、その進路上で声を嗄らす警官や、必死の思いで逃げ惑う人々にとっては、そんな事は大きな意味を持っていない。逆らいようのない脅威が、圧倒的な力の恐怖が迫ってくる。ただそれだけの事なのだから。
 やがて。
 巨大なる神殿が、人気の絶えた街を文字通り踏み潰して行った。

●『血錆剣』ロヴァル
「ザイフリート王子から得た情報にあった人馬宮ガイセリウムの事は、もうご存知ですね」
 エインへリアルがアスガルドの神々より奪った、四本の脚を備えた巨大城塞。それが、八王子の東京焦土地帯に出現し、東京都の都心へと移動しつつある。アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)が改めて告げるまでもなく、そのニュースはケルベロス達の間を駆け巡っていた。
「ガイセリウムを動かしているのは、おそらく第五王子イグニスです。予想される目的は、大きく分けて三つ」
 一つ、ザイフリート王子の殺害。二つ、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。そして三つ、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。
「現在、ガイセリウム進路上の一般人の避難を行っているところです。ただ、都心部に近づいた後はどう動くか、予想が立ちません」
 このままでは、避難の済んでいない都心部が蹂躙されてしまう。現在避難が完了している一帯で、ガイセリウムを止めなければならないのだ。
「最終防衛ラインは、多摩川です。ここを突破されてしまったら、もう避難は間に合いません」
 もっとも、必ずしも悲観すべき情報ばかりではない。ガイセリウムは強力な要塞ではあるが、グラビティ・チェインを確保できておらず、万全の状態ではない事が予測されている。
「先のシャイターンによる襲撃は、グラビティ・チェインの奪取が主目的でした。その阻止に成功したことで、十分な量を集められなかったのでしょうね」
 今更ですが、シャイターンを阻止出来た事は本当に大きかったのですね、とアリスは頷いてみせる。
「侵攻途上にある都市を壊滅させて多くの人間を虐殺し、グラビティ・チェインを補給しながら東京都心部へと向かう。イグニス王子の作戦は、おおよそこの通りです。ですから、敵が多摩川を渡る前に、避難完了地域で一斉攻撃を仕掛けます」
 まずは、ガイセリウムに対し、数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行なう。ガイセリウムにダメージを与える事はできずとも、グラビティ攻撃の中和には少なくない量のグラビティ・チェインが必要だ。
 つまり、グラビティ・チェインの貯蔵が少ないガイセリウムには、有効な攻撃となり得るだろう。
「ガイセリウムからは、エインヘリアル達が出撃してくるでしょう。おそらく、出てくるのは勇猛で鳴らした『アグリム軍団』です」
 ガイセリウムの周辺は、多数のヴァルキュリアが警戒に当たっている。だが、このアグリム軍団を撃退すれば、ガイセリウムへの突入も可能になるだろう。
「アグリム軍団とは、その残虐さから同族にも嫌悪されているという、第五王子イグニスの切り札の部隊です」
 軍団長アグリム以下、連携という言葉を知らず、個人の力を誇示するような者達で構成されている。統率が取れているのは、深紅の甲冑で身を固めている事くらいだろう。命令無視も日常茶飯事だというが、それが問題にされない程度には高い戦闘能力を具えているらしい。
「皆さんに当たっていただくのは、そのアグリム軍団の一人、ロヴァルです。鎧と同じく真っ赤に塗られた長剣を手に戦う様は、勇猛という一言で表せます」
 軍団長の薫陶を受けているならば、傷の痛みにも怯まず、決して背を向ける事もないだろう。残虐な習性さえなければ、まさに模範的なエインへリアルであったに違いない。
「間違いなく強敵です。でも、ここで踏ん張らなければ、多くの一般人が虐殺されてしまうでしょう。それを防ぐことができるのは、皆さんだけなんです」
 よろしくお願いします、と一礼するアリス。ただ、ひたすらに勝利と無事を祈る少女がそこに立っていた。


参加者
岬・よう子(金緑の一振り・e00096)
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)
天野・夕衣(ルミノックス・e02749)
鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)
河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
セルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)

■リプレイ


「撃ち方用意――撃てぇ!」
 七十余隊の一斉攻撃。予知の地点に陣取った八人の内、遠距離攻撃手段を持つ四人もまた、清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)の号令に合わせて砲撃を開始した。
 閃光、爆発、そして黒煙。攻城に相応しい総攻撃。しかし、煙が晴れた時、彼らの視界に映るのは無傷の神殿である。それは、予想された敗北か。
 否。無傷というのは外見の問題に過ぎない。乏しいグラビティ・チェインを防御に浪費させ敵の進軍を止めた彼らは、確かに緒戦の勝者であった。
 そして、今。
 第二ラウンドのゴングが、高らかに鳴る。
「いらっしゃい。退屈は、させないつもりよ」
 土煙を上げ疾走する緋鎧の戦士。それを見やる鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)はぽつりと呟き、しかしその雰囲気とは対照的な速度で手にしたスマホを叩く。
「踊りましょう? こんな我楽多とで良ければ、だけど」
 砲撃の勢いそのままに、未だ遠き敵を業火に包む。出会い頭の牽制にしては派手な一発。だが、それで止まる様な生易しい敵ではない。無論、纏もそんな事は百も承知であったが。
「舞踏会か。負けられない戦いだが、そう思えば少しは気も楽だ」
 突進してくる敵を狙い定め、セルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)はそう韜晦してみせた。
(「強いな……動く城塞も御伽噺の世界だが」)
 刃を合わせずとも判る。突っ込んでくるのは、紛れもない強敵だ。冷えた思考が危険を叫ぶ。けれど、セルジュは腹の中にもっと熱い何かが生まれつつある事も感じていた。
「ま、早々と倒されるつもりは微塵もないが」
 十分に引き付けて先手を取った。背後に抜け、振り向きざまに一撃。叩きつけた魔力は濃密に凝集して、まるで鈍器の様に響く。
「挨拶しておくんよ。ケルベロスが一人、清水光!」
 代って正面に立ったのは、大剣を舞扇のように回した光。靴に援けられ高く跳べば、彼女の燃える髪先が曇天のキャンバスに流星を描く。
「最初っからこける訳にはいかへんからな。ここは通さへんで!」
 すらりとした脚に重力の力が宿り、戦士を縫い付ける。だが、突き進んできた勢いは止まらない。光を振り払い、突き進む巨体。それを、岬・よう子(金緑の一振り・e00096)が遮った。
「いかにも、此処は戦場音楽の響く舞踏会。踊ろうではないか、仲間達よ――」
 ――そして外つ神よ。
 恐るる事無く、奢るる事無く。壮麗なる『少女』は腰の二振りを抜き放ち、つい、と切っ先を向けた。
「我が剣技を尽くし捧げよう。此の身こそは地球の番犬」
 仲間を、民衆を、地球を、そして重力を背にして、彼女は華やかな剣舞を踊る。
「神殺し、岬よう子。貴殿らの忌名となるべく努めよう」
「良いだろう。剣は研がねば錆びる故、砥石程度には働くがいい」
 その時、赤き戦士は確かに笑っていた。兜の奥の表情は見えないが――。
「我が名は鮮血剣のロヴァル。この剣の彩となるが良い」
 名乗りと同時に得物を振るえば、氷雪が吹き荒れ前衛達を薙ぎ払う。その星の魔力こそが、彼の戦意を雄弁に示していた。

「や~、あっちもこっちもハチの巣をつついたような大騒ぎです」
 動きを止めた神殿から視線を転じれば、眼前では赤い暴力との激突。距離を取って巻き込まれることを避け、暢気な感想を漏らす天野・夕衣(ルミノックス・e02749)は、しかし戦況に余裕がないことも十分に理解していた。
「ではでは、ヒーローらしく行きましょうか」
 ならばこそ、随一の癒し手として休んでいる暇はない。マシンガントークはご愛嬌、スイッチをぽちっと押せば、極彩色の爆発が起こり嫌が応にも士気を盛り立てる。
「ははっ、ナイスタイミング!」
 今まさに名乗らんとしていた河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685)が左手の親指を立て、夕衣に謝意を示す。同時に、右手の剣が光の刃へと変形していく。
「太陽の騎士団にて笑顔を守る者。河内原・実里、参る!」
 頭上に翳す銘をイミテーション・カリバー。贋作を謳うそれは、なれど彼の手にあれば紛い無き聖剣へと変わるのだ。
「皆の笑顔のために!」
 出し惜しみ無き全力の斬撃が、ロヴァルを正面から捉えた。そして、好機とばかりに畳み掛けるフラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)。
「どんなものが来ようと、私は倒すだけ……!」
 普段のぽつりぽつりと話す姿からは想像できない力の篭った言葉。竜の翼宿る細剣を逆手に振るえば、儚き雪の幻と共に現出した白き竜が存分にその爪を突き立てる。
(「この辺りで……!」)
 だが彼女はそれ以上の深入りを避け、むしろ反撃を避けるかの様に退く素振りを見せた。見えぬ後方には微かな気配。転がる土管の陰に潜む射手、ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)である。
 彼女らが企図したのは伏兵による奇襲である。もっとも、結論から言えば、それは大きな意味を持たなかった。伏せたのは一人だけだし、大多数の前衛は誘引どころか一歩も退かぬ覚悟を決めている。
 だが、ロヴァル程の実力者だからこそ、フラジールの『逃げ腰』は魅力的に映った。戦いで少数の側が叩くべきは、多数の側の最も『弱い』部分なのだから。
「ハッ、存外に骨が無い!」
 敵の追撃が彼女を襲う。勢いに乗った手痛い一閃。だが、前に出た彼を、半透明の実体無き何かが掴み、締め上げた。
「この先には、一歩も行かせません」
 ルピナスは知っている。この多摩川こそが最終防衛線。人々の命を救うために、敗北という未来はありえないのだと。
 だから、柔らかな紫の髪を靡かせ、心優しき少女は告げるのだ。声を震わせて、それでも凛と。
「沢山の方々に被害を齎すなんて――必ず阻止してみせましょう。それだけは」


「暗器とはな……!」
「種族柄、悪知恵比べに負けちゃ沽券に関わるんでね」
 つ、とステップを刻んで懐に飛び込み、セルジュは僅かに口角を上げた。押し付けた指輪から生まれた光剣が、緋色の戦士の腹に飲み込まれる。
「俺達もやられてばかりではないって事さ」
「せや、一度や二度斬られたって逃げへん!」
 息吐く暇なく挑みかかっていた光は、既に敵の刃を身に受けている。無論、それで怯む彼女ではなく、勢いをつけて直線的な突撃を繰り返していたのだが。
「散り乱れ――」
 突如、その動きが変わった。大剣すら揺らいで見える程、緩やかで曲線的に、風に散る花弁の様に。
「――緋色の華、咲かせるんよ」
 そして、読めぬ軌道を描いた得物から突如繰り出される斬撃。一回で駄目なら百回殴れと言わんばかりに、光は緋の鎧へと立ち向かう。
「硬いわね。けれど、無敵じゃないの」
 光と同じ理解に至ったのは、インラインスケートで戦場を走り回る纏である。圧倒出来るとは思わない。けれど、繰り返せばいつか。
「只、喰らいつくだけ」
 風を受けて、白い花と黒いリボンの飾られた髪が大きく膨らんだ。意外にもアグレッシブな動きで距離を詰め、すれ違い様にたっぷりとスピードを乗せた蹴りを一つ。足首を刈り取る様なそれは、少しずつ、けれど着実に敵の機動力を削いで。
「貴様が味わうのは、勝利ではない」
 苛立つ様に剣を振るうロヴァル。それを受け止め、押し返しすらしてみせたフラジール。無地のはずの白い装束は、いまや赤い斑の模様を描いているのだが。
「断末魔の、苦しみだけだ……!」
 護り続け、そして攻め手を緩めもしないフラジール。竜の怒りを露にして、彼女は魂をも喰らえと得物を突き入れた。
「さぁ、次はわたくしの一撃を受けてみなさい」
 そして、足を止めた敵にすかさず放たれるカード。ルピナスの投じたそれは鋸刃を全身に生やしたヒトガタへと変化し、敵にむしゃぶりついて傷口を広げていく。
「……まだまだ、これからですよ」
 だが、その傷が決して派手なものでない事はルピナスの位置からでも見て取れた。それでも、小さな積み重ねが勝利に繋がると信じ、彼女らは果て無き持久戦を挑むのだ。

「イグニスの最高戦力というだけはあるね。緒戦から大盤振る舞いだ」
「殿下とお呼びせよ、下郎!」
 重い剣撃が、鎖の守護魔法すら消し飛ばして実里を襲う。衝撃。目の覚めるように鮮やかな蒼い鎧。それを塗り隠す様に、どす黒い血が流れて。
「ぐぅっ、でも、大丈夫!」
 ニッ、と笑みを浮かべてみせる。笑顔を守る者、と名乗りを上げたのだ。そう名乗った以上、仲間に不安を与えるなどあってなるものか。光剣一閃、実体無き刃が傷に傷を重ねて刻む。
「それにしても、真っ赤な鎧って派手な趣味ですね」
 そう言ってのける夕衣も必死だ。縦横無尽に斬って回るロヴァルだが、決して無作為に暴れているわけではない。未だ剣は届かずとも、彼女は自分を狙う視線を感じていた。
 故に、逃げ回る。まくし立てる口上は虚勢もいいところ。だが、彼女の無事こそがパーティの生命線だ。だから、生き延びることこそが役目だと知っている。
「さあ、頑張って――あんな奴の攻撃なんて痛くもないって、教えてあげて下さい!」
 オーラの力が迸り、実里の傷を塞ぐ。そしてまた走る夕衣。夕日の彩を宿したサテンがぴょこんと跳ねた。
「見えただろう、我々の砲撃が」
 前衛の間隙を埋める様に進み出たよう子が告げるのは、偉大なる存在への宣戦布告。
 貴殿が此処を押し通るならば、我々も其方の居城に手をかけよう。
 民の一に手をかけるならば、其方の力の万を奪おう。
「無論、帰るならば狩り立てはせんが」
「――黙れ」
 瞬間、彼女を包む殺気。並の者なら失神しかねないプレッシャー。牽制は挑発に変わり、想像以上に緋色の戦士を猛らせる。だが、彼女は眉一つ動かさずに。
「それでいい――また一柱、神を喰らえる」
 ただ獰猛に唇を歪め、二刀と共に舞う。

 持久戦によるダメージ蓄積。
 それは多くの者の共通認識だった。だが、同時に彼らは、特に盾役の二人と癒し手たる夕衣は、それが正確ではないことも承知していた。
 即ち、この戦いの本質は強烈な敵の攻撃を耐え凌ぐ防衛戦であるのだと。
 そして、無傷でそれを成す事は出来ないだろう事も。
「死地を、潜り抜けて来た回数は……貴様には負けん!」
 肩を上下させるフラジール。もはやチャイナドレスは血に染まり赤黒い。身軽さを身上とした彼女の装備は、力押しの相手には相性が悪いが――それ以上に受けた攻撃の回数が多すぎる。
「何度来ようと、私達があの世に叩き返してやる……!」
 限界のフラジールの肩に剣が喰らいつき、意識を刈り取る。それが、彼らの瓦解の始まりだった。


「――我、人を嘲弄する悪夢を、祓い除けようと希む者也」
 戦いの中、ぽつり、纏が紡いだ囁き。それは可憐で、けれど逃れ得ぬ胸の痛みに満ちてもいる。
 伸ばした腕を横に、縦に払う。描かれたのは十字。罪追う兵を誘うもの。
「征きなさい」
 それは詠唱。それは懺悔。十字架の姿をした兵士の群が影から現れ、灰色の瞳が映す罪人を責め立てるのだ。
「ねえ、わたし、あなたを果てなき夢に微睡ませるわ」
「なんやえらい辛口やねんな、あんたも」
 慈愛の中に滲む毒と覚悟を感じ、光が肩を竦める。もっとも、それは親近感の証だ。甘い夢だけを見ているよりも、余程良い。
 何故なら。
「……この道を修羅道と知り、推して参る」
 かつて『地獄』を見た。戦いに生きてきた。だから、自分達の在り様が綺麗事だけではすまないと、肌で知っている。
 そして、綺麗事を言い続ける事が難しく、だからこそ美しい事も。
「うちに任せとき。まだまだやれるんよ!」
 オーラの弾丸が敵に喰らいつき、小さく爆ぜた。それを目晦ましに、距離を取っていたルピナスが忍び寄る。
「なかなかの強者ですね、でもわたくし達も負けません」
 背後から聞こえた声にはっと振り向くロヴァル。だが遅い。そっと触れた手から流し込まれた螺旋の力は、鎧を抜けて彼の体内で荒れ狂う。
「何故って、わたくし達はケルベロス。人々を護る為の力ですから」
 負けることなどありえない、と。
 口にした言葉は力となる。ルピナスが見せた芯の強さ。それこそが、平和を勝ち取る為に柔和な少女が必要としたもので。
「ああ、そうだね。人々を護る為の力。いい言葉だ」
 感に堪えぬように実里が頷き、ぐ、と親指を立てた。フラジールの脱落によって前衛の負担が増大し、既に彼も限界が近い。だが、怯んでは居られないと思い知らされる。
「避難中の人達の所に奴が行けば、どうなるか……」
 だから。
 彼は彼自身の理想の為、再び光剣に願いを託す。眩く輝く騎士王の剣。
「皆の笑顔の為に、力を貸してくれ、カリバー!」
 迸る光が緋鎧に直撃する。ホワイトアウト。手応えに思わず、やったか、と口にして。
「やるではないか、小さき者よ」
 次の瞬間、唸りを上げて実里の頭上へと剣が振り下ろされた。まるで断頭台の刃のように。

 堤防が決壊する様に戦況が変わっていく。光が倒れた。纏も倒れた。最早、前衛を務めるのはよう子ただ一人だ。
「ここで食い止めますよ。夕衣さんがそう決めました」
 だがここに至っても、夕衣は諦めない。背に負った人々の命を思えば、諦める事など出来はしないのだ。
 自分を投げ打ってでも、ここで食い止める。
「趣味の弱い者いじめも終わりです。遊びましょう、ロヴァルさん」
 自らを鼓舞するかの様に、強気の台詞を口にする。決意と願いを篭めて押し込んだボタン。よう子の周囲に七色の火柱が立ち、戦場を鮮やかに彩った。
「お願いします」
「任された」
 バトンを受け取ったよう子が得物を構える。この期に及んでの守勢に意味はない。装備も身体も、限界などとうに通り越していた。
「さあ、どちらが先へ進むか決めようじゃないか」
 鍛え上げた我流の剣術。ただ身体が動くままに二刀を打ち込めば、勢いに負けたロヴァルが大きくよろめいた。
「退くな。圧し潰すぞ」
「はい――闇の精霊よ、鋭き剣となりて敵の全てを封じよ!」
 檄に呼応したルピナスが、天に闇の剣を生み出して雨の如く降らせた。限界なのは敵も同じだ。あと少し。あと少し――!
「認めよう、お前達は良く戦った。だが、我らは不敗だ!」
 正面から豪刃を受け切ったよう子がついに崩れ落ちる。しかし、そこに隙があった。油断とも言えぬ僅かな弛緩。その一瞬を、蜂蜜の瞳は見逃さない。
「力とは強さだ。強さとは思考だ。共に兼ね備えた貴殿は強い」
 瞬きの間、ロヴァルの意識から消えるセルジュ。それだけで十分。次の瞬間には、彼は敵の死角へと滑り込んでいる。
「しかし、勝たせてやりたくてね。――いい夢見ろよ」
 鎧の継ぎ目から突き入れた刃。その一撃が、セルジュ達の限界よりもほんの少しだけ早く勝利を齎した。

 かくして、ロヴァルを討った彼らは、イグニスの目を欺くべく敗走を演じ撤退する。
 激戦の中、人馬宮へ侵入した仲間達の成功を願いながら。

作者:弓月可染 重傷:岬・よう子(金緑の一振り・e00096) フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139) 河内原・実里(誰かの為のサムズアップ・e06685) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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