多摩川防衛戦～暴虐の赤い軍団

■リプレイ

●移動要塞ガイセリウム
「ここまで多いと壮観だね」
　ウェスピア・カルマン（サキュバスのウィッチドクター・e19647）の言葉は、もっともだった。多摩川防衛戦の為に終結したケルベロスは、実に600人近くにものぼったのである。
「こんな大規模展開に加わったのはケルベロスウォー以来かな」
　しかし、この人数をもってしても、果たして止められるのかどうか。
　人馬宮ガイセリウムは、それくらい巨大な城だった。
「なんだあの悪趣味な宮殿はよぉ……場違い過ぎじゃね？」
　日崎・恭也（明日も頑張らない・e03207）がいつもの調子で揶揄するが、大きな被害を食い止めるための防衛戦を前に、かなり気を引き締めている。
「多摩川を越えさせはしない。必ずここで止めてみせる」
　エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ（真白なる福音・e07785）も決意を込めてそう言い放ち、アームドフォートを展開し放射の準備にかかる。同じくスナイパーに入る白神・璃紗（黒翼の魔術師・e05684）もまたガイセリウムを見据えてロッドを構える。
「私達ケルベロスは……力なき人々の盾。今その務めを果たさなくて、どうするのか……ですね」
　ガイセリウムが不気味に迫る。圧迫感に負けじと、エシャメル・コッコ（十傑集思い出のマーニー・e16693）が声をあげた。
「コッコ、こういうときのためにケルベロスになったな、ちきゅーからオファーされたな！」
「地球からか、スケールが大きいのう」
　そのコッコとペアでディフェンスを担う呂・花琳（蠱毒のグルメ・e04546）が、傍らで不敵に笑う。今回の戦いでは、攻撃力を誇る敵に双璧として危険なポジションに立つふたり。それでも怯む様子はない。
　そんな決意をあざ笑うかのように、移動要塞は都心を目指し進行し続ける。キシュカ・ノース（眼鏡のウェアライダー・e02557）の金色の瞳が眼鏡越しに睨みつけるのは、城の主なのだろう。
「ひとつの種族と蟠りが解けそうなんです。絶対に邪魔はさせませんよ？　あと……洗脳なんて手段を使う人は、絶対に許しませんっ」
　眼鏡をキラーンと光らせ、怒りのオーラをゴゴゴと背負いつつ、キシュカは砲撃する仲間の周辺警護に当たる。既にここは、戦場なのだ。油断は出来ない。
　（「人馬宮……後ろ足でも狙ってみましょうか」）
　アニマリア・スノーフレーク（人畜無害で純真可憐な素敵少女・e16108）がそう気咬弾の照準を定め、自然な流れで片手を上げた。チーム全員が、呼吸を合わせる。大きなものに立ち向かうときに大切なこと。その空気は、他チームのケルベロス達とも共有出来るものだった。
　時刻は午後。ガイセリウムへの攻撃が開始される。
「総員、槍を放て！」
　アニマリアの号令と同時に恭也のケルベロスチェインが空へ伸び、人馬宮に絡みつく。その鎖の上を疾走するように、璃紗のドラゴニックミラージュが唸った。全ケルベロスの思いを乗せた、圧巻の砲撃が展開された。
　弾幕と爆煙が一頻り巻き起こり、治まる。
　その隙間から再び姿を見せたガイセリウムに、アニマリアが目を見張った。
「……無傷だっていうの？」
　その姿に、損壊の様子はなかった。ケルベロスたちの間にどよめきが起こる。
「でも足が止まったな、ここからな」
　コッコの言葉に、全員が身構える。移動要塞は、どうやら攻撃相殺の為に多くのグラビティチェインを消費し、動きを制止したらしい。
　作戦第一段階は、成功した。
　一瞬の静寂、そして。
　ガイセリウムの城門に、人影が湧いた。

●VSラオ
「出たか、アグリム軍団！」
　花琳がキッと土煙の向こうを睨みつける。まるで血染めの、深紅の甲冑。
　屈強の戦士エインヘリアル、アグリム軍団が、地鳴りをあげて向かってくる。
「さぁ、いこうか……」
　エヴァンジェリンが己を鼓舞すべく、そう呟いた。
　そちこちで、遠距離攻撃の応酬が始まった。１体また１体と、エインヘリアルをケルベロスが押し包んでいく。
　その中から、猛牛のように突っ込んでくる敵が１体。　
『はーっはっは！　弱そうな連中がいっぱいいるじゃあないか！　このラオさんが、相手をしてやろう！』
　エインヘリアル・ラオ。鍛え上げられた体の中でも特に上半身、二の腕は異様な太さをしていて明らかにバランスのおかしい体格である。　
　繊細細身男子の恭也とウィスピアが、スーンとしょっぱい顔になった。
「ザ・筋肉バカ、って感じの奴キター……勘弁だわーラオさん……」
「ない、あの腕はないね……しかし」
　ウェスピアが案じるのは、その腕から放たれる一撃の威力だ。ルーンアックスを傘か何かのように軽く振り回しながら、ラオが前衛に迫る。
　（「重傷で済むならいいよ、治してあげられるからね……問題は、それ以上」）
　祈るような気持ちで、配置につく。苦しむ仲間の息の根を止めて楽にしてやるような展開は、ウィスピアの望むところではない。
　ラオとの戦闘が始まった。
「コッコが盾になるな！　みんなの盾になるな！」
　不用意な飛び出しはせず、それでも敵に一番肉薄した位置に布陣するコッコ。つかず離れずの位置に花琳。
『なんだ？　こんなちびっこい盾は初めて見るな……そうか、ネズミさん用の盾だな！　はーっはっは！』
　さすがにここまで安い挑発には、コッコはもちろん誰も引っかからない。
　ラオが振り回したアックスがルーンの輝きを帯びる。見逃さず、コッコが前に出た。花琳がじっと様子を窺う。
『はーっはっはっは、自分から死ににくるとは！』
　ルーンディバイドの一撃は、そのままコッコに向けられた。斜め下からその攻撃を受け止めると見せて、かわす。その威力のほとんどは地面に吸い込まれた。
『ほお？』
「コッコがさいきょーのメイン盾な！」
「うまい！　私もいきます！」
　キシュカが弾丸の如く跳んだ。スターゲイザーで太い首から肩の付け根へ強烈な一撃を食らわせ、すぐに退く。
　敵の体勢が立ち直るより先に、アニマリアが気咬弾を叩き込み、コッコの拳がアッパーを抉る。
　流れるような連続攻撃の仕上げにと、エヴァンジェリンの蹴りが再度肩を狙って炸裂した。
「その腕、早々にへし折ってやろう」　
　敵の初撃をかわせたことで、戦いは幸先のいいスタートを切った。
　だが、当のコッコの表情は緊張しきっている。
「みんな、当たったらダメな……コイツの一撃はダメな……」
　紙一重でかわしたとは言え、敵の膂力のすさまじさを知ったということだろう。
「締めてかからねば、な」
　コッコの様子を見ていた花琳の全身が、文字通り炎に包まれる。
　ただならぬ緊張感が走る戦場に、恭也とウィスピアのチェインがザッと展開し、防御網を敷いた。
「私からプレゼントです……ドラゴンの炎……すごく、熱いです……」
『おおう？！』
　璃紗がドラゴンの幻影を叩きつける。赤い甲冑の隙間から、炎が入り込みラオを焼いた。
　攻撃が効いていないわけではない。だが、ラオには全く追い詰められた風がないのが不気味だった。
『悪くない！　弱い者が寄り集まってちまちま攻撃、悪くない、だが！』
　ラオが巨体に似合わぬ俊敏さで、空に舞い上がった。スカルブレイカーの構えだと知って、今度は花琳が出た。
「気をつけるな！」
「承知しておる！」
　異様な太さの腕。そこから繰り出される一撃は、信じられない重さと速さを伴なって花琳に襲い掛かった。
「くっ、ぁあっ！」
　頭への直撃は避けたが、花琳の腕をそぎ落とさんばかりの衝撃！
『力、とはこういうものだ。わかったかね、ちびっこ諸君』

●一撃の重さ
「花琳！」
　だが、花琳はまだ崩れない。ギリギリ踏みとどまり、更に地獄の炎を燃やす。回復手のほぼ全てを一気に花琳に集中させることで、戦線は保たれた。
　攻撃手も負けてはいない。アニマリアが実に正確な狙いでチェーンソー剣を振るえば、エヴァンジェリンがその傷を広げるように光の剣を当てていく。璃紗も、青い瞳に敵を映して、冷酷な狙撃主となる。
　ひとりが盾となり、敵の攻撃を受け止める隙に攻撃、盾を回復。
　このループを打ち砕いたのは、やはりあの不気味に盛り上がった腕だった。
『本物の戦士の一撃、とくと味わえい！』
　ズガンと叩き下ろされた斧刃が、コッコの脳髄を揺さぶった。
「……！」
　コッコの小柄な弾き飛ばされ、地面に倒れる。手足が震えるほどの衝撃だった。
「ま、だな……コッコは、まだま、だ……元気……な」
　薄れていく意識を奮い立たせようと、コッコが声を出した。それが聴こえたのか、ラオが倒れたコッコに歩み寄る。
『こらこら、嘘はいかんな。嘘つくお口は塞いじゃうゾ』
　ラオの巨大な足が持ち上がり、コッコの顔の上にかざされる。
「ふざけんなテメー！　何て真似しやがる！」
　恭也が罵るのとほぼ同時に、キシュカの怒りの弾丸がラオの足先を貫いた。
「させると思います？　本当に品のない奴！」
　何が起きたかわからずボンヤリしているラオの軸足を、今度はアニマリアの魔力を込めた足払いが襲った。くるりと身を反転させ、翼で追撃する。膝から激しく出血し、エインヘリアルの巨体がズシンと尻もちをついて倒れた。
「……さぁ、もっと痛みを与えあいましょう？　相手は私よ」
　倒れたラオの上に、アニマリアの影がユラリと落ちる。口元は笑みの形だが、目が笑っていない。下種な敵への怒りに燃えていた。
　この隙に花琳がコッコを抱き上げ、避難させた。ウェスピアが駆け寄って具合をみる。
　地面に倒れていたラオが、腹筋の力でフンッと跳ね起き、再び地面に両足をつけた。
『いいだろう、娘！　お前が戦士であると認めて、最高の一撃をくれてやろう』
　スナイパーたちの攻撃を受けながらも、ぶんぶんアックスを振り回し一直線にアニマリアへ突っ込む。花琳が割って入ろうとしたが、敵の攻撃が一瞬速かった。　
「……は、ぐ、ゥ……！」
　アニマリアの横腹に、最悪の一撃が叩き込まれた。盾にならんと飛び込んだはこっこも、返す刀で消し去られてしまう。
「ああ！」
　花琳が絶叫した。
『よし、後はこっちのおチビちゃんかな……よし、ムウゥゥ……っ！』
　ラオが異常に太い腕を片方、天に伸ばす。ルーンの雷がそこに宿り、うっすらと傷が塞がっていく。
「回復……しやがった」
　恭也の声に、絶望感が滲む。
　花琳を標的と定めたラオが、アックスを構えた。
「望むところよ、かかってくるがいいわデカブツ！　逆に奥義を見舞ってやろうぞ」
　だが花琳の退かない姿勢が、全員を勇気づけ、冷静にさせる。
「……大した回復は、出来ていないはず。押し切れる！」
　ウェスピアの言葉も、流れを後押しする。あとは、攻めるのみ。
「そうでした、攻めなきゃ……勝てない！」
　キシュカが固めた拳を振り抜き、花琳が炎の剣を構えて叫んだ。
「目覚めろ飛天鳳舞！　我が降魔の剣！！」
　倒れたアニマリアの分もと、全員が刃となって敵を攻め立てた。
「てめーらみたいな脳筋野郎に、オレらは負けねーよ。負けられねーんだよバーカ！」
　防御に徹していた恭也のチェインがうねり、周囲の礫を跳ね上げた。反動をつけ、チェインに弾かれた全ての礫が、ガトリング掃射よろしくラオに降り注ぐ。
「ハチの巣にしてやんよオラァ！」
　もう少し。もう一息で敵は倒れる。
　璃紗が黒髪をたなびかせ、ラオの体に燃え燻る炎をファミリアシュートで煽った。
「行きなさい……」
『くそどもォォォ……！』
　だが、敵もしぶとい。伊達にアグリム軍団の一員を名乗るわけではないようだ。
　血濡れた斧を振り回し、鬼の形相で花琳に襲い掛かる！
「……間に合え！」
　アニマリアの身を抱き起こしていたウェスピアが、花琳をヒールを飛ばす。少しでもダメージを軽減出来れば、その想いごと吹き飛ばすような、非情の斧が唸りをあげた。
『食らえぇえええい！』
「来い……！」
　コッコは逃げずに、盾としての務めを果たしきった。
　ならば、自分も。と、花琳が体でその一撃を受け止める。

●ガイセリウム突入
「が……ッ！」
「……行きます！」
　崩れ落ちる花琳を抱きとめたい気持ちを押し殺し、キシュカが跳ぶ。初撃にコッコと見せた連携の再現のような踵の一撃が、肩の傷を抉った。
『グァアアア！　しつっこいネズミめ……！』
「今です！　撃って！」
　宙返りの姿勢でキシュカが後衛に向かって叫ぶ。
「これで……、仕舞いだ！」
　血しぶきに狙いを狂わされることなく、エヴァンジェリンのアームドフォートからの一撃が、ラオの胸を貫いた。
　ビキッ。
　その一瞬が凍結したような錯覚に、全員が陥る。
『こぉおぉおおのお俺があぁあああぁこんなネズミどもにぃぃいいい……！』　
　次の瞬間、巨大な氷山が瓦解するように、巨体が崩れ落ちていく。
　赤い鎧をなお赤く染め、エインヘリアル・ラオは絶命した。
「早く、みんなを！」
　勝利の余韻などどうでもいい、とばかり倒れた仲間に駆け寄るケルベロスたち。
「花琳、攻めきったぜ。勝ったよ……すげーよ、オレめっちゃビビりまくっちったよ。お前すげーわ、マジで」
　倒れた花琳を助け起こし、恭也が早口に言う。薄く開いた緑の瞳が、誇らしげに細まった。
　最も深刻な一撃を食らってしまったアニマリアは、ウェスピアが丁寧に診た。当たり所が悪かったとしか言い様がないが、命には別状なかった。まだ意識は戻らないが、とりあえずはしばらくの静養が必要だろう。横からキシュカが心配そうに見守る。
　戦闘を終えた他チームのケルベロスたちが、移動を始めている。璃紗が様子を見に飛び、とりあえずは自分たちもその流れに加わることを進言した。
　意識のないアニマリアをウェスピアが抱き上げ、コッコはエヴァンジェリンがおぶった。
　エヴァンジェリンの背中で意識を取り戻したコッコが、ゆっくりを口を開いた。
「コッコたちの……勝ちな」
「そうだ、勝ったぞ。最強の盾のおかげだ」
　エヴァンジェリンが、慈しむような声で答えた。
「……勝った、のに、撤退するのな？」
「次は、ガイセリウム突入ですね……そのための、撤退です……お疲れ様、コッコさん」
　璃紗が状況を説明する。
　どうやらアグリム軍団には、ケルベロスの手で壊滅的なダメージを与えた言えそうだった。
　だが、侵入作戦はここからが本番。戦いを終えたケルベロスが多摩川を渡り、敗走を装って撤退していけば、イグニスはきっと油断し、部隊の侵入が楽になるはずだ。
「……大勢の運命がこれでまた、動くかも知れませんね」
　キシュカが呟いた。
　この作戦が成功すれば、イグニスを倒し、ヴァルキュリアたちを解放する道も開ける可能性が出てくる。
　だが何より今は、罪のない一般市民たちを暴虐の軍団から、ガイセリウムの悪夢から救うことが出来たことを誇っていいだろう。
　作戦の成功を、侵入部隊の無事を祈りつつ、８人は赤い戦場を後にする。

作者：林雪	重傷：アニマリア・スノーフレーク（十二歳所謂二十歳・e16108）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月22日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 15／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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