●人馬宮ガイセリウム、出現
巨大な城が、歩いていた。
それは決して揶揄ではない。直径300m全高30m、ドーム状の屋根を持つアラビア風の独特のフォルムを持つ巨大な城には、四本の脚が生えているのだ。
その名は、人馬宮ガイセリウム。
「……なんだ、あれは」
ひらひらと舞うヴァルキュリアに守られた異相を、呆然と見上げられたのは、僅かの間だけ。命の危機を悟った人々は、蜂の子を散らすように走り出す。
「逃げろ!」
「いやぁっ」
八王子に出現した移動要塞は、地上の混乱を嘲笑うかの如く、その歩を進める。
●火急の報
エインヘリアルの第一王子から得た情報にあった人馬宮ガイセリウムが、遂に動き出した。
彼の移動要塞は、東京都心部へ向け進軍を開始したという。
周囲の警戒にあたるのは、ヴァルキュリアの軍勢。不用意に近付けば、即座に発見され、ガイセリウムから勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』が出撃して来る。故に、迂闊には近付く事も出来やしない。
「現在、人馬宮ガイセリウムの進路上の一般市民の皆さんの避難を行っていますが、都心部に近付いた後の進路は不明なままで……」
住民たちの安全が確保されているのは多摩川までの地域なのだと、リザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)はきつく眉根を寄せる。
先が読めねば、後手に回らざるを得ない。つまり、東京都心部は人馬宮ガイセリウムにより壊滅の危機に瀕している事になるのだ。
ガイセリウムを動かしたエインヘリアルの第五王子イグニスの目的は三つ。
暗殺に失敗しケルベロスに捕縛されたザイフリート王子の殺害と、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。
そして、一般人虐殺によるグラビティ・チェインの奪取。
「こんな暴挙、許される筈がありません」
抑えきれない怒りを声に滲ませ、リザベッタは言葉を急く。そう、要は後手に回らなければ良い。
「幸いにして、人馬宮ガイセリウムは万全の状態ではない事が予測されています」
強大な移動要塞であるが為に、ガイセリウムを動かすには多量のグラビティ・チェインを必要とする。されど、先のシャイターン襲撃をケルベロス達が阻止したお蔭で、十分なグラビティ・チェインを確保出来ていないようなのだ。
だからこそ、進路上にある周辺都市を壊滅させ、人間を大量に殺戮せしめる事で、足りぬグラビティ・チェインを補おうとイグニス王子は考えているのだろう。
「これに対し、ケルベロスの皆さんには多摩川を背に布陣して頂きます」
執ろうとしているケルベロス側の作戦は、こうだ。
まずは、人馬宮ガイセリウムに対して数百人のケルベロスのグラビティによる一斉砲撃を行う。
この攻撃ではガイセリウムにダメージを与える事は出来ないが、グラビティ攻撃の中和の為に少なくないグラビティ・チェインが消費される。結果、残存グラビティ・チェインの少ないガイセリウムへ対しての、有効な攻撃手段となり得るのだ。
「こうなれば、敵はケルベロスを排除しようと、勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』を出して来るでしょう」
アグリム軍団との勝敗の行方は、実に明快。
アグリム軍団が勝利すれば、多摩川防衛線は突破され、ガイセリウムは多摩川を渡河し、避難が完了していない市街地を蹂躙し、グラビティ・チェインを奪取する。
「逆に、ケルベロスの皆さんが勝利すれば、此方からガイセリウムに突入するチャンスを得られると思うんです」
――それは展開を覆す、絶対好機への糸口。
●緋狼
『アグリム軍団』とは、四百年前の戦いでも地球でも暴虐の限りを尽くした。その残虐さは、同属であるエインヘリアルからも嫌悪される程。
率いるのは、エインヘリアル・アグリム。
軍団の特徴は、全員が真紅の甲冑を纏っている事。そして、軍団長アグリムの性分なのだろう、連携を厭い、個人の武を誇る。
「命令など耳に入っていない風情ですが、その分、彼らの戦闘力は本物です」
リザベッタの断言は、それだけ敵が侮り難いという証に他ならない。
群れず、個を好み、勇に長ける――例えるなら帯びる色に準え、緋色の狼。
「厳しい戦いになると思います。ですが、そこを超えてこそ見える景色があるとも、僕は思います。今なお、理不尽に使役されるヴァルキュリアの為にも……皆さん、どうぞ宜しくお願いします」
緋狼に勝る武運を、祈るのではなく信じて、ヘリオライダーの少年はケルベロス達を戦場へと送り出す。
「――さて、と」
状況を泰然と見渡して、屈強な体躯を真紅で包んだ巨躯の男がゆるりと笑む。
「どうせ遊ぶなら、手応えがあるヤツがいい」
口元が描くのは細い三日月。さも、愉快そうに。
「簡単に壊れないでくれよ? 私は胆気に満ちた瞳が、絶望に染まる瞬間が好きなのだから」
言って眇められた朱金の眼が見つめるのは、戦場。
「我が名はゾイダ。さぁ、心ゆくまで殺し合おうではないか!」
参加者 | |
---|---|
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
ラミン・ナツバヤシ(身体はカフェオレでできている・e00842) |
連城・最中(隠逸花・e01567) |
水咲・湧(青流裂刃・e01956) |
天津・総一郎(クリップラー・e03243) |
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881) |
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445) |
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368) |
●背水
射手座の水咲・湧(青流裂刃・e01956)にとって、『人馬宮』は魅惑の塊。どうせならオレにくれれば良いのにと思う明るい興味のままに、「部活の試合前みたいで良いね」と湧は軽やかに笑う。
彼の視線が向かうのは、青くも黒くもない在り来りの曇天に聳える巨大城。
「前回、シャイターンの襲撃を阻止したのは大きかったわね」
同じように眺めていたラミン・ナツバヤシ(身体はカフェオレでできている・e00842)が、仲間達を振り返る。
「今回の敵も強敵。一人の力では敵わないかもしれない。だけど、皆が力を合わせる事で絶対勝てるって信じているわ」
其々を見遣り、まずはラミンが手を伸ばす。そうすれば組み合っていく肩と肩。フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)もこくり頷く。
互いに預け合う信頼の証を、肩に伸べた手に込めた力へ換える。
「……此処で止めましょう」
軽く腰を折り、近くなる顔と顔。息遣いさえ聞こえそうな距離の中、連城・最中(隠逸花・e01567)が決意を静かに謳えば仕上げは上々。
「俺達が戦うのは絶望の為じゃないってことを、あのデカブツに教えてやろうぜ!」
天津・総一郎(クリップラー・e03243)の溌剌とした発破に、八人と一体の戦士たちはぐっと身を前傾させた。
「えいえい、おー!」
弾ける華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)の声は鬨の声。高らかに、或いは、楚々と厳かに。決起を吼えたケルベロス達は、円陣を解いて各々の力を人馬宮ガイセリウム目掛けて放つ。
「古の妖精たちよ、私に力を貸してちょうだい」
ぎりぎりとラミンが引き絞った二挺の弓。ぱぁんと弾けて、漆黒の巨大矢が一直線に空を翔ける。
絡み合う、湧の精神力に最中の氷結の螺旋。銘々が、己が能る長レンジグラビティを撃つ。
時は真昼と夕の境。
「……この一撃で壊す事は叶いませんが」
収束する力の奔流を見つめ、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)は唇をくっと噛む。
圧倒的光景。されど、鎮まった先には傷一つない城の姿――しかし。
「それでも、これ以上は行かせません」
子羊娘の宣誓を聞き遂げたかのように、ガイセリウムはその歩みを止めた。
(「嫌な、赤色だ」)
迫る緋色の気配に、最中は外した眼鏡をそっとポケットへ仕舞い乍、記憶を旅する。
あの赤で視界が染まった日。
「……この地に悲劇は要らない」
刹那の余韻を断ち切る男の言葉に、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)の口元が微かな月弧を描く。
その時、ケルベロス達の鼓膜を歓喜の咆哮が揺さぶった。
「うぬらが我が相手か! さぁ、楽しませろ!」
疾駆する緋の狼。ビリビリと震える大気に、奏多は譲り受けた銃を構える。
「手応えなぞ有るかは知らんが、遊びだろう? なら、付き合ってやるさ」
――但し、お代は相応に。背水の陣も、上等だ。
●膠着
「ラミンさん」
「えぇ!」
呼ぶ声と、短い応え。センテンスも成さぬ遣り取りで互いの意志を確認したフォトナとラミンは、揃って灯へ癒しを届ける。
「成程な」
それをフンッと鼻を鳴らして嗤ったゾイダが、泰然と構え気力を漲らせると、彼に仕掛けた戒めがほろり解けてゆく。
(「流石に手強いか」)
視界の中央に捉えた敵の在り様に、奏多は胸の裡でだけ眉を顰める。が、現実で紡ぐ音は平坦なまま。
「天津、連城」
僅かに巡らせるだけのアイコンタクト、されど元より承知と察していた男二人は、即座に己だけが持ち得た力を発動させる。
「ちょいとお前に興味があるからよ、語り合おうぜ。……お互いの『得物』でな」
相手を茶化す笑みを満面に刷き、総一郎が掌より撃ち出すのは光弾。真っ直ぐ飛ぶかに見えたそれは、着弾の際で軌道を変え、緋狼の護りを掻い潜る。
「――踊れ」
散る光粒を追いかけ、次は最中が静かに踊る番。一呼吸の間に詰めた間合いで、ゆらり誘うように白刃が閃かせた。生まれた分身はただの残像、だがそうと悟った時には思わぬ位置から本体が鋭く肉を裂く。
「すみません、お任せします」
総一郎と最中と共に壁役として戦場に立つ灯から零れた詫びは、彼らの一手がゾイダの気を惹く因子を含むが故。叶うなら灯も即座に倣いたいけれど、直前に喰らった苛烈な一撃が尾を引く今は、信を預けて年長の男たちに役目を託し、雷帯びた突撃を繰り出す。
万全の対策を施して尚、赤き戦士は侮り難く。だからこそ、感情に楔を打って最前線に立つ護り手たちに攻撃を集中させる作戦は功を奏した。だが、おそらくそれをも見越してなのだろう。折々挟まれる自浄の力に、敵を多角的に封じ込める効果は打ち消されている。
「オレはね、周りの皆が笑ってる瞬間の方が好きなんだ――ってわけで、越えさせて貰うよ」
澱む事を知らぬ水の流れのように、射手座を宿す星辰の刃が踊れば、神速の突きがゾイダを襲う。直後、赤い鎧を貫いたのはメリノと、彼女のサーヴァントであるバイくんの連撃。持ち得る力以上の威力を発揮したそれには、緋狼も「ふむ」と顎をしゃくった。
「お気に召したか?」
抑揚なく問うて奏多が大地を蹴る。
「未だ未だだな」
散る流星の煌めきを受け、ゾイダは余裕を笑う。だが、巨躯の戦士は気付かなかった。その隙にフォトナとラミンが意味深に目配せしあったことに。
灯の癒しを担ったのは、フォトナだけ。ラミンは放る、対デウスエクス用のウイルスカプセルを。
「地味だな、お前たち。この状況に何も感じないのか」
「顔に出なくて申し訳ない。これでも貴方を恐れているんですよ」
ゾイダと最中が交わした会話は、一瞬の接敵の間に。事実、最中の言葉に嘘はない。ただ、隠し続けたせいで出し方を忘れているだけ。
「そうなのか」
繰り返される代わり映えのない攻防に、飽いた風情の眼が輝く。
「ならば、是非とも引き摺り出してやらねばな!」
斯くして昏い愉悦を見い出した獣は、狙いを定めた。完全な自由を封じられたままのゾイダの意志。可能な限り、総一郎と灯も身を呈す――が、歴戦の猛者の執着は、ケルベロス達の献身を凌駕する。
「……っく」
「遅いな」
湧が編み出した刃雨の中を、ゾイダが悠然と駆け抜けた。目指す先は、当然、最中。
「構えろ」
力強く握り込まれるゾイダの拳。痛打の気配を察した奏多が齎す警鐘に、最中はやや重心を落として地を踏み締める。
直後、鳩尾に熱とも、痛みとも取れる衝撃が走った。
「我が拳は重かろう?」
「そうですね――でも」
「悪いけれど、容易くあなたの思惑が成就するって思わない事ね!」
ニィと笑うデウスエクスに、最中を挟みフォトナが反意を告げる。何故なら、彼女は癒し手。ゾイダの思う侭になど、させるつもりは微塵も無い。
●火花
事実、ケルベロス達がとった戦術は確り機能した。だから、時間は稼げた――癒し得ぬ傷が身を覆う迄の時間は。
「もう不要です」
酷く重く感じる腕をゆっくり上げて、最中は後方の女たちが齎そうとしていた癒しを断る。
「判断は悪くないな」
「俺は独りではありませんから。だからこれは、あなたに対する敗北ではないんです」
笑う膝を叱咤して、抜いた白刃で月弧を描く。捉えた切っ先が緋色の装甲を砕き、一条の朱を滴らせた。そこが、最中の限界。
「さて、次は――」
喰らい付く気の弾丸で最初の獲物を沈めたゾイダは、結局、悲哀一つ滲ませなかった男から、闘志折らぬ者たちへ興味を移す。
「……さっきからちょこちょこと五月蠅いお前にするか」
一瞥が突き刺さったのは、メリノだった。
「させないっ」
だが、緋狼が次なる一手を繰り出す間際、総一郎が二者の間へ身を割り入れる。
横っ面に入る人間のそれとは異なる大きな拳に、首があらぬ方向へ曲がり掛け、衝撃の余り総一郎は悲鳴さえ零れない。
でも。
「……やらせないさ、俺が立ってる間はな!」
親指に嵌めた龍の意匠が刻まれる指輪から光の盾を具現化し、総一郎は血濡れた唇で笑みを形作った。此処までも、相応の深手は貰っている。しかし、その役目を負うと決めてこの地へ来たのだ。だから、弱音よりも減らず口を青年は吐く。
「言っとくけどな。俺が絶望するのは焼肉で自分の肉が誰かに食われた時だけだぜ!」
「そうか。ならば我はうぬを喰らうとしよう」
激突する男と男の戦意に、苛烈な火花が散った気がした。
「殺し合い、なんて。よく言えたものです」
きゅっと眉間に皺を寄せ、メリノはゾイダをねめつける。
死を恐れる必要がなかったデウスエクス。どの口が、命を語るのだ。少女の中で燃える怒り、だが今はそれ以上の炎がメリノの身を焦がす。
「――後は、任せたぜ」
「任されましたっ! 意地で、耐えてみせます」
終いの終いまで敵の気を惹き、総一郎は笑ってその場に崩れ落ちた。失われた二枚の壁、それでも最後の一人となった灯は僅かも怯むことなく淡い緑の翼を広げ続ける。
「ケルベロスをなめるな! 私達は絶対に諦めない!」
紡ぐ勇ましさに反し、前に在る自分より小さな背中が小刻みに震えているのを、メリノは知っていた。
きっと怖いのだろう。それでも、屈しはしないと踏ん張っているのだろう。
守られている。その実感が、メリノの気持ちを強くする。絶対に、成し遂げねばならないと魂に訴える。
「私達は敗れません。例え個の力では敵わなくとも、皆さんが一緒ですから」
最中と同じ決意を紡ぎ、メリノは宙へ身を躍らせた。重力を帯びて加速した体躯が放つのは、機動力をも奪う蹴撃。
果たして、それは命運を変える一手となった。
「水咲、今だ」
ゾイダの頭へ叩き込まれたメリノの一撃を見止めた奏多の一声に、湧は『時』の到来を悟って駆け出す。
「――キリサメ」
手にした二振りのゾディアックソードの周囲へ生み出す、無数の刃。湧はそれら全てを、渾身の一薙ぎでゾイダへ見舞った。
「っぐあっ」
敵を打ち砕く役目を担う者の、ようやく的を得る事の叶った痛烈な一閃に、ゾイダの喉から初めて苦痛の呻きが絞り出される。
しかも。
「、っち」
必要に駆られて施した癒しが、思ったほどの効果を発揮していない事にゾイダが舌を打つ。
その様に、ラミンがふわり微笑む。
「女、やってくれたな!」
「何の事かしら?」
嘯く代わりに甘く嘯き、ラミンは――ラミンとフォトナは企みの結実に胸を躍らせた。施し続けた回復の狭間、二人で状況を読み合った。そうしてラミンがゾイダに仕掛けた攻撃は、ただ体力を奪うだけではなく、緋狼の癒しを阻害する種を着実に埋め込んでいたのだ。
短くない時を経て、ゾイダの回避力が落ちたのと同じに。
身を縛める罠に気付かなかったわけではない。それ以上に、エインヘリアルの闘志にケルベロス達が火を点けていただけの事。知らず、ゾイダは愉しみ過ぎていた。
「ならば、全力で狩り尽くすまで!」
遂に牙を剥き出しにした獣に、されど灯が敢然と立ちはだかる。
「お前の思い通りになる事なんて、地球上に何一つない!!」
「その通りよ。悪いけれど、ここから先はデウスエクスは通行止めなの!」
自ら傷を負いに征く灯の気勢を後押しするよう、フォトナは緊急手術に備えた。もう誰一人、倒れさせはしない。
強い想いが、より大きな力を引き出す。
●果
ゾイダに隣接する仲間が作る影を駆け、敵の背面へ回り込んだ奏多はリボルバー銃の引鉄に指を添える。
「飛べよ。遠慮なら不要だ」
発動させる銀を媒介とした魔術。
「っ、な!」
一気に爆ぜた限定的に空間を固定する弾丸に、緋狼が息を飲む。
「驚いたか?」
おそらく、予想外だったろう零距離射撃。瞬間的に護りの構えを取ったのは流石だが、剥かれた眼に奏多は幽かに口の端を上げた。
(「もう少し早くコイツを撃っても良かったか」)
平静に身を委ね戦局を読み続けた男は、ふと思う。元より長期戦は覚悟の上だったが、もっと火力があったなら、或いは、より強力に縛めたなら、事は少し楽に運べたかもしれない。
(「――いや」)
「あとちょっと我慢していてね」
「大丈夫です! 私、出来ますから!」
ただの癒しではなく、気遣いも共に届けるフォトナの励ましに、更なる戦闘能力を得た灯が、額に滲んだ血を手の甲で拭ってゾイダに向き直る。その様は凛々しく、美しくもあり。奏多は自分たちの行動に一つの過不足も無かったと信じた。
「……ゾイダさん、戦いは楽しいですか?」
傍らのミミックと共に次手を構え、メリノが問う。
「嗚呼、愉しいさ! ゾクゾクする」
きっと今まで知らなかったのだろう極限での殺し合いに、緋狼は狂喜しているようだった。纏う鎧以上の赤に全身を塗れさせて、哄笑を轟かせる。
「そうですか。なら……地に伏せてください」
相容れぬ男の理解不能な思考回路を睥睨し、メリノは決別代わりにグラビティチェインを織り上げた。生成されるのは、指先大の重力の塊。放り、貫かせ、さすれば苛む苦痛は二度目は要らぬと思う程の筈なのに、それでもゾイダは笑い続ける。
「愉しいなぁ、愉しいよ!」
「そう言うのは一人でやっていて下さいっ」
ヴンっと低く唸って大気を切った拳を、灯は身を開いて必死に受け止めた。口内に満ちる血の味も、もう分らないけれど。
「そうだよ。余計な手間をかけさせないでくれないかい?」
そうして守られた湧が為すべきは、最善にして最良の、そして最大の一手を繰り出す事。
「行くよ――」
振り上げ、振り下ろす。しなやかな所作が導いた刃の雨が、緋狼の頭上に降り注ぐ。生まれた流れは只管の朱。見る間に巨大な血溜りとなって巨躯の足元に広がれば、終焉は間際。
「またヴァルキュリアを駆り出しているでしょう? どこまで彼女たちを傀儡として扱うのかしら?」
いつとも知れなかった『勝利』の到来を確信し、ラミンは幸運と偶然をもたらす弓を構える。
「私達は何処までだって貴方達の目論見を砕いてみせるわ」
「ハハッ! それは――」
神をも殺す矢が番え、放たれる。鋭い漆黒に射抜かれ、アグリム軍団に属する戦士の一人は、辞世の叫び半ばで終わりを知らなかった鼓動を止めた。
ゾイダとの戦いはケルベロス達の勝利で幕を閉じた。辛うじて意識を保っている最中や総一郎程ではないにせよ、他の者たちも弾む息に肩を上下させている。
「何とかなったわね。取り敢えず、お疲れ様。でも、ゆっくりはしてられないわね」
けれど、寛いでいる暇はない。
あと一踏ん張りよ、と仲間を奮い立たせ、フォトナは動かぬ侭の人馬宮を見遣った。
そこに座す王子は思うだろう。ケルベロス達が退けば、彼らの策は失したのだと。生まれる油断は、きっとガイセリウムに突入した者たちへの餞になる。
「さ、行こう。あ、天津さんと連城さんはオレの肩に掴まって」
ぐるり肩を回した湧が、共に死線を潜り抜けた男たちへ手を伸ばす。
大局は未だ闇の中。しかし彼らは信じる。自分たちが辿り着いた果てが、人々の笑顔に繋がる事を。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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