多摩川防衛戦~我らが武を

作者:彩取

●襲来
 ――きっと、悪い夢を見ているだけだ。
 
 その日、その光景を見た誰もが、こう思いたかったに違いない。
 悪い夢とでも思わなければ、震えて動けなくなってしまいそうだった。
 何故、眼前に、あんな物が現れたのか。
 何故、脚が生えた巨大な城が、こちらへ迫っているのか。
 何故、人々が悲鳴をあげ、涙を流しながら逃げ惑っているのか。何故、自分は――、
「ほんとに……夢ならさっさと、醒めてくれ、よ――」
 何故、今まさに迫り来る巨大な要塞を、悪い夢だと思えないのか。逃げ惑う人々の中でそう呟き、後ろを振り返った青年の瞳に映し出された、恐怖の源。
 それこそが、東京焦土地帯に出現した巨大な移動要塞――人馬宮ガイセリウム。
 ヴァルキュリア達が周囲を飛び回る中、着実に侵攻を続ける移動要塞。
 それが向かう先にあるのは――間違いなく、東京の都心部である。

●火急の報せ 
 人馬宮ガイセリウム。
 この名に覚えのある者は、決して少なくはないだろう。
 先日、ザイフリートから得た情報にもあった、エインヘリアル軍の持つ十二の神殿の一つである。それが八王子の『東京焦土地帯』に出現し、東京都心部に向けて進軍を開始したのだ。
「ガイセリウムは、巨大な城に、四本の脚がついた移動要塞です」
 ジルダ・ゼニス(レプリカントのヘリオライダー・en0029)が言うには、人馬宮はアラビア風の城を彷彿とさせる外観で、直径は三百メートル、全高三十メートル程。
 人馬宮の周囲には、警戒活動中のヴァルキュリアの軍勢が飛び回っており、不用意に近づけば、すぐに発見されてしまう。そうなれば、人馬宮から勇猛なエインヘリアルの軍団が出撃してくる為、迂闊に近づくのは非常に危険だ。
「既に、ガイセリウムの進路上に住む一般人の避難は始めています。ですが」
 都心部に近づいた後の進路が不明な為、多摩川の手前までしか避難が完了していない。
 すると、ジルダはもう一つ情報を加えた。
 ガイセリウムを動かした、エインヘリアルの第五王子イグニスの目的についてだ。
 ひとつは、暗殺に失敗しケルベロスに捕縛された、ザイフリート王子の殺害。
 ひとつは、シャイターン襲撃を阻止したケルベロスへの報復。
「そしてもう一つは、一般人の虐殺によるグラビティ・チェインの奪取でしょう」
 よってこのままでは、東京都心部は人馬宮によって崩壊し、多くの人々の命が無残に奪われる事になる。故に、ジルダは改めてこう言った。
「これを止める為には、皆さんの――ケルベロスの力が不可欠です」

●多摩川防衛戦
 以上を踏まえて、ジルダは更に説明を続けた。
「人馬宮ガイセリウムは強大な移動要塞。ですが、万全の状態ではないようです」
 人馬宮を動かす為には、多量のグラビティ・チェインが必要だ。しかし、現在充分な量を確保出来ていない。先のシャイターン襲撃を阻止された結果が響いているのだろう。
 イグニス王子の作戦意図は、概ねこの流れと推測出来る。
 人馬宮の侵攻途上の周辺都市を壊滅させ、多くの人々を虐殺する。
「そうして、グラビティ・チェインを補給しながら都心部へ向かう算段です」
 以上を踏まえ、まずケルベロス側は、多摩川を背にして布陣する。
 そして人馬宮ガイセリウムに対して、
「グラビティによる、一斉砲撃を行います」
 数にして、数百人のケルベロスによる攻撃だ。
 しかし、この攻撃でも人馬宮にダメージを与える事は出来ない。ただし、グラビティの一斉砲撃を中和する為に、人馬宮は一定量のグラビティ・チェインを消費する事になる。
「先程申し上げた通り、人馬宮は充分なグラビティ・チェインを確保していません」
 そして、これ以上の消費を阻止する為に、敵はケルベロスを排除すべく、人馬宮から勇猛なエインヘリアルの軍団『アグリム軍団』を出撃させると思われる。
「皆さんの相手は、この軍団のエインヘリアルです」
 この『アグリム軍団』を撃退する事が出来れば、こちらから人馬宮に突入する機会を得られるだろう。ジルダはそう言い、一方でこうも伝えた。
「しかし、もし多摩川の防衛線が突破された場合は――」
 人馬宮ガイセリウムは、多摩川を越えてしまう。
 そうなれば、避難が完了していない地域で、多くの尊い命が奪われてしまう。
 
 アグリム軍団とは、四百年前の戦いでも地球で暴れ周った軍団だ。
 全員が深紅の甲冑を身に纏い、その残虐さは、同族であるエインヘリアルまでもが嫌悪する程。第五王子イグニスが地球侵攻の為に揃えた、切り札の一つのようだ。
 軍団長アグリムの性格によるのか、この軍団のエインヘリアルは、個人の武を誇り、連携を嫌い、命令を無視するという傾向が強い。
 傍若無人極まりない。ただし、有する戦闘能力は本物である。
 そうして長い説明を終えると、ジルダは深く一礼し、皆を見つめて言った。
「私からは以上です。どうか、御武運を」
 短い言葉に、何よりも深く強い、信頼を込めて。 


参加者
リオ・フォクスター(煌めく星は刃となって・e00181)
シャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291)
御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)
奏真・一十(霧氷を炙る・e03433)
アインザーム・グリーフ(グラオリッター・e05587)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
フェリーチェ・アラアーラ(ルビーブラッド・e16672)

■リプレイ

●宣誓
 多摩川防衛線付近。
 曇り空の下、決戦の時を迎えたケルベロス達。
 標的はただ一つ、東京中心部に向かう人馬宮ガイセリウム。
 空舞うヴァルキュリア達を従え、侵攻を続ける敵の要塞。それを見据えながら、照準を合わせたアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)。
「行くよ、せーの!」
 直後、定刻を迎えた空に、数多の力が放出された。
 数百人のケルベロス達による、人馬宮への一斉砲撃。
 しかし、その力を以ってしても、移動要塞は傷一つ付かなかった。
 だが構わない。砲撃はあくまで布石、ここからが本題である。

 指定された市街地の一角。
 急行したその場所に、まだ敵の姿はなかった。
「砲撃から三分弱、そろそろやって来るだろう」
「しかしこの状況。まさに、排水の陣というやつであるな」
 陣形を整えながら、ウイングキャットのジルと共に前に立ち、空を仰ぐフェリーチェ・アラアーラ(ルビーブラッド・e16672)と奏真・一十(霧氷を炙る・e03433)。
 この戦いは、人々の命運を握る大一番だ。
 全員が最悪の事態まで想定し、最善を尽くすべく構える中、一番のスーツでビシッと決めてきた御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)が空の先を見て言った。
「来ましたよ! 壱さんっ、壱さんあれです!」
 大鎌を手にしたビハインドにも語りかけ、迫り来る敵を見つめる五葉。
 やがて、赤い鎧を纏ったエインヘリアルが降り立った。
 一同と距離を取り対峙する、星辰の剣を持つ男。
「――っは。お前らか、ケルベロスってクソ野郎共は」
 第一声は、見え透いた挑発混じり。
 対しアインザーム・グリーフ(グラオリッター・e05587)は息を吐いた。幾つもの懸念が蠢く現状。しかし何より今は、眼前の赤い鎧の男に向けて。
「やはりこの連中、些か品がないようですね」
「ハ、そりゃドーモ。要らねぇモンは持たねぇ主義でなァ」
 直後、剣を構えてみせたエインヘリアル。だがその時、男は再び嗤い出した。
「ッハハ。そうだ、んじゃお上品に、口上の真似事はしてやるよ!」
 そうして、男は自らの名を告げた。
 我が名は、エインヘリアル・ディヌ。
 瞬間、前列へと星座のオーラが放たれた。力強き敵の一撃。それを浴びながらも気負わず、変わらぬ調子で語るリオ・フォクスター(煌めく星は刃となって・e00181)。
「たとえ相手が格上の相手だろうが、皆で力を合わせれば大丈夫だよ」
 その言葉に、ミミックのつづらに前を預けた月霜・いづな(まっしぐら・e10015)、そしてシャス・ナジェーナ(紡ぐ翼・e00291)も、鎧の男を見据えて言った。
「そのとおり、おそれてなどおれませぬ」
 ここに会した者達は、人の盾であり、牙となる。
 その思いは揺るぎなく、如何なる脅威であろうと、一丸となり防ぐのみ。
「ゆえにいまいちど、こがんのばんけんとなりましょう!」
「地獄の番犬――ケルベロスが護るこの線、簡単に越えられると思うなよ」
 その宣誓に、気紛れに口笛を吹いたディヌ。
 剣先を大地に添えて、殺気を放ちながら薄く嗤う男に対し、
「っははは! 良いぜ越えてやるよ。お前らをぶち殺してなァ――!!」
「受けて立とう。お手並拝見、いざ勝負!」
 一十は高らかに告げ、構えた。
 愛用の鉄塊剣がない事に、若干の心許なさはある。
 それでも、譲るつもりは毛頭ない。何とかするまでであると。

●己が武を
「群れなら群れなりに、惨めに傷でも舐め合いなァ!!」
 曇天の空に響く、男の声高な嗤い声。それに怯まず、一同は反撃に打って出た。
 軍団とは名ばかりに、個の武を誇り、連携を嫌い、傍若無人を極めた男――ディヌ。
 一方、ケルベロス達は講じた策の元、徹底した連携で応戦した。
 服破りと武器封じ、そして破剣の効果でディヌの攻守力を削ぐ。
 且つ、味方の火力は底上げし、充分な治癒で陣形を保ちながら応戦する。
 至極端的に言えば、これが概ねの方針だ。だが、その実現にはより細やかな戦況の把握が求められる。しかも、技の命中度から察するに、ディヌはスナイパーである。
 格上の射手の一撃。それは想定外の火力を生み、戦況を狂わす事もあるだろう。
 しかし、戦いとは総じて斯くあるものだ。
 そう思い挑む一同の内、いづなは後方よりディヌを見つめた。
「どうぞ、あざけり、わらえばよいのです。あなたさまはしらぬもの」
 個こそ力と説く男が、取るに足らぬとそしる心。
 それが、皆が知る強さの源であり、
「それこそが、ゆるがぬほこりに――ございますゆえ」
 故に、この心は敵を恐れない。その思いを胸に、いづなは告げた。
「燃しきよめ、流しそそぎ、吹きはらいたまう――阿奈清々し」
 炎が清め、水が濯ぎ、風が祓いし三行の禊ぎ。その御業で、穢れた氷を祓う為に。
 いづなに続けてシャスも、魔力を込めて言葉を紡いだ。
「……啼け。お前の力を分けろ」
 シャスの声に現界したのは、翼を広げし白磁の巨鳥。
 響き渡るその一声は、仲間達の脚を支え、賦活と守護をもたらした。
「往くを護り癒を齎す。其の途行こそ誉也――だ。回復手の矜持、舐めんじゃねぇぞ」
 そう宣告し、鎧の男を琥珀の瞳で射貫くシャス。治癒手として立つ二人の勇姿に続き、アラタも敵を見つめたまま、己が力を解放した。
 敵の行く手を妨げて、味方には恩恵を運び行く。
「それが、アラタの役割だ。背中の後ろに、悪い夢をみせないことだ」
 故に引けない、元より引く気など微塵もない。
 全ては笑顔で、この先へと進む為。それを実現させる為にも、
「だから楽しく、愉しく、熟れた柘榴みたいに弾けよう――ほら、空が鳴っている!」
 鮮血色の雨粒が、後列へと降り注がれた。
 鼓動は軽やかかつ深く刻み、嘯きには酩酊の甘さを添えて。
 それは古いレシピからアラタが再現した、天を刺す人が願いし、宙と星の祝福だ。
 沈みゆく人さえ赦し、生を救う果実の雫。それはディヌがこれより描くであろう、星座の守護を砕く力を仲間達にもたらした。しかし、
「――は、じゃあその役割とやらごと、殺してやるよ!」
 前列の面々を掻い潜り、アラタに剣を向けるディヌ。
 中央に割り入り、巨躯の男が振るう凶刃。
 だが、斬撃音が響いた時、血を流したのは五葉だった。
「ッ、させませんよ――!」
「は! 一人じゃなんもできねぇ野郎共が!」
「もうっ、壱さんみたいな事を言う……! 素直に誰かを頼る事も、立派な――」
「ハイハイ有り難ーいご高説ドーモ!」
「こ、こういうのは最後まで聞くものです!」
 聞く耳を持たず、態度も無粋なディヌ。五葉の返し刃こそ直撃したが、男の減らず口と態度は変わらぬまま。その様子に、一十は一握程の思いを感じた。
 とはいえ、怒り任せに突出しても、綻びが生じるだけである。
「何、大丈夫。冷静に行くまでである」
 故に、一十は策の通り、満月に似た光球を撃ち放った。
 狙いは後列、ボクスドラゴンのサキミの元だ。
 奇しくも、相棒に厳しめなサーヴァント――壱さんとサキミが揃ったスナイパー陣。
 一十から力を得ても、サキミは目も呉れずに水のブレスを放つ。だが、平時と同じつんとした竜の姿に一十が口元に笑みを引くと、リオも視線を敵に向けたまま言った。
「ディヌ。誰もキミの挑発には乗らないよ。それより――」
 個の武を誇る余り、共闘を蔑むのは禁物だ。
 甘く見て、足元を掬われてから後悔しても、後の祭り。
 無論、数打てば当たるという言葉もあるが、
「さあ、ボクの――ボク達の攻撃を、キミはどれだけ耐えられるだろうね」 
 それだけと敵が思っているのなら、それこそが付け入る隙となる。
 空の霊力を帯びた刃を振り抜き、一撃を繰り出すリオ。続けて、更なる火力を引き出す為に、アインザームは雷の力を纏い、告げた。
「力を誇り、束になる者を嘲るか。その気持ちはよく解る」
 嘗ては、アインザーム自身がそうだった。
 強くなれば、大切なもの全てを守れると信じていた。
 しかし、得た力は全てを壊し、己が友の命を奪う末路に至った。
 だからこそ、アインザームは強く思い、
「誇るためだけの力は虚しく、脆いものだ」
 そう抱く彼を嗤うように、ディヌは言った。
「――へェ。俺は誰を殺そうと」
 殺す瞬間の手応えが、堪らない。
 虐殺が楽しみで仕方がない。
「病みつきになるだけなんだがなァ――」
 吐き出されるのは、聞くに堪えない悪辣ばかり。対し、フェリーチェは一つ息を零し、軸足で大地を踏み切る瞬間にこう囁いた。
「そうだな、あえて野蛮な言葉でも借りようか」
 空中への軽やかな跳躍の中で、艶やかに揺れる長い髪。
 直後、流星の煌めきと重力を伴う蹴りが、ディヌの顔面に直撃した。
 だが男に言わせれば、フェリーチェの繰り出した一撃も、取るに足らない軽い細釘。
 甘噛み程の力に過ぎぬと、男は嗤った。しかし、
「屑め、八つ裂きにしてやる」
 射手座の大剣を構え、そう吐き捨てた女の決意。
 そして一同が秘めた思いの強さを、男は甘く見過ぎていたのだ。

●我らが武を
 ディヌにとって、最も滑稽に見えた者。
 それは仲間を庇おうとする、盾役の姿だった。
 故に、男は彼ら以外の者を狙った。
 守り切れずに歪む顔や、焦る番犬共の顔が、愉しくて愉しくて堪らなかった。
 しかし、序盤こそ優勢を感じていたディヌが、次第に違和感を覚え始めた。一同が与え続けた呪縛の数々が星座の治癒を上回り、挙句浄化作用まで、砕かれていたからだ。
 無論、一同の傷も深い。しかし、その度に手厚い治癒が注がれた。
「――ッ、一人で戦えもしねぇ弱者が」
 それを尚も見下し、苛立ちを吐くエインヘリアル。
 するとシャスは、魔術切開を行使した直後にこう断じた。
「ま……実際弱えよ、だがそれがどうしたよ?」
 全ては目的を果たし、果たせる為。
 手段を選ばぬという言葉があるが、敢えて共闘もその内の一つと数えよう。思いを胸に、長い薔薇色の髪を靡かせながら、つぶさに戦況を見つめるシャス。
「独り目的も果たせず果てる方が、よっぽど情けねえよ」
 強大な敵だろうと、抗う意思を最後まで支える事こそ、己が役目。
 故に、血反吐を吐こうが何であろうが、仲間達より先には倒れない。
「さっきも言ったが、回復手の矜持、舐めんじゃねえぞ」
 荒くも凜と響くシャスの声。
 するとアラタも一撃の後、肩で息をしながら声を紡いだ。
「確かに、アラタも弱っちいんだろう」
 気迫からも伝わるディヌの強さ。
 それは経験に裏打ちされた自信の顕れ、場数の違いだ。しかし、
「でも、独りじゃない。だから、エインヘリアル・ディヌ、お前に――」
「っせえガキが! とっとと――」
「――お前に届かせてみせるよ!!」
「死んじまいなぁ!!」
 如何に見下されても、自分達は戦い続ける。
 その思いごと切り捨てるように、アラタへと迫る鋭い斬撃。
 しかし、その攻撃を防いだ一十の真後ろで、五葉がふわりと目蓋を閉じた。
 瞬間、戦場を覆ったのは白詰草の淡い輝き。花の招き手たる五葉の銃が向けられたのは、四つ葉のクローバーが揺れた先――標的たるディヌの元だ。
 心より慕うビハインドに見守られながら、思いを紡ぎあげる五葉。
「誰かを頼る強さが分からないまま死ぬのは、きっと寂しいです……」
 放たれたのは、新緑色の瞳色に染まった炎。
 その炎は五葉の宿す眩い決意。
「……だから、思い知らせます!」
「この――犬どもが!!」
「おっと、余所見する暇はないのである。こちらも必死だ、真摯に受け取れ」
 その流れを継ぎ、一十も技を重ねた。
 大地を裂き、赤き鎧へと猛進する災禍顕現(メギド)の炎。其れは宛ら厳霊の如く。裁きとも罰とも異なる禍の渦は、間近よりディヌへと襲いかかり、その姿を飲み込んでいく。
 炎に包まれる孤独の敵。対しリオはこう呟き、思う。
「一人というのは、とても悲しい事だよ」
 満身創痍に近いのは、眼前の男だけではない。特に前中列の負傷は顕著であり、そればかりは誰も誤魔化せない。しかし、リオは不思議と不安を感じてはいなかった。
 理由は、敢えて言葉にする必要はないだろう。
 替わりに、リオは影の如き斬撃で、鎧ごと男を切り裂いた。
「そろそろおやすみ、ディヌ」
「――ッガアアア!!」
 空を穿つ、鈍色の絶叫。
 瞬間、空より落つ雷の如く、アインザームは前へと駆けた。
「容赦はせん……万象を破壊する一撃を受けろ……!」
 繰り出された強烈な槍の一閃、雷速の一閃(ブリッツシュラーク)。アインザームが全身に纏いし雷は、彼の思いを体現するかの如く、ディヌの身体を焼き尽くした。
 敵を屠る為だけではなく、今こそ共に戦う彼らを生かす為に。
 だが、それでも鎧の男は膝を着けず、なおも戦場に踏みとどまった。
「――て、めぇら、如きに……この俺、が――」
 その声に、先程までの気迫はない。
 あるのは深き殺意と、この結末を認めない頑なな心。
 すると、いづなは一歩踏み出し、自分の倍はある巨躯の男を見上げ、
「ふみにじられたていどで、けがれるほど、もろいおもいではありませぬ――!」
 意を決して、前へと駆け出した。
 柔らかな犬耳と尾を揺らし、獣化した拳に力を込め、腕を大きく振り上げたいづな。
 その直撃を浴びたディヌが完全に体勢を崩し倒れると、フェリーチェは動きを止めた男の前に立ち、こう問うた。
「君は今まで相手を殺す時に、これを言ったことはあるか?」
 ――最後に、言い残す事はあるか。
 淡々と紡ぎ、赤の大剣を構えたフェリーチェ。
 その言葉に、ディヌが嗤い声を漏らして口を開くと、
「っは……は。んなもん、聞いてどう――」
 答えを待たずに、彼女の剣が男を断った。薙ぎ払うかのように、巨躯を切り裂いたフェリーチェの刃。やがて、眼前で消滅していく男に向かい、彼女はこう囁いた。
「すまないな、問いの答えには興味があったが」
 その口が吐く言葉には、毛先程の興味も、抱いてはいないのだと。

●彼らの武を
 ディヌを撃破した後、一同は多摩川を越えて撤退した。
 それはアグリム軍団にも被害が出たが、ケルベロス側も撤退を余儀なくされた――そうイグニス王子に錯覚させる為のものである。敵がそう思い込めば、ガイセリウム進入部隊は動き易くなる。とはいえ要塞内部に待つ敵だ、地上戦以上の困難が待っているだろう。
「でも、力を合わせれば、きっとどんなことだって出来るさ」
 そう呟くリオの言葉を耳にした後、多摩川を越え切った一同。
 程なくアインザームは、仲間達に先立って巨大な人馬宮を仰ぎ見た。
「――囚われの女神のいる城、ですか」
 先程まで、周囲を警戒していたヴァルキュリア達の姿はない。替わりに空を舞うのは、黒き翼のシャイターン達。それが何を意味するのか、今の一同には分からない。
 しかし、自分達の役目は、確かに果たした。
 故に後は、仲間達の武を、吉報を信じて待つのみである――。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。