空を夢見た真綿のカイコ

作者:駒小田

 とある公園の片隅で、一匹の虫がその生涯を終えようとしていた。それは何者かに侵された訳でも無く、ただ寿命としての自然な終わりだった。
 昆虫の死を呼び水にローカストは現れ、大抵は付近の一般人を襲いだす。
 時間としては太陽が西に傾いた頃、確かにローカストは公園の片隅に現れた。その姿は真っ白なもふもふとした綿のような体毛で覆われていた。
 白綿のローカストは空を見上げ、複眼に空を写す。
 不意に白のもふもふが身震いをした。
「あれ?」
 見れば、公園で遊んでいた子ども達が一様に動きを止め、空を見上げている。彼らの視界で何かが舞っていた。それは白い小さな粒で、ヒラヒラと日の光を反射しながら落ちていく。
「ゆきッ……――」
 言葉は続かなかった。気が付くと、子ども達は元より、公園で余暇を楽しんでいた大人達すらも地面に伏していた。
 キラキラと白の粒子が舞う中で、もふもふとローカストに意志が灯る。
 
「公園にローカストが出現するみたいっす」
 ケルベロス達を前に黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が告げる。
「ぼーっとした印象の奴なんすけど、侮れない戦闘力を持っているっす」
 何を考えているか分からない、むしろ何も考えていないのでは無いか、とダンテは言う。
「いずれにせよ、対話は不可能っす。見た目のもふもふした印象に惑わされないよう注意して欲しいっす」
 ダンテは一息吐いて、集まったケルベロスの内の1人に視線を送る。
 合図を受けたのはシェリー・フォレスト(木漏れ日のシスター・e02721)だ。
「このローカストは、もふもふとした毛に覆われていて、背中に翅が、頭には大きめ触角があるみたいですっ。丁度、カイコの成虫のような感でしょうか?」
 シェリーは今回現れたローカストの目撃情報を噂から入手し、情報を提供していた。以前現れた時の詳細は、噂の範疇でしかなく判然とはしないようだ。
 彼女の説明を受け、ダンテが補足を入れる。
「カイコと同じで飛行能力は無いみたいっす」
 少なくとも戦闘に耐えられる物ではい。
「白い毛に覆われた身体や翅から鱗粉のような物を出してくるっす」
 これには対象に麻痺を与え、身体の自由を奪う効果があるという。他にも全身の体毛を針のように逆立たせたり、鱗粉を集積結合させて剣のような物を作ったりできる。との事だ。
「場所はさっきも言った通り、公園っす」
 大体500メートル四方の面積で、区画がいくつか区切られている大きな公園らしい。今回ローカストが表れたのは自然が多い区画だ。
 後は、といった調子で更に続ける。
「皆さんが介入できるのは、ローカストが出現した直後っす。これより早いとローカストが逃げてしまうっす」
 事前に避難させる場合も同様で、こうなってしまうと別の場所で事件が起きてしまう可能性があるようだ。
 さっきも言ったっすけど、そう前置きしてダンテは告げる。
「見た目に惑わされないよう注意して欲しいっす。皆さんで公園の平和を守ってくださいっす!」


参加者
ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)
シェリー・フォレスト(木漏れ日のシスター・e02721)
アイラック・キッド(喜怒哀楽・e04348)
虎丸・勇(グラスナイフ・e09789)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
フラーレン・ペトログラファイト(賽の女神の一柱メアリ・e14504)
イアニス・ユーグ(しえんのほのおをかくすひと・e18749)

■リプレイ

●白のもふもふと灰色の空
 寒空の公園で、ケルベロス達は待っていた。空には雲が疎らに見える。ここ最近は急激な冷え込みがあり、雪が降るかも、などと言われていた。
 アイラック・キッド(喜怒哀楽・e04348)は空を見上げる。
「そろそろ時間だな……」
 彼が目を細める先、雲間に太陽が見えた。既に西へ傾き始めており、予知によれば間もなくローカスト現れる頃合だ。周囲では他のケルベロス達も警戒している。
「――ッ!?」
 ケルベロス8人で見張っていたにも関わらず、何の予兆も気配も無く、不意に白いもふもふとした毛玉姿が姿を現した。ケルベロス達のほぼ全員が息を呑む。瞬きの間に現れた、そんな具合だった。
 全員が動きを止める中、最初に動いたのはアルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)だ。
「奴の足を止める」
 ホルスターから銃を抜き、両の手に握られたリボルバーを連射した。
「――行けッ!」
 アルトゥーロの声を受け、虎丸・勇(グラスナイフ・e09789)も行動を開始する。
 周囲を見ると、突然の銃声に足を止め様子を窺う人達が目に入った。勇は、意識を波として放射するイメージを想い描く。
「危ないから、早く逃げて!」
 声を発すると共に意識を解き放った。念波は人々を恐慌状態に陥れるが、彼女の指示を頼りに戦場から遠ざかるように逃げていく。
 公園は500メートル四方の面積を持ち、全体像は南北に細長くなっていた。勇がいるのは北側だ。彼女は振り返り、南側の様子を窺う。仲間達がローカストの足止めに動いているのが見えた。
 その中で、逃げ遅れた一般人に対応する姿がある。
「安全圏まではコイツが守ってくれるっす」
 セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)はドローンを展開し人々の護衛に付け、逃がしていた。見送る彼が、腰から下げた黒い尻尾の付いたストラップを撫でながら何かを呟いている。その呟きは聞こえなかったが、祈っている、そんな風にも見えた。
 更にその奥、公園の南側でヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)が人々の避難誘導を行っている。
「みんな! ここは危ないから早く遠くに逃げて!」
 ヴィヴィアンは道行く人々に声を掛けながら走っていた。だが周囲で逃げながら追従する人々が、なんというか異様だ。地鳴りのような歓声と、その合間に聞こえる黄色い声援とが入り混じり、熱狂的な空気を感じた。彼女が往く先で熱狂が伝播し広がっていく。
「何か凄い事になってるなぁ……」
 勇はそう感嘆しつつも、全体としてはつつがなく避難が進んでいるのを確認し、自分の担当である北側の誘導を再開した。背後で仲間達が戦う激しい音が聞こえる。だがもう振り返らない。一般人の安全の確保、自分の役割を再認識し、彼女は駆けた。

●無垢たる毛玉は光を見た
 戦場にアルトゥーロの銃撃が響く。
 彼は2丁のリボルバーから弾丸を撒き散らした。弾の雨が降り注ぐ中、ローカストは動きを止める。アルトゥーロは横目で周囲を見回す。
「……これもあるいは、賽の女神のご采配であろう……」
 何かをブツブツと言い続けているのは、フラーレン・ペトログラファイト(賽の女神の一柱メアリ・e14504)だ。不意に、おお、と感嘆したり、天を仰いだりと忙しい。
 そして、もう1人。
「もふもふのカイコ……もふもふ……」
 そう呟くイアニス・ユーグ(しえんのほのおをかくすひと・e18749)の目が若干据わっていた。彼は深く息を吐き、思いを居直す。
「アレは敵だ。油断はしない」
 深く腰を屈めナイフを手に取り、刃の腹を左脚に当てる。かつて失い、しかし今は在る、その脚を撫でるようにナイフを滑らせた。始めは燻りから、やがては刃に炎が灯る。燃える刃を手にイアニスが駆け出した。
 対しローカストは緩慢な動きで頭を空へと向ける。
「遅え!」
 跳躍からの飛び込み斬り。すれ違い様に放たれた炎の斬撃は、ローカストの体皮を裂き、もふもふとした毛に引火し延焼を始めた。
「良い太刀筋だ」
 そう言ってアイラックはかんらかんらと笑っている。
 笑い声に反応したのか、ローカストはアイラックの方へ顔を向けた。表情は読めない。何を考えているかなど推し量りようもない。
「お前が何を考えてンのかは知らねえが」
 アイラックは、フッ、と一笑に付し、構えた右腕から電光を迸らせる。
「危害を与えるンなら、叩き潰すだけだ」
 高速の動きを以て突き込む。電光がローカストに触れた瞬間、バチィ、と凄まじい音が響いた。同時にローカストを覆う体毛が総毛立ち、いくらかが弾けるように宙に舞う。
「うおっ! スーツが汚れちまう!」
 時既に遅し、毛と一緒に鱗粉も飛び散り、アイラックはモロに被ってしまった。幸い、鱗粉それ自体に何かある訳ではないらしく、身体に異常は無さそうだが……。
 竜の怒りの視線を受け流し、ローカストは腕を掲げる。周囲に散った鱗粉のようなアルミ片が手元へと集束していった。現れたのは粒子の剣、剣状に見えるそれはアルミの欠片が寄り集まった物だ。見れば固まっている訳ではなく、粒子が慌しく動き回っていた。
「あなたの相手は私ですよ!」
 シェリー・フォレスト(木漏れ日のシスター・e02721)は十字架を模した杖を抱き寄せ祈りを捧げる。
「主よ、負の鎖を、我が身に宿し給え!」
 献身を誓いを奏上し、十字架の杖を天へ掲げた。十字架の中心から波打つ光が溢れ出し、周囲を照らす。光の波を浴びたローカストは、光に吸い寄せられるように複眼をこちらに向けてきた。
 光を映す眼は明確な敵意を感じさせない。きっとこのローカストは無垢なのだろう、とシェリーは想う。光の波動は負の感情を増長させる物だが、白い毛玉のようなローカストは感情の想起に戸惑っているようにさえ見えた。
「……これも定めなのでしょうか」
 シェリーが呟く最中にローカストは動きを作る。毛玉姿が跳ねた。ぽよんぽよんと跳ねる度に鱗粉が散る。
「行かせないっすよ!」
 乱入したセットが毛玉にタックルを見舞った。ぼふん、と白片を散らし白い毛玉が転がっていく。
「周囲に人はいないっす。思う存分いけるっすよ」
 セットが告げる通り、足止めの役目は果たしたようだ。ならば、ここからが本番だろう。

●雪降らしのカイコは歌を聴く
 一進一退、そんな感覚があった。致命傷は受けてないが、こちらも決定打に欠けている。戦闘が長引けば勝算は大いにある、そんな状況だ。
「彼の者を討ち滅ぼすべし」
 フラーレンが天を仰ぎ両腕を掲げる。すると、周囲で爆発が起こりローカストを巻き込みながら破砕の力が連続した。ローカストは巻き上がった砂埃に呑まれ見えなくなる。
 視界が阻まれる中でアルトゥーロは精神を研ぎ澄まし、ローカストの位置を探っていた。五感をフルに使い、居るであろう場所を絞り込む。
「そこかッ!」
 銃を構え射撃体勢を取った。
「《蠍》には毒がつきものさ!」
 自らの渾名である蠍が持つ毒を連想させる禍々しい弾丸を、土煙で見えないローカストに叩き込む。煙が晴れるとローカストの姿が現れた。見れば側面部が浅黒く変色している箇所がある。
 カイコ型のローカストは煤を払うように身震いをし、同時に鱗粉を散布する。
「雷光の加護を彼らにっ!」
 シェリーが突き立てた十字架から稲妻が迸った。放たれた雷は光速を以て展開しケルベロス達に加護を与える。
 数瞬遅れてローカストの鱗粉が降り注いだ。鱗粉は一つ一つが力を纏っており、体に付着する事で麻痺の毒で侵食する。
「五分って所だな……!」
 首に巻いたスカーフをマスク代わりに、アルトゥーロが戦況を評した。
 不意に戦場に朗々とした歌声が響く。聴こえる歌詞は前向きで明るい物だった。ポウッ、とケルベロス達を七色の光が包む。
「ヴィヴィアンさんっ」
 聴き覚えのある歌声にシェリーはハッとし、声の主の名を呼んでいた。
「シェリーちゃん! 援護は任せて!」
 避難誘導を終え、合流したヴィヴィアンは再び歌いだす。彼女の歌は勇気と自信を想起させ伝播する物だった。
「私も居るよ」
 雷光と共に勇が突っ込んでくる。ローカストとすれ違い様に電流を叩き込んだ。勇は着地を決め、やっ、と手を軽く挙げ帰還を告げる。
「オレのドローンも帰ってきたみたいっすね。」
 セットが一般人の護衛に付けていたドローンが役目を完遂し戻ってきたようだ。
「皆さん、コレを使ってくださいっす!」
 ドローンを防衛から補助モードに変更し、再展開する。
 全員が揃い、準備も万端。白綿のローカストを見据え、ケルベロス達は対峙する。
 ローカストが身震いし、再び鱗粉を散布した。

●白綿のローカスト
 小さな白い粒が、ヒラヒラと雲間から差し込む日の光を反射しながら落ちていく。
 シェリーが反応し、袖口から治療薬を取り出そうとするが、ヴィヴィアンがそれを制した。
「あたしに任せて!」
 ヴィヴィアンが再び歌を紡ぐ。先程とは違う歌だった。全てを肯定し生きる者全てを受容するような内容だ。彼女の歌声を聞くと不思議と癒され麻痺の痺れが抜けていった。
「おぉ……賽の女神がご加護をくださるか……!」
 天を仰いだフラーレンから紙兵が大量に放出される。紙兵はケルベロス達の周囲を滞留し守護の力を発揮した。
「測距完了っす! 情報同期完了、いけるっすよ!」
 セットが展開するドローンが情報を投影する。ローカストの測位情報と行動予測だ。
「俺の照準と同期もするのか」
 アルトゥーロは銃を構えながら、投影された立体映像を眺め感心していた。
「イアニス、チィッとばかし俺に付き合え」
 アイラックがニィッと笑みを浮かべ、イアニスは了承として頷きを返した。
「タイミングは任せた。こっちで合わせるぜ」
 イアニスの言葉を聞いたアイラックは豪快に笑った。
「言うじゃねぇか。キチッと付いて来いよ!」
 ドラゴニアンの膂力を叩き込み、アイラックは瞬発する。
「お先に失礼するよ」
 竜の脇をすり抜けるように勇が疾走した。苦笑する竜を尻目に、寸分の無駄も無い動きで刃を振りぬく。研ぎ澄まされた一撃は傷口を凍てつかせてしまった。
 凍傷を受け動きがまごつくローカストにアイラックが肉薄した。彼が眼を見開く先、金の瞳が捉えたのは周辺が黒に変色した銃創だ。彼は腕を振り抜き、毒で蝕む傷を切り開いた。
 次いで追いついたイアニスは、未だ延焼を続けている自分が付けた裂傷を狙う。手にしたナイフで炎の通り道を描くように切り裂いた。
「今は罪なき人を守るため……ですよね」
 ローカストを見つめ、シェリーが小さく呟く。
「アルトゥーロさんっ! ひと思いにやっちゃってくださいっ!」
 シェリーが掲げた十字の杖から一筋の稲妻が走った。電光はアルトゥーロに直撃し、力を増幅させる。
「ドローンの全リソースを、そっちに割り振ったっす! どんな動きでも補足可能っすよ!」
 ローカストは傍目にも弱っている、もうまともに動けないのではないかと思うほどだ。だが、ドローンが投射する予測象が不意に動きを作った。跳ねる軌道で向かう先はシェリーを示している。
 アルトゥーロは咄嗟に駆け出した。ローカストの行く先に先回りし、リボルバーのグリップを強く握り締める。
「足掻くのか……当然だよな」
 次の瞬間、炎を纏ったリボルバーをローカストに叩き付けた。
 吹き飛ばされたローカストは炎に包まれ、やがて動かなくなる。
「――Adiós」
 ケルベロス達は、ほとんど被害を出す事無くローカストを討伐せしめた。
「空を見てたのは、なにか思うところがあったんすかね……」
 セットの呟きにアイラックが空を仰ぎながら応える。
「炎がコイツの魂を空高く昇らせてくれるだろうよ」
 朽ちゆくローカストの傍らでイニアスが炎を眺めていた。
「さらばもふもふ……」
 その呟きを聞いた者は果たしていたのだろうか。
「あー、怖かった……まぁでも、ちょっと可愛かった?」
 勇が恐る恐る燃えている場所の様子を窺うと、炎を前に不敵に笑う者がいた。フラーレンだ。彼は時折頷いたり、思案をしているようだったが、そっとしておこう、勇はそう結論した。
 そんな様子を眺めつつシェリーはヴィヴィアンと一息つく。
「ヴィヴィアンさん、怪我してませんか?」
 シェリーの心配に対し、ヴィヴィアンは得意気に応えた。
「大丈夫! あたしも成長してるんだよ?」
 そんなやり取りにシェリーの表情が自然とほころぶ。
 周囲には戦闘の跡が残っていた。後始末も仕事の内だろう。
 誰から、とでもなくケルベロス達は動き出す。公園を日常に返すために。

作者:駒小田 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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