再戦――其の名は咆竜

作者:のずみりん

 新年、相模湾は穏やかならぬ年越しを迎えた。
 城ヶ島から湾へと潜伏した戦艦竜たちは今も犠牲を出し続けている。
 犠牲は減らない。戦艦竜たちは動くデウスエクスであり、人々の側も漁なくして生活できない者は数多いるために。
 そして今日もまた。
「兄ちゃん、そっちはやべぇよ! 戦艦竜ってまだ退治されてないんだろ!?」
「うるせぇ、聞いてんだよ! ほーりゅーだか法隆寺かしらねぇが、回り道してたら初競りに遅れちま……」
 言葉を待たず、兄弟の漁船が爆発した。
 浮上してくる『咆竜』と名付けられた戦艦竜は由来となった咆哮をあげる。分厚い装甲をまとい、艦橋、砲を背負った巨体には、小さいが確かな傷が刻まれていた。
 
「相模湾の『戦艦竜』が再び動き出した」
 海図と資料を広げ、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はケルベロスたちに説明する。
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査により判明した城が島の戦艦竜の行方、それは相模湾の海中だった。
 城ヶ島制圧戦でケルベロスたちも逡巡させた、戦艦の如き甲や砲塔を持つドラゴンは湾を航行する船を襲い、今も被害を増やしている。
「今回目撃されたのは『咆竜』と名付けられた個体だ。以前に交戦した傷も残っており、間違いない」
 戦艦竜は戦闘力こそ高いが、ダメージを自力で回復することができないという弱点を持つ。一度の攻撃で倒しきる事はできなかったものの、何度もダメージを積み重ねれば撃破は不可能ではないはずだ。
「海域への移動用にはクルーザーを用意している。遭遇すれば破壊されてしまうだろうが、戦闘後にヒールで直せばいいし、損害は気にするな。皆は戦艦竜の撃破に全力を注いでくれ」
 戦艦竜の中でも特に堅牢な『咆竜』だが、初戦では仲間たちが多くの情報を調べてくれている。今度こそ決定的な一撃を見舞えるはずだとリリエは力強くいった。
 
「『咆竜』の特徴は名前の通り、ずば抜けた火力と強固さだ。命中精度は低いが、主砲の一発は熟練のケルベロスが防御を固めて一発耐えられるかどうか……というほどだ。長期戦は考えない方がいい」
 戦いは戦艦竜の生息域である水中、水上になるが、ケルベロスなら戦闘中はそう問題にならないだろう。
「武装は主砲以外でも巨体を生かした体当たり、周囲を薙ぎ払うミサイルの装備が確認されている。体当たり以外はアームドフォートの武装に近い感じだな」
 もちろん標準サイズのものとは威力が桁違いだが……と注意をいれながら、リリエは資料をめくる。
「もう一つの注意点は装甲だ。武装を含め『咆竜』の身を覆う装甲は……はっきりいって無敵だ。悔しいが、今の我々では歯が立たない」
 先の戦闘では装甲はおろか武装への攻撃もほとんど、ことごとくが弾かれてしまった。ダメージを与えるにはこれらを避け、装甲のない部分を狙うしかないだろう。
「装甲は鎧のようなものなのだろう。腕や脚、尻尾の付け根など大きく動く部分には隙間がある。それと背にある艦橋のような構造物、ここも武装ほど頑丈ではないらしい」
 もちろん『咆竜』の側も自分の弱点部位は把握しており、攻撃しようとすれば強力な反撃で撃ち落としに来るだろう。攻撃を当てるには死中に活を見出すか、あるいは何かしらの工夫が必要になる。
「撤退についてだが……『咆竜』戦艦竜には攻撃してくるものを迎撃するような性質がある。自分から引くことはないが、逆に逃げる敵を深追いはしてこないだろう。危険と判断したら無理せず退いてくれ」
 戦いは長丁場だ。この一戦で倒しきれなくても、一打を叩き込めれば十分。一度で倒せなくても次に繋げ、繰り返せば、必ず。力強くリリエは断言する。
「頼むぞ、ケルベロス」


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)
霧島・カイト(演技砲兵と大食い子竜・e01725)
レイ・ヤン(余音繞梁・e02759)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
ペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)
アナーリア・シス(新緑の蒼・e06940)
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)

■リプレイ

●逆襲戦、開幕
「風が冷たいな」
「あぁ……何週間ぶりだかな。随分と冷えてきたもんだ」
 レイ・ヤン(余音繞梁・e02759)白く尾を引くクルーザーの航路を眺めながら、霧島・カイト(演技砲兵と大食い子竜・e01725)はやってくる強敵を思う。
「もう一度相対させて貰おうか、戦艦竜」
「あぁ。頑張ってくれた奴らのためにも、次の奴らの負担を軽くするためにも、きっちりと削ってやろうぜ。知り合いも随分こいつらに苦しめられたそうだからな」
 話を聞いていたペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)も舷側に肩を並べた。地獄と化した髪の炎が海風に不敵に揺らめくのに頷き、カイトもバイザーを下す。
「居た!」
 傾いていく船からヒールドローンが飛び立ち、紙兵が吹雪のごとく舞う。航跡に食らいついてきた敵影にケルベロスたちは甲板を蹴った。
「リベレイション!」
 叫びと共にレイの武装が戦闘モードへと変化していく。中華風の軍服に負けぬ、大型化した角と翼を広げ、着水。
 目の前にもう迫りくる戦艦竜『咆竜』の姿がはっきりと見えていた。
「はは、海での戦いなんて洒落てるじゃないか……だがあまり水中にはいたくないな、寒いだろう?」
「でもさ、サヴィ。一々面倒くさい口上も必要ないし、マフィアとの抗争より楽だな」
 サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)は年の離れた盟友の言葉にふっと笑う。たしかにここからは言葉も意味を持たぬ世界。探り合う腹もなく、存分に暴力を楽しめそうだ。
「さて、どこまで爪を立てることができるのやら」
「どこまで、なんてわからないけど……がんばるよ!」
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)の呟きに、山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)が熱い心を抑えながら気合を入れる。戦艦竜という強敵は、何処か彼らのような人種を惹きつけるものがあるのかもしれない。
「では参りましょう、戦場へ」
 水中を響く砲撃の音を感じながら、クロハはその宵色の鱗にも似た色合いのデウスエクスの残滓を槍のように放つ。二条の攻撃が交錯し、咆竜の側に小さな黒い火花が散った。
 そして一瞬の後、遥か後方からの爆轟。
「戦艦竜か、この様な敵も居たとはな……ここまで絶大な火力と防御力とは」
 バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)は掠め取んだ衝撃の傷痕をぬぐい、思う。暗殺術を通して螺旋の力を身に付けたとは言え、それはあくまで対人だった。このような動く小山を相手にする事ができるのか?
「私達は確かに非力だ……だが、無力ではない」
「その通りです。貰った情報、私たち自身の智と力……最大限にに生かして、勝ちましょう」
 バドルの導き出した答えに、アナーリア・シス(新緑の蒼・e06940)は力強く同意した。天秤座の力を込められた彼女のゾディアックソードの光条を受け、バドルの両手の忍者刀『無銘』が鈍く輝く。
 仲間たちの砲撃に続き、二人は冬の海を銛のごとく駆け抜けた。

●その咆哮に血河を刻め
 初戦で得た敵の技、弱み、強みを理解し、ケルベロスたちは一打を放つ。それは銛なれど、知恵を持った銛であった。
「火力と防御力では貴様の方が圧倒的に上だが……速度ではどうだ?」
 砲塔を旋回させる咆竜を前に、バドルは海底を蹴った。急激な旋回に目標を見失った砲台をかわし、一気に肉薄。運動エネルギーを乗せた忍者刀が後足の付け根へと突き立てられる。
「その身に刻み込んでやる……この刃が、貴様への手向けだ」
 一気に引き抜き、返しの一太刀。手足を封じ喉笛を描き切る瞬刻の暗殺剣も、戦艦竜の容積には完全な形を保てない。だが……彼女としては複雑な事だが、対生物への斬撃としても彼女の一族の教えは正しいものであった。
「ここだ……生体部分ならば刃は通る」
 彼女の刃が細く鋭いものであったことも幸いした。鱗の隙間を通し、バドルの刃は確かに狙い通りに咆竜の身体に傷を穿ったのだ。
 戦艦竜の巨体には針で刺したような小さな傷だろうが、塵も積もれば何とやらだ。素早く飛びのく彼女と入れ替わり、アナーリアが上方から傷口を広げにかかる。
「確かに硬い……でも、貫けないわけじゃ、ない!」
 突き立てたゾディアックソードから衝撃が伝わるが、声をあげて力を込める。わずかだがめり込んだ切っ先に、彼女は煉獄の炎を伝わせた。
「全てを焼きつくさんとする地獄の業火よ……その力を今示せ!」
「ゴァ……ッ!?」
 てんびん座の星辰剣を伝わる『Radius vis -Ignis』……鱗を内側から焼く、抉るような振り抜きの斬撃には咆竜も叫び声をあげる。砕けた鱗がきらきらと水中を舞い散った。
「ヒュウ、イカスじゃねーか! それじゃこいつはファンファーレだぜ!」
 ペーターの頭部から放たれた閃光が更に破片を輝かせ、不思議な幻想を作り出す……けしてそれは意味のない余興ではない。
 連続して爆ぜる咆竜の背中に、次の攻撃を彼は予測して動き出していた。
「遠距離では砲撃と装甲による鉄壁の攻防、それを突破されれば花火でお出迎えというわけだ」
 火球のように尾を引くミサイルの雨を、サルヴァトーレは分身を交えて裁いていく。
「折れた剣に用はないだろう? 折れないようにするのが重要なんだ……」
 ペーターを筆頭にディフェンダーについた仲間たちも庇い、傷を癒してくれているが、自分で補助できる事はすべきというのが彼の考えだ。
「Addio.」
 呟きと共に作り出した地獄の寒気を感じさせる海流が咆竜へと逆流、ミサイルの発射管へとなだれ込んでわずかに動きを鈍らせる。
 ほんの少し……だがそれで十分だと涼子は拳を加速させた。
「最小の動きで、最速の攻撃を、最大の威力で!」
 連撃は必要ない、一点突破。
「それがボクの、山之内流の武神空手!」
 鱗が剥がれた後脚の傷口を秘拳の一撃が強打した。
 硬化された筋肉の反発が篭手に護られた拳をもきしませるが、それ以上の手ごたえを涼子は感じて飛び退く。追いかけてくるミサイルはボクスドラゴンのブレスが焼いた。
「頼むな、太郎」
 果敢に攻めるボクスドラゴン『太郎』の守りを頼りにレイは涼子を援護する。連打される気咬弾が咆竜の鱗に弾け、海中に短い明かりをもたらした。

●激突する力と技
 巨大であるという事は、単純かつ極めて強力な防御力である。
「のわっ!?」
「カイトっ、この!」
 カイトの身体が至近弾に弾かれた。さらなる一撃を見舞おうと追従する砲塔をレイのケルベロスチェインがつかむ。砲塔を支店に身体を振り回したレイの勢いに狙いがわずかに逸れ、なんとか難を逃れる。
「まるで効いている手ごたえがありませんよ……ミサイルが来ます、右手側注意を」
 地獄の炎を纏った蹴りを尾部へと打ち込んだクロハは離脱際にぼやく。身を逸らした彼女のいた場所へ、数発のミサイルが炎を炸裂させた。
 効いてはいる。効いてはいるはずなのだが、敵の攻撃は凄まじいままに変化がない。
「貫けても……届いてないというの?」
 傷一つつかなかった装甲部に比べ、生身の身体は攻撃に鱗を剥がし血を流してくれている。だがアナーリアは感じた。それはあくまで表面だけのことなのではないかと。
「ま、そうだろうな。蚊に刺されて死ぬ奴はいないんだ」
 もっとも蜂かネズミくらいではあるだろうとサルヴァトーレはつけ加えるが、それにしても与えられる傷は似たようなものだ。
「必殺できる場所はことごとく守られてるんだから……動いてくれるなよ。狙いがずれる」
 天地を揺るがすサルヴァトーレの十字切りが新たな切り口を増やす。小さいが増えた傷を確認し、そのまま離脱を試みるが。
「あぶねぇ!」
 叫びながらペーターが駆けこむ目前、うっとおしそうに咆竜は身体をひねる。ただそれだけ、それだけでケルベロスたちは軒並み跳ね飛ばされた。
「ボル!」
 主の声に呼応し、彼のライドキャリバー『ボル』も水中を切り裂いてはしる。身体をもって彼とサーヴァントは仲間たちを衝撃から庇った。そして受け止めたぶん、彼らは確実に消耗していく。
「どれだけ保つか……?」
 甘い香りの『たいやき』属性を乗せた炎で咆竜を焼きながら、カイトはバイザー越しの鋭い目で咆竜を睨む。二戦目にしても、まだ撃破への糸口は見えない。

●次なる一手は
「どんだけしぶといんだよ、もうっ!」
 叩きつけたブラックスライムが事も無げに剥がされる。涼子は焦燥に思わず声を荒げた。
 振り離されたブラックスライムはしっかりと生身の肉体を狙っており、確かに鱗を削っている。だが戦艦竜の健在ぶりはどういうことだ? ダメージに反して落ち着きを取り戻し、攻撃は更に激しさを増しているように見える。
「私たちには倒しきれないと気取られた……痛みに慣れさせてしまったか」
 言いながらバドルが飛苦無『済度』を投げる。機人の金属装甲すら貫通する刀身は狙い違わず刺さり、そして払い落された。見切られてないだけ効果はあったが、この巨体では猛毒もどれだけ効果があるか。
 長期的に見れば致命的な傲慢だろうが、この一戦において咆竜の確信は事実だ。
「スマン、ここらが限界みてぇだ……」
 ペーターの身体が潮流に乗って離れていく。守りが減り、攻撃は更に苛烈さを増した。
「……これが最後だな。近くで診ないとやり辛いんだ」
 アナーリアを包むナパーム炎に修復プログラム『無銘者の炯眼』を施したカイトは、終わり際に彼女を突き飛ばした。
「そのお心、無駄にはしません……!」
 直後、砲弾が至近で炸裂する。感謝と無事を祈りながら、アナーリアはゾディアックソード『Code:libra』を腰だめに構えて飛び込んだ。せめてあと一撃。
「間合いを変える暇はなさそう、か」
 ポジションを入れ替わるには少なからず時間がかかる。冷徹に計算を巡らせ、サルヴァトーレは前衛のまま、クロハへと分身を渡した。
「盟友は俺が面倒みる。彼女を拾ってやってくれ」
「承知しました。爪痕は残せましたし、ここまででしょうね」
 初撃で作った傷をアナーリアは影の如き斬撃で再度抉る。思わぬ反撃に咆竜が叫び、ミサイルが弧を描いて飛んでくるが彼女は手を止めない。
 数発目の爆風にようやっと跳ね飛ばされた時まで、アナーリアの手は剣をしっかと握り続けていた。
「引き剥がせればもっと攻撃の手は増えるのでしょうけれど……我々の一手がアレを死に一歩押し出した、それで十分です」
 焼けた聖職服から痛々しい火傷がのぞく。怒りの砲撃が分身をかすめていくなか、シャドウエルフの身体を受け止めたクロハはねぎらうように言って翼を羽ばたかせた。
 後退するケルベロスに勢いづく咆竜めがけ、バドルは『無銘』の刀身を輝かせる。切りつけるのでなく、見せつける。ただそれだけ。
「体力の多さが命取りだ……長時間苦しむといい」
 言い捨て、彼女は海面へと一気に浮上する。その背には咆竜の困惑と怒りの叫び声が響き渡っていた。

「ふぅ、一段落か……ありがと、サヴィ」
 サルヴァトーレに引き上げられたレイは、幻想の雰囲気が増したクルーザーに身を投げ出した。死地の業火の後にしても、一月の風は随分と冷たい。
「いつか、あいつみたいなのを倒せるぐらい、強くなってみせるんだよ!」
「いずれ、は必ず来ますよ」
 再戦を誓う涼子にクロハは頷きながら、考える。問題は今、それをどう実現するかだが。
「たしかに非装甲部なら攻撃は通った。だが、四肢や尾は致命傷から遠いな……二人のおかげで脚一つは取れただろうが、敵も獣なりに学んできている」
 サルヴァトーレは状況をまとめると、しかし少し楽しげに言った。
「更に厳しくなるだろうね、次は」

作者:のずみりん 重傷:霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725) アナーリア・シス(新緑の蒼・e06940) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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