戦艦竜華蛇―第二陣

作者:柊透胡

 正に、静謐の世界だった。
 相模湾の水深は1000m以上。特に平塚から小田原に掛けての海岸には大陸棚がほとんどなく、海岸から1000mの海底まで連続的に一気に深くなる。
 一筋の光も射し込まぬ漆黒の水底に、それは在った。
 全長10m程の身に幾重もの硝子質の装甲を重ね、水晶柱の如き砲塔を数多に備え、長大なヒレが幾重にもその巨躯を飾る。光溢れる海上へ浮上すれば、その体躯は艶やかに煌き虹色の光彩を放つだろう。
 戦艦竜『華蛇』――その麗しさ故に、地獄の猟犬達からそう呼称されている事を、他ならぬ戦艦竜自身は知らない。
 徐に、首を巡らせ上を睨む。
 穿たれた傷が癒える事は無い。竜躯の内を食むのは、取るに足りない筈の小さき者への憤りだ――それでも、縄張りを侵す五月蠅い虫は、駆除するのみ。
 オォォォォンッ!
 深き海底でとぐろ巻く戦艦竜は、苛立たしげに咆哮するや浮上した。 

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 タブレットから顔を上げた都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を静かに見回した。
「相模湾、小田原沖を縄張りとしている『戦艦竜華蛇』の続報です」
 城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が相模湾で漁船等を襲う事件が、昨年末よりヘリポートを賑わせている。狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)による調査の成果であるが、『華蛇』もその一件だ。
「改めて補足説明を致しますと……戦艦竜とは、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンで、ドラゴンの体に戦艦のような装甲や砲塔があり、非常に高い戦闘力を誇ります」
 城ヶ島制圧戦で南側からの上陸作戦が行われなかったのは、この戦艦竜の存在が大きい。
「皆さんは第二陣。相模湾の安全の為にも、最終的に華蛇の撃退を目指す事が、本件のミッションとなります」
 今回も前回と同じく、現地まではクルーザーを利用して移動、そして、海中戦となる。
「戦艦竜は、強敵です。しかし、城ヶ島という拠点を喪った戦艦竜に、ダメージを回復する術はありません」
 波状攻撃でダメージを積み重ねていけば、何れ撃破も叶う筈だ。
「華蛇は、現在も小田原沖の深部に潜んでいます。周辺海域は封鎖していますので、心置きなく戦闘に専念して下さい」
 華蛇は相当に神経質な性質だ。己のテリトリーが五月蠅くなれば浮上、襲い掛かってくる。グラビティの数発でも海中へ撃ち込めば、覿面だろう。
「戦艦竜は全長約10m。その姿は、正に『水中花』と言えるでしょう」
 『戦艦』であるからには巨躯に装甲や砲塔があるが、総じて硝子質の装備で、陽光射し込む水中に在っては、虹色に煌く優美な様相。また、ふわふわとした半透明のヒレが幾重もその身を飾っている。
「硝子質の砲塔は勿論、ヒレも華蛇の武器の1つですから、その美麗な見た目に惑わされないように」
 大凡、戦艦竜は生命力強く攻撃は苛烈、その一方で命中精度や回避率はそれほど高くない――筈なのだが、華蛇は戦艦竜の中でも、比較的命中率が高い事が判明している。
「ポジションは、スナイパーと推測されます」
 ポジションは戦闘毎に変更可能ながら、前回はそれで第一陣を一蹴している。ポジション変更の可能性は低いだろうか。
「のみならず、使用グラビティの1つ『硝子機雷』は広範囲に渡って『足止め』の効果があるようです」
 前回、使用されていたグラビティは後2つ。数多のヒレの一片を撒き散らし、敵の装甲を切り裂く『華竜の比礼』。そして、大ダメージの『主砲一斉掃射』だ。
「華竜の比礼は硝子機雷と同じく広範囲型。主砲の対象は単体ですが、遠距離攻撃なのは確実です」
 範囲型の攻撃は多人数の戦列に撒き、主砲は打たれ弱い所を叩く――それが、華蛇の基本戦術のようだ。
「グラビティの攻撃属性についてですが……判明した情報の詳細は、こちらに纏めていますので、必ず目を通しておいて下さい」
 そうして、創はプリントをケルベロス達に配って回る。
「弱点に関しては、『無いと確定』出来るまでには至っていません。又、複数の砲塔を部位狙いで破壊する事に成功していますが、特に戦闘力に影響は無いようです」
 部位狙いは標的によって戦況を覆す可能性もあるが、命中の難易度は一気に跳ね上がる。
 弱点を探すにしろ、有効部位を探るにしろ、長期戦が可能となるよう、しっかりと作戦を練る必要があるだろう。
「後、1つ気になる事がありまして……恐らく、華蛇はまだ隠し玉を持っています」
 第1戦の戦闘模様と、最初の予知で華蛇が漁船2隻を1度に沈めた光景に、微妙な齟齬が見られるのだ。
「その隠し玉を引っ張り出せるかどうかも、皆さん次第でしょう」
 第二陣も、前回に引き続き情報収集、かつどれだけダメージを積み上げられるかの勝負となる。
「現在の華蛇の損傷度は『2割』。前回以上の戦果を期待します」
 尚、戦艦竜は攻撃してくるものを迎撃する行動傾向にある。戦闘が始まれば、撤退する事はない。
「同時に、敵の深追いもしない為、ケルベロス側が撤退すれば、追撃の心配はなさそうです」
 戦艦竜は強敵だ。引き際の見極めも肝心となる。併せて、撤退時には敵に背を見せる事になる。華蛇の最後の一撃には注意が必要だろう。
「今回の戦いにおいても、華蛇の撃破はほぼ不可能でしょう。しかし、第三陣に繋がる戦果を残せるよう、頑張って下さい」


参加者
東名阪・綿菓子(求不得苦・e00417)
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
葉月・静夏(重傷で年越し・e04116)
笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)
池・千里子(総州十角流・e08609)
ユウ・アドリア(影繰人・e09254)

■リプレイ

●小田原沖再び
 2度目のクルーザー、2度目の小田原沖、2度目の、挑戦――戦艦竜華蛇との再戦が、もうすぐ始まる。
(「わたがしはね、自分で納得できないうちはどうあっても引き下がらないのよ」)
 相模湾の波の揺れに身を任せながら、東名阪・綿菓子(求不得苦・e00417)は睨むように沖合いを見詰める。
「前回は始終敵に主導権を握られていたようなものだからね。今回は私達のペースで進めて大きな損傷を与えたいね」
「ああ、今日中に始末は叶わないだろうが、掃除は小まめに進めないとな」
 手すりに凭れる葉月・静夏(重傷で年越し・e04116)と池・千里子(総州十角流・e08609)の遣り取りにも、並々ならぬ意気を感じる。
 だが、意気軒昂なのは、戦艦竜華蛇に初めて挑む者達も同じ。
「さてと、強敵相手だからチョッピリ真面目にいくか……それ以前に、今回は割と怒ってますよ、俺は!」
 満面の笑みを浮かべて、クルーザーの舳先の仁王立ちの笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)。虎柄コートの下は競泳水着で、水中呼吸の準備も万端だ。
「今回は難しくても次こそ倒せるよう、情報集めも頑張りましょう」
 防水ライトをせっせと準備するセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)の表情も、やはり明るい。笑顔が幸いを呼ぶと信じているから。
 一方で、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)は飄々と肩を竦めて見せる。
「ま、後に繋がるよーに気張るとするかな」
 要は誰かが倒せば良い。それは自分達第二陣でなくても構わない。
(「ま、後の奴らが楽になるように、出来るだけ削いでおくさ」)
 薄く笑みを浮かべ、襟足過ぎる黒髪を結う雨祈。本来は相棒の仕事だが、今日ばかりは密やかな闘志を込めて。
「気張っていこうかの」
 腕組みをして仲間を見守るユウ・アドリア(影繰人・e09254)は見た目は最年少、その実最高齢だ。
「今1度、撤退条件を擦り合わせておいた方がいいかの。相手は強敵、作戦の成否より命の方が大事じゃ」
 慎重なユウの言葉に否やはなく。最後の打ち合せにも余念が無いケルベロス達。
 そうして、クルーザーは華蛇のテリトリーの近くまで来ると、碇を下ろして停泊する。
「そんじゃま、せいぜい痛めつけさせてもらいますか」
 紺青の海を覗き込み、アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)が不敵な笑みを浮かべれば、千里子は静かな面持ちのまま、スルリと海中へ身を躍らせる。
「では、旧年にやり残した大掃除の続きと洒落込もうか」

●継戦重視
 綿菓子のフォートレスキャノンが、アルヴァの死天剣戟陣が海中を貫き、雨祈のサイコフォースが紺青に爆ぜた。
 開戦の合図から程なく――海底よりグングンと浮上してくる竜の影。長大なヒレが海中に大きく広がり、艶やかな虹色の水中花は咲き誇る。
「あらやだ超綺麗。是非ぶっ殺して一家に一匹置いてアンティークにしたいわぁ」
 何か妙に甲高い感想だった。出会い頭に一曲「幻影のリコレクション」でも歌ってみたかった回天だが……活性化していないものは仕方ない。
 その刹那の躊躇を突くように、前衛の間をすり抜け一気に海上へ身を躍らせる華蛇。綿菓子がサークリットチェインを展開する暇があればこそ、主砲が一斉に雨祈に標準を合わせる。
 ――――!!
 逃れる暇もなく、砲撃に呑まれた。相変わらず、戦艦竜にあるまじき命中精度だ。今回もポジションがスナイパーなのは間違いないだろう。
「あぶな……ッ!」
 それでも、雨折が辛うじて凌ぎ切れたのは、防具の賜物だ。
 遠くまで届く主砲は、ポジションに関係なく打たれ弱そうな所から狙い撃ちしてくる。何時飛んで来るか知れないならば、最後に身を護るは自身の備えだ。耐性の効果はやはり大きい。
 素早く守護の魔法陣を描く綿菓子。雨祈は紙兵を撒く前に全力で気力溜めせざるを得なかったが、初っ端から落とされなかっただけ随分とマシだ。
「さて、お主ら。しっかりと友人たちを守ってやっとくれ」
 ユウも又、ヒールドローンをメディック2人へ。まだ滞空中の戦艦竜目掛け、セレナは咄嗟に回天の肩を足場に跳躍する。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士として、貴殿に勝負を挑みます!」
「よっしゃ、いけぇっ! ……ゴボッ!」
 落ちる前にもう1度空を蹴った。長大なヒレをかいくぐり、白銀の戦乙女は高速演算を以て見出した一点を痛撃する。
 ザバーンッッ!!
 着水はほぼ同時。一気に海中へ潜る巨躯が大渦を巻き起こす。
(「自分で出来る事は自分で、だね」)
(「前よりも一手でも多く、お前を超えてみせる」)
 静夏と千里子は敢えて流れに逆らわず、華蛇の周囲にサークリットチェインを展開していく。
 初手は攻撃より防備に重点を置いたケルベロス達。呵責無い主砲攻撃からして、その判断は恐らく正しい。
(「抉らせてもらうぜ」)
 煌く守護の魔法陣を抜け、アルヴァの遠当てが華蛇の急所を狙う。
 華蛇の巨躯が虹色に輝く――ほんの刹那に、周囲に報せる暇は無い。だが、それは前回見切った『華竜の比礼』の前兆。
(「ヒレだかロースだか知らないけれど、きっと煮ても焼いても食えないのでしょうね、残念だわ」)
 内心で憎まれ口を叩き、周囲を見回す綿菓子。ヒレが撒かれたのは戦艦竜の周囲。静夏とセレナは上手く回避したようだが、千里子と回天は回避が間に合わず切り裂かれたようだ。特に回天のダメージが深そうだ。
(「この身が健在なうちは、わたがしが何度だって癒してあげるわ」)
 ハンドサインで頷き合い、メディックのヒールがクラッシャーに無駄なく注がれる。
(「少しは足しになるじゃろう」)
 自らの影を分け、味方の攻撃をサポートさせるユウ。もう暫くはヒールドローンを撒き続け、支援に徹する心算。
(「眠れ」)
 ユウの影写を受けて、千里子の総州十角流『猩々牙』が奔る。続く静夏も旋刃脚を放つ。雨粒が花びらを打つが如き柔拳も、電光石火の蹴りも確実に巨躯を捉えているが……パラライズが効いているかどうかは、些か判り難い。
(「お前さんに恨みはねえが、お前は俺の大事な団員を傷つけたからなぁ」)
 すっかり絶好調の静夏を見やり、目を細める回天だが、日本刀を両手に構える表情は一転して剣呑を帯びて。
(「その報いをここで受けてもらうぞ、オラァ!」)
 奔る一撃は達人の域――凍結したヒレが水圧に負けて砕かれていく。
 アルヴァも見通し塞ぐ華蛇のヒレを死天剣戟陣で以て掃えば、刹那、無数の刃が海中にて煌いた。
(「よう、クソ野郎。ジャマーのバッドステータスの味はどうだ?」)
 支援に徹するユウと厄撒きに勤しむアルヴァ。上手く役割分担していると言えよう。
 頼もしげに仲間を見やり、改めて華蛇の美麗に対峙するセレナ。
(「それにしても、人と同じようにドラゴンも様々な外見のものが居るのですね」)
 息継ぎの暇も惜しんでマインドリングより顕現した刃を握り、斬り掛かる。
(「大人しくしていれば美しいのですが……これ以上被害が出る前に倒さなくては」)
 優勢に運んでいるかに見える戦況だが、戦艦竜とてそのまま押し込まれている訳ではない。
 前衛に厄を撒きながら、主砲は確実に敵を落とさんと1人を――雨祈を狙い続ける。
「……ッ! しつこいのは、嫌わせるぜ!」
 執拗な砲撃に、雨祈は2度耐えた。3度目はセレナに庇われた。だが、4度目がとうとうその長身にダメージを充たす。
「後は、頼んだ……」
 紙兵を置き土産に、雨祈は力尽きる。それでも、最初の戦闘離脱が出るまで5分以上もった事は、誇って良い戦果だろう。

●1分でも長く
 第二陣は勇戦したと言えるだろう。戦闘時間は、前回を大きく越えた。
 華蛇はいっそ機械的に、範囲攻撃の合間に主砲攻撃を差し挟む。敵の火力を封じ、味方の防御を上げたとして、クリティカルの威力は侮れない。主砲が火を噴く度に、綿菓子は全力でヒールを掛け続けた。
(「出来るなら、今回で倒してしまいたかったけど……全然甘かったわね」)
 何時如何なる時でも強気の姿勢は大事だが、攻撃する暇なんてあったもんじゃない。
(「機雷!」)
 長大なヒレが幾らか切断された事で、序盤に比べれば幾分か硝子機雷の射出が見切れるようになっていた。
 ばら撒かれた煌きを紙一重でかわし、セレナは海面から顔を出してゾディアックソードを構え直す。
「この身は盾であり、剣でもあります! 簡単に砕けるとは思わないでください!」
 一方で、逃れきれず機雷の牽制に呑まれた静夏だが、爆ぜた衝撃もものともせず、赤炎の如きオーラ纏う左の掌底を叩き込む。
(「暑い、熱い……真夏の一撃!」)
 ヒールが支えていたとして、回復しきれぬダメージは着実に蝕んでいる。それでも、血沸き肉躍る昂揚は、静夏を尚も戦闘へと駆り立てる。
 現在の戦況は一見膠着状態。だが、戦闘竜は地力の高さでじわりじわりと押し返していく。
 それでも、1分でも長く――一撃一撃を巨躯に突き立てんと喰らい付くケルベロス達。
 必死の攻防の中、戦闘不能2人目は回天。それはある意味、不運と言えた。もう何度目かの華竜の比礼を凌ぎ、さあシャウトをと浮上しようとした瞬間――よもや、華蛇が再度虹色に輝こうとは。
(「ここでダブルかよ、おい……!!」)
 ケルベロスが動く暇も許さず、ヒレの欠片が海中を席巻する。回天の防具が華竜の比礼に備えていなかったのも災いした。序盤に比べれば威力は削がれていたが、ダメージ蓄積した身には耐え切れず。
(「次は、誰だ!?」)
 サキュバスミストが海中を淡く染める。首を巡らせる千里子は、ユウの惨劇の鏡像も構わず、華蛇の主砲が前衛越しに猿のウェアライダーへ狙いを付けるのを見る。
 ――――!!
 或いは、防具が対応していれば、倒れず済んだかもしれない。攻撃の詳細が知れているなら尚の事、当たらぬ為、ダメージを減ずる為の備えの有無は大きい。
「引き際が肝心、ってな……」
 ディフェンダーがいつも庇えるとは限らない。主砲の重撃を真っ向から浴び、アルヴァも戦線離脱する。力失った身体を、破鎧衝を一撃くれて泳ぎ寄ったセレナが支える。
 戦闘不能が相次ぎ、これで3名――潮時だ。
「よぉし、転身!」
 体中が軋むように痛んだが、声だけは敢えて元気よく張り上げた。
「いいか、これは逃げじゃねえぞ! 次に備えるために敵に対して後ろに全力疾走するだけだからな!」
 支えられながらというのが些か締まらないが、回天の前のめりな撤退振りに静夏は思わずクスリ。普段は見られない団長の姿を期待していたし、自身も負けないように頑張ろうと意気込んできた。
(「今日の団長は、やっぱり格好良いよ」)
 援け合い、撤退を始めるケルベロス達。背中を見せる彼らを、華蛇がそのまま見逃す筈もなく、主砲の標的は――雨祈の腕を掴んで水を掻く、綿菓子。
 ――――!!
 圧倒的な砲撃の射線を、千里子が両腕を広げて阻んだ。目も眩む熱量に息が詰まる。
(「私1人で全員を守ってみせる、とは言わない」)
 だが、後1分の忍耐が必要となった時、その1分は身命を賭して担う――内に秘めた誓いは、今ここで果たす。
「……っく」
 ディフェンダーたる本領を遺憾なく発揮し、ギリギリの所で耐え抜いた千里子は唇を噛み締め反転する。
 バイオガスを目晦ましに使おうかと考えたユウだが、射程が届く同じ戦場内にいる限り、その手は使えない。折角、千里子が身を挺して稼いでくれた時間だ。今は撤退に専念する。
 そうして、ケルベロス達が華蛇の海域から離れれば、それ以上は追撃もせず、戦艦竜は再び海底へと戻っていく。
 オォォォォンッ!
 猛々しい咆哮が、振動となって伝わってくる。その戦意は未だ潰えぬ―ーだが、その巨躯には確かに無数の傷が穿たれ、幾重にもその身を飾っていたヒレは半ば散らされていた。

●第二陣が得たもの
 1人として欠ける事無くクルーザーに戻る事が出来たケルベロス達。
 戦闘不能の雨祈、回天、アルヴァの3名は早々に毛布に包まり、船室で休んでいる。身体を動かすのは辛そうだが、病院の世話になる程ではなさそうだ。少し安静にすれば大丈夫だろう。
 そして、動ける者は一休みも惜しんで、華蛇の情報整理を始める。
「攻撃属性には、特に耐性も弱点もなかったようですね」
 セレナの言う通り、どんな攻撃も一律に華蛇に命中し、そんなダメージも華蛇の装甲を穿った。
 攻撃内容からしても、徹底的なバランス型と言えようか。突出した所なく概ね高い能力値という感触か。
「何だか、面白味が無いよね」
 綿菓子は詰まらなそうだったが、尖がった要素が無いと判っただけ収穫だ。腰を据えて当たればそれなりに粘れる事は、何より今回の戦いが示している。
「バッドステータスの方は……トラウマ含めて追加ダメージの方がなぁ、あんまり効いている実感が無かったんじゃよな」
 主に支援と情報収集に動いていたユウは、見た目に違う老成した雰囲気で溜息を吐く。
 戦艦竜ならではの圧倒的な生命力の所為かもしれない。バッドステータスは常に発動する訳ではないし、その生命力に比して削れる量はけして多くない。相当に積めば追加ダメージの量も上がるが、同じ積むならプレッシャー、武器封じといった弱体系の方が継戦力に直截繋がりそうだ。一方で、石化やパラライズは発動率という点で、優先順位は下がりそうか。エフェクトについては、戦況に応じてジャマーというポジションを如何に効率よく使うかに懸かってくるだろう。
 長期戦に持ち込めた事で、前回掴み切れなかった華蛇の傾向は大凡把握出来た。だが、これで華蛇の全てが判った訳ではない。やり残した事と言えば――。
 1つは、範囲型の攻撃は今回も前衛にしか使われなかった為、結局射程が確定出来なかった事。そして、もう1つは。
「隠し玉は今回も見えず、かぁ……」
 些か残念そうに呟く静夏。単に粘るだけでは華蛇の方も普通に反撃するだけで、戦況としては膠着の上で結局、地力でジワジワ押し込まれた形だ。地道に削り続けるのも悪くないが、ここまで来れば一発逆転の目も欲しい所。
「やはり、部位狙いか?」
 千里子の言葉に、一同頷き合う。今回の陣形にスナイパーはいなかった。守りと回復を厚くし、確実にダメージを積んでいく方針だったからだ。
 スナイパーというポジションを作戦にどう組み込むかは第三陣次第だが、そのポジションならではの方法も試してみて良いかもしれない。
(「さらばだ、華蛇」)
 肩越しに相模湾を眺めやり、千里子は内心で海底に戻って行った戦艦竜に別れを告げる。
(「春には、もうお前はいないのかもしれないのだから」)
 それは、春までに引導を渡すという決意の裏返し。今は第三陣の準備が整うまで、暫し戦士の休息だ。
 ――そう遠く無い未来、ケルベロス達は三度、この海に挑む事になるだろう。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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