おおきくなあれ

作者:遠藤にんし


「ほら、おやつだ」
 男性が語りかけたのは、広いマンションの隅に置かれたケージへ。
 彼の手にはピンセット、その先には脚をつぶしたコオロギがいる――ケージの中のハリネズミの餌として用意されたコオロギは、まだ生きているのか羽を震わせていた。
 ほどなくしてコオロギはハリネズミの前に置かれ、ハリネズミはしばしの間の後、コオロギを頭から食べた。
 このハリネズミはまだ小柄で、痩せている。
「いっぱい食って大きくなれよ……飼い主に似るなよー」
 自身も小柄な方の男性は言って、苦笑。
 ゆったりとした穏やかな時間が流れていた――しかしそれは、ローカストの出現によって奪われた。
 小柄な彼を、後ろから押さえ込むローカスト。
 ゆっくりと、しかし確かに、男性からはグラビティ・チェインが奪われつつあった……。
 

「知性の低いローカスト……ですか」
 一・十百千(怠惰な読書家・e20165)が気だるげに言うと、高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)はうなずく。
「ああ。会話も出来ないローカストが、グラビティ・チェインを奪うために男性を襲うことが分かった。……ローカストにくれてやるグラビティ・チェインはないよ。退治してくれ」
 言ってから、冴は状況を説明する。
「現場はマンションの一室だ。家具などの障害物はあるが、あいにく周囲は住宅地で戦場にはしにくい。今回は、マンションの部屋の中で戦って欲しい」
 戦場にするには広さなどは十分なので、男性やハリネズミに被害が及ぶこともまずないだろう。
「ローカストは男性を捕まえている形だが、男性を盾にして戦うような考えは持たない。こちらに敵意があることが分かれば、男性を放り出して戦闘を始めてくれるはずだよ」
 冴の言葉に、十百千は視線を宙において思案する。
 戦場は確保されており、ローカストもよほどのことが無い限りはケルベロスとの戦いに専念する……戦いに集中することが出来るようだ。
 
「知性は低いが、その分戦闘力は高い。存分に戦って、このローカストを倒してきてくれ」


参加者
紫藤・リューズベルト(メカフェチ娘・e03796)
ボル・クレイ(ゴールドボルシャナ・e05266)
草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
小鞠・景(春隣枯葎・e15332)
一・十百千(怠惰な読書家・e20165)
ジェーン・ダンサー(フラグメンテーション・e20384)
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)

■リプレイ


 戒めの力が迸る。
 草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)が放った御業に掴み捕えられ、ローカストは反射的にそちらへ向き直る。
「完全にタイミングが重なっただけだからねぇ」
 こんな理由で男性を襲うローカストに容赦はいらないと、渚はローカストを見つめる。
 続いて現れたユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)はスカートの裾をつまんで折り目正しくお辞儀をひとつ。赤い瞳に闘志を、脚に煌めきを宿し、宣言する。
「神宮寺家戦闘侍女ユーカリ参ります!」
 ミミック・トラッシュボックスと共に肉薄するユーカリプタス。跳び上がるトラッシュボックスから発現したエクトプラズムとユーカリプタスのスターゲイザーが、上下からローカストを挟み撃ちにした。
 上下から襲いかかる攻撃があるなら、後ろに下がって回避するまで――そう考える知恵はあったのだろう、後退してユーカリプタスから受けるダメージを低減しようとするローカストへと、しかし小鞠・景(春隣枯葎・e15332)は口碑の一撃を与える。
「機巧も何もありませんよ。見ての通りです」
 一時的に得た先読みの力によって景はローカストの回避行動を読み取り、先回りして迎え撃つ。要撃が見事成功したのを見て取り、景は静かにうなずく。
「幸先が良いですね」
 呟く景の隣に立つ紫藤・リューズベルト(メカフェチ娘・e03796)の手には自作の小型拳銃。襲い来るマークザインに気を取られていたローカストは、自作型パラボラアンテナ式小型拳銃の怪光線から逃れられず。
「この日のために用意しておいた新兵器の出番なのです」
 言葉と共に放たれる怪光線に伴う苦痛に身をよじらせた。
「どりゃー! 手を放すのだ!」
 ボル・クレイ(ゴールドボルシャナ・e05266)がクリスタルバレットを射出しながら叫ぶまでもなく、ローカストは男性との距離を空けている。ボクスドラゴンのちょこも、スナイパーとして少しずつ相手を削ることに努めていた。
 ちょこのブレスを受けて壁から現れた無数の水晶が砕け散るのを横目に、ボルは男性に呼びかける。
「餌とはいえ虫で遊んでいたのか! こらー! だぞ!」
 突然現れたケルベロスたちに突然そんなことを言われて戸惑う男性。そこに声をかけるのはトライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)だ。
「ハリネズミを連れて離れてくれ!」
 あたふたと別室へ退避する男性――縛霊手から霊力を放出しながら、トライリゥトはローカストに言う。
「さぁローカスト! 俺達ケルベロスが相手だぜ!」
 声を張り上げるトライリゥトとは対照的に、一・十百千(怠惰な読書家・e20165)は寡黙。古代語魔法を口の中で小さく唱え、魔法の光線を鋭く向けた。
 ジェーン・ダンサー(フラグメンテーション・e20384)の青い眼差しも、纏う武装も敵意に満ちている。力強い声は、刻み込むかのように明瞭だった。
「汝は地獄の化身にして快楽の虜。暴虐、愉悦、悪辣、情愛。饗宴、余す所無く其の者に堪能させよ」
 ジェーンによって呼び起されたそれが顕れるのはローカストの精神へ。鼓動するかのような痛みは次第に強くなっていき、続く痛みを断ち切る術を探してローカストはジェーンを斬りつけようと大きく振りかぶる。
 回避するまでもなく、後衛に位置するジェーンにそれは届かない――油断を見せることなく、ジェーンはオルトロスの名を呼ぶ。
「ラージュよ……私の怒りよ……」
 応じるようにラージュは顔を上げる。その口元では、くわえた神器の剣が――断罪の刃が、鈍く光る。
 ジェーンの内にある峻烈さから生まれたラージュ。罪の記憶でもあるその者に、ジェーンは命じる。
「――其の暴力を以て叩き潰せ!」
 走るラージュは、主の望むものをもたらした。


 射程の短い攻撃しか持たないローカストに対して、後衛から怒りを付与する。
 ――それによりローカストの狙いを後衛に向け、当たらない攻撃をさせ続ける……ケルベロスたちの作戦は、非常に有効なものだった。
「トラッシュボックス仕事をなさい」
 とはいえ怒りの表出する可能性は半々。全ての攻撃が空ぶるわけではなかったが、ローカストの重厚な攻撃を思えば、五分五分の確率で攻撃を無効化出来るだけでも十分だった。
 ユーカリプタスによってローカストの攻撃の軌道上に蹴りだされたトラッシュボックスは、内側のエクトプラズムを吐きながら転げたところにアルミを注がれる。黒い脚が白く硬く変質するのを見て、ユーカリプタスはゾディアックソードを掲げた。
「星々の癒し光よ。ここに!」
 舞いの中で描かれたのは蠍の星座。剣の軌跡が蠍座を完成させると同時にそれは朱く輝き、トラッシュボックスを含む前列の味方を癒した。
 ヒールと同時に変質していたトラッシュボックスの脚も元に戻る――地獄の炎弾を放ちつつ、ボルはその様子を見やる。
「いたそうだな!」
 ちょこが封印箱ごとタックルを敢行するのと同時に、渚は雷龍の槍を掲げる。
「害虫駆除よ!」
 渚が雷龍の槍を揺らめかせると、刃紋に描かれた龍が鈍く光る。続く雷の力はどこまでも強く、小さくはないローカストの体躯を飲み干した。
 閃光が満ちる中、リューズベルトはマークザインに飛び乗った。丈の短いズボンから伸びる膝の上には小型拳銃とバスターライフル。ローカストの背後に飛び降りたリューズベルトは、まずは小型拳銃を片手で構える。
 同時に光が止み、そしてローカストはリューズベルトへと向き直る。小型拳銃から放たれるであろう怪光線を相殺しようと腕を振るうローカストだったが、そのせいでがら空きになった胴には炎を乗せたバスターライフルが叩きこまれた。
「フェイントなのです!」
 相変わらずのんびりした口調で言いながらも、リューズベルトの動きは俊敏。一撃の手ごたえを腕に受けるとリューズベルトは再びローカストの死角に潜りこみ、反撃を受けない位置へと逃げ込む。
 リューズベルトを追い縋ろうとするローカストの目の前にはマークザイン。主の攻撃にならってマークザインは炎を纏う突撃によって、ローカストに爛れる痛みを与えた。
 いくら攻撃を受けようと、ローカストはひるみもしない。有利不利を考え、撤退を考えるような知能を持たないローカストのセイを狙う一撃には、無駄も隙もない。
「本能に従っているのですね。……油断は大敵です」
 呟く景の手が覇眼を探り当てた瞬間、ローカストは内側から破壊を受けその場に倒れこむ。
「でも、その分隙だらけだ」
 十百千はここ数分、ローカストの動きを見て感じたことを口にする。うつむきがちな声は魔導書に向けられ、誰の耳にも届かない。
 壁を這いまわってローカストを探す緑の粘菌が消えるより早く、ジェーンは輝ける盾を展開、仲間を取り囲む。
 味方のケルベロスを守る為のマインドシールドも、殺戮に憑かれ狂気じみたジェーンの精神を反映するかのように凶暴な輝きに満ちている。ラージュもまたジェーンの苛烈さを受け、瘴気の奔流でローカストに立ち向かった。
「さぁ、覚悟しやがれ虫野郎!」
 バトルオーラを滾らせながらの、トライリゥトの一撃。
 それはローカストの甲殻を裂き、内側の柔らかな部分を露出させた。


 射程外から付与された怒りによって空振りがちな攻撃、ケルベロス一名と三体のサーヴァントによる庇い立て。
 実力のあるケルベロスが多くいながらも、しかしローカストを速攻は出来なかった――それは知性がない分だけローカストが強い、というだけが理由ではない。
「Tekeli-li……Tekeli-li……夢の世界であなたが聞いたものだ」
 魔力を叩きこもうとする十百千。
 しかしその攻撃は容易にかわされ、本来ならローカストの夢の中で蠢くはずのものは床に落ちて潰れる。
「知能が低くても……恐怖は感じるはずなのに……」
 ばん、と大きな音を立てて分厚い魔導書を閉じ、十百千は苛立ちを込めてローカストを見る。
 属性の同じ攻撃だけを繰り返す十百千の攻撃が当たったのは序盤だけ。今では攻撃は全て見切られ、壁や天井を破壊するばかりとなっていた。
 オラトリオの力を使う回復に切り替えようか――迷う十百千だったが、戦況を見て決めようと思っていても条件を確定させていなかった。目まぐるしい戦いを繰り広げながらの判断は難しい。
 渚も笑顔こそ浮かべてはいたが、一瞬の戸惑いまでは隠せない。
 相手の動きが鈍ったら、十分にダメージが蓄積したら……そう思ってグラビティの用意はしてきたものの、具体的にはどこでそれを判断するのかは難しい。
 ケルベロスたちに戦いへの意志はある。負けるわけがないという思いもある。
 でも、当たらない攻撃や選択を問われる局面において、一瞬の淀みが生まれはした。
 ユーカリプタスは縛霊手『ナデシコの護り』から紙兵を広げ、味方へと癒しを広げる。
 ユーカリプタスは敵が攻勢に打って出ようとしているかどうかをまめに確認しながら回復を続け、自身は攻撃をしようとはしない。ここにいる仲間が敵を討ち滅ぼしてくれるに違いない――無垢にすら思える信頼を胸に、ユーカリプタスはトラッシュボックス・マークザイン・セイと共に仲間を護る。
 その信頼に応えたい――ボルは強く願いながらも、水晶の刃を生む準備を続ける。
 冒険を、戦いを共にする仲間同士の間で連携を繋ぐことは出来るが、ボルは感情を誰にも結んではおらず連携の外にいるために誰の攻撃に続くこともなかった。
「うーむ! がんばるぞ!」
 気合を入れ直し、ブレスを吐きつけるボル――ちょこと合わせて吐かれたブレスに、ローカストの姿が一瞬かき消える。
「セイ、皆を守ってくれよ!」
 ブレスに伴う煙の向こう、ローカストのシルエットはシックルを掲げていた。攻撃を仕掛けるつもりだと見て取ったトライリゥトの声に応じ、セイはシックルを追うように仲間を庇う。
 渚へと向けられた攻撃を受けとめるセイの姿が揺らぐ――幾度とも知れない庇いのために体力を削るサーヴァントたちのために、ジェーンはヒールドローンを走らせる。
「知性なきその身、精神に、痛みを刻んで果てるがいい」
 凛とした声にラージュは神器を煌めかせ、ローカストの内側をえぐった。
 ジェーンによる回復を受けてなお、セイの動きは弱々しい……果敢にもローカストへ立ち向かおうとするセイの前に、今度はトライリゥトが立ちはだかる。
「やらせねぇ。やらせるかよ。俺が、守る!」
 主であるトライリゥトの力強い叱咤は、何よりもセイの力になる――大きく翼を広げると、セイは再びローカストを睨みつけるのだった。
 強い飢餓のオーラは景の視線の先にあるものを喰らおうと大口を開け、ローカストに迫る。食い込む牙に暴れるローカストだったが、口の外にはみ出た部分にはサーヴァント陣の攻撃が殺到した。
 ローカストは背後から光を感じた――振り向かずとも、それを受けてはならないと本能でローカストは察した。
 しかし感じられるほどの距離に接近したそれは、もはや回避不能な距離にある。轟音と共にローカストに叩き込まれる光弾の余波で髪をなびかせながら、リューズベルトはローカストと対峙する。


 リューズベルトの闘志は加速力へと変換される。
 粒子の煌めきを受けながらリューズベルトがマークザインに騎乗すると、マークザインは炎を発生させる――主以外の全てを焼き尽くさんばかりの炎と共にマークザインはローカストに突撃し、その炎をエアシューズに受けてリューズベルトは燃え盛る蹴りを向ける。
「大地よ応えよ 出でよ刃 蒼晶の牙をもて 雷雨の如く降り注がん!」
 ボルが声を上げれば壁からは水晶の刃がいくつも現れる。
「クリスタルバレット!」
 呼び声と共に放たれる水晶――四方八方からの攻撃に翻弄されるローカストの攻撃は、既に弱々しい。
「これが草壁流の真髄、とくと味わいなさい!」
 膨大な霊力を注ぎ込んだ宝刀を手に、渚は言う。
 心霊術は神衣に詰め込まれた加護もあって力強く、数えきれないほどの斬撃にはちょこの打撃も加えられた。
 戦況は優勢に傾き、ローカストの撃破は目前となろうともユーカリプタスに油断はない。侍女式剣舞 伍式 朱光天蠍陣による蠍座の輝きが、十百千のオラトリオヴェールが仲間を包み、優しい癒しを与えた。
 舞いの途中、ユーカリプタスはローカストが攻撃を仕掛けようとしているのを見て取って肉薄する。舞いの中で掲げられたゾディアックソードがローカストの腕を押し留め、攻撃は誰の元にも届かない。
 端正な表情を崩しはしないユーカリプタスだが、それでもダメージを受けていることをジェーンは知っている。ジェーンがマインドリングをひと撫ですれば盾が浮遊し、足元を一瞥すればラージュがかけた。
 仲間の支援に徹する主の分もと眼差しに怒りを込めるラージュから瘴気が立ちこめ、たちまちローカストを覆い尽くす。身じろぎどころか呼吸だって難しいほどの猛毒はケルベロスたちの視界すら阻みそうなほどだったが、セイのブレスが風を生み、視界は一気に開かれる。
 開けた空間へと飛び込んだのは景だ。ローブ『In Morpheus' Armen.』を翻す景は、惨殺ナイフで狙いを定めると僅かな力で断つ。
「決着をつけてください」
 もう一撃で、ローカストは倒れる――仲間へ呼びかける景が退却するのと、トライリゥトが簒奪者の鎌を振りかぶるのは同時。
「こいつで、どうだ!」
 霊力を持つ断ちが、ローカストの受け続けた傷を広げる――あらゆる痛みに苛まれながら、ローカストはその生命を終える。
 ――鎌を下ろし、トライリゥトはケルベロスたちへと向き直る。
「暴れ始め……これで終わりかな!」
 白い八重歯を見せながら、トライリゥトはにこりと笑うのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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