水底の巨影、戦艦竜『第二陣』

作者:白石小梅

●水底の巨影、再び
 大晦日。深夜。もう僅かで年をまたぐ刻。
 真鶴岬、沖合。
 闇に紛れるように、一艘のクルーザーが停泊している。
 浮きに多数の水中ライトを下げて海中を照らし、海底まで伸ばしたロープを上下するのは潜水服の男たち。海中を明るくしているのとは反対に、船の上にはライトを点けず、男たちは魚介を水揚げしている。
 密漁者。
 封鎖された海域で、新年の祝いに使われる魚介を様々な方法で手に入れ、闇から闇へ捌く者たち。
 その日もまた、滞りなくその犯罪は完遂されるはずだった。
 突如として、水底から巨影が伸び上がり、船尾のスクリューが破壊されるまでは。
 男たちの悲鳴があがり、幾人かは船から投げ出される。続いて照らし出された巨竜の影に、最後まで船に残っていた一人が悲鳴をあげて飛び降りる。
 一瞬の閃光と爆音の後、水柱が吹き上がった。後に残るのは、紅く染まった海だけ。
 傾いて燃えるクルーザーの脇で、海を揺らす咆哮が、新年を祝うように響き渡る。
 年の暮れ。背の傷を背負い、戦艦竜ガレオンは再びそこに現れた……。
 
●戦艦竜ガレオン
 大晦日。時は深夜。
「やがて、年が明けますね。おめでとう皆さん。新年最初の、緊急任務です。戦艦竜ガレオンの動向が判明いたしました。ここにいるメンバーで、早急に討伐部隊を編成いたします」
 望月・小夜(サキュバスのヘリオライダー・en0133)は、新年の祝いを踏み躙る報告と共に、資料を広げる。
 資料写真には、古風な帆船……いや、亀の甲羅のようにそれを纏った、竜。
 名を、戦艦竜ガレオン。
 知らぬ者のために、小夜は一から解説する。
「戦艦竜は城ヶ島南海の守護を任務としていた竜種で、体長10メートルほど。戦艦のような装甲や砲塔があり、高い戦闘力を持っています。城ヶ島制圧戦で、南岸からの上陸を断念させた原因です」
 残党となった戦艦竜たちは狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査によって、相模湾を根城に漁船などを襲う被害を出している。ガレオンは、その一匹だ。
「自由自在に海を渡る彼らを大作戦で補足する事は難しく、姿を現したところで少人数による襲撃を繰り返す波状攻撃が計画されています。皆さんには、ガレオン討伐第二陣として出撃していただくことになります」
 そうして小夜は戦艦竜の特徴について説明する。
「戦艦竜は強大な戦闘力と引き換えに、ダメージを自力で回復することが出来ません。本来、小勢で倒せる敵ではありませんが、拠点である城ヶ島を奪還した今、彼らは回復手段を失いました。この機を逃すわけにはいきません」
 そういって小夜は続ける。
「今回ガレオンは、真鶴岬沖の封鎖海域で密漁者を襲撃します。彼らの救助は、間に合いません。危険だから封鎖を行ったのに、残念なことです。現地は夜間ですが、炎上するクルーザーと放棄されている水中ライトがあり、また灯台からも現場を照らします。視界は気にしないでよいでしょう。皆さんは、クルーザーですぐに現地に向かってください。密猟者を攻撃し終わったガレオンと鉢合わせするはずです」
 
「それでは第一陣の方々の威力偵察によって判明したガレオンの詳細情報、及び、現状を確認いたします。第一陣の襲撃により、ガレオンはおよそ四割のダメージを受けました」
 報告書を読んでいた面々に、衝撃が走る。これだけ攻撃し、まだ六割の体力が残っているのか?
「実は……これでも緒戦の結果は、調査以上にダメージの面で出ているのです。援護が効果的に働き、攻め手が良い当たりを積み重ね、戦線を維持できた時間も長かった。それでようやくの四割ダメージなのです」
 なるほど……想像を超えるようなタフネスというわけだ。
「敵グラビティは三つ。二つは分析が完了いたしました。斬翼と副砲による遠・近の列攻撃です。ガレオンはこの二つを交互に繰り出す基本戦術を取ります。実際それだけで、やがては皆さんを殲滅できるでしょう」
 それだけで、十分に強敵。だが、問題はもう一点。
「もう一つは口から吐く主砲です。その威力は絶大で、遠単攻撃ということまでしかわかっていません。何の対策もなしに直撃を受ければ、戦闘不能を飛び越えて重傷でしょう。ただ、当たらなければ分析はできません」
 重い空気の中、小夜は続けて報告する。
「一つ、朗報としては。ガレオンは多数の小目標に対してはしばらく主砲を温存する癖があります。恐らく本来は、巨大サイズの敵を想定した武装なのでしょう」
 ただし、と、小夜は付け加える。
「『船に乗って攻撃してくる人物』と『己の身体に乗り移ってきた人物』は優先して主砲で狙うようです。
 反対に、誘発行動を取らなければ四、五分の間は主砲を撃ちません。その間に準備を整え、四、五分後にわざと誘発行動を取り、敵の攻勢を誘導する、というのも手です」
 無論、それには綿密な計画と万端な準備とが必須だが。と、付け加える。
「支給のクルーザーはもちろん、現地には密猟者のクルーザーもあります。炎上中で動きませんが、主砲の誘発には使えるでしょう」
 また、戦艦竜は『攻撃者は迎撃し、撤退する敵は追わない』という習性を持つ。戦闘海域から脱しさえすれば、追撃をかけてくることはないという。
 
「正直なことを申し上げますと、この襲撃でガレオンを撃破まで持っていくのは難しいと思います」
 なんといっても、まだ六割の体力が残っている。だが、と、小夜は続ける。
「それでも我々は相模湾の海上封鎖を解き、地球圏に取り戻さねばなりません。真鶴の海の上で、皆さんが全員無事に新年を祝えることを祈っております」
 出撃準備をお願いいたします。小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
フィオレンツィア・グアレンテ(混ぜるな危険・e00223)
加賀・マキナ(龍になった少女・e00837)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
アズミ・ベノート(弱虫のバトルクライ・e12900)
佐藤・弘樹(閃光の復讐者・e13754)

■リプレイ

●大晦日、深夜
 夜の海は、漆黒の闇だ。わずかな月明かりで見えるのは、白い波の戯れだけ。
 そこに響く、轟音。閃く、爆炎。
 灯台が、光る。照らし出されるのは、燃え盛る小舟と、西洋の船を模した巨大なドラゴン。
 クルーザーはそのまま突っ込むことはせず、その場に留まって。
「デカイな。あれが戦艦竜か……」
 アズミ・ベノート(弱虫のバトルクライ・e12900)が、首飾りの狼牙を握り締める。
「……よしっ! 皆で無事に帰るんだ」
(「私の家族を葬ったのは……ドラゴンなのよ。それが何を意味するか……教えてあげるわ!」)
 その種に報復を誓うのは、フィオレンツィア・グアレンテ(混ぜるな危険・e00223)。
 個として報復に舞い戻ったのは、新条・あかり(点灯夫・e04291)。
(「前は……仲間を危険に晒しちゃった……もう、前回の轍は踏まないから」)
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は、固い意志を秘めた幼い恋人を見つめている。しかし、そのことは顔には出さず。
「みんな装備は大丈夫か? ライセンスを取るほどではないが、海には慣れている。わからないことがあったら、言ってくれ」
 今回は撤退の際の手段として、フィンやゴーグル、ロープにジャケット型の浮力調整装置まで用意した。永代・久遠(小さな先生・e04240)の手に握られているのは、なんと水中銃。それを見るのは、ランディ・ファーヴニル(酔龍・e01118)。
「そこまで用意したのか? ケルベロスの武器なら、リボルバー銃で十分だろ?」
「備えあれば憂いなし、ですよ。煙幕手榴弾も用意したかったんですけどねー……」
 さすがに、緊急出動に際して用意できるものは、一般人が入手できるものまでだ。
 準備完了を代表して宣言するのは、佐藤・弘樹(閃光の復讐者・e13754)。
「こちらも大丈夫だ。行くぞ……可能なら、日の出の前に沈める」
 灯台に気を取られていたガレオンが、気配に気付いて、振り返る。
「いくらなんでも無茶が過ぎる……とは、思うけど。来た以上は、全力でやらなくちゃね」
 加賀・マキナ(龍になった少女・e00837)がそう言って飛び込むのに合わせて、次々に夜の海へと入っていく。
 水中では、密漁者たちが浮きからおろしたライトが輝いて、海中を照らしている。
(「仕掛ける!」)
 互いが射程に入ったと認識し、弘樹が合図を送る。それに合わせ、久遠とあかりのライトニングウォールが前後の列に耐性を施し、マキナが遠距離からグラビティを放つ態勢を取る。
「砲撃戦なら負けないぜー! ぶっ放つ!」
 弘樹に応えて、水中呼吸でそう叫ぶのは、アズミ。
 水中に無数に飛び交うビームや爆撃の嵐に煩わしさを覚えたのか、ガレオンはコースを変えて浮上する。
 それを追うケルベロスたちに向けられるのは、横腹の副砲。フィオレンツィアが、身構えて。
「……副砲! 来るわ!」
 飛来した砲弾が、紫電と共に炸裂する。一撃では誰も落ちないが、その威力は、凄まじい。
 それでもケルベロスらは、徹底的に闘うつもりでいる。
 見据えるのは、主砲の一撃だ。

●激闘
 戦闘開始から、三分ほど。怒涛の攻めにも、ガレオンは余裕を以って対処をしている。
「……いらつくなあ、その態度。今回は、ダメージだって与えなきゃならないってのに」
 そう呟くのは、後衛から狙いを定めていたマキナ。その手元に呪文と共に呼び出されるのは、真紅の魔槍。
「この槍からは……逃がさない!」
 その顔面に向けて紅い閃光が放たれる。ガレオンの顔を弾き飛ばし、紅色が煌めいた。激痛の咆哮と共に流れ落ちるのは、槍と同じく真紅の鮮血。
「よし、入った!」
 クラッシャーの一撃にも匹敵する、良い当たりだ。普通なら、この一撃で闘いの流れは変わったはず。だが、敵はドラゴン。例え額を抉られてもすぐさま向き直り、憎悪を籠めてマキナをねめつける。
「……あ、れ? 怒った? ちょっと、やりすぎちゃったかな……」
 続けて響くのは、副砲の爆音。舌打ちをして身構えるマキナと後衛に、紫電が降り注ぐ。
「くっ……後衛が! お前の相手はこっちだよ!」
 アズミがその横腹にゼログラビトンを撃ち込む。合わせるようにバスタービームで追い打ちをかけながら、フィオレンツィアは舌打ちする。
(「……今回、有効打を与え得るのは、スナイパーだけ。私たちや、ディフェンダー二人より、マキナさんの方を煩わしく感じたのね。見ていなさい……! いずれあなたに破滅を刻むわ……!」)
 ガレオンは、脅威を見定めつつある。このままの闘いをただ続けるならば、恐らく主砲の標的はマキナになるだろう。
 だがダメージを受けながらも、あかりと久遠は自分たちを回復することなく、前衛、中衛の回復に入る。
 水の中、射撃を繰り返しながら、弘樹は思う。
(「主砲をディフェンダーが引き受けるなら……見切り効果で、後衛に連続攻撃するのは不可能。その間に、前衛を立て直す、か。女性を助けに行けないのは歯がゆいが……今、必要なのは、兵装を封じる一手!」)
 フィオレンツィア、アズミ、弘樹……三人の阻害攻撃が、その巨体にゆっくりと呪いを穿っていく。
 時が来たと判断し、ランディは身に結んだロープを陣内に預けると、脇を通り抜けるガレオンの横腹を跳躍。その背に着地する。
 ガレオンは、憎悪のこもった顔でぐるりと振り返った。
 口から吹き上がるのは、炎。それが、収縮して……。
「痛ェのは嫌いだが……知った顔が痛い目を見るのはもっと嫌なンでな……的はこっちだ、撃って来い!」
 そして、爆音が響く。
 主砲は、ぎりぎりで身をひねったランディの鼻先をかすめた。そのまま海を断ち割って、水柱を噴き上げる。
「避けた! ざまあみなさい!」
 フィオレンツィアが叫ぶ。付与し続けたプレッシャーが、効果を発揮したのだ。
(「ランディはぎりぎり避けた……恐らく、あの主砲の属性は理力。避けられたのは……支援が効いたのと、耐性防具のおかげ。だが恐らく……次は当たる、か」)
 弘樹の不安。それは、闘い続ける限り、いつか的中する。

 闘いは、続いた。
「庇え……! 俺にかまうな!」
 主人の指示に従い、最初に落ちたのは、陣内のサーヴァント。名もなき猫は、前衛に向かってきた斬翼からランディを庇って霧消する。
 回復は間に合わなくなりつつあり、前、中衛の崩壊は近い。
 ガレオンは、煩わしい敵対者どもに副砲を撃つべく、横腹を向け始めた。ケルベロスらの疲労度を鑑みれば、恐らくこの一撃で、流れは大きく動く。
 後方に響くのは、あかりの声。
「久遠先生……そろそろ限界だよ。次の攻撃は回復しないと誰も耐えられない。回復は……どこにしよう?」
 努めて冷静に戦況を見極める瞳が、指示を告げる。
「……ランディさんを回復しましょう。後、中衛の回復は、今からでは恐らく間に合いません」
 あかりの目に浮かぶのは、納得と反駁。
 当然だ。誰を癒すかを選ぶことは、誰を切り捨てるかを選ぶこと。
「命中は下げています。どの列に来ても、全員が一気に倒れるとは思いにくい。誰かは残る。でも、その次にまた列攻撃が来れば、合計で四人以上の戦闘不能者を出す公算が大きいです。それを避けるには……」
「主砲を誘発して、耐えるか、避けるかする……だね。それが出来るのは、一人だけ。うん……わかった」
 サークリットチェインが魔法陣を展開していく。
「強化弾、ロード! 頼みますよ……」
 久遠のエレキブースト。回復の射線は、前線の一人に集中する。
 副砲の紫電が迸る。命中したのは、中衛。上手く避けられたアズミを除いた二人が、その爆撃の前に力を失う。意識はあるが、戦闘を続けるのは難しいだろう。
「回収するよ! クルーザーまで下がる! 様子見の偵察で戦死するなんて駄目だからね……!」
「まだ、倒れるわけにはいかない! 弘樹は、俺が運ぶ! 迎えに戻るからね!」
 マキナとアズミが水中装備を捨てて翼を広げ、二人を回収してクルーザーへと向かう。
 撤退が、始まりつつある。

●主砲
 仲間の気配が、後ろに下がり始めた。やるべきことは、わかっている。
 視線を向け合うのはランディと、陣内。
「もう一度だ。俺が行く。背に飛び乗れば、また俺に撃ち込んで来るだろうよ」
「……すまない。当たったら、俺が必ず回収する。追撃は、決してさせない。身を挺してでも、守り抜いてみせる」
 サーヴァント使いの陣内は、体力においてランディに及ぶべくもない。魔術的な守護も彼に集中している。つまり、彼に代わることは出来ないのだ。
「俺の分も持って行ってくれ」
 陣内のマインドシールドを受け、彼の手を踏み台にランディは飛び上がった。海上に姿を現した巨竜の背に、着地する。
 またお前か。そんなに死にたいのか。
 ガレオンの瞳は、そう言わんばかりの激怒を放っている。口の中から炎があらわれ、熱が吸い込まれるように火球に収束する。
「個人の因縁を当てつけるつもりじゃねェが……俺の前じゃこれ以上、何一つくれてやるつもりはねェ! 来い!」
 轟音と共に主砲が放たれた。それは魔術的な守護を砕いて、腕の防御を弾き飛ばすと、爆炎と共に四散する。ランディの巨躯がくるくると舞い飛んで水に落ちる。甲高い耳鳴り。身に巻き付けていたロープは千切れ、音が消える。
 だが陣内が、その手を引いた。意識を失った体に再びロープを巻き付け、自分のジャケットのホックにすぐさま固定する。
「ここだ! 頼む!」
 クルーザーが、飛び込んでくる。操縦者は、アズミ。陣内が投げたロープを、マキナが受け取って。
「掴んだ! 撤収! 出して!」
「全く……! とんだ二年参りだよ!」
 あかりと久遠は、すでに同じようにクルーザーにロープを結び付けている。
 仲間を引きずったまま、クルーザーは飛び出した。ぐずぐずしている暇はない。
 水柱が吹きあがり、激怒の雄叫びが、後方に遠ざかっていく……。

 密漁者のクルーザーはいつの間にか沈んだようだ。戦闘海域を脱して灯台は照明を落としたため、後ろは暗い夜が広がるのみ。
 最後に引き上げられた陣内は、すぐさま運転席脇の長椅子に駆け寄る。
「容体は?」
 応えたのは、弘樹。
「まず、俺とフィオレンツィアさんは無事だ。ランディは、かなり重いが……メディック二人の見立てはどうだ?」
 メディック二人から集中治療を受けているランディの傷口は、深そうだ。あかりと目が合うと、彼女は真剣な目で、しかし頷いて見せた。
「タマちゃん、落ち着いて。重傷じゃないよ。かろうじてだけど。時間をかければ治せる。大丈夫」
 ざっくりと肩口を切り裂かれながらも、ランディは微かに目を開けて、親指を立てて見せる。
「……斬撃だ。理力を素に……抉りこむように切り裂き、周囲を焼灼しながら進む。受けたのが、俺で良かった。ディフェンダーでなけりゃ、確かに一撃で重傷だぜ」
「今は喋らないで。戦闘不能者の中で、一番負傷がひどいんですよ。火傷も負っているし。抗体弾、ロード! 我慢してくださいね」
 報告を聞いて、フィオレンツィアが思わず立ち上がる。
「つまり、理力、斬撃……遠単、炎付与。私たちのグラビティで言うなら、ブレイジングバーストと同じ性質ね? それがわかれば、対策が立てられるわ……!」
 遂に、ケルベロスらはその手にガレオンの情報の全てを掴んだ。彼女の望んだ破滅の前触れは、確かに呪いとしてあの戦艦竜に刻まれたのだ。それは、どんな阻害魔術よりも重い呪い。敵に渡った情報、という名の。
「よかった……重傷者が出なかったのはみんなのおかげだ。メディック二人はもちろん、敵のグラビティを中和し続けてくれた、三人のジャマーも。礼を言わせてくれ」
 彼自身もまた、ランディへの魔術防御に集中し続けたにも関わらず、陣内はそう礼を言った。
 しぶとく行い続けた魔術支援が、ついに主砲の一撃を重傷ぎりぎりのところで留め切ったのだ。
「情報ゲット! 戦闘不能は三人! 全部、計画通りだ! やったぜっ!」
 運転しながら、アズミが手を振り上げる。
「……ところで、もう一つの目的はどうなったか、気付いてる人いる?」
 船尾でため息を落とすのは、マキナ。
 あっ、とばかりに、全員のうちに素っ頓狂な空気が流れる。
 今回の闘いの主目標は主砲の情報を持ち帰ることと、もう一つ。全体力の三割ほどのダメージを与えることだ。
「スナイパーとして攻撃を担当したから言わせてもらうと……多分、三割までは削り切れてない。二割五分、ってところだと思う。それでも、死者が出たりするより、よかったけどね」
 ガレオン自身がわかっていたように、有効打を与え得る火力を持つのは、マキナのみ。これは、彼女がスナイパーであり、かつホーミング能力を持つ真紅の魔槍があったからこそ達成できたものだ。
 ダメージ量は目標まで到達はしなかったものの、守りの布陣としては、十二分。
 作戦は、成功を収めたのだ。

 夜の港にゆっくりとクルーザーが近づいていく。
 年は、明けた。
 治療に疲れ、膝の上で眠るあかりに煙が掛からぬように、陣内がそっと紫煙を吐く。煙草を携帯灰皿にしまい、彼は優しくその頭を撫でる。
 緩やかな時を過ごす二人の反対側。椅子の上で横になりながらため息を落とした男が一人。
「悪いが、今夜の事は、やまぶきの連中には黙っておいてくれ」
 そう言うのは、ランディ。言葉を受けるのは、久遠。
「……? 別に構いませんが……?」
 その語尾には、言外の「どうして」が込められている。
「連中のまえじゃ、まだ緩くていい加減なオッサンのままでいてぇのさ」
「なるほど。そういう事でしたら内緒にしておきますね?」
 桟橋に近づいて、クルーザーをロープでけん引しながら、アズミがため息を落とす。
「あけましておめでとーございます……って、言いたいけど。誰も、そういう雰囲気じゃないんだよね……」
「年末最後に無茶をして、仲間の喪中なので新年の祝いをご遠慮させていただきます、よりはいいんじゃない?」
 応えるのは、マキナ。
「次回が……決戦だな。奴は、追い詰められたはずだ。次は恐らく、最初から総力で来る」
 船の上で呟くのは、弘樹。ガレオンの残り体力は、恐らくは四割以下。緒戦の結果を鑑みれば、倒しきれないことはない。この闘いで、弘樹もあの戦艦竜とは、因縁が出来た。
 そのひとり言に、元々、竜に因縁を持っていた女が、脇から答えて。
「一切、出し惜しみなし、ね。いいじゃない。互いに全力で、燃やし尽くすように闘えるなら」
 また再び奴と会えるかはわからない。それでも、その闘いを思い描き、フィオレンツィアは海を睨む。
 やがて再び、ガレオンは戻ってくるだろう。この真鶴の海に。そしてその時、ケルベロスもまた、ここに舞い戻る。
 決戦の時は、やがて、やって来る。
 そして物語は、第三陣に引き継がれる……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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