甘い夜を

作者:絲上ゆいこ

●しあわせなじかん
 師走の末日。後数時間で今年も終える。
 クリスマスの日に告白をされて、二度目のデート。
 立派なホテルのスイートルームに招待をされて、その上一緒に年越しをしようだなんて!
「ああ、今にも口から心臓が飛び出てしまいそう!」
 頬を抑えて、今にも緩みそうな表情を抑える。彼はこの部屋で待っていると言っていた。
 渡されたカードキーを鍵に通すと、無機質な電子音を立てて鍵が開く。
「お待たせ、しちゃったかな……?」
 彼は彼女が部屋に入ってきたことに気づいてはいない様子だが、リビングにいるようだ。
「……お仕事でお疲れなのかな?」
 驚かせようと、悪戯心が疼く。忍び足でソファの後ろへと迫る。
「きゃッ!?」
 ソファで眠る彼は、巨大な昆虫に捕らわれていた。
 
●I want Karepippi
「ローカストがカップルを襲うなんて、絶対に止めなければいけません!」
 狗衣宮・鈴狐(桜華爛舞・e03030)は、ヘリオライダーが告げた予知に思わず拳を握りしめ、左手首の鈴をリンと鳴らした。
 このローカストは、グラビティチェイン略奪の為に地球へと送り込まれた、会話もできない程知性の低いタイプである。しかし、知性が低い分戦闘能力に優れているそうだ。
「年末のホテルのスイートスーム……、一番立派なお部屋で事件は起こるそうです。立派な部屋だけあって、戦闘の邪魔になる程狭くは無いみたいですよー」
 一泊のお値段を見て、鈴狐はヒャッと声をあげた。
「か、彼氏さん頑張ってお金を稼いだんですね……」
 元々、二人の為だけに借りられた部屋であり、ヘリオライダーがホテルには連絡はしておいてくれるようで、人払いは必要は無い。
「敵は巨大な蝿人間の姿をしています、えっと、防御に優れていてジワジワと攻撃をするタイプみたいです」
 彼女はすぐに襲われる事も無く、彼氏も戦闘が始まれば、戦闘に集中するために直ぐに開放されるだろう。
「ローカストはグラビティ・チェインの吸収速度が遅い為、彼氏さんが死んでしまうような事は無いとは思いますが……、人の恋路を邪魔する悪い奴はケルベロスの足で蹴ってしまいましょう」
 鈴狐は頑張りましょう、とケルベロスたちを見回すとぺこりと頭を下げた。


参加者
狗衣宮・鈴狐(桜華爛舞・e03030)
小鳥田・古都子(ことこと・e05779)
海東・雫(疫病神に憑かれた人形の復讐者・e10591)
アルセ・レヴォネ(宗教法人林檎会教祖・e15585)
津上・晶(錆びついた刃・e15908)
ファルシア・フェムト(精神年齢十八歳・e19903)
ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)
ステラ・ラプストラテスラ(スリジエ・e20304)

■リプレイ

●スイートルームと蝿人間
 師走の末日、ホテルの最上階スイートルーム。
「ひぃ……っ、お部屋の……内装からして……彼氏さん、頑張っただろうに……」
 驚きの声をあげたアルセ・レヴォネ(宗教法人林檎会教祖・e15585)は、三つ編みを跳ねさせて。その部屋に足を踏み入れる事を一瞬躊躇してしまった。
 いかにもお値段が張っていそうな、落ち着いた調度。窓の外では星空を詰め込んだ宝石箱をひっくり返したような光が、幾重にも重なる建物を飾り立てて、街並みをイルミネーションのように輝かせている。
 ――こんなに高いお部屋に泊まれるくらい。彼女の為に頑張ったのに……、この仕打ちは……あんまりだよね。助ける……絶対……助けるよ……!
 アルセが気持ちを強く持ち直しているその間に、その横を縫って部屋へと足を踏み入れたジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)。
 獣の耳をアンテナのようにぴんと立て、その金色の瞳が巨大な蝿を認めた瞬間に、束ねた妖精弓を引いた。
 狙う視線の先は、3対の脚でしっかりと男性を抱えた巨大な蝿。――ローカスト。
 その背に漆黒の巨大な矢が叩きつけられ、どこか無機質な動きで頭を擡げた蝿の巨大な複眼が、ジャニルに向けられた。
 威嚇するように羽根をビビビと揺り動かすローカスト。
「年末年始ぐらいは、ぬくい寝床でごろりとしたいものだが……。名も顔も知らない男女のいちゃこらに、顔を出すとは物好きな虫だな」
「全くですよ。無粋な虫ですね。どこから入りこんだのやら……」
 津上・晶(錆びついた刃・e15908)が、皆を庇えるように虫へと距離を詰めながら同意を示し。左手に携えたゾディアックソードで、仲間たちを守護する獅子の星光を描く。
「窓は開きそうに無いですけれどね。……ローカストと実際に対峙するのは初めてですが、何処からでも現れるとは聞いています」
 白を纏ったレプリカント。海東・雫(疫病神に憑かれた人形の復讐者・e10591)がローカストを一瞥する。
「さて、気を引き締めていきましょうか」
 彼は敵を引き付けるが為に、エメラルド・キャノンをわざと駆動させて、音を響かせながらコアブラスターを一息に放った。
 エネルギー光線を浴び、完全にケルベロスたちを敵と認めたローカストが、男性を投げ捨てギチギチと軋んだ音を立てる。
「鈴狐さん、アルセさん、ライド。お願いします!」
 雫が声をかけると、放り投げられた男性が床を転がる前にライドキャリバーのライドが煙を吐いた。
「はいっ! 行きます!」
 凛と鈴の音を響かせて一気に跳ねると、男性を受け止める狗衣宮・鈴狐(桜華爛舞・e03030)。
 アルセもその後を追って駆ける。
 一気に近寄ってきたケルベロスたちに、威嚇音を高めるローカスト。感情の読めない頭を傾げ、触角を揺り動かすと音をたててローカストが頭を揺する。
 事前情報にもあった石化攻撃だ。
「させません…っ! アルセさんっ!」
 攻撃を放たれる瞬間に、アルセに男性を押し付ける鈴狐は、攻撃に自ら身を晒して二人を庇う。
「……鈴狐さん……っ!」
 鈴狐を気にかけながらも、その気持ちを無下にする訳には行かない。
 ライドへと男性を載せて、入り口へと駆けるアルセ。
 駆けながら己の身に宿らせた御業を膨らせると、鈴狐を包み込み癒やす。
 癒やされた鈴狐は、痺れるような痛みと共に石のように重く感じる体を引きずり。それでも懸命に男性を護衛すべく後を追う。
 その姿に、ローカストが思わず後ろを追おうとした瞬間。虫の足を貫く一撃が奔る。
「君の敵はこっちだよ、他所見はやめてくれるかな。……全く。デウスエクスという連中は、基本的に無粋な奴らみたいだね?」
 ウィルスカプセルを射出したファルシア・フェムト(精神年齢十八歳・e19903)が猫のように瞳を細めて、眉根を寄せた。
「君が早く楽になれるように、お手伝いをしてあげるね」
 揺れるアネモネの花、深い色をした白髪。その深い皺は彼の刻んだ年数を感じさせる。
 小鳥田・古都子(ことこと・e05779)が、スターサンクチュアリの星を纏ったゾディアックソードを携え、ウンウンと頷く。
「折角頑張った彼氏さんが気の毒だと思わないのかなー?」
「そうだよっ! こんな綺麗な夜景なのに! 彼氏さんは頑張ったのに! それを台無しにするなんてひどい!」
 紫電を纏い、壁を生み出したステラ・ラプストラテスラ(スリジエ・e20304)がローカストを非難すると、彼女の横を飛んでいた翼の生えた長毛猫のリシアリジスが同意するようににぁ! と鳴いた。
 ファルシアがチェーンソー剣を構えなおし、ローカストを見据える。
「さて、そんなひどいローカストは私たちできっちり叩きのめして、良い年を迎えたいものだよね」
「お仕置きだよっ!」
 桜色の巻き毛を揺らしたステラが、同じくチェーンソー剣をびしりと構えた。

●恋人たち
 ホテルの廊下ロビーへと彼を下ろすと、先にケルベロスたちに避難を促されていた彼女が泣きながら彼へと駆け寄った。
「災難だったね……でも……、このカタは……キッチリつけるからね…!」
「せっかくのいいムードを台無しにしたローカストは、絶対許しません。……ここで待っていて下さい」
 恋人達の再開を見守り、頷き合う鈴狐とアルセ。
 ぶるん、とエンジン音をライドが響かせると、彼女たちは決意を固め、再び戦場へと駆け戻る。
 共鳴するゾディアックソードと日本刀。
「――響け、双刃よ!」
 気合の一喝と共に踏み込み、生まれた波動をローカストへと撃ちこむ晶。
 隙を逃さず、一気に駆けたのはジャニルだ。
「しっかし、デウスエクスもこういった時ぐらいは休みをくれないものなのか?」
 軽口を嘯き、青き地獄の炎を纏った弓を叩きつける。
 紙一重で避けたローカストが前脚でジャニルを薙ぎ、羽根をビビビビと震わせて催眠へと誘う耳障りな音を響かせた。
 駆け飛び跳ねたステラが、音波から彼を庇う為にジャニルを押し倒し、その両手でジャニルの獣耳をぺったりと倒して塞ぐ。
「大丈夫ですか!?」
 音波を近くで受けてガンガンする頭を軽く揺すってステラは尋ねる。その頭に、ポンと掌を乗せてジャニルは笑んだ。
「ああ、あんたのおかげで無事だ。ありがとう」
 その言葉ににいーっと笑みを浮かべ、自らに癒しを施すステラ。リシアリジスが泰然と翼をはためかせて彼らを癒やす。
 その背後から、重ねるようにオーロラが彼らを包み込んだ。
 二人が振り向くと、その横を縛霊手から生み出された巨大な光弾が奔り、体勢を立て直したローカストを床へと叩きつけた。
「……ただいま……」
「戻りましたっ!」
 避難より戻った鈴狐とアルセを載せたまま。
 エンジン音を響かせて、勢いを殺す事なく入り口から駆けるライドが、倒れたローカストへとそのまま炎の突撃をぶちかました。
「わー、豪快なお帰りだね、おかえりなさい」
 床を蹴りあげて体勢を立てなおそうとしたローカストの目の前には、既に古都子が迫っている。
「はあ……ッ! ……此処!」
 体幹部の中心を撃ちぬく、地味ながら正確で強烈な一撃。
 一子相伝の古流戦場武術、小鳥田流の基本にして極意。――崩礫。
 ローカストがソファごと派手な音をたてて倒れ、勢いで壊れた家具を見下ろす古都子。
「……、後で謝らないとね」
 人命救助には部屋や器物の犠牲がつきものなのだ。

●続く戦い
 響く剣戟は幾度重ねられただろうか。戦闘能力が高いと告げられていた通り、固い守りに豊富な体力。
 床を蹴って踏み込む脚は、床をまるで発泡スチロールのように易易と抉ってみせる。
 石化を纏った粉を撒き散らしながら、爆ぜんばかりの勢いでローカストが雫へと迫った。
「ぐっ!」
 雫を庇い間に割り込んだ晶が、得物を構えてガードをする。しかし、虫の足はそのガードごと無理矢理引き剥がして弾く。
 腕を刳る痛みを、奥歯を噛みしめて堪える晶に飛びついて、ローカストは彼をそのまま組み伏せる。
 形見のナイフを構え直した雫。体ごとぶちあたる勢いで刃を翻すと、その両の瞳を閉じて頭を垂れる。
「っ、なかなか、……しつこいみたいですねっ! ……A-003。貴方の技、使わせてもらいます!」
 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。
 両手に構えた刃を、音速迫るほどの勢いで幾度も重ねる雫のラッシュ。晶を組み伏せたローカストを、引き剥がさんと斬りつける。
 たまらず後退したローカストへ、すかさず間合いを詰める晶。
「やられてばかりじゃ、格好が付きませんからね。さらに守りを切り崩させて頂きます。――雷の如く!」
 雷の霊力を帯びた一撃、神速の突きがローカストを貫く。ファルシアが生み出した弾丸がそれに重なり、表情のないローカストが羽根をびたびたと跳ねさせた。
「長く痛い目にあうのって、嫌でしょ。そろそろ、氷がきいてきたんじゃないかな?」
 ファルシアの言葉通り。攻撃をされれば発動する氷を受け続け、多人数を相手取るローカストにはダメージが蓄積してきていた。
 だからと言って、戦いを止める理由を理解できる程、彼は知能が高くはなかった。
 なお猛るローカストと時計を見やり、拳を握りしめたジャニル。
「今年最後の小遣い稼ぎか。 ……お年玉なら貰ってやりたい所なんだが、どうせないだろう……?」
 踏み込み、振りかぶる音速を超える拳。叩きつけられたローカストの凍った羽根は破裂するように、崩れ落ちた。
「金を持たないお客様はそろそろお帰り願おうか!」
「そうだよっ! もうこれ以上ステキなお部屋を壊すのは許さないんだからねっ!」
 ステラが振るうライトニングロッドから奔る紫電がローカストを包み、その動きを鈍らせる。
「これで、おしまいっ!」
 古都子の構えたバスターライフルから吐き出された光線に、頭を貫かれびくんと体を震わせたローカスト。
 膝から崩れ落ちるように地に落ち、そのまま動かなくなった途端。
 その体は爆ぜ、空気に溶けるように消えた。

●夜空に沈む街並み
 気をつけて戦った者もいたが、結局荒れてしまった部屋をヒールするケルベロスたち。
「いやあ、なかなか大変な大掃除だったねぇ」
「お、思ったよりファンシーになっちゃったけれど……、大切なお部屋これで大丈夫かな?」
「きっと大丈夫だよ、きっとね」
 可愛くなりすぎてはいないかと、慌てるステラにファルシアが朗らかに笑いかける。
 ジャニルはそんな二人を見つめながら、
「……、あれ、本当は形が変わっちゃうから、ちゃんと業者にやって貰う方が良かったのかな?」
 と、古都子が首を傾げていた事を思い返していた。
 金にならなそうな上に面倒そうな話だった為に、聞かなかった事にしたが。
 なかなかこれはこれで趣深いものが在るだろう。ウン。ウン。
「……空き部屋があるなら、ここに部屋でも取って、ゆるりと過ごすか。暖房の効いたスイートルームで、優雅なディナーでもかじりながら」
「おや、それならば料理はお任せ下さい。是非腕をふるわせてていただきますよ」
「ディナー! 料理! おかしもあるかなあ! リシア、ごちそうだよ!」
 雫が申し出ると、耳聡くききつけたステラが駆け寄る。
「もちろん、ステラさんがお好きなスイーツを作りましょう」
 ぴょんぴょん跳ねてばんざいをするステラ。リシアリジスがやれやれといった様子でステラの肩へと降り立った。
 その様子をみて晶が笑う。
 平和な光景は、見ていて幸せになるものである。
 窓から見下ろす街は更に輝きを増していた。
 とっぷりと暮れてしまった夜。鈴狐はほう、と溜息をつきながら窓を眺める。
「綺麗な夜景だな……、この景色を見ながら年越しかー……」
 気がついたようにアルセが歩み寄り、剥いた林檎を差し出す。
「……おつかれ、さま……鈴狐さん……」
 ありがとう、と微笑む鈴狐の横に座り同じく窓の下を見下ろすアルセ。
「……えらい目にあって……、かわいそうなカップルだったけど……、林檎みたいに、……ちょっとすっぱくて……、甘い……愛を……育んでほしいな……」
「えっと『吊り橋効果』だっけ? これを切っ掛けにもっと仲良くなれるかもしれないし、……かわいそうなだけじゃないかもしれないよ?」
 古都子が二人の間に割って入ると、にぃっと笑った。
「そうだね、幸せになってほしいな……」
 3人の少女は、見下ろす街並みに二人の幸せを祈る。
 この夜が開ければ、もう明日は新しい年だ。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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