暗き水底より現れる者は、黒き鋼の竜

■リプレイ

●相模湾を進むケルベロス
　クルーザーは戦艦竜の出現が予想されている場所を目指して走っていた。
「黒い戦艦竜、か……。城ヶ島で黒鋼の雷竜ってのを倒したが……何かの因縁かねぇ……」
　レイ・ジョーカー（魔弾魔狼・e05510）は水平線の彼方に目をやる。
　銀の瞳にはまだ平穏な海だけが映る。
「帰りは海保の船に乗せてもらえるんだよね、イーさん？」
　ヨエル・ラトヴァラ（白の極光・e15162）に声をかけられて、イングヴァル・ヴィクセル（鎧装機兵・e15811）は無表情に顔を向けた。
「巡視船がパトロールしている航路まで行けば」
　クルーザーが壊された時に備えて、海上自衛隊や海上保安庁の船を待機させてもらえないかと要望したが、残念ながら難しかった。
　戦艦竜の数は多く、逐次対応する余裕はないという。
　とはいえ、洋上パトロール中の巡視船まで来てくれれば、港まで送るのはやぶさかではないそうだ。
「まあ、いざとなれば泳いだって帰れますからね」
　所詮は湾内。ケルベロスなら子供でも泳いで帰ることができる。
　だが、強敵との戦いで疲労し、戦闘不能の仲間を担いで、冬の冷たい海を泳ぎたい者はいないだろう。
　もっとも水中戦に備え、半分以上のメンバーは寒空の下で水着を着ていた。
　ふと呟いたのは、ノーザンライト・ゴーストセイン（のら魔女・e05320）だった。
「……スク水、わたし、だけ？」
　とんがり帽子をかぶった魔女は、胸に『のら』というワッペンをつけたスクール水着を身に着けていた。
「そりゃ、スクール水着って歳でもないしな」
　八神・楓（烈火のガッ・e10139）が言った。
「俺のだって元は学校用のだぜ。戦闘用に強化してあるけどな！」
　神白・煉（死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023）が胸を張る。
「姉ちゃんはなんで水着にしなかったんだ？」
　弟に話を振られ、神白・鈴（天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623）は顔を赤らめた。
「だって……レンちゃん以外にも男の人がたくさんいて、恥ずかしいじゃないですか」
　だから、来る直前に急いで水中呼吸可能な羽衣を調達したのだ。
　会話する間にもクルーザーは進んでいく。
「そろそろだぜ。戦艦竜……『亀山』がいるのはこの辺のはずだ」
　灰座・次遠（カイザージオン・e00412）が言った。
　亀山というのは敵の呼び名がなかったのでとりあえずつけた名だ。
「……なあ、正直ださくねぇか……？」
　煉が言った。
「姉ちゃんの案みてぇな黒鉄とかのが気合入んだけどな」
「そんな強そうな名前つけたら、戦うのが怖いだろうが」
　悪そうに口の端を上げる。
「なんでカッコいい顔しながら情けないこと言ってんだよ……」
　煉があきれ声を出した。
「名前はともかく、そろそろクルーザーを止めたほうがいいのではないでしょうか」
　操縦しているノーザンライトにヨエルが声をかけた。
「えっ……？」
　振り向いた魔女は、なぜそんなことをするのかと、疑問に思っている風だった。
　あまり乗る機会のないクルーザーの操縦が楽しかったのかもしれない。
「壊されずにすむなら、それにこしたことはないだろ？」
　さらレイにも言われてゆっくりと減速し始めるが、時すでに遅し。
　完全に停止する前に水柱が天空を貫き、クルーザーを木っ端微塵に破壊していた。

●亀山さんの猛攻
　クルーザーから飛び降りたケルベロスたちは戦艦竜を囲んでいた。
「以前起きたてのドラゴンと戦った事があるがアレも相当ヤバいと思ったがこいつぁ比べもんにならねえヤバさだな。ビリビリ威圧的な気を放ってきやがって息苦しいくれえだぜ」
　次遠が身震いをしてみせる。
「別に倒してしまっても構わないん、でしょ？」
　ノーザンライトが構えた弓の硬い弦が、機械で巻き上げられていく。
　戦艦竜・亀山が水中に巨体を沈める。
　ケルベロスたちも海中に潜った。
　煉は黒光りする巨体が暗い水の底へ向かっていくのを見据える。
　敵は竜と魚と鳥の合いの子のような姿をしていた。
（「ドラゴンの奴らとやり合うのはこれが初めてだな」）
　城ヶ島の作戦において、ケルベロス２人の命を奪ったドラゴン勢力。
　目の前にいるのはその一員だ。
　細長い尻尾が５つに分かれた。複雑にねじれた尻尾の先端は正五角形を描いている。
　猛然と回転を始める。
　あたかもスクリューのように水を押し出し、巨体が加速。
　一瞬距離を取った後、ドラゴンは突進して煉を含むケルベロスたちをなぎ倒していた。
　体と防具が引き裂かれる。回転した体から渦を描いて血が流れた。
　厳しい攻撃だ。前衛全員を巻き込んでいるのに、間違いなくケルベロスの単体攻撃より威力が高い。
　とはいえ、イングヴァルは避けたようだ。それに、楓はレイのライドキャリバー、ファントムにかばわれている。
「相手にとって不足はねぇ。鍛え上げた俺の技がどこまで通じんのか……勝負だ！」
　態勢を立て直した煉は、喰らった魂を宿して体に禍々しい呪紋を浮かべる。
　背後で派手な爆音が響いた。ヨエルの光線とレイの拳銃弾が鋼の鱗を叩く。
　イングヴァルのガトリングや楓の呼び出す緑の粘液が間近から攻撃を加えているのも見える。
　煉も敵に接近した。
「でかけりゃ強いってもんじゃねえんだよ！　これが親父から受け継いだ、俺の牙だっ！」
　拳を包む篭手を、炎の闘気がさらに包み込み、蒼き狼を形作る。
　一直線に駆け抜け、叩き付けた拳に……硬い感触が伝わってきた。
「ちくしょう、なんて頑丈な鱗だ」
　次なる敵の攻撃の前に、氷花の盾が煉を守るように出現した。
　姉の技だ。
　聞こえないと知りつつ礼を述べ、煉はさらなる攻撃を仕掛けにいく。
　ドラゴンが短い翼を広げる。
　隠されていた無数の砲口が姿を見せた。
　高速で放たれる砲弾が再び前衛に襲いかかる。
　ファントムが楓を、イングヴァルのテレビウム、スキルニルが主をかばった。煉は上方へと水をかきわけて回避する。
　イングヴァルが今度はレーザーを放った。
　次遠はノーザンライトに近づいた。
「弱点はわかりそうか？」
　ジェスチャーを交えて問う。
　返答は、両手で作った大きな×。
「なにかわかったら頼むぜ。俺はあいつを少しでも止めてくる」
　ルーンアックスを構え、水をかき分ける。
「倒しきれねえのは癪だが爪跡残してやんぜ！　オレがロックスターの次遠だ。覚えとけ亀山ァ！」
　叩きつけるルーンアックスの刃。
　そして、浅くだが、次遠は自らのサインと同じ形に戦艦竜の装甲を刻んだ。
　頑丈だが、だからこそ少しでも防御を崩さねばならない。情報収集を仲間に任せ、次遠はそれに集中する。
　再び行われた高速の突撃が前衛たちを薙ぎ倒す。
　今度は回避できなかったイングヴァルを、煉がかばう。
　イングヴァルは表情で謝意を表そうとしたが、うまくいかなかった。
　煉がなにか毒づいた。表情を変えないことへの不満ではなく、背がどうとか言っているようだ。
　冷静に周囲を見回すと、スキルニルとファントムが動かなくなっていた。
　サーヴァントの体力ではもたないほど戦艦竜の攻撃力は高いのだ。
　突撃から減速した亀山の背にエアシューズで着地。そのまま加速する。
　鱗との摩擦で、水中に炎が巻き起こり、焼き焦がす。
（「攻撃は３回仕掛けて、３回とも命中した」）
　距離をとりつつ、これまでの攻撃を思い返す。
（「だが、最初のガトリングは一番当たりにくく見えた。逆に当たりやすいのは２番目のレーザーだな」）
　とはいえ劇的に当たりやすい・当たりにくいというほどのものではない。
　弱点ではなく得手不得手。
（「それでも当たりやすい攻撃を選ぶにこしたことはない。問題は威力だな。レーザーでは弱すぎる……」）
　考えながらも、イングヴァルは次の攻撃に備えた。
　戦艦竜が、口を開けた。
　大砲が喉の奥から伸びてくる。
「そんなとこに隠してやがったのかよ」
　レイは二丁の魔銃を構え直した。
　彼は大砲を狙おうとしていたが、今まで見せていなかったのだ。
　大砲が火を吹く。
　いや光を放ったというべきか。闇のように黒い光は、一直線に煉を飲み込んだ。
　光が過ぎ去った後、少年の体が力なく波間に揺れていた。
「やりやがったな……デカけりゃ良いってもんじゃねぇんだよ！　俺の魔弾とテメェの大砲、どっちが上か勝負だ！」
　ファントムがやられた分も返さなければならない。
　足につけたフィンでバランスを取り、大砲に狙いをつける。
「確実に仕留めるッ……撃ち貫け！　ブリューナク！！！」
　魔銃から放ったエネルギー弾は海水を切り裂き５つに分裂。それぞれ別の方向から口の中へと飛び込む。
　これまでなにを食らっても平然としていた戦艦竜が、初めて身じろぎした。
「効いてる……のか？」
　レイは再度大砲に狙いをつけようとしたが、戦艦竜はすでにその口を閉じていた。

●撤退
　鈴は煉に向かって泳いでいた。
　と、弟がわずかに体を動かしたのがわかった。だが、もう戦闘ができる状態ではない。
　煉のところへたどり着く前に、鈴は方向転換を余儀なくされた。亀山の速射砲が、今度は彼女たち後衛を狙っているのに気づいたからだ。
（「ごめんね、少しだけ待っててください、レンちゃん」）
　速射砲弾が鈴の体に突き刺さる。
「空間に咲く氷の花盾……皆を守ってっ！」
　痛みをこらえて、鈴は３人と１匹の周囲に時を凍結させる空間を作り出した。
　だが、鈴はそこで、厄介なことに気づいた。速射砲には、回復を阻害する効果があるらしい。
　打ち消すのは可能だが……それでも一度は阻害される。
　速射砲を後衛に、突撃を前衛に、亀山は織り交ぜて攻撃してくる。
　阻害されても、前衛後衛とも回復しないわけにはいかない。ボクスドラゴンのリュガによるフォローが頼りだった。
　数度速射砲を後衛に放った後、戦艦竜は再び口を開いた。
　砲口を向けられた鈴は狙いを外そうとするが、かわしきれない
　氷花の盾を貫いて光が過ぎ去る。
（「まだ……動ける？」）
　全身に痛みを感じながら、鈴はまだ自分が限界を迎えていないことに気づいた。
（「そうですか……レンちゃんと違う相性の防具を用意した意味……ありましたね」）
　守りを固めていた煉が耐えられなかった攻撃に、自分が耐えられた理由があるとすれば、防具の差だ。
　鈴の防具は魔法への耐性がある。
　異なる相性の防具を着てきた姉弟の工夫が功を奏した。
（「でも……耐性があってもこの威力ですか。二度は耐えられませんね……」）
　リュガが青い炎のブレスで癒やしてくれる。楓が雪だるまの精霊を出現させ、次遠は派手な爆発を起こして回復に加わった。
　速射砲なら１、２回は耐えられそうだ。主砲を撃たれれば無理だろうが。
「戦艦竜……仲間の命を奪ったドラゴンの残党……。……使命に殉じた彼らの遺志を無駄にしないためにもこの初戦で能力を見極めないと……」
　残った時間を少しでも情報収集に使うため、鈴も癒やしの技を振るう。
　ヨエルはその間も敵を観察していた。
　速射砲は鈴だけを狙っていたわけではない。彼やレイも、ずいぶんと傷ついている。
　口を閉じた戦艦竜は再び小さな翼を広げた。
「大砲でなく、弾をばらまいて倒すつもりですね」
　切り札をこれ以上使わなくとも鈴は倒しきれると判断したのだろう。それと共に、次の獲物にも攻撃を加えておくといったところか。
　範囲攻撃でさえ強力な戦艦竜ならばこそできる戦い方だ。
　ヨエルは物質の時間を凍結する弾丸をライフルから放った。鋼の鱗に氷が張り付く。
（「弱点はやはり、なさそうですね」）
　イングヴァルや煉、ノーザンライトも攻撃を使い分けて試していたが、誰の攻撃も明確な大ダメージは与えていないようだ。
（「反応があったのは、レイさんが大砲を撃ったときだけですか」）
　戦艦竜の切り札は、同時に弱点でもあるのかもしれない。
　レイも回復役に回ったが、ほどなく鈴も倒れた。
　ノーザンライトは、次遠のほうを確かめなかった。
　確かめるまでもない。亀山は彼女と次遠には一度も攻撃してきていないのだから。
　矢の先端に指を押し付けて、血を流す。
「相手をしてあげる。どちらかの血が枯れ尽きる、その瞬間まで」
　海流に乗って血の筋が細長く伸びていく。
　魔女が指先を動かすと、伸びた赤い糸がうごめく。
　亀山の巨体にノーザンライトの血が突き刺さる。体内に飛び込んだ糸は竜の内部組織に絡みつき、溶け込んでいく。
　向けられた目を見返しながら、ノーザンライトは水底へ沈んでいく。
　竜の尾がスクリューに変わる。
　水底の石を蹴って、突撃を開始した敵の進路上からノーザンライトは避ける。
　主砲はともかく、他は誰か彼かかわしていることが多い。当てやすく避けやすい間合いを保って戦う彼女なら、低くない確率で回避できる。
（「……もうしばらく戦えそう」）
　次遠が吹き飛ばされて錐揉みするのを横目に、彼女は心の中で呟いた。
　しばし後、２度にわたって主砲が海水を切り裂き、３人目の犠牲者が出た。
「なんで俺のほうを狙ってるっすかー！？」
　次遠の叫びは海の水に阻まれて誰にも届かなかった。
　楓は３人目が倒れた時点で、すぐ敵の体を蹴って撤退を開始する。
　他のケルベロスたちも追撃を警戒しつつ徹底し始めた。
（「ここで無理しても意味ないからね」）
『Hielo・Alma』と銘打たれた魔導書を閉じる。
　緑色の粘液は、果たして竜にいかなるトラウマを見せ続けていたのだろうか。
　浮いていた鈴と煉を抱えて戦艦竜から離れる。
　次遠もヨエルが支えていた。
（「大砲なら口を開ける、速射砲は翼を開く、突撃ならスクリューを広げる。わかりやすいね」）
　それも含めて命中率や回避率に劣るといったところか。
（「鈴が大砲に耐えたときと、ノーザンライトが回避したとき、翼をばたつかせてたのは、役に立つかねえ」）
　楓には亀山が苛立っているように見えた。
　報告するだけしておこうと決めて、楓は海上へと向かう。

●再び戦うために
　海上に出たケルベロスたちを戦艦竜は追ってこなかった。
　鈴が防御力を高めていたおかげで、倒れた者の中にも重傷者はいない。
「ちくしょう、倒れた仲間の分も叩き込んでやるつもりだったのに、情けねぇ」
　楓に抱えられた煉が呟く。
「いや、守ってくれて助かった」
　イングヴァルが言い、そのまま片目をつぶる。
　巡視船が予定通りの海域にいることを確かめて、ケルベロスたちは移動する。
「船についたら、それぞれ観察したことを書き出しましょう」
　ヨエルの言葉に皆がうなづく。
「寒さには慣れてますけど、長時間の寒中水泳は流石に堪えますね……」
　次いで呟いた言葉に、皆はさらに深く頷いた。
　だが、この冷たい海の中でまだ敵は生きているのだ。おそらく削れた体力は２割強といったところか。
　今回の情報があれば、次に行く者たちはもっとうまくやるだろう。
　ケルベロスたちは負傷者を抱えて泳ぎ始めた。

作者：青葉桂都	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年1月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 4
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。