羊去る

作者:雨屋鳥


 夜明け前であるというのに、周囲は騒がしい。
 このお正月は、屋台を組んでいる彼らにとっては年一番と言ってもいい勝負時であるのだ。そして、明日は一月二日、一日の混雑を避けた人たちによって混雑の起きる、書き入れ時である。
 寒さも吹き飛ばすような活気に満ちる屋台道。そこから石段を上ったその活気を見下ろす山中のお寺は、そこに反してひっそりと静まり切っていた。
 神社と並び立っている為か、石段も、広場も随分と大きい。それでも、黒蟻の群れのように、人でごった返すのが例年の事であるし、昨日は初日の出を見た人々で溢れかえっていたのだが。
 しかし、今はひっそりと、静まり返っていた。
 そこに、宵闇からにじみ出るように、二つの巨体が姿を現した。
 小判状の広い体に紅く光を照り返す鱗。背びれは鋭くとがり、中空で身をくねらせ泳いでいる。
 赤い鱗の反射と青白い発光が薄気味悪く夜に浮かぶ。
 真鯛の姿に似通った巨大魚が二体、円を描く様に回遊し始めると、青白い光の残滓が中空に刻まれる。
 複雑な文様を重ね合わせた怪光が闇に溶けるように消えたそこには、全身に柔かな毛を蓄えた羊のウェアライダーが佇んでいた。
 3メートルにも届かんばかりの巨体、巻いた角は力強く、前屈みに構えたその両手それぞれには光を放つ斧がある。
「ゴァアアアア!!」
 大気を震わせる咆哮が響き渡った。
 メエエ、と聞こえるはずのそれも、空気を圧し潰すように放たれたからか、その狂暴さを体現していた。
 死神の手中に収まり、理性を失った羊のウェアライダーは、参道を突っ切ると、賑わう山下へと飛び出した。


「大変です! こんな時に忙しないですが、死神が現れる事件を予知されました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が笹の葉模様の半纏を羽織って、お休み気分だったのに、と口を尖らせながら告げる。
「この正月、何かあるやも、と調査を頼んだのじゃ」
 少し拗ねたねむに、まさか本当に起きるとは、と芳賀沼・我奴間(探求者・e04330)は宥める。
 あちら側は正月なんて無いでしょうから、と納得したねむは気を取り直したように笑った。
「お寺と神社の参道広場に、召喚されるのは羊のウェアライダーさんです。両手に斧を持って、それを使って攻撃してくるみたいです」
 その姿からは理性が全く感じられない。と、ねむは続ける。
「報告にも上がっとる、死神の変異強化という奴じゃろうな」
 ねむの報告に得心がいったと我奴間が頷く。
「はい、恐らく強化しグラビティを蓄えたウェアライダーさんを、自分の戦力にしようとしてるんだと思います」
「人々の虐殺によってグラビティを蓄える、と言う事じゃな」
「そうです、だからそれを行う前に、もう一度ウェアライダーさんを送り返して上げられれば死神の企みも阻止できます!
 ただ、その場にいる死神も戦闘に加わってくるはずです。ウェアライダーさんを守ったりするんだと思います」
 死神において気を付けるべきは、噛み付きと怨念の弾丸。
「あと、自身の回復も合わせて行うんだと思います」
「ふむ、ウェアライダーについては不明じゃろうか?」
 我奴間の問いに、ねむは、はい、と少し落ち込む様に言う。
「斧による攻撃、ウェアライダーさんの攻撃が予想は出来ますが」
「いや、それだけ分かれば対策は十分に取れよう」
 我奴間の短い感謝に少し上気したねむは、他のケルベロスに向き直る。
「死んでしまった人を無理やり呼び起こして、自分の言い様にするなんて許せないです。みんな、頑張ってください!」
 ねむは元気を分け与えるような溌剌とした声でそう言った。


参加者
葛影・惺悟(運命なき子供・e01326)
吉備津・鼓(世界に無二のオンリーモンキー・e03966)
コルト・ファクティス(虚偽の受け皿・e05438)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
ヤクブ・ヤンコフスキ(白ひげ先生・e13049)
朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
繰原・マリア(糸繰り人形・e21255)

■リプレイ


 羊のウェアライダーは、両斧の振り上げながら、大広場を飛び出し、山下を見据えながら中空へと踊り出でた。それに付随するように、真鯛の死神が彼のまわりを浮遊泳している。
 それと同時、参道の怪談を駆け上る数人の影とすれ違う。
「最初から行くぞ」
 その集団の一人が広間に付くと素早く振り返り、左腕を振るった。
 闇を裂くような光の腕が、空に浮いたウェアライダーの胴体を鷲掴んで、引き抜く。力任せに引き寄せられたウェアライダーの先には、右手を、漆黒の腕を振りかぶる聖職服に身を包んだ猿人の姿。
「『とっておき』だッ!」
 吉備津・鼓(世界に無二のオンリーモンキー・e03966)は飛び込んでくるウェアライダーに向かい、闇を纏わせた拳を振るう。
 空間を揺らすような衝撃。
 強烈な打撃音と共に、ウェアライダーを庇った死神が身を歪ませながら吹き飛んだ。
 その傍、鼓の攻撃から逃れたウェアライダーは、既に着地と共に大広間に足を踏み入れたケルベロス達に構えを取っている。
「一ツ日之熾」
 ウィズローブをはためかせる繰原・マリア(糸繰り人形・e21255)が印を結ぶ。
 月明かりに浮かぶ彼女の影が螺旋を描き、蠢いている。
「二ツ仏舎利、三ツ御霊屋、四ツ夜之月、五ツいつ来て、六ツに群れて、七ツに啼いて、音無く忍ぶは七ツ影!」
 言葉を共に、渦を為していた彼女の影が飛び散り、他のケルベロス達の足元へと吸い込まれていった。
「感謝します、マリアさん」
 己の影が僅かに濃くなったのを見て取った九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)は眼鏡のつるを押し上げ、マリアに礼を言う。
 納刀した斬霊刀を腰に構え、黒髪を風に舞わせながら、彼女は泳ぐ死神へと、一足に切りかかった。
「桜龍よ」
 滑らかな抜刀と同時に、上段へと振り上げ唱える。どこからか桜の花弁が舞う。
「我と共に全てを殲滅せよ」
 櫻子が刀を振り下ろすと同時。桜を纏う龍が現れ、死神を食い破らんと、その胴体を突き貫いた。
 その後に続いて、残像が走る。
 超加速を行った朧・武流(春に霞む月明かりの武龍・e18325)が三体の敵へと突撃を行ったのだ。
 ドラゴニアン特有の翼を動かし駆け抜けた武流は、アームドフォートを死神へと向けた。


 もう一体の死神、鼓が弾き飛ばした方の死神に、少年から漸く抜け出せた程の歳ごろの青年が相対していた。
 青年、葛影・惺悟(運命なき子供・e01326)は薄く開けた口から、静かに息を吐き出す。
 自らの感情を吐き出すように。目の前の敵を屠るという目的だけを心中に残すように。
「偉大なる御霊よ……」
 静かに、力の籠る言葉を吐きだした。
 彼の体表が揺らめき、半透明の何かが全身を覆う。かろうじて男性であり、その面立ちが生真面目なものだとは分かる。
 だが、その場の誰かがそれを認識する前に彼は、死神へと飛び出していた。空中を泳ぐ死神に対し大きく跳躍した惺悟は、体を回す。
 いつの間にか、彼の右足は青白い光が纏っている。地面に対し、水平に体を倒しながら回転する惺悟は、死神を地面へ叩き落すように、踵から死神の胴体へ蹴りを放った。
「――っ!!」
 光に溶けるように桜吹雪が消え、甲高い、金切り音を響かせながら空を泳ぎまわる。
 櫻子の一撃を受けた死神は、ウェアライダーを召喚した時の様に、白い軌跡を浮かばせながら自らの回復を行っていた。
 抉られた胴体から流れていた血は止まっている。
 吹雪。突如として吹雪が、辺りを包み込んだ。
 だが、風は無い。冷気を帯びた光の乱舞は、ただ、死神とウェアライダーにのみ襲い掛かっている。
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)が放った吹雪は、死神とウェアライダーの体表に花を思わせる氷を張りつけていく。
 吹雪を振り払い、氷に体を蝕まれながら回復を済ませた死神は、櫻子へと攻勢に出ようと、その口を開く。
「お前に時間をかける気はないのでな」
 だが、その死神の体は、突如現れた氷塊の中に消え失せた。
 アイスエイジを放ったコルト・ファクティス(虚偽の受け皿・e05438)はガトリングガンを油断なく構え、櫻子へと賞賛を示した。
「あれは、美しい技だな」
「ありがとうございます。コルトさんも素晴らしいお手並みで。
 いえ……歓談は後に取っておきましょう」
 嬉しげに返した櫻子は、緩んだ意識を再び死神へと向けた。
 氷塊に亀裂が入り、砕け散る。
 鯛の構造では本来開くはずのない程に、胴体を引き裂く様に、大口を開けた死神が、のこぎりのような歯を剥き出しに、迫る。
 一方、地面に叩き落された死神は、それを為した惺悟を睨みつけた。どす黒い気が死神に集わされる。
 放たれた怨念の弾丸は、攻撃を悟り飛び退いていた惺悟の肩へと着弾した。
「……ぐっ」
 声を漏らし、肩を見ると、黒い怨念の残滓が肌に纏わりついている。
 同時に、足を竦ませる咆哮が周囲を包んだ。
 羊のウェアライダー。それが放った遠吠えにも似た声の圧力は、死神のあぎとから逃れようとしていた櫻子の足を縛りつけた。一秒にも満たない、数瞬。
 だが、それは近接戦闘においては無視出来ない。
 数百にも及ぶ牙が彼女を噛み砕かんとその顎を閉じる瞬間、彼女の腕が勢いよく引かれる。
 そして、彼女の代りにその凶器にマリアが身を躍らせた。胴体へと突きたてられた牙からは彼女の血が流れ、生命力が死神に吸い取られていく。


「無茶をしますね」
 幼く見える体に白衣を纏うヤクブ・ヤンコフスキ(白ひげ先生・e13049)は死神を引き剥がしたマリアへと近づき、無数の刃で裂かれた彼女の傷へと手をのばす。
 削がれるように傷つけられ、肉が剥がれ落ちそうな彼女の腹部を繋ぎ合わせ、その上からヒールを掛ける。互いに持つ膨大なグラビティが反響し、見る間に癒えていく。
「ありがとうございます、ヤクブ様」
「いえ、これが吾輩の仕事ですからな」
 起き上がり、礼を言うマリアにヤクブは安心したように返した。
 恭志郎は、ヤクブが彼女に駆け寄ったのを見て、すぐさま攻撃を開始した。
 標的は、咆哮を放った羊のウェアライダー。死神への攻撃の最中、こちらに横入りをされては困るのだ。
 研ぎ澄まされた剣撃がウェアライダーの凍りついた柔らかな毛を切り裂いてその下の体にまで到達する。
 飛び散る血液は、その体に咲いた氷の花を赤く染めていく。
 だが、それを意に介す暇は彼にはない。脳天から振り下ろされた大斧を咄嗟に受け止める。
 真上から落された力の塊を、背後に飛び退く事で緩和した恭志郎は、すぐさま追撃に移ろうとするウェアライダーに苦笑を漏らす。
「これは、一対一は厳しいですね」
 恭志郎は、縛霊手に光を蓄えながら、仲間がいち早く死神を撃破することを願った。
 マリアのミミック、骸が怨念の弾丸を放った死神へと仮初の武器を投擲している。
 飛来する武器を躱しながら、鼓が死神へと肉薄していた。
 光る左腕が死神を捕える。黒く澱む右腕が死神の胴体、その真芯へとめり込んでその全身を黒い残滓へと変えた。
 それと同時に、マリアから離れた死神へと武流がアームドフォートの一撃を放つ。
 破壊の光が、死神の体を包み、跡形も無くその姿を消し去った。
 死神を掃討した。だが、まだ戦いは終わらない。
 コルトが、恭志郎の相対するウェアライダーへと炎を纏う蹴りを繰り出した。
「足止め感謝する」
「うん、終わらせよう」
 恭志郎は幾分か力を取り戻したように、ウェアライダーを見据えている。
 そして、そのウェアライダーの様子を武流が見、言う。
「奴も随分弱っている様子、お手柄でござるな」
「そうですね」
 ヤクブが負傷した前衛に電流での治癒を施し、テレビウム、ユゼフに恭志郎のヒールを任せている。
「援護は任せてください」
 ユゼフに怨嗟の毒を抜いてもらった惺悟は己の体を確かめながら、もう一度息を吐き拳を握った。
「――!!」
 咆哮。しかし、一度足を竦ませたそれは、雷の防壁に阻まれ、影の揺らめきに掻き消え、誰の足を止める事も無かった。
 櫻子が敵へと飛び出した。
「シっ……!」
 吐き出した短い呼吸に合わせて、斬霊刀に帯びた魔力を振るい血の滲む体表を、切り裂く。
「――!!」
 眼前にいる、武器を振り切った櫻子へと斧が猛然と振り下ろされる。人の頭を容易く砕きつぶす重撃は、しかし、櫻子へは届かない。
「もう、未年は終わりましたよ!」
「ええ、帰っていただきましょう!」
 マリアの旋風を纏う蹴りが、ウェアライダーの首へと突き刺さり、恭志郎の斬撃がその傷を抉る。
 武流もその後に続き、竜の尾で巨体を吹き飛ばした。
 ケルベロスの連撃を身に受け、既に全身が赤く染まりつつあるウェアライダーは、それでもまだ立っていた。武流の攻撃に地面を転がりながらも体勢を整えている。
 そして、再び肉薄するケルベロスに両の斧を振り回す。咄嗟に退いた四人と入れ替わる様に、惺悟がウェアライダーへと走った。
 縦横に迫る斧の攻撃を潜り抜け、ウェアライダーの正面に立ち拳を構えた。
 彼は大きく右足を振り込み、胴体へ正拳突きを放つ。
 衝撃。
 魂を吸い取る一撃にウェアライダーは、体をのけぞらせる。一瞬放心していたウェアライダーはそれでも瞬時に気を取り戻し、眼下の惺悟へと斧を振るった。
 首を吹き飛ばすような一撃に対し、惺悟はバトルガントレットで受けとめ、跳躍でダメージを和らげる。それでも、着地すると同時に、膝をついてしまった。
 追撃の気配を感じ取った彼は冷や汗を流す。
 地面を蹴ったウェアライダーは惺悟へと走り寄り、銃声にその攻撃は阻止された。
「――っ!」
 コルトの放ったガトリングガンの掃射によろめき振り向いて、コルトではない別の人間がすぐ傍にまで来ている事に気が付いく。
「すまねえが」
 鼓が、ウェアライダーを見上げ、言う。
「御役目御免の羊さんには、申し訳ないけど還ってもらおうかっ!」
 鋭利な爪がウェアライダーを切り裂く。右の貫手が腹部へと突き刺さり、左の手刀が毛を裂き、散る。巨体の膝に足をかけ頭部の角を斬り飛ばし、顔面を縦に削ぎ抉る。
 身軽な動きから繰り出される連撃。
 その末についにウェアライダーは、どう、と重い体を倒し、力を失った。
 

 ウェアライダーに鼓が手をのばそうとすると、その体は召喚の際に似た青白い光に包まれ、跡形も無く消え去った。
 死の世界へと再び舞い戻ったのだろうか。
 鼓は、ヒールをかけつつ、考えを馳せていた。
「ユゼフ! そちらの方もお願いしますよ!」
 ヤクブが、壊れた場所をユゼフに指示しながら、仲間の怪我を治療している。
「そうだ、屋台でお土産を買わねばならんでござるな」
 治療を受けている武流が、明るくなってきた空を見、そして、屋台通りを眺め言った。
 櫻子も同じように山下の通りを眺めながら、汚れを拭こうと眼鏡を外す。
「おや、存外、可愛らしいのだな」
「……っ、そんなに見ないでください……っ」
「恥ずかしがらずともよいのに」
 眼鏡を外した顔を覗き込んだコルトに、素早く眼鏡を拭いてまたかけ直した櫻子は、恥ずかしげに視線をお寺の方へと視線を送った。
「……あら?」
 振り返った先では、惺悟が走り寄ってきていた。
「皆、お寺と神社の人が甘酒ごちそうしてくれるらしいっす、ラッキーっすよ」
 戦闘中とは打って変わり明るい表情で言った言葉に、ヤクブが、いいですね。と返事を返した。
 コルトも興味深げに頷く。
「甘酒……飲んだ事はないが、体が温まるらしいな。ありがたくいただこう」
「あの」
 恭志郎が、甘酒をもらいに行く前に、と言う。
「お参りしてきてもいいですか? お願いしたいことがあるんです」
「お参り、いいですね。私も祈願したい事がございます。皆さんもいかがです?」
 恭志郎とマリアの言葉に、他の仲間はそれに同意する。
「マリアさんは、何をお願いするんですか?」
「それは、もちろん」
 恭志郎の問いに、マリアは笑みを浮かべて言う。
「今年が良い一年となりますように」

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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