昏き水底より

作者:秋月きり

 朝日が天頂高く登り切った相模湾に、漁船が一隻、進んでいた。
「ちっ。しけてやがる」
 成果はボウズ。引き上げた網には小魚一匹掛かっていなかった。
「これで一週間連続だぜ! 全く捕れないってどういう事だよ!」
「まさかなぁ……」
 年若い船員の悪態に、老兵然とした船長がむむ、と呻く。
「船長、なんか知ってんスか?」
「この辺りでは不漁が続くと良くない事が起きるって言われててな。俺の爺様の話だが……」
 陽光を反射する海面を見つめながら、遠い目をする船長に、船員達はまたか、と肩をすくめる。爺様から聞いた話だと、定番の話が始まる。いつもならそれだけの話だった。
 それが起きたのは、そのときだった。
 海が、爆発した。
 白色の光に飲まれ、漁船が焼失していく。
 グローリー号の名を持つ漁船の最期の姿に、光を放った主は満足げに頷くと、巨体を海中へと沈めていくのだった。

「『戦艦竜』が現れたわ」
 集ったケルベロス達に緊張した面持ちでリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が告げる。
「狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)さんの調査で、城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が、相模湾で漁船を襲うなどの被害を出している事が判明したわ」
 戦艦竜。その名前は城ヶ島攻略に身を置いていたケルベロスならば一度は耳にした名称だ。
「戦艦竜ってのは城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンで、その竜体に戦艦のような装甲や砲塔があり、非常に高い戦闘力を持っているわ」
 だからこそ、城ヶ島制圧戦では南側からの上陸作戦が行われなかったのだ。彼らを制した上で城ヶ島のドラゴン達を相手取ることは現実的な策とは思えなかった。
「と言っても、今、戦艦竜による被害を見過ごす訳にいかないけども」
 個体としては非常に強力。それが相模湾で暴れているのだ。付近を漁場とする漁船やここを経路としている輸送船が安心して航行する事が出来なくなってしまう。
「だから、みんなには戦艦竜を撃破してきて欲しいの」
 クルーザーで接近し、海中での戦闘を行って貰うことになるけど、とはリーシャの弁。
 戦艦竜は、強力な戦闘力を有することと引き換えに、ダメージを自力で回復する事ができないという特徴があるのだ。
 強力な個体、加えて海中での戦闘と言う事もあり、、一度の戦いで戦艦竜を撃破する事は不可能だろうが、ダメージを積み重ねる事で、撃破できるものと思われる。
「みんなに追って貰うのは『呉』と言う名前の戦艦竜よ」
 相模湾の辺りの言い伝えで、大時化の時に現れる化け物の名から貰った、と言う。
「名前なんてどうでもいいんだけど、でも、個体識別は大事よ」
 その辺りは彼女なりの拘りがあるようだ。
「呉は全長10メートルぐらいの巨大なドラゴンに装甲やら砲台やらがある姿を想像して貰えればいいわ。能力は未知数。こればかりは、皆が戦いながら探っていくしかなさそう」
 情報が全くないから、今回は威力偵察になるわ、と付け加える。
「攻撃力が高く、生命力も桁外れに高いけど、その巨大さ故ね。命中や回避能力はそれほど高くないのが救いかもしれない」
 侮る事が出来ない相手ではあるけど、付け入る隙はありそうだった。
 加えて。
「戦艦竜は総じて、攻撃してくるものを迎撃するような行動をするため、戦闘が始まれば撤退はしないわ。あと、敵を深追いすることもないから、みんなが撤退すれば、追いかけてくる事も無いみたい」
 よって、危うくなったら戦場を離脱する、と言う手段も取れるのだ。だから、無理しちゃ駄目、と付け加える。
「繰り返しになるけど、戦艦竜は強力なドラゴンよ。危険な任務になるけど、でも、みんなの頑張りが次に繋がって、いつしか撃破に結びつくわ」
 だから、みんなならそうできると信じていると、リーシャはケルベロス達を送り出す。
「さぁ、行ってらっしゃい」


参加者
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
天津・千薙(天地薙・e00415)
筒路・茜(躑躅・e00679)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)

■リプレイ

●海面は穏やかなれど
 鎌倉の港から離れ、既に小一時間は経過しただろうか。
 遠目で見える黒い影は、悠々と相模湾を泳ぐように進んでいた。
「わーぁお、迫力あんなぁ。マジ男心擽りやがる見た目しやがって」
 双眼鏡でそれを観察していた八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)が歓声を上げる。海面に浮かんでいるのはステゴサウルスを彷彿させる無数の背びれ。故に、それがうつ伏せのまま、泳いでいる事は理解できる。
「あれが戦艦竜ですか……」
 感嘆にも似た声を上げるのはヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)も一緒だ。まだ遠方の為、豆粒のようにしか見えないが、それでも特徴的な背びれと張り付いている装甲は見て取れた。
「もっと近づけませんか?」
「いえ、これ以上近づけば、私達も漁船の二の舞になりかねません」
 アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)に言葉に、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が首を振って応じる。双眼鏡を使ってギリギリの視認距離だ。どの距離まで近づけばアレが襲ってくるか不明だが、帰りの足を考えるとそれを試す勇気は無かった。
「いやはや、どこもかしこもドラゴンが暴れているねぇ。辰年はもうとっくに終わったということ、判らせてあげようか?」
 クルーザーの看板に仁王立ちしながら、ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)がニヤリと悪魔的な笑みを浮かべる。干支が未から申に変わって数日が経過している。ノアの言葉通り辰年であったのはもはや四年も昔の事。
「――、最近はドラゴンと戯れる機会が多いよね」
「城ヶ島でドラゴンを打ち破った結果だな」
 筒路・茜(躑躅・e00679)の呟きに七代・千明(怨色ディスペクトル・e12903)が応じる。城ヶ島を制したケルベロス達は今や、残党処理に追われている。今回の呉と言う名の戦艦竜との戦いも、その一環なのだ。
「へー。そういう世間情勢なんだ?」
 千明の言葉に頷く茜。
「情報収集は何より大切です。全力を尽くしましょう」
 上着を脱ぎ、競泳水着姿を露わにしながら、天津・千薙(天地薙・e00415)が仲間達に決意の言葉を呟く。
 皆は頷き、戦闘準備を開始するのだった。

●戦艦竜『呉』
 穏やかな海面から沈み、海中へ。
 ケルベロスの心肺能力ならば酸素ボンベと言った水中装備は不要だが、それでも念の為、と用意したセレナのレギュレーターからこぽりと空気が塊となって零れ、海面へと上昇していく。
 彼女の眼前で見える光の明滅は、ノアと茜、爽と千明によるライトを用いたものだ。見ればアイズフォンでも使用しているのか、千薙とアルシェールが視線を交わしながら頷き合っている。
 仲間同士、意思の疎通は問題無さそうだった。
 そしてケルベロス達の動きは止まる。
 目の前に広がる碧い海中の景色に、異物が混じり込んでいた。
「これが、戦艦竜……」
 千明が呟く。
 ヘリオライダーから聞いていたサイズは十メートルだった筈だ。海底に降り立ったそれは、まるでケルベロス達を探すように頭をゆるりと振っている。その天頂が海面に届いていない事から、呉が立つ海域の深さは二十メートル程度に思えた。
(「やっぱりデケェな」)
 今にも飛び出しそうな自分を抑えながら、爽は笑う。
 呉の見た目は二足歩行のドラゴンだった。馬鹿みたいに巨大な砲台が双肩に一門ずつなければ、その身体の所々が装甲に覆われていなければ、普通のドラゴンと遜色ない外見ではある。
 まだ見つかっていない事は幸いとヒマラヤンが海面を指さす。
 最後の呼吸へと、ケルベロス達は浮上を開始した。

 海面に顔を出したケルベロス達は、再度潜水を開始するため、その肺に空気を送り込む。
「先程の事ですが、爽さん」
 あまり危険な真似は駄目ですよ、と千薙が爽に忠告する。水中呼吸が可能な彼女は空気を取り込む必要はない。ただ、その一言のため、上昇に同行してくれたのだろうか。
 飛び出そうとした事は傍目にも見て明らかだったのだろう、と爽はバツの悪そうな微笑を浮かべた
「大丈夫。俺の今回の領分は弁えてっから。……だから皆、一分一秒でも長く戦ってくれ」
 弁明の言葉に、不承不承と千薙、そして会話を振られたケルベロス達が力強く頷く。
「さぁて……。新年初の竜退治といこうか。準備はいいかい、茜?」
「ふふ、勿論問題ないんだっ! ――、早く終わらせて一緒に寝正月に戻るんだよ、ノアぁ♪」
 ノアと茜の二人のやり取りが微笑ましく響き。
「さ、ドラゴン漁の時間の始まりだ」
 アルシェールの言葉と共に、ケルベロス達は再び潜水を始めるのだった。

 海の中に咆哮が響く。
 或る一定の距離に近づけば、敵影の感知が可能なのか、呉の視線はケルベロスに向けられていた。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士として、貴殿に勝負を挑みます!」
 一番槍は貰った、とセレナのゾディアックソードが呉に突き立てられる。卓越した技量からなるその一撃は、狙い違わず、戦艦竜の腹部に深々と突き刺さった。
 そこに続くのはアルシェールと千薙のルーンアックスによる唐竹割だ。ケルベロスの膂力から生み出された一撃は、水中という抵抗の大きな場所にも関わらず、空気中と同じ一撃をその横っ腹に叩き付ける。
(「もしかしたらこのまま、押し切れる――?」)
 千薙に盾を付与しながら抱いた爽の淡い期待は、次の瞬間、瓦解する。
 呉の肩に備え付けられた砲台が火を噴いたのだ。
 その砲弾は寸分違わず、アルシェールのサーヴァント――ビハインドの執事を貫き、一瞬にして消滅させる。
 まるで、先程の斬撃のお返しとばかりの砲撃だった。
「――?!」
「まだだ!」
 息を飲むアルシェールに、まだ攻撃は終わっていないと千明が魔法光線を放ち、呉に応戦する。
 一拍遅れ、それを援護すべく、ヒマラヤンのサーヴァント、ウイングキャットのヴィー・エフトによるキャットリングが飛ぶ。
「いいよ、ヴィーくん!」
 千薙、茜、セレナの三名へ鎖が描いた魔法陣の力を付与しながら、その主であるヒマラヤンが賞賛の言葉をサーヴァントに向ける。心なしか、サーヴァントの浮かべる表情は誇らしげなものであった。
「このっ!」
 茜の放った地獄の炎弾はしかし、装甲に阻まれはじき飛ばされる。
 だが、本命はそれではないとニヤリと笑う。
「ノア!」
 彼女の声に応え。
「ふふっ。おいで、みんな。鬼ごっこの時間だよ♪」
 ノアの呼びだした大量の使い魔達が、水中である事を気にもとめず、呉へ一直線に突き進む。
 爪、牙に鱗を切り裂かれながら、まとわりつくそれらに呉が再び、咆哮を上げた。
「鬼と呼ぶにはちょっと、大きすぎたかしら」
 使い魔達を振り払う呉を見下ろすその笑みは、妖艶な色が漂っていた。

●燃え盛る海
 ケルベロス達の度重なる攻撃は苛烈を極めた。
 その重圧に押されてか、呉の動きは鈍く、その砲撃は中々ケルベロスを捉えるに至らない。
 だが、一度、その砲撃を身に受ければ。
「――マジ一撃一撃クッソ重いなオイ!」
 直撃した千薙へ、爽が治癒を施す。癒しきれない傷は横から茜がオーラで塞ぐが、それでも回復が追いついていない。
「何発受けてると思ってるんだよ!」
 千明が再度、縛鎖を飛ばしながら苛立ち混じりの声を上げた。
 無数の鎖に縛られたその姿は、並のドラゴンならば既にへたばっていても不思議ではない。だが、呉に衰えた様子は全く見受けられなかった。
 ケルベロス達の攻撃が効いていない訳ではない。現に、彼らの与えた重圧や麻痺はその身体を蝕んでおり、動きは鈍くなっている。
 そのはずなのに――。
 一瞬、咆哮が止んだ。
 頭をゆるりと後部に動かす動作は、まるで大きく息を吸い込むように見えた。その口の端から覗く、炎の影。
「ブレス!」
 アルシェールの警告の声と、海が燃えるのは同時だった。
「茜!」
 ノアの叫びは彼女を庇った寵愛者に対してのもの。薙がれた炎はノアに届く寸前、茜が身を挺して庇っていた。
「千明さん?」
 キャスターというポジションが幸いしたのか、自身への炎は浮上して回避したヒマラヤンが、その炎を一身に浴びた千明に問いかける。
 水中にも関わらず、身を包むジャケットが溶解している様子は、呉の息吹の熱量を伝えていた。
「主砲よりも、ブレスの方が痛いな」
 自身の身体を癒しながら、ばりばりと焦げた部位を引きはがす。
 一度怨嗟によって焼かれたこの身。更なる炎如きで生きると決めた自身の覚悟を焼く事は出来ないと、地獄に明け渡していない左眼が物語る。
 そこに、爽の治癒が飛ぶ。
「僕の事より筒路さんを」
 千明の言葉に、爽は首を振って応じた。
 視線の先の茜は水面へと離脱している。体中を蝕む火傷が、彼女にこれ以上の戦闘の継続が不可能だと告げていた。
「よくも茜を!」
 ノアが再度召喚した使い魔達を弾丸のように射出する。
 それを受けた呉は一瞬仰け反るものの、だが、次の瞬間、その主砲はノアへ向けられていた。
 砲弾が彼女を襲う。
 それより一瞬早く。
「コード・トーラス、MAXモード! あとみっくねこぱーんち!!」
 ヒマラヤンのオーラを纏った左腕が、その砲身を殴りつけ、射線を少しだけ逸らす結果となった。放たれた砲弾はノアを掠めたものの、その身体を反れ、遙か彼方で爆音を響かせる結果となる。
「危な――」
 防具の相性により救われた。その事を思い知らされ、冷や汗が出る。
「まだ終わってません!」
 セレナの檄と共に、ノアに迫る爪が彼女の剣によって弾かれる。巨体から繰り出される爪撃はまるで、大太刀を振り下ろされている様だった。振るわれた爪を剣で防いだ彼女はしかし。
 横殴りの暴力によって吹き飛ばされる。
 丸太の様な尻尾が彼女を横薙ぎしたのだ。巨体に似合わない俊敏な動作で放たれた一撃は、その細い身体を岩肌へと叩き付ける。
 ぼこりと空気の塊がセレナから零れ落ちた。
「まだです!」
 裂帛の気合いと共に怪我を吹き飛ばす。
 砲撃、息吹、そして格闘戦が呉の攻撃方法であることは理解した。格闘戦に対して自身の分が悪いのも理解した。だが、このままで終わって良いはずがない。
「無駄に終わらせる訳にいかないんです!」
 自身への叱咤と共に、マインドリングから引き出した光の剣で鱗を切り裂く。三度の咆哮がドラゴンから響いた。
「ああ。同感だ。一撃でも多く。この牙を喰らわせてやる。――貪れ」
 セレナに同意を示す千明が肉薄する。
 その身体から噴きだした地獄の炎が、茨の如く呉を絡め、その竜身を貪り侵食する。
「ですよね。未だ、倒すに至れなくても」
 そして千薙が続く。彼女のルーンアクスが呉の首に叩き込まれ、装甲と鱗を切り裂く力強き一撃と共に、魔力が注ぎ込まれる。
 それは幻惑。注ぎ込まれた魔力は呉の精神をかき乱し、爛々と輝く赤い瞳は千薙のみに向けられる。
「私だけを見ていればいいんです。ずっと、ずっと……」
 誘う様に微笑む。呉の瞳はまるで愛しい恋人を見るかの様な熱を帯びていた。
 熱い囁きは炎となって叩き付けられる。
 再び放たれた息吹は、ケルベロス達を横薙ぎに襲った。
「このっ!」
 呉の顎を蹴飛ばしながらブレスの軌道を修正する千薙。即ち、それは――。
「天津嬢!!」
 アルシェールの声に応じる者はいない。無理矢理、軌道を変えられたブレスは千薙にのみ、直撃する形となった。それを一身に受けた彼女はその勢いのまま、海面へと吹き飛ばされる。
 慌ててアイズフォンで呼び出すが、回線は繋がらない。
 もう、彼女の復帰は望めそうにもなかった。
「だけど……」
 その奮闘を無駄にはしない、と呉の足下から溶岩を吹き出させ、その身を焼く。
 放出された噴石が狙うのは、呉の身体に取り付けられた砲台の数々。
「――主砲は流石に無理か」
 噴石により装甲は傷付き、副砲らしき小さな砲首は潰す事が出来た。だが、本命であった主砲に降り注いだ噴石はそこに浅い傷を付けるに留まっただけ。
 だが、呉の戦力が少しでも低下させる事が出来たなら、それで僥倖。
「ざまあみろ、ですよ」
 口汚く罵るアルシェールの声が届いたのか、否なのか。
 彼に呉の主砲が向けられる。
 だが、その砲弾がアルシェールの身体に届く事はなかった。
 爆音のみが、彼の耳朶を叩く。
「アデュラリア嬢!」
「……私は、騎士ですから」
 貴族を守るのは当然、と微笑み、意識を手放す。割って入ったセレナにより、砲弾はその牙をアルシェールに剥く事はなかった。
 セレナの身体を抱き留めたアルシェールは、そのまま浮上を開始する。まずは彼女の身体を、呉の攻撃の届かない場所に運ぶ必要があった。
 これ以上、傷つけさせないために。
「すぐ戻ります!」
「頼む」
 仲間の応答が、頼もしかった。

●そして次の戦いへと
 残されたケルベロス達は果敢に呉に攻撃を重ねた。だが、三人のディフェンダーを欠いた状態で戦闘を継続させる事は困難だった。
「クソッ」
 砲弾の直撃を受けた爽は、悔しさを滲ませながら、悪態を吐く。
 回復を一手に引き受けていたからこそ理解した。このまま継続すれば、命に関わる、と。
 ヒーラーの矜持と命。双方を天秤に乗せ、そして、宣言した。
「悪い」
「仕方ない。撤退だ」
 爽の苦渋の決断に千明が同意を示す。
「みんな、お願い!」
「ヴィーくん。少しだけ時間を稼いでください!」
 そうと決まればケルベロス達の行動は早かった。ノアが使い魔達を召喚し、ヒマラヤンがサーヴァントに命じて呉の注意を逸らす。
 その隙に、海面へと浮上した。
「――。ノアぁ~」
「大丈夫? 茜?」
 先に離脱したケルベロス達もまた、浮上した来た仲間を認めると、安堵の吐息を吐き出す。
「無事で、良かった……です……」
「千薙もな」
 炎に焼かれ、砲弾に打ちのめされ。爽も千薙も無事とは言い難い。彼らだけではない。この場にいるケルベロス全員がボロボロであり、無傷な者など一人もいない。
 だが、生きている。だから、次に繋げる事が出来る。
「悔しいですね」
 そう呟くのはセレナだったが、ケルベロス達は皆、同じ思いを抱いていた。
 倒しきるのは不可能だと判っていた。だが、それでもこの結果は悔しい。
 自分らは呉をどのくらい追い詰めただろう。二割……否、三割程度、と行ったところか。
「ヘリオライダーの情報だと、逃げれば追ってこないと言う事だったが」
 新鮮な空気を吸い込みながら、千明が呉の動きを探る。
 確かに呉に追撃をかける様子はなく。
 やがて、その身体はケルベロス達に対して反転すると、そのまま滑るように浮上。波飛沫を上げながら泳いでいく。
「月並みな言葉だが、言ってやろう。覚えていろよ!」
 アルシェールの言葉が、その背中に届いたのかどうか。
 確かめる術が無いまま、それでも陽光の下、ケルベロス達はクルーザーの到来を待つのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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