戦艦機竜 壱之陣

作者:犬塚ひなこ

●黒機竜戦艦
 相模湾沖、唐突に大きな揺れが操業中の船を襲った。
 続いて船体と何かが衝突する轟音が響き、海底から影が現れる。明らかに岩場に激突した訳ではないと察した船員達は作業の手を止め、影の正体を見極めようと目を凝らした。
 そこには漆黒の体躯をした十メートル程のドラゴンが現れている。
 ――戦艦の竜だ、と誰かが呟いた。
 その言葉通り、ドラゴンの背には幾つもの砲台が生えており、装甲めいた鱗は物々しさを感じさせる。はっとした船員は操舵室へと駆けて戦艦竜から離れようとした。
 だが、最早何もかもが遅い。
 苛立ちの感じ取れる咆哮が辺りに響き渡った刹那、砲撃が船を貫いた。恐怖と絶望の声があがる中、戦艦機竜は容赦することなく砲撃を行っていく。
 そして――その日、ひとつの船が昏い海の底に沈んだ。
 
●竜と海戦
「たいへんなのです、皆様!」
 集まったケルベロス達に雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)は事のあらましを告げる。
 現在、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査により、城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が相模湾で漁船を襲うなどの被害を出している事が判明したのだ。
「この戦艦竜さんは城ヶ島の南の海を守護していたのです。城ヶ島制圧戦で南側からの上陸作戦が行われなかったのは、この戦艦竜の存在が大きかったからなのでございます」
 彼等はドラゴンの体に戦艦のような装甲や砲塔がついていることから非常に高い戦闘力を持っている。暫くは海域を出ることはないが、このまま放っておけば相模湾の海が航行できなくなってしまう。
「そんなわけで、皆様にはクルーザーを利用して相模湾に移動してもらって戦艦竜の撃退をお願いしたいのです!」
 リルリカはケルベロス達に願い、敵の特性を話していく。
 海中での戦いとなる事もあり、一度の戦いで戦艦竜を撃破する事は不可能だ。しかし、戦艦竜は強力な戦闘力と引き換えにダメージを自力で回復する事ができないという。
「今回、皆様が一度の戦闘で戦艦竜を倒すことはとっても難しいです」
 倒せないときっぱりと告げたリルリカだったが、今回の作戦は一度で倒さなくてもいいのだと語る。つまりは戦闘班を最初から何陣かに分け、数度の戦闘でダメージを積み重ねることで撃破を狙うのだ。
 敵との接触は先ず、クルーザーで現場に向かうことから始まる。
 すると敵が船に攻撃を仕掛けて来るので、皆はその場で海に入ればいい。厳しい寒さの中での水中戦となるがケルベロスならば普段の戦いと同じように立ち回ることが可能だ。
 後は通常と同じく、工夫次第で戦局は左右される。
 水中だけではなく敵の巨体を利用してその上で戦うこともできるが、いつなんどきも危険と隣り合わせであることは覚悟しておかなければならない。
 また、戦艦竜は攻撃してくるものを迎撃するような行動をするため、戦闘が始まれば撤退を行わないようだ。同時に敵を深追いしないという性質もあるのでケルベロス側が撤退すれば追いかけてくることはない。
「皆様が行うのは先陣を切ること。いちばんたいへんだけど格好良い一番槍です。どうか、お気を付けて……よろしくお願いしますです!」
 撃破を望むのならば厳しい戦いになるだろう。
 だが、リルリカはケルベロスの力を信じている。皆ならきっと素晴らしい戦果を残し、次に繋げてくれるということを――。


参加者
灰木・殯(生命調律者・e00496)
雲上・静(ことづての・e00525)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)
角行・刹助(モータル・e04304)
清水・式(異邦人・e05622)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
九浄・聖沙(地球人の鹵獲術士・e14513)

■リプレイ

●冬の海
 冷たい波飛沫を海上に散らし、船は轟音をあげて進む。
 見据えた先には巨大な戦艦竜の姿。クルーザーに体当たりをしようと迫る敵の動きを察し、八千代・夜散(濫觴・e01441)は径の刃をスーツの内に忍ばせた。
「好き勝手やられちゃ困るンだ」
 お守り、そして願掛けとして。ペーパーナイフに密かな念を込めた夜散が船縁を蹴り、それに続いて雲上・静(ことづての・e00525)が掌を握り締める。
「どこまでできるか、は、わかりませんが。できるところまで、粘るのみ、でしょう」
「さあ、駒を進めましょう」
 灰木・殯(生命調律者・e00496)も波打つ海面へと飛び、他の仲間達も戦艦竜の体当たりが直撃する前に船から離脱する。
 殯達が持っているのは、この場で敵を殲滅するという気概。されどあまりにも大きいその存在は明らかな戦力さを感じさせる。何より、相手は今しがた起こされた波だけでクルーザーが簡単に横転してしまう程の戦艦だ。
「でかいな」
「うん……。想像してたより、大きい」
 角行・刹助(モータル・e04304)が率直な感想を零すと、雨之・いちる(月白一縷・e06146)も目を瞬いて頷く。やるっきゃないけど、と口にしたいちるは水を掻き、刹助はその通りだと敵を瞳に映した。
 揺らぐ水面。響く竜の咆哮。
 清水・式(異邦人・e05622)は敵を軽く見上げ、何とはなしに呟く。
「ドラゴンかぁ。はてさてどうなるかな」
「封殺してみせる」
 式のゆったりした言葉に反して、九浄・聖沙(地球人の鹵獲術士・e14513)は強い思いを込めた声で言い切る。ライドキャリバーのライトと共に布陣する大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)もしっかりと同意し、思いを言葉へと変えた。
「戦艦竜……必ずお前を私は討ち取る……!」
 次の瞬間。聖沙による重力の結界が張り巡らされ、凛の放った守護刀心の効力が前衛達を力強く包み込む。
 守護の力が身に巡ることを感じ、夜散は仲間に視線でのみ礼を告げる。
 そして、夜散は海面から高く跳躍して戦艦竜の体躯に駆け上った。それと同時にけしかけたのは流星めいた一直線の蹴り。
「一撃で、とは行かねえのは面白く無ェがケルベロスの力で必ず仕留めてやる」
「殲滅が許されぬなら、せめて多くの成果を得るまでです」
 殯も仲間に続き、戦艦竜に手を伸ばした。瞬間、触れた部分に氷で形成された真紅の花が咲き、敵の力を削り取る。
 だが、それらの攻撃はまだ戦艦竜の痛みにすらなっていないようだった。
 空気と水面を揺らす咆哮がふたたび響き渡り、ドラゴンは雷刃の砲撃をケルベロス達に向ける。一瞬で痺れを纏う一撃が後衛のいちるや凛を襲った。
 しかし、すぐさま殯が刹助を、ライトが凛を、ビハインドの神夜が式を庇う。静もいちるを身を挺して守り、衝撃に軋む身体を押さえた。
「だいじょうぶ、ですか……」
 仲間を心配する静は自分は平気だと告げ、敵に視線を向け直す。
 淡い光を反射して煌めく冬の海は綺麗だった。けれど、今はそれを楽しんでいる暇はない。目の前の敵の力を削り、少しでも長く戦い続けることが自分達の役目だ。
 戦いが激しくなるであろうことを感じ、皆は其々に思いを強めた。

●ドラゴンの力
 戦艦竜の振るう力は恐るべきものだ。
 仲間を庇った者達に向け、刹助は戦い続ける者達の歌を奏でる。
「竜十字島。ケルベロスウォーの勝率0%か……」
 その際に刹助はドラゴンのゲートがある島の名を口にした。彼の場所に向かったとしても現時点では太刀打ちできない。そのことを実感させる存在が今、眼前に居る。
 水の冷たさに身が震えそうになるが、刹助は表情を変えぬまま援護を行った。癒しを担ってくれた彼に目配せを送り、静は一度攻勢に出る。
「月往きて、空音降り落つ、暁の、紫雲指差す――」
 夢路雪原。詠唱と共に静が敵に魅せたのは夜明けの雪原の幻影。それにより戦艦竜の動きが阻害され、僅かな隙ができた。
 いちるが古代魔法を紡ぎ、ライトがガトリングを掃射していく。
 戦艦の一部に弾痕が残るが、その攻撃もまだかすり傷のようなものだろう。凛はライドキャリバーに続いて死天剣戟陣を放ち、更に式が自動追尾の矢を打つ。
 聖沙は魂に眠る悪魔の記憶と力を開放し、専用武装に姿へ変化させた。
「妾に楯突くとは、お主も中々いい度胸をしておるのう」
 二度目の重力結界がドラゴンに差し向けられ、動きを縛ろうと襲い掛かる。だが、戦艦竜はその攻撃を身震いで相殺してしまった。
 敵は反撃として聖沙を狙った体当たりを放とうと動く。逸早くそれを察した式は神夜に呼び掛けた。
「神夜、危険でも庇えるだけ庇ってね」
 その声に応じたビハインドは聖沙の前に飛び出し、体当たりと水飛沫を真正面から受ける。その衝撃によって神夜の体力が半分以上奪われたことに気付き、凛はライトに気を付けろと注意を告げた。
 身体の熱を奪う水に対して襲い来る戦艦竜の攻撃は熱く烈しい。
 刹助は癒しに徹し、サーヴァント達を回復していく。
 その間に殯は水中に身を沈め、完全なる死角を狙って地獄の炎を解き放った。その視線は鋭く、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
 下方からの不意打ちに戦艦竜が苦しむような声をあげ、砲台を揺らした。
 夜散は即座に集中状態を作り出し、主観認識速度を加速させる。そして、音速に迫る速度で船体を駆け抜けた夜散ははドラゴンの体躯に銃弾を叩き込んだ。
「痛いぜ。覚悟しとけよ」
 魔弾の射手は灰銀色の装甲を貫き、大きな衝撃を与える。
「ん。合わせて行くよ」
 いちるは夜散が作った機を逃さぬよう、すぐさま魔導書をひらいた。
 敵の力を削ることの他、情報収集の目的もある。後続の為にも、可能な限り戦艦竜の弱点や癖などを見抜いておきたいところだ。
 そして、自らの血を魔導書に捧げたいちるは、封じられた虚喰を召還する。終焉を詠う邪竜の咆哮は戦艦竜があげる咆哮と重なって不協和音を奏でた。
 これでやっと一割ほどダメージを与えられただろうか。
 殯がそう感じた時、刃を纏った竜の尾が激しく振りあげられた。このままこちらに尾ごと突撃する気だと察した殯は身構える。
「――来ます」
 それだけを簡潔に告げた殯の声に気付き、静も身構えた。
 身を切り裂く一撃が前衛を襲い、ライトと神夜が戦う力を一瞬で奪われる。ケルベロス達に加えて体力の低い彼等は刹助の癒しの甲斐なく沈んでしまった。
 静は奥歯を噛み締め、ありがとうと二体に告げる。
 自分ができることは、この傷を癒すこと。それから、守ること。
 最悪、自らが倒れてしまっても構わないと胸中で覚悟を決め、静は己の職務を全うする気概を見せた。
 ライトが倒れたことで癒しが足りぬと感じた凛は今一度、守護刀心を発動させる。
「我らを守る盾となれ!」
 凛の勇猛な声が響き渡る中、刹助は自分がこれまで見てきた攻防からひとつの結論を導き出した。それは――。
「なるほどな、分かった。奴は理力の攻撃に弱いのか」
「はい、そのようですね」
 刹助だけではなく、殯もこの事実に気付いていたらしい。戦況を分析していたいちるや夜散も確信を抱き、仲間達は確りと頷きあった。

●誤算と勝算
 弱点が分かったのならば、後は重点的に攻めて行くだけ。
 だが、実際の戦いは甘くはなかった。いちるは体勢を立て直し、更なる攻撃を行おうと身構えた。その際、いちるが危惧したのは戦線の崩壊。
「少しだけ、まずいかな」
 前衛二体が倒れたことも手伝い、戦局には徐々に綻びが出て来ていたのだ。
「弱点でも、流石に連続だと当たらないわね」
 何より不利を招いていたのは、重力結界しか攻撃手段を用意してこなかった聖沙だった。見切られることで命中率は下がり、今や聖沙の一撃はかすりもしない。
 一方、式は戦艦竜の目を狙って攻撃を続けていた。
「さて、ちょっと本気出すよっ!!」
 虚空から鬼面の巨人が召喚され、ドラゴンの瞳を狙う。しかし、その一撃の威力はそれほど強くはない。他の部位を狙うことと同等のダメージしか得られず、式は部位を狙うことを諦めた。
 もしかすると、どのようにして狙い、何を気を付けるかを式が心掛けていたならば何か得られることもあったかもしれない。凛は仲間の狙いが上手く巡っていないことを感じ取り、気合を入れ直す。
「戦艦竜……以前の戦いでの情報を活かして倒してやる!」
 白楼丸、黒楼丸と名付けた刀を振りあげた凛は斬霊波を解き放った。仄かなピンクに輝く刃から生み出された衝撃は敵を貫く。しかし、以前の戦いの情報は現在の敵と照らし合わせることは出来なかった。
 それぞれの狙いは不発。だが、それを支え合うのが仲間だ。
 静は仲間を庇う為に戦艦竜を引き付け、その攻撃を一身に受けた。
 ――己の職務を全うする。
 気力を溜め、先程の思いを反芻した静は思う。どうしてこんなにも、この思いと言葉が心の中に焼きついているのか。
 静は頭を振り、今は仲間を護ることを念頭に置いた。
 戦艦竜はまだ体力を残しており、こちらを潰す勢いで砲撃を行い続けている。刹助は息を整え、静に医療魔術を施していく。
「道程は遥かに遠いようだな」
 だが、千里の道も一歩から。今はただ戦艦竜を全て駆逐する事に勤めるのが己のやるべきことだと刹助は思い直す。
「虎ならぬ、竜の尾を踏んで戦線崩壊は避けねばなりませんね」
 殯は暴れまわるドラゴンを見据え、自分の見立てが外れたことを悟った。近距離の相手が苦手なのかと思いきや、敵は巨体を揺らして対抗して来る。
 夜散は巨躯の上を駆け、先ほど壊した装甲部位を狙った。解き放たれたブラックスライムが敵を侵食し、更なる痛みを与える。
「動きくらいは止められるみてェだな」
 捕縛の力がうまく巡ったことを確認し、夜散は装甲を蹴りあげて跳躍した。
 何故なら、砲台の狙いが自分に向けられそうになったからだ。ドラゴンは夜散が離れたことを悟ったらしく、狙いを別の者に定め直す。
 その標的が一瞬で凛や式達、後衛に向けられた。
 いちるもすぐに反応し、雷刃砲撃を受け止める姿勢に入る。とっさに殯が刹助を庇いに走り、癒し手は護られた。だが、砲撃によって式の体力が根こそぎ奪われ、いちるも痺れを受けてしまう。
「ごめんね、力及ばずだったかな……」
「謝るのは後だ。これに掴まっておけ」
 式が水中に沈みそうになる最中、刹助は救命用の浮き輪を投げ渡した。
 その間に殯は自分に医療術を施し、静はいちるを癒して怪我の具合を問う。
「かなり、やられましたね。体力は、平気ですか?」
「問題ないよ。まだ、やれる」
 いちるは血に濡れた月白の髪から雫を拭い、天色の双瞼で敵を見据えた。痛手は負ったが、何とか攻撃パターンは見切れた気がする。いちるは敵が後衛を狙うことを好むのだと悟り、しかと胸に刻んだ。
「私も何とか大丈夫だ。しかし……潮時かもしれないな」
 凛も痛みを堪え、傷口を抑える。サーヴァントを除けば倒れた者はひとりだが、全員の体力が低下していた。
 このまま戦い続けることは不意の全滅を生むかもしれない。
 間もなく、過半数の蓄積ダメージが七割を超えてしまう。聖沙は戦闘継続が不可能になるラインを測りつつ、仲間に呼び掛けた。
「各自、出来る限りあと一撃ずつ。それで撤退よ」
 聖沙は自らの攻撃が通用しなくなっている事実を認めた上で、撤退の機を見極めることで仲間の役に立とうと尽力する。
 今は未だ敵を倒さずとも良いと頷き、刹助は癒しを続けた。
 弱点とパターンの情報が読み取れただけで、きっと充分な戦果なのだから。

●託す思い
 そして、ケルベロス達は最後の一撃を見舞おうと其々の心を決める。
 聖沙が周囲の重力場を極限まで高め、凛は白楼丸による剣戟陣で攻めてゆく。更に静がもう一度雪原の幻影を敵に魅せ、追撃とした。
 今です、と告げるような静の視線を受けた刹助は異界から低級病魔を召喚し、自らの身体にその力を宿した。
「生に貴賤もなければ死に尊厳もない」
 決まり文句めいた言葉を紡ぎ、刹助は血液を媒介にしたウイルスをグラビティとして放出する。その一撃が戦艦竜を蝕む様を見つめ、夜散は水面を蹴った。
「――喰らえ」
 音を置き去りにする如き速さで接敵した夜散の弾丸が次々とドラゴンに打ち込まれてゆく。だいじょうぶですよ、と今も耳に残る少女の声が思い返された。
 必ず帰ると決めた夜散は胸元に手を当て、撤退への意思を抱く。
 いちるもこれを最後にするのだからと気合を込め、魔導書のページを手繰る。
「封じられし邪神、私に力を貸して」
 ――虚喰。その名を呼べば、全てを喰らい尽くさんとする力が解き放たれた。だが、ドラゴンはその痛みを受けて尚ケルベロスを穿とう動く。
「危ない!」
 凛が呼びかけた刹那、静が身を挺していちるを庇った。それにより静の体力は尽き、戦う力が失われる。仲間が倒れることになってしまったが、殯は怯まず前に出た。
 そして、彼が咲かせるのは離別の華。
「せめてもの置き土産です。それでは、今は此処でさようなら」
 文字通り、ひとまずの離別となる一閃を放った殯は即座に踵を返した。
 目指すは全員での戦線離脱。水中に潜り、この海域を抜けようと示した殯は仲間を先導し、戦艦竜から距離を取ってゆく。
 凛は静のお蔭で皆が助かったのだと告げ、力尽きた体をしかと支えてやった。いちると聖沙も救命具に掴まった式を引っ張り、離脱の補助を行う。
 敵は離れてゆくケルベロスを暫し見つめていたが、追いかけてくることはなかった。そうして、戦艦を背にして泳いだ仲間達は撤退を無事に終えた。

 やがて、戦艦竜の海域から抜けたケルベロス達は陸地に到着する。
「よかった、です。皆さんが、無事で……」
「喋らないで良いわ。まずは手当てよ」
 目を覚ました静が安堵めいた言葉を零す中、聖沙は彼女の手当てを行っていく。
 狙いの外れもあり、戦いの中で削れた戦艦竜の力は二、三割程度か。殯は片手で眼鏡の位置を直し、軽く息を吐いた。
「皆さんも大事ないようですね。これも上々というところでしょうか」
 敵の弱点は理力。そして、比較的に後衛を狙うことを好む。
 この情報を後続に告げることを決め、殯は海を見つめた。いちるも同じように波打つ水面を眺め、双眸を緩める。
「少しでも、次に繋げることが出来たかな」
「ああ、何だって無駄なんかじゃねェ」
 ぽつりと零されたいちるの言葉を聞き、夜散は静かに頷いてみせた。倣って海を見つめた刹助も遠い目をして彼方を思う。
「何事も先を見極めなければならないな。勝利のために」
 この手は届くのだろうか。
 遥か海の先へ。望んだ未来の向こう側に。冬の空気を揺らす波の音は遠く巡り、何も語らぬまま彼等の思いを受け止めていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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