ぽっちゃりとスレンダーの終わらない戦い

作者:遠藤にんし


「俺のオンナ馬鹿にしやがって……テメェ、マジぶっ殺す」
「お前こそ分かってねぇな……」
 にらみ合う二人の、植物と化した両腕が蠢く。
 茨城県かすみがうら市には若者が作ったグループがいくつもある。彼らは、それぞれがそのグループのリーダーとなる存在であり。
 ――敵対関係にある攻性植物でもある。
「存在自体が不愉快だ……潰し合うしかねーみたいだな」
 二人の間に沈黙が下りる――グループの若者にはここへ来ないよう言い含めておいたから、邪魔が入る心配はない。
 そして、二人は叫びを上げる。
「俺の彼女はぽっちゃりで可愛いだろうがッ!」
「あのモデルのガリガリっぷりが良いんだよッ!」
 

 茨城県かすみがうら市において、攻性植物を受け入れた若者同士が抗争を起こしている――とヘリオライダーの高田・冴は言う。
「ぽっちゃりが良いか痩せぎすが良いかって……何馬鹿なことで競ってんの」
 カタルーニャ・バーミーズ(黒い尻尾の魔法剣士・e02722)は呆れ調子で、冴もその言葉にはおおむね同意。
「男にしか分からない世界ってやつなのかな……とりあえず、攻性植物のグループが合併しすぎるとまずい。どちらかを倒して、この争いを止めておこう」
 攻性植物2体の能力値はほぼ同一だが、ポジションはそれぞれスナイパーとディフェンダーの位置であるため、纏めて攻撃することは出来ない。
「攻性植物2体が共闘関係を結び、こちらに向かってくるようだと勝ち目は薄いかもしれない。……抗争を止めるためにはどちらか1体を倒すだけでも十分だから、どう動くかを考えてみてくれ」
 続いて冴は、彼らの争っている原因についても触れる。
「スナイパーの攻性植物……痩せ型の彼は、相手に自分の恋人の悪口を言われたことで激怒しているようだね」
 彼女のぽっちゃりした体型も大好きな彼にとって、その悪口を言われることは耐えられないことだったのだろう。
「対してディフェンダーの、こちらは少し恰幅の良い人だ。彼は好きなモデルの悪口を言われて激怒している」
 そのモデルは痩せぎす。ディフェンダーの彼的には好ましい体型のようだが、その辺りでこの二人の間には対立が起こったようだ。
「くだらないことから始まった対立のようだが、彼らの間にある溝は深く、関係の修復は不可能だと思って欲しい」
 彼らの争いを止めるにはケルベロスの介入、そしてどちらか一方の攻性植物の撃破が必要だ――冴はそう言って、ケルベロス達を見送るのだった。


参加者
織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)
小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
カタルーニャ・バーミーズ(黒い尻尾の魔法剣士・e02722)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)
草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)

■リプレイ


 睨み合うは太った男と痩せ型の男――そこに割り込んだのは、隣人力をフル活用した小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)。
「女子目線から言わせてもらうケド、ぽっちゃり=デブでしょ? ないわー」
 痩せ型の男を見据え、前置きも挨拶も無しに里桜はバッサリ切り捨てる。
「はぁ!? 何言ってんだテメェ!!」
 途端に激昂する痩せ型の男――太った男は突然現れた3名のケルベロスに戸惑った表情こそ見せているものの、隣人力と里桜の第一声があってか攻撃を仕掛けるつもりはなさそうだ。
「医者の端くれとしては、ぽっちゃりを肯定する訳にはいかないんだ」
 ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は告げる。
「太り過ぎは満腹中枢が壊れ自律神経失調症鬱貧血肌荒れ炭水化物依存症糖尿病に肝硬変、果ては多臓器不全でどうにもならなくなる」
 もちろんそれは痩せすぎでもそうなるわけだが、今はそれを言うべきではない。
「そもそも痩せてる者を否定されるのは俺を否定されるのと同じだ。悪かったなモデル体型で」
 自慢なのかそうではないのかは微妙なところだが、ルースは言って痩せた男を激しく睨む。
「っざけんなよ! ブッ殺されてぇか!?」
「やっぱり、太ってるより、スレンダーな方が格好いいよな」
 小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)は言いながらも、痩せ型の男の腕が植物に変形しつつあるのを確かめる。
 真奈の視線を受け取った里桜は携帯電話で、接触まで待機していた5名に呼び出しをかける。
 同時に物陰で黒猫が走るのをルースは見た――動物変身で黒猫になったカタルーニャ・バーミーズ(黒い尻尾の魔法剣士・e02722)が、待機している仲間に情報を伝えに行ったのだろう。
「俺の彼女はぽっちゃり可愛いんだよ! 余った肉がエロいんだよ!!」
「細い女の子の方が可愛いに決まってるじゃん! というワケで、加勢するよ!」
 呼び出しを終え、携帯電話をしまってから里桜は太った男へと笑いかける――赤い眼差しには、凶暴な色が宿される。
「さァて、派手に燃やしてやるよォ!!」
 目にも留まらぬ速さの一撃が、迫りくる痩せた男のツルを断った。
「よく分からんが……アイツを潰すの、手伝ってくれるんだな!?」
 太った男はケルベロスが自分の味方であることを理解し、里桜の呼び出しを受けて現れた5名を頼もしげに見つめる。
 駆け付けた織神・帝(レイヴンドマーセナリー・e00634)は無数の炎弾で痩せ型の攻性植物を取り囲み、一気に炎を噴き上がらせる。
「痩せているのが良いのは判るぞ。不要な肉が付いていなくてスマートだものな」
 太った攻性植物が何かの間違いでこちらに攻撃を向けることがないようにとそう語りかける帝。
 太り気味の人間を褒める言葉と痩せ型の人間を褒める言葉は表裏一体――どちらが表かは分からないが、ひとまず今は痩せ型を褒め、太ることを貶すのが得策だった。
(「男って勝手よな。おばちゃん、呆れてまうわ」)
 真奈は内心で溜息をつきながら、拳に赫々と燃える炎を纏う。
「刃の錆は刃より出でて刃を腐らす」
 つぶやきの後、真奈の拳がめり込む――攻性植物の体に引火し、音を立てて激しく燃え盛る炎にも負けないようにルースは声を張り上げる。
「お前は彼女を殺す気か? ん? 聞いてんのかこの野郎」
「うるっせえ!!」
 怒鳴り声を聞いてもルースは表情ひとつ変えないまま総合劇薬を口に含む。
「享年108歳、とある子爵は斯く語る――」
 毒であろうとも自らが求めたものならば極彩色の栄養となる――太っていようと痩せていようと惚れた女なら、ただ一心に愛せば良いだけのことではないか。
 含み笑いと共に現れた大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)は、オリュンポスコートをなびかせて叫ぶ。
「フハハハ……我が名は、世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大首領!! 話は聞いたぞ! 女幹部を加えるなら、市井の小娘よりもあのモデルの方がプッシュに決まっているではないか!」
「ボンテージとか着て欲しいよな!」
 ものすごく良い笑顔で領に言う太った男。実はそのモデル知らないんです――とは言えないので、領は戦いに集中していて聞こえないふりをしておいた。
 領のミミックは大口を開けて攻性植物にかじりつき、葉をブチブチと引きちぎる。草壁・渚(地球人の巫術士・e05553)も虚空刃で攻性植物の根を裂き、容易には癒せない傷を与えた。
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)は攻性植物の頭を押さえて動きを封じ、もう片方の手で持つ鉄塊剣を肩へと叩きつける。確かな手ごたえを覚え、ユウマは右目だけで攻性植物を見つめる。
 女性の体型のことで互いに譲らず、ここまで対立してしまう気持ちはユウマには分からない。
 でも、この敵を確実に撃破したいという気持ちは、譲れないものだった。


 地面を割って出現する根は、等しくケルベロスたちに襲い掛かる。
 広範な攻撃を中心に用いる攻性植物の攻撃は一撃一撃が重く、油断していいものではない。カタルーニャは絶えず床に守護星座を刻み、仲間へと癒しを届けた。
 太った攻性植物の男とは、ひとまずの共闘関係ということで落ち着いた。突如として現れたケルベロスたちを訝しみはしているが、現状においては敵ではない、ということは理解しているらしい。ケルベロスたちを庇うことはしないが、同時に攻撃もすることはなかった。
 ゾディアックソードを掲げて魔法陣の外円を描いたカタルーニャは魔法陣の中央に入り、天から床へと流れるように何かを描く。エキゾチックな舞いにも似た動きによって、前衛に立つケルベロスたちは回復していく。
「ありがとっ!」
 渚はカタルーニャに笑顔を向けてから、青白く揺らめく炎を攻性植物目がけて射出する。
「今しばらく、休むが良い!」
 響く爆音は帝のアームドフォートから。動きを封じる目的で斉射されたアームドフォートの主砲の横を走るのは真奈。すれ違いざま、真奈は帝に囁きかける。
「おばちゃんに任しとき」
 何を、とは問うまでもなく行動に示してくれた――真奈が放ったのはルーンアックスによる地裂撃。攻性植物を叩き斬る一撃が振り下ろされると、床にヒビが入って辺り全体が大きく揺れた。
「アンタが壊して壊してブッ壊してやるよッ! 覚悟しなァ!!」
 里桜から迸るのは戦意、闘気、そして高揚。
 殺し合いの最中にあっても里桜は死合うことに飢え、欲望のままに召喚の声を上げる。
「地獄の焔を引き連れし鬼、我が怨敵を灰燼と化せ」
 暗い絶叫を上げる紅蓮の鬼が現出し、攻性植物へと立ち向かう。
 ルースの撃ち込む魔力弾は鬼ごと攻性植物を貫き、黒々とした穴を与える。攻性植物もまた叫びを上げ、戦場を満たす音は耳をつんざくほどになる。
「鼓膜破れそうだな……破れっと処置が面倒なんだよな、アレ」
 厄介なことだとつぶやいて、ルースは攻性植物から距離を取った。
「ハチの巣にしてくれる!」
 領はガトリングガンを連射。一見して滅茶苦茶な撃ち方だったが、それでいて攻性植物の要所は押さえている。攻性植物は一時的に体に力が入らなくなり、その場にへたりこんでしまう。
 隙は刹那のものとユウマは理解していた。だからこそ、逃しはしなかった。
「当ててみせます!」
 鉄塊剣と、それを持つ片腕を地獄の炎が包み込む――斬り裂きの後にユウマは鉄塊剣を持つ手を変え、今や空となった炎を纏う腕で激しく攻性植物を打ち据えた。


 ユウマの攻撃を受けた攻性植物の腹の辺りは、黒く扁平に形を変えている。
 渚は特殊な歩行法を行いながら宝刀に霊力を注入、そして攻性植物へと肉薄する。
「これが草壁流の真髄、とくと味わいなさい!」
 発動した心霊術。無数の斬撃――渚の放った討魔之太刀は幾度も幾度も攻性植物を襲い、奥義にふさわしいダメージを加えた。
 攻性植物との戦いも佳境、確実に攻撃することが求められる――そう考え、帝はグラビティ・チェインの濃度を高めていく。
 帝の周囲の空気が歪む――歪んでいるのではない、集ったグラビティ・チェインの濃度が高まり、鎖状に形成されたそれが姿を顕しつつあるのだ。
 握り締めることが出来るほどに確かな輪郭を持ったそれへと、帝は命じる。
「竜血により命ずる! 魂をも縛り堕とす重力鎖よ、捕えよ!」
 迫りくる重力鎖縛咆を避ける術など、どこにもない。
 カタルーニャは素早く仲間達の様子を確認し、回復の必要がないことを確かめる。ゾディアックソードを手にカタルーニャは身を躍らせる。
「近づいたら勝てると思ったか? この剣だって飾りじゃねぇよ!」
 片腕だけで自身の体を支え、もう片方の手に持った剣でまずは一撃。
 宙返りをひとつ、両脚で地を踏みしめて上から下へと流麗に一撃。
 攻性植物の腰から肩へと斜めに、力任せの一撃。
 そして最後は、爪先だけで回転しながら細かな斬撃を無数に与える一撃。
 舞うようなエレメンタルスラッシュを受け、攻性植物は人とは思えないような呻きと共にツルをケルベロスへと向ける。
 ルースは姿勢を低くしてツルを避け、凍てつく波動を解き放つ。避けた攻撃の行方を追ってルースが振り向けば、攻撃を受けとめたユウマの胸からは血が滴っていた。
「簡単に倒れるわけにはいきません!」
 自らを鼓舞するように言うユウマ――これまで潜り抜けてきた数多の戦場を抱く胸は不可視の防御膜に覆われ、更なる継戦能力をユウマに付与した。
 スナイパーの位置につく太った男性の攻撃も攻性植物へと向かう――ミミックの作りだした偽りの輝きは、やがて領の生み出す歪な巨腕へと姿を変える。
「全て我が掌の上だ!」
 姿を見せたのは巨腕のみ。浮遊する一対のそれは攻性植物を正面から捉え、叩き潰し。
 跡形もなく、粉砕した。


 ひとまず一体の攻性植物を撃破し、渚は休憩のために腰を下ろす。
 幸いにもサーヴァントを含めて戦闘不能者はいない。出来ることならば10分の休憩で完全に傷を癒し、残る攻性植物も倒してしまいたいところだった。
「女性性といえばふくよかさだの男にはない脂肪の塊も確かに胸元にあるが、それは肥満と表裏一体であるからな」
 帝はそう口を開き、先ほどまで共闘関係にあった攻性植物を引き留めにかかる。
「お前から見て、あたしくらいの体型・身長の女って痩せてるうちに入るのか?」
 カタルーニャも適当な場所に腰掛け、何気なさを装って問いかける。
 ……小柄だがグラマーなことを気にしているカタルーニャからすれば、太っていると言われるのは落ち込むこと。何気なさを装っても、耳と尻尾までは誤魔化せていなかった。
「俺好みの細さではねーけど、太ってはないだろ」
 そんな回答を聞くと、猫耳がひとつ、ぴょんと揺れる。
「ええと……痩せた女性が好きなんですよね」
「そうだ。ごつごつと硬い体を抱き締めることを考えると、昂る」
「そ、そうなんですか……」
 自分で話題を振っておいて何だが、ユウマはちょっと引き気味。
 痩せぎすを愛する彼にも賛同できないと思っているのは、帝や真奈も同じこと。他の面々も、体型にはさしてこだわりがなかった。
 ――話の接ぎ穂を失い、沈黙が下りる。
「……ま、アイツがいなくなったってことで向こうのグループは壊滅だな」
 攻性植物は立ち上がり、そうつぶやく。
「向こうを吸収合併するのは無理だろうな……でも、アイツを潰せてスッキリした。サンキュ」
 すたすたと立ち去ろうとする攻性植物。
「……どこに行くんだ?」
「帰るよ。疲れたし、ここより家で休みたい」
 確かに、ここは家やたまり場のように、彼にとって心安らげる場所ではない。
 しかし、ここで帰してしまっては彼の撃破は叶わない――ケルベロス側は休憩の後でなら戦いを続ける意志があった。
 呼び止めたい、とは思った……しかし、会話だけで10分もの時間稼ぎをするには、意外と辛いものがある。
 たくさんの話題を提供出来れば10分持たせることも出来たかもしれないが、ケルベロスたちが事前に用意した話題では足りず、影響はないに等しい。
 攻性植物の好感を得るための行動は里桜の隣人力と肯定的な会話のみ。出会ったばかりの人を10分間引き留めるには、それでは不足だった。
「じゃ、気を付けて帰れよ」
 言って、攻性植物は早々に現場を立ち去る。
 彼と敵対するための言葉を投げかけ、不完全な状態であっても戦う選択肢をケルベロスたちは選ばなかった。だから、彼らは攻性植物を見送るほかない。
「フハハハ……恐れをなして逃げるとは、臆病な者だな」
 攻性植物が去ってから、領はそう言う。
「秘密結社の専売特許・裏切りは、また今度見せつけてやろう」
 言いつつも、領の言葉には裏切りや掌返しをせずに済んだことへの安堵も含まれている。
「……一体だけになったのだ、下らんことで周囲に被害が出るような恥ずかしいことは防げたよな?」
「成功は成功やし、しゃあないな」
 帝の言葉に、真奈はそう肩をすくめる。
 ――やがて10分が経過し、ケルベロスたちの傷は完全に癒える。
 怪我人もないし、グループの拡大を防ぐことも出来た……安堵を胸に、ケルベロスたちは大晦日の街へと戻るのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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