解き放たれた脅威

作者:こーや

●雷の竜
 ここは大阪の北に位置する住宅地だった。高い建造物と言えばビルではなくマンションではあるものの、生活必需品の買い出しに困ることはない。
 そんな中堅都市に突如現れた巨大な姿。むくり、と頭を起こし、大きな翼を広げて羽ばたく。が、巨体が宙に浮かぶことはなく、風を起こすのみ。巨体は飛び上がることを諦めて翼をたたむ。代わりに周囲へ視線を向け、のそり、歩き始めた。
 とてつもない質量を感じさせる地響き。ずしん、腹の底に響くような音と共に土煙が巻き上がる。風切り音が聞こえたかと思えば、建造物が砕かれ破片が飛び散る。
 より人が集まる場所を求め、悲鳴を上げて逃げていく人々を巨体が追っていく。太い尾を、爪を振るって街を破壊しながら巨体は進む。飛び散った破片に潰される者もいれば、巨体の一撃でそのまま命を落とす者もいる。
 人々がこの脅威を目にしたのは初めてだ。けれど、理解していた。これがドラゴンと呼ばれるデウスエクスだということを。

●脅威の目覚め
「自分、とんでもないものを予知したっす」
 ヘリオライダーである黒瀬・ダンテの言葉に居合わせたケルベロス達は顔を見合わせる。整った容姿とは裏腹に腰が低いダンテは、ケルベロス達の様子を窺いながら話を続けた。
「ドラゴンが街中で暴れだすんっすよ」
 ざわり、ケルベロス達がどよめいた。無理もない。ドラゴンは先の大戦末期、オラトリオによって封印された存在だ。そのドラゴンが復活したという事実は衝撃であった。
「飛べないあたり、グラビティ・チェインが足りてないみたいっすね。そのせいで街を破壊しながら人が多く集まっているところへ移動するんっす。たくさんの人を殺して力を取り戻すつもりなんすよ」
 ドラゴンが力を取り戻し、飛行が可能となれば被害が拡大するのは明白である。叩くのであれば弱っている間が最良。
「ドラゴンは一体だけっすけど、馬鹿デカいっす。10メートルくらいっすかね。尻尾を叩きつけたり、硬化させた爪で貫きに来たりするっす。雷のブレスを吐いてるところも見たっすけど、これを喰らうと痺れて動けなくなるかもしれないっす」
 弱っているとは言え、相手はドラゴン。大きいだけでなく、強力な敵に違いない。
「市民には避難勧告を出すっす。街は破壊されてもヒールで治せるっすから、皆さんはドラゴンを倒すことだけに集中して欲しいっす」
 顔を強張らせるケルベロス達に、ダンテは先ほどまでとは違うキラキラした瞳を向けた。
「ケルベロスの皆さんならきっとやれるっす。自分も応援するっすよ!」
 暁月・ミコトは緊張を湛えた瞳をケルベロス達へ向けた。真剣な眼差しで彼女は力強く頷いてみせる。
「ドラゴン、ですか。絶対に逃がす訳にはいきませんね。僕もお手伝いします。頑張りましょう」


参加者
伏見・勇名(レプリカントの鎧装騎兵・e00099)
アイリス・グランベール(烈風の戦姫・e00398)
リト・フワ(レプリカントのウィッチドクター・e00643)
キール・カルディナール(紫電清霜・e01384)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
フィオーレ・ハイリヒファルベ(ウェアライダーの降魔拳士・e02828)
鳶風・鶸(レプリカントの鹵獲術士・e03852)
海野・桔梗(疾風の居合士・e05785)

■リプレイ

●奇襲
「おおきいドラゴン、はじめて見る」
 ビルの陰に身を潜めながら伏見・勇名(レプリカントの鎧装騎兵・e00099)はドラゴンを盗み見る。呟きはドラゴンの移動による地響きで容易くかき消された。
 しかし、逃げ遅れた一般人がいないか、と周囲に気を配っていたミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)にはその声が聞こえたらしい。
「あのような巨大なドラゴンが、復活してくるとは……放って置けば、どれだけの被害を及ぼすか……」
「僕も覚醒したてで竜と戦うことになるとは思わなかった」
 壁に凭れ掛かりながらもキール・カルディナール(紫電清霜・e01384)は嘆息し、すらり、斬霊刀を抜き放った。彼の位置からでは見えないものの、足の裏から伝わる振動はドラゴンが近づいてきている事を証明している。
 一人、空を眺めていたリト・フワ(レプリカントのウィッチドクター・e00643)が勇名の頭越しにドラゴンへ視線を向けた。先程までは手の平ほどに見えていた姿は、その巨体を実感させられるほどに近くにある。ドラゴンはビルの陰に隠れているケルベロス達に気付いてはいないようだ。
「強力ですが復活して間もなくであれば十分勝機はある筈です」
「たおす……うん、もんだいない。さいぜんをつくす」
 アイリス・グランベール(烈風の戦姫・e00398)はそんな四人のやり取りを、道路を挟んだ向かい側のビルから眺めていた。一人、屋上から仕掛けることを選んだ彼女の金髪をさらり、さらりと風がさらう。
 そのビルの根本にいる鳶風・鶸(レプリカントの鹵獲術士・e03852)からではアイリスがいる場所は死角になっていて見えない。それが分かっていても面倒見のいい彼は気になるのか、何度もそちらを見遣る。建物が壊される音は、もうすぐそこに感じられるようになってきている。
「きっと大丈夫ですよ」
「すみません、どうしても気になってしまって」
 鶸は暁月・ミコト(地球人のブレイズキャリバー・en0027)に苦笑を返すと、他の仲間達にも視線を向け、様子を確認し始めた。
 そんな鶸を尻目に、フィオーレ・ハイリヒファルベ(ウェアライダーの降魔拳士・e02828)は拳を握っては開き、握っては開きを繰り返す。
 10mのドラゴン相手に自分の拳が通用するかどうかは分からない。それに怖そうだが……暴れているのであれば退治するまで。心中で導き出した結論を固めるかのように、フィオーレはぐっと拳を強く握り締めた。
 それと同時に海野・桔梗(疾風の居合士・e05785)が腰を落とす。ヘリオンの中ではボクスドラゴン『斑鳩』と遊んでいた桔梗だが、今はその影も無い。
 東洋の龍のような姿の斑鳩はすぐそこに迫っている強大な存在を感じ取ってか、ふるり、と身を震わせる。途端、土煙が舞った。
「さぁ、僕らの初陣だ。行こう」
 キールが静かに言い放つと同時に、鶸が石化の光線を放った。光線は一直線にドラゴンへと向かい、その羽を打つ。
「!?」
 予想外の攻撃にドラゴンが動きを止めたのは一瞬。けれどその隙に、太陽を背に飛び降りる一つの影。
 ドラゴンの体に石化の光線を浴びせかけながら地面へと降りていくアイリス。
「わるい、けど、このさきは、いかせない」
 タンッとアイリスの足裏が地面を叩くと同時に、勇名のバスターライフルが熱を奪う凍結光線を撃ち出した。
 身体を蝕む異変に、苛立たしげにドラゴンは顔を歪めた。ケルベロス達の身体を震わせるほどの咆哮と共に硬化させた爪でアイリスに襲い掛かる。
「こっ、な、くそっ!」
 咄嗟にドラゴンとアイリスの間に割って入った桔梗。胴に受けた衝撃の重さに、口内へ血液が押し寄せる。お返しとばかりに繰り出された霊体を汚染する斬撃は空を斬った。主の後に続いた風鬼の水のブレスも、ドラゴンの腕を掠めるのみ。
 桔梗が顔をしかめている間に、逢川・アイカの小型治療無人機が桔梗の周囲を固める。無人機による治癒で痛みが僅かに和らぎ、桔梗は口に溜まっていた血を吐き出した。
「ウイルス、投射します」
 桔梗の横をリトのウイルスとミルフィの黒い魔法弾が駆け抜けていく。ドラゴンはウイルスを受けながらも、身を低く沈ませ魔法弾をかわす。先程の桔梗の一撃もそうであったが、ミルフィの一撃も軌道を読まれていたようだ。
「流石、と言わせて頂くところかしら」
 そう呟いたのはミルフィであったが、この場に集まった全てのケルベロス達はドラゴンとの間にある、大きな力量差を強く感じていた。

●攻防
「でも、やれることをやるだけ」
「その通りです!」
 力強く踏み込み、放たれたキールの斬霊刀がドラゴンの皮膚を薙ぐ。キールの背を追う様に放たれたミコトの黒鎖はドラゴンの翼が巻き起こした風に阻まれた。
「ぜーったい、みんなで勝つの!」
 獣化したフィオーレの拳がドラゴンの体に叩きつけられる。
 拳に乗せられたプレッシャーはドラゴンに圧し掛かり、前に立つ五人と一匹へと振るわれたドラゴンの尾からアイリスと勇名が逃れることを許した。
 先程まで身を隠していたビルの破片が飛び散り、土煙が舞う。ぐっと足に力を入れて堪えていた桔梗の背後から、鶸が捕縛の御業を放った。
「今のうちに、お願いします」
「任されました」
 リトが腕を振るうと薬液がキール達に降り注ぎ、彼らが負った傷を癒していく。
 足を止めてしまいかねないほどの圧力が取り払われるのを感じながら、キールは積み重なった瓦礫の上を走り、炎を纏わせた刀を振り下ろす。
 ドラゴンが身を翻すべく動いた。避けられる、そんなキールの予測とは裏腹に刃がドラゴンを捉えた。鶸の御業がドラゴンを捕縛しているのだ。
 ふっとキールは笑った。
「止まっていては、いかにドラゴンとは言えど、でかい的にしか過ぎないよ」
「そういうこと。……ここ」
 言葉のぎこちなさに反し、勇名の流れるような電光石火の蹴りが巨体の胴体に叩き込まれる。
 続けて与えられた痛みにドラゴンはくぐもった呻き声を漏らすが、ケルベロス達は止まらない。
 高く飛び上がったミルフィが流星の煌きを足に乗せ、蹴りを背中に叩き込む。
 ドラゴンがミルフィに意識を向けた間にもアイリスが肉薄し、研ぎ澄まされた達人の一撃は硬い皮膚を裂き、血が舞う。
「この街を我が物顔で歩いてほしくないの!」
 血飛沫の隙間を縫って現れたフィオーレの指先はドラゴンの気脈にはあと一歩届かず、空振る。けれど、フィオーレの緑の瞳が曇ることはない。
 ミコトがドラゴンの横合いから仕掛けた。炎弾がドラゴンから生命力を奪うと、リトの支援を受けてなお癒えてきっていなかった傷が一つ、塞がる。
 風鬼を引き連れた桔梗は瓦礫を踏み越え、飛び掛った。空の霊力を帯びた二振りの刃はキールが刻んだ傷跡を抉り、封印箱に入った斑鳩の体当たりが続く。
 苦痛に満ちた咆哮が街を揺るがした。傷を癒すことも自身の身体を清めることも出来ないがゆえの苛立ちすら滲み出ている。
 強い。しかし、倒せない相手ではないとケルベロス達が思ったその時。バチバチと、何かが弾けるような音が聞こえた。
「ブレスが来るの!」
 悲鳴交じりのフィオーレの警告が響き渡る。ドラゴンの口腔から稲妻が後方にいるリトと鶸へ解き放たれる寸前、斑鳩がリトの前に立ち塞がった。雷のブレスは鶸と斑鳩を包み、打つ。
 鶸は全身に残る痺れを無視し、奥歯を噛み締めてオーラを溜めて身体の異常を取り除く。
 リトとアイカが回復を優先してくれてはいるが、ドラゴンの一撃はどれも重い。回復が追いついているとは言い辛い状況だ。
 仲間の回復を手伝うべきか……勇名は迷いを一瞬だけ見せたが、すぐに走り出した。瓦礫を伝い、ドラゴンの背に駆け上ると同時に降魔の一撃を振り下ろす。留まる事はせず、地面へ降り立つ。
 その間にもキールの斬撃が、アイリスの石化光線がドラゴンに迫る。ドラゴンは唸り声を上げながら、二人の攻撃を凌ぐが、まだ終わってはいなかった。
「盛者必衰。今日滅びるのは俺達じゃない」
 桔梗の鎌鼬めいた斬撃がドラゴンの身体を刻み、その身に纏わりつく氷を拡大させた。
 怒りに燃える視線が飛び離れて行く桔梗を追う。しかし、硬い爪が桔梗へ伸びる前に炎の人形がドラゴンに組み付いた。巌・凱は人形ごと、武装化した黒い液体をドラゴンの体に叩き込む。
 その攻防を見ていた鶸は静かに断言して見せた。
「自分達は一人ではありません。だから……そう簡単には倒れはしません」

●決着
 ミコトの黒鎖をかわしたドラゴンの爪がアイリスの身体を打った。アイリスはコンクリートを踏みしめ、崩れ落ちるのを堪えた。感情の薄い表情はどこか好戦的に見える。
「貴方を倒しきるのが先か、私が砕けるのが先か、勝負。……風よ、我が身に纏え」
 援護するように鶸の御業が飛び、ドラゴンを鷲掴む。
 その隙に唇へ滲み出た血を拭ったアイリスは、刀に風を纏わせると超神速の連激を繰り出した。一撃ごとにドラゴンの体に新しい傷が生まれ、血に染まっていく。
 爪先を地面に食い込ませて耐えるドラゴンにフィオーレが迫る。ダンッダンッ、と音を立て瓦礫を踏み散らしながら手足を獣化させた。
「ここから全力っ、なの!!」
 重力を集中させた手足がドラゴンの背中に落とされる。絶叫し、ドラゴンは身悶える。フィオーレは振り落とされる前に自分から地面へと降り立った。
 そこへ黄金の果実の聖なる光が最前線に立つ五人と一匹に降り注いだ。勇名がリトを振り返ると、リトは大丈夫だと言わんばかりに頷いてみせる。
 勇名も頷きを返し、回復よりも攻撃をと思考を完全に切り替えた。蹴りを炸裂させると、ドラゴンの巨体がぐらり、沈みかける。
 けれど、ドラゴンに終わりが近いことは誰の目にも明白。
 ガコン、高く鈍く響く音と共にミルフィの全艦載兵器が姿を変えていく。見る見るうちに巨大なロボットのようになった自身の兵器にミルフィは身体を滑り込ませた。
「これで終わりに致しますわ……アームドクロックワークス・ナイトオブホワイト、全武装開放!」
 ミルフィの武器が火を噴き、ドラゴンへと襲い掛かる。土煙が立ちこめ、暫しの間ドラゴンの身体が隠れる。
 油断無くドラゴンを見据えるケルベロス達の耳と体に、ずしん、とドラゴンが崩れ落ちる音が伝わった。

 ドラゴンが動かなくなったことを確認すると、フィオーレはすぐに壊れた建物へと駆け出した。
「さぁ、悪いのは倒したから、街を回復するの~♪」
 そんなフィオーレを見送り、キールとミルフィ、勇名は崩れた街並みを見回した。
「それにしても……流石に相手が馬鹿でかいとこうなるか。やれやれ」
「少々派手にやり過ぎましたかしら……」
「でも、みんな無事でよかったとおもう」
 瓦礫があちこちに散らばり、建物は無残な姿を晒している。戦場が広がりすぎないよう気をつけはしたが、どうしても限界があったのだ。
 言いながらもミルフィは桃色の霧を放出させ、勇名は指輪から光の盾を具現化させて、それぞれ破壊された建物を戻していく。
「キールさん、怪我は……」
「僕は自分でも治せるし、後回しで良い」
 キールはリトの申し出を丁重に断った。建物のヒールは出来ないが自分の治癒ならば出来る。まだ痛みはあるが、それはぐっと堪え、リトに建物の修復を優先するよう促した。ミコトもキールに倣って、傷は自分で治すと告げる。
 斑鳩も桔梗にじゃれ付きながらも、桔梗に言われるままに建物の修復を行っている。
 その様子を微笑ましそうに眺めていた鶸も溜めた気力を建物へと送り、元の姿へと戻していく。破壊される前の姿をはっきりと覚えてはいるが、若干の幻想が混ざって少し、違う姿になってしまったが仕方のないこと。
 薬液の雨を降らせたリトの目に、アイリスの姿がちらついた。怪我が残っているのかもしれない。気になったリトはそちらへと視線を向けた。何か問題があった訳ではないと分かり、ほっと息を吐く。
 リトの視線に気付かぬまま、アイリスは倒れたドラゴンの頭の前に立ち、ぽつり、告げた。
「貴方のおかげで、またひとつ強くなれます」
 元の姿を取り戻しつつある街並みを、ケルベロス達の髪や服を弄びながら風が吹きぬけていく。夏の終わりを告げるような、冷たい風だった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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