恋する電流マシン~花灯路夜歩き

作者:黒塚婁

●潜む敵、潜む場所
 十二月二十四日に発見されたダンジョン――その正体は、体内に残霊発生源を内包した巨大ダモクレスが破壊された姿であった。
 このダンジョンは現時点でも修復中であり、ダモクレス勢力に協力している螺旋忍軍の一派によって隠蔽されていたため、今まで発見されることはなかったが、探索の結果、このダンジョンの修復には『つがいである二体の人間を同時に殺害して合成させた特殊な部品』が必要らしい。
 そして、日本各地に配置されている『回収用ダモクレス』の潜伏箇所が判明したため、これ以上殺されて部品化されるカップルが出ないように阻止する事となった。
 さて、それらは何処に潜んでいるのかというと――。
「そのダモクレスは、俗にデートスポットと呼ばれる場所に潜伏している」
 苦虫をかみつぶしたような表情で、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はそう告げた。
 デートスポットという単語に顔をしかめるのもいかがなものかと思うが、それだけではないと彼は言う。
「その場所を訪れる男女に対し、その恋心を増幅させる――即ち、部品に相応しい精神状態にする電流を浴びせる。その上で殺して、部品とする……という手口だそうだ」
 眉間を押さえたまま、彼は説明を続ける。
「このダモクレスの戦闘能力はそこまで高くはない。だが、妙に隠れるのが巧い。それこそ奴らから電流でも浴びせられない限りは発見できん。ゆえに『人間のつがい』であると奴らに認識される二人で赴き、釣るしかない」
 件のダモクレスの名はその能力から『恋する電流マシン』と、仮称することになった――と告げる辰砂の目つきがますます険しくなった。
 誰が決めたんだとか呟いているが分かり易くて結構なことである。
「一カ所のスポットに八体、ソレの存在が確認されている。即ち、こちらも八組、カップルないしはカップルに偽装したものが捜索する必要がある、ということだ」
 恋する電流マシンはバスターライフルを武装している。特殊な攻撃は電流のみで、それ以外は普通のダモクレスと変わらない。
 個体の力はさほど強くはないのだが、二人で対峙する事を考えれば、大体互角の戦いになると考えるべきだろう。
「貴様らに向かって貰う場所は、京都の嵐山――嵐山花灯路だ。渡月橋に竹林の小径、各神社への道、名所がライトアップされている……ここを『カップルらしく徘徊』すればダモクレスが電流を浴びせてくるだろう。その電流の発生源を突き止め、ダモクレスを倒せ、ということだ」
 この日、一般人は一時的に避難させられているため、狙われるのは十六人のケルベロスのみとなる。
 気にせず戦うといいと、彼は告げる。
「……まあ、気力を削がれる名前はともかく。止めねばならぬ危険な存在であることは確かだ。貴様らが本物の関係かどうかは知らぬが、頼んだ」
 いつもより疲れたような雰囲気で、辰砂は説明を終えたのだった。


参加者
ヒメノ・リュミエール(オラトリオのウィッチドクター・e00164)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
ルヴィル・コールディ(ドラゴニアンの刀剣士・e00824)
朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)
タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
ルムア・フェネーク(熱砂に流離う砂狐・e13489)
クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)

■リプレイ

●いざ決戦へ
 夕闇は静かに古都を包み――鮮やかな人工灯が道を照らす。
 浮き上がる渡月橋を眼前に、川縁でケルベロス達は幻想的な世界にそれぞれ感嘆する。一般人が避難しているためだろう、いつもは多くの人で賑わう通りもしんと静まり、非日常感が強かった。
「じゃあみんな、気をつけて、なのですよー!」
 明るく手を振り、タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)とピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)が人目も憚らず――といってもケルベロスしかいないが――腕を組み、甘やかな雰囲気でさっさと歩き出していく。
 唯一既に成立している関係なこともあったが、言葉を交わす様子といい密着度合いといい、それはもう最年少カップルとは思えない仲睦まじさだ。
 彼女達の姿に背中を押されたか否か。
(「フリとは言えヒメちゃんとカップル……! こんなチャンス滅多にない!」)
「ぼ、ボク達も行こうか、ヒメちゃん!」
 内心では拳をぐっと握りながら、現実は明らかに緊張しているギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)は――それでも紳士な態度を守ろうと、片膝をついてヒメノ・リュミエール(オラトリオのウィッチドクター・e00164)に恭しく手を差し出した。
「何だか少し気恥ずかしいですね……」
 頬を少し染めつつ、ヒメノがおずおずと手を伸ばす。
「ヒ、ヒメちゃん……! ああ、こんな風に手を繋いで歩けるなんて! ボクは本当に幸せだよ! 二人の、あ、愛の力で……! ダモクレスを必ず倒そう!」
 この時点でギルボーグは舞い上がっていたり精一杯だったりするが、何とか表情を作り、彼女をエスコートすべく歩き出す。
 そして――緊張とは伝染するものである。
(「デート、デート……デートですか、良いのでしょうか……? コールディさんはとても素敵な人ですが、私では釣り合いが取れていないというか……」)
 両手で頬を押さえながら、朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)はちっとも落ち着かぬ心を宥めようと納める。
 そう、これは依頼。フリなのだ、フリ。
 言い聞かせながら、何とか落ち着きを取り戻そうと、一呼吸置き――その吐息が白く登っていく。
「ほら、寒いからマフラー巻いてこうか、カップルっぽく、な~」
 ルヴィル・コールディ(ドラゴニアンの刀剣士・e00824)が柔和に微笑み、少し緩んだほのかのマフラーを巻き直す。
 途端に、色白の肌が一気に上気し――ふるふると首を振って誤魔化す。照れるな~と笑う彼と手を繋ぎ、そのぬくもりに更に鼓動が高鳴った。
(「意識するなという方が難しいです……」)
 そう、既に戦いは始まっているようなものである。
 橋を渡っていく仲間達の背を見送ってルムア・フェネーク(熱砂に流離う砂狐・e13489)は振り返る。
「僕達もカップルぽく見えるよう手を繋いで行きませんか」
「……あ、ああ……」
 差し出された掌に、クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)は頬を染め、ぎこちなく手を重ねた。
(「……何だか落ち着かん……もしやこれが恋する電流か……!?」)
 きょろきょろと周囲を見やるクーの姿に、ルムアは首を傾げ。つと、嬉しそうに目を細めた。
「贈った洋服、着てくださったんですね。良く似合います」
「ルムアの見立てが良いからだな」
 彼の嬉しそうな表情に、無自覚に笑顔を返し、二人は歩き始めた。

●渡月橋
 日が暮れた水辺に鳥などの姿もなく、大堰川は光を映し、ただ穏やかに揺らぐ。
 タニアとピリカは黄金に染まった橋の上で、ひたすらいちゃいちゃしていた。普段ならば間違いなく見咎められるだろうが、そもそも人目がない。
 唯一の視線といえば、ピリカのボクスドラゴンであるプリムだが、幸せそうな主を温かく見守っている。
 抱きつきながらじゃれるタニアに、くすくすとピリカが宥めるように頭を撫でる。
 無邪気で純粋に甘えてくるタニアに対し、ピリカは年上として彼女を包んであげないと――と日頃は考えているが、やはり年相応に楽しい事に流れていってしまう。
(「今回は任務だしいいよねっ」)
 甘い空気を惜しげもなく、二人の距離は物理的にも更に縮まろう――という瞬間、びりっと電流が走った。
 直後、タニアの大きな瞳はますます熱を帯び、潤む。
「ピリカちゃんの良い所も悪い所も全部含めて大好きなのですよっ」
「うん、私もタニアちゃんのこと……ってあれ?」
 愛の言葉と短いキス――普段の言動とあまり変わらないので普通に受け止めたが、明らかに彼女の背後に何かいる。タニアの状態異常を治す理由も止める理由もなく、そもそもそんな様子も可愛いとか思ったりしたが、もうひとつの目的も忘れてはいけない。
 名残を惜しみつつ、二人は戦闘態勢に入る。
「こんちはーーっ!!」
 光る渡月橋よりも更に眩く――ピリカがわたしですを発動する。
 その輝きを背に、チェーンソー剣を振り上げ、タニアは頬を膨らませたまま跳躍する。
「恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、なのですよ!」
 一喝と共に放たれたチェーンソー斬りは、ダモクレスの腕を捉え、深いヒビを走らせた。だが、相手は怯むことなく、冷静にバスターライフルを構え直す。
「危ないっ、タニアちゃん!」
 至近距離からのゼログラビトンは、とても躱せそうにない――一撃喰らう覚悟した瞬間、柔らかい両腕が彼女を包んだ。
 ピリカに抱きしめ庇われていると自覚した時、電流を浴びたからなのかどうか、タニアはますますときめき――同時に、ダモクレスへの更なる怒りが湧いてきた。
 そんな二人をプリムが更に庇う。
 ありがとう、と相棒に微笑んだピリカの腕の中から、タニアがするりと抜け出したかと思うと、ダモクレスへと飛びかかり、
「(「・ω・)「 ぎゃおー」
 全力で咆える――竜の咆哮。それは彼女の感情を乗せて、更に強烈な一撃になっていたかもしれない。ピリカが惨劇の鏡像で追い打ちをかければ、出歯亀の末路とばかり、ダモクレスはあっさりと崩れ落ちた。
 見事二人と一匹は勝利すると、気を取り直し、再び腕を絡ませ次の場所へと移動を始めたのだった。
 次にあったダモクレスに見せつけてやろうとか、考えつつ――。

●竹林の小径
「その、冬の京都はやっぱり寒いですね……」
 巻いて貰ったマフラーを空いた片手で触れつつ、ほのかはぎこちなく笑いかける。
「そうだね~、でも、ほのか顔が赤いけど大丈夫?」
 問われれば、更に顔が熱くなる。
(「こんなシチュエーションに寒さは感じる余裕はありません……!」)
 端的に言ってしまえば、憧れの相手と手を繋いで寄り添い歩いているのだ。当然である。
 ルヴィルと繋いだ手は暖かく、意識が自然とそちらに向いてしまう。緊張と動揺のあまり時々足下も覚束なくなるのだが、彼がさりげなく歩調をあわせてくれているようで、転んだり遅れたりすることはない。
 ほのかはちらりと横顔をのぞき見る。
(「格好いいなあ」)
 照れながら微笑み、あ、と頤を上げる。
「コールディさん、竹林が凄いですよ……」
 少し袖を引いて指さす彼女に倣い、彼も同じように竹林を見上げる。
 壁のように左右に連なる竹はライトアップされ、黄金に輝いている。それが視界の限り続く――。
 彼らの背より断然高いそれは、空をも覆うようで。黄金に包まれた二人だけの空間に、息を呑む。
「ああ、綺麗だな~」
 一瞬、状況を忘れて見惚れた。
 きゅっと、握り返す手の力が強くなったのを感じ、ルヴィルはマフラーを思わず口元まで引き上げた。
(「なんか手繋ぐと照れるな……」)
 今までも感じていた照れなのだが、先程よりも妙に心臓が煩い気がする。
 まるで二人だけ取り残されてしまったかのように静かな場所で、凛と冷えた空気の中、繋いだ手がやたらに熱い――。
 ずっと此処までふたりで手を繋いできたのに、何故だろうか、急に彼女の存在を強く意識してしまう。
「こ、コールディさん」
 何かを知らせるかの如く、ほのかは彼の手を引いた。
 そうか、とルヴィルは頷き、一度瞑目する。
「光よ、来い」
 短い詠唱の直後、夕暮れが如き赤の光が、彼を包む。二人の手はひとたび離れ、水色の髪を持つ少女のビハインドが竹林に潜んでいたダモクレスに向かって金縛りを仕掛ける。
 ドラゴンの幻影が顎門を開き、正面から食らいつく――相撃つように、ダモクレスの胸が開口し銃砲が続く。コアブラスターの前にルヴィルが立ち塞がって、ほのかを守る。
「ありがとうございます……コールディさん」
「さ、反撃行こうか~ほのか、エメラルディア」
 いつも通りの表情で、彼は促す――やっぱり、この人は凄いとほのかは嬉しくなる。
 そしてエメラルディアがポルターガイストで石つぶてを放つ隙に、彼女は詠唱を始める。
「虚空の彼方より来たれ、破壊を司るもの、魔の力を宿し無数の刃よ、弾丸となり敵を撃て」
 弾丸の運び手――異界の門から、破壊された魔剣が次々と招来され、ダモクレスの四肢を縫い止めるように貫く。動けなくなったダモクレスの胸を斬り裂いたのは、鮮やかな絶空斬。
 動かなくなったそれを見やり、二人は暫し照れたように笑い合い、再び手を繋ぐ。
「あ、コールディさん、お土産に竹細工を買って帰りませんか……?」
 交換しましょうという提案すると、いいねと笑みを返してくれる。幸せを感じ、ほのかも自然に笑みがこぼれた。

● 野宮神社
「ふう、まずは一体……はっ! しまった……! ヒメちゃんの癒しの力でボクにへの電流の効果が……!?」
 思い切りそう叫んだのはギルボーク。紅葉が美しく照らされた宝厳院での事である。
 ヒメノに癒やして貰えたことは無上の喜びではあるが、恥ずかしくて触れることができないという苦悩。
「でもボクくん、まだダモクレスは残っていますよ」
 彼女が冷静に指摘すると、そうだったとばかり、ギルボークは再び片膝をついて手を差し出す。
 その手は、少し震えている――電流を浴びた直後はいつもより威勢良く彼女を抱きしめ庇い前に立ったが、その効果がなくなれば、いつも通りのヘタレっぷりである。
 そう、手を繋ぐことすら、奇跡に等しい。それほどギルボークにとってヒメノは大事な存在なのである。
 そんな彼の姿をみると、何処かほっとするようなしないような――やはり、ああいう能力に頼るのは良くない、というヒメノの思いは変わらない。
 大事な事は自分で確りと行動することなのだ、と。
「でも、たまにはこういうのも悪くな……いえ、なんでもないです!」
 呟きかけた言葉に首を傾げるギルボークの手を取って、急ぎましょうと誤魔化し告げる。
 彼らが次に目指したのは、野宮神社――縁結びと学問の社である。
 苔むした庭に灯りがともされ、朱の鳥居が異境の門かのように浮かび上がっている。
 その先にはお社と、撫でながらお祈りすると一年以内に願い事が成就するといわれている亀石がある。
 石の前に二人で立ち――しばし、ギルボークは思案する。
(「ヒメちゃんは何をお願いするんだろう……」)
 ふれあう掌のぬくもりにどぎまぎとしつつ、尋ねる勇気を奮い立たせようとした時、再び覚えのあるしびれを感じた。
「く、また電流が……」
(「これがなくなったらまた触れ合う事が出来なく……? いや、こんな物に頼っちゃ駄目だよね!」)
 逡巡は一瞬、まず彼が取った行動はヒメノを抱きかかえ、ダモクレスから距離を取ること。そして、すかさず鯉口を切りつつ、振り返る。
「見つけたぞ、邪悪なダモクレス! ヒメちゃんは後ろからボクに力を!」
「ボクくん、しっかり前で守ってくださいね。今回も期待していますよ」
 言葉と共に展開されたオラトリオヴェールの輝きに、少し切ないものを覚えつつ、ダモクレスをきりりと睨む。
「さあ、七天抜刀術の冴えを見よ! ヒメちゃんには傷一つ付けさせないぞ!」
 言葉と共に間合いの位置までじりりと詰めて、すうと息を吐き、剣の柄に手をかけた。
 張り詰めた空気を感じつつ、踏み込む。
「揺光の瞬き、ご覧あれ……あなたに見切れるかはわかりませんけど」
 七天抜刀術・壱の太刀【血桜】――視界には、鮮やかな朱が桜のように舞う。一閃があったというのは、彼が納刀した仕草、その鮮血が知らせるのみ。速さのあまり、一太刀しかいれていないようだが――ダモクレスの全身は浅い創が無数に刻まれていた。
 血を周囲に振りまきながら、ダモクレスは腕をドリルのように回転させ、彼に襲いかかる。
 斬霊刀を水平に、そのスパイラルアームを弾こうと試みるが、逸れた軌道は彼の腕を抉っていく。
 しかし躊躇うことなく彼は更に踏み込んで、非物質化した斬霊刀でダモクレスを袈裟斬りに、振り下ろす。
「僕はこんな物なくてもヒメちゃんを愛している! そして、愛して貰える様に頑張るんだ! 滅びよ、ダモクレス!」
 決意の叫びはダモクレスに届いたか――がしゃりと崩れ落ちたそれに、最後の一太刀を浴びせ、ふう、と息を吐く。
 後ろで見守っていたヒメノと向き合うと、ギルボークは真っ直ぐに告げる。
「ボクは確かにヒメちゃんの事大好きだ! でもそれだけじゃない! その優しさへの敬意、忠義……それも含めての愛なんだ!」
「やっぱり、普段とあまり変わりませんね……」
 情熱的な主張は、いつもと同じだと――二人の距離は随分開いているが――ヒメノは優しく微笑んで、彼の腕の傷を癒やす。
「さあ、ボクくん。帰りもちゃんとエスコートしてくださいね」
「う、うん!」
 少し泣きそうな表情でギルボークは再び、恭しく手を差し出すのだった。

●常寂光寺
 クーは苦悩していた。
 嬉しそうなルムアを見ているだけで、自分も嬉しくなることを不思議がっていた時に浴びた恋する電流。結果、ルムアに愛を囁き口づけようと――思い出すだけで、顔から火が出そうになる。
「紅葉はまだ有るでしょうか」
 楽しみにしていることが解る口調に、クーも少し口元を綻ばせる。
 手を繋いで常寂光寺を目指す道すがら、普段と変わらぬ様子のルムアは、純粋に散策を楽しんでいるようだった。
 彼は先程のことをどう思っているのだろう――電流の所為だと気にしていないのかも知れないが、それはそれで少し寂しい。どうしてそう思ってしまうのか、自身の心にまた戸惑う。
「わ……すごいぞ、ルムア!」
 思わず指さし――見惚れる。
 眼前に広がった境内の紅葉は闇に燃え上がるように照らされていた。灯りに招かれるように本堂の裏の池まで足を伸ばせば、鏡写しの紅葉が水面に揺れる。
「幻想的な光景ですね……まさに魂を奪われるような…………ところでクーさん、結婚して下さい」
「ああ、これは見事だ……えっ!?」
 突然の台詞に驚くより先に、クーは眼前に迫る熱に後退る。退路を阻んだのは木の幹で、軽い衝撃が背後に響く。彼女を囲うように片手をつくこの姿勢――これはまさしく壁ドン。
「これはきっと運命なのです」
「ちょ、ま、待てルムア……! その、嫌って訳じゃなく、寧ろ……」
 その指が、クーの顎をくいと持ち上げる。切れ長の金の瞳が真摯に自分を見つめている。
「このまま貴女を攫ってしまいたい……強引にでも」
(「お、落ち着け心臓……! こ、これは電流の所為で……!」)
 低い声音が耳朶をくすぐれば、脳裡の冷静な囁きとは裏腹に、本気で狼狽える。
「ああ、すまん!」
 これ以上は耐えられないと彼女は心の中で叫んで、詠唱に入る。
「大気の乙女、イルマタルよ。――私に力を貸してくれ」
 癒しの風に包まれたルムアは我に返るも、謝罪は後でとそのまま短く告げ、ダモクレスと向き合い対峙する。
「強引に奪ってしまってもイイのでしょう?」
 目を細め、口元を笑みのように歪め――櫻攫の鳥籠、作り出された鎖が雁字搦めにダモクレスを縛り上げる。
 更にクーがゾディアックソードを構え、地に守護星座を描く。
 バスターライフルの銃口が光を帯びる――来るぞ、とクーが短く注意を促すと、ルムアは静かに頷いた。
 既に一戦し、相手の力量は解っている。
 斬霊刀を握ったまま拳にオーラを纏わせ、放たれたバスタービームにハウリングフィストをぶつけて相殺する。クーが御業から炎弾を放ち、ダモクレスは炎に包まれる。
 素早く距離を詰め、振るわれた斬霊刀が見事にダモクレスを両断すると、二人は漸く一息吐く。
 ――そして、気まずい沈黙が落ちた。
「電流のせいとは云え失礼致しました……」
「そ、そんなことはないぞ」
 耳までしょんぼりと垂らしたルムアは実に申し訳なさそうに謝った。ダモクレスも倒せたじゃないかと繕いつつも、至近距離で見たルムアの瞳を思い出し、頬が熱くなる。
 それでも、クーは勇気を振り絞り空色の瞳で彼を見つめた。
「……良ければ、また……手を繋がないか?」
「ええ、勿論。まだ時間はありますから――歩いて行きましょう、ゆっくりと……ね」
 そして、先程よりもずっと自然に、重ねられた掌。
 クーは今日一番の笑顔で笑う。微笑みを返しながら、ルムアはそっと胸を押さえる。
(「……この胸の感覚は、何なのでしょうね?」)
 その感情に名前が与えられる日が来るのか否か、今は解らない――。

 斯くしてダモクレスの試みは見事に破られた。だが、彼らはケルベロス達に何かを残した――のかも、しれない。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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