恋する電流マシン~聖夜の鍵

作者:三咲ひろの

「あのねあのねっ、今度の事件はダモクレスなの!」
 藤名・みもざ(ドワーフのヘリオライダー・en0120)はブンブンと両手を振ってその悲惨さを訴えた。
 新たに発見されたダンジョンは体内に残霊発生源を内容した巨大ダモクレウスが破壊されたものだった。ダモクレス勢力に協力する螺旋忍軍の一派により隠蔽されていたそれは、現在修復中なのだが、
「修復されるのも困るんだけど、そのための部品がもっと問題なの。『つがいである2体の人間を同時に殺害して合成させた特殊な部品』を作るために、各地で被害が出るんだよう」
 ダンジョンの探索からこの部品回収専用のダモクレスの潜伏場所が判明したため、これ以上の被害が出ないよう阻止する事になったのだ。
「このダモクレスはデートスポットに潜んでるの。クリスマスだからその場所も沢山あって、みんなの力が必要なんだよう!」
 潜伏したダモクレスは、訪れる男女に部品に相応しい精神状態とする電流――『恋する電流』を浴びせかけ、その後に殺害して2人を合成した特殊な部品を作っている。
「この部品回収用ダモクレスは、『恋する電流マシン』ってことで説明させてもらうよう」
 恋する電流マシンが使用する技はバスターライフルと同じもので、戦闘力はさほど高くはない。だが特筆すべきは、その優れた隠密性。そしてカップルだけを狙うという点だ。
 敵が『人間のつがい』と判断するような間柄の2人、もしくはこの時だけでもそういった演出ができるケルベロスが求められていた。
 潜伏する敵は8体。8組のカップルが捜索すれば、全てを破壊することが可能だろう。
 
 日本各地に様々あるクリスマスデートスポットの中で皆が向かう場所はココとみもざは公園のパンフレットを取り出した。
「大阪にある万博記念公園。イルミナイト万博Xmasだよう」
 有名な太陽の塔がある公園で毎年行われている人気のクリスマスイベントだ。
 広大な敷地の園内で多数の催しが行われているが、その中でも東大路の桜並木をクリスマスイルミネーションで彩ったイルミストリートと、太陽の塔を巨大スクリーンにしたプロジェクションマッピングを楽しむカップルが狙われているという。
 当日は一時的に全ての一般人を避難させているため、狙われるのは8組16人のケルベロスだけだ。上映等のために残っているスタッフは事情を知っているので、戦闘が始めれば速やかに避難する手筈になっている。
「カップルらしくしてデートスポットを歩けば、ダモクレスが『恋する電流』を浴びせてくるの。その発生源に敵がいるよう」
 浴びせられる電流は戦闘には全く影響ないが、少しだけ恋心の鍵が緩んでしまったようになるという。
「普段よりときめいたり、恋人っぽくなったり、愛の言葉を囁いちゃったり? あっ、でもそれって、もしかしてー」
 言ってみもざは頬を抑えた。ちょっといい雰囲気になるケルベロスが続出するかもしれない。元から思いを通じ合わせたカップルにも、ちょっと気になるドキドキ初々しいふたりにも、近くにいすぎて気付けなかった同士にも、何かあるかもしれないし、ないのかもしれない。少しだけ期待してしまうのはお年頃の標準仕様である。
「だけど、クリスマスと恋心を利用するダモクレスだなんて、乙女の敵! 人類の敵! さすがデウスエクスだよう」
 最後に妙に納得してしまったみもざは大きく頷いてから空の1点を指差した。
「大阪はあっちの方だよねっ。これからびゅーんって現場に飛ぶよう。みんな、戦いとデートの準備をよろしくね!」


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)
山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885)
神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)
冬嶺・由貴(赤い狩人・e09136)
丸口・二夜(リサ・e17322)
月影・環(神霊纏いし月の巫女・e20994)

■リプレイ

●輝く月と
 春には満開の桜で霞む万博公園の並木道は、数えきれない電飾の光で彩られていた。遠くからも人が来る大きなクリスマスイベント、イルミナイトXmasは恋人と歩くのに、これ以上ないほど相応しいロケーションを用意している。ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)は桐生・神楽(花鳥風月・e18219)の手を取って、ゆっくりと歩き始めた。「アタシとイルミネーション、どっちが綺麗かしらぁ?」
 悪戯な問いかけに、神楽は答えを考えるように空へ目を向けた。
「愚問ですよ? ペトラさん以上に綺麗なものとなると……月でやっと引き分けくらいでしょうか?」
 可愛い弟みたいにと思っていた彼の思わぬ演技に、ペトラは目を見開いて。嫣然と微笑み、彼の赤く染まった頬に顔を近づける。
「ふふ、上手ね。褒めてあげる」
 蠱惑的な笑みに神楽が恥ずかしそうに目を伏せた、その時。木立の間からビーム光線が走りふたりに命中した。見れば1体のダモクレスが彼女達の背後から狙いを定めている。
「ペトラさん僕の後ろに! 愛する人には、傷ひとつ付けさせません」
 最優先で彼女を守るその背中に、ペトラの胸がきゅんと高まった。
「これが恋する電流の効果かしらぁ」
 彼女のトキメキも彼が口にした愛も、確かに恋する電流の影響だった。けれど戦いに支障をきたすものではない。ペトラは恋する電流はそのままに、古代語を詠唱し高火力の魔法を放った。
 石化の光線を浴びた恋する電流マシンはギギと軋みを上げながら、躯体に取り付けたバスターライフルを撃ち返す。凍結光線が目指す先はペトラだ。宣言した通り神楽が身を呈して庇う間に、彼女は死霊魔法を編み上げる。
「黄泉がえりしは水底の狩人。朽ちた躯に舞い戻りし蛇よ、その毒と牙を持って、彼の者に戒めを与えたまえ――」
 ペトラの声に応えた海蛇が牙を剥き麻痺毒を流し込む。ドン、という爆発音。恋する電流マシンは内側から爆ぜて四散した。
「倒したわねぇ。神楽くん、ありがとう」
 恋する電流のそのままに、ペトラはぎゅっと神楽の背中を抱きしめた。

●はじめて、君と
 御崎・五葉(クローバーフィズ・e01561)が恋人役を依頼したのは、通勤路で見かけてずっと気になっている存在の綾瀬・沙織(ピンクスクアーレル・e14743)だった。
「さ、沙織……さんっ」
 勇気を出して名を呼べば、近い距離から目が合って次の言葉を見失ってしまう。
「……手、とか繋いだ方が良いんでしょうか」
 思いついて差し出すも、まともに話すこと自体初めての相手に馴れ馴れし過ぎたかと慌てて言葉を翻した。
「あっ、嫌でしたら別に大丈夫ですよ! 何でしたらお名前で呼ぶのも今すぐやめま――」
 緊張で死にそうな内心を隠してへらりと笑う五葉の手に、躊躇いがちな白い繊手が重ねられた。
「名前も、呼んでいただけてとても嬉しいです。……五葉、さん」
 密かに憧れを抱く相手の名を小さく呼んだ沙織は、面映ゆい思いでそっと彼を見上げた。声を掛けて貰った時に、夢ではないかと思わず頬を抓ったのは彼女しか知らないこと。
 五葉は束の間息を止めて、吸い込まれるように藍色の瞳を見詰め返した。しかし視界の端にイルミネーションとは異なる光線を収め、慌てて顔を逸らし辺りを見回す。桜の木に隠れて、恋する電流マシンの姿があった。
「……五葉、さん。初めて見た時からあなたのことを……お慕い申して――」
「さ、沙織さんっ、それ以上言っちゃ駄目ですよ!」
 後で謝りますと内心で今から謝り倒して。真っ赤に染まった顔を隠すように、ぎゅうっと抱き締めて言葉を制する。強い腕の中で沙織は目を見開き、急ぎグラビティを編み上げた。
「キュ、キュアします!」
 五葉はビハインドの壱さんに沙織の守護を頼むと、自身は満月の光を浴びて力を高めた。恋する電流マシンの魔法光線が幾度も五葉を脅かしたが、沙織の回復と援護もあって戦闘は危なげなく進んでいく。新緑色の炎を纏うシアワセ保護区の弾丸が牙の如く敵の中央を貫いて、ダモクレスが動かなくなった。
「沙織さん、さっきはすみませんでした。そして、もう少しお付き合いくださいますか? 他の組の援護に行きます」
 笑顔も凛とした表情も、その全てが素敵に映るのは恋する電流のせいばかりではない。沙織は頷き彼の隣に並んだ。ふたり手を繋いで、光に彩られた道を歩き出す。

●次への扉
 年相応の女の子らしい服を着た神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)は、義兄の神楽火・皇士朗(e00777)の腕に己の手を添えた。数年前から共に暮らす彼女達の会話は、みやびが作るクリスマスケーキのこと。笑い合うふたりに恋する電流が撃ち込まれたのは、スノーマンが並び地面に星を撒いたように光が散る小道だった。
 敵の一撃に気づいた皇士朗がすぐシャウトを使い、戦いに備えて刀に手をかける。その袖を引いたのはみやびの白い指先だった。
「……皇士朗」
 声が震えるのは、恋する電流の影響だ。抑え切れない感情が、溢れ零れ落ちていく。みやびは振り向いた皇士朗の目を真っ直ぐに見つめた。
「もし、私が普通の女の子だったら、私達はもっと違った関係になれたと思いますか?」
 この想いが家族愛なのか恋愛感情というものか、それらが入り混じったものなのか――みやびにもわからない。ただ、ここで受け止め、次の関係にシフトしたかった。袖を掴んだ指を離し、胸の前で重ね合わせる。
「……わからない。だが、これだけは言える。おれの知っている『神楽火みやび』はきみしかいない」
 皇士朗は信頼を込めて彼女の瞳を見返した。
「おれにとってきみは大切な妹で、信頼できる戦友だ。そしておれは、家族も戦友も失いたくない。だから、おれはきみを守る」
「……その言葉、もっと前に聞かせてほしかった」
 胸を抑えて俯いたみやびは、すぐに気持ちを振り切るように顔を上げた。
「――いえ、問題ありません。私達の使命を果たしましょう、兄さん」
 初めて、彼を兄と呼んで。みやびは前を向き恋する電流を振り払う。
 襲い掛かる凍結光線を皇士朗が弾き、その間隙を塗ってみやびの鎖が敵に迫る。力任せに振り切ろうと、恋する電流マシンが唸りを上げて光線を一斉掃射した。
 烈しい攻撃を耐えたふたりは、一度だけ目を合わせ、まず皇士朗が走り出す。秘剣「荒魂啖」が敵を裂き、続くみやびが撃ち込んだ超重黒滅衝が終止符となった。

●ロマンスの鍵
「カップルって何をすれば良いのかねぇ」
 丸口・二夜(リサ・e17322)が首を傾げると、人間形態の酒嚢飯袋・豚野郎(は出荷よー・e03273)が彼女の手を取り身体をぴたりと寄り添わせた。
「そうだな……にゃー様、こんなのはどう?」
「あわ、わ」
 たったそれだけにも関わらず、ロマンスに不慣れな二夜が言葉に詰まっているうちに、恋する電流が茂みを縫って浴びせかけられる。
 ハッと顔を上げると、桜の下に恋する電流マシンがいた。
「現れたねぇ。さっと倒して、素敵なイルミを楽しまないとねぇ!」
 二夜が目にも止まらぬ速さで弾を撃つと、恋する電流マシンも反撃のバスターライフルを放った。射線上に豚野郎が割り込んで、凍結光線を受け止める。
「にゃー様の壁と補助は、ぼくに任せて」
 行き倒れた所を助けて以来、素直に慕ってくれる豚野郎の笑顔に、二夜の心臓が早鐘を撃ち、頬が熱くなった。
 しかし密かに懸念していた電流の影響は、多少胸がときめく程度。これならば、と二夜は攻撃に徹していく。
 いくつかの攻防の末、二夜の呪紙がダモクレスを覆い、後には恋する電流マシンの残骸があった。
 戦いを終えた二夜はダモクレスが塵となるのを見送って、豚野郎を振り向いた。
「イルミも楽しみたいねぇ。でもその前に、らんくん、一緒に他のペアの援護へ来てくれるかねぇ」
「にゃー様と一緒なら、どこへでも」
 豚野郎の返答に、二夜の胸がとくんと音を立てた。
「ど、ドキドキするのは恋する電流のせいだねぇ! い、今すぐにシャウトを」
 キュアを施すその前に、豚野郎の掌がそっと二夜の頬に触れる。
「待って、にゃー様」
 戦いの中でシャウトを使い電流の影響下から抜け出している豚野郎は、今は恋する電流のフリをしているだけだ。それを知る由もない二夜は、迫り来るロマンチックに言葉もない。
「ドキドキしてる顔見せて? すごく、かわいい」
 素直なデレ言葉は、時に酷くひどく甘いもの。
「ぎょえええええええ」
 許容オーバーに達した二夜の鳴き声が、聖夜に響いた。

●聖夜の守護者
 次々と鮮やかな色を纏う太陽の塔を見上げたリモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)と纏衣・銀縷(ウェアライダーの刀剣士・e12559)の間には、一片たりとも甘い気配が漂う隙はない。
「相手が貴方というのは不本意ですが、平和の為なので我慢してあげます」
 と言うリモーネにとって、銀縷は他に候補がなくて仕方なく相手役を頼んだ腐れ縁兼ライバルで。
「今回だけは仕方なく付き合ってやる」
 と、銀縷にとっても剣術道場が一緒だった腐れ縁という間柄。会えば喧嘩ばかりで、恋心に発展することは永遠にあり得ないと断言できた。しかし今は敵をおびき出すために恋人っぽくせねばならず、ふたりは仕方なく――大事なことなので何度でも重ねるが仕方なく、腕を組んでその時を待った。
 待望の恋する電流マシンが現れたのは、上演が終わりに差し掛かった頃だった。
 左肩で受けた痺れる感覚に、リモーネは素早く抜刀した。銀色の視線の先には、1体のダモクレス。即座にシャウトで体制を整える。見れば隣の銀縷も同じように戦いの準備を終えていた。
 凍り付く光線を跳躍で躱し、リモーネが敵に肉薄する。
「クリスマスを楽しむ恋人達の邪魔をするデウスエクスは馬に蹴られてしまえば良いんです」
 雷の速度で繰り出す三連撃が、初手から大きなダメージを敵に与えた。ギュウンと軋んだ駆動音を立てたダモクレスが2つの銃口を銀縷に向けるが、それは元より盾役を担うつもりの彼にとって好都合。両足を踏みしめて衝撃を受け、返す刀で緩やかな弧を描いた。
 この程度で倒れる銀縷ではない。分かっていたリモーネは、彼を省みず走り出していた。好悪の感情はないが、ただ戦いにおいて信頼できる相手だと知っている。
「生憎と馬は居ないので、私が成敗してくれます!」
 凛々しくも勇ましく宣言し、リモーネの刀が空の力を帯びて振り抜かれる。
 ドン。強い衝撃は、彼女の腕に確かな手ごたえを伝えた。両断された恋する電流マシンは地に落ちた傍から崩れ、その形を失っていく。

●林檎の瞳
 大きな大きなクジラが太陽の塔を泳いで、はるか空を目指して登って行く。幻想的な音と光の饗宴に冬嶺・由貴(赤い狩人・e09136)が小さな歓声を上げた。
 共に来たヴァーツラフ・ブルブリス(e03019)はこれがダモクレス退治の作戦と聞き、仕方なしにエスコートしつつ壮大な芸術品を見上げる。
「プロジェクションマッピングか、見事なモンだな。こういうのが好きか?」
「……えへへ、おじさまと見れて僕嬉しい。ふあふあ幸せなんだよー」
 保護者みたいな大好きな相手と一緒に来れたことが何よりも嬉しくて。心のままに笑みを浮かべた時、ビームペイティングとは異なる閃光が走り由貴の体を貫いた。
「えー? ビリビリ、したー?」
 けれど変化はよくわからない。恋心はまだあまりにも遠くて、首を傾げるしかなかった。恋する電流マシンは不思議そうにしている由貴に構うことなく、カップルを部品にするため攻撃の手を重てくる。
「ぼさっとしてんじゃねぇよ!」
 魔法光線から由貴を庇ったヴァーツラフが、敵に徹甲弾をぶち当てた。
「うわ。おじさまありがとー」
 水を得た魚のように暴れるヴァーツラフの背にふわふわと礼を言った由貴は、赤い頭巾を被った分身を生み出した。
「赤い林檎と狩人達の演劇、楽しんでね?」
 刃を持つ分身が幾重にも斬り付け、林檎と共に砕けて消えて行く。左アームを失ったダモクレスが、巨大な銃身から魔法光線を撃った。光線が由貴の右足を貫くが、彼は構わず駆け神速で突きで敵を貫き通す。
 火花を散らしてショートした恋する電流マシンが動かなくなったのを見て、由貴は武器を収めた。
「終わったねー。他の人達と合流しちゃお!」
 へらりと笑った彼を見て、ヴァーツラフは嘆息する。常の如く葉巻を咥えようとして、由貴がいるのでそれを控えた。
「まずは怪我を治してからな」
 煙の代わりに、放っておけない少年のこげ茶の髪を乱暴に掻き混ぜる。

●守り人
 月影・環(神霊纏いし月の巫女・e20994)はお嬢様とふたり、巨大スクリーンが映す幻想世界に瞳を輝かせていた。
「すごいですね。こんなのはじめて見た、です♪」
 赤堀いちご(e00103)が笑顔で頷くので、環は更に嬉しくなる。いちごの顔をもっとよく見ようと首を傾げた刹那、異様な光の発射に動きを止めた。
「ご主人様っ!」
 咄嗟にいちごを庇い、環は恋する電流を浴びる。
「環さん!?」
 気遣いの籠った瞳に思わず赤面しながらも、環は戦闘開始と気を引き締めた。
「いちご様に守るのが、メイドの役目、です!」
 気負う環に迫るのは氷の光。恋する電流マシンから放たれた攻撃に、飛び出して来たのはいちごだった。
「これ以上傷つけさせません!」
 守るべき主人に庇われた環は、申し訳なさと嬉しさとトキメキがない交ぜになって、兎の耳を震わせた。きゅうと胸が締め付けられるが、メイドたる者、敬愛するお嬢様に恋愛感情を寄せてはいない……はず。環は雑念を振り払い手に持つ武器を握り込む。
 ふたりは敵の攻撃を受けつつも、少しずつ恋する電流マシンにダメージを積み重ねて行った。ブラックスライムに呑み込まれた敵の動きが鈍っていく。それを見たいちごは、環の背を押すように声を発した。
「今です!」
 ここがトドメの時だ。環の攻性植物が蔓触手形態に変じダモクレスを締め上げる。そのまま鈍い音を立て、敵の体を捻じ切った。
「やりました、です!」
 恋する電流マシンを撃破してほっと息をつくが、環はまだ困惑を抱えていた。戦いの途中の回復で恋する電流は解けたはずなのに、何故かドキドキが止まらないのだ。
「ご主人様はお嬢様なのに、こんなこと考えるのおかしい、です」
 頬を赤く染め首を振る環を気遣い、いちごが彼女の肩に手を添えた。
「大丈夫ですか」
「な、なんでもない、ですっ」
 余計にときめく環を知らずに、いちごは普段の微笑みを向ける。
「では、デートの続きに、もう少し見て回りましょうか」
 大切なお嬢様の申出に、否やはなく。淡く頬を染めたまま、環はいちごの手を取った。

●全ては電流のせい
「私にはほとんど無縁のクリスマスであるが……楽しむ者を邪魔するのは許せぬな。綺華、協力に感謝する」
 山神・照道(霊炎を纏う双腕・e01885)はそう独り言ち、荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)へ礼を向けた。敵を誘い出すため手を繋ぐふたりの前で、太陽の塔がキラキラと輝き姿を変えて行く。
「とても綺麗です……面白いです……」
 綺華の吐息が宙で白く染まる。その時、夜気を切り裂き恋する電流ビームが放たれた。
「現れたか!」
 照道は敵の位置を把握すると、電光石火の蹴りで恋する電流マシンを貫いた。小さなショートを起こすダモクレスが銃口を照道に向けエネルギー光弾を発射する。受けた怪我は綺華の騎士ニ捧グ少女ノ祈リが癒し、盾の護りを固めた。
 少女の守りを受け、照道は手早く仕事をしていく。武器に纏わせた地獄の炎を敵に激しく叩きつけた。轟音とともにダモクレスが爆ぜ、そして動かなくなる。
「綺華、怪我はないか?」
 照道は即座に綺華に駆け寄り、その手を取って跪いた。普段は彼女を子ども扱いする照道の意外な行動に、綺華は胸を高鳴らせる。彼女のときめきも、自他ともに認める堅物青年のレディファーストも、恋する電流の影響なのだろう。
「はい……怪我はないです……ありません」
「そうか、良かった」
 照道は紳士的にエスコートして近くのベンチに綺華を座らせると、他のメンバーに連絡を入れた。
「あぁ、こちらも終わった。では撤収だな」
 撤収を聞いて立ち上がった綺華を振り返り、照道はプレゼント用に購入していたマフラーを彼女の首に巻いた。
「これは綺華へ。今日はありがとう」
 言葉とともに一瞬だけ、幻のようにふわりと抱き込まれた綺華が驚きに目を見開く。
「照道さま、ありがとう……ございます」
 綺華はマフラーに顔を埋めたまま胸の前で両手をぎゅっと握り合わせた。ドキドキがまだ止まらない。
「それでは帰ろうか。お手をどうぞ――レディ」
 囁きに解けるような甘さが乗った。

 それはクリスマスの夜にだけ。
 キラキラ輝くイルミネーションの下で……全ては恋する電流のせい。 

作者:三咲ひろの 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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