恋する電流マシン~アマートゥスは聖夜に戦う

作者:柚烏

 12月24日――クリスマス・イヴに発見された新たなダンジョン。それは体内に残霊発生源を内包した、巨大ダモクレスが破壊された姿だった。
 このダンジョンは現時点でも修復中であり、ダモクレス勢力に協力している螺旋忍軍の一派によって隠蔽されていた為、今まで発見されることが無かったようだ。しかし、城ヶ島の螺旋忍軍拠点から回収した秘密書類を解析した結果、発見に至ったのだ。
 そしてこのダンジョンの探索の結果、修復には『つがいである2体の人間を同時に殺害して、合成させた特殊な部品』が必要――その部品を回収する為に、日本各地に部品回収用のダモクレスが配置されていることが判明した。
 幸い探索により、この『回収用ダモクレス』の潜伏箇所も判明している。ならば、これ以上殺されて部品化されるカップルが出ないように、彼らを阻止せねばならない――!

「聖なる夜を平和に過ごす、とはいかないような状況だよね……。どうか皆の力で、この事件を解決に導いてくれないかな」
 ダンジョン修復を巡って活動するダモクレス――彼らが起こす事件のあらましを、簡単に説明したエリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は、ケルベロスの皆に向き合って言葉を続けた。
「この事件を起こしているダモクレスなんだけど、いわゆるデートスポットとされる場所に潜伏しているみたいなんだ」
 そうして、その場所を訪れる男女に対して、恋心を増幅させ、部品に相応しい精神状態にする電流――『恋する電流』を浴びせた後に殺して、部品としてしまっているようだと言う。
「幸い……と言っていいのか、このダモクレスの戦闘力はさほど高くないよ。けれど隠密性が高くて、ダモクレスの電流を浴びせられない限り、発見することが出来ないみたいなんだ」
 ――つまり、とエリオットはちょっぴり瞳を泳がせて、やがて照れくさそうに言い切った。
「カップル、しかもらぶらぶな二人が求められているんだよ!」
 それはダモクレスが『人間のつがい』であると判断するような関係性のある者達――或いは一時的にでも、そのような状態を演出する事ができる者達。そんなケルベロスが作戦に参加する必要があるのだと、エリオットは力説する。
「えっと、そんな訳で……このダモクレスの名前は、その能力から『恋する電流マシン』と仮称するね」
 彼曰く、一箇所のデートスポットには8体の『恋する電流マシン』がいる為、8組のカップル或いはカップルに偽装したケルベロスが満遍なく捜索する事で、全ての『恋する電流マシン』を破壊する事が可能であると告げた。
「戦闘になると、恋する電流マシンは『バスターライフル』のグラビティを使用してくるみたいだよ。あまり強敵ではないけれど、こっちも2人で戦う事になるから、恐らく互角の戦いになると思う」
 そして、今回皆に行って貰うデートスポットは、東京都多摩市――其処で現在開催されている、多摩センターイルミネーション2015になる。
「少し調べてみたんだけど、街中が色とりどりの光に包まれて……とても幻想的な光景を楽しめるようだね」
 一際うつくしく輝くのは、大きなモミの木のセンターランドツリー。更にトンネルを彩るイルミネーションは光の水族館となって、見るひとを光の海へと誘ってくれる。
「このデートスポット内をカップルらしく徘徊すれば、ダモクレスが『恋する電流』を浴びせかけてくるから、その電流の発生源を確認して戦闘を挑んで欲しいんだ」
 現場周辺は、一時的に一般人のカップルは避難させているので、作戦に参加するケルベロスのみが狙われる事になる。そんな訳なので、恋する電流マシンを誘き出す為に、思う存分らぶらぶのカップルオーラを発してデートスポットを満喫して欲しい。
「恋するふたりの命を奪い、それをダモクレスの部品にする……死して尚一緒に、なんて言われることもあるけれど、この仕打ちは酷すぎるよ」
 それは、死を以てひとつになるのではない――永遠に引き裂かれることになるのだと、エリオットは拳を握りしめた。
 恋する電流、なんて甘い響きの裏に隠された殺戮をどうか止めて欲しい。そう言って彼は皆を導く為、ゆっくりと一礼してヘリオンの元へ向かったのだった。


参加者
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
ローズマリー・シュトラードニッツ(ブラッディサバス・e01626)
ヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)
斬崎・霧夜(愛の求道者と言う名の変態・e02823)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)

■リプレイ

●素直になれないココロ
 恋心を利用し、愛する者たちを『部品』に変えてしまうダモクレス。彼らを倒し恋人たちの平穏を守る為、そしてとびっきりの聖夜を過ごす為、ケルベロス達は身体を張って囮となり、『恋する電流』に立ち向かう――!
「幸せな二人を狙おうだなんて、恋のキューピッドとしては許せないね」
 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべて、斬崎・霧夜(愛の求道者と言う名の変態・e02823)は優雅な足取りで光の街を歩いていた。あなたはサキュバスでしょうと、傍らの御船・瑠架(剣豪ヘ至ル道行キ・e16186)がぽつりと零すが――似た様なものさ、と霧夜は意に介さない。
「なんでわざわざクリスマスに……まあ依頼ですからこなしてみせますよ」
 自分たちが『人間のつがい』であると演出するべく、瑠架は女装をして今回の任務に臨んでいた。女物の衣服は普段着ることもあるので、この程度どうってことはないのだが――問題はこの変態、もとい霧夜と恋人同士のように振る舞わねばならないことだろうか。
「……ちゃんとエスコートしてくれないと、許しませんからね」
「む、何やら不満そうだけれど、瑠架くんは照れ屋だからねぇ」
 からかうようにくすくすと笑う霧夜だが、差し出された彼の手は、どきりとする程紳士的だった。口ぶりに反して恭しい霧夜の佇まいに、瑠架は紫の瞳を揺らして微かに戸惑う。
「ほら、手でも繋いで行こうよ。恋人の様に振る舞わないと、囮にならないよ?」
「……う、これでちゃんと、カップルに見えるんでしょうね……?」
 ――最初はややぎこちなく、瑠架は霧夜の手を取って。けれど重ねられた手と手に伝わるぬくもりが、彼の強張った心を優しく解きほぐしていった。そうして索敵を兼ねて、ふたりが向かうのはイルミネーションのトンネル――光の水族館だ。冬の海は寒くて嫌だけれど、これは綺麗で良いと瑠架は思いつつ、手を繋いで自然な感じでエスコートをしてくれる霧夜の横顔を、無意識に追ってしまう。
(「胸がドキドキしている気がしますが、雰囲気に酔っているだけですからね……!」)
 ――と、そんな瑠架のときめきを察知したのだろう。不意に物陰からダモクレス――恋する電流マシンが電流を浴びせ、ふたりの恋心を更に高めようと動き出した。直ぐに彼らは電流の発生源を突き止め、戦いを開始しようとするものの――瑠架はきゅんと、切ないまでのときめきに襲われ、不意に霧夜の腕に縋りつく。
「あなたが私のことを気にかけてくれて、本当は凄く嬉しいんです。人間不信の私を見捨てないと約束してくれたとき、凍てついた心が溶けていくように感じました」
 ほんのり上気した肌、夢見るように潤んだ瞳。心の奥底に秘めていた想いを吐き出した瑠架――そんな彼がいつにも増して愛おしくて、霧夜は瑠架をぎゅっと抱き寄せた。
「ですが、きっとあなたの好意を受け入れたら私は弱くなる……でも時々苦しくて仕方な」
 その抱擁を拒絶せず、されるがままに瑠架は身を委ねていたのだが、其処で不意に顔を背けて消え入りそうな声で呟く。
「あああ! お、お願いですからキュアしてください! これ以上は駄目です!」
(「うーん、危険はなさそうだし……面白いからこのままにしとこうかな」)
 涙目で乞う瑠架をそのままに、霧夜はダモクレスの放った光線から彼を庇う。綺麗な顔に傷でも付いたら大変と、囁く言葉さえも冗談に聞こえなくなって――それでも幾度目かの攻防の果てに、瑠架はどうにか怨念を纏わせた刃を振るい、不浄の魂を黄泉へと送ったのだった。
「……こうなれば腹を括りましょう。私の背中は任せましたよ」
 そのままの勢いで、ふたりは2体目のダモクレスと交戦――鋭い瑠架の声が飛ぶと同時に、霊力を帯びた刀が翻る。何だかんだ言いつつも彼らは見事な連携を決めて、体術を駆使する霧夜の蹴りが、不届きなダモクレスを炎の海へと沈めていった。
「ふふふ♪ 任務完了、だね」

●光のまちを、あなたと歩く
 聖夜の多摩センターランドイルミネーション2015――その更に別の場所では、岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)がアマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)と、センターランドツリーを目指して仲睦まじく歩いていた。
「……仕事じゃなくて普通のデートならよかった、かな」
 ぽそりと呟く響だったが、直ぐに気を取り直してアマルティアと腕を絡める。それはオトナの彼氏に甘える女の子、と言った姿だったが――凛々しく見えてもアマルティアは女性で、その見事なスタイルにはさらしを巻いているのだった。
「でも、期待してもいいのかな。なんて、ね」
 頬をすり寄せ軽口を叩く響を、アマルティアは優しく撫でて。この子は私のもの、と誇示するように響の漆黒の髪に唇を寄せる。
(「……来、た?」)
 と、其処でふたりに恋する電流が浴びせられ、それを確りと受けつつも、彼女らは敵の居場所を急いで特定した。これで後は、倒すだけ――なのだけれど。
(「ほんの少しだけなら、いいよね?」)
 甘い衝動に身を委ねて、響はちょっぴり挑発的にアマルティアへ甘えに行った。その頬に口づけ、悪戯っぽく笑って――嫌がる素振りが無いことを確かめて、もう一度。
「ふふ、好き。大好き。本当だよ」
 けれどアマルティアも、ただされるがままでは終わらない。お返しに響の狐耳を甘噛みし、耳元でひそひそと秘密の言葉を囁く。
「……意味? 内緒、だ」
 甘いひと時を過ごしながらも、ふたりは攻撃の手を緩めなかった。盾となるアマルティアが援護を行う中、両手に刃を握りしめた響が、うつくしくも無慈悲な鮮血の舞を踊る。そうしてダモクレスは鮮やかに解体され――戦いを終えたふたりは何時しか、ツリーの前へと辿り着いていた。
 ――わぁ、と光に包まれるツリーに見惚れる響の唇を、その時不意にアマルティアが奪う。
「……ツリーよりも、私を見なよ」
 その想い人の言葉に響は一瞬驚きつつも、やがて幸せそうに、蕩けるような満面の笑みで応えたのだった。
「まさかまさか、イケメン外科医のヤク先生とお出かけできるなんて~!」
 きゃあ、と乙女ちっくに胸をときめかせているのはヴェルサーチ・スミス(自虐的ナース・e02058)こと、さっちゃん。もしごめんなさいでしたら、私の個別描写が破綻するところでしたぁと謎のコメントをしつつ、愛らしい女性にしか見えない彼は、ヤク先生こと藥雅・朝陽菜(ドラゴニアンのウィッチドクター・e09145)にウインクをした。
「……光に包まれた街を見たのは初めてだけど、すごくキレイ」
 帽子とフードで素顔を隠した朝陽菜は、名をヤクで通し男として振舞うことにしたようだ。楽しんでる人の迷惑物は即刻排除しなくちゃなぁと呟く彼女へ、早速ヴェルサーチが小首を傾げて問いかける。
「……で、らぶらぶってどういう事すれば良いんでしょうか、おてて繋ぐとか?」
「うん、手を繋ぐだけでもそれっぽく見えるんじゃないかなぁ」
 流石さっちゃん、全年齢対象コンテンツに優しいサキュバスだ。そんなわけでナース(男性)とお医者様(女性)のふたりは、仲良く手を繋いで光に包まれた街を歩き出した。けれど、和やかな時間はそう長くは続かないもので、不意に物陰から恋する電流が襲い掛かる――!
「ナースの夢である、お医者様とのランデヴーを邪魔する等、マスターに代わってお仕置きよ!」
 ちなみにヴェルサーチ曰く、お仕置きとはこのシナリオの文面から消すことを言うらしい。早速雷の壁を構築して朝陽菜を守る彼の元へ、彼女はボクスドラゴンを向かわせてそっと告げた。
「さっちゃん、楽しみを奪うようで悪いんだけど、せめてコイツに守らせて」
 属性のブレスがダモクレスに叩きつけられる中、朝陽菜は縛霊手を突き付け巨大な光弾を放つ。ヴェルサーチも敵の動きを封じるように攻撃を織り交ぜ、ふたりは堅実にダモクレスを追い詰めていった。
「さぁ、デートの続き♪ 続き♪」
 迸る雷が完全に止めを刺したのを見届けて、ヴェルサーチはうきうきと、再び朝陽菜と手を繋いで歩き出す。
(「なーんか、全て嘘の事なのに……胸の辺りが温かくなるような、時々痛くなるような」)
 ――これってなんなんですかねぇと、ヴェルサーチはふっと己に問いかけたのだった。

●ありったけの想いをこめて
「そっちからデートに誘ってくれるなんて、嬉しいぜ」
「あくまでこれは任務、仕事の為なの! そこんとこ、勘違いしないでよね」
 意中の人から思わぬ指名を受け、舞い上がっているケーゾウ・タカハシ(鉄鎖狼の楽忍者・e00171)に、ローズマリー・シュトラードニッツ(ブラッディサバス・e01626)は慌てて釘を刺している。それでも、仕事でも構わないとケーゾウは思っているようで――イルミネーションに彩られたトンネルをふたりでくぐった後、手ごろなベンチに座ってお弁当を食べることになった。
「あ、お腹空いてるんだったらサンドイッチあげるわ……なによ、この位あたしだって作れるわよ!」
 と、ローズマリー手作りのお弁当を食べられるチャンスに、ケーゾウはここぞとばかりに恋人らしくあーんを希望する。あとで殴られようと悔いはない――そんな彼の姿にローズマリーは任務の為と言い聞かせ、思い切ってその口にサンドイッチを突っ込んだ。
(「普段の戦闘にギラギラしてるのもいいけど、こんな普通の女の子らしさも可愛いな」)
 ふがふがと呼吸困難に陥りつつも、ケーゾウは幸せそうで。けれど、そんな微笑ましい恋人たちを狙おうと、ダモクレスが恋する電流を浴びせかけてきた。
「キュアとかいらないわ、攻撃は最大の防御よ。……惚気たいわけじゃないからね、勘違いしないでよケーゾウ!」
 敵の姿を認めた途端、激しい気性を露わにするローズマリーだが――その顔は、暗がりでもはっきりと分かる位に赤い。容赦なく普段のように獲物を屠る筈が、その唇からは無意識の内に、心に秘めていた言葉が零れ落ちる。
「折角楽しかったのに、邪魔すんじゃないわよ!」
 電光石火の蹴りがダモクレスに叩き込まれるや否や、続けてローズマリーは怒りと独占欲を露わに、降魔の拳を振るって魂を喰らう一撃をぶつけた。
「ケーゾウはあたしのよ! あんたには渡さ……何言わせてんのよこのタコ! 馬鹿っ!」
 ――嗚呼、普段の反動の所為か。惚気だしたら止まらないローズマリーをケーゾウは援護し、ふたりは怒涛の勢いでダモクレスを追い詰めていく。ローズマリーは形見の細剣を優雅に振るい、その殺意を込められた狂気の刃が、遂にダモクレスを葬る血塗れの鎮魂歌となった。
「もう一人は嫌! あたしだって、一緒に居てくれる人が欲しいの!」
 ――と、こんな感じで情熱的な戦いを繰り広げている者たちが居る一方で、天見・氷翠(哀歌・e04081)はイルミネーションに瞳をきらきらさせて、無邪気に綺堂・暗慈(如臨深淵・e04801)と穏やかな時間を過ごしていた。
「……その、い、嫌だったらごめんね」
 そう前置きしつつ、氷翠はおずおずと暗慈の腕にしがみ付く。照れているのだろうか、その仕草は遠慮気味であったが――このようにはしゃぐ、己の主を初めて見た暗慈は、驚きと共に微かな照れを覚えていた。
「……その、あまり寄り添われますと……まぁ、いいか……いいのか?」
 ――最後の呟きは、自身に向けてのもので。光のトンネルを彩る魚たちを、首を巡らせ見て歩く氷翠を守らねばと――暗慈は平常心を保ち、気を引き締めてデートと言う名の任務に挑むのだった。
「トンネル凄い……青い光で海の中みたい」
 未だ過去の悲哀を纏う氷翠だが、暗慈と一緒に居ればその影も薄れる。光のきらきらや、彼と居る事の方が嬉しくて――幸せそうにその腕にきゅーっと身体を寄せた時、遂にダモクレスが姿を現わし、ふたりに恋する電流を浴びせていった。
「……あ……!」
「氷翠様……くっ……!」
 どくん、と氷翠の鼓動が高鳴り、心の奥底に眠る熱い感情が不意に波打つ。暗慈――暗ちゃんは大好きで、自分が生きる理由だ。それ以上の感情は、意図的に理解しない様にしていた――それなのに。
(「だって、私がいつ絶えるかもわからないのに……忠義で傍に居てくれるのに、距離を置かれたら怖いから」)
 とくんとくんと、不意の感情に戸惑うのは暗慈も同じだった。普段は主として見てきた氷翠だが、何故だか今は真っ直ぐにその顔を見れない。しかし、そんな戸惑いにも配慮する事無く、ダモクレスは魔法光線を放ってくる。
(「もしや、戦闘前にくっ付かれてたからか!? ……なら!」)
 覚悟を決めた暗慈は、抱きしめるようにして氷翠を庇った。微かに苦悶の表情を浮かべる彼を見た氷翠は、硬直し真っ赤になりながらも――きゅっと抱きしめ返し、そして彼を喪うかもしれない怖さに身を震わせる。
(「気持ち、抑えてるのに……っ」)
 けれど、自分の本当の気持ちに嘘は吐けなかった。主を守ると言う誓いと共に、暗慈が不可視の糸を操って敵を追い詰め絡め取る中――氷翠は其処へ、思いの丈をこめて凍結結晶を降り注がせる。
「命令じゃなくて、傍に居たい……一番大好き……!」
 ――そうして氷霧と化し、ダモクレスが幻の様に消えていったのを見届けてから、彼女は安らかにと祈りを捧げて暗慈を見上げた。
「……もう少し、見て帰りたいな」
 仰せのままに、と恭しく頷く暗慈の顔が微かに赤くなっていたのは――見間違いでは、ないのかもしれない。

●もう少しだけ、聖夜は続く
 討伐依頼だ、と御子神・宵一(御先稲荷・e02829)はキリッとした佇まいで、イルミネーションに彩られた街を眺めた。その隣に立つのは、共に戦いに赴く罪咎・憂女(捧げる者・e03355)――うつくしくも勇ましい彼女は、宵一が密かに想いを寄せる女性だ。
(「憧れの人と初デート! やったー! ああ、笑顔が素敵だなあ……」)
 一体その相貌の裡で、彼女は何を思っているのだろう――ケルベロスとして日常を護りましょう、と呟く憂女に宵一は確りと頷き、その一方で彼女には聞こえない位のちいさな声でぼそりと吐き捨てた。
「……邪魔する機械は滅べ」
 さて、そんな宵一だったが、念願の初デートに緊張してガチガチになっているようだ。ふかふかの狐耳と尾は喜びでぱたぱたと動いているのだが、実際は手を繋ぐだけで精一杯だった。
「今日は、お誘いありがとう。任務ですが少しの役得くらい赦されるでしょう」
 しかしそんな宵一へ、憂女は柔らかく微笑んで――ぎこちない彼の手を引いて、イルミネーションの街並みを歩き出す。そうしている内に宵一の緊張もほぐれてきて、ふたりは公園のベンチに座ってゆったりと寛ぐことにした。
「あ、よければこれを……」
 其処で宵一はフリースの膝掛を敷き、リュックからホットココアの入った魔法瓶を取り出す。カップに注いだココアへはマシュマロも加えて――早速一口啜った憂女は楽しそうに吐息を吐き、お礼にとクッキーの袋を宵一に手渡した。
「不慣れなものでうまく出来ているかわかりませんが、一緒に食べませんか?」
 シンプルながらも心のこもった手作りのお菓子を、宵一は有り難く頂いて。その美味しさに彼は思わず立ち上がり、憂女に向かって叫んでいた。
「罪咎さんからすると、俺は全然頼りないんだろうけど……頼れる男になってみせます!」
 ――それは一世一代の告白、の筈だった。しかし空気を読まないダモクレスが忍び寄り、ふたりに向けて恋する電流を浴びせかける――!
「……現れたか」
 直ぐに憂女は口調をがらりと変えて戦士の顔になり、非物質化した刃を振るって霊体を汚染しようと、華麗にその身を躍らせた。一方の宵一は、ショックの余り一瞬固まっていたのだが――それでも気を取り直して紙兵を大量散布、彼女の盾となるべく守りを固める。
「貴女に心置きなく剣を振るって貰う為ですから、守りは俺に任せてください!」
「頼りにしている。でも、無理はしないように……」
 背中合わせで戦うふたりは、呼吸を合わせて見事な連携を決めていった。戦では、刃交える先が想いの先だと憂女は思う。共に戦う仲間は重要で大切――しかし今は、奪い奪われることに心を預けなければ。
「……疾ッ!」
 特異な型から繰り出される、斬り落としと斬り上げ。それを一動作で行いながら、憂女は不思議な感覚にとらわれていた。
(「このまま、長く共に戦いたいなど……珍しいことを想っているな」)
 ――それでもいつか戦いは終わる。無言で宵一が敵の力を喰らったところで、力尽きたダモクレスは消滅していったのだった。

 軽く休憩を取ってから、もう一体のダモクレスも仕留めた宵一たちは、事前に皆で作成したメーリングリストを用い状況を確認し合っていた。
「宵一さん、現状はいかがでした?」
 メールのやり取りを終えた宵一に憂女が問うと、彼は成功ですと言わんばかりに力強く頷いてみせる。デートスポットに潜伏していたダモクレスは全て撃破――聖夜の平和は無事に守られたのだ。
「あの……もし良ければもう少し、一緒に散歩出来ませんか?」
 そっと投げかけられた提案を、憂女は微笑みながら受け入れて。そうして寒さでかじかんだ宵一の手を、ぎゅっと握りしめた。
「そうですね、せっかくですしもう少し歩きましょうか」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 9
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。