氷竜襲来、猛暑の街

作者:桜井薫

 日本で一、二を争う猛暑の街、熊谷。
 8月の太陽は今日も変わらず凶悪に照りつけ、ゆらめく熱気が街を支配していた。行き交う人々は日傘を差し、汗をぬぐい、手にしたペットボトルで喉をうるおす。
 ……そんな日常は、突然、轟音とともに打ち砕かれた。そして、この時間、この場所には最もありえないはずのもの……大気を切り裂く激しい吹雪が、立ち並ぶビルの壁に叩きつけられる。
「な、何なんだ!?」
 突如襲い掛かった災害に、人々は騒然となった。
「……あれは!」
 災厄の正体を目にした者が、思わず絶句する。
 炎天下の日差しさえも凍りつかせる冷気を放ったその主は……ターコイズ色の硬い鱗に覆われ、一対の大きな翼を背中に広げ、凶暴な爬虫類のような顔に角と牙を持つ、威風堂々たる竜。
 そう、街を襲っているのは、まぎれもなくドラゴンだった。
「…………!」
 竜は一声いななき、さらに氷の息を吐き出しながら、ゆっくりと歩みを進める。荒ぶる風雪は次々と建物を襲い、辺り一面を凍った瓦礫の世界に変えてゆく。
 街の象徴と言える大きな温度計は無残にへし折れ、『あついぞ!』の文字は、このうえなく冷たい氷にかき消されていった……。
 
「埼玉県の熊谷市が、ドラゴンに襲われる……パネェ予知っすけど、超マジなんす!」
 集まったケルベロスたちに、オラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテが勢い込んで話しだす。
「そこには、前の大戦でドラゴンが封印されてたらしいっす。で、なんか知らねっすけど、封印が解かれたっぽくて……そいつが大暴れしようとしてる、つーわけっす!」
 自分自身を落ち着かせるように、ダンテは大きく息をついて、話を続ける。
「不幸中の幸いっつーか、ドラゴンは復活したばかりで、グラビティ・チェインがゼンゼン足りてない状態っす。空は飛べないし、本来の力にはほど遠い感じっすね。でも、だからこそ、人を食ってグラビティ・チェインを奪おうとしてるんす。街中をぶっ壊しながら、人をたくさん襲うつもりっす!」
 ドラゴンは、多数の人を襲い空を飛べるだけの力を取り戻すと、街を破壊し尽くし、どこかへ飛び去っていくという。
「もちろん、そんなの絶対ダメっす! ドラゴンが力を取り戻す前に、ケルベロスの皆さんでやっつけちまって下さい!」
 ダンテはケルベロスへの敬意に満ち満ちた眼差しで皆を見回し、熱っぽく話を続ける。
「で、敵の能力っすけど……ドラゴンだけあって、まず、ブレスっすね。こいつは氷の力を持った奴なんで、冷え冷えのブレスにも氷の効果つきっす。あとは、爪で引っかいてきたり、尻尾で近くの敵をまとめてなぎ払ったり、ってとこっすね。弱体化してるっつっても、やっぱドラゴンっすから……どの攻撃も、あなどれない強さっす」
 本来の力にほど遠いと言っても、強敵には変わりない。油断は禁物だろう。
「皆さんを送り届けるのは、ちょうどドラゴンが現れて今まさに街を襲う! ってタイミングになるっす。現場の市民には避難勧告が出るんで人はいないし、建物は多少壊されてもヒールで治せるんで、細かいことは気にしなくてオッケーっす」
 思う存分全力で戦い、確実にドラゴンを仕留めてほしい……必ずそれができるとの信頼を込め、ダンテは集まったケルベロスたちを見渡した。
「わかったわ。とても強そうな相手だけど、みんなの力を合わせれば、きっと大丈夫だから……熊谷の人たちのために、一緒に頑張りましょうね」
 ダンテの言葉を受け、ユリア・フランチェスカも、仲間のケルベロスたちに微笑みかける。
「はい、自分、皆さんを信じてるっす! 暑さの名所に殴りこんできた寒いドラゴン、ケルベロスの皆さんで、思いっきりやっちゃって下さいっ!」
 キラキラした尊敬の眼差しで、ダンテはケルベロスたちを送り出した。


参加者
一恋・二葉(蒼涙サファイアイズ・e00018)
ヒメノ・リュミエール(オラトリオのウィッチドクター・e00164)
ギルボーク・ジユーシア(姫に全てを捧げる騎士・e00474)
滝川・真朱(ミルククラウン・e00790)
玉城・キオ(法の守護者・e00992)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
鳴海・勇魚(地球人の降魔拳士・e01174)
ジョン・コリンズ(ドラゴニアンの降魔拳士・e01742)

■リプレイ

●炎天下から氷点下へ
 炎天ゆらめく、熊谷の空。
 氷竜によって蹂躙されようとしている、日本トップクラスの暑い街を守る……そんな熱い使命感を胸に、ケルベロスたちは次々とヘリオンから舞い降りた。
 翼持つ者はその翼を広げ、持たぬ者は勇気を重力に乗せて、それぞれの思いを胸に地に降り立つ。
「蒼と氷の竜ってのは、二葉の専売特許だぞ、です。デウスエクスごときにゃ、くれてやらねー、です」
 スカートの中が見えないように裾を押さえていた手で舞い上がる埃を払い、一恋・二葉(蒼涙サファイアイズ・e00018)は蒼い瞳に闘志を燃やす。ある意味キャラ被りとも言える青い氷竜が相手とあって、対抗心もひとしおのようだ。
「ええ、がんばりましょう。援護は任せてください」
 二葉が旅団長として治めてる街の仲間である玉城・キオ(法の守護者・e00992)も、闘志は十分だ。尊敬する彼女と共に人々を守る……正義感溢れるキオにとってこれ以上ないほど気合の入る状況とあれば、それも当然だった。
「弱体化しているとはいえ相手はドラゴンです。油断せずに戦いましょう」
 一方、ジョン・コリンズ(ドラゴニアンの降魔拳士・e01742)は、滑空で広げた翼を整えながら、静かな闘志を燃やす。落ち着いた老紳士の表情は一見穏やかだが、内に秘めた意志の強さは、若者たちに勝るとも劣らない。
 それぞれの理由で決意に燃えるケルベロスたちの頬を、不意に、冷たい風が撫でる。それは、真夏の熱気に包まれた熊谷の街に訪れようとしている、異変のきざしに他ならなかった。
「わー、ドラゴンでっかーい!」
 いち早く氷竜の姿を見つけた滝川・真朱(ミルククラウン・e00790)が、赤い瞳をキラキラさせて、少しはしゃぎ気味に声を上げる。桃色の髪に小さな花が揺れ、可愛らしいロリータ・ファッションに身を包んでいるガーリーな見た目に反して、なかなかに勇ましい少女のようだ。
「うわ、あれがドラゴンか……」
 鳴海・勇魚(地球人の降魔拳士・e01174)は、現代の街にドラゴンが蘇った光景に、思わず驚きの言葉を漏らす。降魔の力に目覚めるまでは至って普通の男子大学生だった彼にとっては、こうして実際目の当たりにしても、にわかには信じがたい風景だった。
(「正直ちょっと怖いけど、大丈夫。きっとやれる」)
 だが、勇魚もまたケルベロスだ。ほんの少しの恐怖を心の奥底にしまい込み、自分にできることをすべく、戦いの体制を整える。
「私は暑いより寒い方が好きですが……これは、やり過ぎですね」
 次第に強まる寒気に、ヒメノ・リュミエール(オラトリオのウィッチドクター・e00164)は、コートの襟を両手で押さえながら呟いた。この季節の熊谷にはおおよそ似つかわしくないコートとカイロを準備してきて良かったと思いつつ、彼女も彼女のやり方……癒し手として、氷竜との戦いに備える。
「大丈夫、ヒメちゃんのことは、絶対ボクが守るよ。寒さからも、ドラゴンからも……! もちろん、この街も、街の人も、全部守って見せます!」
 ギルボーク・ジユーシア(姫に全てを捧げる騎士・e00474)は、愛しいヒメちゃんことヒメノのことも、その他もろもろも全て守ってみせるとの心意気で、両手に一振りずつ構えた斬霊刀を握りしめた。二つの刃は、氷竜がまとう冷気を受け、文字通り氷の刃のように鋭い光を放つ。
「このような暑い地に氷竜が現れたというのは何たる僥倖。だが、その冷たさを満喫するよりも倒さねばならんな……」
 巫・縁(魂の亡失者・e01047)が、いささか芝居がかった口調で、視界の先にそびえる青い竜を見据える。決して外されることのない仮面の下には、地獄の炎を宿す双眸が闘志にゆらめいていた……相棒である白毛のオルトロス・アマツも氷竜に対し、一歩も引かぬと気迫ある眼差しを向ける。
「さて、地に堕ちた竜退治としよう」
 強大な氷竜にも臆することなく、縁は鉄塊剣を高々と掲げた。それが、開戦の合図だった。

●季節外れの雪嵐
 戦いの火蓋を切ったのは、吹き荒れる氷の嵐だった。氷竜は、己よりずっと小さな体で生意気に刃向かってくるケルベロスたちを睥睨し、目の前の邪魔者たちに、ごうと激しい氷の息を遠慮無く吹き付ける。
「……っ! 雪は好きだけど、さすがに、これは……!」
 故郷である北海道のどんな雪よりも強烈な吹雪に、勇魚が悲鳴を飲み込む。
 挨拶代わりとばかりの氷のブレスは、サーヴァントも合わせて六人の前衛たちを巻き込み、半数ほどの者にうっすらと氷をまとわりつかせた。人数が多いぶんわずかに威力が落ちてこそいるものの、大人数を巻き込む強烈な攻撃は、ケルベロス側に手痛い先制パンチとなった。
「ユリアさん、回復をお願いします! 特に、前線を守る人達を優先してください!」
「ええ、わかったわ。任せてちょうだい」
 自らもダメージを受けながらディフェンダーたち優先の回復をと願うギルボークの言葉を受け、ユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)は、前衛を守る二葉にウィッチドクターの荒療治を投げかける。
「私も、皆さんに、癒しの力を……!」
 続いて、ヒメノが優しい天使のヴェールで前衛全体を包む。一度の回復量は控えめでも、厄介な氷を払い落とすほうが長い目で見て有益……回復役に徹することを決め、全てのグラビティを回復で揃えてきたヒメノは、どんな戦況でも一番良い癒しを味方にもたらそうと、状況判断に頭を巡らせる。
「ヒメちゃん、ありがとう! さあ、今度はこっちの番です!」
「ええ、我々の力、見せてやりましょう。この私の拳、侮らないことですな……!」
 癒しを受けた前衛たちが、反撃に転じる。ギルボークは両手の斬霊刀から見えざる者を斬る衝撃の波を、ジョンは腕のガントレットに纏わせた地獄の炎を、強大な竜に向けて全力で叩きつける。
 気合いの乗った攻撃が鱗を貫いたことを知覚し、竜の目がギロリと攻撃者たちを睨みつける。こうるさいだけの虫だと侮ってた生き物は、思ったより厄介な反逆者なのかも知れない……物言わぬ冷たい瞳に浮かんだ鋭い光は、そんな思考を伺わせるものだった。
「射線よーし! 慌てず騒がず怯まず、攻撃を続けましょう!」
「もちろんだよ! そーれ、撃ちぬけー!」
 続いて、後方に位置するケルベロスたちも攻撃に転じる。射線が建物などで遮られてしまわないように気を配っていたキオの合図で、真朱は竜の動きを妨害するようにリボルバー銃を乱射した。キオももちろん真朱の銃さばきを見ているだけではなく、二刀流での使用を前提に作られたX型複合弓『トリニティ・クロス』を交差させ、武神の矢を放つ……赤と青に彩られた二本の弓につがえられた黒の矢は、勢い良くドラゴンに向かってゆき、飛べない翼の片方を激しく貫いた。
 竜が、吼える。
 格下と思っていた相手が、誇り高い竜族である己の身に、はっきり痛みを感じられる傷をつけた……苦痛を塗りつぶす強い怒りに、遠くのケルベロスたちに向け、ドラゴンは再び大きく息を吸い込んだ。
「おいこら、てめーの相手はそっちじゃねー、ですよ」
 キオたちにブレスが向けられた気配を察し、二葉は氷竜を引き付けるように挑発の言葉を口にする。言葉での誘いに重ねて放つデストロイブレイドの重い一撃は、再び竜のターゲットを前衛に引き戻した。ボクスドラゴンのサファイアブルゥも、彼女と同じく前線を守るポジションで、後ろのケルベロスたちをしっかりと守っている。
「来るぞ……でも、さっきと同じようにはいかないぜ!」
 竜の大きな動きを注視していた勇魚が、仲間に警告を発する。縁の指示で前に出ていたアマツは、己の相棒と感情を繋ぐ勇魚の声に素早く反応し、姿勢を低くして吹雪に備えた。最初と同じ氷のブレスは、同じようには食らわない……全員無傷とまでは行かずとも、前衛のケルベロスたちの被害は、明らかに少なくなっていた。
「凍れる竜よ、覚悟するが良い。貴様に喰わすのは人ではない、我々の力だ!」
 人、定命の定めを受け容れた異種族、サーヴァント。この場で氷竜に相対する全ての者たちの思いを込め、縁は高らかに宣言する。
 ドラゴンとの戦いは、いよいよ佳境に入ろうとしていた。

●青のゆらめき
 それからしばらくの間、竜とケルベロスたちの攻防は、一進一退の状況が続いた。
 ケルベロスたちが強敵になかなか有効打を与えられない一方で、氷竜の攻撃もまた、ケルベロスたちの手厚い回復を崩せずにいた。
 なにしろ、ダメージの大きさとエフェクトの状況を見て的確に回復を重ねるヒメノを中心に、ユリアと彼女を支えるサポートのケルベロスたちまで揃っている。
「ユリアさん、紗生もお手伝いするねっ。二葉おねえちゃん、がんばれがんばれーっ!」
「私が治療しよう。ほら、ヒールだ!」
 二葉の居る街からやって来た紗生子とジンは、ジョブレスオーラとヒールドローンで回復を補う。
「異界の門より来たれ、地獄の鬼どもよ!」
 また先祖伝来の烏帽子を身につけた是氏は、百鬼夜行の召喚でドラゴンの邪魔を試み、回復役がより自由に動けるように心を砕いていた。
「これが竜の魔剣……鏖殺剣だ、ですっ!」
 回復役の余力が増すにつれ、攻め手が積極的に攻勢に転じる機会も増える。
 二葉は竜が隙を作った一瞬を逃さず、鏖殺剣“絶対零度”の斬撃を放った。凍える衝撃波にとらわれた氷竜の動きが鈍ると、サファイアブルゥはすかさずボクスブレスをジグザグに走らせ、追加効果の上乗せを狙う。
「これだけ撃てば、動きも止まるよね?」
 さらに真朱が、楽しげに乱れ撃つ制圧射撃の弾幕で、回避などさせないとばかりに追い打ちをかける。銃をこよなく愛する彼女にとっては、竜の大きな体も、攻撃をたくさん当てられる良い的ぐらいのものなのだろう。
「お見事です。ならば私は、こちらで……!」
 氷竜がいっそう動きを鈍らせるのを見て取り、ジョンは光と闇をまとう両腕のガントレットから、セイクリッドダークネスの一撃を解き放った。誰かが相手の動きを妨害するなら、自分はより大きなダメージを……チームの仲間を信頼し、今の自分にできる最良手を狙って動くケルベロスの姿がそこにあった。
 ターコイズ色の鱗を砕く強い衝撃に、竜は再び大きく吼えた。
 激しい怒りに満ちた、それでいて最初よりも苦しげな叫びが、辺り一面の雪を舞い上がらせ、立ち並ぶビルを震わせる。ドラゴンは半ば本能的に、大きな苦痛を与えたジョンに向け、鋭く硬い爪を振り下ろした。
「…………! すみません、ちょっと痛いですけど、我慢してください!」
 よろめくジョンに、ヒメノはウィッチドクターの緊急手術をほどこす。強引だが強い力を持つ癒しは、竜の爪に貫かれた深い傷を塞ぎ、どうにか彼を踏みとどまらせた。
「休まずたたみ掛けるぞ。我々の攻撃、竜ごときに見切らせはしない」
「ああ、奴は理力が苦手みたいだけど、こだわらず、当たりやすい技を切り替えて攻めるんだ!」
 縁はサイコフォースに繋げて炎を纏った鉄塊剣を叩きつけ、勇魚は降魔真拳に続けて自宅を守る心が生み出す溶岩を氷竜の足元に浴びせかける。見切りや弱点を意識して戦うメンバーの多さは、着実に戦況をケルベロスたちの方に引き寄せていた。
「ええ、今こそこの技を使うタイミングです。……ガルド流殲闘術蒼弓式。それが、あなたを倒す流派の名前です」
 キオもまた、見切りと命中を十二分に意識して戦っている一人だった。一手前にハートクエイクアローを放った彼女は、高く天を指差し、自ら修める流派の名を口にする。
「天空の戒め解き放たれし凍れる刃よ、空の下なる我が手に集え」
 氷竜がもたらした冷気が、キオの弓につがえられた矢に集まってゆく。
「神々の魂すらも打ち砕く、蒼き力よ! 降霜!」
 ドラゴンの青い体とはまた違う蒼さを持った光が、氷の矢となって空を切り裂く。そして、突き刺さる。己の慣れ親しんだものではない冷たさが、竜の胴にかすかな霜を浮かせていた。
 三度、竜は吼える。
 氷の絶対王者であるはずの自分の存在が、取るに足らないはずの小さな生き物たちに脅かされる、未知の恐怖。街をつんざく叫びには、確かにそれが表れていた。
「よし、今ならこの技も……!」
 苦しまぎれに振り回されたドラゴンの尾をかわしたギルボークは、相棒と信じる二振りの斬霊刀を握る手に力を込める。ヒメちゃん、見ててね……とこっそり心の中でつぶやきながら、彼は両手の刀を鞘ごと天高く掲げ、渾身の一撃を繰り出した。
「僕達はケルベロス。デウスエクスを葬る力を持つ者! 封印されしドラゴンよ! 我らの力により永久の眠りにつきなさい!」
 その名も、七天抜刀術・弐の太刀【夜葬】。
 大切なヒメちゃんを、人々を、この街を守りたい……ギルボークの純粋な思いは、制御の難しい太刀筋を、迷わずドラゴンに導いた。
「…………!」
 もはや声にならない咆哮が、氷竜の喉をむなしく通り抜ける。
 とどめを刺された竜は、派手に周りの建物を巻き込みながら、どうと地に倒れ伏した。

●暑い街から始まる物語
 氷の災厄が去った街を、じりじりと太陽が照らす。
 降り注いだ大量の雪はすぐに消えはしなかったが、この街本来の主である真夏の太陽は、着々といつものうんざりするような暑さを呼び戻しつつあった。
「う……やっぱり、暑いのは苦手だなあ」
 勇気をかき集めてその名の通り勇ましく戦った勇魚が、先ほどまでの戦うケルベロスの顔から一転、暑さに弱い普通の大学生の表情を見せる。そんな様子も、街を守った安堵の裏返しなのかも知れない。
「休むのは、もう少し後にしましょう。建物の被害をヒールしなければなりませんし、被災した人がいるかも知れません」
 市民を守る使命感に溢れるキオは、心を鬼にして、さらなる役目を果たそうと仲間に提案する。
「えー、ボク、疲れたよー。暑いし、のども渇いちゃった」
 真朱の無邪気な態度と言葉に、ジョンは穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。
「ええ、戦闘後の至福の一杯は格別です。私特製のアイスコーヒーがありますから、まずは皆で軽く一息入れましょう……むろん本格的な休憩は、全て終わってから、ですが」
 みるみるうちに暑さを取り戻してゆく空気を肌で感じるケルベロスたちに、彼の誘いはこのうえなく魅力的に響いた。『しょうがないな』と言いたげな顔をしつつ、一杯のアイスコーヒーを楽しむ時間ぐらいなら……と、キオもうなずく。
 暑い街に、冷たいアイスコーヒー。
 そんな日常が、街の止まった時を再び動かそうとしている。
「まだ闘いは始まったばかりだ。これから我々は強くなるしかないな」
 取り戻した『いつも』の先を見据え、縁はつぶやく。
 熊谷を救ったケルベロスたちの長い物語が、今ここに始まろうとしていた。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。