けもの

作者:OZ

●けもの
 獣は、月を見た。
 そして己の周囲を漂う、燐光放つ怪魚達を見つめた。
 口元から漏れ出す息は荒く、その目は確かに色々なものを映しこんでいたが、知性といったものは、ひとかけらも見て取れなかった。
 獣は遠吠えを上げる。
 寂しく、哀しく、しかしその中に確かに宿るのは、己以外への殺意。
 駆け出した獣――サルベージし、変異強化されたウェアライダーの後ろを、死神達は追っていく。ぬらりと光る獣の瞳に、毛並に、燐光が照り返して、まるで濡れそぼっているかのような姿のまま、獣は走った。


 埼玉県草加市で、死神の活動が確認された――。九十九・白(ウェアライダーのヘリオライダー・en0086)は、そう口火を切った。
「死神とはいっても、この頃暗躍しているらしい死神とは別口の、知性を持たない深海魚型の下級死神です。第二次侵略以前に死んだデウスエクスを、変異強化した上でサルベージして、戦力として持ち帰ろうとしているのでしょう。見逃すことは出来ません」
 白は続ける。
「サルベージされ、変異強化されたのはウェアライダーです。場所は草加駅前。深夜ですから人通りは殆どないはずですが……この時期ですから、酔いつぶれて寝ている酔っ払いくらいはいるかもしれませんね」
 苦笑した白は、死神の数は三体であると告げた。攻撃手段は噛み付くこと以外を知らないようだ、とも。
「……死んだままであるべきのデウスエクスをサルベージして、まだ、殺させようとする。その考えが気に入らない」
 ぽつり、と漏らしたのは白の話を聞いていたケルベロスがひとり、夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)だった。
「わたしも行こう」
 立ち上がった終に白は微笑みかけ、それから周囲のケルベロス達にも軽く頭を下げる。
「年の瀬も迫る、何かと忙しい時期ではありますが……変異強化されたウェアライダーの討伐、並びに死神の撃破……どうぞ、よろしくお願いします」
 休む暇もありませんね、と、白は柔らかく笑った。


参加者
ダダル・ダル(ウェアライダーの店長・e00561)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
リルミア・ベルティ(オラトリオの鹵獲術士・e12037)
彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)
ケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521)
九十九折・かだん(無縁塚・e18614)
神山・太一(弾丸少年・e18779)
ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)

■リプレイ


 駅前のロータリーは、しんとしていた。深夜なのだから当然と言えば当然のことだ。この寒空の下、夜中に出歩こうという者は少ないのだろう。
「あー、寒いでっすねえ」
 ダダル・ダル(ウェアライダーの店長・e00561)の目は据わっていた。ぶるりと大きく身を震わせ、ダダルは己が身を抱いて少しでも暖を取ろうとする。
「あ……居ないほうがよかったですが、居ますね、酔っ払いさん……。終さん、お願いしてもいいですか?」
「……ん。任された」
 リルミア・ベルティ(オラトリオの鹵獲術士・e12037)の声に、夜廻・終(サキュバスのガンスリンガー・en0092)は小さく頷いて返す。踵を返した先には、閉じたシャッターにもたれ掛かって何やらひとりぶつくさと、この世を嘆いている男が居た。
 ふわり、と燐光が目の端に映ったのも、まさにその時だった。
「……出やがったでっすね。寒い時期でもお仕事ご苦労さんでっすよ、クソッタレの死神ども。あなたたちの行いには心底キレそうなのでミンチにしてやるでっす!」
 息巻くダダルの横に、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)が並ぶ。死神達が喚び出した理性無きウェアライダーが、遠吠えを上げた。
「やれやれ、大した殺気だな。叩き起こされて腹が立ったか、それとも何か、死を超えるほどの憎しみでもあるのか?」
 ふ、と笑うように息を吐き、ジョージは目を眇める。
「まぁ、その話を聞く機会はないんだがな。……あるのは殺し合いの機会だけさ」
 皮肉を込めて呟かれた言葉は、拾う者もなく地に落ちる。ナイフを一振りその手に持ち、ジョージは一番に地を蹴った。

 酔っ払いをどうにかその場から除けようと四苦八苦していた終の上に、にょきりと影が生える。
「さすがに夜廻さんだけじゃ、重いでしょ」
「……そう思っていたところだ。しかも、あっちに更にひとりとふたりいる」
 サポートに駆けつけていたガルフが終に呼びかければ、終は素直に「頼む」と応じた。
「あっちの二人の酔っぱらいは任せて。俺が運ぶよ」
「そんじゃまぁ、こっちの一人は俺に任せな。……凍死でもされちゃぁ大変だ、なるべく暖かい場所に持ってくさ」
 毛布もあるしな、と荷物を見せたのは思江だった。
「見ず知らずを助けるのもケルベロスの役目ってな。男手は余ってるんだ。存分に使ってくれよ」
 最後のひとりの避難を、モンジュが買って出る。
「おう、一般人の避難は俺らに任せて、お前さんは早いとこ戦いに加わんな。出来るだけ早く戻ってくるからよ」
「ありがとう」
 思江の言葉に頷き、終はガトリングガンを手に駆け出した。


「ふっにゃー! 死神にはもうこりごりなのにゃ!」
 獣を庇うかのように前に出た死神二匹を前に、ケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521)は声を上げた。
「なにがなんでもとりあえずボコるにゃ! 悪い死神にはおしおきなのにゃ! ぼっくん!」
 自らのサーヴァントたるミミックに呼びかければ、待っていたとばかりにその口から巨大な絵筆が現れる。
「見せるのにゃ、ぼくの世界!」
 ブラックスライムを纏った巨大な絵筆が宙に描き、ケーシィの気合と共に放たれるのは刀剣を持った戦士達だ。
「死して眠っていた者を好きに操る、か。死者の尊厳を奪う行為だな……確かに、気に入らないね」
 ヴォルフラム・アルトマイア(ラストスタンド・e20318)が夜風に銀の髪を靡かせながら死神に肉薄する。
「零距離だ。――痛いぞ」
 束ね引き絞った妖精弓から放たれるのは、神殺しの漆黒の巨大矢。
「この攻撃も、受けてみなさいませ!」
 彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)が後方から放つのは杖から迸るいかづち。
 それを援護として、九十九折・かだん(無縁塚・e18614)もまた前線へと飛び込んだ。
「よお、怪物。食らいあおうぜ」
 かだんが見せたのは電光石火の蹴りの一撃。ケルベロス達の怒涛の攻撃を受けていた一体の死神が、その蹴りに沈む。
 哀しみに震えるような遠吠えが、響き渡る。
「っち、少しは大人しくしててほしいでっすよ!」
 魔力の込められたその咆哮に、獣を押さえていたダダルが表情を僅かに歪めたその時に、避難を任されていた終が戦場に戻る。
「終は後方から援護を、夜は中衛位置から攻撃を頼む」
「避難をありがとう。お疲れ様」
「わかった。……避難、は、わたしは殆どなにもしていない。……来てくれたみんながやってくれた」
 二体目の死神を相手取りながら、ジョージとリルミアが告げた言葉に返しながら、終もまた攻撃態勢に入り、自らのビハインドに前へ、と合図を送る。
「死神に蘇らされたウェアライダー……ですか。……ねぇ死神さん、どうせなら、『あの人』を連れてきてよ」
 ケルベロスチェインを巧みに操り、死神に的確な攻撃を当てながらぽつりと零したのは神山・太一(弾丸少年・e18779)だった。
「……なんて事を言ってる場合じゃないよね、てっくん。僕はあっちを狙うから……そっちは任せたよ!」
 任せろ! とでも言うようにぴょんと跳ねたテレビウムが、得物を手に死神へと襲い掛かる。その様子を見、太一は銃口を獣へと向けた。


「多数の敵を相手にするときは頭数がおったほうが良いだろうてな。ゆくぞ、」
 煌羅がすっと息を吸い、ぱん、と音を立て両の手を合わせる。
「天人所戴仰、龍神咸恭敬!」
 力強い赤い光が眩く光ったかと思えば、それは仲間を守る強力な盾となる。
 宙を喰いちぎった死神の牙をすれすれのところで躱し、ジョージは笑う。その理由は直ぐに解った。
「よう。働き者が揃ってお出ましか」
「おう、お前さんと違って、俺ぁ勤勉なんだよ。ともかく、手ぇ貸すぜ、ジョージ」
 思江がジョージの言葉に笑えば、ジョージはわざとらしく肩を竦めた。ガルフに思江、そしてモンジュもまた、そうして戦線に加わる。
「ん……?」
 誰かもうひとりいたような、とモンジュは一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐにその思考を戦闘に向くよう切り替える。
 そうして更に加わった苛烈な攻撃に、二体目の死神が沈んだ。
 ぼろぼろになりながらもひとり獣を押さえていたダダルが、呼吸も荒くぐらりと傾ぐ。
「こ……ここまで、もたせた私を褒めてほしいものでっす」
 ぜえぜえと肩で息をするダダルに、紫が杖の先を向ける。
「緊急手術ですわ、すぐに治します!」
 魔術切開に、ショック打撃――それらを伴う強引な緊急手術は、それでもダダルの負傷を大幅に回復した。
「ありがとでっすよ……」
 ふらりと立ち上がり、ダダルは眼前の獣と、その周囲を泳ぐ残り一体の死神に視線をやった。
「……『マスタービースト』はもういない……『私たち』、デウスエクス『ウェアライダー』の戦争は、もう終わったんでっす」
 その言葉は恐らく通じてはいないだろう。それでもダダルは、そう言の葉を紡いだ。永遠であるはずだった眠りを妨げた死神には怒りを。獣――ウェアライダーには、悲しみを。
「宝石化という『仮の死』でもなく、サルベージという『偽の死』でもなく、『真の死』を!」
 言うや、ダダルは獣の間合いへと飛び込んだ。手足に重力を集中させ、放たれるのは高速かつ重量のある一撃。
 一瞬怯んだ獣の様子を見て取って、次に動いたのはかだんだった。
「殺意なんて悲しいもんより、食欲で、ころしあおう」
 ぺろりと舌先で唇を舐めて、かだんは言う。
「殺意を無理やり芽生えさせられるのは、悲しいだろ。苦しいだろ。――寂しいだろ。誰にも、殺意なんか向けなくていいよう殺してやる。……月が綺麗だな。むさぼりあおう。私は、腹が減っている」
 しゅっ、と空を裂く音がした。かだんの放つ拳の一撃が、獣を強かに打ち据える。雑にすら見える攻撃は、実際そうなのだろう。
 残っていた死神が一体、その場から離れようと泳ぎ出す。
「一匹も逃がしてやんないのにゃ!」
 それに逸早く気付いたケーシィが巨大な絵筆で軌跡を描けば、鋭い槍が如くブラックスライムが一直線上に飛び、死神を貫く。
 苦悶するかのように身を捩った死神に向け、追撃を放つのはリルミアだ。リルミアの持つ杖から生み出されるのは、物質の時間を凍結する弾丸。
「遠くに逃げたって、僕が逃がしませんよ……!」
 太一が言葉と共に放つは、鉛弾の一閃。身を穿ったその攻撃に、逃げようとしていた最後の死神が潰えた。


「知性を持たない敵……そうかもしれないとは思っていましたが、ある意味厄介でございましたわね。説得の余地も無く、倒すしかない……ならば、せめて苦しませない様に倒してしまいましょう」
 紫の髪に咲くラベンダーの花が、夜風に揺れた。
 獣が動く。その動きに逸早く反応したのはヴォルフラムだった。
「――吼えるつもりか、やめておけ」
 喉笛を抉り取るように、ヴォルフラムは拳を突き出す。弱点を見抜いたその一撃に、獣は高い鳴き声を上げてよろめいた。
(「サルベージ」)
 太一は獣に瞳を向けて思う。
(「それがデウスエクスの罠だったとしても、会えるなら会いたい……なんて思っちゃうのは。僕がまだ弱いから、かな……」)
「危ないッ!」
 思考に気をとられた一瞬の隙に、太一目掛けて獣の爪が迫った。ヴォルフラムが間一髪のところで太一を突き飛ばす。
「っす、すみません!」
「気を付けろ。……全員で無事に帰るまでが仕事だろう?」
「……! はいっ!」
 低く唸る獣から目を離さず、太一とヴォルフラムは言葉を交わす。
「なかなか、しぶといですわね。そろそろ終わりにしましょう」
 紫の放ったいかづちが、獣を貫いた。
 悲鳴。
 リルミアもまた、紫と同じ攻撃手段を取った。
 ――悲鳴。
「聞くに堪えないにゃ……もう、終わらせるにゃ!」
 ケーシィが仕掛け、かだんもまた雑な――それでいて確実に急所を狙っていく、奇妙とも思える――攻撃を繰り出してゆく。かだんに次いでジョージの一撃が、獣の横っ腹を打ち付ける。後方からの援護射撃を受けながら、前衛達は最前線で各々の最大限の力を振るっていた。
「その通り、終わりにするでっす!」
 ダダルが獣を追い詰める。
「これで……チェックメイトDEATH死!」
 追い詰められた獣に放たれたのは、『王手』を告げる必殺の一撃。
 獣が、ウェアライダーが、崩れ落ちる。
 それと共に、さらさらと砂のように、その輪郭は宙へ溶けていった。
「……これが死神にサルベージされたデウスエクスの、成れの果てか……」
 ヴォルフラムは唇を噛む。
 さらさらと、――さらさらと。
 獣の骸は、そうして跡形もなく消え去った。

 戦いの余波で歪んでしまった閉じられたシャッターにヒールをかける仲間達を、ケーシィは膝を抱えて見つめていた。
「……死神は、ほんとにもうこりごりなのにゃ」
 膝に顔をうずめながら小さく小さく、そう呟く。
 ヒールを終えたケルベロス達は、そうして帰路を踏む。
 夜空に浮かぶ月が、やけに大きく見える夜だった。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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