相模の海に潜むは、危険な戦艦竜

作者:ほむらもやし

●漁船の轟沈
「舌の上で踊るようなヒラメの刺身かー。上手いこと言うものだなー」
「大切な思い出の味なんだ。だから自分で釣ったのを食べさせてやりたくてな。今日は付き合ってもらって、本当に、ありがとうな……」
 冷たく強い風が吹き抜ける。出漁時、今日は風が弱いほうだと漁師の男は言っていた。船尾方向に見える箱根、足柄山地の稜線に視線を巡らせつつ、さらに後方に目を移せば、青空のもと雪を頂いた富士山が見える。
「ははは、気にするなー、今日は大物の気配が半端ねえ、きっと最高のヒラメも掛かるよー」
 大きな当たりの感に、釣り糸を巻き上げ始めた瞬間、船尾側の真下から突き上げるような衝撃と共に、船が宙に浮きあがるような感覚がして、船は真っ二つに折れ砕けた。
 あまりに突然の出来事だった。
 漁師と客、2人の身体は、なす術もなく宙に舞い上がり、そして海面に落下して、船の砕片と共に波間に漂う。もしライフジャケットを身に着けていなければ、命を失っていただろう。
 落下の衝撃により、気を失うまでの刹那、襲い掛かって来た者の正体を、2人は目にしていた。襲い掛かって来たのは、『戦艦竜』と呼ばれるドラゴン。
 武骨な砲を備えながらも、スマートさを感じさせるシルエットは、かつて世界の海を巡った軍艦足柄を連想させるものだったという。
 
●相模湾の平穏を取り戻そう
「城ヶ島を防衛していた『戦艦竜』の行方が判明した」
 ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はケルベロスたちを前に話を切り出す。
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査によると、相模湾で漁船が襲われる等、戦艦竜による被害が相次いでいるという。
「『戦艦竜』は城ヶ島の南の海を守護していた、軍艦のような装甲や砲を備えたドラゴンだ。襲われれば、漁船などひとたまりもない」
 その卓越した戦闘力は城ヶ島制圧戦に於いて、戦艦竜の存在する南側からの上陸作戦を避ける一因になったほど。その総数こそ多くはないと見られるが、『戦艦竜』のために相模湾の安全が脅かされている事実は見過ごせない。
「というわけでだ。皆にはクルーザーを用意させてもらった。クルーザーとは言っても釣り船に毛の生えた程度のものだがな。了承してくれ。これで相模湾に移動し、確認された『戦艦竜』を撃破して欲しい」
『戦艦竜』の戦闘力は、今までに知られたドラゴンの中でも突出しているが、絶対無比と言えるほどの存在ではない。
「奴らの戦闘力は非の打ちどころがない。だが、受けたダメージを、自力で回復できない弱点があると、分かった。耐えうるダメージの総量が有限である以上、小さなダメージでも重ね続ければ、やがて限界に達するのは自明だな」
 ただし、先の戦いで、その強大さから避けた相手を、一度の戦いで撃破できると考えるのは無謀である。
 現実的に考えれば、機会をあらためた波状攻撃により、2回、3回、4回……ダメージを重ね、やがては撃破に至らしめるのが、正攻法であろう。
「君たちに、向かって頂く海域はここだ」
 机上に海図を広げ、小田原沖、酒匂川河口から南南東、真鶴岬から東方向のポイントに印をつけると、ケンジはここに居る『戦艦竜』の名前を近隣の地名に因んで『足柄』と呼ぶと告げ、現時点で知りえている情報を語り始める。
「生還した漁師らの証言によると、確認されている攻撃方法は、真下からの体当たりによる一撃。外見は二連の砲を備えた角張ったフォルムらしい。あと、該当海域では、到着から、しばらくの間は何事もなく普通に釣りができたそうだ」
 砲撃やブレスといった攻撃は確認されていないため不明だが、その性質が不明であるにせよ、使ってくると見た方が無難だろう。そしてその火力は強力であることは想像に難くない。
「それから、『戦艦竜』には攻撃してくるものを迎撃するような性質がある。戦闘においては引くことはなく、逃げる敵を深追いすることも無い」
 どこか武士道のようなものを感じさせると、極めて個人的な感想を交えつつも、追撃の危険が少ないにしても、撤退のタイミングを見誤らないようにと念を押す。
「個としての戦闘力で劣勢にあっても、恥じることは無い。危険を感じたら退いて、次に繋げればいい。俺たちが敵に優る点は、何度でも立ち向かえることなのだからな」
 遠い異国の海で孤立し、損傷の修理も不完全なままに働き続け、遂には力尽きてしまった、軍艦足柄のイメージと重ねたのか、ケンジは物憂げに息を吐き出す。が、すぐに表情を引き締める。
「『戦艦竜』は危険な相手だ。一瞬の隙が命取りになることもある。同情は無用。全力で戦ってほしい。だが生き残ること、帰りを待っている者がいることを忘れずに戦ってほしい」
 すぐに、倒せなくても、倒すためのチャンスは、再び巡ってくる。そう締めくくるとケンジは丁寧に頭を下げた。


参加者
メラン・ナツバヤシ(幼き女王蜂・e00271)
サフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)
石馬・無明(疾風の剣牙虎・e02609)
ノア・ウォルシュ(月に手を伸ばせ・e12067)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)

■リプレイ

●冬の海
 真鶴岬東方沖の海中深く、暗い海底に沈座していた戦艦竜『足柄』が、遠くからだが確実に自分の方へと向かってくる者の気配に気づいて、ゆっくりと海底から浮かび上がり、行動を開始した。
「今度は、戦艦竜を倒して、お返しをしたいところだけど……」
「確か、漁船は釣りを始めてからしばらくのタイミング、船尾方向の真下からの一撃で沈んだのよね」
 出来ることなら先に足柄を見つけたい。風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)と、サフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)は、そう考えて、空中からクルーザーの周囲に目を凝らしていた。
 海上での波の高さは1mほどだろうか、漁師らに言わせれば、凪いだ海らしいが、三角形に盛り上がりつつ、時折白い飛沫を立てている海面を見ると、北西からの風に背中を押される度に、ここが冬の海であることを思い知らされる。
「流石に寒そうだな……これで死ぬことはないって言っても、やっぱり厳しいものがあるね」
「いやぁ心躍るねぇ……、戦艦竜と一緒にクルーズなんてさ。え、違う?」
 なんだかブルーの入っている、ノア・ウォルシュ(月に手を伸ばせ・e12067)の言葉に、平島・時枝(フルメタルサムライハート・e15959)が軽口で応える。
 漁船の轟沈ポイントまでは、あと少し、数分も進めば着く場所で、クルーザーは投錨する。
 ここまでの航路は、被害に遭った漁師らと同様、酒匂川河口を背にして、陸沿いに沖に向かう形、違う航路を選ぶこともできたが、特に気に留める者は居なかった。
「まー、戦艦竜がどんどん出てきとるってことは、もっと大物が出てきてもおかしくないちゅうこっちゃ」
 そろそろ鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)が真面目な顔で告げながら、装備の確認をする。
「戦う前から、あんまり怖いこと言うなよ」
「面白え。そんなものが出てきら良い土産話になるじゃねぇか。大丈夫だ、俺の創る英雄譚に、終わりはないぜ!」
 不安の色を隠しきれないノアに向かって、石馬・無明(疾風の剣牙虎・e02609)が強がってみせる。
「準備はええか? ほなせーので、行こうか、みんなで情報持って帰らんとな」

●遭遇戦
 波立つ海面に飛び込み、海中に潜ってまもなく、黒く大きな影が急速に此方に迫ってくるのが見えた。
 それが目標の戦艦竜――足柄であることは、誰の目にも明らかだった。
「て、敵襲や!」
 敵に発見されないよう、漁船の轟沈ポイントからは、それなりに距離を離したはずだったが、付近に行き交う船もない状況下、エンジンを轟かせていれば、敵に見つかるリスクは高まる。
「もうお出ましかよ。にしても、戦艦らしく、主砲と副砲を積んでるって、聞いたが、本当だな」
 ならばもう迷うことは無い、攻撃あるのみだ。
 渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は沈降の勢いを泳ぎに乗せて、手にした得物を振り上げる。
「我が手に宿るは、断罪の雷霆――その身に刻め。裁きの鉄槌を!」
 叫び、そして海中にまで轟く雷鳴。
 刹那、神話の如き光景が現出する。割れた海面に、一筋の稲妻が落ち、一点に受け止めた光輝を刃に乗せ、敵を討つ一撃に変えて、数汰は足柄の巨体の正面に叩き込んだ。
 瞬間、轟音を立てて、急速に浮上する足柄の巨体が微かに震え、速度が遅くなる。
「ダメだ、たいして効いて無い! ドラゴンすら仕留めたコレで、ダメか!?」
 1回では倒せないと、話には聞いていたが、その事実を実感した瞬間だった。
「祝福を持っておいで、魔女の子ら」
「流石に厳しいわね!!」
 灯乃は警告を飛ばし終えた灯乃は、大急ぎで、前衛に向けて黒猫の導きを発動する。
 見つけるよりも早く敵が迎撃に出向いてきたことに、索敵に就いていた、和奈は複雑な気分になる。
「……なるほど、確かに戦艦と呼ぶに相応しいドラゴンだ」
 一方、無明の方は、敵を目の前にしてどこか満足げ。
 もはや海水の冷たかったことなど、忘れ果てて、むしろ身体中の血が、熱くたぎるのを心地よく感じて、牙の一本でもへし折ってやると息巻いていた。
「何だとっ?!」
 だが、足柄は、唯一の前衛クラッシャーである、無明には見向きもせず、明らかに人数の偏っている、後衛のスナイパーとメディックの方へと、その牙を剥いた。
「くそっ!」
 速度を取り戻し、浮上を続ける足柄は無明と、僅かなディフェンダーのサーヴァントを素通りする。
 その直後、足柄の周囲に水圧を伴う大きな渦が巻き起こる。
 回避する暇も無く、メラン・ナツバヤシ(幼き女王蜂・e00271)、ノア、灯乃、数汰が巻き込まれ、その自由を奪われ、そこに装甲に覆われた恐るべき質量と硬さを持つ、巨体が迫り体当たって来た。
 ――海上に白く巨大な水柱が立ち上がる。そして大気を揺るがすような轟音を響かせながら水柱の周囲に雷光が樹枝状に広がった。
「間に合わなかった」
 サークリットチェインを使おうとケルベロスチェインを手にしていたサフィーナが肩を落とす。狙われていた後衛に向けて、発動さえできていれば、描かれた魔法円によって、強大な攻撃の威力は緩和できていたはずだ。
 閃光が消え、宙に舞い上げられた海水が嵐のように降り注いだ果て、服は破れ、焼け焦げた肉が無残に露出し、戦う力を奪われた、2人のケルベロスと、身代わりとなった2体のサーヴァントが波間に浮いていた。
「ロキ!?」
 無残な黒焦げの姿となって、ノアの身代わりとなったボクスドラゴンの『ロキ』、そして己の身代わりとなってくれた、灯乃のテレビウム、戦闘不能となった、数汰と灯乃を見遣り、メランは歯が砕けそうなほどに食いしばり、海面に砲塔を覗かせる足柄を睨み据える。
「許さない」
 怒気を孕んで振り上げたブラックスライムは、その姿を見せた足柄の砲塔の真上から、それを覆いつくすように食らいつく。
「落ち着け、まだ俺たちには、しなければいけないことが、あるだろう!」
 昂ったメランの意識の中に、ノアの鋭い声が、飛び込んで来る。
「……ありがと。強敵なのは、分かってるわ。でも、此処までとはね」
「援護のない状態なら、俺でも1発、守りを固めても、恐らくは2~3発が良い所か」
「状況は最悪ね。どうする?」
 浮上して半身を現した足柄には、目立った損傷は無く、見てわかる異変や構造上の弱点らしきものも見えない。
「なら、とりあえずは、砲塔だよね」
 波が当たるたびに白い飛沫を上げる、砲塔を狙って、ノアは素早く距離を詰め、殴りつける。同時に放射された網状の霊力が蜘蛛の糸のように絡みつく。
「攻撃力は圧倒的……私だけで、どこまで支え切れるかな」
 残るメディックはひとり、済んだことを考えても仕方が無いが、もっといい方法が無かったかどうしても気になってしまう。そんな微かな迷いを胸に、サフィーナは前衛ではなく、人数の集中している後衛に向けてサークリットチェインを発動する。
「おっと、アタシはまだ無傷だからね。何もしないうちに撤退なんて御免だよ」
 魔方陣の加護が展開される仲間たちの方を一瞬見遣ってから、安心したように時枝は前方を見据える。
 メンバーの中では最も強い部類入る、灯乃が一撃で落とされた以上、何ら加護の無い、自分も一撃で落とされる可能性が高い。それは同じ中衛の和奈も、たまたま空中にポジションを取っているサフィーナも例外ではない。
 足柄の攻撃の傾向が、人数が多くかつ守りの薄い方を狙うものとすれば、次に狙われるのは、中衛か後衛。だが継戦力を経つために、メディックを落としにかかるかもしれない。守りの薄さで見れば中衛だ。
 いずれにしても足柄の次の一手により、撤退させられる可能性が高く、現時点で回避できる可能性は低い。
「畜生道に身をやつし、心機衰えて頭を垂れるべし」
 ならば、やれることをやろうと、時枝は覚悟を決める、そして、いま仕掛ければ確実に当てることが出来そうだ。そんな直感をもとに、レプリカントとしての能力の全てを解き放つ。
「……つまりは這いつくばりやがれ、ってことよ、カッ飛べ、畜生剣すていやああぁぁぁぁぁ!!」
 続けて叫びに乗せて、撃ち放った礫の背に紫電を纏った高速の追い突きを繰り出す。
 加速し、さらに力を得た、それは、足柄の装甲に高い金属音と共に突き刺さった。
「やってくれるぜ……。本当に滅茶苦茶じゃねーかよ」
 湧き上がる闘争心を原動力に無明は、連続の被弾にも余裕を感じさせる態度の足柄に迫る。
 なるほど良く見ればスマートに見えるボディにも関わらず、装甲は強固で無駄が無い。多少の攻撃など問題にならないと言ったところか。ただ、実用的過ぎて遊びのないシルエットにはセクシーさの欠片もない。
 生粋の武人相手に優雅に戦う必要などない。
 出し惜しみは無しだ。確実に当てつつ、一手一手に全力を傾ければ敬意を表したことになるだろう。
「受けて見ろ、これがあらゆる物を凍らせる、螺旋の冷気だ!」
 掲げた腕の先に生み出された、あらゆるものを凍らせる氷結の螺旋が、波間に氷の軌跡を描きながら飛翔し、足柄の連装砲を分厚い氷で覆う。
「マガジンセット、シリンダー回転開始、この麻酔弾は、一度食い込んだら抜けないよ!」
 和奈は叫びと共に、リベット状に形成した麻酔弾を装填したガトリングを無造作に連射する。威力はさほどではないものの、波間に晒した半身に直上から降り注ぐ弾丸に、嫌気がさしたように、足柄は鼻息を鳴らすと、再び水面下に身体を沈降させながら、その砲身を和奈、そして時枝の方に向ける。
「砲塔動いた! デカいのがくるぞ、気をつけろ!」
 無明の警告の叫びに続いて、同時に火を吹いた足柄の主砲と副砲が空気を揺らす。
 赤熱する弾丸は空を裂き、橙色の光の残像を残して、和奈と、時枝を守ろうとした、ビハインドの『カミヒメ』に命中して大爆発を起こした。
 これをもって、行動可能なケルベロスの5人は、戦闘不能となった3人共に撤退を開始する。
 そして、足柄が戦いを中止した、ケルベロスを追撃してくることは無かった。

●戦い終わって
「悔しいけど……もうこれ以上の無理は禁物だよ」
 傷つき、煤で顔を真っ黒された和奈が、呼びかけると、集合したケルベロスは全員疲れ切った表情で頷いた。
 乗って帰るクルーザーは既に無く、残っている物と言えば波間に浮かぶ残骸とオレンジ色の高密度ポリスチレン製の硬い浮き輪ぐらいだが、まだ余力もあるため、問題なく帰りつけるだろう。
「いきなりやられてしまって、堪忍な。もうちょい、持ちこたえられると思ったんやけどな……」
 その時にできる最善は尽くしたが、灯乃も自分が序盤でリタイアさせられるとは予想外だったのかもしれない。
「鉄で、半機械で、水棲なのに、目立った弱点も無いってのはなあ、チート過ぎだろ……」
 遠くに見える、真鶴岬の方を見つめ、数汰は不満そうに漏らす。
 北西からの風が強くなり、寒さが増してきたような気がする。
「今日はこのくらいにしといてやるかんなー! いやホントに」
 陸地とは逆のさっきまで戦っていた方を振り返り、時枝はコンチクショウとばかりに言い放つ。
「まあ、情報は得たし、こんな目にあうのは、最初で最後ね」
「まったくだ」
 メランの言葉に誰もが頷く。
 撤退は予定していたことだし、情報を得たうえで、全員が命に別状なく帰還できる。
 これは一番大事なことである。
 敵の弱点と言える弱点は発見できなかったが、見いだせた攻撃のクセは、優位に戦いを進める助けになることは間違いない。そう考えれば、戦術的には負けたが、戦略的には大勝利である。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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