●ひかりのすみか
新たな風は、キナ臭いものだった。
聖夜の戦場がもたらした情報に、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は息を吐くと、腰かけたままに組んでいた足を解いた。
「メリークリスマス、諸君。良き時間を過ごしている所に悪いが仕事を頼む」
そう告げたドラゴニアンは、茶の瞳で一同を見回すと、改めて自身の手帳を開いていく。そこに書き記されていたもの――それは新たに発見されたダンジョン・巨大ダモクレスから得られたデウスエクスの動向だった。
元々、城ヶ島の螺旋忍軍拠点から回収した秘密書類によって判明した巨大ダモクレスは、破壊されてはいたが体内に残霊発生源を内包しており、現時点でも修理中であるらしい。
その修理の為に『あるもの』を材料とした部品を求め、ダモクレス達は日本各地に散らばったのだという。
『あるもの』――それは、人間である。
厳密にいえば、修理に使われるのは『つがいである二体の人間を同時に殺害し合成させた特殊な部品』だ。
「つがいというのは、簡単にいえば恋仲の者の事だな」
ダモクレス達はそんな『つがい』が集まりやすいデートスポットに潜伏しているという。そしてその場所を訪れる『つがい』に対し、『互いの恋心を増幅させ部品に相応しい精神状態にする電流』を浴びせた後に殺害し、部品とするそうだ。
部品、と口にした所で、ギュスターヴは己を戒める様に手を握るが、すぐに開いて話を先へと進めていく。
次いで開示された情報は、ダモクレス達の情報だった。
どうやらこのダモクレスは、戦闘力こそ高くないが隠密性に秀でており、潜伏先を見つける事は難しいらしい。その為に、ダモクレス側が電流を浴びせない限り発見する事は出来ない。
つまり、ダモクレスが『人間のつがい』であると判断する様な関係性のある者達か、一時的にでもそのような状態が演出が出来るケルベロスが今回の作戦に参加する必要があるのだ。
「要は囮作戦の様なものだな。ダモクレス――能力から『恋する電流マシン』と仮称する。奴らは、一つの場所で八体程だ。君らにはこの相手をしてもらいたい」
八体の相手という事は、八組のカップル或いはカップルに偽装したケルベロスが、満遍なくデートスポットを捜索する事で対応する事が可能だろう。恋する電流マシンはそれぞれ離れた場所にいる為、合流して戦う事はない。遭遇した二名のケルベロスで交戦する事になるはずだ。
ダモクレス達が扱うのはバスターライフルの単独技のみである事から、見切りやすいだろう。
「相手はそう強敵では無い。君らケルベロスが二人いれば互角に戦える筈だ」
ギュスターヴはそう告げると、再び手元の手帳へと視線を移す。次いで読み上げられたのは、判明したと言う潜伏場所だった。
「今回、君らに向かってもらう場所は、静岡県御殿場市にある高原だ」
御殿場高原・時之栖(ときのすみか)――そこは、ホテルや温泉、野外スポーツ場を備えた複合レジャー施設である。この時期になると、園内は豪華なイルミネーションでライトアップされ、夜に素晴らしい賑わいを見せる。
園内にはおすすめとされる六つのイルミネーションがあり、デートスポットのポイントとなっている。
入り口で出会うのはライトアップされた樹齢百二十年のモミの木、そこから園内を中央に貫く光のトンネルには蝶や花を模したイルミネーションが見目麗しく並んでいる。そんな光の道を抜ければ多色の光に飾られたお菓子の店が立ち並び、奥にはオーシャン・トゥインクルと名付けられた宿泊施設が青くライトアップされている。その端を迂回する様に作られたヒカリの散歩道は長く長く、ようやく歩きついた先で七色の光に包まれた噴水が見えるはずだ。
盛りだくさんな光の世界を進むのは、仕事であっても心が踊るだろう。
だが、油断は禁物である。潜んでいる恋する電流マシンは、各所一体ずつ――ただ、光のトンネルとヒカリの散歩道には離れた場所に二体いるという。
自分達が行く場所でカップルらしく徘徊すれば、ダモクレスは『恋する電流』を浴びせてくるはずだ。その電流の発生源を確認し、交戦という形になるだろう。
「園内のスタッフには事情を話し、敵に怪しまれぬ様に普段と同じ様に勤務をしてもらう予定だ。一時的に一般人のカップルも避難させているので、狙いは君らに絞られる」
つまり、集中して戦う事が出来るのだ。
そこまで話を進めると、ギュスターヴは一同へと視線を向けた。真っ直ぐに向けられる目は穏やかだが、しっかりとした強い意志の光が見える。
「君らは希望だ。まだ見ぬ光を必ず掴んでくれると信じている」
そう告げたドラゴニアンの口元は小さく笑っていた。
参加者 | |
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ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081) |
日色・耶花(くちなし・e02245) |
メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283) |
リィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674) |
華宮・日照(繚乱煉華・e05718) |
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000) |
ラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053) |
花唄・紡(宵巡・e15961) |
●仄かに
光を望むのは自分の中を見つめる事に似ている。
それは光が鏡として在るからだろう。御殿場高原・時之栖(ときのすみか)を彩る光達は、そう囁く様に瞬き、アミナーク・ハイシルト(堕落従者・e15300)を迎えていた。
眼前に輝くのは樹齢百二十年のモミの木である。白青光の流星に彩られた木の頭には、一際輝く灯が光の残像を翼の様に従えて鎮座している。
「なんで恋人のふりなんて面倒な事を……」
彼が呟いて横を向けば、ラスキス・リアディオ(ルヴナンの讃美・e15053)の楽しそうな顔に辿り着き、思わず口を一文字に結ぶ。
「恋人っぽくということなので……腕でも組みます?」
言った彼女は嬉しそうにアミナークの顔を覗き込むが、すぐに口を尖らせる。
「余りそう嫌そうな顔はせず。敵に疑われては本末転倒ですよ」
「……お前はなんだかんだ楽しそうだな、いや別にいいが」
その言葉にもちろんですよ、とラスキスが答えを返すと、アミナークは自身の中で折り合いを付ける様に首を振ってモミの木を見上げた。その視線を追ったラスキスは、思わず感嘆を漏らすと頬に血の色を透かす。
モミの木の立つ植木は、同じ様に飾られた電飾によって、光の海となっている。どこもかしこも光に包まれる様は、まさに光の国と呼ぶに相応しい。
眩い光に飲まれそうになる――アミナークが目を押さえると、ラスキスは小さく笑って光の先へと視線を投げていく。
その視線に見えた憧れと同じものを、花唄・紡(宵巡・e15961)とシャルロッテ・ルーマン(深淵の咎・e17871)は辺りへ投げていた。恋人繋ぎで進む光のトンネルは、白いヤドリギの葉が編み込まれ、多色のイルミネーションの花を引き立たせるキャンパスになっている。絡めた指の細さに気が付いたシャルロッテは、にっこりと笑うと紡の耳に言葉を落としていく。
「ふふ、これってデートだね」
冗談めかした言葉も、二人にとっては今の時間を彩る花の様だった。そうかもと紡が笑えば、指先が熱を持った気がした。ああ、これで恋する電流を受けてしまったら自分はどうなってしまうのだろう――そう思うも、すぐに止めた。
いつもの様に忘れた振りをする訳ではない。
(「だって受けてもそんなに変わんないと思う、しー……」)
ちらりと盗み見たシャルロッテの双眸は、空を愛する様に青く溶けている。その顔が紡を向くと、眩しい微笑みが返ってきた。
「恋する電流はきっと大丈夫。さくっと倒しちゃいましょ」
ああ、君は翼を持つ人魚姫。新たに見えた光と刺激なんて忘れてしまう程に愛おしい。
輝きの源が置かれたオブジェの影から放たれた事はわかったが、目の前にいるシャルロッテしか紡の視界には入ってこない。願わくば人魚姫の視界に映るのも自分であってほしい――そんな相手の瞳には何かの影が映っている。
手を絡めて、引いて、歩いて。
電飾の下で華麗なステップに酔いしれていたシャルロッテは、口付けられた髪のひと房にときめきを覚えて吐息を零す。
「光の粒が零れて君の髪にくっついていたみたい」
言い訳めいた紡の言葉にシャルロッテは首を振ると、かつて見ていた少年の背中を思い出しながら言葉を紡いだ。
「わたしの全てをあなたにあげる。だからわたしを愛して頂戴」
なあんてね、とおどけてみても、本心の様に聞こえるのは何故だろう――喜んで、と告げられると、紡の唇がお姫さまを呼んだ。
このままイルミネーションに溺れてしまうのも良いかもしれない。
眩暈の中にいる紡達の背後には、光の蝶からピエロが顔を覗かせていた。
蝶を、捕まえるにはどうしたらいいだろう。
その誘惑を抱くお菓子の店は煌びやかな光に包まれていた。甘い香りはポップコーンだろうか、相好を崩したリィ・ディドルディドル(はらぺこディドル・e03674)は、腕を組むメルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)に明るい声を掛ける。
「見て、メルカダンテ。お菓子のお店よ」
駆け寄り頼んだお菓子の対価は、この日の為に溜めていたお小遣いだ。その姿にメルカダンテの口元が緩む。
「リィ、もうひとつ好きなものを選びなさい」
「ほ、ほんとう?!」
「いや、たくさんでもいい。それがおまえの血肉を作るならわたくしは……」
その一言に頬を染めたリィの様を見て、メルカダンテは瞬きをすると、胸に手を当てた。
「何故か……嬉しい……?」
呟いた瞬間、弾けた輝きに目を閉じる。
イルミネーションの美しさとは違う光――それが獲物の掛かった証だ。
メルカダンテがリィの手を取って走り出すと、互いの心臓が恋した様に高鳴った。その鼓動に急かされながら、二人は店の影へと駆け出した。
●苛烈に
恋に奥手なディフェンダー・リィが飛び出した先には、ピエロの様なダモクレスがいた。同じく飛び出した彼女のサーヴァントであるボクスドラゴンのイドは、その白角を威嚇する様に向けるとびしっとスプーンを持つ。
「さあ始めるのよ」
紡いだはらぺこディドルの言葉を合図に、茨の王が繰るのは月の斧――その切っ先がルーンの輝きに覆われると、弧月の様な円を描く。
散らされたのは布と共に玩具と見紛う歯車の破片だ。そんな鉄の雨の中へリィが身を躍らせると、その足は敵の急所を目掛けて電光石火の蹴りが飛んだ。同時に匣竜のブレスが相手を飲み込めば、その身ががくりと膝を付く。それでも放たれたエネルギー光弾だったが、かすりもせずに空へと消えた。
その様を確認したメルカダンテは、隠れていたリィの影から飛び出すと、その頭目掛けて一撃を解き放つ。それは一矢の様に正確で――乾いた音が辺りに渡ると痛い位の静寂が満ちる。
「先手必勝って感じだね」
「ああ、次もこうでありたいものだ」
互いの無事と怪我の程度を確認すると、二人は更なる場所へと駆けていく。
手際の良さが勝敗を決めたのだと、言える戦は主従の構える一戦でも同じだった。
「……確かに少しびりっときましたが、それ以外は特に……」
光の帯に撃たれた身を確かめる様に、ラスキスは仄かに光る自身の手の開閉させている。クリアな思考、変わらない感覚、確かめついでに従者の顔を見た途端、瞬きをする。
「否、何だか貴方がやたら美味しそうに見えます。食べていいですか?」
「いや、だからって食うな、敵は向こうだろうが」
同じく雷撃の感覚に物足りなさを感じていたアミナークだったが、主人の様子にストップをかける。溜息を吐いて得物を眼前へと向けた動作に次いで、ラスキスは己が縛霊手を構えると静かに地を蹴った。
その巨腕の掌が開かれ、現れた巨大光弾がダモクレスの足元を貫くも、掬う動作が魔法光線の一撃を生んだ。
瞬間、輝く一矢を銀閃が割った。
「おい、あんまり前に出すぎるな」
己が刀で攻撃を斬り散らしたアミナークが、背後の主人に声を投げるとその手を引いた。触れた指の熱を圧倒的に凌駕する引き寄せられた体の熱。いつもならば離れようと思うのだが、かの温もりが妙に恋しくて離し難い欲を生んだ。
「そんな風にされると離れたくなくなるんですけど」
「なら、あんまり俺から離れるな」
いつもよりも近い距離がアミナークの心配を打ち消していく。心地に異変を感じつつも、眼前の敵に手心を加えるつもりは毛頭なかった。その意のままにラスキスの身を強く抱き寄せる。
「やれやれ強く抱いてやるから逃げるなよ、お前が離れると調子が狂う」
「ならもっと強く抱いてください」
漏れた言葉にラスキスは笑うと、自らも身を寄せて彼の首裏に片手を回した。
それは敵に背を向けた形だけれども。
この隙を狙った筈の一撃は、赤と青の双眸に捕われれる。
『邪魔』
重なる声に次いで渡った快音に、ダモクレスの体が大破する。途端、現れたのは溶ける様な光の粒――その身が崩れていく間に、冷めた色を宿したラスキスは当然の様にアミナークの胸を押した。
「……何だか距離、近くないです?」
言った彼女が外した視線は、モミの木へと向けられている。輝きの海から昇った光のトンネルの中で、紡とシャルロッテは先に一体を討ち取っていた。
状態回復の術で恋する電流の効果はすっかり解けていたが、それでも二人のコンビネーションは変わらぬままに冴えている。
「――早く去ね」
互いに傷一つ負わせないとの誓いを力の源に、紡の一撃がダモクレスの体を打ち据える。同時にシャルロッテの叙唱が告発者と審問官の王の道標を灯し、その身を癒しに満たしていく。
それでも身へ降り注ぐ光の術は、狂気の砲と音を紡ぎ――見せかけ魔女術を全ての楔の魔女に揮わせた。
「あたしの声を聴いて、子供たち」
光が揺れる。声魔と落ちる。痛みが満ちる。
集約される魔の一撃がダモクレスの腹を貫いた瞬間、歓声が上がった。互いの無事を確認する間、シャルロッテの顔が赤かったのは、なんだかとっても恥ずかしい心地がしたから――もし百合ルートに入ったらどうしよう、だなんて思っていた事は内緒にしておこう。
そんな彼女を知らずに紡は胸一杯に夜気を吸った。
メルカ、リィ、ジゼル、ヤカ。みんなも楽しく過ごしてるかな――。
●雅に
「もう邪魔者は居ないわ。さぁメルカダンテ、早く子供を作りましょう」
「ま、待てっ、おまえ、電流の効果が治って……こ、こども!?」
お菓子の店で見せたほのぼのなんてなかった。
オーシャンティンクルと呼ばれる宿泊施設を彩るイルミネーションの小道で、何故かリィはメルカダンテを押し倒していた。見れば隣ではピエロ姿のダモクレスがやんややんやしている。
「さぁメルカダンテ、天井のシミを数えるのよ」
「ってばか! 無礼者! 早く気力溜めを使え!」
すまない、リィはその準備が出来ていなかった様で使う事が出来ない、すまない。
どう考えてもお巡りさん案件なリィの上に、青い電飾が鹵獲網の様に落ちてきたのは不慮の事故だろう。わたわたする彼女を余所に、電飾から脱出したメルカダンテは、囃し立てるダモクレスに向かって地を蹴った。
怒りのままに揮った獲物が敵の足元を撃てば、ようやく復帰したリィが飛び上がる。その足の生む炎は瞬く間に燃え盛るとダモクレスを焼き尽す。
着地の後に汗を拭ったリィが呟いたのは恐ろしい言葉だった。
「今まで何をやっていたのかしら……とんだ茶番だったわね」
「本当にな」
続いた声に呆れの色。零した吐息は安堵のもので――それとは別の息を吐いた華宮・日照(繚乱煉華・e05718)は、眼前に広がる煌めきに思わず声を上げる。
水飛沫の冷たさも忘れさせる水音が笑い、その後を焦らす様に光が昇っていく。虹の錦が水と駆ける様はどうしてこうも綺麗なのだろう。
「色とりどりの噴水、というのは初めて見ましたが、かなり壮観なものですね」
視線を水辺から逸らしたアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)はそう言うと、無言のままで自身のマフラーを解く。その行き場所を日照の首元にした所で、相手の顔がぱっと華やいだ。
「……はっ、これはお誕生日にあげた……!」
「頂いたものを本人にお貸しするのも何ですがね」
苦笑するアルルカンの言葉に、日照は仄かな熱を見た気がしてつい口元が緩んだ。耳の後ろの熱が生まれ、同時に蘇ったのは誘ってもらった時の嬉しさと恥ずかしさだった。その時の身悶えに煽られて頬が染まる。
その想いを当のアルルカンは知ってか知らずか。彼から戦いで汚してはいけないので預かってもらおうとしていた旨を聞いた日照は目を輝かせるとマフラーを握る。
「お任せください、しっかりお預かりいたします!」
その様に道化騎士の手がそっと彼女の身を誘う。演じる様に導く先で楽しいという心地が生まれればよい。
(「喜ばせる方法も何もかも色々と間違っているような気はするが……道化の名の通りせいぜい演じることを心から楽しむことにしよう」)
情紡ぎの真似事が、真へ揺らぐかはわからない。今はお互いが楽しい時間を作ろうとするだけでいい。
「……それでは共に参りましょうか」
道化の言葉が歌った時、茂みに輝きが見える。
その光は散歩道を埋める輝きには敵わない。
足元を星屑に染めた様な心地を味わいながら、日色・耶花(くちなし・e02245)の視線は、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)に釘づけになっていた。
すっかり愛らしい少年となったジゼルの姿は、立ち振る舞いもらしく仕上がっている。
(「女の子のままでも良かったけど……これはこれで……」)
ジゼルと光の花々が共にあれば、こんなにもときめく美しさになるのか。彼女――いや、彼の前では年上の女性も女の子になってしまうだろう。いけない子っと心の中で叫んだ耶花に向かって、ジゼルは振り向くと優しい微笑みと共に言葉を紡いだ。
「蝶よ花よと愛でられた子もいると言うけれど、あなたには蝶や花よりももっと強く気高いものが似合う」
「強く気高いもの……?」
「ああ、ヒカリに包まれているだけでは物足りない……そう思わない……かな?」
「なら、それはきっと貴方の事ね……キャッ恥ずかしい」
吹きそう。だが、地道な努力が水の泡になってはいけない。
「いけない、いけない」
帽子を深く被り直し、再び耶花を見上げれば、豆乳で培われた耶花の優しい笑顔が覗いている。
「ね、ジゼル君。腕組んじゃおっか」
返事も待たずに腕が組まれた途端、がさりという音がした。
●微かに
光の帯に包まれた時、耶花の心が燃えた。
――愛する人と一緒に戦えるのって素敵ね、気持ち良いわ。
うっとりとした心地でジゼルの前に出ると苦笑する気配を感じる。それは可憐な人に守られてしまうなんて、なんともかっこ悪いとぼやいたジゼルのものだったが、直後に放たれた得物捌きからは微塵も戸惑いは感じられない。
女は守るもの。戦う貴方の素敵な姿を魅せて頂戴――そんな耶花の期待を心得ているのだろう。
信頼を背負って耶花がスパイラルアームで敵の腹を薙げば、相手の得物が自分に向いた。
「今よ!」
解き放つ声は鋭く。
オラトリオの掌が生んだドラゴンの幻影は、炎のうねりと共にダモクレスの身を焦がしていく。その様は鮮やかな二人のコンビネーションが作った勝利の証だ。
「やったわね、この調子で次も頑張りましょう」
「ええ!」
二人が手を取り合って意気込んだ直後、不意に耶花の灰瞳が見開かれる。次いで飛び込んできたのは眩い雷。
「もう一体……!」
呟いた耶花が慌ててジゼルを背に庇うと、煌めきの見えた茂みへとオーラの弾丸を投げ放つ。だが、同時に閃いた光にジゼルの腕が氷を帯びた。それに怯まぬ彼女はお返しとばかりに物質の時間を凍結する弾丸を生み出すと、姿を現したダモクレスの下半身を氷へと変えた。
その姿が生んだ隙を耶花が見逃す訳はない。
飛び駆けた夜気を従えて、流星の煌めきと重力を宿した蹴りが凍りごと貫けば、ダモクレスの体から賑やかな部品が溢れていく。散らばり崩れた敵を余所に、ジゼルは耶花へ駆け寄ると嬉しそうに礼を述べた。
その眩い顔に添えられて、ヒカリの散歩道は一斉に緑へと色を変える。
眩い緑。それがジゼルの瞳と一緒だと笑えば、愛らしい手が誘う様に差し出される。
きっとこれからの時間は二人には楽しい時間になる――彼女達が握り締めた手の強さよりも、日照はマフラーをより強く握ると、眼前の敵に電光石火の蹴りを放つ。美しい弧を描いた武法を魅せた娘は自身のサーヴァントであるボクスドラゴンのエルタニンに向かって声を上げた。
「えるたん! ボクスブレス!」
瞬間、ダモクレスを覆い隠す程の巨大なブレスが夜を照らす。その隙間を駆け抜ける影一つ。
「不埒な輩に、日照殿へ手出しさせる訳にはいきませんからねぇ」
閃く斬霊刀は揺らぐ青火を生み出すと、天涯火の名の元に敵の身を包んでいく。
取ったか。
逸る心地の間合いは二歩、その距離に生じた隙を捉えたのは、皮肉にもダモクレスの長大な銃身だった。
解かれた光は避けきれぬアルルカンの肩を貫き、咲き散る様な血花を生む。
「アルルカンさん!」
「……平気です、気になさらず」
零れた言葉に日照は唇を噛み締める。その心が己の術を開いた。
「四百四病を打ち消すは、我の燻せし浄化の香炉!」
香る風が微かに甘い。癒しの氣を纏う己に驚くアルルカンを見据えると、日照は真っ直ぐに目を見て叫ぶ。
「無茶、しないで下さい!」
湧いた言葉が、自分でも本心なのかわからない。もしかすると恋する電流の仕業――だとしても、言わずには居られなかった。
互いの顔はどうしているのか分からない。
だがすぐにアルルカンは笑うと、行こうと告げた。
向けた斬霊刀と降魔真拳の閃きは、敵の体を貫くと光の粉へと変えていく。訪れた静寂と、そこに添う様な水音に日照は安堵の息を吐くと、おずおずと自分の手をアルルカンへと差し出した。
「……その、ですね。はぐれちゃいけないから、手、繋ぎませんか?」
精一杯の言葉に苦笑した彼だったが、その視線は心なし柔らかい気がする。
「はぐれさせたりは致しませんよ」
そうして恭しくとられた手。
今は彼からの贈り物の革手袋が隔てているけれど、いつかはあなたの温もりを掌同士で感じられる様に。
繋いだ手の間から見えた水のアーチは、笑う様に虹色を纏っていく。
作者:深水つぐら |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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