夜明けの三ツ星

作者:犬塚ひなこ

●オリオンの下で
 真夜中と夜明けの間。ゆらり、ゆらりと魚は宙を泳ぐ。
 仄蒼い光を放ちながら空中を舞う怪魚達は死神と呼ばれるモノだ。街外れの丘の上、円を描くように泳ぎ回る死神怪魚の軌跡は魔方陣と成り、既に死した命を呼び起こしてゆく。
 ――グルルルル。
 三体の怪魚が陣を描き終わった刹那、低い唸り声が周囲に響き渡った。
 そこから現れたのは銀色の毛並みをした狼の獣人――ウェアライダー。銀狼は死神の力によって変異強化されており、知性や意思のようなものは感じられない。かつての第二次侵略期に神造デウスエクスとして暴れていた時代の個体が甦ったのだろう。
 狼獣人は唸り声をあげ、獰猛な瞳をぎらつかせる。
 そして、夜空を振り仰いだ狼は鋭い牙を剥き出して星空に吠えた。鳴き声は遠く響き渡り、周囲の空気を不穏に震わせる。
 その頭上では、冬の星座たるオリオンを彩る三ツ星が静かな輝きを放っていた。
 
●星と狼
 下級死神によって過去に死亡したデウスエクスが呼び起こされた。
 今夜、真夜中過ぎに事が起こることを予知した雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に出動を願う。
「怪魚型死神自体は弱い敵です。ですが、サルベージされたデウスエクスは死神の力でとっても強くなっているみたいなのですっ」
 むむむ、と唇を尖らせたリルリカはそのデウスエクスが狼の獣人だと語った。
 ウェアライダーの仲間とはいっても現在の地球に住んでいる者達とは違い、神造デウスエクスだった時代の危険な存在だ。このままでは死神が狼獣人を戦力として持ち帰り、よからぬことに利用するに違いない。
「サルベージの場所は小さな丘です。時間も時間で周囲に人はいないので被害の心配はないのですが、死神の暗躍は放ってはおけませんです!」
 それゆえに死神と獣人の討伐を行って欲しいと告げ、リルリカはまっすぐにケルベロス達を見つめた。
 
 敵の数は全部で四体。
 変異強化された銀狼の獣人が一体、下級死神の怪魚が三体となる。
「敵さんは丘に行けばすぐに会えますです。ですが、向こうも皆様を見つけるとすぐに襲い掛かってくるので気を付けてくださいませ」
 そして、注意を告げたリルリカは敵能力について語っていく。
 死神怪魚は鋭い牙で噛みついたり、怨霊弾を放つ攻撃を行う。また、泳ぎ回って自らを癒すことも出来るので注意が必要だ。
 対する獣人はウェアライダーと同じような力を扱い、見る者すべてを破壊して喰らい尽そうとしてくるだろう。どちらをどのような配分で倒すかが重要になると告げ、リルリカは説明を締め括った。
「成程。そいつは厄介だな」
 討伐依頼の話を聞いていた遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)も考え込み、作戦を練らねばならないと呟いた。しかし、その瞳には仲間への信頼が宿っており、余計な心配はしていない様子。
 そして、現場がよく星の見える丘だと知ったダイチは人差し指を立てて語る。
「そういや皆は知ってるか、冬は一年で一番星空が綺麗に見える季節なんだ。瞬く星は冷たく澄んだ空気に映える。確か今はオリオン座が見つけやすいらしいぜ」
 だから、終わったら星を眺めようとダイチは提案した。
 過去に疾うに命を終えたはずの獣人を葬り弔う為にも、暫し星に想いを馳せてみるのも悪くはないはずだ。
「はいっ。せっかく星が綺麗な夜なのですから、リカもそれが良いと思うです!」
 リルリカも仲間達に淡い笑みを向け、応援の眼差しを向けた。
 死したデウスエクスを復活させて悪事を働かせようとする死神の策略は許せない。不幸な未来を潰えさせる為にも――今こそ、ケルベロスの力が試されるときだ。


参加者
シア・フィーネ(ハルティヤ・e00034)
コンスタンティン・クイン(アビトレイト・e00153)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)
ユウ・アドリア(影繰人・e09254)
月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)
フェリーチェ・アラアーラ(ルビーブラッド・e16672)
柊・沙夜(三日月に添う一粒星・e20980)

■リプレイ

●星の袂
 夜と朝を隔てる靄の中、魚は空を泳ぐ。
 明滅する魔力の光。そして――ケモノの咆哮。その声は夜の空気を震わせ、不穏な響きを辺りに残していった。梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)は丘の上を振り仰ぎ、三体の怪魚達と銀の獣の姿を捉える。
「おやおや獣は夜行性が多いとは云え、随分元気デスネー」
「またネクロフィリアどもが墓穴から死体を掘り出したのかよ……」
 死神の行為を皮肉交じりに揶揄した月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)は武器を構え、生かしてはおけないと吐き捨てるように呟く。嫌悪交じりの仲間の声を聞き、コンスタンティン・クイン(アビトレイト・e00153)も小さく頷いた。
「死神によるサルベージの産物か。物騒だな」
 そして、コンスタンティンは腰の吊り下げ型ライトを点灯した。
 その光に気付いたらしき死神達がケルベロス達に向き直る。そして、星光に照らされた狼の毛が一瞬だけ煌めいたように見えた。
「綺麗な空じゃなあ。銀の毛並みも、敵でなければ素直に綺麗と思えるんじゃが、の」
 ユウ・アドリア(影繰人・e09254)は残念そうに軽く肩を落とし、身構える。
 空気が張り詰め、仲間達は戦いの始まりを察した。
 シア・フィーネ(ハルティヤ・e00034)はテレビウムのジルといっしょに構え、心意気を言葉へと変える。
「死神さんをえいってして、銀狼さんにはまたすぴすぴしてもらって、みんなでお星様みれるようにがんばろー!」
「は、はい……。可哀想なウェアライダーさんを、早く星へ還してあげましょう」
 幼い少女の懸命な思いを聞き、柊・沙夜(三日月に添う一粒星・e20980)も思いをあらたにした。ウイングキャットのカゲはのそのそと布陣し、沙夜は目配せを送る。
 次の瞬間、牙を剥いた銀のウェアライダーが跳躍した。
「早速来るようデスネ。気を引き締めて行きマスヨ!」
 連石が仲間に注意を呼び掛けると、鎌夜が禍々しさを宿す鉄塊剣を構える。
 フェリーチェ・アラアーラ(ルビーブラッド・e16672)は仲間の前に立ち、一撃を受け止める気概を見せる。
「この戦闘が長引けば星も見えなくなるだろう。迅速に決着をつけねばな」
 そんな悲しいことにならぬように、と決意を胸に抱いたフェリーチェ。ウイングキャットのジルも彼女の後方に向かい、しっかりと構えた。
 刹那。銀狼の爪がフェリーチェを貫き、血を散らせる。
 傷が深いと見た遊星・ダイチ(ドワーフのウィッチドクター・en0062)が即座に癒しの力を放ち、古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)も反撃の体勢を取った。
 不意に見上げた空には星が輝き続けている。唇に言の葉を乗せ、囁いたるりは魔道書をひらいた。
「……あの星、オリオンは狩人だったわね。丁度良いわ」
 さあ――オリオンの様に狼狩りといきましょうか。
 紡がれた言葉は深い夜の中に折り重なり、静かな反響を残して消えた。

●丘に響く咆哮
「第一の枷を与えましょう。……だけど、私は狼に飲まれるオーディンではないわ」
 詠唱から神槍のレプリカを召喚したるりは、指先を敵に差し向ける。
 るりの周囲の空間に現れた槍は銀狼に向けて放たれ、その身を穿ち貫いた。その痛みに対してウェアライダーが低く唸る。
 すかさずユウが駆け、摩擦で起こした炎を纏った蹴りを放った。
「こっちじゃ、ワンコロ」
 ユウ達の役目は仲間が死神怪魚を倒すまで銀狼を抑えること。ユウの挑発に乗った銀狼は牙を光らせ、彼等を狙おうと動く。
 その間に鎌夜は死神を睨みつけ、気咬の弾を解き放った。
「そんなに死体が好きならテメェらが死体になっちまえ!」
 鎌夜に続いてフェリーチェが破鎧の一撃を放ち、ジルが猫爪で魚を引っ掻く。
「厄介な魚達だな」
 フェリーチェがぽつりと呟いたのは、怪魚達がひらりとその身を躱したからだ。負けじとシアも敵に狙いを定め、小さな身体に不釣り合いな程の銃身を掲げた。
「ねんねしてるオオカミさんを起こしちゃダメなんだよ!」
 かちこちにしてあげるね、と告げて放たれた凍結光線が怪魚を真正面から貫く。同じくしてジルが鎌を振りあげ、シアが作った傷を抉るようにして刃を閃かせた。
 更に沙夜の指示によってカゲが尻尾の輪を飛ばす。面倒くさそうに鳴きながらの攻撃だったが、カゲの一撃は見事に怪魚を捉えていた。
「みなさんで星見を……する、ために……」
 沙夜自身も魔道書を開き、御伽噺を語りはじめる。むかしむかしあるところに、から始められた物語は実像となり七人の小人達が現れた。味方を鼓舞する行進曲が歌われ、癒しの力が巡ってゆく。
 沙夜からの援護を受け、コンスタンティンは怪魚を狙い打つ。
「仲間が待っているんだ。手間は取らせるな」
 音速を超える拳で死神を穿ち、コンスタンティンは銀狼を相手取る仲間を瞳に映した。相手は強敵であり、二人では抑えきれない可能性も出てくるだろう。
 死神達はサルベージによって得た戦力を使い、何かを企んでいると聞く。
 だが、彼のデウスエクスは再び永い眠りにつく。だから目論見も潰えるだろうと断じたコンスタンティンは拳に力を込めた。
 怪魚達はゆらりと揺らめき、怨霊弾を打ち出してくる。
「ぴー、いたい! でもまだまだだよ!」
 シアが毒を受け止め、ぴっ、と表情を曇らせた。すぐにテレビウムのジルが応援動画を再生してシアを援護してゆく。
 連石は懸命な少女に視線で頑張れと告げ、古代語魔法を紡いだ。
「眠りについた死者を起こすなんて随分野暮な事デスネ」
 魔力の光で狼の動きを鈍らせ、連石は死神の所業を非難する。
 同じく狼を抑えるユウとるりは、鋭い爪と牙の一閃に苦戦しているように見えた。るりはナイフの刃で斬りつけ、ユウは果敢に攻撃を受け、庇いながら光の盾で防護を固めて耐えている。
「もう少しで……捕らえられるのに」
「焦る必要はないのじゃ。まだわしは堪えられるからのう」
 るりが刃を斬り返す中、ユウは落ち着いた様子で仲間を鼓舞した。その様子を後方でしかと見つめる沙夜は回復の力を発動させる。
「今……すぐに、癒します、から」
「お前達は心配せずに戦ってくれ。俺もついてるぜ」
 沙夜がふたたび小人の行進曲を行使し、ダイチも雷壁を張り巡らせていった。
 鎌夜は早々に死神怪魚を葬るべく、地獄の炎をバイラヴァに纏わせる。
「そら、火葬してやっから大人しく焼かれてろ!」
 威勢の良い言葉と共に焔が迸り、一匹目の怪魚を焼き払った。鎌夜が倒した敵から眼差しを逸らし、フェリーチェは赤色の大剣を振りあげる。
 狙うは二体目の怪魚。覚悟しろ、と告げて射手座の力を重力に変えたフェリーチェは鋭い斬撃で敵を斬り裂いた。
 幾度も攻防が巡り、怪魚達の力が弱っていくのが目に見える。
 仲間達が攻撃に移っていく中、不意に猫のジルとテレビウムのジルが同時に動く。
「ダブルジルだ! ダブルジルで協力して、えいってしよ!」
 シアが嬉しげにジル達を応援し、自らも魔法光線を放った。猫引っ掻きとテレビフラッシュが二体目の死神を貫き、地に伏せさせる。
 そして、最後の敵が揺らいだ隙を感じ取ったコンスタンティンは地面を蹴り上げた。
「これ以上、邪魔をしてくれるな」
 流星めいた蹴りが死神を穿ち、その身が一瞬で霧散する。
 これで残りは銀の狼獣人のみ。この戦いを少しでも早く終わらせるべく、コンスタンティン達は気を強く持った。

●二度目の死
「待たせたな。よく頑張ってくれた」
 コンスタンティンが銀狼側へと走り、仲間達に労いの言葉をかけた。
「さて。夜が明ける前に、再びのオヤスミを告げに参りマショー」
 連石は頷きを返し、改めて銀狼を見つめる。
 死神を倒すまでの間にウェアライダーの力は徐々に削れていた。だが、それは同時に自分達の体力が奪われていることも示している。
 しかし、連石は決して焦ることはなかった。明後日の方向に銃弾を放ち、銀狼の動きを誘うように身を躱す。同時に敵の着地点に弾丸が重なり、衝撃を与える。
 その隙をついたるりが石化の光を放ち、獣の動きを止めた。
「捕らえた! ……次。油断せずに拘束を強める」
 るりは次なる魔法を紡ぐべく身構え直し、手強い敵の姿を捉える。沙夜は癒しに徹することで仲間を支え、心からの思いを紡いでいった。
「あと、少しです……。皆さんの、頑張りは、わたしが見ていますから――」
 月の光を宿す癒しがユウを包み、戦う力が巡る。
 鎌夜はここがチャンスだと感じ、閻魔天・業火を発動させにかかった。閻魔天・業火は地獄化した腕から巨大な月鎌の刃を形成し、一気に敵へと駆ける。
「俺の前で死体が動いてんじゃねぇぞォ!!!」
 怒号と共に振り下ろされた一閃は魂を刈り取るが如く、銀狼を痛めつけた。地獄を迸らせる鎌夜の姿はまさに閻魔の所業。
 だが、相手も満月に似た力を発動させて力を蓄えた。
 グルル、と敵意に満ちた声がケルベロス達を威嚇してゆく。こわくないもん、と敵を睨み返したシアは頭を振り、片手を掲げた。
「シアのだいすき、みんなにとどけっ!」
 刹那、星の幻と共に昏黒の影が降った。個性豊かな表情を浮かべたお化け南瓜達が跳ね、終わらぬパーティーを奏でるが如く仲間達に力を与えていく。
 シアに続いてふたたびジルとジルが息を合わせ、それぞれの攻撃手段を使って銀狼に立ち向かう。そこにのそのそと近付いたカゲの引っ掻きが加わり、痛みに呻く獣の叫びが響き渡った。
「よくやったな。もうひと押しだ」
 フェリーチェは相棒達の勇ましい姿に緩く双眸を細め、自分も破鎧の衝撃を敵に与えに向かう。痛烈な一撃によって獣の身が傾ぎ、るりはすかさず竜語魔法を紡いだ。
「最後の仕上げ。石焼き狼の完成よ!」
 高らかな宣言と同時に竜の幻影が現れ、炎を撒き散らす。ユウもそれまで打ち込んできた攻撃の集大成として、戮力ノ影を放った。
「これだけ月明かりがあれば影も十分。先程までの鬱憤、晴らさせてもらうぞ?」
 武装による攻撃を放つと同時にユウの足元の影が地を離れて伸びる。敵を追い撃つが如く跳ねた影は多大な衝撃をウェアライダーに与えた。
 沙夜は最早癒しは不要だと察し、氷の精霊を召喚する。
「行き、ます……」
「銀狼さん、またいい子でねんねしてね!」
 シアも思いの丈を敵に向け、敵の熱を奪う凍結光を打ち放った。精霊の魔力と銃の一撃は銀の毛並みに氷を宿し、深く巡っていく。
「獣よ、夢を見るにはいい夜だ。安らかに眠れ」
 フェリーチェは星の力を宿した剣を差し向け、祈りの言葉を紡いだ。更にコンスタンティンも苦しむ銀狼に狙いを定め、高く跳躍した。
「さぁ、今一度、星に帰るといい」
 放たれた蹴撃はその言葉を後押しするかのように、在るべき死に導く一撃となる。そして、耳を劈くが如き咆哮がケルベロス達の鼓膜を震わせた。
 連石は次で終わりにすると決心し、オーラの弾丸を生み出す。
「獣の遠吠えは、空に先だった仲間に聞かせる為……なんて御話がありまシタネ。さぁ貴方も星空へ旅立ってくだサイナ。おやすみナサーイ」
 その声は嘗ての仲間に届くだろうか。
 気の一閃が連石から放たれ、敵に喰らいつく。そうして、銀の毛並みを持つ獣は地に伏し、戦う力をすべて失った。
 後に残ったのは星の欠片のような死の残滓。
 身体ごと霧散する銀の狼は夜の闇に融け、静寂の中に消えて逝った。

●星の瞬き
 戦いは終わり、静かな夜のひとときが戻ってくる。
 仲間達は互いに労いの言葉をかけ合い、それぞれの好きな場所へ歩を進めた。朝と夜の境界は薄ぼんやりとした色に包まれ、静謐さに満ちている。
 鎌夜はスキットルでウイスキーを飲みながら、独り静かに過ごしていた。
「たまには星見酒ってのも悪かないな?」
 吐いた息は白く、空気は冷たい。それでも何故だか良い心地が巡り、鎌夜は夜空に光る星を振り仰いだ。
 ユウも草原にごろりと寝そべり、星を探す。
「……良い空気じゃな。ふむ、オリオン座のう、あれか?」
 戦いの後の熱りは、肌に触れる冷たさが払い去ってくれる。煌めく星々を何気はなしに指差し、ユウは夜の合間を愉しんでゆく。
 一方、丘の片隅。
「夜空を見上げて温かい飲み物飲むのってホッとするね~」
「ミュピエがいるからだな、俺がホッとするのは」
 ココアの入ったカップを手に、ミュピエと晴陽も空を見上げた。身体だけではなく、心にもぬくもりを感じるのは二人だから。
「ミューちゃんはずっと晴陽ちゃんと一緒よ☆」
 ミュピエは無邪気に笑み、共にいられる幸せを嬉しく思った。
 樹の上に登り、アルベルトは星空を見上げる。
「久々にこんなにきれいな星空みたなあ」
 思わず零れたのは本音。故郷の砂漠から見た星も本当に綺麗だった。けれど今、この場所から見る星も良いものだ。アルベルトは双眸を緩め、夜の心地を楽しんだ。
 丘ではシヴィルが空を仰ぎ、ゆっくりと息をく。
「たまには、こうして落ち着いて星を見るというのも悪くはないな」
 夜空に浮かぶ星とデウスエクスの住む星とではどちらが遠いのだろう。いつか彼等とも共存の道が取れたら良いと想像の翼を広げ、シヴィルは星を見上げ続けた。
 同じ頃、丘の上。
 お揃いのマフラーを巻いた沙夜と時雨は夜空を見上げて体を寄せ合った。
「……星綺麗だね」
「時雨さん、星座は、詳しいです、か?」
 オリオン、カシオペヤ、おうし座のアルデバラン。その近くには昴。
 時雨は沙夜に上着を貸し、カーネーションの花束を取り出した。
「ねえ? 沙夜……これ受け取って貰えるかな?」
 星空の下に咲く花は印象的な白。
 何度でも気持ちを伝えたいと願い、彼は愛しさを込めた花束をそっと渡した。

●夜明け前
 頑張ったご褒美はきらきらお星様。
 いっぱい綺麗な星空を見て、たくさん写真を撮って、見てきたよーっておうちに帰って話すのが楽しみ。シアは天にカメラを向けるが、なかなか上手く行かない。
「ぴー。目で見てるみたいに撮れない……」
 シアが困っていると、隣でジルも首を傾げて困った様子を見せる。ひとまず写真は後回しにして、シアは近くに居たダイチに駆け寄って行った。
「オリオンってどれカナー。シアわかんない。ダイチくん、シアにおしえて!」
「遊星さんは星に詳しいのか?」
「ああ、多少は勉強したからな。多分だが、あれだな」
 上空を見上げるシア達に気付き、コンスタンティンも倣って空を仰ぐ。るりも傍に歩み寄り、仲間達の近くで腰を下ろす。
「ご一緒していいかしら」
 神話や伝承を愛する物として、星を眺めることは外せない趣味。
 今日の事もまた魔導書に記そうと決め、るりは皆との戦いを思い返す。冬の澄んだ空気と星と狼。狩人になった夜のことを書き綴り、るりはペンをはしらせた。
「俺もオリオン座ぐらいはわかる。あれだ、砂時計みたいな形だ」
 コンスタンティンは他の季節と比べて特に美しく見える冬の星を眺め、穏やかな表情を浮かべる。
 其処にフェリーチェも加わり、星を眺める会は賑やかになっていく。
「実は、私が見たい星は今の季節は見えないんだ。けれど――」
 夜空から視線を外したフェリーチェは語り、それでも構わないのだと零す。見たい物は見えない。だが、それよりももっと良いものが見えた。
 それは、嬉しそうな皆の顔。
「ジルくんとジルくん、きれいなお星さまいっぱいだね!」
 シアはいつの間にかころんと丘に寝転がって星を眺め、ダブルジルと一緒にはしゃいでいる。連石も微笑ましげに少女達を眺め、黒翼を広げた。
 普段から掛けている赤い眼鏡をずらせば、世界は本来の色彩を取り戻す。
 幼い頃に見たのと変わらぬ星が見え、空へと飛び立った連石は夜空に手を伸ばした。けれど、届くわけがない。軽く笑った彼は空に寝転ぶように身体を投げ出してゆっくり自由落下してゆく。
 喪した命はそこには無いのだろう。左腕の壊れた時計を空に向けた連石は双眸を小さく細め、言の葉を向ける。
「ほら、今夜は随分と星がよく見えマスヨ」
 夜風を浴び、微かに笑む彼の瞳はしっかりと星の光を映していた。
 それぞれに時間を楽しむ仲間達の姿を一人ずつ確かめ、コンスタンティンは心ゆくまで星見を楽しもうと決める。
「時には賑やかなのも悪くはないからな」
「そうだな、静かな夜も良いがこれもまた良い時間だ」
 ダイチがコンスタンティンの呟きに応え、二人は小さく笑いあった。
 そうして、るりは神話を思う。
 彼のオリオンは最期には恋人に射殺された英雄だ。愛や恋の為に人は争ってばかりだが、激しく燃えあがるのが恋なのかもしれない。穏やかで優しい愛があってもいいはずだと考えたるりは、魔道書から顔をあげた。
「オリオン以外には何が見えるかしら? ああ、あの星は――」
 るりが違う星を見つけた時、夜の端が朝焼けの色に染まっていく様が見えた。
 薄れゆく闇の彩の中に並ぶ三ツ星は美しく、光の中へとそっと消えてゆく。嘗て死した魂もあの星のように穏やかに融けたのならば良い。フェリーチェは瞼を閉じ、今宵の出来事を胸に刻んだ。
 
 そして――星は巡り、夜明けが訪れた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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