なお白き荊の竜

作者:秋月諒

●白き荊
 船が大きく揺れた。波が変わったのか、大きな波を乗り越える羽目になった漁船はギシギシと揺れた。軋む音と一緒に網が音をたてる。
「捕まれ!」
「おいおい釣った魚だけは逃がしてくれんなよ!」
 わぁあ、と漁船の上が騒がしくなる。今日は仕事はまだ終わってはいないのだ。
「作業を急いだ方がいいかもしれんな」
 揺れる船に船長が呟いたーーその、時だった。突然起きた波が漁船を持ち上げる。上がる悲鳴に困惑が乗った。
「な、何が……!」
 起きたのだと、問う船長の声は海の底から放たれる光にかき消される。バチバチと爆ぜる音を響かせながら白き炎が舳先を焼いた。
「わぁあああ!」
 次の瞬間、漁船は炎に包まれ折れていく。残るのは海面にゆるり、と揺れる白い竜の尾だけ。上機嫌に尾を揺らし、満足げに海の底へと姿を消した。

●接敵
「皆様、お疲れ様です」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちにそう言うと、レイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)はある情報が入ったのだと告げた。
「既に話に聞いている方もいるかもしれませんが、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンについて情報が入ってきました」
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査により判明したものだ。城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が、相模湾で漁船を襲うなどの被害を出しているのだ。
「戦艦竜は、城ヶ島の南の海を守護していたドラゴンで、ドラゴンの体に戦艦のような装甲や砲塔があり、非常に高い戦闘力を持っていました」
 だからこそ、とレイリは言葉を一つ切る。
「城ヶ島制圧戦で、南側からの上陸作戦が行われなかったのです。さすがにこの戦艦竜を相手にしていって、それでその先でも戦いましょーってのはさすがに現実的じゃありませんから」
 とはいえ、結果として戦艦竜は残ったのだ。
 漁船を襲うという事件も起こしている。
「戦艦竜は、数は多くありませんが非常に強力です。さすがにこのままでは相模湾の海を安心して航行できなくなります」
 レイリは一つ息を吸い、まっすぐにケルベロス達を見た。
「移動手段は用意いたしました。クルーザーを利用して相模湾に移動、戦艦竜の撃退をお願いします」
 戦艦竜は、強力な戦闘力と引き換えに、ダメージを自力で回復する事ができないという特徴がある。
 海中での戦いとなる事もあり、一度の戦いで戦艦竜を撃破する事は不可能だ。
「ですが、相手にダメージを積み重ねることで撃破は可能です。相手はダメージを自力で回復する手段を持っていません」
 所謂、戦う手はあるってやつですね。とレイリは言った。
「一度の戦いで倒しきるのではなく、数回に渡って交戦し戦艦竜を倒しきります」
 厳しい戦いになるのは事実。けれど、とレイリはケルベロス達を見た。
「皆様ならば、倒せるとーーそう、信じています」
 厳しい戦いになるのは事実だ。
「どうか皆様の力を貸してください」
 
 戦艦竜はその名の通り、ドラゴンに戦艦のような装甲や砲塔が取り付けられた存在だ。中でも、今回ケルベロス達に向かってもらう場所に現れる戦艦竜は、白い鱗を持つドラゴンだ。長い尾には荊のようなものを巻きつけているという。
「戦艦竜の全長は10m程。時折、岩場に顔を出しにくるようです」
 一頻り見て回った後は、満足して潜っていくようだ。基本は神経質らしく、煩かったからという理由で漁船を襲ったこともあるらしい。
「岩場に出てこようとしたタイミングで、ということらしいです」
 敵を探すことだけは苦労しなさそうだとレイリは言った。
「戦艦竜の攻撃力は高いです。どうか気をつけてください。相手は体力も大きいですが……命中や回避はあまり得意ではないようです」
 それに、とレイリは言葉を一つ切った。
「戦艦竜は、攻撃してくるものを迎撃するような行動をするため、戦闘が始まれば撤退する事はありません」
 同時に、敵を深追いしないという行動も行う。ケルベロス側が撤退すれば、追いかけてくる事も無いだろう。
「詳しい攻撃方法については、すみません。現状つかめていません。ですから今回は、情報収集も兼ねての接敵でお願いします」
 戦艦竜と正面から戦うことになる。危険な任務になるのは間違いない。
 この戦いで倒すのはまず不可能だろう。だが、次に繋げることは十分にできるのだ。
 情報と、敵へのダメージによって。
「波状攻撃を与えて行きましょう。目的は、最終的にこの戦艦竜を倒しきることです。皆様、どうかご無理だけはせずに」
 けれど情報は持ってきてほしいなぁって無茶言っている自覚はちゃんとありますからね、とレイリは一つ言ってケルベロス達を見た。
「ちゃんと無事に帰ってきてくださると、信じています」
 では、とレイリはケルベロス達に言った。
「参りましょう。皆様、幸運を」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
卯京・若雪(花雪・e01967)
イルヴァ・セリアン(紅玉雪花・e04389)
ヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)

■リプレイ

●潮騒とココア
 相模湾。城ヶ島の南の海には一隻のクルーザーに乗ったケルベロスたちは、ココアで体を温めていた。
「このうまいココアをまた後で飲みたかったら、無事帰って来んとなぁ」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は視線をあげた。
 この地に、戦艦竜はいる。
(「ただの調査で大怪我とか割に合わんわ。皆無理したらあかんで、もらえる情報もろてさっさと帰ろ」)
「ココアの温もりとお心遣いが、心身に沁み渡りますね」
 コン、と卯京・若雪(花雪・e01967)はカップを置いた。
「帰りも皆で楽しめますよう」
 ……あぁ、と応じたのはディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)だ。
「……ココアは温まるな。必ずや飲みに、又帰ろう」
 これより先は海中の戦い。それも、海中にある戦艦竜との戦いだ。初戦であるが故に情報は少ない。故に、求められたのはその『情報』だ。
「見えたよ」
 靡く、髪をそのままにイルヴァ・セリアン(紅玉雪花・e04389)は告げる。紅玉色の双眸が捉えたのは、ゆるり、と海面に姿を見せた巨体であった。最初に見えたのは巨大な砲塔。次いで見えたのは白いその体であった。
(「今回の戦闘でどれだけの情報が得られるか……しっかり今後に繋げられる成果を残せるよう頑張らないとな!」)
 鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)の横、正面に戦艦竜を捉えたヴィンセント・ヴォルフ(モノクローム・e11266)は呟く。
「戦艦竜を見るのは二度目だが……やはり大きいな。……かっこいい」
 クルーザーがあるのは安全圏だが、いずれ気が付かれてしまうだろう。ならば、作戦通り行くだけだ。水中でもよく動けるように用意した装備は、身につけてある。
「——行こう」
 告げる声が重なる。強く吹く風を、乗りこなすかのようにケルベロスたちは海に飛び込んだ。その動きに、岩場に姿を見せていた巨体がゆるり、とその頭をこちらに向けた。
「……棗も、いつかあれぐらい育つのでしょうか?」
 芥川・辰乃(終われない物語・e00816)の横、ボクスドラゴンの棗が首を傾げる。
 スカートをたくし上げ、イルヴァは内腿に括り付けたナイフを取り出し、構えた。
「わたしたちなら、絶対大丈夫です!」
 少女の声は自分とーー仲間を鼓舞するように紡がれる。
 戦艦竜の胡乱げな瞳が、こちらを捉えその色を変えた。
「来る」
 シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)は呟く。
 白き荊の竜との、最初の戦いが始まった。

●白き荊の戦艦竜
 ごう、と海水が唸った。接近する巨体をディディエは真正面に捉える。
(「……戦艦竜か、面白い。次なる陣の為にも一つでも多く、情報を持ち帰らねば成らんな」)
 薄く開いた唇が紡ぎだすのは、一つの呼びかけ。
「……出でよ、畏れられし黒の獣よ。あれぞ、我らの敵だ」
 呼び起こされるは伝説上の生物『ジェヴォーダンの獣』の幻想。黒の獣は、加速する戦艦竜へと襲いかかった。
 戦場へと駆け込む筈の巨体が、一撃に押しとどめられれば不機嫌そうなドラゴンの声が響く。
「グルォオ」
 頭を振るった戦艦竜の琥珀色の瞳がシエラの目に映る。
(「こんなにおっきなドラゴンさん、近くで見るのは初めてかも。しっかり調査しないとね!」)
 キリ、と引きしぼるのは妖精の弓。放つは漆黒の巨大矢。
「いくね」
 シエラのその声と共に、一撃は放たれた。鋭く射抜く矢が、装甲越しに戦艦竜を貫けばその顔がこちらを向いた。
「グルゥウウ」
 向けるのは、明確な敵意。叩きつけられるそれに、表情ひとつ変えぬまま、ヴィンセントは紡ぐ。
「その身に呼び醒ませ、原始の畏怖」
 言の葉をひとつ、力として。
 生じるのは黒き雷。迸る漆黒の雷槌が戦艦竜の胴を穿つ。バシュン、と音が響き、貫き落ちた力に戦艦竜が咆哮を響かせた。
「グルォオオオ!」
 その声と共に、四連装砲塔から大量のミサイルが放たれた。降り注ぐミサイルに、ケルベロスたちは海中で身を滑らせる。
「情報通り、命中力はそう高くないな」
 言いながら、郁は前衛の仲間にヒールドローンを送った。頷いたイルヴァが、展開させたケルベロスチェインで仲間を守護する魔法陣を描いていく。
 命中はそう、高く無い。回避もそうだ。だが、相手の防御力は高かった。一撃を打ち消し、唸る戦艦竜にダメージが響いている様子は無い。
「さすが頑丈です」
「あの分厚い装甲やな」
 瀬理はぐん、と距離を詰めた。接近に気がついた戦艦竜の、その身に足を振り下ろせば叩き込むのは電光石火の一撃。
「他チームの依頼結果から、この属性が弱点かと思ったけど……」
 ぐん、と戦艦竜がこちらを向く。その顔に、一撃が響いた様子は無い。
「個体差があるってことやな」
 身を横に飛ばせば、舞うのは辰乃の紙兵。海中に守護を紡ぐ力に戦艦竜の意識が僅かに己に向けられれば、辰乃は、凛とした顔でそれを受け止めーー告げる。
「では、拙い冒険譚を、紡がせていただきます」
 この胸にある祈りを。陣頭を征く者に、護りを。
 重ね届ける守護は、強敵と相手を認識してのこと。届けるようにその手を前に、若雪はケルベロスチェインで守護を描く。
「未熟なれど、仲間の為に尽くしましょう」
 仮に真先に狙われても、弱者を叩くという情報になる。
 例え行動が不発に終わっても、其れすら次の糧となる。
 どんな結果も決して無駄にはしないと、覚悟を以て。
「命も海も、貴方達には渡しません」
 告げる言葉に、戦艦竜がその顔をあげた。

●炎と踊る
 ゴウ、と海水さえ震えさせて戦艦竜は白い炎を放った。ドラゴンブレス。薙ぎ払う炎が、狙ったのは後衛だ。大丈夫です、と一つ告げたピリ、と腕に痺れが走った。
「パラライズ、ですか」
 辰乃は呟く。これがあの時漁船を襲った一撃だろう。頷いた若雪と共に、皆にサインで情報を告げる。甲板で事前に打ち合わせしたものだ。
 動き出した戦艦竜に、戦いは熱を帯びる。
(「相手の狙いはまだはっきりとしない」)
 特別優先するものは無いのかーーそれとも、まだ見えていないだけか。
「なら、見せてもらいます……!」
 海水を蹴り、イルヴァの鋭い斬撃が、戦艦竜の装甲についた傷を抉った。火花が散り、琥珀色の瞳がこちらを向く。叩きつけられた敵意に、少女は僅かに身だけを逸らした。
 後方より届く、一撃を知っているから。
 穿ち届く光は、ヴィンセントの放つバスターライフルだ。届く光が戦艦竜の身を焼き、僅かに軋む。その隙に瀬理が踏み込んだ。
「まずは足を止めんと」
 螺旋を込めた掌で竜に触れれば、生じた爆発に戦艦竜が僅かに身を揺らした。
 戦艦竜の軋む音が響く。だが、さすがに簡単にその攻撃は鈍らない。強敵も、苦戦も承知の上だ。穿つ一撃を、叩き込む一打を全力で戦艦竜の装甲へとケルベロス達は届ける。戦艦竜の攻撃とて、すべて避けれるほど易くは無い。流れる血だけを見送って、装甲の隙を探るように、僅かな動きさえ見逃さず、受ける一打さえ糧としてーーケルベロスたちは海中を己の戦場とする。
 そして、その時は訪れた。
「……受けて、見せろ」
 告げる言葉ひとつ、ディディエの展開した禁縄禁縛呪が戦艦竜を捉える。締め付ける一撃に合わせ、シエラは一気に戦艦竜へと距離を詰めた。
「これは……どう!?」
 伸ばした腕より、解き放たれるのはブラックスライム。捕食モードへと変形したその漆黒が、戦艦竜を食らえば装甲の一つが剝ぎ落ちる。
「通ったよ!」
 シエラの声に、戦艦竜が吠えた。
「グォオオオオオア!」
 それは、苛立ちに満ちた声だった。退けと叫ぶように、薙ぎはらう炎が中衛を狙う。
「郁、耐えろ」
 次の一撃を放つための力を、その手にヴィンセントは静かに言った。応じる声の代わりに、前へと躍り出れば郁の視界でシエラを庇いに入った、イルヴァの姿が見える。
「イルヴァさん」
「大丈夫」
 庇いに入ったイルヴァには、すでに傷があった。同じ守護者たる郁もそうだ。だが、その分、守られて続く力がある。それに、イルヴァは何度倒れかけても、絶対に諦めるつもりなどなかった。
(「大事なひとが一緒だから、わたしは大丈夫」)
 く、と顔を上げた彼女を視界に、郁は血に濡れた手で武器を握り直す。
「イルヴァが耐えてるのに俺が倒れる訳にはいかないよな……。守りはこっちに任せてめいっぱいぶちかましてやれよヴィンス!」
 情報収集が主なのは理解している。それでも戦艦竜との対峙には、否応なしに気分が高揚するのだ。
 弾む声音に、返す声の代わりにヴィンセントは一撃を叩き込んだ。ふわり、水中に広がるのは辰乃と若雪の紡ぐ癒し。
 戦艦竜の苦手な攻撃は分かったのだ。苛立ちを露わに、打ち込まれる攻撃は苛烈さを増す。こちらの傷は増えるが、手に入れた情報は既に武器となった。
「……狙ってみるか」
 瀬理は刃を持って戦艦竜の砲塔の付け根へと切り掛かった。その瞬間、戦艦竜がこちらを向く。
「ルォオオオオオ!」
 それは、この戦いの中で初めて聞いた戦艦竜の高い咆哮であった。
「来る!」
 警戒を告げるように、瀬理は腕を振り上げる。次の瞬間、尾に巻き付いていた荊がぶわり、と蠢き、咲かせた白い花と共に瀬理に切りかかったのだ。

●加速領域の語り手たち
「く……っ」
「瀬理さん!」
 辰乃が顔をあげる。回復を告げようとする彼女に、ゆるく首を振った。
「あれが、最後の一手……やな」
 落ちそうになる意識で、けれど最後までその姿を見る。
(「例え気絶したって覚えてられるよう、目に焼き付けたる!」)
 睨みつけ、やがて意識を失った彼女をディディエは避難させた。
「……少し、静かにして居るが良い」
 拾い上げた最後の情報。攻撃の種類はこれで全て。残るはどこまで戦艦竜を削れるか。
 手に入れた情報と、技術と、力をもって戦場は加速する。戦艦竜の苦手としている攻撃、耐性、戦法の多くは既に手に入った。
 攻撃を続けて行けば、相手の動きも見えてくる。ブレスに予備動作はないが、あの砲撃には咆哮が乗ってくる。
(「……けれど、声を出すのであれば」)
 海水の中、僅かにだが戦艦竜の周りに泡が生まれる。
「泡が、でます……! 砲撃が来ます!」
 若雪が合図と共に警戒を告げた。癒し手である彼に看破された事実に、戦艦竜の視線が向く。
「狙ってきますか」
「グルゥアア!」
 剥き出しの敵意が、殺意へと変わった。
「皆で揃って、無事に帰るんです」
 明日に繋げるために、今はただ、勇気を
 吠える戦艦竜を正面に、辰乃は回復を紡ぐ。剣戟を重ね、邪魔だと言うように、放たれたブレスが後衛へと放たれれば、若雪が倒れた。せめてと最後、彼の紡いだ回復は同じ後衛に。受け取ったディディエの放つ一撃に合わせ、シエラが、郁が穿つ一撃を叩き込む。
 解き放たれる力を視界に、ヴィンセントは銃口を戦艦竜へと向けた。その一撃は、敵の攻撃を弱体化させるもの。できる限り皆が、攻撃に耐え切れるようにと選んだ戦法であった。
 効果は、十分あった。
 傷さえ多く負っていなければ、敵の攻撃に耐え切れることはできる。その事実を示すように戦艦竜がヴィンセントを狙い、大口を開いた。
「来た……」
「ヴィンセントさん!」
 来たか、と続く筈の言葉は、一撃の前に躍り出たイルヴァの声にかき消された。
「——っ」
 衝撃と熱が、イルヴァを襲った。攻撃を庇い続けていた身には、あのブレスは重い。それでも、ヴィンセントだけが傷つけさせないという思いがあったのだ。たとえ自分が傷ついても。
「グルォオオ!」
 戦艦竜が、吠える。倒れた彼女を視界にヴィンセントは静かな怒りを感じながら、水面を蹴った。
 全力の一撃を、叩き込みに動く彼を視界に郁はアームフドフォートを構えた。
 撤退までは、あと1人。戦場は、厳しさを増した。定めた撤退の条件にはあと一人ではあったがこれ以上は、危険だ。
 守護と細かな回復、妨害を余すことなく使い戦線は保たれた。それを欠いた今、為すべきはーー手に入れた情報を確かに持ち帰ること。
「……ならば最後に、受けて行け」
 ディディエが放つのは、黒き獣。駆ける力と共に敵へと距離を詰めていく仲間に、辰乃は回復を届ける。
「これで!」
「うん。受けてもらうね!」
 レゾナンスグリードで、シエラは戦艦竜を食らう。欠け落ちた鋼を視界に、降り注ぐミサイルは強く響かない。
(「守ってもらった分、ちゃんと……!」)
 持って帰るのだ。全部。
 郁のフォートレスキャノンが届く。光を視界に、ヴィンセントはレゾナンスグリードで戦艦竜に深く傷跡を残す。続けて、叩き込まれた苦手な攻撃に戦艦竜が身を浮かした。
 その隙に、ケルベロスたちは意識を失った仲間たちを連れて、クルーザーまで撤退した。

 は、と吐く息が白く染まった。
 安全圏においていたお陰で、クルーザーは無事だ。こうして休める場所があるのはありがたい。あたたかなココアができる頃には、戦闘不能担っていた仲間たちも、意識を取り戻していた。
「すっごく温まるよ!」
 皆に、シエラは出来上がったココアを配っていく。温かで甘い香りに包まれれば、ほう、と安堵の息が落ちた。
「よし、絵はこれで完成やな」
 カップを手に、瀬理は顔をあげる。出来上がったのはゴーストスケッチで描きあげた戦艦竜の姿だ。四連装砲塔に、尾には、あの時見た荊と花もしっかりと描いてある。
「……あの荊は、攻性植物の攻撃に似ている」
 自らもそれを使うディディエの言葉に、確かにと皆は頷いた。
「攻撃は……強力やった。警戒した方がええな」
「はい」
 癒し手であった辰乃が頷く。一撃として、大きいのだ。だがそうなるとどうして最初から使って来なかったのか。
「使わなくてもいいって思われてたか……、それとも追い込まれた時にしか使わない、のか」
 一つ、二つ、可能性をあげながらイルヴァは考える。だが、そのどちらであっても、結果としてあれを使わせたのは事実だ。
「苦手な攻撃も、確認できたな。……狙いは、自分の攻撃を邪魔する者が多いようだが」
 そう紡いだのはヴィンセントだ。特別、ジャマーを狙うというわけではなかったが、武器封じなどの攻撃に対しては神経質に反応していたのを郁は思い出す。
「逆に、効果的ってことだよな。そうなると」
「はい」
 言いながら、若雪は旅団の仲間からもらったお菓子を皆に手渡した。
 掴み取った情報を、並べていけば名もなき荊の竜の姿が顕となる。
 この情報は戦う為の武器となる。
 この日、ケルベロスたちが刻み込んだ攻撃と共に。
「いつの時代も、同じですね。より大きなものを倒すには、知恵と経験が必要です」
 学ばせて、いただきました、と辰乃は紡ぐ。視線を、海へと向けて。
「いずれ必ず……果せると信じています」
 若雪の言葉に、誰もが静かに頷いた。
 再戦の時は来る。終決のその時も。
 今はまだ荒れる海が、再戦の時を待つように波を立てた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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