緑の竜が夢見るところ

作者:土師三良

●魔竜のビジョン
「ゴローさん! ゴローさん!」
 漁船の甲板で青年が声を張り上げると、操船室から老人が顔を覗かせた。
「どうしたい、ヤスヲ?」
「あれ! あれ! あれ、見てくれ!」
「はぁ?」
 老人は面倒くさげに青年の視線を追った。
 そして、驚愕に目を見開いた。
 彼が見たのは、縦一列に並んだ十数本の刀身だった。海面から突き出したそれらが文字通り波を切って近付いてくる。
 刀を手にした剣士たちが海中でシンクロナイズドスイミングをしている――そんなシュールな光景が老人の脳裏に浮かんだ。あまりにもバカげた発想ではあるが、そのことを笑う余裕はなかった。
「なんなんだよ、あれ?」
 泣き声に近い声で青年が尋ねた。
「知るもんか!」
 老人はそう答えて舵を切ろうとしたが、遅かった。
 先頭の刃が漁船の舳先にぶつかり、その下にある『もの』が船底を突き上げた。
 船が転覆する寸前、老人と青年は知った。
 自分たちの見た物が刀身ではなかったことを。
 それらは緑色の巨体から生える背鰭だったのだ。
 
●ダンテかく語りき
「皆さん、御存知っすか。城ヶ島の戦艦竜のこと?」
 ヘリオライダーの黒瀬・ダンテはケルベロスたちにそう尋ねると、返事を待たずに話を続けた。
「戦艦竜っていうのは、その名の通り、戦艦みたいなドラゴンのことっす。体に装甲だの砲塔だのが備わっていて、ハンパない戦闘能力を持ってるんすよ。城ヶ島制圧戦で南側からの上陸作戦がおこなわれなかったのも、戦艦竜どもが南の海を守ってたからっす」
 その戦艦竜たちの城ヶ島制圧戦後の動向が判明したという。狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査とヘリオライダーたちの予知によって。
「戦艦竜どもは相模湾に出没して、漁船とかを襲ったりするようです。奴らの数は多くありませんが、さっきも言ったようにめちゃくちゃ強いっすからねー。このまま放っておいたら、相模湾の界隈を安心して航行できなくなっちゃうっすよ。そういうわけなんで、皆さんに戦艦竜退治をお願いしたい次第っす」
 相手が並外れた戦闘力を有する戦艦竜となれば、一度の戦いで撃破することは不可能だ。しかし、幸いなことに戦艦竜はダメージを自力で回復することができないらしい。城ヶ島の基地が失われたので、治療(あるいは修理と言うべきか?)を受けることもできないだろう。複数のチームが波状攻撃をしてダメージを積み重ねれば、倒すことができるはずだ。
「その波状攻撃の第一打をブチ込むのが皆さんの役目というわけっす。クルーザーを用意しましたので、それに乗って、相模湾のこの辺りに向かってください」
 ダンテは地図の一点を指し示した。
「で、そこにいるであろう戦艦竜についてですが……実は詳細不明でして。自分が予知したビジョンによると、色は緑色っぽいっすけどね。とりあえず、以後はグリーンを縮めて『グリン』と呼びます」
 安直極まりない呼称だが、それを口にした時のダンテの表情はどこか得意げだった。自分のネーミングセンスを微塵も疑っていないらしい。
「海面から見えたシルエットから判断する限り、グリンの体長は十メートル前後。東洋の龍みたいな感じの細長い体型をしていて、剣みたいな背鰭がズラっと並んでいるっす。戦艦竜ですから、砲塔を備えていると思いますが、背中にはそれらしいものは見当たりません。お腹の側にあるのかもしれませんし、収納式という可能性もあるっす。まあ、どんな方法で攻撃してくるのであれ、威力がバカ高いってことは間違いないんじゃないっすかね。その代わり、命中率や回避力は低いと思いますけど」
 判らないことが多すぎる。今回の任務には『波状攻撃の第一打をブチ込む』ことだけではなく、敵のデータを得るという目的もあるのだろう。
「戦艦竜ってヤツは、攻撃してくる者を迎撃するような行動をしますから、戦闘が始まったら撤退することはまずありません。でも、敵を決して深追いしないので、皆さんが撤退すれば、追いかけてくることもないはずっす。だから、撤退のタイミングを上手く見極めてくださいね。では、改めて――」
 ダンテは三本の指を立てた。
「――おさらいするっすよ。皆さんがやるべきことは三つです。一つ、グリンのデータを得ること。二つ、グリンにダメージを与えること。そして、三つ目。これがいちばん重要なことですが……生きて帰ることっす!」


参加者
ミライ・トリカラード(三鎖三彩の未来・e00193)
クロコ・ダイナスト(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e00651)
ディーク・ガルトナー(贋者・e02703)
星迎・紗生子(元気一番星・e02833)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)
ルイアーク・ロンドベル(黒衣の狂科学者・e09101)
リュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)

■リプレイ

●RIDING THE STORM
 遠目には島に見えるかもしれない。何本もの刀身が突き立てられた、細長い島に。
 その『島』に向かって、ケルベロスたちが水上バイクを走らせていた。彼らをここまで運んできた二隻の船――オルカ号と栄光丸は後方に停泊している。当初はオルカ号だけの予定だったのだが、多くの有志が馳せ参じ、十九人という大所帯になってしまったため、栄光丸が駆り出されたのである。
「あれがグリンですか……」
『島』の地表に並ぶ刀身……いや、背鰭の本数が確認できる距離まで近付いたところで、鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)が呟いた。
「ひぃ!?」
 泣き声めいた悲鳴を上げたのはクロコ・ダイナスト(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e00651)だ。
「背中しか見せていないのに、すごい威圧感ですぅ。あ、あの……私、やっぱり帰ってもいいですか?」
「いいわけねえだろうが。情けねえことを言ってんじゃねえよ」
 最年長(ケルベロスとしては新参だが)のヴァオ・ヴァーミスラックス(ドラゴニアンのミュージックファイター・en0123)がクロコを叱り飛ばした。
「す、すいません! 精一杯がんばりますから、いじめないでください」
「いや、べつにいじめてねーし」
「まあ、グリンのほうはいじめる気満々でしょうけどねぇ」
 場違いな笑顔を見せて、ディーク・ガルトナー(贋者・e02703)が軽口を叩く。
「あ! こっちに気付いたみたい!」
 児童用の浮き輪に入って水上バイクに牽引されいてた星迎・紗生子(元気一番星・e02833)が叫んだ。
 彼女の言うとおり、グリンは敵の到来に気付いたらしい。横向きに並んでいた刀身が縦向きに変わり、真っ直ぐに近づいてくる。
 城ヶ島での苦闘(その時の相手も緑色のドラゴンだった)の記憶が紗生子の中で甦った。だが、恐怖に彩られたその記憶を強引にねじ伏せて――、
「こんにちはー!」
 ――と、元気な声で敵に挨拶した。
 それに応じるかのようにグリンの速度が少しばかり上がった。
「ふっふっふっ。戦艦竜のお手並み拝見といきましょうか。もちろん、拝見したデータはすべて持ち帰らせていただきますよ」
 怪しげな微笑を浮かべて、ルイアーク・ロンドベル(黒衣の狂科学者・e09101)が前衛陣の周囲にライトニングウォールを発生させた。
 クロコも攻性植物を収穫形態に変化させて、聖なる光を前衛に照射した。もちろん、それは状態悪化の耐性を付与するためだが、別の目的もある。敵のブレイクの有無を確認することだ。
 紙の小人と鋼の使徒による混合部隊も前衛に加わった。ディークの紙兵と征のヒールドローンである。それでもまだ足りぬとばかりにウイングキャットのシーリーが清浄の翼をはためかせた。
「良い知らせと悪い知らせがあるよ」
 ミライ・トリカラード(三鎖三彩の未来・e00193)が皆に言った。彼女は今回の任務に参加するにあたり、系統の異なる三種のグラビティを用意していた。それぞれの基本命中率は同じなので、ケルベロス特有の眼力を用いてグリンを見れば、回避率が半減するような弱点を推測することができるというわけだ。
「まずは良い知らせ。さっそく、グリンの情報が一つ判っちゃった」
「どんな情報ですか?」
 と、シーリーの主のリュティス・ベルセリウス(イベリス・e16077)が尋ねた。
「実はそれが悪い知らせなんだよね。グリンには――」
 ミライは水上バイクの速度を上げた。
「――回避率が半減するような弱点はない!」
 グリンとすれ違いざまにケルベロスチェインのブレイズクラッシュをぶつける。
 続いて、播磨・玲(ドタバタ娘・e08711)が水上バイクを蹴るようにして飛び上がり、グリンの背中に星天十字撃を打ち込むと、反対側の海面に着水した。
「うーん。今の攻撃はいまいち効いてないみたい。魔法系の攻撃に耐性があるのかも」
 海水の冷たさに震えつつ、皆に報告する。とはいえ、べつに落胆はしていない。目的は敵にダメージを与えることではなく、能力を探ることなのだから。
「じゃあ、次は破壊系!」
 浮き輪に入ったままの状態で紗生子がガトリングを連射した。
「魔法耐性でダメージを減少できたとしても、トラウマまでは防げませんよね」
 リュティスが惨殺ナイフを振るい、惨劇の鏡像でグリンのトラウマを具現化した。もっとも、そのトラウマはグリン以外には見えないが。
 トラウマの幻覚がいるであろう場所に目をむけて、紗生子が首をかしげる。
「戦艦竜って、どんなトラウマを見……」
 すべてを言い終える前に轟音が響き、緑味を帯びた巨大な水柱が噴き上がった。
 グリンが主砲を放ったのだ。
 幸い、誰にも命中しなかったが――、
「ひぃ!?」
 ――と、クロコがまたも情けない声を上げた。
 だが、ヴァオは叱らなかった。
 轟音を聞いた瞬間に気絶してしまったからだ。

●ROARING THUNDER
「威力は大きいみたいだけど――」
 水死体のように海面を漂うヴァオを踏み台にして、玲が跳躍した。
「――当たらなかったら、見た目が派手なだけの打ち上げ花火と変わらないよ」
 グリンの懐に飛び込み、獣撃拳を見舞い、攻撃の反動を利用して離脱する。
「あぁぁぁーっ!?」
 着水すると同時に玲は悲鳴を上げた。海水の冷たさにまだ慣れていないのだ。
「やっぱり、この時期の海は冷たいねぇ」
「このデカブツにも冷たい思いをさせてやろうじゃねえか」
 相馬・泰地がグリンに螺旋氷縛波を打ち込んだ。ちなみに彼は寒冷適応の防具特徴を持つ格闘技用トランクスを身につけているので、『冷たい思い』はしていない。
「サキチャンは冷たくないわよ。次、斬撃系!」
 泰地と同様に寒冷適応の恩恵を受けている紗生子が愛刀の『黒鏡』を振るい、達人の一撃をグリンに食らわせた。その手応えを一度目の攻撃のそれと比較し、皆に報告する。
「破壊系と斬撃系はあまり変わらないみたい」
「なんだか、戦闘というよりも実験とか計測をしてる感じだね」
 苦笑しながら、ミライもケルベロスチェインで達人の一撃を放った。
「正直、ちょっともどかしいですね」
 征がフォートレスキャノンを連射した。
「しかし、この計測じみた攻撃は無駄にはならないはずです」
「然り」
 と、ルイアークが頷き、詩でも暗唱するかのように語り始めた。
「未来という名の荒野を開拓することが私たちに課せられた使命。後に続く人々を輝かしい勝利へと導くためには、そこに至る一筋の道に幾千もの標(しるべ)を打ち込まなくてはいけないのです」
 彼は重度の中二病であるため、時折、こういう話し方になってしまうのだ。しかし、皆から『なに言ってんだ、こいつ?』という目で見られていることに気付くと、自分の言葉を解説した。
「つまり、『こういう地道な作業って、とても大事だよね』ということです、はい」
 そして、『幾千もの標を打ち込』むべく、ディークにエレキブーストをかけて攻撃力を上昇させた。
「では、背中しか見せない恥ずかしがり屋さんの顔を見てきますねぇ」
 そう言い残して、ディークは海中に姿を消した。防具特徴の水中呼吸を活かし、海面下で戦いを挑むつもりなのだ。
 海上に残ったケルベロスたちも攻撃を続けた。
「君にこれが耐えられますか?」
 と、白沢・瑞咲が『壱眼「一万一千五百二十の怪」』でグリンの動きを鈍らせて――、
「渦潮の力を今、我が手に!」
 ――と、鳴門・潮流が『渦潮螺旋撃』を叩き込んだ。意識を取り戻したヴァオも(逃げ腰になりながらも)ギターをかき鳴らして『紅瞳覚醒』で仲間を鼓舞し、玉榮・陣内と比嘉・アガサがサークリットチェインを用いて、前衛以外の者の守りを固めていく。
 攻撃を受ける度にグリンはむずがゆそうに体をよじらせていたが、その動きは徐々に激しくなった。
 そして、リュティスがジグザグスラッシュでグリンの背中の後部を斬り裂いた時――、
「ひぃ!?」
 ――クロコが三度目の悲鳴を上げた。
 凄まじい音とともに海中からなにかが飛び出し、征とリュティスを水上バイクもろとも跳ね飛ばしたのだ。
 その『なにか』が海中に戻った時には全員が理解していた。それがグリンの尾であることを。
 空中で綺麗な弧を描いて、征とリュティス(と二台の水上バイク)が海面に落下する。
「だ、大丈夫です」
 と、問われる前にリュティスが仲間たちに言った。
「私も征様も戦闘不能に陥ってはいません。軽傷とは言えませんが……」
 シーリーが二人のところまで飛び、清浄の翼を再びはためかせた。
 その羽音を聞きながら、征は気丈に笑ってみせた。
「これで敵の攻撃法の一つが判りましたね」
 そして、リュティスとともに戦線に復帰した。

 ディークは水中でグリンと対峙していた。もっとも、グリンのほうは海上の敵に気を取られて、ディークのことなど眼中にないようだが。
(「さぁて、どこから嬲ってさしあげましょうかぁ」)
 新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせ、殺し甲斐のある獲物をじっくりと観察する。
 黒瀬・ダンテが言ったとおり、グリンは東洋の龍のような細長い形をしていた。いや、そのシルエットは(背中に並ぶ鰭を無視すれば)龍よりも蛇に似ているかもしれない。手足に相当する部位がないのだから。
 体表を覆う緑色の装甲には鱗状の金属片が無数に張り付いていた。そのため、スケイルアーマーを纏っているかのような印象を受ける。
(「まずはセオリー通りに装甲の隙間を狙ってみますかね」)
 ディークはグリンの腹の下に回り込み、妖精弓を引いた。

●RAGING FIRE
「よくも征ちゃんとリュティスちゃんをいじめてくれたわね」
 グリンの背中についた傷口の一つを紗生子が絶空斬で抉った。
「黒鏡の錆にしてやるんだから!」
「その前に海水で錆びちゃいそうだけどね」
 玲がグラインドファイアを放ち、テレビウムのつっきーが凶器(大きなハサミだ)で攻撃する。
 更に黒い鎖のようなものがグリムに絡みつき、電光を放った。征の影から這い出た鎖――『雷鎖(ライサ)』だ。
「これで計測終了ですか?」
「うん」
 と、征の言葉に玲が頷く。
「今までの攻撃を比較してみて、グリンのおおよその能力と耐性が判ったかなー。やっぱり、魔法攻撃に耐性があるね。それと理力がけっこう高いみたい」
「つまり、魔法系のグラビティはダメージが下がって、理力系のグラビティはめいちゅーりつが下がっちゃうのね」
 と、紗生子が簡潔にまとめ、ヴァオのオルトロスに指示を出した。
「聞いてたよね、イヌマルちゃん。理力系と魔法系以外のグラビティで攻撃するのよ」
「がおー」
 即座にパイロキネシスでグリンを攻撃するイヌマル。主人よりもよほど役に立つ。
「もう一つ、判ったことがある」
 地獄の炎を帯びたケルベロスチェインをグリンにぶつけながら、ミライが言った。
「たぶん、こいつはヒールだけじゃなくて、キュアも持ってないよ。そうでなければ、カチカチ山のタヌキ状態になる前になんとかしてるはずだからね」
 グリンの背中のあちこちではブレイズクラッシュ等の炎がまだ燃えていた。氷が張り付いたままになっている箇所もある。
「このままだと火だるまだよ、グリム! 放っといていいの? あはははははは!」
 ミライは挑発的に笑ってみせたが――、
「……あっ!?」
 ――激痛と驚愕の叫びが笑い声に取って代わった。グリンの体から手裏剣のようなものが何枚も飛び出し、ミライに突き刺さったのだ。
「痛ぁ……なにこれぇ?」
 顔をしかめつつ、ミライは傷口から手裏剣めいたものを引き抜いた。
 それをルイアークが横から覗き込む。
「装甲の表面に付いていた鱗ですね。補強材でもなければ、装飾でもなく、飛び道具だったのですな。しかも、ブレイク……じゃなくて、我々に与えられし恩寵を虚無の底へと落とす力を帯びています」
「いや、中二病的な表現に直さなくていいから」
 そこにクロコが寄ってきて、気力溜めでミライを癒した。
「ミライさんには申し訳ないですけど、この負傷のおかげで判りましたね。敵がブレイクを持っているということが……」

 挑発行為は海中でもおこなわれていた。
(「俺のことなど眼中にないようですから――」)
 ディークは妖精弓を引き絞りつつ、今度はグリンの左側に回り込み、限界まで間合いを詰めた。
(「――こちらから飛び込んでさしあげますよ。文字通り眼中にねぇ」)
 ホーミングアローが唸りを上げて水を切り、突き刺さった。
 グリンの左目に。
「――!」
 奇妙な音がグリンの口から放たれた。おそらく、怒りの咆哮だろう。
 その咆哮に続いて、別のものが吐き出された。球形をした緑色の光だ。裂けんばかりに開かれた口の中で急速に膨らんでいく。
 それが主砲のエネルギー弾であることをディークは見抜いた。
(「ブレスのように口から発射するタイプの主砲でしたか。しかし、そうやって顔を正面に向けていたら、横にいる俺には当たらな……」)
 ディークの目が驚愕に見開かれる。
 エネルギー弾が一筋の光線に変わったのだ。それは直線ではなく、曲線。あり得ざる軌道を描き、標的めがけて延びていく。
 その標的――ディークの視界が緑に染まった。

 再び、水柱が上がった。
 それが収まると、なにかが海面に落ちてきた。
 主砲の直撃を受けたディークだ。
 彼だけではなく、後衛のクロコと玲とヴァオ、そしてとっさに仲間をかばった征とつっきーとシーリーも緑の光線の洗礼を受けていた。つっきーとシーリーは消滅し、クロコ以外のケルベロスは戦闘不能の状態だ。
「初回よりも命中精度が上がってますねえ。実に興味深い……などと言ってる場合ではなかった」
 後衛でありながらも被害を受けなかったルイアークが玲に近付き、声をかけた。
「緊急時なので、許可なくガッさせていただきますよ」
「……『ガッ』ってなに?」
 そう問いかける玲を無視して、ルイアークは『禁忌的エラー解除(ヌルポ)』で治癒を始めた。
 クロコも自分の傷を押して、黄金の果実で仲間たちを癒し、リュティスが気力溜めでそれを補佐する。
「奴の主砲のことが判りましたよ」
 と、半死半生といった態のディークが言った。
「あれは魔法系のグラビティです。自由に曲げて撃つことができるので、死角はありません。そして――」
「――攻撃を受けた者を毒で蝕みます」
 征が後を引き取り、意識を失った。彼を含む負傷者たちの体のあちこちには緑の斑紋が生じている。主砲による毒の影響だろう。
 皆はまだ治癒を続けようとしたが、そこに陣内とアガサが泳いできた。
「戦闘不能になった連中は俺たちが船まで運ぶ」
「だから、あなたたちは戦艦竜との戦いに専念して」
『あなたたち』の一人あるところのクロコの顔に恐怖と逡巡の波が揺れたが、それはほんの一瞬のことだった。
「はい」
 彼女は頷き、グリンに向き直った。
 もう悲鳴は上げなかった。

●RAISE YOUR FIST
 その後、数分の死闘が続き、五人目の戦闘不能者が出たところでケルベロスたちは戦場から撤退した。
「グリンは視力にあまり頼っていないようですね。ホーミングアローが左目に直撃したにもかかわらず、左側にいる俺のことを認識していましたから」
 オルカ号の中で応急治療を受けながら、ディークが皆に報告した。
「なるほど」
 ルイアークが治療の手を休め、自分に言い聞かせるように述懐する。
「戦闘のせいで周囲は騒音だらけだし、衝撃も飛び交っていた。体が燃えていたから、熱による探知もできないはず……となると、ある種の魔法的な超感覚を持っているのかもしれませんね。理力が高いのも納得がいく」
「しかし、その超感覚とやらの範囲はさして広くないぞ」
 と、オルカ号の舵輪を握るフィオリナ・ブレイブハートが言葉を挟んだ。彼女は戦闘には参加せず、ずっと待機していたのだ。オルカ号を守るために。
「こちらから見てる限りでは、奴はオルカ号に興味を示していないというよりも、存在に気付いてさえいないように思えたからな」
 つまり、縄張りに入ってこない者には手出しをしないのではなく、そもそも縄張りの外を認識できないということなのだろう。
「私も気付いたことがあります」
 リュティスが遠慮がちに口を開いた。
「戦闘の間、敵の癖などを読み取るため、ずっと観察していたのですが……グリンは、自分のことを笑ったミライ様に鱗を撃ち込んだり、挑発的に目を攻撃したディーク様めがけて主砲を発射したりしてますよね。もしかして、頭に血が上りやすいというか、すごく単純なんじゃないでしょうか」
「それ、当たってると思う」
 美浦・百合水仙が同意を示した。彼女もフィオリナと同様にオルカ号を守っていたのだ。
「望遠鏡越しに見てたけど、あれは頭の良い奴の戦い方じゃない。もしかしたら、最初の主砲もトラウマを狙って撃ったのかも」
「なんにせよ、いろんなことが判ったよね」
 と、ミライが満足げに言った。
「今回の情報を活かして、次のチームが戦果をあげてくれるはず。で、その戦果を活かして、次の次のチームが新たな戦果をあげる。そうやって繋げていけば、いつかきっと届くよ。もっと先にあるものに……」
 もっと先にあるもの――その言葉の意味を問い質す者などいなかった。
 判っていたからだ。
 それは竜十字島なのだと。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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