出現――其の名は咆竜

作者:のずみりん

 師走、早朝の相模湾。
「ようやっと冬らしい風になってきたねぇ、大将」
「なったらなったでキツいもんだがな、この寒風はよ!」
 軽口をたたきながら、手慣れた様子で漁師たちは網を引き揚げる。昨今、デウスエクスらの動きも活発と聞くが、生活のかかった仕事だ。
 城ヶ島の件も一段落したというし、年末年始に向けて稼ぎを……。
「……大将!」
「網が止まってんぞ! どうした!?」
 若い衆の呼びかけに船長は気持ちを切り替えた。長年の経験が騒動を予感させてくる。
「なにか、デカいものがくるんです! 十メートルはある!」
「じゅう!? おい、ドラゴンでもひっかけたって……」
 その時、船が二つに割れた。
 投げ出される船員、爆発、叫び、砲声。そして雄叫び。
 血と残骸の浮かぶ薄霧の海に、戦艦の如き艦橋と砲を背負った竜が不気味に身を揺らしていた。
 
「城ヶ島を守っていた『戦艦竜』の行方が判明した」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに状況を説明する。
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査によると相模湾で漁船を襲うなどの戦艦竜による被害が相次いでいるのだという。
「戦艦竜は城ヶ島の南の海を守護してい戦艦のような装甲や砲塔を装備したドラゴンだ。漁船などひとたまりもない」
 その高い戦闘力は城ヶ島制圧戦ではこの戦艦竜の存在が南側からの上陸作戦を行わない一因になったほどだ。数こそ多くはないが、このまま放置しておいては、その少数の戦艦竜のために相模湾の海が安心して航行できなくなってしまう。
「皆にはクルーザーを用意している。相模湾に移動し、確認された戦艦竜を撃破して欲しい」
 戦艦竜の戦闘力は昨今出現したドラゴンたちの中でも飛びぬけているが、弱点がないわけではないとリリエは言う。
「連中は戦闘力こそ高いが、ダメージを自力で回復する事ができないようなのだ。つまり……攻撃を続ければ必ず勝てる」
 海での戦いという事もあり、一度の戦いで戦艦竜を撃破する事は不可能だろう。だが二度、三度……四度、五度と波状攻撃を仕掛ければ積み重なるダメージはいつか戦艦竜の限界を超えるはずだ。
 
「皆に頼みたい海域は……ここだ」
 海図から相模湾の一点を丸く囲い、リリエは集めた情報を説明する。
「戦艦竜……勝手ながら『ほうりゅう』と名付けさせてもらったが、詳細は現段階ではあまりわからない」
 漢字で書くと『咆竜』、よく響く咆哮と身に着けた砲塔群をかけた命名だろうか。ケルベロスたちの感想を待たず、リリエは憶測だがと話を進めた。
「確認されている被害は体当たりによる一撃。それに身体の艤装も飾りではないだろう……遠距離戦でもかなりの火力を発揮してくると思われる」
 ブレスの類は確認されていないが、使えないのかどうかはわからない。砲塔による攻撃も不明だが、似たような装備から携行は類推できるかもしれない。
 いずれも火力はすさまじいが、体格的に命中や回避はそう高いものでないだろう。
「それと重要な事だが、戦艦竜には攻撃してくるものを迎撃するような性質がある。戦闘になれば自分から引くことはないが、逆に逃げる敵を深追いしてくることもない」
 つまり、退くタイミングはケルベロスの側で判断する必要がある。
「危険を感じたら無理せず退いて、次に繋げればいい。我々が敵に優る点は、何度でも傷を癒し立ち向かえることなのだからな」
 危険に挑むケルベロスたちを案じるようにリリエはいう。倒しきれなくても次につながる戦果を得られれば今は十分だと。
 
「戦艦竜と正面から戦うのは、はっきり言って危険な任務だ。だが皆ならば必ずやれると私は信じている」
 一度で倒せなくても次に繋げ、繰り返せば、必ず。力強くリリエは断言した。
「相模の海の平和……頼んだぞ、ケルベロス」


参加者
カナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)
リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)
霧島・カイト(演技砲兵と大食い子竜・e01725)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
ヴェルセア・エイムハーツ(無法使い・e03134)
ニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)
烏丸・リュシカ(迦楼羅の如く・e18782)
三日月・こころ(煌獄魔帝クレセンテムーン・e21077)

■リプレイ

●会敵
 薄霧の相模湾をクルーザーは進む。視界にそう苦労するほどではないが、白く陰る視界は寒気と不穏さをケルベロスたちに運んでくる。
「斥候と言うよりは射撃手の筈なんだが……おーい、そろそろだぜ?」
「はーい。冬の海で戦闘とか始まる前から死にそうなんやけど……いくら山で鍛えてる僕でも寒すぎるで」
 ちょうど見張りにあたっていた霧島・カイト(演技砲兵と大食い子竜・e01725)の声に、烏丸・リュシカ(迦楼羅の如く・e18782)は身震いしながらキャビンを交代する。
 冬の海風には船内のわずかな暖も吹き飛んでしまう。彼のサーヴァント『たいやき』が腹ごしらえの鯛焼きをつまんでいくのを見ながら、リュシカは誓いを新たに身を引き締める。
「これ終わったら炬燵でアイスを食べる! それを楽しみに僕は頑張る……でぇっ!?」
 その瞬間、船が大きく揺れた。理由は一目瞭然、海水をかき分けて上がってくる『何か』は水上からでもわかるほどでかい。
「操舵、借りるよ!」
 返事を待たず、舵を握ったニクス・ブエラル(枷ニ非ズ・e06113)の急旋回で間一髪。しかし掠めたウォーターハンマーにすらきしむ船体はそう長くは持たないだろう。
「クルーザーは諦めろ! 飛ぶぞ!」
 一瞬の判断でリーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)は叫んだ。既に声は戦時のそれになっている。彼女が翼を広げた瞬間、船は二つに割れた。
「まさに戦艦ですね……クルーザーは……帰りに拾いましょうか」
 着水するベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)の声に動揺はない。ここまであっけないとは予想外だが、クルーザーの破壊や水中戦も視野に入れてグラビティは用意している。
 無生物の修復は時間がかかるといえ、クルーザーもヒールで直せるのだ。今は目の前の強敵に注力すればいい……否、しなければならない。
「ヒュゥ、でけェ!アレが本物のドラゴンか! ガキの頃に擦り切れるほど読んだお伽噺を思い出すゼ」
 姿を現した戦艦竜――咆竜の巨体に、着水したヴェルセア・エイムハーツ(無法使い・e03134)が思わず口笛を鳴らす。
 全長十メートルに及ぶ巨体は、身にまとった装甲と見上げる位置関係いより更に数周りは巨大に見える。背中にはそそり立つ艦橋のような物体、巨砲。
 かつて大国の威信であったという戦艦、その名を名乗るにふさわしい威圧感である。
「ドラゴンって色々な種類が居るのねぇ……ともあれ、その力存分に見せて貰おうじゃない!」
 海水を蹴り、カナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)は仲間たちの前に出る。今回は斥候戦。可能な限りの情報収集はもちろん、ダメージも与えられるだけは与えておきたい。
「ォォオオオ……!」
 その闘志に反応するように、咆竜が低い声で嘶いた。
「咆竜か……面白い。煌獄魔帝たる余が相手をしてやろう……が、まずは斥候としての役目は果たすとしよう」
 砲を向ける咆竜にもひるまず、三日月・こころ(煌獄魔帝クレセンテムーン・e21077)は尊大な視線で言い切った。
 瞬間、火を噴く砲が海水を爆発させる。
「空中なら当たるとでも思ったかな? 残念」
 降りた海面を蹴るようにダブルジャンプ。爆風で飛び上がった海上でニクスは咆竜の姿を見渡した。
「制圧戦は成功した。回廊突破も出来た。後は私達が後顧の憂いを除くだけだ」
 手にしたライトニングロッド『ドンナーガング』が先端を四ツ又に開く。彼の生み出す雷の壁が、チャフのように巻かれた紙兵たちが、咆竜を包囲するように取り囲んでいく。

●竜、咆える
 砲が再び咆哮する。水中を走る火線は着弾すると、爆発の衝撃を深海にまき散らす。散らされていく紙兵は、電波妨害に使われるチャフの紙片を彷彿させた。
「しかし、情報収集とは言え得体の知れん相手とは」
 バイザーを下したカイトはうめき、歯車を呼び出す。彼の機種に標準装備された二枚の『機械仕掛けの舞台歯車』は相棒の属性をまとい、左右から咆竜に襲い掛かる。
 サイズ差ゆえに体当たりにしか見えないが、歯車へと巻き込む事での効果は発揮できているようだ。
「『たいやき』の中身はカスタードやったか……」
「レアだな、幸先いいぞ」
 水中を漂う残り香に大変緊張感のない会話をリュシカとかわす。ボクスドラゴン『たいやき』の属性は『鯛焼き』なので仕方ない。ちなみに餡子もある。
「ガァッ」
 だがいつまでも甘んじている相手ではない。竜は身じろぎ一つで歯車を振るい落した。
「……役割を押し付けるには大物すぎたかの。余のように」
「ならば波状攻撃だ。竜に挑むは騎士の誉れ……!」
 うまいこといったという顔の、こころの脇をリーフは駆ける。なんだかんだで、彼女もきちんとケルベロスチェインの守護結界は展開してくれている。後顧に憂いはない。
「叶えば砲身の輪切り。無理でも、最悪装甲の粒子くらいは……」
 弾幕をかいくぐり、彼女は主砲へととりつく。突き立てた機械刃が回転し……弾かれた。歯の欠けたチェーンソー剣が不協和音を立てて停止する。
 発射の圧力と衝撃を受け止める砲身は、外からでも装甲以上に強固なようだ。
「ならば……星を貪る天魔共!グランバニアの勇者を恐れよ!聖なる南十字を畏れよ!!」
「あわせましょう。力は聞き及ぶ程に強大ですが、知能まで持ち合わせているかどうか……眠るように崩れて、とはちょっと言えないか」
 じろりと竜の目が背中を見るのにベルノルトも距離を詰めた。祖国グランバニアの宝具『南十字の聖なる騎士槍』を手に突っ込むリーフにあわせ、血流の動線を断つ斬撃が砲塔基部を連続で打つ。苦悶の咆哮をあげた咆竜の背中が小さく爆ぜた。
「効果あり、か?」
「そう甘くは……ないようだゼ!」
 ニクスの半信半疑を肯定し、ヴェルセアは飛び出した『何か』ケルベロスチェインで円陣を組む。直後、海中に火の華が咲いた。
「そっか、アレがアームドフォートなら……」
 攻撃をすり抜けながら、カナタは打ち出された物体をみた。ナパームミサイル……数、規模ともに桁違いだがそれは垂直発射されたミサイルだ。
「オォォッ!?」
「そんな大振りな攻撃、当たらないわ!」
 ミサイルの弾幕を掻い潜ったカナタの前に煙に覆われた咆竜が見える。慌てて向けられる砲塔を振り切り、雷速の雷刃突。そして即座に急速離脱。
「めんどくさい位タフね……」
 距離を取って振りむき、カナタは動き出す咆竜にため息をつく。
 海中をただよう噴煙の向こう、戦艦竜の身体に見える手傷はなかった。

●被弾
 晴れた射界に再び火砲がケルベロスたちへと動き出す。
「こんのせからしいことしよって……これでも僕なりに頑張ってるんやで?!」
 ゆっくり押し潰さんと迫ってくる壁のように精密さを増す照準。リュシカは海上、海中と飛び回りながら咆竜へと文句と天狗風を叩きつけ続けた。
「天狗の御業でいてこましたるわー覚悟しいや……って、言えたらかっこえぇんやけどなぁ」
「リュシカちゃん!」
 攻撃を庇う仲間たちも多くが傷つき、限界が近い。身をかわし続けたカナタも遂に主砲の爆風に捕らえられた。
「倒れるのはまだ……!」
 多重に張り巡らせた結界とポジション取り、そして鍛えあげた心身がぎりぎりで彼女を守るが、もう余力はない。ミサイルの火線がリュシカたちを捕らえ撃ち落とすのに、飛び出せる力は残っていなかった。
「は、ハハ……すげェ……なんダあの威力……いっそ笑えてくるゼ……」
「笑っておる場合か! えぇい、この煌獄魔帝が一矢すら報いられぬとは」
 同じく満身創痍のヴェルセアを助け上げながら、こころは必死に弱点を探る。攻撃の特徴、威力、ケルベロスたちへの反応……録画出来ればとも思うが、危急の今の状況は変えられないか。
「正確さが増している……いや、初撃の時はひるんでいた……?」
 水中でも燃え続けるナパームの火と苦闘しながら、ベルノルトは考えを巡らす。
「たしか初撃は……ふむ、試してみる価値はあるかの」
「此処での無理は得策ではありません、どうか油断なさらず……三日月さん」
 既にベルノルトの傷は癒しきれぬものが多い。ゆえに彼は最後の力でこころを癒し、導かれた推論を託した。
「その命、しかと受け取った。煌獄魔帝の名によって命ずる―――蹂躙せよ、ダークエンド・ファフニール!」
 こころの叫びに召喚されるのは、煌獄魔帝の側近にして偉大なる森の賢王たるゴリラ『終末をもたらす漆黒の巨躯(ダークエンド・ファフニール)』。
 銘と使命を託された巨躯は、更に数倍ある戦艦竜にもひるまず重い拳叩きつけた。砲塔基部にある艦橋めがけて一撃、二撃。長大な尾にはたき落とされ、その姿が消えるまで。
「動きが鈍った? ……退くぞ!」
 揺らぐ巨体にカイトが叫ぶ。戦線を離脱した負傷者は半数、決めておいた継戦は超えている。粘れば傷の一つ二つは作れるかもだが、勝利の見えない今、全滅の危険は冒せないだろう。
「これで何かわかると良いが……」
「とりあえず、私達の出来うることはやった……後は次のメンバーに繋ぐだけだ」
 カイトの撒いた紙兵を潜り抜けて下がりながら、ニクスはリーフを拾い上げる。彼女の手は傷ついてなお、切りつけたチェーンソー剣を離さず握り続けていた。

●戦果確認
「……全員、無事だな?」
 ドローンと『たいやき』が修復中のクルーザーに上り、カイトは仲間たちを見渡した。属性インストールの甘い香りに心を和ませ、ほっと彼はバイザーを上げた。
「なんとかナ、何もかも桁が違うゼ……」
「あぁ、あったかい部屋ぁ……ボクのアイス……」
 しがみついたヴェルセアが首を振る。よじのぼったリュシカは、幻想の混ざった船のうえでダメージ以上の寒さに震えていた。なんとか、全員そろっている。
「敵は水中戦艦……今後、船は破壊される前提で動いた方がよさそうだね……っと」
 クルーザーの修復と追撃がないことを確認し、ニクスは仲間たちに向き直る。
「戦いはまだ終わってない、次は皆の治療……」
「それに分析、だな」
 丹念に水を切り、リーフは切りつけたチェーンソー剣を鞘から引き抜いて確認する。デウスエクスをも切り裂く神殺しの刃は痛々しく傷ついている。
「……口惜しい事ですが、目に見えたダメージは与えられていないでしょう。ただ収穫はありました」
 彼女はもう一本のチェーンソー剣を抜く。こちらは最初のものほどひどい損傷はない。その差を見て、ベルノルトは、ほう、と得心の声をあげた。
「一本目は初撃で仕掛けたものですね。次はその後……」
「砲身はダメだね、あと装甲も。硬すぎるよ」
 カナタも手ごたえを思い出して言う。ヴェルセアの言葉ではないが、あの強度は桁外れすぎる。今のケルベロスと装備で傷つけられる事は不可能に近いだろう。
「だが、手応えもあったぞ。リーフ、ベルノルト……うぬらが仕掛け、余が配下に叩かせた場所は確かに反応があった」
「艦橋周辺……いや、生身と機械の境目かな。あるいはどっちもか」
 こころの指摘に、カイトは咆竜の反応を思い返した。推理するに、あの戦艦竜は集中防御のような装甲を持っているのだろう。
 攻防で重要な部位を鉄壁の装甲で覆い、そうでない箇所は火力と手数で迎撃する……。
「あのミサイルはさながら火弾の壁ってわけだね。そして攻撃する時にはあの砲撃……構成としてはアームドフォートに近いかな」
「まぁ長期戦は無理やな。当たらなければどうということは……っていうけど、しんどすぎるわ」
 ニクスの分析に身をもって体験したリュシカが唸った。終わってみればせいぜい十分ほど、ケルベロスなら耐えられぬ時間ではないし、水中呼吸も捨てて短期決戦を挑むのも手かもしれない。
「……今回はここまでね。力を見せつけられた、って感じだったけど」
「そうでもないゼ? 奴だって無敵じゃねぇって、わかったんだからナ」
 悔しそうなカナタに、ヴェルセアは意味ありげに笑う。その傍らには竜の鱗……掠め取った戦利品があった。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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