武装竜亀、現る！

■リプレイ

●決死の夜釣り
　夜凪の海が、不気味な程に仄暗い色を湛えて広がっていた。
　場所は相模湾。ドラゴン・タートルのコードネームを持つ戦艦竜が確認された海域だ。
　目的の海域に到着したところで、滝川・左文字（毛玉忍軍・e07099）が夜風に身体を震わせつつクシャミをした。本当はバックアップの欲しいところだったが、用意されたのはクルーザーが一艘のみ。
　だが、それも仕方のないことである。敵は人知を超えた超存在。能力の詳細まで不明な以上、官民問わず一般人を関わらせるのは危険な行為だ。
　現在の相模湾は、文字通りの封鎖海域と化していた。故に、この任務に関われる者もまた、ケルベロスの力に覚醒した者を除いて他にいない。
「衛星写真は……あまり、役立ちそうにないですね」
　薄暗い海が微かに写されただけの写真を片手に、十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）も事前の調査が不発に終わったことを感じていた。
　安全な位置から調査だけを行うことは不可能だ。が、しかし、だからこそ自分達が集められたのだと、決意を新たに小型ボートへと乗り込んだ。
「さあつづら、まいりますよ。おみやげばなしを、たくさんもってかえらなくては」
　夜の空気が頬を撫でる中、月霜・いづな（まっしぐら・e10015）はミミックを背負ったまま発煙筒を海に投げ入れる。一瞬、闇夜を光が切り裂き、それは音を立てて漆黒の水面へと飲み込まれ。
「しっぱい……だったのでしょうか？」
　反応がないことに、いづなは怪訝そうにして首を傾げた。敵は光に魅かれると言われていたが、もしかすると光が弱過ぎたのだろうか。そう、彼女が考えた時だった。
「……っ！　現れたか！？」
　突然、海面が陸地のように盛り上がったことで、神藤・聖一（白貌・e10619）がビハインドのツバキと共に前に出た。浮島を思わせる巨大な影。噂の戦艦竜が彼らの目の前に姿を現した瞬間だった。
「サイズは10mくらいかな？　予想していたよりも、随分と小さいけど……」
　そこまで言って、サンダル・アドビス（輝くみんなの目印・e02698）は言葉を切った。
　巨大な巡洋艦に比べれば、敵は確かに小さいかもしれない。だが、それでも人間と比すれば遥かに大きく、恐るべき怪物であることに代わりはない。
　無数の砲塔を備え付けた背面の甲殻は、毒々しい棘を持ったウニを想像させる。亀の名を冠していながら、鱗に覆われた頭部はむしろツノガエルのような両生類に近い形状だ。顔の半分以上が口で占められており、これを広げて襲い掛かれば、自分より少し小さな船舶程度は強引に飲み込んでしまえるだろう。
「戦術的勝利は重ねていても道のりは遠いね。こんなトンデモないのまでいたし」
　思わず圧倒されそうになる鳳・ミコト（レプリカントのウィッチドクター・e00733）。一体でも厄介な相手だというのに、こんな存在が他にも数多くいると思うと、改めて敵の強大さを実感させられる。
「だが、ここまで来て退くわけにも行くまい。今は、私達に課せられた任務を遂行することが先決だ」
「了解であります！　しっかり戦って、しっかり情報を握って帰還するであります！」
　エルボレアス・ベアルカーティス（雪原の鬼軍曹・e01268）の言葉に、磐境・かなめ（山巫女・e01801）が敬礼しながら答えた。
　竜の咆哮が宵の静寂を切り裂き、衝撃となって水面を揺らす。深夜の相模湾にて、戦艦竜との死闘の幕が開かれた。

●堅牢なる要塞
　剣山のように、四方に張り巡らされた無数の砲塔。雄叫びと共に放たれた戦艦竜の攻撃が、最初に狙ったのは後方に立つ者達だった。
「ツバキ、庇え」
「つづら、みなさまのえんごを」
　聖一といづなが、慌ててそれぞれのサーヴァントに指示を出す。済んでのところで攻撃は外れたが、その全てが不発だったわけではなく。
「先に後ろから狙う……。支援を優先して断つ作戦か？」
　巨大な水柱を横目に、エルボレアスは冷静に敵の行動を分析して行く。言葉も通じない相手ながら、意外と知能も高いのか。断定するには、まだ情報が少な過ぎる。
「とにかく、まずは耐性を……」
　そう、泉が告げた矢先、敵はその身を静かに水底へと沈めてしまった。
「逃げた……ってわけじゃないよね」
「ああ。念のため備えておくか……」
　油断なく様子を窺いつつ、ライトニングロッドを構えるミコト。次なる敵の攻撃に備え、聖一も縛霊手より紙兵を散布する。　
　背中に背負った砲塔こそ戦艦を思わせるが、それでも敵はドラゴンなのだ。恐らく、水中であっても戦闘力は低下することがないのだろう。
　こうなれば、こちらも水中戦を仕掛ける他にない。泉が潜ったのに続き、かなめも水中へと身を躍らせると、敵の巨体目掛けて一斉に銃弾を発射した。
「まずは、実弾耐性を調べます」
「マタギ流早撃ち術なのであります！　しゅーとぉ！」
　ガトリングガンとリボルバーによる銃撃が、驟雨の如く飛来する。が、堅牢な壁をも瞬く間に蜂の巣にできるはずの攻撃でさえも、敵の強靭な甲殻の前には、さしたる効果もないようだった。
「やっぱり、銃弾なんかには強いのかな？　だったら……」
　杖先より迸る雷撃を、ミコトが敵の身体目掛けて解き放つ。漆黒の空間に道を作るかのようにして、青白い閃光が戦艦竜の身を焼き焦がす。
「……！！」
　攻撃が命中した瞬間、カエルとカメを足して割ったような敵の顔が、少しだけ歪んだような気がした。だが、それも一瞬のこと。その身に違わぬ体力を兼ね備えた戦艦竜にとって、この程度の痛みなど致命傷には程遠い。
「回復はこちらに任せろ！」
「さあつづら。たおれるには、まだすこしはやいですよ」
　エルボレアスといづなの二人が、それぞれに負傷したサーヴァント達へと回復を飛ばして行く。その隙にサンダルが氷結の螺旋を戦艦竜へとぶつけるが、やはり効いている様子はない。
　事前に堅牢とは聞いていたが、それにしても恐るべき耐久性能だった。こちら側に攻撃へ特化した者がいないことも相俟って、これでは決定的な一撃が与えられない。
「いまのは……みなさま、きますっ！」
　敵が巨大な口を開いたところで、何かに感付いたいづなが仲間達へと告げた。
　次の瞬間、放たれたのは全ての命を等しく刈り取る猛毒の息。まるで、煙幕を張るようにして吐き出されたブレス攻撃は、再び後衛の者達へと襲い掛かった。
「ま、また、こっちを狙って来たでありますか！？」
　ぎりぎりのところでブレスを避け、かなめが思わず冷や汗を垂らして言った。
　直撃を受ければ無事では済まない。おまけに、いくら命中率が低いとはいえ、まったく当たらないという保証もない。
　それでも、再び体勢を立て直し、ケルベロス達は果敢に戦艦竜に仕掛けて行く。そんな中、独り船に残った左文字は、カメラを使って戦場の様子を記録しようと試みていたが。
「……こうも潜られては、断片的にしか記録が撮れんな」
　長く伸びたケルベロスチェインが、行き場を失って宙を彷徨っていた。ヒールドローンを飛ばして何かしようにも、そもそもグラビティで戦闘やヒール以外の行動は行えない。
　悶々とした状態のまま、時間だけが過ぎて行く。そうしている間にも戦艦竜との死闘は続いているのだが、その空気は唐突に終わりを告げた。
「そろそろ時間だね。一時、撤退しよう」
　三度目の攻防を終えたところで、サンダルが仲間達にクルーザーへの撤収を促した。無論、本当に逃げ出すつもりはなく、一時撤退と再出撃を繰り返すつもりだったのだが。
「あれは……拙い！　ツバキ、船を守れ！」
　再び敵が大口を開けたところで、その視線の先にある物が何かを悟り、聖一が叫んだ。しかし、彼を含めた全ての者が撤退に意識を向けている以上、退きながら何かを行うことは不可能だった。
「うおっ！　ふ、船が……」
　腐食する船体から、左文字だけは辛うじて叫びながら脱出した。船体を庇おうにも、あの攻撃範囲を前にしては庇い切れなかっただろう。
　暗闇に飲み込まれるようにして、クルーザーが海の藻屑となり沈んで行く。たった一撃で、小型の船舶なら完全に大破させるだけの威力。戦艦竜の恐ろしさを、ケルベロス達が改めて目の当たりにした瞬間だった。

●巨体、揺らがず
　帰るべき船を失ったことで、戦況はケルベロス達にとって更に厳しい物となっていた。
　敵がクルーザーを狙った理由。それは、撤退する方向を一つに定めてしまったということに尽きるだろう。
　そもそも撤退とは、敵の隙を突いて各々が最適な方向を見つけ、散開することで成功する。だが、先に撤退先を絞ってしまえば、おのずと逃走経路や逃走先も、敵に目星を付けられてしまう。
　撮影を諦め、戦場となる海域より遠くに、予めクルーザーを停泊させていれば良かっただろうか。もっとも、その場合はクルーザーに代わって仲間の誰かが背中から撃たれた挙句、再出撃しようにも敵に逃げられている可能性の方が高かったが。
「畜生！　ヒールが間に合わねぇ！」
　沈む船を前に、左文字が叫ぶ。時間を掛ければ破壊された船の修復も可能だが、今はそれをしている暇もない。
「何か仕掛けて来るよ！　気を付けて！」
　敵が身体を丸めるようにしたことで、ミコトが仲間達に告げた。この期に及んで、まだ隠し玉があるとでも言うのだろうか。果たして、そんな彼女の予測は正しく、戦艦竜は扁平な身体を大きく回転させることで、太く長い尻尾による薙ぎ払いを仕掛けて来た。
「今度は前衛狙いか。だが、なぜ今になって……」
　敵の攻撃パターンが変わったことで、聖一は訝しげな顔をしつつ、口にせざるを得なかった。
　見れば、先の一撃で、サーヴァント達は戦闘不能に陥っている。ただでさえ仲間達を庇って戦っていたのだから、それも無理のない話なのだが。
「複数の敵を、まとめて攻撃できる技。しかも、こちらの足を止めて回避を下げることで、命中率の不足を補おうとしているのでしょうか？」
　徐々に押されながらも、泉は自分が今しがた見た光景から判断したことを述べた。
「それだけではないな。最も多くの敵を捕捉できる隊列を狙うことで、手数の不足と火力の無駄遣いまで避けている節もある。本能だけで、そのような戦い方ができるとなれば……これは、想像以上に恐ろしい相手だぞ」
　エルボレアスも、先程から続く戦艦竜の攻撃パターンから、何かを掴んだようだった。
　敵は決して、猪突猛進で獰猛なだけの相手ではない。ドラゴンとは、究極の戦闘生物。故に、『戦闘』に限って言えば、この戦艦竜は実に無駄のない行動で敵の殲滅を狙って来る。
　先程までは、後衛にいる者の数の方が多かった。故に、敵は後衛ばかりを狙い、前衛には見向きもしなかった。
　だが、船が破壊されて左文字が戦列に戻ったことで状況は変わった。最大火力と確実性。それを優先した結果、敵は前衛に薙ぎ払いを仕掛けて来たとも考えられる。
「このままでは拙いですね。ですが、最後にこれだけは調べさせてもらいますよ」
　潮時が近いことを悟りつつ、古代語魔法を仕掛ける泉。「爆ぜろ」と叫んで聖一が握りつぶすような動作から敵を爆破すれば、続けてかなめは切り札である山神の力を呼び覚まし。
「大山祇大神を奉請て、禊祓へ給ひし時に成り座せる天嶽の大神等、諸々の禍事穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐みも白す！」
　詠唱と共に、解き放たれたのは筋肉質な大男。だが、見た目は兎も角、強大な御業であることに間違いはない。
「このっ！　いい加減に……」
　大人しくしていろ。その言葉を飲み込んで、ミコトが再び杖先から雷撃を放つ。
　衝撃が魂そのものを揺るがし、戦艦竜が大きく吠えた。その隙に、いづなとエルボレアスが体勢を整えるべく癒しの力を展開し。
「さあ、どうかしっかりなさいませ！」
「その攻撃は通らせんぞ……。サークリットチェインッ！」
　これで、もう少しだけは戦える。限界は近いが、それでもケルベロス達の辞書に、諦めるという文字は存在せず。
「相変わらず、死角はないみたいだね。だったら、こちらで作ればいい」
　両手の攻性植物を埋葬形態に変化させ、サンダルは敵諸共に戦場を飲み込ませた。しかし、全身を植物の緑に覆われてなお、戦艦竜の砲撃性能は決して衰えることはなく。
「なんというやつだ……。守備を優先していながら、この威力とは……」
　次の一斉射で崩壊した後衛の姿を目の当たりにし、聖一は歯噛みしつつも身を退いた。
　倒れた者達を拾い上げ、残されたケルベロス達はそれぞれ四方に散って行く。今度こそ、正真正銘の撤退だ。
　戦艦竜、ドラゴン・タートル。凶暴なる鉄壁の水上要塞は、勝ち誇ったように無人の海で雄叫びを上げた。

●暁に誓う
　ケルベロス達が浜辺に戻ると、既に東の空が白み始めていた。
「……ったく、酷い目に遭ったぜ。船さえ無事なら、豚汁が食えたんだが……」
　水没して壊れたカメラを片手に、左文字が身体を震わせた。カメラはヒールで直すとして、果たして使える記録が撮れているかどうか。ＧＰＳによる追跡も案に挙がっていたが、水圧にやられて使い物になるまい。
「まあ、そこはわたしがフォローするから大丈夫であります！　夜目のおかげで、暗がりでもよく見えておりました！」
「わたくしも、かのうなかぎり、おてつだいいたしますゆえ……」
　その場で記録に残せなくとも、覚えて帰れば問題ないと告げる、かなめといづなの二人。幸い、戦いの際に見たことは、今なら全て思い出せる。
「だが、それにしても恐ろしい相手だった。今後、再び対峙する際には、隊列のバランスにも気をつけねばならんな」
「その通りだな。人員の多い隊列を優先して狙って来るならば、それに対する警戒も必要だ」
　エルボレアスと聖一が、それぞれに己の見たことから見解を述べた。その一方で、泉もまた敵の耐性に関して、自らの考えを述べていた。
「未だ、推測の域を出ませんが……もしかすると、敵は物理的な防御力には優れていても、魔術的な防御力には穴があるかもしれません」
「外が固い分、魔法で中からやられると弱いってことかい？　確かに、ありえない話じゃないね」
　ミコトが放った雷撃を食らった際、敵が微かに顔を顰めたことを思い出し、サンダルも同意した。それでも決定打とならなかったのは、純粋に敵の体力の高さと、恐らくは敵がディフェンダーのポジションにあったことが原因だろう。
「今回は、これでおしまいだけど……いつまでも、自分の天下が続くと思わない方がいいよ、亀さん」
　遠く、日の昇り掛けている海の向こうへ目をやりつつ、ミコトは水平線の彼方へ向かって呟いた。
　深手こそ負わせられなかったものの、可能な限りの情報は集めた。難攻不落の水上要塞。次こそは必ず攻略してみせると、その想いを静かに胸へと秘めて。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 12／感動した 1／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 2
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