ドラゴンハント・ファースト

作者:真鴨子規

●巨大戦艦
「面舵いっぱい! 急げっ! 全速力で逃げるんだ!」
「やってます! でもこれ以上は無理ですっ!」
 闇に沈む水面に、悲鳴のような叫びが飛び交っていた。
 相模湾、南の海。普段は静けさに包まれる夜も、今夜ばかりは違っていた。
 朝と言うにはまだ暗い時刻。普段通りに航行していた漁船の1つが、前方に大きな影を認めたのはつい先ほどの話だ。闇に隠れた黒い影に、気付くのが遅れてしまったのは悔やんでも悔やみきれない。
「一体何なんですか、あのでかいのは!」
「知るか! ダモクレスか何かだろう。とにかく今は逃げ――」
 そのとき、凄まじい炸裂音が鳴り響いた。一瞬にして火の手の上がった船は爆発を呼び、間もなく乗員と共に海へと沈んでいった。
 後に残ったのは幾つもの船の残骸と、ダモクレスとは違う、竜の咆吼だけだった。

●竜と戦うということ
「良く来てくれた、諸君。早速だが本題に入らせてもらう。相模湾に戦艦竜が現れた」
 宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)の言葉に、ざわりとあたりが騒がしくなった。まさか、という声や、やはり、という声が口々に囁かれる。
「狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査によって判明した事態だ。城ヶ島制圧戦において、島の南側を守護していた個体のうち1体だと思われる。海を征く10メートル級の大型ドラゴンだ」
 かの戦いでは、その存在によって南からの上陸を断念したほどだ。その驚異は、ケルベロスの誰もが胸裏に刻んでいることだろう。
「諸君にはクルーザーで現地に向かい、この戦艦竜と交戦してもらいたいんだ」
 言うは易しだね、ときぃは自嘲する。
「はっきり言おう。君たちではこの戦艦竜を倒しきることは不可能だ。だが、何も手出しができないかと言えばそれも否だ。
 このドラゴンは、無尽蔵とも思える底なしの体力と、圧倒的な火力を持ち合わせた代償として、自己回復手段を持たないんだ。つまり――」
 複数回に渡って挑み、徐々にその力を削いでいくことができれば、勝算はあるということだ。
「その初戦となる今回、私から提供できる情報も限られている。その攻撃手段も、破壊的な砲撃を行う、程度にしか分かっていない。情報収集も任務のうちと考えてもらいたい」
 今回の戦いで倒すことは困難だが、次に繋げる戦いができれば、より少ない戦闘数で敵を倒すことができるだろう。
「いいかい。今回は初戦なんだ。可能な限り敵にダメージを負わせられれば成功となる。こちらの撤退を敵が阻むことはないから、決して無理をせず、退き際を間違えないでくれ。
 さあ、それでは発とうか。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
文丸・宗樹(忘形見・e03473)
神喰・杜々子(どらごにーと・e04490)
ウル・ユーダリル(狩人・e06870)
八代・たま(やれば出来るがやらない子・e09176)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
志臥・静(生は難し・e13388)
ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)

■リプレイ

●止まらぬ海で
 とても穏やかな海だった。
 空には雲が多いのか星が見えず、辺りは暗黒に支配されている。
 波の音が静かに響く。
 打ちつける流れをかき分けて、クルーザーは進んでいく。
 8人が優に乗り切れるだけの中型船、その甲板に、運転手を除いた7人が集っていた。
「結構来たな。今どの辺りだ?」
 ウル・ユーダリル(狩人・e06870)が操縦席に向けて問いかけた。その声に振り返るのは、操船するティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)だ。
「もうそろそろだと思うです。敵影、見えませんか? 船の残骸は?」
「暗くて確認できない。ライト、もっと強くならないのか?」
 文丸・宗樹(忘形見・e03473)の要請で、ティリシアは光源操作のレバーを目一杯引く。進行方向を照らす光が一層強くなり、青い海に2つの大きな円形がくっきりと映し出された。
「え、もうそろそろ? ちょっと待つのだ、まだ覚え中!」
 手にしたメモ用紙とにらめっこをしていたパティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)が焦ったように声を上げる。事前に書き留めておいた各員の攻撃と防具の属性はなかなかに膨大な量に及び、頭に入れるだけでも相当な労力を要するようだった。
「いつもならこんな威力偵察、別の部隊がやってくれるんだがな」
 気乗りしないように海を眺める志臥・静(生は難し・e13388)は、それでも進む先にいるだろう敵を見据えていた。
「っていうか寒い! こたつ出して! こたつ!」
「いやあ、冬到来ですねぇ。ガクブル。あれ、笹ヶ根さんなにやってんの?」
 2人の自宅警備員、八代・たま(やれば出来るがやらない子・e09176)と神喰・杜々子(どらごにーと・e04490)は身を寄せ合って暖を取っていた。杜々子が気にしたのは、甲板の端でなにやら作業している笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)だった。
「こーして浮き輪とか吊しておけば、最悪引っかけてでも連れて帰れるかと思って」
「へー」
 ふと。鐐は鼻先を空に向けた。
 風に乗って、何かが聞こえた気がしたのだ。例えるならそう、大きな建造物が軋みを上げるような鈍い音が。
「まさか」
 鐐が海に飛び込むのを、甲板の全員が注目した。
 大きな飛沫を上げて飛び込んだあと、鐐はすぐに海面から顔を出して、叫ぶ。
「全員待避! 海中から砲撃が!」
 直後、凄まじい轟音とともに、クルーザーは粉々に破砕したのだった。
  
●水中戦艦
 一言で言えば、それは巨大な亀のようなフォルムだった。長い手足と首をピラミッド型の胴体部に収納し、甲羅に当たる部分には幾つもの砲塔を有している。砲塔はおよそ30門、全方位を射程に収める大型戦艦の様相だ。漆のような黒の装甲は金属というよりも爬虫類の皮膚に近く、よくよく目をこらせば脈動している様が見て取れた。
 戦艦と竜の合成生物。まさにそういったものが、海中にゆったりと座していたのだった。
「間一髪、か」
「ははは、クルーザー終了のおしらせー……」
 飛行して難を逃れた宗樹と杜々子が、船の残骸から手頃な足場を見付けて降下した。
「ぶっは! いた! いたのだ戦艦竜! でっかいの!」
「まさかいきなり撃ってくるとは……」
 飛べないパティに静、更にウル、たま、鐐が水の中から顔を出し、船の破片や鐐が仕掛けていた浮き輪に掴まっている。
「いたた、酷いです」
 ダメージを受けたのはティリシアだけだ。彼女は乗っていた場所が悪かった。自己回復しつつ、同じく浮き輪に掴まって海に浸かっている。
「まだ距離あるけど、充分射程内みたいだね。みんな気をつけて」
 たまが警戒を呼び掛ける。
 戦艦竜は、最装填中なのか今は沈黙しているが、砲口はこちらに向けられたままだ。
「どうするね? 船上で戦う想定だったが」
 ウルの問いかけに、全員が顔を見合わせる。
「そうだな。縄張りも分からずじまいだ」
 鐐も顎に手をやって応える。
 元々は、船上から敵の攻撃範囲を確かめることから始める計画だった。だが肉眼で敵を認識できる場所まで近づいたのはまずかった。城ヶ島でも水中戦を繰り広げ、この海域でも漁船を沈めている戦艦竜と相対するには、船上で戦うという選択は迂闊だったかも知れない。
 相手は巨大なデウスエクス。衛星を利用する最新鋭の人類兵器には射程で劣るだろう。しかし、火力、推進力、総合的な戦闘力で考えれば、軍配は確実に戦艦竜に上がるのだ。その脅威を、どうしようもなく思い知らされた。
「水中戦、それしかないでしょう。ここまで来て引くなんてあり得ませんよ」
 元からそのつもりだった静が言って、すぐに鐐、たま、杜々子が頷き、他のメンバーもそれに習う。
「ふう。まったく、めんどくさいなぁ」
「ぼやくのはよすのだ杜々子。私も服がずぶぬれで最悪なのだ」
 若干涙目でパティが言う。いつも着ている魔女服は無残なことになっていた。
「まずは前哨戦と行くです」
 ティリシアが呟き、そして全員が水中へと潜っていった。
 少しでも損害を与えて、次の戦いに備える。その任務達成のために。

●海中の戦い
(「来いっ、ドラゴン!」)
(「はああああ! 無念無想!」)
 ウルがステルスリーフで、杜々子がオリジナルグラビティで、それぞれ自身を強化する。
 今回の戦いは、ヘリオライダーから得られた情報が少ない。ダメージを与えるにせよ情報を収集するにせよ、その難易度は普段の数倍に至るだろう。自分たちよりも強大な敵と戦うということは、つまりはそういうことなのだ。
(「激しくいくよー。さーて、ついてこれるかなー?」)
 それはまるで人魚の舞だ。『千刃舞踏(ダンス・オブ・サウザンドエッジ)』による無数の刃の投擲攻撃が、唯一のクラッシャーであるたまから放たれる。
 接近してから放たれた攻撃は、戦艦竜の砲塔の根元に突き刺さった。
 反撃を受けた戦艦竜は、その長い首と怒りを露わにし、再度の砲撃を行った。
 全砲門からの一斉射撃。狙いは恐ろしく正確だ。
 攻撃に晒された前衛はそれぞれ防御を行う。
 水中と言えどケルベロスにとっては陸上と変わらず、平常通り戦うことができる。しかし、それでも、その攻撃を回避するのは困難だった。
「情報にあった『強力な砲撃』がこれだな。砲撃は、むしろ雷撃のようだ。着弾直前で爆発してダメージを与えてくるとは」
 鐐は爆破の水泡を払い除けながら泳ぎ、その拳を砲塔の1つに叩き込む。
「いま回復するのだ! 前衛のダメージ状況は……っ」
 パティが後方から戦場を見渡す。ダメージは決して小さくない。回復対象も多い。その上、どうやら炎のバッドステータスが付与されている。水の中でも、グラビティによる炎は前衛を焦がし、その体力を徐々に削ごうとしていた。
(「前列に広く回復をっ」)
 パティのメディカルレイン、ティリシアのスターサンクチュアリ、2つの列回復が前衛を守る。
 今回のパーティ編成は、ディフェンダーとメディックの多い防衛重視のものだ。より多くのダメージを与えるために、こちらの損傷を最小限に抑える計画だ。情報の少ない現状、それが最良かどうかなど分かるはずもない。
 ただ、いずれにせよ敵は1体なのだ。どうあっても手数は効かない。ならばこちらは手数で応戦する。それは間違いのない戦術のはずだから。
(「こんなのが、城ヶ島にはうじゃうじゃいたわけか。熾烈だったろうな……!」)
 その様子が、瞼の裏に浮かぶようだ。
 宗樹はオーラの弾丸を放ちながらもボクスドラゴン『バジル』に合図を飛ばし、ボクスブレスを撃たせた。首元に命中したそれらの攻撃は、戦艦竜の憤怒を煽った。
「未知の強敵、難攻不落の戦艦竜か。さて、コイツの首は如何程かねぇ?」
 冷酷な瞳で敵を見つめる静が、月光斬で切り刻む。
 切り裂かれた部位から赤い水沫が溢れる。
 その赤を目の当たりにした戦艦竜は、怒髪天を衝く形相でケルベロスたちを睨んだ。
 その興奮を表すかのような深紅の瞳が、得物を射貫かんとする強い意志を感じさせる。
 直後、戦艦竜はその巨大な顎を最大限に開いた。
 先程の攻撃とは違う、別の何かが来る。その直感に全員が身構える。
 テレビウム『きよし』、ボクスドラゴン『明燦』、『ジャック』、それぞれディフェンダーの任を帯びたサーヴァントたちも、水泡を放出しながら、仲間たちを守らんと前に出る。
 次の瞬間、海底に雷鳴が轟いた。
 戦艦竜の喉を発信源とした青い稲妻の球体がみるみる大きくなり、放たれる。広範囲に及ぶ雷は猛威を振るい、またも前衛全ての味方を襲撃した。
(「さっきとは違う属性の範囲攻撃! バジルッ!」)
 宗樹は雷に弾き飛ばされるサーヴァントたちを悔しげに見つめながら、グラビティ『青星(シリウス)の導き』で前衛を立て直す。
 しかし、前衛の動きが鈍ったままだ。これは回復量が足りていないから、だけの理由ではない。
「攻撃の属性を確認したのだ! 最初の砲撃は頑健、魔法属性、バッドステータスは炎! 今の雷は敏捷、破壊にパラライズ! どちらも列攻撃!」
 そして形態から察するに、どちらも遠距離攻撃。
(「情報収集は順調……だが、ダメージの方はどうなんだ!」)
 ウルの放つ、紅く輝く矢が砲口の1つに入り込む。そこから煙が立ち上り、ダメージを与えられたことを印象付ける。
 だが戦艦竜の暴れ方は激しさを増すばかりだ。一体どれだけのダメージを与えればいいのか。果ての見えないデスゲームをやらされているような気分になる。
(「このままじゃ、前列のみんなが保たない、ですっ!」)
 ティリシアが必死の思いで列回復を試みる。だが回復量が足りない。1人1人回復していけばまだいけるかも知れないが、それでもディフェンダーの何人かはこぼれ落ちるだろう。
(「こいつはっ、何が効くっていうんですかっ!」)
 杜々子の螺旋手裏剣が砲塔を傷付けていく。攻撃の当たったうち1つは、あと1発の砲撃で自壊するだろう。それだけの損壊は与えられた。
「英雄物語ならば、このまま倒してしまうんだろうが……」
 ケルベロスは英雄だが、無敵ではない。その現実を受け止めて、鐐は更なる攻撃を加えていく。
 初めから分かりきっていたことだったが。
 戦いは、そうやすやすとは終わりそうになかった。

●引き際
(「張り付いた! これでも喰らえっ!」)
 魚群のような砲弾の嵐をかいくぐり、たまが敵と肉薄する。
 至近距離からのブラックスライムの攻撃が通り、肉を抉り取る。
 そのとき。
(「なんっ……!」)
 砲口から、皮膚の裂け目から。紫煙の噴出を認め、たまはすぐさま後退する。
「毒っ! 恐らく近距離の……!」
 鐐が最後の力を振り絞り、後衛に情報を伝える。
 だがそれまでだ。皮膚から浸入する高濃度の毒素が前衛を崩し、たま含めた全員が意識を失った。
「これ以上は無理なのだ! 全員倒れた仲間を確保! 撤退するのだ!」
 自身も、ほぼ動かなくなった鐐を捕まえ(「モフモフなのだっ」)、パティが全員に声を飛ばす。
(「よくぞ頑張ってくれた……っ!」)
 ウルもたまを抱え、反転する。
 幸いにも戦艦竜は、逃げるウルたちを追撃しようとはしてこない。
(「あぁ、やっぱりこうなっちゃうのですね」)
 ティリシアはなんとか杜々子の側まで泳ぎ着き、急いで後方へと下がっていく。
「これで終わりか……いや」
 宗樹のもとに辿り着いた静は、宗樹を保護する前に、敵に向き直った。
「あと1つは貰っていく!」
 最後の最後、2本の刀を交差させ、渾身の二刀斬空閃を放った。
 狙い澄まされた刃の一撃は戦艦竜の赤い左目に直撃し、激しい血飛沫を上げさせた。
「急ぐのだっ!」
「分かっています!」
 パティにせっつかれ、退却を急ぐ静。
 背後に未だ健在の戦艦竜は、威嚇するように咆吼を上げていた。その身体の節々からは黒や煤けた赤の煙が吹き出し、砲塔も5つは潰した。
 初戦にしては充分な成果だったと言える。しかし、だというのに、後ろ髪を引かれるのはなぜだろう。
 不意に、視界が開けていく。曙光だ。地平線の彼方にできた光の帯が、群青色の空を明るく照らしている。

 次会う機会があれば、必ず。

 その想いを等しく胸に抱き、ケルベロスたちは荒れ果てた戦場を後にしたのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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