昏き海の底から

■リプレイ

●邂逅
　相模の海、その上で船に揺られる八人のケルベロスたち。
「それじゃ、行くっすよ」
　その中の一人、馬鈴・サツマ（小物臭漂う植物使い・e08178）は仲間たちに確認を取って、ゆっくりとゴムボートを離した。
　スピーカーを載せた無人のボートは、波に煽られて少しずつクルーザーから離れていく。
　この辺りの海域に潜み、縄張りとする範囲に侵入したものを襲うという戦艦竜グラウ＝バレーナが、動くものなら何でも標的にしているのか、それとも船舶などが出す音を感知して襲ってくるのか。
　敵の感知能力を調査するため、彼らは無人のゴムボートを囮にして様子を見ることにしたのだった。
「うむ、予定通りの潮流でおじゃるな」
　カメラ片手に、今川・義兎（頭壊ロード壱のドン引き・e01694）が頷く。
　義兎の脳内に叩き込まれた相模湾の潮と風の向き、波の高さなどを元に、ゴムボートは勝手に指定の海域まで流れていくよう計算されていた。
　民間の船が被害にあったと報告されていた場所へ向かっていくボートを、ケルベロスたちは固唾を呑んで見守る。
「さて、これに引っかかる単純な奴であればいいのだが」
　戦いに向けて、気を引き締めるアルビノ・リアドラゴン（ドラゴンズロア・e00246）が言うが、暫く待っても海面に変化はない。
　ゴムボート程度の大きさでは引っかからないのか。
　それとも、潮の流れという自然の力で向かってきたものだから反応がないのか。
「何にしても、鯨ちゃんのお口には合わないみたいね」
　困ったように笑って、星海・ライカ（千と一の夜の歌・e00857）は頬を撫でた。
「まだまだ、この作戦は二段構えっすからね」
　サツマが、握っていたリモコンのスイッチを押す。
　ゴムボートに載せていたスピーカーから、海中へ向けて何か音が流れだした。
　それから少しの間を置くと、地鳴りと鉄板を叩く音を混ぜあわせたような轟音が湧き上がってくる。
「来たねっ！」
　カッツェ・スフィル（暴走型くノ一・e19121）が鎌を構えた。
　間もなく、海面から突き出てきた双牙がゴムボートを貫き、灰色の塊が姿を現す。
　潜水艦の緊急浮上、あるいはショーのイルカとでも言えばいいだろうか。
　巨体は宙を舞って、ケルベロスたちに横っ腹を向けるように勢い良く着水した。
　穏やかだった海が大きく波立ち、クルーザーがその煽りを受けて揺れる。
　呉鐘・頼牙（暗闇に灯る小さな陽だまり・e07656）が船縁に掴まって耐えつつ、敵の姿を見据えていると。
　その上を小さなドラゴニアンが飛んで行った。
「おい！　田中！」
「田中ではない！　フレイヤ様だ！」
　頼牙に抗議しつつ、田中・笑子（黄昏の魔女フレイヤ・e05265）は一人、船から飛び立ってグラウへと向かっていく。
「どうしましょうか……？」
　困り果てた漣・紗耶（心優しき眠り姫・e09737）を他所に、カッツェはクルーザーのアクセルレバーを傾けた。
「海の上じゃ隠れるとこも無し、突撃するしかないよね！」
　可能であれば、敵が此方に気付く前に攻撃を仕掛けたい。
　急速前進するクルーザー。
　近づくに連れて、敵の外観がハッキリと見えてくる。
　ごつごつとした堅い岩肌のような背甲は、どうやら何かの金属で出来ているようだ。
　そこに据えられた砲台……巨大な対空機銃のようなものが、片面でも八つ確認できる。
　恐らく反対側にも付けられているはずで、あれは全方位を射程に収めているだろう、
　機械的な部分は上体の半分ほどを占めており、残る半分と、前肢にあたるであろうヒレは灰色の鱗に覆われている。
　こちらは竜の生身の部分に当たるのだろうが、金属ほどではないにしろ、生半可な攻撃では傷つかなさそうであった。
　何よりも特徴的なのは、やはり下顎から伸びている牙だ。
　少しだけ天に向かって湾曲しているそれは、敵の体躯の二割ほどを占めている。
　鉄板を何枚も張り合わせたような見て呉れは、牙が後天的に造られたものであることの証だろう。
　縄張りの外から距離を詰めていく過程で、ケルベロスたちは外観の情報を収集し、頭に留めておく。
　一方、フレイヤ様……もとい笑子は、船が追ってくるのを感じつつ竜へ近づいていた。
「背に砲台があるらしいが、物は試しだ」
　もし空から近づけるなら、船など使わなくともヘリオンで急襲出来るかもしれない。
　例え無理でも『出来ない』という情報が手に入る。
　それは後の作戦に繋がっていくであろう。
　そしてもう一つ。
　竜でありながら、空を飛ばず海を泳ぐグラウが何を思っているのか。
　笑子は、敵に触れることでその心境を尋ねたかったのだ。
　だが、単独で接近を試みたのは、さすがに少々迂闊だったかもしれない。
　グラウは海面に揺蕩ったまま、背の砲台を全て笑子に向けた。
　放たれる対空弾幕、その圧倒的な火力の前に、ドラゴニアンの少女は蜂の巣にされて落下していく。
「田中さん！」
　全速力のクルーザーがギリギリ落下点に入って、サツマが落ちてきた少女を受け止めた。
「だ、大丈夫だ。まだ動ける……」
　すぐにサツマの腕から離れたが、笑子の足はふらついている。
　それほど多くない体力を、かなり奪われてしまったようだ。
　笑子のサーヴァントであるボクスドラゴンのきゅーちゃんが主に自身の力を注ぎ、補うように紗耶が御業で治療に当たる。
「あの砲台、厄介でおじゃるな」
「なら、ぶち壊してやればいいんじゃないかな！」
　カッツェが鎌に宿る怨念を解き放ち、義兎もカメラを弓に変え竜の砲台を狙う。
　二人の攻撃は、しっかりと命中した。
　が、砲台が機能停止に陥ったようには見えない。
　それならば敵に乗り上げ、鎌で叩き斬ってやろう。
　構え直したカッツェの前で、グラウは身体を大きくよじらせた。
「……っ！　まずい、飛び込め！」
　頼牙の声でケルベロスたちは一斉に飛び降り、海中に潜る。
　半拍遅れて頭上を通過したグラウの尾が、クルーザーを木っ端微塵に砕く。

●牙
　尾の薙ぎ払いを間一髪でくぐり抜け、ケルベロスたちは真冬の海を泳ぐ。
　グラウもそれを追って、螺旋を描くようにして海中へ潜り始めた。
「さぁ、仕切りなおしだ。グラウ＝バレーナ」
　敵の巨躯を地獄化した左目でしっかりと見定め、頼牙は方天画戟に込められたルーンの力を解放する。
　海中にも関わらず戟には風が纏わりはじめ、それを竜とすれ違いざまに一振り。
　すると暴風が通りすぎるように、グラウの背甲が削り取られていく。
（「弱点は……さすがに直ぐにはわからないっすね」）
　敵の構造を分析していたサツマは、頼牙を通りすぎて大きくＵターンしてきた竜の柔そうな横っ腹、鱗の部分を殴りつける。
　衝撃で一枚、鱗が剥がれ落ちたが、特に効果的な攻撃というわけではなかったようだ。
　続けざまにアルビノが敵の正面に踊り出て、炎を纏わせた拳を頭部に叩きつける。
　だがグラウは身じろぎもせず、笑子の放った魔法の光線も敵の動きをほんの僅かに鈍らせるだけ。
　ライカの撃ちだした黒色の魔力弾が命中するとグラウはヒレをばたつかせはじめたが、それは弾の与えた痛みにもがくというより、引き起こされた幻覚を振り払うような動きだ。
　予定外の回復に回ったきゅーちゃんと紗耶を除いて、ケルベロスたちは様々な種類の攻撃を一巡させたものの、特筆すべき一撃は見当たらず。
　竜は、金属の擦れたような音を吐きながら一直線に向かってくる。
　標的は、どうやら笑子のようだ。
　俊敏性に欠けるとされる竜だが、小回りは効かなくとも単純な推力は侮れない。
　猛烈な勢いで距離を詰めた竜の牙が突き刺さる寸前、笑子はアルビノに突き飛ばされた。
　そのまま身代わりになったアルビノは牙の片方に貫かれ、グラウと共に勢い良く海面から飛び出していく。
　鯨竜は空中で身を翻し、牙を海面に叩きつけるようにしてへ再び海中へ。
　そのまま深く潜っていく途中で少女の身体は牙から外れ、沈んで行きそうになるところを頼牙が拾う。
「おい、しっかりしろ！」
　水中での呼吸を気にすることのない頼牙が、声を出して呼びかける。
　ぎこちなく頷き返したアルビノに紗耶が近づいて治療する。
（「すぐに傷は塞がります、頑張って下さい……！」）
　半透明の御業で包み込み、必死に治療を行うが、紗耶一人の回復量では足りない。
　ライカに練り上げた気を分け与えてもらいながら、自身でも気を溜めてアルビノはやっと動けるようになった。
　それを見て、頼牙は竜への攻撃に戻る。
　グラウは再び突撃を仕掛けてくるつもりのようで、その直線的な動きは、またもや笑子を狙っているようだ。
　迫る竜。その頭部を、二つの衝撃が襲った。
　一つは右手を敵へと向けた義兎が放った、気咬弾。
　そしてもう一つは、サツマが精神を集中させて起こした爆発だ。
　しかし、グラウの勢いはその程度では弱まらない。
　自身を無視して突っ込んでいく敵の頭上へ、頼牙は方天画戟を振り下ろした。
　確かな手応えと共に、敵が急ブレーキをかけたように止まる。
　攻撃の成果か。
　一瞬そう思った頼牙の頭上から、グラウの尾が迫っていた。
　海中で前転したグラウは、頼牙を巻き込みつつ金属の尾びれで笑子を狙う。
　今度はきゅーちゃんが主を庇って立ちはだかるが、次の攻撃に向けて接近していたサツマと、復帰したばかりのアルビノに介助していたライカまで巻き込んで、四人と一匹は金属の尾にまとめて薙ぎ払われた。
　ボクスドラゴンは打ちどころが悪かったのか、気を失って海面に浮かんでいく。
　アルビノは、失神寸前でギリギリ踏みとどまった。
　敵の攻撃が、打ち砕くというより斬り伏せるような一撃だったせいだろう。
　頼牙は十分に継戦可能だが、打たれ強いとは言えないライカは既にぐったりとしている。
（「これは……まずいっすね」）
　自身も傷を負いながら、サツマは仲間の状態を見て覚悟を決めた。
　このままでは、遠からず前線が崩壊してしまう。
　皆を奮い立たせる為に、今こそ秘伝の奥義を用いるとき。
　サツマが力を込めると、謎の空間がアルビノたちを飲み込んでいく。

「さあさあ、食べるっす！　これを食べると、グラビティ力(ぢから)がアップするっすよ！」
　頼牙、アルビノ、そしてライカは、椀に盛られた芋煮を突き出すサツマの姿を目にした。
　真冬の海中だったはずの景色は、山の合間か河川敷か。
　とにかく、海ではない場所になっている。
　サツマの後ろには、ぐつぐつと煮立つ大鍋が鎮座していた。
「……ちょっと待て。グラウは、残りの四人は何処に行った？」
「この空間はごく狭い範囲にしか展開出来ないっす。申し訳ないっすけど、今回はこの四人で定員って事で」
　何が彼を駆り立てるのか分からないが、とにかくグイグイお椀を押してくるので、三人は諦めて芋煮を受け取り一口すする。
「……よく分からないですけど、美味しいですね」
「確かにそうだけれど……サツマくん、あの、これは一体どういうことなのかしら」
「それは馬鈴家秘伝、三百年の歴史を持つ芋煮っす！」
「いや、そういうことじゃないのだけれど……」
　起きている現象は、超常の戦いに身を置くケルベロスにも理解不能だった。
　だが、なぜか箸は止まらない。四人は黙々と芋を齧り、汁をすする。
　少しだけ身体の痛みが引いていったような気がした。

「――ちょっと！」
　カッツェの声で、頼牙は我に返った。
　辺りは昏い海のまま、何だか狐につままれた気分だ。
「何ぼーっとしてんの！？」
「……すまん」
　芋煮を食ってた、などと答えたら喧嘩を売ってると思われかねない。
　釈然としないが形だけでも謝罪しつつ、頼牙はグラウの姿を探す。
　真下の方で見つけた竜は、笑子のファミリアの攻撃を平然と受け止めていた。

●撤退
　ケルベロスたちは攻撃を続ける。
　だが、執拗に狙われた笑子が、遂に庇いきれず牙の餌食となった。
　ここまで一人の者を追い立てるのには、何か理由があるのだろう。
　空から近づかれた事に腹を立てたのか。
　あるいはゴムボートの次に最接近した者だったからか。
　ともかくグラウは標的を絞って攻撃を行うようで、海中でも目標を見失わない辺り、音以外の索敵手段、それもかなり広い視野を持つ何かを備えているらしい。
　笑子が撃ち落とされたり、迫るクルーザーを尾で破壊できたのも、それが要因だろう。
「このっ……さっさと沈め！」
　腹の下へと潜ったカッツェが、鎌で斬りかかる。
　海上ではよく見えなかった喫水線下の腹部は、真っ白く柔らかそうな見た目をしていた。
　手痛い一撃が腹に突き刺さるが、刃は中ほどで何か堅い板のようなものにぶつかって進まなくなる。
「もう、何なのこいつ！」
　そもそも、竜の癖に鉄板で背を覆っている所からして気に食わない。
　苛立つカッツェを嘲笑うように、敵は背の砲台を乱射する。
　その銃弾に捉えられ、アルビノは苦悶の表情を、ライカは青ざめた笑みを浮かべた。
（「……これ以上は」）
　ライカが腕を振る。
　サーヴァントを除いて負傷者は三人だが、盾役が全員継戦不能だ。
（「うむ……戦果を上げたというには心許ないが、仕方ないでおじゃるな」）
　元より、この戦いは敵の能力を探る為のもの。
　サツマがアルビノとライカを、頼牙が笑子ときゅーちゃんを介抱しつつ、その後方に紗耶とカッツェ、殿を義兎が務め、ケルベロスたちは戦場からの離脱を始める。
　追撃を仕掛けようとする敵に、義兎は海中で腕を突き出した。
　水を伝っていく義兎の気が、此方へ追撃を仕掛けようとしていたグラウの腹の下で間欠泉のように湧き上がり、青い蓮の華のような水晶となって突き刺さる。
　最後の悪あがきで敵が減速した間に、ケルベロスたちは全速力で泳ぎ離れていく。
「色々覚えたぞぉ。次、絶対沈めてやる！」
　負け惜しみに近いカッツェの叫びが、虚しく吐き出されて消える。
　後方から銃弾が飛んできたが、ケルベロスたちがクルーザーの残骸を過ぎる頃にはそれも止んでいた。

　どうにかこうにか、海岸へと辿り着いたケルベロスたち。
　負傷者の治療をしながら、後方に居て被害の無かった紗耶が情報を取り纏める。
　敵が攻撃を仕掛けてくる境界、弱点がなく空からの接近が困難であること。
　確認できた攻撃の中で最大火力であろう双牙の突撃、その破壊的な威力。
　砲台などを狙って攻撃することは出来るが、敵の戦闘力を削ぐほどに破壊するのは現実的ではないこと。
　他にも砲台からの射撃や、尾で斬りつけるような薙ぎ払い、一人を集中攻撃したこと、音に反応するのは確かだが、それ以外の探知能力も持っていそうなこと……。
　これらを精査すれば、次の作戦に役立つことは間違いない。
　しかし、ケルベロスたちは継戦能力に乏しかった。
　与えた損害は、あまり大きなものではないだろう。
　鯨竜との決着に至るまでは、まだまだ時間がかかりそうであった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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