潮騒と砲火 接敵

作者:雨屋鳥

 その日は良く晴れていた。雲の一つもなく、海も青く青く広がっていた。
 しかし、その明るい陽射しのせいか、釣果が振るわない結果に終わってしまいそうだ。
 そう判断した漁師はいつもと違う海域へと舵を取った。
 他の場所であればまた違った獲物が得られるかもしれない、と。
 ただそれだけのこと。
 それが招いた事態は、ただの気まぐれでは済まされない惨劇だった。
 初めは雲の影が海面に映っている。漁師はそう思ったのだ。
 水面に浮かんだあまりに巨大な影は、海中の魚影としてはあり得ない物だったのだ。
 だが、妙な違和感が漁師に襲い掛かる。と、同時に、頭の中で警鐘が鳴り響く。
 それは漁師の勘とも、野生の本能ともいえる物なのだろう。
 鳥の姿が無い。
 見上げた空に雲はやはりない。
 今日はやけに魚が少ない。
 海面に映るはずもない巨大な雲の影。
 違う。
 漁師が悟った瞬間、水面が膨れ上がった。
 現れたのは、竜。全長は10m程だろうか。いや、ただの竜ではない。
 水中で進化したのか、手の四指の間には薄膜が見える。
 尾には、ヒレが並び、抵抗を和らげるためか後ろ足も含めて細い。
 その身に鉄を纏い、背には砲台を数基携えている、機械竜。
 いや、それを表すとすればこう言うだろう。戦艦竜。
 漁師は突然の出来事に足がすくみ、それを見上げる事しかできない。
 砲門が一つ、漁師の乗った漁船に向けられる。
 轟音。
 静けさを取り戻した海面には木端微塵に砕けた船舶の跡と、微かな肉片が浮かんでいた。


「狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)さんの調査で、城ヶ島の南の海にいた『戦艦竜』が、相模湾で漁船を襲うなどの被害を出している事が判明したっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が告げた。
 戦艦竜。それは体に装甲や砲塔を取り込んだドラゴンだ。先の城ケ島制圧戦でその高い戦闘力を以って、南側の上陸を全て阻止すると言った戦績を打ち立てている。
「数は少ないっすが……相手の力を考えると相模湾が航海できなくなってもおかしくないっす」
 移動は、クルーザーでの移動。そこからは、海上、もしくは海中での戦闘が予想される。
「さっき言った通り、戦艦竜は戦闘に特化してると言ってもかまわないっす。たしかに強いっす、でも、弱点はあるっす。
 自己修復ができないみたいっす」
 つまり、ダンテの言葉はこうだ。
「複数回の波状攻撃で、戦艦竜を消耗させ、そして撃破するんす」
 ドラゴンの戦力を大きく削る好機でもある。ダンテはそう言った後に、続けた。
「戦艦竜は、高火力と頑丈さの代わりに、精度と小回りが疎かになってるみたいっす。
 あと、どうやら、迎撃を主とした行動を取るみたいっす。つまり、撤退をする事は無いっす。こっちを追ってきたりもしないらしいっす。
 城ケ島の守護をまだ引きずってるんすかね。ともあれ、この特性を利用すれば、頑丈な戦艦竜を落す事も十分可能なはずっす」
 戦艦竜の攻撃手段としては、ブレス、竜の体を利用した攻撃、重火器の使用が予想される。とダンテは補足した。
「前回は撤退一択だった強力な敵との戦闘っす。十中八九、危険な任務になるはずっすから気を付けてくださいっす。
 今回での撃破は、確実に無理っす。
 それでも、ケルベロスの皆さんには、次に繋げてほしいっす」
 伸ばした手があの竜に届く様に。ダンテは、激励を口にした。


参加者
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
アゴネリウス・ゴールドマリア(ヒゲ愛のアゴネリウス・e01735)
五里・抜刀(星の騎士・e04529)
浅生・七日(カウンターバースト・e17330)
月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)

■リプレイ


 空は晴れている。
 とはいえ、冬のまっただ中である上、遮蔽物の無い海上では叩き付ける風は凍えるような寒さを運んでくる。
 クルーザーの甲板に立ち、波立つ海を見つめて、苦い顔をした女性が一人。
「寒いですよね、絶対寒いですよね……!!」
 体を競泳用の水着で包んだ月城・樹(ケルベロスの鎖・e17497)が、真冬ですよ、とぼやいていた。頭部の獣耳も元気なさげに倒れてしまっている。
「いやいや、この時期の水中って気温より温度高い事多いんだってさ、大丈夫大丈夫!」
 浅生・七日(カウンターバースト・e17330)が軽い口調で彼女を諌めた。熱伝導率の違いで大気中よりも体温が奪われやすい、という補足は言わない。
 七日は、少し元気を増した樹の耳を見てから、額に帽子のつばの様に掌を当て、遠くを眺めた。
「あれが戦艦竜……でござるか」
 岩礁にも見紛える、海面から突き出た砲塔を七日が発見すると同時に、男性の声に振りかえる。
「うん、メーデーだよ、アマゾンの――」
 アマゾンの兄貴、という呼びかけは彼女の喉の奥に引っ込んでしまった。
「この戦い、厳しいものになるでござろうな」
「俺たちの目も中々厳しい状況なんだが」
 強敵を見据え、険しい表情で語る天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)に、鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)が外見に似合わぬ中年のような口調で苦言を呈した。
「男女用を間違えてしまったのでござるよ」
 通販忍法の使い手の名折れでござる、と頭を掻く日仙丸は、スク水姿であった。隣の真言と同じく、スク水である。違わず同じスク水であった。つまりは女子用である。
「ドワーフの方なら最高でしたのに……」
 蠱惑的な笑みを浮かべて日仙丸を見つめるアゴネリウス・ゴールドマリア(ヒゲ愛のアゴネリウス・e01735)だが、その瞳には恐らく日仙丸は映っていないのだろう。
 彼女の後ろから泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)が歩み寄った。彼は男子用のスク水だ。救いである。
「温かい飲み物を、と思ったのですが……」
 そう言い壬蔭は、海上の影を見つめた。
「そんな時間は無いようですね」
「私もドーナツがありますの。帰りに其方と一緒に頂きましょう」
 アゴネリウスが壬蔭に返す。
「そのためにも、無事に終わらせましょう!」
 五里・抜刀(星の騎士・e04529)が心なしか目を輝かせ翼を広げた。その背には柴犬のようなオルトロス、レオ太が乗っている。
 彼が空に舞い上がった後、クルーザーの縁に腰掛けていたダイビング装備一式を身につけたラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)が微笑んだ。
「撃破は無理、とはなかなか甘く見られたものだ」
 冷笑と共に、言葉を吐くが、彼も何処か心を躍らせている明るさがあった。
「では、行こうか」
 彼はゆっくりと体を後方に倒していく。
「ラハティエル、エントリー!」
 強敵との戦闘が始まる。


 最初に戦艦竜の反応に気付いたのは、腹部の様子を探ろうとしていた壬蔭だった。
 数十メートル先の竜の首が、彼を向いたのだ。
 戦艦竜は、ケルベロス達を視界に収めると、ゆっくりと緩慢にだが、こちらへと移動を始めた。
「気付かれた……っ、予想より早い……」
 壬蔭が気付いた数秒後には、ケルベロスは全員臨戦態勢に入っていた。
 日仙丸の手から放たれた自立治療機が、数人のケルベロスの周りを漂う。アゴネリウスも前衛役に雷の防御を纏わせた。
 真言の放った鮮やかな爆炎がケルベロス達を鼓舞する。
 海上。上空からは、抜刀が近づいてくる竜を観察していた。
 後ろ脚は細い。尾には海棲哺乳類の様に、横ばいの尾びれが広がって水を蹴っている。いわば、人魚に竜を当てはめたような姿をしていた。人魚と呼ぶには、どこかアンバランスではあるが。
 戦艦竜の姿を確認した抜刀は、その背にある砲台に注目していた。見える砲台は十基、左右に展開している。恐らく全方位に対応できるのだろう。
「……でも、私には気付いていない……?」
 砲口がこちらを定めている様子はない。海中の仲間にいち早く気付いたと言う事なのだろうか。
 疑問を浮かべながら、抜刀は戦艦竜の意識を海中から引き剥がすために、砲台の並ぶ背を狙い、弓を番えた。
 樹は水中で戦艦竜と仲間の場所を把握しつつ、身構えた。拳を握りしめると共に、全身に不気味な文様が浮かびあがる。
 隙があれば、まず一撃を叩き込む、と戦艦竜を睨みつけていた。
 その時、上空の抜刀が、矢を放った。輝く一矢は、吸い込まれるように竜の背に着弾。
「……っ」
 軽い衝撃と共に、戦艦竜の目が海中のケルベロス達から逸らされた。海上から轟音が響く。
 その隙を見逃さずアゴネリウスは、雷光を放った。迸る電撃は海水を走り、過たず戦艦竜の首に直撃。
 ラハティエルが雷撃を追うように竜の視線を避け、接近。だが、戦艦竜はその動きを素早く察知すると薄膜のある鉤爪を振り上げた。
 素早い索敵に驚きつつも彼は不敵にも笑みを浮かべる。
「っ……だが、私の方が早い」
 海中で広げた彼の両翼が眩いばかりに輝き。
「我が紅蓮の炎こそ、断罪の焔! 揺らぐとも消えないその劫火は――」
 閃光と轟音。続く言葉は掻き消えた。


 戦艦竜の咆哮が響き渡った。
 莫大な熱量に水蒸気爆発を起こしたラハティエルに、怒る戦艦竜の爪が振るわれた。
 鋭い鉤爪と、強力な膂力と薄膜に引き起こされる衝撃波が、暴風の様にラハティエルを引き裂かんと迫る。
 肉が断ち切れる音。海水が赤く染まる。
「……っ、アゴネリウスっ」
 ラハティエルを庇ったアゴネリウスが肩口から胴にまで大きく裂傷を負っていた。開かれた傷からは、血が大量に溢れ出ている。
 彼女に付き添っていたヒールドローンも最早ねじれた鉄屑と化し、電撃の壁すらも切り裂かれて霧散していた。
「くそ……っ」
 真言が御業を操り、失神したアゴネリウスを癒しつつ、先の強力な一撃に戦慄を覚える。
「庇ったとはいえ、一撃で致命的……きっついねえ……」
 苦笑しながらも、抜刀の放ったであろう初撃とアゴネリウス、ラハティエルの攻撃に対する反応の差を見取った。
「弱点か……? 場所か能力か、さてはて……」
 真言のボクスドラゴン、ブランがアゴネリウスを離れた所へと退避させていく。
 連続して砲弾が放たれる。
 照準の甘いそれは抜刀にとって、躱す事は容易い。が、たゆまぬ砲撃に、回避に専念せざるを得ない状況に追い込まれていた。先の爆発から攻撃の間隔が狭くなったのだ。
「お……っ、くっ……近づけません……っ、ねっ」
 上空からの攻撃を加えた抜刀の戦場は、既に海中へと移っている。海中からの攻撃に対処と海上からの攻撃を妨げる為に、戦艦竜は完全に潜水し攻撃を開始していた。
 そして、その後を追い海中へ飛び込んだ抜刀に、十の砲口が全て向けられている。
 砲台の配置され、死角であるはずの背中への攻撃を目論み、戦艦竜の上部に位置取ろうとする彼は急降下、上昇、旋回、宙返り。左右に蛇行しては、上方に逃げ、急停止する。
 絶えず無軌道に動くことでどうにかやり過ごしてはいるが、十対一。
 分かれたレオ太も機を見つつ、攻撃を仕掛けてくれてはいるのだが、効果的ではない事は明らかだ。
 七日も海面近くから砲撃を加えているのにも関わらず、砲撃は彼に集中している。
「……囮として、役に立ててると良いのですが……。っ!」
 他の仲間へと意識を向けたその時、動きの止まった翼へと砲撃が着弾する。
 咄嗟に体勢を維持しようと、バランスを取って気が付いた。次弾発射までのタイムラグは過ぎている。
「くっ……!」
 水中の空に留まっていた抜刀は、その間に狙いをつけられていた事を悟る。彼の眼前にブランが踊りでて、砲撃の一つに弾け飛ぶ。
 その直後、連続して放たれた数発の砲音と共に彼は海面へと叩き出された。
 再び、鉤爪が水を裂く。
 先の攻撃は、なんとか避けきったが二度目、避けきれるとは限らない。
 樹は来る暴圧の攻撃に、覚悟を決めた。
 その、鉤爪の攻撃が、振りぬく直前にふと動きを滞らせた。直後、響く砲撃の音。
 それが抜刀の引き付けによる物だと樹は直感し、拳を握り固めると竜の懐へと潜り込む。
 胸部から腹部は、厚い装甲に覆われていた。だが、下腹部から尾に掛けては、蛇腹状の装甲が重なっている。素早くそれを観察した樹は、そのまま、拳を打ち上げた。
「……っさすがに、図体がでかいということだけあって、頑丈ですね」
 そのまま、戦艦竜の船腹を蹴り離脱する。
 殴打の瞬間、体内に吸収された戦艦竜の力の少なさに、苦い思いを吐いた。


「ゴリさんっ」
 砲撃を受け海面に浮上した抜刀に七日が急ぎ、治癒の鎧を形作り回復する。
「……すみません、七日君」
「いいよいいよ、すぐに動け……無さそうだね」
 抜刀は、七日の言葉に口惜しげに首肯した。
 七日は、抜刀とブランに治癒を施すと、海中で暴れる竜と対峙する仲間へと、守護を込めた式札を送る。
 樹が離脱すると同時、ついさっき彼女がいた場所に、鉤爪と暴流が通過していった。
「危なかったですね……」
 もうすこし遅かったら、あの攻撃の只中に巻き込まれていたのだと考えると、体が竦む。
 ラハティエルが、手に持った日本刀に地獄の炎を纏わせ斬りかかる。が、腹部の厚い装甲に阻まれ、手ごたえは薄い。
「駄目か」
「狙うなら蛇腹部分でござるかな……」
 動きのための隙間から攻撃を通せるかもしれない。
 日仙丸が呟くと、意識をその部分へと集中させる。極限まで意識を高め、その空間を歪めるほどのグラビティを送り込む。
 真言の捕縛の念に従う御業が、竜の巨体に細く巻き付いてその動きを、僅かに抑え込んだ。
 その真言の稼いだ数秒で狙いの通りに、押し込められたグラビティは、歪めた空間ごと、蛇腹部分で捩じれて弾けた。
 発動されたサイコフォースの衝撃が海水を伝わってくる。直後、一声、嘶いた戦艦竜が日仙丸を定めて、その口を開いた。
 壬蔭は、海面近くでバスターライフルを構えていた。戦艦竜の意識は今は海中の仲間に向いている。
 今なら狙いを定めると共に背中の武装を調査できる。
 砲台は竜の体の左右に各五基ずつ配置されているようだ。合わせてミサイルポッドのようなものも確認できた。
 竜の背を一通り視認し、攻撃しようと照準を合わせた時、それは起きた。
 爆発。
 日仙丸と樹は、竜の口の奥に炎が渦巻くのが見えた。
 だが、それを認識することは出来なかった。その炎が揺らめいたと思った瞬間に、視界が白く染まったのだ。
 海水が水泡へと姿を変え、質量は一瞬で暴虐的に増加した。ラハティエルの起こしたような水蒸気爆発が、今度は、ラハティエルと日仙、樹を襲う。
「っ……!!」
 咄嗟に日仙丸がヒールドローンを展開するが、それでも、その衝撃を受けきれる物ではない。
 七日の紙兵を瞬時に灰燼に変えた竜の放った火炎は、傷を癒しながらその体で衝撃を和らげたヒールドローンを粉々に砕き、三人を吹き飛ばした。


 壬蔭は、押し寄せる波に照準を諦め、弾き飛ばされた仲間を追って海中に再び潜る。
「……あそこか」
 ラハティエルが負傷した状態で二人を抱え、浮上してきていた。日仙丸は、あの暴風熱からラハティエルを庇ったらしく、負傷が激しい。
 気を失った日仙丸を壬蔭が引き受け、海上へ戻ると、傍に意識が回復したらしいアゴネリウスがラハティエルと共に樹を抱えて、浮かび上がってきていた。
 ブランと共に真言が近寄る。
 真言は、水中からゆっくりとだが、こちらに接近する戦艦竜を見つめていた。
「そろそろ、引き揚げ時だ」
「そうだな……」
 三人に回復を行いながら彼女が壬蔭に言うと、彼も頷く。
「これ以上の戦闘は無事に帰れそうもないですものね」
 アゴネリウスもその判断を肯定した。
「ブラン、スマンが殿を頼むぞ」
 真言の言葉にブランは頼もしく一鳴きすると、竜からの砲撃を警戒する。
 撤退の最中に砲撃を撃ち込まれては、たまった物ではない。
 後ろを警戒しながら六人は、七日と抜刀、レオ太と合流する。
「わたしもヒールかけるよ」
 七日が治癒に加わりつつ、八人は離れた場所に錨泊しているクルーザーへと向かい、海域を離脱していった。
 結果、警戒の甲斐なく追撃が加えられることは無く、クルーザーに帰りついた。
 負傷者こそ出たものの十分な情報と共に打撃を与えることに成功したのだ。
 気を失っていた二人も意識を取り戻し、港へと帰るクルーザーの中では、暖かい飲み物とドーナツを味わいながらの報告会が開かれていた。

作者:雨屋鳥 重傷:天尊・日仙丸(通販忍者・e00955) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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