相模湾の黒い戦艦竜

作者:林雪

●水底より来たる
 比較的波の穏やかな、冬の早朝の海でのことだった。
 相模湾沖で停船し、網を投げ込む作業中だった小型の漁船『大磯丸』は、突如奇妙な波に襲われた。
 風もないのに、突如海面が激しく揺れる。そして。
『グオォオオオ………』
 不気味な唸り声が響いたその直後、ドォン! と激しい衝撃とともに、船は破壊された。何が起きたのかすらわからず、海に投げ出された漁師たちが、船の瓦礫に掴まって目にしたもの。
「たっ、た、た……助けてくれえー! 化け物だー!」
 それは、漁船の倍はあろうかという、巨大なドラゴンだった。
 海面から突き出した黒い顔に、赤く光る目。フシュっと鼻息を吐いたかと思うとドラゴンは大きく口を開け、灼熱のブレスを放った。不運な漁師たちは、瓦礫もろとも焼き尽くされてしまった……。

●戦艦竜
「戦艦竜。覚えのある方もいらっしゃると思います。城ヶ島で南側の海を守っていた、巨大な水竜です。狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)さんの調査で、相模湾で漁船などを襲って被害を出していることが判明しました」
 ヘリオライダー、セリカ・リュミエールが、集まったケルベロスたちにそう説明した。
 戦艦竜。城ヶ島制圧戦で不運にもこの戦艦竜に遭遇したケルベロスたちは、その圧倒的な力の前に撤退を余儀なくされたという。
 その名の通り、体に装甲や砲塔をとりつけた戦艦のようなドラゴンで、巨大で非常に強力な敵だ。数が多いわけではないが、このままでは相模湾の海を安心して航行出来る船はなくなってしまうだろう。
「皆さんには、クルーザーをご用意します。相模湾沖合いにそのクルーザーで乗り込んで、この戦艦竜の撃退任務に当たって頂きたいのです」
 危険な任務を伝えるときの常で、セリカの表情が固くなる。
「戦艦竜はとても戦闘力の高い敵ですが、弱点もあります。ダメージを自力で回復することが出来ないのです」
 すでに城ヶ島という拠点は、ケルベロスによって叩かれている。戦艦竜に与えたダメージは今後回復することはなく、積み重なっていくのだという。
「戦場は海中になるでしょうし、今回の戦闘だけで戦艦竜を撃破することは、まず不可能です。ですが、何度か波状攻撃を繰り返すことによって、必ず撃破に追い込むことが出来るはずです。皆さんは、その第一波ということになりますね」
 冷たい明け方の海中での戦闘。厳しい任務になるが、大きな敵を倒すための先陣である。
「戦艦竜が出現するのは、相模湾の沖合いです。この辺りはかなり深さのある海で、多種多様な生物の宝庫としても知られています」
 その豊富な水資源を生活の糧としている人たちも沢山いる。なんとしても、平和な海を取り戻さなくてはならない。
「敵の大きさは全長約10メートル。皆さんの乗るクルーザーとほぼ同じくらいの大きさはあります。HPがかなり高いことが予想されていますが、詳しい能力などは残念ながら不明です。ただ戦艦、というくらいですから怖いのは火力と耐久力。逆に言うならスピードはそこまでないのでは、という見解でしょうか……」
 申し訳なさそうにセリカが言い、さらに付け足す。
「それと、戦艦竜は戦闘が始まれば撤退することはありません。攻撃してくるものを迎撃する、という性質を持っていて、同時に敵を深追いすることもしません。ですから、皆さんが撤退を決めた場合にしつこく追いかけてくるといった心配もないようです」
 ここしばらくの大きな戦いで、ケルベロス側にも被害が出ている。不穏な空気を振り払うように、ゆっくりと、全員の目を見てセリカが念を押した。
「強大な敵に対しての初アタックですし、無理は禁物だと思います。城ヶ島戦と同じく、ケルベロス皆で力を繋いでいけるように、次に繋がる戦果を残せたらそれで十分です。潮時を見極めて、必ず無事に、無事に帰還して下さいね。待ってます」


参加者
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
漆野・獏(メフィスト・e00755)
ニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961)
アリシア・メイデンフェルト(エインフェリア・e01432)
ソネット・マディエンティ(自由という名の呪縛・e01532)
イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)
弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)

■リプレイ

●水底より
 クルーザーのエンジン音が止まる。
 夜明け前。ここは相模湾沖の、戦艦竜が出現する海域の近くである。
「目的はあくまで威力偵察よ。攻め急がないようにね」
 ソネット・マディエンティ(自由という名の呪縛・e01532)が静かな口調で言った。命令でも心配でもない、あくまで彼女の心のままの言葉に、8人全員が頷く。
「初めて遭遇する相手だしの。情報収集がメインじゃな」
 弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)のゆったりと落ち着いた声が、頼もしく響く。根底には、戦場に慣れた彼の覚悟が流れていた。
「だからと言って無傷で済むわけではありませんが、それでもできることはあるでしょう……医者として、私も最善を尽くします」
 漆野・獏(メフィスト・e00755)もチーム唯一のメディックとして、味方の回復に徹するつもりでいる。
 海戦に備え、いつもの執事服から深海色の忍装束に着替えを終えた秋草・零斗(螺旋執事・e00439)が、モノクルを外しつつ確認する。
「一つでも多く敵の情報を持ち帰る、そして……皆で生還する。これでよろしゅうございますね」
 船内は静かな緊張に満ちていた。
 甲板に出ると、夜明け前の鋭利な風が吹きつける。
「強大な相手ですが、倒す方策はあるはず。ではみなさん、参りましょう!」
 そう声掛けし、イピナ・ウィンテール(四代目ウィンテール家当主・e03513)はその風の中に、翼を広げて身を躍らせた。彼女は空からの接敵を選んだのだ。その姿を片手をあげて見送ったニファ・ナクシャトラ(花実朽ちて・e00961)が、思わず肩を抱いて身震いする。
「寒っ……でも、これから灼熱のドラゴンとご対面、だもんね」
 同じく、真冬の冷たい海を不安げに見ていた鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)が、両手で自分の頬をぱしぱしっと叩いて自らを叱責する。大丈夫、城ヶ島ではドラゴンとも戦った。相手が戦艦竜だって戦える。それに、これ以上一般人に被害を出させるわけにはいかない。
「……気合いを入れろ!」
 そんな命の気持ちを汲んだらしいアリシア・メイデンフェルト(エインフェリア・e01432)が後ろから声をかけた。
「未知に相対するほどの恐怖はありません……ですが、私どもがやらねば、誰かが傷ついてしまう。そうですね? 鳴神様」
「……うん」
 頷く命に微笑してからボクスドラゴンのシグフレドをひと撫でし、アリシアは率先してゴムボートに乗り込む。戦闘海域の外にクルーザーを停船させ、イピナは翼で、残る7人はゴムボートで戦艦竜の潜む海へ向かうことにしたのだ。
「此度の戦闘でとっかかりだけでも掴めれば良いのですが……」
 イピナが空から仲間たちのボートの周辺へ目を配る。遠くに戦艦竜の姿が見えたなら、いち早く知らせるつもりで。
 しかし。
「(静か過ぎる……)」
 ソネットが、不穏な気配を感じ取る。
「お先に、少し深めに潜って様子をみます」
 零斗が皆にそう告げ、背中から海へ入った。サーヴァントのカタナは仲間の元に残してある。
「あ、アタシも……」
 イヤだとか怖いなんて、言っていられない。そんな自分の弱さを吹き飛ばそうと、命が続いて冷たい海の中へ飛び込んだ。
「どこから来る……?」
 戮應がボート上で腕組みしたまま、全神経を敵に向ける。重苦しい緊張感、間違いなく戦いの始まる予兆だった。
「行きますよ、シグ……」
 逸る自分の心にも呼びかけるように、アリシアが声を押し殺す。
 速くも10メートル深度へ泳ぎ進んだ零斗が、気配の主を肌で感じ取ることとなった。いかなケルベロスとはいえ、視界の利かない夜明け前の深海。その暗闇の奥から。
『グオオォォォ……!』
「!」
 予想していた以上の深度から、赤い目が光る。迫ってくるのは、魔力のオーラだった。グラビティによる攻撃と知った零斗が身構える。このまま前に出るか、上の仲間に知らせるかを一瞬迷った。その隙が、回避動作を遅らせた。
「……みんな、散って!」
 ニファが叫ぶと同時に、ゴムボートに乗っていたケルベロスたちが八方へ飛んだ。その瞬間。
 ドドォッ!
 派手な水音とともに、海底に姿を潜めていた戦艦竜の巨体が飛び出した。全身黒一色の体が、弾きとばされた零斗の体とともに宙を舞った。
「これが……戦艦竜!」
 圧倒的な大きさ。上空のイピナが言葉を失う。
 彼女の目前を赤い竜の目がよぎる。時の流れが澱んだような、そんな錯覚。彼女を我に返したのは、初撃を受けた仲間のいたましい姿だった。
「秋草さん!」
 海面が激しく揺れ、無人のゴムボートは木の葉のように波に飲まれてしまう。一瞬にして荒れた海の中で素早くひとつ所に集まり、攻撃態勢を取った。
 全身をさらけ出した戦艦竜に、ケルベロスたちの攻撃が次々命中する。しかし。
「頑丈すぎない?」
 破鎧衝を直撃させたニファ、手ごたえがないわけではないのだが、如何せん敵は大きく、そして固い。
「ほれ、今のを今度はわしに食らわせてみるがいい!」
 巨大な鉄塊剣から繰り出す一撃で、戮應の怒りを煽ってみる。竜の目が、ギョロリと戮應を睨んだように見えた。
「援護いたしますが、無理はなさらないでくださいまし……」
 アリシアと命のヒールドローンが一斉に舞い上がり、前衛の盾となる。
「回復もさることながら、こちらの剣も研ぎ澄ます必要がありそうだ」
 冷静な視線とは裏腹に、獏の体から熱いものがゆっくり立ちのぼり、味方をヴァルプルギスの恍惚へと導く。
「さあ、宴を始めよう」

●戦艦竜との戦い
 ズバァン! 
 砲火のような音をたてて戦艦竜が着水した。水柱があがり、飛沫がケルベロスたちに降り注ぐ。
 翼を広げて水滴を払い、ニファが海面を漂う零斗の傍へ飛んだ。
「零斗、無事?」 
「ご心配なく。初撃で倒れるわけには参りません……」
 零斗が不敵に笑ってみせる。小さくないダメージだが意識はしっかりしているようだ。その様子を確かめてから、ニファが目元に力を入れ、戦艦竜を見上げた。
「海の楽園には……連れてってくれなそうだね」
 一方、機徹透身の重い一撃をやすやすと命中させた間隙を縫って、ソネットが跳んだ。攻性植物をアンカーとして戦艦竜の脇腹に打ち込み、遠心力を利用して背中側へ回る。一瞬竜の背を足場とするが、長くは留まれまい。素早く視線を走らせて情報を収集する。
「砲台が、2基……」
 黒い巌のような質感の竜の背に、埋め込まれるように取り付けられている砲台。そう大きなものではない。うまく狙えばダメージを与えながら破壊できそうだ。
「……流石は竜たちが運用する兵器ですね。戦艦の名、伊達ではない」
 イピナと頷きあって、ソネットは竜の背を蹴って距離を取る。その瞬間、砲台がぐるっと方向を変えた。
「撃ってくる気かしら、……!」
 空中のソネットとイピナの胸元に、赤いレーザーポイントが照射される。砲台は、レーザーのものだったのだ。
「狙ってくる! ロックから外れて!」
 狙いは後衛、と見たが、幾重にも重なる光の筋にソネットが目を見開いた。
「全員ロックオンされている? まさか!」
 獏も信じられない、と味方を見回す。全体を攻撃対象にする攻撃など、聞いたことがない。しかしポイントはケルベロス全員を狙い続ける。
 だが放たれる瞬間、ソネットやイピナ、命たちの胸元のロックオンがフッと消えた。
 狙われ続けているのは、前衛のみ。
「くる!」
 強烈な威力のレーザーが標的に向けて無慈悲に放たれる。かわし切れなかったサーヴァント2体と戮應が、その威力をまず体感する。
「っく!」
「いけない!」
 その明らかに強大な威力を目にしたイピナが、素早く水中眼鏡を装着し、水中の獲物を狙うときの鳥のように一直線に飛び込んだ。泳いで最前線へと移動し、前衛に加わる。ここからは、敵を貫く剣として全力を尽くすべきだと判断したのだ。
「両方一度には撃てない、ってこと。脅かすんじゃないわよ」
 ソネットの目はあくまで冷静だった。鬱陶しいフェイントだ、と砲台破壊を心に決めて、狙いをつける。
 レーザーを避けた零斗は、ダメージをおして攻撃に転ずる。放ったファイアーボールの列攻撃が、戦艦竜のゴツゴツした肌に炎を纏わせる。それを見た命が武器を構えた。
「……燃えてる、なら!」
 溶岩にも似たそれは、少しずつ巨体を蝕んでいる。ダメージを一層広げてやるべくナパームをぶちかますと、果たして炎は大きくなった。
「効く、固いけど、ちゃんと攻撃は効いてる!」
 攻める剣が機能しているなら、盾もまたそうありたい。
 自らを壁と認識し、アリシアは歌う。
「勇士らへ送る旋律はせめてもの癒しを。戦士に送る旋律よ、戦場に響け……!」
 誰も傷つかない戦場など、あり得ない。そうとわかっていてもアリシアは歌わずには、祈らずにはいられない。戦う身として矛盾しかねない想いと自覚はある。その歌はしかし戦場に響き、特に美を価値観の基準とする獏には、大いに共鳴したらしかった。
「最高に美しい旋律です、アリシアさん。私の手術BGMに相応しい」
 そう言って獏がやはり妖しく笑う。2本のケルベロスチェインをしならせる様は、鞭にも指揮者にも見える。
 回復手の多さがうまく機能し、前線は保たれた。
 いつまでも付き纏うレーザーポイントを振り切ろうと、ケルベロスたちが水中を素早く移動する。しかし第2波は来なかった。レーザーの明りが、海底の闇に吸い込まれるように消えた。
「……!」
 全員が、思わず身を固くした。いつの間にか大きく開かれた口から、ドラゴン最大の脅威『炎のブレス』が周囲の海水を蒸発させながら放たれたのだ。その光景は海底火山の噴火を思わせ、熱と水の渦が、前衛数人を飲み込んだ!
「うあああ!」
「シーくん!」
 自らもダメージを負いながら、ついシグフレドを案じてしまうアリシア。その後の戦闘でも、自らの身を盾とし他者の回復に努めた。
 戦艦竜の攻撃は、前衛に集中する。繰り返されるレーザーとブレスによる攻撃で、4分目にカタナとシグフレドが落ちた。その数分後にアリシアが炎にまかれ、続いて零斗も戦線を離脱する。
「行きな! そして敵に弾幕を食らわせてやりな!」
 仲間たちが傷つく様子が命の胸を締めつけ、ドローンたちに指示を出しながらも思わず涙目になる。それでも今は自分に出来ることを。重ねた炎は敵を焼き続けた。
「残念だよ、貴方が優しければ、きっと海の守り神にだって見えたのに――!」
 黒い巨大竜にとって、人間の命などきっと零れる一滴に過ぎないのだろう。だがニファが護りたいのは、そのちっぽけかも知れない、ひとしずく。凛と前を向き、放つ攻撃はどれも確実に戦艦竜を削り続ける。
 味方が敵から受ける炎をキュアし続け、疲労の色の濃い獏だったが、もちろん手は休めない。
 しかしその回復も空しく、戦艦竜は再びその口を大きく開いた。放たれた炎のブレスが、戦線に残る戮應とイピナに襲いかかる。
「この後に及んで、まだ前衛にだけ攻撃を絞る気とは……!」
「来る!」
「……動くなよ、お嬢ちゃん!」
 叫んで大剣を振るい、逆巻く炎を一身に引き受けた戮應が、ついに膝をつく。
「女ひとりを戦場に残すってのも、後味が悪いが……よろしく頼んだ」
「弧ヶ崎さん! ……っ、あと一撃を、どこまでも…高く、疾やく! 翼よ、舞え!!」
 イピナが残る力を振り絞って舞い上がり、急転直下し渾身の一撃を叩き込む。攻撃は成功、だが水面に身を投げ出すその様子を見たソネットたちは悟る。潮時だ。
「一気に撃ち込め、削るだけ削って、さっさとずらかるわよ!」
 ソネットの合図で中・後衛が一斉攻撃を食らわした。敵の砲台が片方、黒煙を上げる。
「みんな今いく、絶対助けるから!」
 ニファ叫び、戦闘不能となった仲間の元へと急ぐ。次の攻撃の来る前に、ケルベロスたちは波に紛れての撤退に成功したのだった。

●戦果
「く、クルーザーとっといて正解だったね……」
 ニファがイピナを、命が零斗とアリシア、ソネットが戮應を運んでクルーザーに辿り着く。獏が道々から既に治療を開始していたため、既に全員口がきける程度には回復していた。その様子を確かめてから、ソネットが淡々と口を開いた。彼女の頭は、既に次の戦いへと向いている。
「今回の成果を纏めて報告書書くわ。背中にレーザー砲が2基、ロックオンはされたけど結局撃てるのは1基ずつだった。片方壊してやったから、もう関係ないか。あと、特に弱点、と言い切れるほどのものはなかったと思うけど、どう?」
 特に反対意見は出なかった。皆、必死で戦っていたからかも知れないが。
 慎重な布陣が功を奏し、重傷者はいない。際どいところで戦線を維持し、情報を集めながら敵を削った。半分、とまではいかなくとも、戦艦竜がケルベロスを脅威と感じる襲撃であったことは間違いないだろう。十分な戦果と言える。
「続けてレーザー撃ってはこなかったのう。見切られるのを嫌がったんじゃな。そうした知恵はあるのか」
 胡坐をかいて手当ての続きを受ける戮應がそう言うと、イピナが自分の両手を見つめて続けた。
「あのレーザー、当たったときひどく剣に響いてきて……驚きました」
「しかしわしの煽りにはイマイチの反応じゃったの。あの体当たりがこちらに来れば、受け止めてやったものを」
「無茶ですよ弧ヶ崎さん、感心しませんね」
 ニヤリと笑う戮應に、獏が眉を寄せた。口調こそ常の慇懃さを保っているが、重傷者を出さずに済んだことを獏は内心誰より喜んでいる。
「結局、体当たりは最初の一撃だけだったね。零斗が運が悪かったと言うべきか、でも零斗だったから凌げたとも言えるし」
 ニファの言葉に、まだ起き上がれない零斗が接触時を思い出し、薄く笑った。
「臆病、なのでしょう」
「臆病……?」
 その単語に反応した命が視線を向けた。
「ええ。予想でしかありませんが、自分に近づいてくるものを優先して標的にするのではないでしょうか」
 圧倒的な大きさと頑健さを誇るのに、予想以上に深い海の中に潜んでいた黒い戦艦竜。接近されたのを嫌がって深海から鼻先を出してきたのだとすれば、この性格を利用して攻撃を誘発する作戦が立てられるかも知れない。
「確かに、戦闘中も徹底的に前衛しか狙ってきませんでしたものね」
 姿を取り戻したシグフレドを労わってやりながら、アリシアも同意する。命の表情は、複雑そうだ。
「あんな強敵だけど、もしかして戦いが嫌いな臆病者なだけかも知れないんだね……」
「臆病ゆえに手強い。そういうものですよ、命様」
 夜明け。陽が昇り、海は明るく照らされ始めた。戦艦竜は既にその光の届かぬ深海へと引き上げた頃だろう。脅威はまだ、去ってはいない。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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