寄る辺を失いし戦艦竜 壱の陣

作者:屍衰

●艦は彷徨いて
 相模湾。
 漁船から、威勢の良い声が響く。冬になり、この時期は脂の乗った魚も多く、稼ぐチャンスでもある。運良く今日は網に掛かる魚の数も多く、豊漁の歓声が上がっていた。
 そんな喜ぶ人々たちの近く、影が過る。
「ん?」
 気付いたのは網を引く機械の傍にいる男性だった。何かに引っかかったかのように、急に網の動きが止まったのだ。岩にでも引っ掛けたかと思い、面倒くさそうに海の方を見た瞬間。
 隣の船が爆炎を上げながら宙を舞い、派手な水飛沫が上がる。映画のような光景に、男は唖然としたが次の瞬間にはふつりと意識が途絶えた。
 どこからか、竜の遠吠えが響くと同時、残っていた漁船に砲弾が直撃して爆煙に包まれる。
 
●相模湾海戦勃発
 城ヶ島の戦いの趨勢はケルベロスが押している。すでに、魔空回廊に手を伸ばし、もはやデウスエクス勢力にできることは魔空回廊の死守しかなかった。
 だが、脅威は未だに去っていない。それは事実であった。
「本依頼の概要を説明致します」
 そして、その脅威を取り除くべく、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の説明は始まった。
 現在の城ヶ島南方近海には、戦艦竜が存在している。ドラゴンの体に戦艦のような装甲と砲塔を持っており危険度も高いと推定され、制圧戦の際には放置せざるを得なかった。しかし、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)の調査により、相模湾の漁船を襲撃されるという被害が予知されたことにより、状況は一変する。
「皆様には、クルーザーを利用して相模湾に移動後、戦艦竜の撃退をお願い致します」
 何も無策で行けという訳ではない。極めて強力な戦艦竜だが、一つ弱点がある。
 それは、ケルベロスや他のデウスエクスと違って、受けた損傷が長期間に渡り残るというものだ。
 要塞とも取れるような装甲を一度に削り落とすのは至難だ。だが攻撃を幾度となく続ければ、いずれ撃破することも可能のはずである。
 とは言え、その装甲が半端ではない。
 並の敵の数倍どころか十数倍に匹敵しかねない強固さを備えているだろう。砲塔も伊達ではなく、強力な威力を秘めているに違いない。
 ただ、その装甲が仇となっているのか動きがやや鈍重であり、命中率や回避性能はそこまででもない。
 それを補って余りある装甲と、高威力の一撃ですべてを押し潰していくという戦闘スタイルだと考えられるが、詳細は不明である。今回の戦いで、何らかの情報が手に入れば、後の戦いで楽になるかもしれない。
「また、戦艦竜は攻撃してくる者を迎撃する性質にあるようです」
 戦闘が始まれば撤退することはなく、同時に敵を深追いもしない。ケルベロス側が撤退しても追い縋ってまで攻撃しようとはしてこないだろう。
「戦艦竜との正面からの戦闘です。極めて危険な依頼ですが、よろしくお願い致します」
 戦艦竜に寄る辺はない。今が好機なのだ。


参加者
ジョン・コリンズ(ドラゴニアンの降魔拳士・e01742)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
山田・太郎(この名前にピンときたら以下略・e10100)
ネルベム・ジェステク(蠢く呪い・e12478)
ローレン・ローヴェンドランテ(ヌルヌルしている地獄・e14818)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
ジュリア・グリーンウッド(深緑に舞う魔砲少女・e20790)
呼亞・鳴唖(クアクメイアの冒険譚・e21282)

■リプレイ

●戦艦竜『シュラハト』との遭遇
 寒風吹き荒ぶ海上。潮騒が響き、波に船が揺られる。まだ敵影は見えない。しかし、どこか揺れる波は大きく感じる。満ち始めている海の所為だけではないだろうか。それはこの地にいるという戦艦竜の所為かともフィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)は思った。
 そう思うほどに敵は強大なのだ。
 四肢の大半を地獄と化し生き延びた少女は、つと左目に走る傷跡を撫ぜる。デウスエクスに憎しみがないかと問われれば、きっとそうではない。それでも敵を殺すことより人を守ることを選ぶ。
 何故なら人が死ぬことはもっとも嫌だから。
「戦艦竜が、いましたぞ!」
 響く尾神・秋津彦(走狗・e18742)の報に、剣を握り締めて甲板へと出た。
 その頃には船の揺れも少しずつ大きくなっていた。遠くを見やれば、戦艦のように浮かび悠々と泳ぐ竜の姿があった。
「大きいな。アレが戦艦竜か……」
 ネルベム・ジェステク(蠢く呪い・e12478)が双眼鏡を覗き肉眼で確認してから呟く。砲塔があちこちに配備されることも目に付くが、それよりもまだ距離があるにも拘らず現時点で肉眼でも確認できる大きさは異様だ。
 超絶的なタフネスさを誇るとは聞いていたが、その巨大さから察するにそれは事実だろうとジュリア・グリーンウッド(深緑に舞う魔砲少女・e20790)は悟った。今回で倒すのはほぼ不可能。故に、できる限りの情報を得なければなるまいと決意を固くする。
 こちらに気付きグラビティ・チェインを察したか。艦首をこちらに向けるようにして、戦艦竜が回頭してくる。凄まじい速度で近づいてくる戦艦竜。
 と、同時。
「うぉっ!? 皆、海に飛び込め!」
 山田・太郎(この名前にピンときたら以下略・e10100)の声に、ケルベロスたちは甲板を蹴った。直後、戦艦竜の砲塔が火を吹き、ケルベロスたちの乗っていたクルーザーが爆破四散する。
 爆風と熱気を背に、呼亞・鳴唖(クアクメイアの冒険譚・e21282)は海中へと身を投じた。ドブンと音を立てて海中に気泡が生じる。敵のいた方を見れば、グングンと巨影が近づいてきている。その巨大さに思わず武者震いするが、気後れすることなく水を蹴る。城ヶ島へ帰りたいと思う人々もいるはずだ。その人たちの想いに応えるべく先へと進む。
 次第に竜の全貌が見え始める。それでも竜との邂逅の記憶は定かでない。ローレン・ローヴェンドランテ(ヌルヌルしている地獄・e14818)の揺蕩い彷徨うような記憶の中にはなかったように思える。それが初めてのものだからかなのか、ただ思い出せないだけなのかは分からない。
 一方の秋津彦はそもそもの海戦が初だった。だが、陸だろうと海だろうとやることは変わらない。ただ敵を屠るだけだ。
 ローレンは自分の影を操り槍型にして近くに浮かべると翼を出して泳いでいく。秋津彦も二つの剣を抜刀し竜へと向かっていく。
 ついに、竜を眼前に据える。ジョン・コリンズ(ドラゴニアンの降魔拳士・e01742)が獰猛そうな笑みを浮かべた。昔は戦意に赴くままに暴れ回ったものだと懐古する。今となっては落ち着いてこそいるが、これほどの大敵を前にして血が滾る。硬く殴り甲斐のある敵もそうはいまい。振るうべき拳を敵に掲げて、敵の全容を明らかにすべく戦意を示す。
 武器を構え敵対する意思を見せたケルベロスたちへ、戦艦竜もまた尾を水面に叩きつけて応える。

●己を知りて敵を知らば
 戦艦竜――シュラハトがヒレのような発達を遂げている腕で水を掻く。それだけで並の船を超える推進力を得るとケルベロスたちの周りを回遊し始めた。
 もちろん、相対するのはケルベロス。それに追随するように動く。ジョンとローレンは己の翼を駆使して空を飛ぶかのように水中で舞う。付いて回るそれを鬱陶しく思ったか、シュラハトは砲塔を二人と鳴唖へ向ける。さすがに、後衛側で受けるのは拙いと三人は回避に移る。
 魔力の灯る砲塔の動きを察知して、鳴唖は爆裂が来るであろう地点を見抜く。すぐさまに、その場を離れると同時に海中とは思えない程の爆炎が周りを満たした。放たれた爆炎は追尾するようにローレンとジョンへ襲い掛かる。ローレンへの爆裂は寸でのところでフィルトリアが身を以て庇い、衝撃に身を備えてジョンは何とか耐え切る。水蒸気となった海水が周囲を気泡で満たし、その中から二人は飛び出す。二人とも傷を負っているが、それほどではない。ジョンはその状況を冷静に分析する。恐らくは破壊的な威力を持った一撃だったのだろう。身に纏う服が威力を半減したからだと推測する。今のところは予測に過ぎないが、敵の情報を一手は見ることができた事実に、フィルトリアも笑みを浮かべる。
 惜しむらくは胸元に入れていた発炎筒と掲げていたライトおよび太郎の提案で付けていた水中でも使用可能なマイクが爆発に巻き込まれて破壊されてしまったことだろうか。この手の物品は敵の攻撃に対して無力故に、真価を発揮できるとは限らない。
 すぐさまに察知して避けることができた鳴唖が、敵の攻撃は何らかの理を以て放たれた力だろうと当たりを付けた。追尾するような動きは命中力が低いと言われている敵の攻撃に厄介さをもたらしているが、それでも当たる気はあまりしなかった。もちろん、すぐにジョンへと近づき魔女の手術を施す。
 フィルトリアは、今までに喰らったデウスエクスの魂を自身へと憑依させる。呪紋が浮かび上がり、それに合わせて傷も癒えていく。ネルベムは自身を魔法の木の葉で纏わせて、敵の動きを阻害すべく動き出し、ジュリアは次に来るであろう攻撃に備えて、味方へ守護の力を与える。
 力を得たジョンも翼で得た推進力でシュラハトの眼前へと迫る。ローレンもまた狙いを定める。敵への命中力を知ることのできるケルベロスの瞳は、すぐさまに敵の弱点を悟った。
 ローレンは自身のバスターライフルを構えると光弾を放ち、ジョンが鋭い蹴りを放つ。それぞれの一撃は戦艦竜の装甲を穿つが、やはり敵は硬い。表面がわずかに砕けただけに留まる。
 その攻撃の様子を撮影しようかと考えていたジュリアと秋津彦であったが、最初の攻撃でクルーザーが爆発させられて機材が吹き飛び断念せざるを得なかった。敵の余波の及ばない位置にカメラを設置しようと思っていたジュリアだったが、仮に機材が残っていたとしてもそれは甘い考えだと悟る。あまりにも遠いと幾ら高性能とは言え撮影は難しいだろうし、戦闘範囲は現時点で広域に渡っている。加えてこれほどまで激しく動き回る敵からカメラを守るくらいなら味方を守る方が都合が良い。彼らこそが生き証人になるのだから。
 秋津彦は両の手に黄道十二宮剣を握ると、勢い良く振り下ろす。明らかに違う攻撃の方が当たるだろうとは思ったが、敢えて先程までとはタイプの違う攻撃を放つ。命中するにはしたが、先程までの反応とは明らかに違い容易く装甲に弾かれた。
 それを見て太郎は手を覆う手甲で、素早く殴り掛かる。反応できずに装甲を抉られたシュラハトが傷つけた元凶に目をやると、ダラリと海中で隙を晒していた。その様子に怒りを覚えたか、尾を振りかざし力強く泳ぐと、爪を前面に出して突進してきた。
(「おあっ!? 危なっ!!」)
 寸前のところで太郎は回避できたが、恐ろしいまでの速度で突貫してきたシュラハトは海底を切り裂いて悠々と回転する。その様子を眺めた鳴唖は、斬撃にも似た一撃だと判断する。深々と切り裂かれた海底の岩は、未だ全容を顕にしない戦艦竜の如く深い闇を湛えていた。

●戦艦たる威容
 次々と攻撃を繰り出すケルベロスたちに対して、シュラハトも応対する。そのほとんどの攻撃は外れるが、命中すると凄まじいダメージをこちらへもたらして来た。砲弾による射撃は一帯にばらまくタイプで最初に憤怒を与えた太郎を集中的に狙っている。そのため、前に立つフィルトリア、秋津彦も同時に狙われるが、それが故に敵の砲塔から放たれる攻撃の種類はすべてを掴めることができた。
 だが、怒りを与えたのはあまり良くなかった可能性もあった。爪で体当りするように突撃してくる衝角攻撃はひたすら太郎を狙ってくるため、後方で見ている鳴唖にも判断のしようがないのだ。強いて挙げればかなり命中率が悪いということだろうか。見ていれば予備動作が多く分かりやすい。
 ジワジワとこちらの体力を削るように放たれる砲塔からの攻撃もケルベロスたちを苦しめていた。守勢に回っていない状態だと、二撃でも当たれば耐えられるか否かまで削られる威力は凄まじい。
 そして、敵の動きのルーチンを観察していたネルベムは、すぐさま理解する。砲塔で攻撃した後はすぐさま突進を掛けてくる。外すと再び砲塔が回転してこちらを狙ってくる。その繰り返しだ。だが、明らかにこちらが動きを見切ってこないように手を変え続ける辺りに知能はそこそこ高いと判断する。
 攻撃を回避できた隙を狙ってシュラハトへ矯めつフィルトリアと秋津彦は攻撃を繰り返すが、与える攻撃自体にそこまで差はないことも掴めてきた。ただ素早い動きには翻弄されやすいらしく、ジョンとローレンが装甲を大きく削ることもあったがそれでもシュラハトの巨体からすれば微々たるものだった。
 次第に防戦一方となっていくケルベロスたちだが、敵の攻撃をすべて見極めるためには必要なことだと耐え続ける。
 ついに、シュラハトの爪が太郎を抉る。海中に夥しい血が撒き散らされるが、太郎は何とか耐えた。守護していた力の大半がドラゴンの鋭い爪で貫かれていた。耐えることができたのも、太郎が守りに徹していたこととジュリアがひたすらに守護の力を与えていたおかげだろう。これが、最大の攻撃だろうかと鳴唖は思うが、それならば背に乗っているあの一際大きい砲塔は何だろうかと疑問を憶える。今まで、あれが使われていないことは皆が確認していた。
 だからこそ、それに光が点った瞬間にフィルトリアは警戒した。怒りに包まれたシュラハトの狙いは明らかに太郎だろう。
(「間に合って……!」)
 運が悪いとも言えるか、その狙いは正確だった。思わず、フィルトリアが射線に入る。大きく傷ついている太郎の現状で受けたら確実に重傷を受けるどころか、死すらも予感させる一撃だと思えば、思考より先に体が動いていた。
 ネルベムとローレンの手によって減衰されたとは言え、ジュリアの掛けた守護の力をも容易く引き裂き、光の奔流に飲まれたフィルトリアの意識はたったの一撃で断ち切られる。その隙に射線から逃れた太郎だったが、光の描いた軌跡は海底に凄まじい爪痕を残していた。意思を強く持っていたフィルトリアだったが、それすらも無慈悲に刈り取った一撃に秋津彦はゾッとする。アレは受けてはいけない類の攻撃。後方で見ていた鳴唖はそう結論付けた。
 すぐさま反撃を繰り出すケルベロスたちだったが、未だ敵の装甲は健在。数合のやり取りを後に、敵の魔砲撃を受けて太郎と秋津彦の意識が潰えてしまった。
 敵の能力を調査する、それは即ち敵の攻撃を受けて耐え続けねばならない。苛立ったお陰もあったか、敵は主たる攻撃を繰り出してはくれた。だが、威力を侮っていなかったとは言えなかったかもしれない。
 一撃。いくら今までに攻撃を受けていたとは言え、たったの一撃で守勢を取っていたはずのフィルトリアが落ちたのが痛かった。しかも、かなり防御に力を入れていたにも拘らずだ。
 一方で、敵の損傷は明らかに軽微だ。一割削れたかどうか。攻撃の手が完全に足りていなかったことも拍車を掛けていた。
 このままでは目的としていた敵の損傷率へは明らかに程遠い。すでに撤退条件は満たされてしまっている以上、無理はできない。作戦の要は情報収集なのだから。
(「悔しいけど、これ以上は無理だな」)
 余裕のあったジュリアが現状を判断してハンドサインで撤退の意思を伝える。敵へ接近離脱を繰り返して装甲を殴り削っていたジョンもそれを判断すると、警戒しながら距離を取っていく。鳴唖も傷ついた三人を回収し、ネルビム、ローレンと分担して急いでこの場から離れていく。
 最初は砲撃を繰り返していたシュラハトだったが、戦線を離脱すると踏んだケルベロスたちを見て追いかけることはせず、回頭すると再び海の向こうへと消えていった。

 戦艦竜の装甲に対してはほぼ痛手を与えることはできず。依頼の本懐としては失敗だったかもしれない。だが、代わりに持ち帰ることができた情報は敵の攻撃手段と弱点のほぼすべて。それは確かな戦果だったと言えるだろう。

作者:屍衰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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