衣服の敵と髪の毛の危機

作者:質種剰


 防虫剤。
 衣類を虫から守ってくれる心強い味方だが、果たして何の虫から守ってくれるのかは、あまり知られていない。
 衣服の繊維質を好んで食べる虫といえば、カツオブシムシの幼虫などが挙げられる。
 奴らに大切な一張羅やワードローブの中身を食われまいと、防虫剤は日々独特の臭いを振り撒いて――もっとも、最近は無臭の商品も多いが――頑張っているのだ。
 ましてや、店内の至るところに衣類を吊り下げてある洋品店では、大切な商品を守る為に防虫剤が必須であろう。
 だから、店内で餌にありつけなかったカツオブシムシは、人間の知らないところで息絶える事になる。
「きゃあああああ!」
 洋品店の女店主が店裏の倉庫へ向かおうとした時、突然カツオブシムシ型のローカストが現れたように思えたのも、彼女の知らない内にカツオブシムシの幼虫が事切れていたから。
 カツオブシムシ型のローカストは、身体を細かな毛に覆われ、茶褐色の斑紋が特徴的な姿をしている。
「な、何なのあんた……出してよ、ここから出してッ!」
 白い虫篭のような檻に閉じ込められた女店主が度を失って叫ぶも、ローカストは答えない。
 このローカスト、言葉を解するだけの知性が乏しいものと見える。


「またも、知性の感じられないローカストが事件を起こすようであります」
 集まったケルベロス達へ向かって、小檻・かけら(サキュバスのヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
「久我・航(誓剣の紋章剣士・e00163)殿の調査によりますと、これまでの個体とは違う知性に乏しいローカストが、グラビティ・チェインを奪取する為に地球へ送り込まれているようであります」
 知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いらしいので、戦う時は注意が必要だろう。
「今回、皆さんに倒して頂きたいローカストは、カツオブシムシを二足歩行にした風貌で、ローカストファングと破壊音波で攻撃してくるであります」
 頑健さに満ちたアルミの牙で喰い破るローカストファングは、隣接する相手への単体攻撃。
「そういえば、カツオブシムシって人の髪の毛を食べるらしいであります。そのせいか、今回のローカストファングは、頭を狙って噛りついてくるのでお気をつけくださいませませ」
 髪の毛喰い千切られるやもしれません――あっけらかんと言うかけら。
 また、敏捷な動きで翅を擦り合わせ音を生じる破壊音波は、複数の相手へ催眠効果を与える遠距離攻撃だ。
「ローカストは虫かごへ閉じ込めた人を攻撃せず、虫かごを通してゆっくりとグラビティ・チェインを奪うのみであります。ですから、被害者の救出はローカストの討伐後にて構わないでありますよ」
 被害者女性がローカストに閉じ込められる場所は、洋品店と倉庫に挟まれた敷地内の事であり、一般人の避難誘導は必要ない。
 その点では、ローカストとの戦闘に集中できるだろう。
「人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪うなど、到底許す訳にはいかないでありましょう。どうか、確実にデウスエクスを倒してきて頂きたいであります」
 そう説明を締め括ったかけらは、彼女なりにケルベロス達を激励した。


参加者
久我・航(誓剣の紋章剣士・e00163)
朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)
早鞍・青純(全力少年・e01138)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
月神・天(ミスめんどくさい・e08382)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
中島・ヨシムネ(暴れん坊な八代目・e15546)

■リプレイ

●安全第一
 洋品店と倉庫を結ぶ狭い敷地。
「カツオブシムシ……ちょっと名前は美味しそうな感じだぜ――とか、軽い気持ちでネット検索したら思ったより毛毛毛だった!」
 と、早鞍・青純(全力少年・e01138)はいささか顔色の良くない様子で、巨大虫かごの前に佇むカツオブシムシローカストを眺めやった。
 ミルクティー色の髪と藤納戸色の瞳が印象的な美少年で、毛に覆われた虫が苦手と言われても頷ける容姿の彼。
 だが、実際はマイペースな男子中学生で思春期真っ只中、少年漫画を愛読しおっぱいを好むなど、充分若いバイタリティーに溢れているようだ。
「ともあれローカストの悪事は阻止しないとな! 俺がんばる!」
 気を取り直した青純の頭には、土木作業員の嵌める例のヘルメットが。加えてハーブ系防虫剤も携えている。決して抜かりはない。
「頭髪だいじ! せめて俺がキュートなおじいちゃんになるまでは……!」
 青純は自身を鼓舞するように断言するや、精神を極限まで集中。
 ――ボンッ!!
 道具も何も使わず、手も触れずに巨大カツオブシムシを突如爆破して、胴体や翅に損傷をもたらした。
「……!」
 巨大カツオブシムシがケルベロス達の方へ振り向くも、やはり言葉は出ない。
「悪い虫さんは退治なのです〜。安全第一、ですね~☆」
 そんなセリフを聞けば到底昆虫の事と思えないぐらいに色気がある朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)は、この日軍服のコスプレ用衣装で参戦。
 開襟の軍用コートを思わせるデザインながら、太ももを露出させる為に丈を切り詰め、胸の谷間を見せるべくシャツのボタンは全開き。
 加えてコートのデザイン自体も、中世ヨーロッパを思わせるお洒落な色彩と華美な装飾に満ちていた。
 かように二次元色たっぷりの軍服コスだが、これがまたスタイル良く愛嬌のある紗奈江によく似合う。
 これでミニハットサイズの軍帽でも乗せれば完璧だったろうが、いかんせん今日は髪の毛が危ない。
 紗奈江もロングヘアをアップにした上から安全ヘルメットで防御していた。
「桜の花のひとひら達は、風に舞う火の粉の様に舞い、やがて一つに集まり、そして、全てを焼き尽くさんとす……朝霧流螺旋忍術、桜花炎舞!」
 詠唱を終えると同時に両手指からそれぞれ炎の球を放つ紗奈江。
 炎群は舞を舞うように弧を描き、カツオブシムシを焼き尽くさんと襲い掛かって大火傷を与えた。
「えっと、髪を守りながら戦うというのも不思議な感じですね……囚われた一般人の為にも、早急に撃破しましょう」
 至極もっともな感想を呟きつつ、鉄塊剣を構えるのは玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)。
 地獄化した左眼を長い前髪で隠す温和な表情の青年で、黒のロングコートや赤いネクタイからは真面目な印象を受ける。
 事実、彼は防虫剤スプレーを頭に吹きかけてからヘルメットを被るという念の入れようで、カツオブシムシの髪喰いに備えていた。
 そしてユウマを語る上で外せないのが、建材よりも太いであろう鉄塊剣であろう。黒く太長い刀身に赤い継ぎ目のアクセントが鮮やかだ。
 ユウマはその鉄塊剣を片手で軽々と振りかざし、達人の一撃を放つ。
 ズン――!
 卓越した技量からなる斬撃が巨大カツオブシムシの胴体を斬るというより圧し潰し、ダメージのみならず凍傷をも与えた。
「カツオブシムシのローカスト……、本当にいたとはね」
 久我・航(誓剣の紋章剣士・e00163)の呆れともつかぬ感嘆は、この場にいたケルベロス達皆の気持ちを代弁していたに違いない。
 彼も短く整えた黒髪を守るべく、防虫剤を仕込んだ安全ヘルメットを被っている。
(「確か繊維質とか人毛を好むんだったはず。全身鎧とかあれば良かったと思ったけど、考えてみたら僕そんなの着たら身動き取れないや」)
「せめて迅速に倒せるようにしよう」
 体力に自信でもないのかそんな思案を巡らしたのち、日本刀を正眼に構えた航。
「カツオブシムシが二足歩行って凄いバランス悪そうだよね。仰向けに倒したら起き上がれなくなったりしないかな……」
 いつも見た目相応の振る舞いを心がけている彼らしい冗談を飛ばすと、ふわと音も無く間合いを詰める。
 ザンッ!
 そのまま緩やかな弧を描く斬撃を見舞って、巨大カツオブシムシの頭と胴の境を的確に斬り裂いた。
 巨大カツオブシムシは、口から鋭利なアルミの牙を生やして、ガイバーン・テンペスト(ドワーフのブレイズキャリバー・en0014)へ突進、頭に嚙みつこうとする。凍傷の痛みが断続的に襲うのなど構いはしない。
 ――ガキィン!
「そいつは通せんなァ?」
 すぐさま中島・ヨシムネ(暴れん坊な八代目・e15546)が、抜き払った斬霊刀でローカストの頭を受け止めた。
「かたじけない」
 ガイバーンが礼を言ってヒールドローンを射出、刀で防ぎきれずに負ったヨシムネのダメージを治療する。この日のおっさんはメディックであった。
「ローカストの狼藉、許す訳にはいかんな……ちょいと邪魔させて貰うとするか」
 そう零すヨシムネは、旧式の鉄製軍用ヘルメットとトレンチコートを着用し、髪のみならず、全身の体毛の露出を最大限減らしている。
 紀州犬のウェアライダーで獣人型をとる故の苦労だろう。さらに、肩や腰のベルトから防虫剤を紐で提げてもいる。
 因みにこのヨシムネ、義理人情に篤く、大変面倒見の良い男だ。
「通りすがりのケルベロスだ。必ず助ける……待っていてくれ、暫しの辛抱だ」
 今も虫かごの中で震える女店主へ優しく声をかけていた。
「航坊にゃ寮生が普段世話になってる様だ……俺も微力ながら助太刀させて貰うぜ?」
 満月に似たエネルギー光球を航へぶつけ、凶暴性を高めてやってから、自分は斬霊刀の鍔を鳴らしてローカストへ躙り寄るヨシムネ。再行動である。
「鋭!」
 空の霊力帯びし白刃を、凄まじい気合い声と共に巨大カツオブシムシへ打ち込み、鮮血夥しい深手を正確に斬り広げた。
 ヨシムネのウイングキャットであるモンドも清浄なる翼を広げて、後衛陣の異常耐性を高めた。
「今こいつをやっつけて、その籠から出してあげます。狭いでしょうがしばらくお待ちを」
 フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(殺神奇術・e15511)は、紳士的な物言いで囚われの女店主へ語りかける。
 本人曰く、虚言癖があるというが、こと事件の被害者にだけは、まさかに嘘もつくまい。実際、フリードリッヒの声音は真情に溢れている。
「やれやれ、知性の無い敵ってのは驚かし甲斐がない……ま、僕らの髪に食らいつく前に牙の一本も折っておこうか」
 その一方で、カツオブシムシローカストへ対しては、かように情け容赦の無い言葉を吐く――任務に忠実な姿勢を見せながらもどことなく好戦的な一面を覗かせたりする。
 どこか捕らえどころのないミステリアスな雰囲気漂わせるのが、このフリードリッヒという男であり、彼の魅力に相違なかった。
 とはいえ、そんな彼とて、やはり髪の毛は惜しいらしい。
 中に防虫剤を忍ばせた安全ヘルメットを被っているのだ。
 きちんと礼服を着込んだ美青年の頭を、かの黄色いヘルメットが侵食しているのは、なかなかにシュールな光景である。
 そんな自身の姿をフリードリッヒは炎で包み、タバコの煙に同化する風にして変身。
「ふふん、ボクはここだよ。さぁ、喰らい給え!」
 空中を流れては巨大カツオブシムシの背後へ回り込んで実体化、不意打ちの一撃を繰り出して、奴を心底驚かせた。
「虫嫌いなんですけど。そして地味に強敵そうで面倒くさいんですけど」
 他方、相変わらずやる気が全く無い様子でボヤくのは、月神・天(ミスめんどくさい・e08382)。
(「あ、見るからにめんどくさそう」)
 カツオブシムシをひと目見るなり内心で断じたものだが、いかな天とて面倒臭いからといって髪を露出して好きに喰わせるつもりは無いらしい。
(「とはいえ航兄が調査して見つけてくれた敵ですし、何より洋品店という事でいい服あるかもしれませんしね」)
 ちゃんと隙間へ防虫剤を挟み込んだ上で、安全ヘルメットを被っていた。
「さっさと片付けてお買い物と行きましょう」
 奴を目にした瞬間から天の中のめんどくさいゲージは60%増えている。
「そういえば、現代ではコンディショナーやリンスをしている人が多いから頭髪はあまり食べられず、それ以外の部分の毛が食べられると聞いた記憶がありますね……露出の増える夏場でなくて良かったです」
 とりあえずは、やればできると信じる心を魔法に変えて、何故だか将来性だけは感じさせる一撃を叩きつける天だった。
「お洋服の虫食いは疎ましいものですわ。しっかり駆除しないといけませんわね」
 妻良・賢穂(自称主婦・e04869)は、流石に主婦らしい心配をしつつ、地面へケルベロスチェインを展開した。
 彼女も仲間達同様にその柔らかな茶髪を工事用ヘルメットで覆い隠し、なおかつ防虫剤を中へ忍ばせてある。
「髪を噛まれる対策をしておきますわ」
 との事だ。
 実のところ賢穂は本物の主婦でなく、花嫁修行を極めているものの、紛う事無き独身アラサー女性だったりする。
「本当に、虫が死んだところへは何処でも現れますわね、ローカスト」
 ある意味冬の方が、現れる場所に予測をつけるのが難しいかもしれませんわね。
 しかし、そんな実情を感じさせぬお淑やかな物言いでローカストの侵攻の多さを嘆くや、地面へさらさらと鎖で魔法陣を描く賢穂。
 前衛達の守りをしっかり固めると共に、ガイバーンでは治しきれなかったヨシムネの怪我も癒した。

●見敵必殺
「よし、俺達めっちゃカッコイイヘルメット隊!」
 なんかトンネル工事とかできそうでいい!
 この場にいるケルベロス達全員がヘルメットを被っているとあって、青純がそれを面白がって喜んだ。
「トンネル工事……」
 自身も安全第一と書かれたそれを被ったガイバーンが、今の姿を思い起こして遠い目になる。我ながらよくも似合ったものだ、と。
「お気に入りのセーターとか手袋とかに穴あけるカツオは許さん!!」
 青純は元気に勇躍し、螺旋を籠めた掌で、とん、と巨大カツオブシムシの腹を軽く突いてやった。
 ビキビキビキビキメシッ!
 それだけで、ローカストの身体を内部から破壊せしめる。狙いすました螺旋掌の威力は絶大だ。
「あとちょっと毛毛毛なのは苦手だっ」
 攻撃だから仕方ないとはいえ、あまり巨大カツオブシムシに触れたくなかったのだろうか、小声で洩らす青純だった。
「実は、虫さんは苦手なのですが、そこは、我慢して頑張りたいです~!」
 仲間の嘆きを聞きつけたのかは定かでないが、紗奈江も似たような事を呟きながら、螺旋忍者らしく身軽に躍りかかる。
 まさに蝶のように舞い蜂のように刺すかの如き華麗な挙動で巨大カツオブシムシの目を引きつけるや否や。
 ダンッ!
 高速で弾丸をぶっ放し、ローカストの翅へ細かなヒビを残した。
 巨大カツオブシムシも、負けじと牙を剥き、主人を守らんとするモンドへがぶりと噛みつく。
「この切断力……ぞっとしませんわね」
 深々と突き刺さったであろう牙の刺創をジョブレスオーラで塞ぎつつ、賢穂が眉を顰める。
 激しさを増す戦いは続いた。
「こういう戦い方もあります」
 ユウマはグラビティ・チェインを鉄塊剣に充填して構えるや、カツオブシムシの牙を受け止めると同時に爆発のエネルギーを放出。
 ドゴッ!
 奴を吹き飛ばしてなお肉迫、神速のカウンターを叩き込んだ。
 ブレイクルーンで仲間の治療に当たるのはガイバーンだ。本当にルーンアックスでなく建材でも持たせたい今の風情である。
「ボクもまだまだ頑張らないとね?」
 フリードリッヒは自らの身体を包むように魔法の木の葉を纏って、ジャマー能力を高める。
「航坊、ここは俺が先に出張ろう」
「ありがとうございます、お願いします」
 仲間との連携を意識して声かけを忘れぬヨシムネが、両手の斬霊刀から霊体のみを断つ衝撃波を繰り出す。
 ――ズオッ!!
 二刀斬霊波の威力は並々ならぬもので、巨大カツオブシムシの体力を疲労が目に見える程大幅に削り落とした。
「わたくしに見つかったからには、既に貴方の命運は絶たれていますわ。――地獄に堕ちなさい」
 そして賢穂は見敵必殺。
 スパアァァァァン!
 主婦が憎悪の対象たるアイツを見かけ次第スリッパや丸めた新聞紙等で逃げる隙も与えず叩き潰し、体液が出ない絶妙な力加減で致命傷を与えるかのように、エアシューズをスリッパ代わりで巨大カツオブシムシへ減り込ませた。
「……航兄、めんどくさいから合わせて。一気に決めさせて」
「めんどくさいとか言わなくていいから!」
 ついにめんどくさいゲージがMAXになった天が、航の注意もどこ吹く風でローカストへ挑みかかる。
「ダルいしんどい働きたくないゴロゴロしたい寝たいめんどくさい……すっっっっっっごくめんどくさい!!!」
 天の『働きたくない、めんどくさい』という想いがいよいよ限界を超えて奇跡を起こし、なんやかんやで巨大カツオブシムシへ大ダメージを与えた。
「貫け! 流星牙!」
 航も彼女の家族だけあってぴったりと呼吸を合わせ、紋章の力を借りた神速の突き攻撃を見舞う。
 エンブレムミーティアよりヒントを得て会得したという流星牙が、なんやかんやで虫の息となったローカストへ間髪入れずに襲いかかり、見事その息の根を止めたのだった。
「ケルベロスです! 助けに来ました!」
「えっと……安心して下さい、もう大丈夫ですよ」
 即座に航とユウマが協力して虫かごを破壊すると、大泣きして言葉にはならないものの這い出してきた女店主の表情から、助かった安心が看てとれた。
「すぐ治すからな!」
 青純が気力溜めを用いて、女店主の疲労を取り除く。
「皆、協力してくれてありがとう!」
 ここに至ってようやく、航は集まってくれた仲間達へ、自身も心底安堵した様子で礼を述べる事ができたのだった。
 そして、女店主が落ち着いてのち、ケルベロス達は洋品店の中へと招じ入れられた。
「せめてものお礼に、どれでも半額で結構ですから、お好きなだけお持ちください」
 店内は冬物のニットや様々な防寒具が整然と陳列されて、すっきりした中に暖かそうなパステルカラーやブライトカラーが華を添えている。
「手袋とか、マフラーとか、可愛らしい動物の描かれたものが欲しいですにゃ~♪」
 喜び勇んで小物売り場へ向かった紗奈江は、早速虎の頭と尻尾が両端についたマフラーを見つけた。
 編みぐるみの頭と前脚に、虎縞模様がやたらと長さを感じさせるマフラー部分、短い後ろ脚とだらり垂れ下がった尻尾……。
 広げてみればあり得ない胴長の虎という事になるのだが、そこはツッコむべきでは無いのだろう。
 少なくとも紗奈江は気に入ったようで試しに首に巻こうとして、気づいた。
「あ、こんなヘルメットを被っている場合じゃありませんでした~! ニット帽も欲しいですね~☆」
 照れ笑いして安全ヘルメットを外してからは、家族へのお土産選びにも熱が入る。
「あ、そうでした、うちのむしゅめ達にもお揃いのものを買っていってあげましょ~♪」
 編みぐるみマフラーの種類は多く、ホワイトタイガー、ヒョウ、ライオン、バイソンまであるようで、紗奈江の楽しそうな思案が続く。
 その傍ら。
「んー、こちらの方が安いのだけれど……」
 賢穂は、半額になってもまだ安いもの――もとい、安くて質の良いものを求めて、防寒機能に優れたアンダーウェアの値札を真剣な眼差しで見比べている。
 まさに主婦の鑑であろう。但し旦那が現実にはいないので、そのアンダーウェアは自分で着るのだと思われる。
「自分、私服は殆ど持ってないんですよね。ファッション? というのもさっぱりです……」
 ユウマは、店の中を興味深そうに見回して、あてもなく冬物の服を探していた。
「それならば、着心地や着た時の暖かさで選んではどうじゃ」
 そんな仲間へ、ガイバーンがファッションに擦りもしないアドバイスをする。彼自身も黒いシンプルなセーターを手にしていた。
「これは、なかなかに暖かそうだな……」
 ヨシムネは藍染めの綿入れへ袖を通して、満足そうに頷いている。
 一方、値切り交渉の必要が無くなった天は、琴線に触れたセーターを掲げて笑顔になった。
「あ、これいいですね。胸開きタートルネック!」
「何故普通の洋品店にこんなものが……」
 航は、妹分が喜ぶ横で、その開き直ったかのような堂々たるデザインで色気をアピールするセーターの形状を眺めて、首を傾げる。
 この店は決してアダルトな専門店では無いはずだが。
「それってまな板が着ても悲しくなるだけじゃ……?」
 さらに彼が身内の気易さで女性に対して失礼極まりないセリフを吐けば、案の定天は憤慨した。
「まな板じゃないですし。見てくれには気を遣う乙女ですから!」
「乙女? ……どこに?」
 兄はますます首を傾げて妹をからかうも。
「まぁ、止めはしないけど」
 と、最後は苦笑いに留める。
「というか今回の事件で会った女性が、ヘリオライダーさん含め皆大きいんですけど。世の中おかしいです」
 ぷりぷり怒った口調のまま胸開きタートルネックを買い求める天だが、実際に欲しい物が手に入った満足感からか、その表情は緩んでいた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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