雪色、ひとひら。

作者:朱凪

●ふゆ
「寒くなりましたね、Dear」
 ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を半分近く埋めて、暮洲・チロル(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0126)が告げる。
「今年の冬は暖かいとか聞いていたはずなんですが、俺には寒いです」
 寒いものは寒い。例年と比べてどうとか、そう言う問題ではないらしい。少なくとも、彼にとっては。
 だから、とチロルは宵色の三白眼でケルベロス達を見遣る。悪戯気な笑みを浮かべるのが眼のいろで判る。
「もっと寒いところに行きませんか」

●ゆきいろ
 ヒールグラビティを以て癒して欲しい場所があるのだと、彼は言う。
「雪の色、と言うと、なに色を想像します?」
 白? 銀? 灰色? それとも青?
 窺うようにケルベロス達の顔を眺めて、それからチロルは続けた。
「北の方に行くと。雪に朝陽が注ぐことで、橙色に見えることがあるそうなんです。そんな光景を、あったかいスープを頂きながら眺めることで売りにしていた場所がありまして」
 いくつかの小さなロッジ型の店が並んだ山裾。夏はキャンプ場として、冬はそうした憩いの場として利用されているそうだ。そのロッジがどうやら、夏に栄えて冬を迎える前の秋の間に、デウスエクス達によって壊されてしまったらしい。
「お陽さまの加減なので、正直なところ橙色に見えるかどうかはきっとそれぞれですけど。俺は見てみたいですね。ただ、」
 俺はヒールグラビティも使えませんから。変わらずの笑みを乗せたままチロルは言って、ひとつ肯く。
「スープを振る舞うお手伝いでも、しておきます。焼き立てのパンと、オニオンコンソメだそうです。玉ねぎがダメな方には、コーンポタージュも用意できますから安心してくださいね、Dear」
 前日にロッジを直せば、朝陽を迎えるにも丁度良い。
 それに、夜中かけて降り積もるのは転がる六花も目視できるくらいのパウダースノーだ。
「見ているだけが退屈なら、雪遊びでもいかがですか。スキーやスノーボードはできませんが、小さな橇くらいなら、なんとか。雪玉は、パウダースノーですから難しいと思います。なんにせよ、他の方に迷惑だけは掛けないよう、お願いしますね」
 それだけを告げてマフラーをたなびかせ、チロルは背後のヘリオン、ハガネを見上げる。
「では、目的輸送地、橙色の雪景色。以上。──楽しんでもらえたなら、幸いです」


■リプレイ


 雪の降り積もる音さえ聴こえそうな夜。
「雪やこんこあられやこんこ──」
 光太郎(e04889)は童謡を口ずさみ、癒しを施す。折角のいい景色なんだ。綺麗にしたらもっと良い景色になるはず。
「……なんて、久々に歌ったなぁ」
 笑みを浮かべ、薄着でヒールを続けていく泰地(e00550)やヤマダ(e11869)達を始めとした仲間達へ配るべく、ホットチョコレートを用意し始めた。
 ──任せとけ! 明日にはバッチリ直しておくからよ!
 力強いボディビルのポーズと共に放たれる泰地の癒しの波動に、崩れ落ちたロッジの階段がめきめきと音を立てて修復されていく。
 寒冷適応を使う彼と違い、震える腕を擦ってヤマダはがくりと項垂れる。
 ──雪ってホワホワして気持ちいいものだって思っていたのに……!
 せめて気持ちは温かくと、彼女は己を奮い立たせるようにアニメ・ソングを響かせた。
 その歌声も遠い場所で、熱心にヒールを施していた美琴(e18027)は顔を上げ、薄暗い山を見つめる。その瞳に強い意志を宿して、彼女はそっと瞼を伏せた。
 はあ、と。
 白い息を吐いて空を見上げ、キース(e01393)は真っ新な雪の絨毯を一歩、踏み締める。
 どうせ、明日にはこの足跡も消えてしまう。
 温かなカイロ入りのポケットから手を抜いて深く抉られた丸太を撫で、彼は微笑する。
 ──なら今は、この雪景色を楽しもう。


 朝を迎える前に、外に出た。
「おい、足許──」
「わ、」
 より美しい場所を探し歩く斜面、陽治(e06574)の忠告も間に合わず、穣(e00256)の足許の雪が滑り落ちた。「っ!」咄嗟に伸ばした尻尾、 伸ばした腕。互いに絡んで、けれどそのまま共に柔らかな雪へとすっ転ぶ。
「あ、はは! 雪まみれですね」
 笑う姿は無邪気で。でも綺麗ですね、なんて六花を掬う彼に、思わず陽治も相好を崩した。
「やれやれ、大きい子供を持った気分だぞ」
 朝闇はまだ、ウォーレン(e00813)を眠りに誘う。パウダースノーのお布団にもふりダイブした彼を、血相を変えてトロノイ(e16946)は揺り起こす。
「寝るな! 寝ると死ぬぞ!」
「風邪をひいてもトロノイさんが治してくれるよねー」
 起きるつもりのない姿にトロノイも溜息ひとつ。オルトロスのベルに声を掛けるとウォーレンは満足そうに雪の中でその毛並を幸せそうに抱いた。

 同じ頃、ロッジの椅子に腰掛けメイザース(e01026)はチロルを相手にカップを吹く。
「それにしても見事なものだね」
 一面の銀世界。彼の故郷では雪が積もることすら珍しい。
 肯く傍にイジュ(e15644)もちょこんと座る。冴え冴えと光る雪は温かなロッジの中でも寒々しく映るから。
「スープがあったかく感じるね!」
「なによりです、Dear」
 へらり笑う隣、「おっと」メイザースが声を零す。
「そろそろ太陽のお出ましか」

 雪の中、瞼の向こうに感じた淡い光。
 ウォーレンが目を開くとトロノイが手に雪を掴んで空に見入っているのが見え、むくりと身を起こす。
「綺麗……」
「ああ、」
 もらった純白のニット帽、贈った赤いマフラー。
 空の下ひとつの毛布に包まり、似たことを前にもしたことを思い返す。
 ──こうしてると、その……。
 抱き締めてもらえているような。頬を染めた緋音(e06356)の思いをスキャンでもできるかのように、ノル(e01639)は彼女をそっと抱き締めた。
 ──って?! うわわ……!
 好意に慣れない猫のように照れ、それでも腕の中に居てくれる彼女が、かわいいと思う。
 空が鮮やかに色を帯びる。
 移り行く光の景色は人生に例えられるらしい。だから彼女とそういう景色を──人生を、共にしたい。

「わぁっ……本当に橙色だー、すごーい!」
 暖かい色の雪にイジュは感嘆し、メイザースは目を細める。
「……なるほど。これは楽しみにしている人も多そうだ」
 触れて見ようかと彼に思わせたのも、きっとその所為。
「おはようございます、ご機嫌はいかが?」
 スカートを抓む仕種でアニー(e14507)が仲間達に微笑めば、
「おはよう、良い朝だね」
 エルエル(e16326)が笑う隣でヒコ(e00998)が欠伸を噛み殺して空腹を訴え、目を擦った澄(e12024)と息吹(e02070)も眠たげな挨拶を交わす。
「んん、おはよう……ございます。ごきげんよう?」
「ん……おはよう。イブ、朝には弱いのよね……」
 けれど窓の外に広がる橙色の雪景色を見れば、全員の目もぱちり。
「わ、わ。すごい、すごいわ」
 幻想的な世界はまるでまだ、夢の中のよう。
「物語を感じさせるってのはこう言うことを言うのかね」
 感嘆含んだヒコの呟きに、エルエルも思う。
 ──天の国はこういう感じなのかな。

 昨晩から楽しみにしていた光景。浅く昇った太陽が白い雪を染めていく。
 いざ前にすると、言葉が出ない。
「……世界には、こんなに綺麗なものがあるんだね」
 緋織(e05336)の声に、手袋を外してさらと滑らせた雪を指先に、征十郎(e00451)は微笑む。
「……これが恋人同士なら雪を掛け合ったりするんでしょうか」
 さあと首を傾げて、緋織は「とりあえず遠い世界の話だよ」と笑いに溶かして、それでもと自らも指先に雪を掬う。
 ──この景色を見れたのも、一緒に行ける友達が居たから。
「色んなところに行こうね」
「? ……はい」


 温かなオニオン・スープと、焼き立てパンの甘い小麦の香り。
「シンプルなのが、逆に美味しく感じるかも」
 息吹が白い頬を上気させてふぅふぅとカップを吹く傍で、ぺろり平らげたアニーはいつもの調子で「皆のパンも食べちゃうぞ!」。
「あら。アニーさんったら腹ぺこさん?」
「おっと、狙うならキィのがよさそうだぜ?」
「え、え、待って待って。わたしの」
 悪戯に加担したヒコと、からかい含んで咎める息吹の傍で、狙われた澄がスープを口にするエルエルの後ろに隠れる。そして彼が差し出す、半分こ。
「よかったらあげるよ」
 雪景色でお腹いっぱいになってしまって、なんて嘯けばアニーは目を輝かせ、──温かな食卓は未だ、賑やかに。
「オレはコーンポタージュ飲むけど、九助は?」
 窓際の席に座るつがいに声を掛ければ、窓の外の景色に見惚れていた九助(e08515)はひらり左手を振る。
「ん、オニオンコンソメ。あとで一口分けてくれ」
 さんきゅと礼を述べて受け取った彼の視線の先を眺めて、レナード(e02206)もぽつり零す。
「外は寒いけど、見てる分にはなんだかあったかいな」
「あんたと見れたお陰で、尚更あったかい気ぃするよ」
「……は、」
 きょとんと目を丸くし、それから笑って見せた彼女に、九助はカップを持ち上げて促す。
 乾杯。今日も明日も、来年も──君と。
 手にしたスープは、幸せの温度。
 恵(e01330)は夏からの四か月を振り返る。色んな戦場を乗り越え仲間と遊んで、仲間を迎えに行って。早かった。
「この雪原みてぇにまばゆく染まってくんだ」
 綺麗だと目を細めた和(e01780)は、照らされ橙色に染まる髪飾りに触れた。その指先が、震える。
「恵くん。……少しだけ、でもはっきり見えたんだ。……胡蝶蘭」
 少しずつ色を取り戻す世界。恵もその指先を見つめ、それから手を引いた。
「なぁ親父外に出てみねぇか。きっと──まだ見たことねぇ世界だ」
 ミクリさんを抱えベーゼ(e05609)が駆け寄る先はチロル。
「でへへへ、そのぉ……おかわりくださいっす~」
「給仕甲斐がありますね」
 くすり笑って差し出す熱いカップに四苦八苦しつつも、彼はふにゃりと表情を緩めて窓を見る。
 知らなかった。世界にこんなあったかい雪があるなんて。
「……ね、ミクリさん」
 寒さは苦手だと、ロロ(e09566)は眉間に普段以上の皺を刻む。森にも雪が降ると思えばこそ、花も緑も凍えるのを歓迎はできない。
 それでも。
「……お前は、雪景色見ねえの?」
 スープの注文をして声を掛ける程度には、あの暖かな雪の色に、その向こうの春の兆しに惹かれている。
「見てますよ。Dear達の笑顔越しに──どうしました?」
「ん、いや、ヒールかけた様子がどうなってるかって思ってさ」
 穏やかに応じた彼の問いに、グレイン(e02868)は窓に寄せた顔を向ける。昨晩も降り続いた雪。ただ、外壁は内からでは確認できない。
「きっと綺麗だし、一緒に外から見ようぜ」
 揺れる彼の尻尾に、チロルはひとつ肯いて。
「少しなら、」
 温かなカップを両手に包んで、贅沢なものだとイェロ(e00116)もほぅと息を吐く。早起きは苦手だが、故郷では見るまず見ることのないこの色を見られるのなら。
 ──ひとりで見るには少し勿体無かったか。
 ちらと視線遣った窓の外。ちょこんと並んだ雪ひよこふたつ。
 イェロが手を振ってみたら、白い息を吐いて向こう側の少年も笑った。


 初めて見る、橙色の雪景色。
 ──きれい。
 とても。
 魁琉(e14451)が握った雪玉は欠けて崩れてひよこになって、橙色にまるで照れているみたい。
 ──楽しい一日になりそうだ。
 うんと伸びをして立ち上がった彼の傍ら。腰掛けた梨乃(e02913)もそのひよこと、そして周囲の人々を見遣って淡く微笑む。
「身体の芯まで凍える雪景色。……でも、楽しむ皆の笑顔は、心は。とても暖かいね」
 彼女の横を過ぎた姿イア(e08500)は慌てて追う。
「まって、メリーちゃん寒く、ない?」
「ヘーキーヘーキ、寒さは慣れてるからー……へくしっ」
 鮮やかに笑った親友へ赤いマフラーを巻いて、イアは唄うように告げる。
「橙色の雪景色って聞いてね、1番に思い浮かべたのはメリーちゃんの姿だったの」
 えいっと放ったパウダースノーはきらきら光を弾いて、親友の鮮やかな金髪を彩る。なるほどなぁとひとりごち、アストロメリアも笑って親友の手を取った。
「こんな色の雪ならいつだって見てられるぜ。──イアと一緒ならさ!」
 隣を歩く白衣がふるり震え、ルディ(e02615)は問う。
「キミこういうの好きだったっけ?」
「朝はやいのやだ」
 眠い。寒い。しんじゃう。否定したティアリス(e01266)が背にくっつくのに苦笑して、風邪引くよと上着を貸してやる。それでも医者だよね? 医者だって風邪くらい引くわ。
 憎まれ口叩き合って行く道すがら。
 綺麗ね、と告げた彼女はぽふんと雪を彼に降らせた。
「冷たいでしょ」
「──じゃないよ、喧嘩売ってんの?」
 コートの襟首掴んでお返ししてやれば悲鳴が上がり。
 紅の双眸がふたつ絡み合い、そして良い大人が白の中で躍る。
 かちりとスイッチ入れてなんだか懐かしいラジカセで流すピアノ曲。
「わふぅ! コサックコサックっ」
「コサックコサック……なんでだろうなァ」
 ミック(e00368)に乗せられるようにして踊り出したのはきっと寒いところ=ロシアとかそういう発想。
 思惑通りにぽかぽか──というよりくたくたになった鬼百合(e15222)は、へたり込みながら食べ掛けのチキンの骨を放り投げ。
「わぅ?!」
 青い瞳輝かせて、ミックは骨と共に彼方へ消えた。
 別の場所で風切る姿は白銀の狐とクー(e13956)。故郷の白を思い返せば懐かしさに両手広げて雪に倒れた。
 弾んだ息にヴァロが彼女の頬に鼻を寄せ、クーも口許を緩める。
 ――救われたこの命は、誰かを救う為に使う……その誓いを重く捕らえすぎていたのかもしれないな、私は。
 白い雪が橙色に染まる、幻想的な世界。それを間近に息を呑んで、銀河(e04702)は隣にヌリア(e01442)を呼ぶ。最高の景色だよ、と。
「まるで雪が輝く花の絨毯みたいだろう?」
 暖かい色合いの雪の花。彼女は緩く瞳を細めて「本当」と応える。
「ねぇ、銀河。この絨毯はどこまで続いていると思う?」
 不意に向けられた視線。その銀の瞳に吸い込まれる。愛おしさと優しさが、胸の奥から湧き上がって彼の心を揺さぶった。
「──きっとどこまで続いてる。君が望めば、必ず……」
 彼女は柔らかく微笑んで、願うように瞼を伏せた。
 優しいおひさま色。
 そう例えたイルヴァ(e04389)が手を引くヴィンセント(e11266)へと振り向き花咲くように笑った、そのとき。
「すっごくすっごく、きれいです! ね、ヴィンセントさ」
「あ」
 ふわふわの雪は彼女の足を滑らせ、掴んだままの腕ごと──彼ごと、雪の中にぼふん!
 そのまま笑い合って掬った雪を放ったりその感触を存分に楽しんだ。
 雪に転がってなお、温かい気がするのはきっと、君のお蔭。
「……イルヴァ、行こう」
 いつも引っ張ってもらってばかりだから。差し出した彼の手に、彼女は幸福を抱いて飛びついた。
 同じく進むジルカ(e14673)に手を引かれ、ゼレフ(e00179)は言う。
「インドア派な君から声が掛かるとは意外っすね」
 誘いは嬉しいと口許緩めた矢先、「あのね……」ひょこんとジルカはしゃがみ込む。
「?」
「それっ!」
「うわっと?!」
 めいっぱいコートに抱いた雪を投げ上げれば、ゼレフの頭上に広がる雪と光のヴェール。白と橙の織り成すそれは、朝陽の色。
「……やってみたかったんだ、独りじゃ出来ない事」
 にひと笑えば、兄貴分もよく似た悪戯な笑みを浮かべた。
「誰かと一緒ってのは──こういうのもあるって事だよ、そら!」
 雪の舞う向こう側、坂の上。
 小さな橇にふたりで乗って、ミチェーリ(e02708)とフローネ(e09983)も笑顔を浮かべた。
「ふふ、ソリ遊びなら北国育ちに任せてください。ほら、もっと私に背中を預けて……」
「これだけぴったりくっ付いていると、寒くないですね、なんて。……ふふ、嬉しい。ソリで遊ぶなんて、実は初めてなんですよ」
 振り向いたフローネにミチェーリの蒼い瞳がきらっと光る。
「楽しいですよ──きっと! では、行きますよ。出発!」
 きゃあ、と歓声を上げたのも束の間。雪混じりの風がふたりを呑み込んだ。
 パウダースノー対策に水を撒いて、朝方から取り掛かった雪玉。
 もらった雪だるま柄のマフラーも巻いて、巌(e00281)は楓(e10139)を盗み見る。巌の見よう見まねで作ったそれは、水と強い力で固められて少し歪だけど。
「よっ……」
 頭を胴体に乗せて飾りつけ、完成した雪だるまは、朝陽を浴びて橙色。
「綺麗だな……楓」
「おう。誘ってくれて有難う、だよガンさん」
 へへと笑って、楓は思う。こういうとこでの日の出も、いいもんだ。
「そこに雪があるなら遊ぶしかあるまい!!」
 意気込む暁(e19260)と共に挑むのはソルレヴェンテの形をした雪だるま。
「こんな感じか……?」
 せっせと調整するけれどさらさらの雪は固まることも難しく、四苦八苦するアルバ(e17032)の背後に忍び寄った暁の手には雪玉もどき。アルバは振り返りもせずに、ギュウゥ、と右手に思い切り雪を握った。
「?! 氷玉じゃないかそれ……暁泣いちゃうぞー」
「暇ならこの部分手伝え」
「ごめんってば!」
 そんなやりとりも、ソルレヴェンテの液晶の枠には『家族』との大切な思い出として映って。
 一面、誰も居ない雪景色で春次(e01044)が白兎の面を外し仰向けに雪に倒れ両手を広げて動かせば、──見て、俺にも羽生えた。
 へらと雷蔵に笑えばどこか呆れたように、けれど彼も隣にぽすりと寝転がる。
 ──ありがとう、いつも傍に居てくれて。
 頬を伝った温かい雫は見えない。大丈夫、今はもう、笑えるよ。


「いやーさぶかったなー」
 ロッジへ戻ったゾラ(e10915)はいそいそとスープを取りに行く。先に席に着いたハロウ(e19142)はデジタルカメラに映った、パウダースノーの少し不恰好な雪兎を見つめる。
「お、なに見てんの?」
「秘密」
 すいと隠して電源落とし、スープを受け取って吹いたとき、「!」その肩を掴んでゾラが顔を寄せた。はい、チーズ!
 画面覗けば外の橙色の雪と、驚くハロウと笑顔のゾラが収められていて。
「へへ、いい表情頂きました、どーも!」
「……君らしいよ」
 『知らない』をくれる君と来れて、良かった。
 知らないことは──こわいこと。
「ヴィ、自分の過去についてどう思う」
 朧(e15388)は日記に書き留めた短歌を見下ろし、ヴィ(e02187)へと視線を向けた。俺は過去を恐れているんだ、と。
「全てを思い出した時、それがあまりに今の自分と違っていたら、どちらが本当の俺なのか──それさえ判らねえ……だから日記をつける。全て思い出しても、今の俺が俺なんだ、と自分に胸を張るために」
 ひと息に吐き出した彼に、困り顔でヴィは頬を掻く。
「難しいな。俺は朧と違って『忘れた』なんて高等なもんじゃなくって、多分にノーデータだと思うからさ」
 まあでも安心してよと、彼は柔らかな笑顔を向けた。
「もし思い出した過去があまりにつらくて自分を見失いそうになっても『目を醒ませー』ってばしばし頬っぺた叩くからさ」
 目を見開いた朧に、大きくゆっくり、ヴィが肯く。
「……なに、大丈夫さ。君は君だ」
 その真っ直ぐな言葉に、どれだけ救われただろう。
「──ありがとう」
「こちらこそ」
 笑おう、幸せになれるから。
 言って掲げたカップをふたり、こつんと合わせた。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年1月5日
難度:易しい
参加:56人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 9
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