朝日が昇る前に

作者:狩井テオ

 朝特有の冷たい空気が、高原を満たす。
 オレンジ色の空、朝日がまさに昇ろうとしていた頃。それは現れた。
 ゆらゆらと、空を泳ぐ三体の青光りした魚たち。
 一見、青光りし半透明なそれは神秘的な印象を受ける。
 しかし魚は空は泳がない。
 それを目の前にすれば誰もがそう思うだろう。当然の結論が、その存在が異常だと告げる。
 ゆらゆらと怪魚たちは高原の地平線へ消えていった。
 そこに意思はなく、目の前に現れた異物を抹殺する本能だけが備わっていた─。

「長野県の高原に、怪魚型の死神が現れましたっ」
 集まったケルベロス達に、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は元気よくはきはきと告げた。
「死神ですが、知性はないみたいです。どうやら、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを、変異強化してサルベージして、戦力として持ち帰っちゃおうとしてるみたいです」
 相手の戦力が増えるのは大大、大問題ですっ! とねむは力強く頷きつつ言う。自分へも言い聞かせているような言い方だ。
「みんなにはそれを防ぐため、怪魚の出現ポイントに急行して欲しいんです」
 怪魚が出現するのは、長野県にある高原。時間は朝方、日が昇る頃。
 高原だが交通の便が悪く、景色はいいが朝日を見るような観光地ではない。そのため、朝日を見るために足を運ぶ観光客の心配はない。
「人払いは必要ないですっ。あとあと、高原なので見晴らしや足場の心配もしなくて大丈夫ですよ!」
 続けて、ねむは手元の資料をぱらぱらとめくっていく。
「えっと、変異強化といっても知性はないようなので、一度戦闘になれば逃げることもないみたいです」
 怪魚型死神の攻撃方法は、『噛み付く』が主な行動のようだ。この他に『泳ぎ回る』もするが、こちらは自らを癒す行動になる。
「死んだデウスエクスを復活させて、悪いことしようとする死神さんをやっつけちゃってくださいっ。よろしくお願いします!!」
 最後にケルベロス達を鼓舞するようにニコっと満面の笑顔をし、ねむは頭を下げた。
「……あっ、退治しちゃったあとは朝日を眺めてもいいみたいですよっ」
 悪戯を思い浮かべた少女のように、こっそり耳打ちをしてくるのだった。


参加者
ニーナ・トゥリナーツァチ(死神を食べた者・e01156)
ムゲット・グレイス(日陰のクロシェット・e01278)
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)
夜刀神・罪剱(世界の記憶と想いの語り手・e02878)
英・揺漓(撓らふ瞳・e08789)
原・ハウスィ(ヘルシー・e11724)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)

■リプレイ

●朝日が顔を覗かせる高原
 山々の間からわずかに漏れた朝日が、ヘリオンを照らす。日がヘリオンの羽に反射して、時折鋭い光が高原に差しこんだ。
 そこへ八人と一体のサーヴァントが降り立つ。
 漏れた朝日に照らされ陰になったそれぞれは、思い思いにこれからのことを思う。
 ヘリオンから降り立った全員の息は白く、朝の冷えた高原の空気が肌に刺すようにしみこむ。
 降りた拍子に、カランとジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)が念のためにと腰のベルトに下げていたライトが光を灯して揺れた。
「あまり、いい稼ぎにはならないだろうが。どちらにせよ手早く片付けるとしよう」 
 あたりはまだ薄暗いが、多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)は種族特徴の夜目で視界は昼間のように明るい。
「ゆくですよジョナ! お魚さんを三枚におろすのです!」
 傍らにいたミミックが応えるようにがっちん! と口を大きく開けた。気合は十分だ。
「朝は本当にだめなのよ……ふぁ。夜刀神、帰り、肩貸しなさい」
 ムゲット・グレイス(日陰のクロシェット・e01278)が欠伸を交えて独り言ちながら、隣に立った夜刀神・罪剱(世界の記憶と想いの語り手・e02878)に声をかける。
「……俺か」
 話しかけられたのは自分かと罪剱は戸惑いつつ、さてどうしたものかと答えに困っていると。
「ねむーい!」
 原・ハウスィ(ヘルシー・e11724)はぶわっと白い息を思い切り吐いた。説明はいらない、ハウスィを見てくれと言わんばかりに、両の目は眠そうにくっつき開きくっつきを繰り返している。
 そんなのは関係ないという風に、ニーナ・トゥリナーツァチ(死神を食べた者・e01156)は思考を巡らせている。
「知性がないのにサルベージするなんて、本能的にそういう風になってるのかしら? まぁなんにせよ食べるのだけれど」
 最後に物騒な言葉を一つ残して。
 英・揺漓(撓らふ瞳・e08789)は地平線の広がる高原をぐるりと見回した。高原は朝特有の静けさと冷たさを持って、朝の訪れをただ静かに待っていた。
「空を泳ぐ魚か…神秘的だが。この高原に怪魚は似合わぬ。1匹逃さず倒してしまおう」
 静かな決意を胸に、とん、と揺漓は無意識に左胸を叩く。それは静かな闘志だった。
 先頭に立ったヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)は手に持ったランタンを掲げた。油断なく周囲を見渡す。先に見えるのは闇か、死神か。
 朝日が闇を飲み込みつつある高原に、それらはゆらり、と朝日を反射して現れた。

●オレンジ色の空に泳ぐ怪魚
 朝日の光を受け、体を透かせた怪魚は全部で三体。
 そこには目的も意志もない。ただゆらゆらと泳いでいた
 目の前にケルベロス達が現れた瞬間、怪魚たちは一目散に意志を持つケルベロス達に襲い掛かってきた。
 明らかな殺意をもって。
 先に狙われたのは攻撃手として先頭に立つ、揺漓。
 そこへ守り手として立ったヴィが揺漓を庇う。
「戦っている最中に言うのも何だけどさ、よくこんなこと考えついたよな!」
 ヴィが声をかければ、ばちっとウィンク(両目を閉じた)して応じたハウスィ。
 事前に打ち合わせしていた作戦を実行するために、後衛に立ったハウスィが武器を構えた。両手に持つバスターライフル、体に装着したアームドフォートが一斉に火を噴いた。
「対多目標牽制射撃、撃ちー方始めー」
 ハウスィのケルベロスペトリオットが最大火力を持って怪魚たちに襲い掛かる。
 無慈悲な攻撃を受け、怒った怪魚たちは自分たちの攻撃がハウスィに届かないと知るや、目の前にいる前衛に襲い掛かった。
 攻撃手の二人を守らんと、ヴィとタタン、ジョナが前に出る。怒りを伴った攻撃は強く。怪魚の攻撃を受けた二人と一体はぐっと歯を食いしばる。
 そこへディフェンダーたちの間を縫って前に出たジャニルが妖精弓を力強く引く。
「冥府へ送り返してやろう、この矢は切符代わり」
 痺れを伴う強力な一矢。怪魚の一匹を捉えた。それを確認し、ジャニルはにやりと不敵な笑みを浮かべる。
 すかさず中衛のニーナから星の煌めきを放つ重力を伴った蹴りが一体へと集中した。
「……美味しいのかしら」
 ぼそり、今しがた蹴りを放った敵を見据え。
 今度は後衛に立った罪剱の放つ光が怪魚の一体を葬る。
「──在るべき姿を曝し、諸共還りて秩序よ滅べ。──釖剱創造。燦然と耀く──綺羅月の如き絶佳の麗剣」
 罪剱から放たれた光は怪魚を容赦なく切り裂く。さらさらと朝日に紛れ、怪魚の姿は砂のように消え去った。
「──綺羅月の剣閃に散れ」
 揺漓が一体の怪魚の前へ距離を縮める。
「咲かせてみせよう、大輪の花」
 己の吐いた炎を纏わせ、弱った怪魚へと蹴りと拳の連撃を繰り出す。まるで紅き花のように、炎は花を咲かせた。
 そこへ回復手のムゲットが放つオラトリオの神秘的な七色のヴェールが、傷ついたタタンたちの体を包み込んだ。静かな癒しを受け、ディフェンダーたちは再び守るために立ち上がる。
「皆で集中的に、がんがん、殴りましょう。早急に」
 ムゲットが鼓舞の言葉をかければ、タタンからはい! と元気のいい返事が返ってきた。
「ジョナ、タタンがこわい煙を見ないように目をふさぐです!」
 お願いします、と言いながらタタンは残った怪魚をなんか爆発させた。もくもくと煙が何かに形を作ろうとした直後、ぴょんぴょんと跳ねたミミックのジョナがタタンの目をすかさず塞ぐ。
「また使ってしまった……!」
 こわいこわい、トイレいけない。とがたがた震えるタタンを横目に、煙が退いた後に残ったのは最後の一体の怪魚だった。
 ゆらりと揺れる怪魚に鹵獲して習得した、座標転移呪術を繰り出すのはニーナ。
「影は揺らぎ、死は踊る。……私の鎌、今貴方の中に在るのよ」
 くすっと笑った直後、怪魚の内側から茨が突き出した。最後の一撃、避けられない座標。
 結果を捻じ曲げた結果によって、最後の怪魚は絶命した。
 つん、とした朝の静けさが戻ってくる。
 山々の隙間にあった太陽が、ケルベロス達の勝利を祝うように、今まさに昇ってこようとしていた─。

●雪山大パノラマ
 西から昇る太陽は、東の雪山を輝かせた。地平線をも照らし、地面を薄く積もらせた雪も輝く。
 まさに雪山のみを撮影したパノラマだ。
 自然が作り出す圧巻の景色、人が少しだけ手を入れた高原は全く邪魔をしていない。
 昇る朝日を眺めて、思い思いに景色を楽しみ、このあとの予定を決める者も。
「ふむ、朝日を浴びながら寝直すか……それとも、散歩にするか。ふーむ、実に悩ましい……」
 ジャニルが悩むのは二度寝か散歩。朝の空気を楽しむ点ではすでにクリアしているので、少しだけ二度寝が勝っているか。
 揺漓は昇る朝日を静かに眺めていた。山に積もった雪に光が反射して、揺漓の視界を照らす。目を細め、ほうと息を吐いて、光を受けた雪山を眺めた。
「とても美しいな」
 罪剱が思うのは人が踏み入れられない景色への思い。
「……クリスマス前のイルミーネションも良いが、やっぱり人が手を加えていない自然が一番美しいな」
 そして、罪剱の虚しさと寂しさを満たすのもまた、同じ人が存在する世界そのものだ。
(……そう。いつだって俺の虚無感を満たしてくれるのは世界そのもの……)
 その中で一人だけ背を向けるニーナ。景色は変わるが、朝日を受けた山は彼女の目にも見える。もぐもぐと口に入れたのは飴玉。
「次はどんな魂が手に入るのかしら……楽しみね」
 伏し目がちに薄っすら微笑んだニーナの影は、肩を震わせるようにちらちらと動いていた。
 雪が降っていないといっても、12月の朝は十分冷える。
 その中で安らかに寝ようとしているハウスィを何人かが止めた。
「ハウスィ景色より眠りたい」
「ここで寝たら洒落にならないわよ」
 わりと真面目にムゲットが言うと、ハウスィは表情の変わらぬまま立ち上がった。そこへタタンがハウスィの旅団で手に入れたシガレットを手にとって横に立つ。
「仕事の後のイップクはサイコーですね……」
 ぼりぼりと食べる音が聞こえるのは可愛らしい証拠。ハウスィも真似してタタンの隣でシガレットをかじる。しかも三本同時だ。
 大人……! とタタンがショックを受けているが、これは大人だけに許された必殺技だ。
「サイコーだね」
 俺も俺も、と大人のシガレットを取り出したヴィも二人に並んでシガレットを齧る。
「景色もサイコーだな」
 淡い雪化粧を施されたような雪山を楽しむために 少し感傷に浸ろうと思っていたムゲットも、三人が美味しそうにかじるシガレットを齧ればどうでもよくなったようで。
「ラムネ、ふうん、これが」
 ぼりぼり、とおいしそうにひと口ふた口。ちょっとだけ大人の階段を上る。
 ケルベロス達は朝日がたっぷり昇るまで、景色を楽しんだ。朝の冷える空気は戦闘を行って火照った体を冷やしてくれた。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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